食卓の聖騎士(ターフェル・パラディン)   作:紗代

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IF あるトリップ人のしくじり2

あの夕日差教室の一件。あれから私は司瑛璃さんとは会っていない。

とにかく司先輩のポジションに彼女がいるということは司瑛士はこの世界に存在していないということである。

……なんのためにこの世界に転生したんだろう、私。

もういっそのこと次点だった一色先輩に乗り換えてしまえば攻略が楽なのかもしれない。一色先輩は私のギフトがなくても基本的に寮生皆に優しいし。あの脱ぎ癖を差し引けば正統派イケメンだし。完璧超人だし。原作には慧寧要素もあったけど、その辺もギフトでなんとかしてしまおう。

 

それも間違いだと気づくのも早かった。

秋の選抜に向けてお題のカレーのために皆が奔走するなか、私もスパイスの買い出しから帰って来た時──学校の調理室に移動しようと廊下を歩いていたときのことだ。ちょうどそこには一色先輩がいて、窓の外に視線を向けていた。

 

「───」

「(一色先輩?窓の外なんか見てどうしたんだろ?)一色先ぱ……」

 

私の声は最後まで続くことなく舌に乗る前に消え失せた。

だって、一色先輩が見ていたのは───司瑛璃さんだったから。

いつもならこっちが話しかけるより早く気付いて私たちを驚かせてくるような一色先輩なのに、今は私に気付くことなくただじっと彼女を見つめている。

 

「───瑛璃ちゃん」

 

呟くように優しい、けれど切ない声で司瑛璃さんの下の名前を呼んだのだ。司瑛璃さんの名前を呼ぶ人はこの学園にはほとんどいない。あのいつも一緒にいる十傑の人たちでさえ名字で呼ぶのに。なぜ一色先輩は名前で呼ぶのだろう。

その瞬間、もう既に悟っていただろうに。私は考えないことにした。

 

選抜が終わって私もなんとか勝ち残った。最初はあんなに楽しみにしていた紅葉狩り会も、司瑛璃の存在を知った時点で気が重い。

実際彼女は前に話しかけてきたくせに私に対してなんの反応もなかった。目線や仕草で意図的に避けられているわけではなく、本当に覚えていないようだった。なんて人なんだろう。

結局紅葉狩り会も彼女が中心になって終わってしまった。

 

月饗祭、チャンスだと思って極星寮の芋煮会メンバーになった。最初はよかった。でも司瑛璃さんがやって来た途端その場の空気が変わった。一色先輩は彼女をエスコートして一番いい席に座らせる。あそこはだれにも座らせなかった席だ。逆ハー要素ここに極まり!なんてお気楽な事は言えない。だって一色先輩は真剣だった。

 

「ねえ涼子。あれってさ、絶対一色先輩一席の先輩のこと好きだよね」

「けど完全に弟扱いだったわね…」

「一色先輩ファイト!!」

 

同級生の声が刺さった。

そのあとだってえりなを連れてきたのは彼女だったし、度重なる無茶を叱るのは一色先輩だった。私たち寮生には絶対にしないような激しい怒り方。皆はただ呆然としていたけど、私は寂しかった。私はあんな激情をキャラたちに向けられた事があっただろうか?

 

「(あーあ、つまんない)」

 

せっかくこの世界にきたのに。せっかく最強のスキルをもらったのに。恋人一人作れやしないなんて。あの人ばっかり持て囃されて。……………………あの人さえいなければ私だって。

気付けばもう夕方だった。

皆はもうそれぞれ放課後を満喫していることだろう。

私はいくあてもなく廊下を歩いていた。するとどこからかいい匂いがする。……誰か料理してるのかな。でも部や研究会で使っているのはこことは別棟だった気がするんだけど。

気になって行ってみると───そこには今一番会いたくない司瑛璃さんがいた。

料理を作っている。それも汗だくになりながら。何皿も何皿も。なんて異様な光景だろう。

 

「そこにいるのは堺ちゃんかー?」

「ひえ!?」

 

後ろを振り向くと竜胆先輩がいた。

 

「え、あ、あのこれは……」

「ああ、司のやつ?気にすんな、毎週のことだから」

「ま、毎週!?」

「おう。堺ちゃんも聞いたことあるだろ司の『講師潰し』の噂」

「は、はい」

「で、これ以上講師を潰されちゃ敵わないってことで講師相手に練習できるのは五皿までって制限が出来たんだ。司のやつは納得できなくて嘆願書とかでかなり抵抗してたけど結局通らなくてな。あの講師陣のほっとした顔は今でも忘れらんねーよ」

 

そんなの司瑛士の設定にあっただろうか。

 

「だからそれ以降はこうして週一で私がガス抜きしてんだよ。ちゃんと料理のチェックもしてるけどな。っとそうだ。堺ちゃん今日時間あるか?」

「はい……?」

「よーし、なら一緒に司の料理食べようぜ」

「え!?いやあの私は……」

「だーいじょーぶだって。味は保証するからさ!!」

 

そのまま竜胆先輩に押し込められて教室に入ると司瑛璃さんと目が合った。

 

「あれきみは……」

「……どうも」

 

相手はなんとも思っていないはずなのに、こっちはなんだか気まずかった。

 

出てきた料理はとても美味しくて。言葉が出なかった。この学園に六年間居続ければいずれこうなるのだろうか。

「あの」

「なにかな?」

「一色先輩とのご関係はなんですか」

「一色との関係?仲間で幼なじみ」

「おさ、ななじみ?」

「うん。昔ちょっと色々あって、三歳の時から一色の家にお世話になってて。そのあと寧々の家にも付いていって。だからどうしても姉弟感覚が抜けないんだよね」

 

あはは。と笑うけど、あなたはそうでも一色先輩は違う。あれはれっきとしたあなたへの恋心を滲ませた目だ。

 

「あの、なんでこんなふうに大量生産するんですか」

「もっと上手く作れるようになりたいから。」

 

いやまあそうかもしれないけど……

 

「だよなあ、なんたって自分の調理の邪魔されたくないからって調理室貸し出しの優先権のことありきで十傑目指してた節あるもんな」

「だって十傑の抑止力で嫌な事減るかなって当時は思ってたんだよ」

「なー、やっべーくらいエゴイストだろー?」

 

キャラ……いや素で人でなしなのかなこの人って。

 

「あの、なにかお手伝いできる事ってありますか」

「いやなにもないよ、だから座ってて。料理のダメ出ししてくれればいいから」

「え、でも」

「いいから座ってようぜ。司は基本的に厨房を一人でしか回せないんだから」

「え、えっと。下準備くらいは手伝わないと申し訳が……」

「真面目だなー。けどあいつは中等部の時のトラウマであたしら以外の人間と組めないんだよ」

「トラウマ?」

 

原作の司瑛士は相手にミスされると思うと集中できないと言っていた。でも彼女はトラウマだという。ミスされて滅茶苦茶になったとかだろうか。

 

「あー、まあ司もあっち行ったしいいか。……司はさ、あーいうやつだから中等部のころから人たらしでな。結構変なやつらにもつきまとわれてたんだ。そしたらある調理実習の時に運悪くそういうのと一緒になったらしくて。昼が近いからって多目に作ったのを食べていいって話になってさ。司の分に自分の血液足らし入れてたらしいんだよそいつ。幸い食べる前に騒ぎになったんだけど……それ以来あいつは極力一人で調理するようになったんだ」

「そんな、ことが」

「話したの司には内緒な。あいつこの話苦手だから」

「……」

 

司瑛璃さんを見る。相変わらず横顔まで綺麗な人だ。

思っていたのとは全く違った。いくら上に行くことが確定していたとしても、キャラたちに会えるとしても、そんな目に遭ってまで料理を続けようなんて思うだろうか。

それでなくても彼女には美貌がある。転生したのなら生臭いものを下ごしらえしたり、水仕事で手が荒れるような料理をしなくても、モデルや女優になって有名になることで食べる側になりキャラと会う機会なんていくらでも作れたはずだ。

ということは―――それぐらい、いやきっとそれ以上に料理を愛しているのかもしれない。

彼女は成り代わりじゃない。この世界での司瑛士―――いや司瑛璃なんだ。

だからなにも間違っちゃいない。私が『「司瑛士のいる」食戟のソーマの世界』を指定せずただ『食戟のソーマの世界』を指定したからこうなっただけ。誰も悪くない。私がしくじっただけだった。なら上手くいかなくて当たり前だ。前提が違うんだから。

それを確信した。してしまった。

なら私は?

神様のギフトで何もかもうまくいくようになって、ついにここまでやってきて。

大して努力もしなかった。彼女のように汗だくにもならずにここまできた。

アイディアだってネット検索するみたいにぱっと出てくる。だから。

こんなのただの僻みでしかなかった。彼女は何も悪くないのだから。

 

「おい堺ちゃ……」

 

浅ましい自分。もうどうしたらいいんだろう。

そんなことばかり頭の中で回り続ける。

竜胆先輩の声が聞こえたような気がする。でも返事をする前に私の意識は閉じた。

 

 

「ここ、は」

 

目を覚ましたのは保健室だった。……このまま元の世界に戻れればよかったのに。

 

「よかった、目が覚めて。ここは保健室だよ、あのあと倒れたんだよ君」

「司、先輩」

 

一番今申し訳なく思う人がそこにいた。

 

「すみませんでした」

「こっちこそごめんね。リンドウに無理矢理連れてこられたんでしょ?リンドウの食事量は普通とは違うから。無茶させちゃって」

「……ちがいます」

「?どうしたの」

 

どうやら本当に覚えていないようだった。

 

「いえ……あの、聞いていいですか」

「うん?」

「どうして料理人になろうと思ったんですか?」

「小さい頃の私の支えで、その料理のおかげで今の私があるから」

「……それで辛いことがあっても、なりたいんですか」

「……うん。だって料理ほど私にとって楽しいものも好きなこともないから。ただそれだけ」

 

司瑛璃先輩は素でこんなことを言える人なのだ。

……そりゃあ、負けるに決まってるか。

 

「先輩、私ちょっと悩んでたんです。でも今日先輩と話して前進できた気がします。……何から何まですみませんでした」

「え、いや元々リンドウと私が巻き込んだんだしそんな……」

「それで、またよければ誘って下さい。小林先輩ほどは食べられませんけど」

「いいの?」

「はい───それでいつか先輩の料理を越えてみせます」

 

真っ直ぐな貴女を目標に、私も真っ直ぐに目指し続けよう。

ほしいものは手に入らなかったけど、それでもそれに代わるものを手にしたのかもしれない。

 

ありがとうございます、司先輩。

 

 

 

 

 

しくじり───再起───リスタート。

 

それが私の料理のオリジン。

 

 

「───執行官」

「はい?」

「堺執行官。目的の店に着きました」

「ああ、では後程」

「は」

 

随分前の思い出を夢見ていたように思う。

 

あるレストランの前で車から降りる。ここの下調べはもう既に済んでいる。あとは実際に食べるだけだ。教典を小脇に抱えて私は今日も仕事をこなす。

私はWGOの執行官───堺真琴一等執行官である!


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