ガールズ&パンツァー 黒森峰の白うさぎ   作:綾春

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PCが壊れてました。

新しいPCを用意したので執筆を再開していきたいと思います。今回はチェコ・スロバキアの車両を用いるグレゴール高校と、瑠衣率いる黒森峰の試合です。


拮抗

 燦々と照りつける太陽。アスファルトが陽炎に揺らめく正午の川沿いを、白塗りの戦車が駆ける。

 

「このまま警戒しつつ前進して、予定地点に向かうよ」

「相手は予想通りに動くかな?」

「それは神のみぞ知る、かな」

 

 グレゴール高校の車両は未だ不明。無計画に前進することにはリスクがあるが、ある程度予測がつくなら大胆に進軍することも悪手ではない。

 瑠衣は時々車内通信用のヘッドセットを外し、周囲の状況を観察している。この騒音の中で周囲の音を聴くという行為にどれほどの意味があるかは定かではないが、やらないよりはいいだろう。

 

「きれいな街だねー……戦闘中じゃなければ、ぶらぶら散歩しても気持ちいいだろうなぁ」

「何呑気なこと言ってるの……」

 

 こんな時でも瑠衣はマイペース。しかし、小動物のように背伸びをし、周囲を警戒する行動は怠っていない。

 

「……予定変更。そこの橋を渡って、対岸の国道に出るよ」

 

 突如、瑠衣が予定変更を告げる。朝日はそれに従い、車幅いっぱい程度の石橋に進路を変更した。

 

「いきなりどうしたの? なにか見えた?」

「いや、聴こえた……相手は私たちの裏をかいてる」

「聴こえるって、相手の車両の音が?」

「うん。明確な音というより、IV号のメカノイズに混ざる微妙に波長の違う音を感じたんだ」

 

 それは感覚。勘にも近いものだろう。少なくとも私には分からなかったが、車長である彼女がそう思ったのならそうなのだろう。

 

 IV号は進路を変える。橋を渡り国道へと進出し、より積極的に会敵を狙う挙動へ。

 地面を揺らす走行音だけが響く山中。まだ見ぬ敵車両を探してひたすらに進む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…あれ』

『どうかしましたか?』

 

 首を傾げるグラーシュ。何か違和感を感じている様子だ。

 

『敵の動きが変わった。こっちの動きがバレたかな』

『それは無いのでは? まだ見られてすらいませんし』

『でも事実進路は変わった。きちんと感じてる』

 

 音とは所詮、空気を震わす衝撃が鼓膜へと伝わったもの。耳が効かなくとも感じ取ることは出来る。

 そうグラーシュは私に語った。その感覚は健常者である私には理解できないが、理屈の上では確かにそうだ。しかし、耳で聴くよりも遥かに微妙な変化であることもまた事実だろう。

 

 グラーシュが私に手話を送る。それは作戦用に簡素化されたもので、一つの挙動で大まかなプランが伝わるように私たち部隊の間で共通化されているものだ。

 読み取れば、進路を変更するとの事。相手の更に裏をとる動きで、こちらの位置を予想したのか、あるいはこちらに反応したのかを見極めるつもりだろう。

 

「方位マルヨンに転進。速度上げ」

「了解」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おかしいな」

「どうかしたの?」

「相手の動きが変わった。見られたかな…」

「かもしれないねー。進路、変える?」

 

 瑠衣は逡巡した。相手がもしもこちらの動きを察知して転進したのなら、このまま進むことはリスクがある。こちらもそれに合わせたプランを練る必要があるだろう。

 

「そうだね。もう一つ山側の道を東へ登るルートに転進で。速度も上げよう」

「了解。接敵を狙うんだね?」

「敵がこちらの位置を察知しているなら、いい位置を取られないようにマークし続けないと」

 

 IV号も転進し、スタート地点方面へ道を変えて引き返すルートに。田の中を突っ切るリスキーなルートだが、瑠衣は相手の動きを察知しているようなのでその心配もないだろう。

 

「にしても、この距離でもし察知されたなら……相手も相当に鼻のキク車長だね」

「瑠衣も相当だよ。地獄耳だね」

「私の一番の特長だからね。活かさないと」

 

 瑠衣は頭の上でうさぎの耳のようなジェスチャーをしてみせた。どうやら瑠衣は、途方もないレベルで耳が良い様子。いや、良いなんて次元ではない。はっきり言って、異常なレベルだ。

 ともあれ、それが活かせるのなら強みになる。私はその聴覚を信じて照準器を覗き続けることが役目なのだから、多くを語ることはよそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 役場に設置された何台かのライブビューモニター。それを眺める2人の少女。強者の貫禄漂う、黒森峰の隊長、副隊長だ。

 

「不思議な動きですね。まるで見えてるみたいな」

「とても第六感的な動きだな。相手の挙動を見切っているようにも見える」

 

 濃いめのブラックコーヒーに口をつけ、心を落ち着ける。そしてその動きの不可解さに自分なりの考えをまとめた。

 

「グレゴールのグラーシュが、振動を感じることで先を読む動きをするのは下調べで知っていた。だが、仲河のあの動きはどうも見当がつかない……」

「身体的特徴でしょうか。 ただ耳が良いとか、そういう話で納得できるレベルじゃないです」

 

 グラーシュですら、聴覚とのトレードオフにて振動を感じる特殊な感覚を手に入れている。それを健常者の仲河が得るには、途方もない努力が必要なはずだ。

 

「だが、何かに基づいた動きだ。そしてそれは、グラーシュと同じ第六感の類……彼女の経歴を調べるように伝えてくれ」

「は。直ちに」

 

 立ち去るエリカ。その背中を見送り、再びモニターに目を移す。

 

「……仲河瑠衣。なかなかに面白い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何度目の進路変更だろうか。未だに会敵はなく、そろそろ瑠衣の指示にも疑いを持ち始めた。

 

「ねぇ、本当に聞こえてるの?」

「聞こえてる。だけど、相手にもバレてる」

「相手も、こっちの位置を何らかの方法で察知してるってこと?」

「そう。だからお互いに尻尾を追い続けて堂々巡りしてるんだよ」

 

 相手からすれば、性能で優るこちらの目の前に出るのは避けねばならない。必然的に回り込む挙動になるが、私達はそれを追っているため追いつかないのだ。

 

「予定を変えよう。今来た道を戻るよ」

 

 迂回するであろうポイントを抑え、接敵を狙う。こちらの視界に捉えることが出来ればかなりの優位が取れるはずだ。

 

「にしても、相手はどうやって察知してるんだろ」

「耳……じゃ、ないもんね。だったらなんだろ」

「多分、振動ですね。聴覚障害を持っている方は振動に敏感だと言いますし」

「にしても、激しく揺れる戦車に乗って、よく分かるね」

 

 エンジンや履帯が発する振動に影響され、周囲の音や振動はほぼ感じられない。それなのに、遥か遠くの音を振動で察知出来るなんて……

 

「考えづらい、けど、それしか考えられない」

 

 そうでなければ、何かしらの反則技を使っているとしか考えられない。その可能性を捨てるとしたら、振動を感じているとしか考えられない。

 

「信じ難いけど、今はその線でいこう。進路変わらず」

 

 敵の頭を抑える動き。膠着した試合が動き出そうとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 山の麓に点在する小さな集落。放棄された棚田で伸び放題になっている草の中に、T-23Mの姿が。

 

『ここで待ち伏せよう。狙撃でケリが付けば1番だ』

『上手くいくといいんですが…』

 

 青々と茂る草をなぎ倒して砲を突き出した時、グラーシュは声を上げた。

 

「……後退!」

 

 声を出し慣れていない彼女だが、その声音からは明らかな狼狽が感じられた。続いて車両を揺らす至近弾の衝撃。

 

『裏をかかれた! ……ただ、これは好機』

 

 正面から見つめ合う展開は望むものではないが、狙撃でケリをつけられなければ接近戦しかないと覚悟はしていた。

 ジェスチャーを送る。それは簡潔に『前進』を示すものだ。

 

 T-23Mが速度を上げる。斜面を一気に降り、白塗りのIV号の懐へ。

 

 

 

 

 

 

 

「うわ、こっち来た!」

「ギリギリまで引き付けて! 相手の砲じゃIV号を抜くのは難しい!」

 

 位置エネルギーを味方につけて、80km/hに迫ろうかという速度で吶喊を仕掛ける敵車両に対し、こちらは車両的優位を活かす。それは砲火力と装甲厚。

 

 相手の砲口が紅蓮に染まる瞬間、IV号は後退した。砲弾を正面装甲で受け止め、そのまま360度回頭して背面を取る。

 

「貰った! 撃て!!」

 

 私の照準は的確に敵車両を捉えていたが、僅かな車両の揺動で砲弾は空を貫いた。こちらのミスを確認して、敵車両はドリフト気味の信地旋回で向き直る。

 

「相手の車両はT-21系列の何か……」

「何れにせよ性能的には優ってる。ここは勝負じゃないかな」

「いや、ここは撤退戦だよ。もう一度すれ違ったらそのまま全速で離脱」

「えっ、この好機を!?」

 

 私には理解しがたい指示だ。それに従い朝日はⅣ号を加速させる。すれ違いざまの一撃は砲塔側面を掠め、二両の距離は離れる。

 

「どうして、このままなら優位を活かせるのに」

「近距離での戦闘は格上相手に有効な戦術。性能的に優っているなら尚更距離を取って確実に攻撃を繰り返すべきだよ」

 

 言われて我に返る。このマッチングで、近距離戦を望んでいるのはむしろグレゴール側のはずだ。それが頭から抜けていたのは、完全に攻め急いだ結果であると言えた。

 

「……了解。なら私はどうしたらいい?」

「いい具合に距離を離せたから、遮蔽を取って丁寧に狙撃していこう。距離が詰まったら再度突き放す。その繰り返しで確実に仕留めるよ」

 

 瑠衣の能天気な性格とは打って変わって、着実かつ確実な戦術だ。棚田の石垣に車両を隠すと、被弾経始を考慮した斜め40度ほどの角度で車両を敵の視界に晒した。相手も木製の民家に車両を隠して応戦する。狙撃戦に持ち込めれば、優位に立てるのは7.5cmの巨砲を奢られたこちら側だ。

 

 砲弾が飛び交う。お互いに至近弾を浴びせるものの決定打は与えられず、戦局は再び膠着状態へ。

 

 

 

 

 

 

 

『……このままじゃやられる』

 

 グラーシュが私に手話を送る。彼女の焦りは、頬を伝う冷や汗で十分に伝わっていた。しかし、ここで攻め急ぐことは敗北へと直結する悪手だということもまた、はっきりと分かっていた。

 

 気づけば私は、彼女の手を強く握っていた。

 

『こちらが動かない限り戦局は動きません。ゆっくり考えましょう』

 

 彼女は目を丸くし、大きく深呼吸した後にいつもの冷静沈着な表情を取り戻した。

 

『……ごめん。焦ってたね』

 

 汗を拭い、キューポラから顔を覗かせた。砂埃と硝煙で煙るあぜ道の向こう、僅かに見えるくすんだ白のⅣ号戦車。その姿を見つめながら彼我の差を見極める。

 

 

『――前進だ。全速で』

『了解です』

 

 グラーシュが下した決断は、突撃であった。私には立案の素養はないが、彼女の下した決断であれば全てが正しいと思えるようになっていた。それは限りなく崇拝に近い信頼だった。

 

 

 速度をあげるT-23M。Ⅳ号の放つ凶弾が掠めるものの、決定打とはならず。ついに二両が肉薄する。

 

 

 

 

 接触するほどに至近。一瞬の判断が全てを決めた。

 

 

 

 グラーシュが発砲を指示する直前、瑠衣は朝日の肩を蹴った。前進するⅣ号を捉えることができず、T-23Mの砲弾は装甲板を掠めて遥か彼方へ。

 

 Ⅳ号は火花を散らしてアクセルターン。その砲口がT-23Mを捉えた。

 

 

 

 

 

 上がる白旗。黒森峰女学園のダークホースたちの初陣は勝利で飾られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝った……?」

「勝ったよ、勝ったんだ」

 

 煙る車上で呆然とする瑠衣に微笑みかけ、手を差し出す。瑠衣はその手を取って強く握ると、ぽろりと涙をこぼした。ひとつぶ、ふたつぶとその勢いを増し、ぐしゃぐしゃに崩れた顔で私に抱きついた。

 

「瑠衣……?」

「やったよ……私たち、勝ったんだ……!」

 

 喜びをかみしめる彼女に、私は優しく髪を撫でることで精一杯だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様です。いい試合でした」

「あなたは、グレゴールの……」

 

 若草色のボブヘアが特徴的な少女が声を掛ける。その後ろには長い金髪を揺らす大人びた女性が並ぶ。

 

「こちらが隊長のグラーシュ。私は彼女の……介助者?のスメタナといいます」

 

 ふたり揃ってぺこりとお辞儀をする。このふたりがグレゴールの次期リーダーということだろう。

 

「まさかそちらも先読みをしてくるとは思いませんでしたが……いい戦術でした。こちらの動きを読み切って、車両の特性を生かして戦われた」

「こちらこそ、あなた方の適応力には驚かされました。あの状況からチャンスなんて、そうそう生み出せるものではないですよ」

 

 瑠衣がいつも以上に丁寧な口調で伝える。それは手話に訳す時のことを考えてのことだろうか。スメタナと名乗った少女がグラーシュに手話を送る。それを見た彼女は表情を崩すと、はっきりとは聞き取れないながらも自信有りげに、自分の声で。

 

「ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼女たち、勝ちましたね」

「あぁ。正直驚いたな」

 

 グレゴールのグラーシュも相当なやり手だ。ただ、今回は車両的な有利と隊長同士の相性が噛み合った結果だろう。次の試合は、甘くない。

 

「次の試合相手は、このカードのどちらか、ということになりますか……」

「まぁ、結果は見えているな」

 

 指揮官の実力には大した差はない。しかし車両性能で水をあけられすぎている。これでは勝負にならないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 乾いた音で吠えたD5T-85BM。その照準器の見据える先で火を吹いて行足を止めるのはC.V.33豆戦車だ。

 

「そんなちっこいので私に勝とうだなんて無茶、最初から考えないべきね!」

 

 キューポラから威勢のいい声で啖呵を切る小柄な少女。彼女こそが瑠衣たちの第二試合の相手であった。

 

 その横暴な振る舞いと猛吹雪のような攻撃力。大部隊を指揮する能力においては恐らく高校戦車道の歴史のなかで最強の、『地吹雪のカチューシャ』こと、プラウダ高校隊長のカチューシャだ。

 

「懐に潜り込まれた時には、どうなることかと思いましたが」

「うるさいわね! 結果的に引き離して狙撃距離で仕留めるっていう本来のプラン通りなんだからいいじゃない!」

「えぇ。結果的にはいい試合でしたよ、カチューシャ」

 

 カチューシャを諭しながらこの試合を冷静に分析するのが、カチューシャの右腕たる名砲手、『ブリザードのノンナ』。このふたりがプラウダを率いている。

 

 

「次は黒森峰、だったわね! ようやく西住流をボッコボコにできるわ!」

「いえ、次は黒森峰ですが、どうやら彼女とは関係が無いようです」

「そうなの!? つまらないわね……まぁいいわ、どうせ決勝まで勝ち上がれば戦えるわけだものね!」

 

 

 

 プラウダ高校。強力な火砲と頑強な装甲を併せ持つソ連戦車が、次戦の試合相手になる。


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