UWリーグ。『Under World』の略称であり、戦車道連盟の認可を受けていない非公式試合だ。その存在意義は全国大会に向けた練習試合。フラッグ戦には制限時間が存在し、制限時間が経過してしまった時に行われる一対一の一騎打ちに向けた練習として毎年秋と春に行われる。
――って、ネットに書いてあった。
「……ふぅ」
これを探し出すのにも相当苦労した。かなり秘匿して行われている、闇リーグに近いもののようだ。しかしこれに参加する学校は大御所ばかりで、違法性は無いらしい。
にしても、こんなものを知っているだなんて彼女は何者なんだろうか。それが気になって仕方ない。彼女の名前をインターネットに打ち込んでみるが、それらしい結果はヒットしなかった。
「でも、間違いなく戦車道経験者なんだ。ならどこかに痕跡がある」
調べていく。心当たりのあるワードをどんどんぶつけていく。しかし、結果は芳しくない。
「……気にしない方が、いいのかな」
とりあえず、当面は彼女を信じよう。勿論どこかで聞き出さないといけない。だけどそれは、もっと親しくなってからでいい。
ブルーライトを注視しすぎたせいか、妙に目が冴えてしまっている。そこでふと目にとまったタンスの一段を開けてみる。昔、戦車道に全力投球していた頃に使っていた道具たちがしまわれている場所だ。
「懐かしいな。これなんて、まだ使えそう」
薄手の革製のグローブだ。指に伝わる感覚がしっかりわかるように可能な限り薄く、それでいて強く設計されているスグレモノ。
指を通してみた。高校に入った時に買ったものだからまだまだピッタリで、使い込まれていないから指を動かすたびにぎしぎしと音が立つ。
「……昔のこと、ねぇ」
ベッドに身を投げる。私は昔、何をしていただろうか。そうやって考え事をしていたら、自然と視界はとろけていく。
「もう、明日なんだねー」
「大丈夫、やれることはやったでしょ?」
「うん。怖いものなんてない」
「結束も強まったしね。きっと勝てるよ!」
早いもので、もうUWリーグはすぐそこまで来ていた。そもそも準備期間が殆どなく、これでも可能な限り時間を取ってきたつもりだ。勝利よりも楽しむことを目標に掲げ、それでいて勝ちを諦めずに努力した。
そんな大会前夜、『白うさぎチーム』は私の部屋に集まっていた。ただの宴会ではなく、ちゃんとした意味のあるパーティだ。
「さて、やること済ませちゃおうか」
言って瑠衣が取り出したのは白い服。それは厚手の耐火服で、業界ではパンツァージャケットと言われるユニフォームだ。採寸して注文していたものが届いたため、ここでお披露目となった。
「じゃーんっ、こんな感じです!」
「おぉ〜、いいねぇカッコイイ!」
簡単に言うならば、黒森峰のそれに近いものだ。黒の部分がまるっきり白になっているが、それ以外はほぼそのまま。スタイリッシュでなかなかにカッコイイ。私も好きな感じだ。
「何かモチーフとかあるの?」
「一応黒森峰の名で出る以上は黒森峰っぽさは必要だし、白うさぎだし?」
「なるほどね。まぁいい感じだと思う」
袖を通してみる。この硬い生地の感じは久しぶりだ。私は一度黒森峰のパンツァージャケットに袖を通しているため、それとほぼ同じというのが正直な感想だ。
「でも、本当に黒森峰の名前で出て良かったのかな?」
「いいんじゃない? 別に嘘は言ってないでしょ」
「それに、大々的に文句が言えるような試合じゃないから。気にしなくていいと思う」
「それもそうだね。せっかくこんなに盛り上がってるんだし、このテンションでいこうよ!」
みんなで手を重ねた。目配せをして、瑠衣に目線が集中する。
「えーっと……その……が、頑張ろうっ!」
「「「おーっ!!」」」
UWリーグは目前に迫る。幕が切って落とされようとしている。
黒森峰女学園の学園艦。その艦橋に設けられた一室で、物思いにふけっていると、ふいにドアがノックされる。
「入れ」
「失礼します」
「エリカか。どうした」
「これを」
エリカが差し出すタブレット。それに目を通して私は眉をひそめた。
「黒森峰が、もう1チーム」
「チームのメンバーに聞いても誰も知りませんでした。部外の者の可能性があります」
「そうだとしたら許されないが……いずれにせよ、今は分からないんだろう」
「はい、申し訳ありません……」
エリカはこうべを垂れるが、エリカに非はない。それに、黒森峰を騙る部外者なら大問題となるが、黒森峰の者なら特に追求するものでもないだろう。何せ今度の試合は『なかったことにされる試合』なのだから。
「とはいえ、気になるな。組み合わせ表はもう出ているのか?」
「はい、こちらに」
そこに表示されているトーナメント表では、黒森峰女学園は聖グロリアーナと当たることになっている。が、こちらは私たちだ。もう一つのチームが問題の。
「グレゴール高校……か」
「あの程度の高校に負けていては黒森峰の恥です。見定める必要があると考えますが」
「いや、その必要はない。それに――
――グレゴールには、面白い人物がいたはずだ」
無音。それは静寂よりも静かな音。
色に例えるならば、静寂は白。無音は透明。白は一見何もないように見えるが、透明はそこに何もない。よく水なんかを『澄んでいる』と表現することがあるが、それは透けて見えるその先の色を見ているだけで、透明という色の本質ではない。
私の世界に静寂は無い。代わりに果てしない無音がある。
ふと肩を叩かれた。振り返ると、身長の低い新緑色のボブヘアが特徴的な少女。彼女――スメタナは、私に向けてジェスチャーをする。所謂、手話というやつだ。
私は聴覚に障がいを抱えている。生まれつき耳がほぼ聞こえず、今でこそ補聴器によって微かな音として認識できるが、補聴器を外してしまえばたちまち私の耳には果てしない無音が広がる。
彼女は私にとって大切な存在だ。生きていく上で必要な人物であると言い換えることもできるだろう。
『おはよう、グラーシュさん。いい天気ね』
『おはよう、スメタナ。本当に、今日もいい天気』
手で言葉を交わす。耳が聞こえないから、私が何と発音したのかも分からない。それでは喋ることはままならないため、端から手話で話すようにしている。いざという時のために、筆談の用意もしている。
『そういえば、今度の試合ですけど……』
『大丈夫、準備は出来ているわ』
車庫の中では、ある車両が整備を受けていた。シュコダ製の中戦車としては限りなく完成形に近く、『ティーガーショック』以前の車両であればまともに相手をすることができる、数少ない車両。
チェコ・スロバキアの車両を扱うグレゴール高校にとって、このSkoda T-23Mは魅力的な車両だった。どちらかといえば、トゥラーンⅠと言ったほうが伝わりやすいのかもしれないが。
ハンガリーの車両、トゥラーンのベースとなったT-21の更に発展系。プラガ社とシュコダ社が手を組み作り上げたこの車両から、更にシュコダ社が自社製の新技術を盛り込んだのがこの車両であり、高い完成度を誇った。しかしながら時代的な不運から量産されることはなかった悲運の戦車でもある。
『スメタナこそ大丈夫? 今回のキーマンになるけれど』
『大丈夫です。いっぱい練習しましたから』
『そう。なら良かったわ』
スメタナは健気な後輩だが、同時に無理をしすぎるきらいがある。今回は必要に駆られて通信手として誘ったわけだが、耳が不自由な私が車長を務める以上、彼女には無理をさせるだろう。
それでも彼女は笑ってくれるから、私も堂々としていようと思う。来るUWリーグに向けて、更に戦術を練らないと。
『グラーシュさんの未来予知があれば、どんな相手も怖くないですよ!』
ふんふん、と鼻を鳴らしてスメタナが伝えてくる。まぁ、鼻息が鳴ってるのを聞いたことは無いけれど。
『えぇ、スメタナがいれば、きっと大丈夫よ』
私は耳が聞こえなくても対等以上に戦える自信がある。例え相手があの黒森峰でも。