「ついに来たねー」
「もうちょっと練習したかったけどなぁ」
「まぁまぁ、気楽に行こうよ」
キャタピラが踏みしめるアスファルト。夏の残り香が仄かにただよう小さな山あいの街に、密かに群がる戦闘車両と、それを駆る乙女。開会式を前に町役場へ集まった参加者たちの車両が駐車場に少しずつ集まってきた。
「見覚えのある車両もいくらかいるね。有名校のやつだよ多分」
「あれはプラウダかな。聖グロのチャーチルもあるね」
「豆戦車だ……あれでどう戦うんだろ」
手頃なスペースを見つけて、朝日がⅣ号をすべり込ませる。完全に停車したことを確認してから、ハッチから駐車場へと飛び降りた。ごつりとしたブーツが大地に触れる音とともに、安定感のある地面にどっしりと足をついた。
「んーっ……空気が気持ちいいね」
「いつもは海上だからね。澄み方もちょっと違う」
「ワクワクしてきたっ! これから今までよりももっともっと楽しい試合が出来るんだよね!」
「そうだね。私もウズウズしてきた」
お祭りムードを含む公式大会とは違い、ひっそりと行われる非公式大会はどこかアンダーグラウンドな雰囲気を纏う。それ故か、参加者も普段とは違うオーラを纏っているように感じる。
その時、私の肩を叩くだれかの指。振り返ると、そこには険しい表情の少女。
「……西住さん」
「橘さん、だったか。久しいな。初めてチームを組んだとき以来か」
「その節は、どうも」
「キミも出ているとはな。それを否定するつもりはないから安心してくれ」
あからさまに身構えた私たちをなだめる様に言う。このあたり、反感を買うことに慣れているのだろう。恐らく彼女の妹である西住みほが全責任を負わされて学校を去った時にも、彼女は想像を絶する非難を受けたはずだ。
彼女の後ろに構える銀髪の少女は確か、逸見エリカ。黒森峰で、西住みほの後釜を任された2年生だと記憶している。何せこの学校で戦車道をしていたのは最初の数ヶ月だけだったから、記憶が浅いのも致し方ない。
「私たちは貴女がたの参戦を否定しないわ。けれど、これは忘れないで欲しい」
後輩とは思えないほどに、高圧的な言葉。彼女の険しい表情が、その言葉にずしりと重みを乗せる。
「黒森峰は、勝って当然の強豪チーム。泥を塗るようなマネはしないこと。それさえ守って貰えれば、あとは好きにやってくれればいい」
「お優しいんですね、副隊長殿」
「……貴女は、見たことない顔ね。名前は」
茶化した瑠衣を一瞥して、睨みつけるような顔をした。それに対し、瑠衣は笑顔のまま返す。
「黒森峰女学園3年、仲河瑠衣です。以後お見知りおきを」
「……そう、聞いたことない名前ね。覚えておくわ」
「いい戦いを期待している。お互いに頑張ろう」
「はい。いつか戦えると嬉しいですね」
「ふっ。そうだな……行こう、エリカ」
2人は踵を返して歩き始める。それをじっと見送った。
「……全く、黒森峰は血の気が多くて嫌ね」
「まぁ正直、もっときついことを言われるかと思ってたからまだマシって感じかな」
黒森峰の許可なく名前を使ってエントリーすることは、認められないことだとはちゃんと分かっている。しかし、それを咎めることもまた出来ないと分かっていた。
「さ、そろそろ開会式だよ。行こっ」
うつろうつろの開会式を終え、私たちは戦車へ戻ってきた。隣には先程までなかった戦車。角ばった無骨な装甲、長砲身と大型のシュルツェン、そしてあずき色のボディと大きく描かれたあんこうのマーク。
「……これ、大洗の車両じゃない?」
「おぉ、ホントだ。かっこいい……」
「私たちも欲しかったね、シュルツェン」
大洗のⅣ号戦車H型は、D型からの改装で生まれたニコイチ車両。対する私たちのⅣ号戦車F2型はF型の改造品で、正真正銘の進化版。しかしながらH型の方がより進んだ装備を取り入れており、総合的な性能では劣っていると思われる。
「まぁ、ともあれ。トーナメントの確認しよっか」
ムラのある白い装甲板の上にA4サイズの紙を広げる。そのトーナメント表では、初戦の相手はグレゴール高校となっていた。
「グレゴール高校……って、どんなところ?」
「チェコスロバキア製の戦車を使う、チェコ系の学校だよ。隊長は全国大会直後に代わって、今はグラーシュっていう名手だよ」
「あっ、グラーシュさんは聞いたことある。耳が聞こえないんだよね、確か」
グレゴールのグラーシュは、全国大会までは副隊長兼参謀的な立場を担っていた。彼女の戦いは、島田流を彷彿とさせる先読み戦法。まるで未来予知のように展開する。
そんな彼女の最大の特徴は、ろう障害を抱えている点だろう。耳が聞こえないという大きなハンデを背負いながら隊長に任命されるその手腕は評価が高い。聞こえないということは喋れないということでもあり、どうやって部隊の指揮を執るのかは楽しみでもある。
「チェコスロバキアっていうと……38(t)とかかな」
「分かんないけど、中戦車クラスの車両にはなるんじゃないの? 少なくともこの試合は」
「だね。私もそう思う」
チェコスロバキアは、シュコダやCKD、プラガなどの軍需産業を支える自動車メーカーを多く擁する工業国だ。故に戦車や航空機等には自国生産のものも多かったが、ドイツに併合された影響からその生産も長くは続かなかった。
記憶をたどるが、チェコの車両に中戦車が存在したかどうかがまず怪しい。計画こそあったものの生産されなかった車両は数多く存在するが、実際に作られた車両は少なく、モックアップですら完成していないものが殆どだ。
「何にしても、そんなに戦闘力の高い車両はいなかったはず」
「じゃあ、今回は押せ押せで行く感じかな?」
「そうだね。多少大胆に動いてもいいんじゃないかな」
瑠衣は地図を広げる。今回のフィールドとなる山間の小さな街は、山脈の中程に位置する盆地だ。山岳と雑木林が主な地形となっており、流れが速く深い川が中央を貫く。それに沿うように国道が貫いており、その周辺には見通しのいい田畑が続く。取り巻く山々の麓には農村が広がり、美しい棚田が広がっている。
「性能差を生かして圧倒するなら市街地で戦うべきだけど……相手からすれば、劣っていると分かっているなら真っ向から勝負することはしないから」
逡巡の後、瑠衣はマグネットを地図に置いた。
「……相手はここで、待ち伏せをかけると思う」
国道から一本外れた川沿いの細道。その中程にある竹林だ。撤退も攻撃もしやすいこのポイントは、確かに待ち伏せに非常に適している。
「確かにスタート地点から距離もないし、いいポジションだね」
「それを踏まえて、私達はこの川沿いの道を進もう」
「正面から戦闘できればラッキーってこと?」
「うん。IV号の装甲もそんなにヤワじゃないし」
75mm砲の火力は強烈だ。正面から戦うことが出来れば、押し負けることは無いだろう。
「それでいこう。うーっ、楽しくなってきた!」
「ドキドキするね。いよいよ、って感じ」
元気よく両手をあげた瑠衣。その姿に、笑いがこぼれた。
試合は二試合目。その時まで、ゆっくり英気を養おう。
日が昇り、時刻は正午前。一試合目が終了し、私達はスタート地点へとやって来た。
「準備はどう?」
「計器類、正常値。原動機の調子は至って良好。駆動系、履帯にも損傷は無し。操縦手、行けるよ」
「徹甲弾、榴弾共に40発。空包3発の計83発、予定通りに搭載しました。閉塞機の動作も正常。装填手、大丈夫です」
「砲の稼動に問題なし。照準器の微調整にも狂いはないよ」
「……こちら黒森峰女学園。準備が整いました」
咽頭マイクを手で抑え、運営に報告を上げる。その直後、打ち上げられる信号弾が、開戦の合図だ。
「じゃあ、行こう。
合図とともに走り出す。私たちの、ひと夏の思い出が。
また新しい二次創作です。ちょっとガルパンらしくない話になる予定です。戦闘は今まで通りの熱意で書きますので、応援よろしくお願いします。