ガールズ&パンツァー 黒森峰の白うさぎ   作:綾春

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久しぶりの更新です。UWリーグ二回戦は、黒森峰二軍VSプラウダ高校。

性能で劣るⅣ号は、T-34にどう挑むのでしょうか。


地吹雪

「久しぶりだな、カチューシャ」

「マホーシャこそ元気そうじゃない。今回は二軍チームも一緒なのね」

「二軍……まぁ、そういうことにしておこう」

 

 マホーシャにしては煮え切らない返事。何か事情がある様子だが、詮索するのはよしておく。

 

「それに、今回はエリカに隊長を命じてある。私が出張るような大会じゃないからな」

「ふぅーん……ちゃんと勝ち上がってくるのよ。それで、カチューシャがコテンパンにしてやるんだから!」

「貴女こそ、二軍チーム如きに遅れをとらないでくださいね」

「私が負けるわけないじゃない! マホーシャが相手ならともかく、相手は見たことも聞いたこともない二軍チームでしょ!?」

 

 仲河瑠衣。聞いたことのない名前だが、先ほどの彼女の戦いには鬼気迫るものを感じた。ある程度の警戒は必要だということは、私にも分かっている。

 

 侮っていたら足を掬われる。それは大洗との試合で痛いほど味わった、屈辱の味だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、お腹すいたでしょ」

「ありがと〜お腹すいてたんだよねぇ」

 

 屋台で売られていた、お好み焼きを箸に巻きつけたような食べ物。はしまきと言うらしいが、私は初めて見た。朝日のオススメだ。

 

「よく知らないけど、関西でしか売ってないらしいよ。……うん、美味しい」

 

 もちゃもちゃと食べ進める朝日。その隣ですみれは焼きそばをちゅるちゅると啜っていた。

 

「……瑠衣は食べないの?」

「んー……元々少食だからね、今はいいかな」

 

 そう言いつつ、床に地形図を広げてにらめっこしている。時折赤ペンでマルをつけたり、色を塗ったり、メモを書いたり。その姿はいたって隊長そのもので、いつものユルさは何処へやら。

 

「私も手伝うよ。何考え込んでるの?」

「ん、ありがと。次の相手はT-34/85でしょ? あの火力に対してⅣ号の装甲じゃ物足りないから……遮蔽が取れて動きやすい箇所を探してる」

 

 ZiS-S-53。ソ連軍屈指の名機と言えるだろう。位置づけとしてはドイツのKwK 40 L/43に近く、機動力に優れる中戦車クラスの車両に搭載される。

 

 それに相手の砲手は屈指の名砲手、ブリザードのノンナだ。私も自分のウデには自信を持っているが、今回ばかりは及ばないかもしれない。そう弱腰になってしまっている部分はある。

 

「そうだね。ただ相手も機動力は相当のものだから、出来るだけ自由に動けない場所がいいね」

「んー……住宅街か、森林か……」

 

「走破性は、履帯の太いT-34の方が上だろうね。あんまり地形が良くないと不利かも」

「出力でも負けてるからね。森はナシかな?」

 

 気が付けば、みんなで議論を交わしていた。やっぱり私たちは、時間は短くともチームだ。

 

 時折冗談を交えながらの作戦会議。概ねの戦略がまとまった時には、二回戦の時間は近づいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 開始地点。Ⅳ号に乗り込んで時を待つ。

 

「大丈夫かな……今回の相手は実績もあるし」

「隊長が不安がってどうすんのさ。胸張っていこうよ」

 

 『地吹雪のカチューシャ』と『ブリザードのノンナ』。プラウダ高校を支える2人のエースが同じ車両にいる。柔軟で圧倒的な戦術と、緻密な射撃技術が合わさり、容易い相手ではないことが窺える。

 

 ただ、私たちだって生半可じゃない。みんなで力を合わせて練習してきた。チームワークでは負けていないはずだ。

 

「勝てるよ。瑠衣の戦術と、私の射撃技術と」

「私の操縦と!」

「私の装填が合わされば。どんな敵も怖くないね」

 

 そう。戦車道とは総合力で争う武道。私たち4人と、1両。最も鍵になるのはチームワークだ。

 V型12気筒のエンジンが静かにアイドリングしている。やはりドイツのワークホース。しっかりとメンテナンスしてやれば、いつまででも一緒に戦ってくれそうな安心感がある。

 

「……うん、やれるね、きっと!」

 

 きりりと目尻が釣り上がる。先ほどの不安げな表情は何処へやら。いつもの瑠衣がそこにいた。

 

戦車前進(パンツァー・フォー)!!」

 

 信号弾が打ち上がる。プラウダ高校との大一番が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「始まったね……」

 

 あずき色のⅣ号戦車の横にレジャーシートを広げ、まるでピクニックのような雰囲気を醸し出すチーム。昨年全国大会の覇者、大洗女子学園のあんこうチームだ。

 

「みぽりんはどうなると思う?」

「うーん……確かにプラウダの方が実績はあるけど、あの白いⅣ号も只者じゃなかったね」

 

 一回戦の戦闘。慎重かつ大胆な戦術と、未来予知の如き先読み。およそ初めて大会に出るチームの戦いぶりでは無かった。

 

「確かに。攻めと守りを高次元で両立させる、素晴らしい戦術でしたね!」

「単純明快ですが、故に突き崩すのは難しい……そういう人ですね」

 

 こちらが引けば攻め入られ、こちらが攻めれば引きずり込まれる。状況に応じて受動的に動きを変化させることで、常に優位を得続ける、といった感じだろうか。

 

「カチューシャさんは基本的に大隊指揮に特化した方ですから、思ったより苦戦するかも知れないですね」

「でも今回の砲手はノンナさんですから。85mm砲との組み合わせは強力ですね」

「確かにね。単純な技術で言えば、プラウダに分がありそう」

 

 今回は1対1の変則ルール。今までの前評判はアテにならない。

 

「楽しみだね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山を切り開いて作られた国道を、ソ連のワークホース、T-34が駆け抜ける。それも、3人乗車の大型砲塔と85mmの戦車砲を奢られた、対戦車戦闘用のT-34/85だ。

 

「車両性能ではこっちが有利、強気に攻めていくわよ!」

「油断は禁物ですよ、カチューシャ」

「分かってるわよ! ……全国大会で、痛い目見たし」

 

 油断は最大の敵だ。それは雪の中での準決勝で痛いほど実感した。だからこそ、相手がいくら無名でも容赦はしない。それが王者の風格なのだと知ったから。

 

「敵は恐らく、安全な地帯でこちらの出方を窺ってくるはず。そこを奇襲して、一気に形成有利に持ち込みたいところね」

 

 相手はどうやらこちらの動きをある程度予測できるらしい。目視できない状況で予測するには、振動を感じるか、耳で聞くか。あるいは本当に未来予知か。

 

「……現実的なのは地獄耳ね。だったら対策の施しようはある。B3地点へ向かうわ!」

 

 指示したのは、B3地点。市街地にほど近い場所にある、川に架かる大きな橋だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「早い段階で相手の出方を探りたいね」

「砲、装甲、速度。全てにおいて相手の方が上だからね」

 

 こちらが勝るところがあるとしたら、取り回しだろう。市街地や森林なんかで勝負したいが、そうは問屋が卸さないはず。如何にこちらの優位を作り出すか、相手を誘引する戦術を考える必要がある。

 

「安全な場所に陣取って、ひとまずは待ちって感じかな?」

 

 安全な場所。周囲を遮蔽に、裏手を川に囲まれた町役場を選んだ。住宅街の中を突き抜けてくるのは、T-34の足では簡単ではない。

 

「ここなら、聞こえてから動いても十分な時間が稼げるし、射線も通りにくいからね」

 

 T-34は、排気管の構造の関係で、後方排気による土煙がひどく上がってしまう。田畑を突っ切って来れば土煙で方角が分かるし、舗装路を進めば音で分かる。それらを確認してからでも遅くはない。

 

『あー、あー、聞こえる?』

「聞こえてるよ、すみれ。ごめんね無理言って」

『大丈夫だよ、心配しないで。今のところ、土煙とかは見えてないかなぁ』

 

 降車斥候。大洗の西住さんがよく取り入れていた戦術で、敵の出方を事細かに把握することができる。プラウダ戦でもこの戦術が大いに活きた。

 今回は装填手のすみれを斥候として、役場の非常階段に配置した。これで遠くまで見渡せる。

 

「……」

 

 静かだ。どこかからエンジン音が少しずつ近づいているが、まだ距離はありそうだ。そもそも、もっと近づいてくれば視界に入ったり耳に入ったりするはず。

 

「すみれ、何か見える?」

『いや……今のところは何も』

 

 いやに静かだ。相手も出方を窺っているのか……? だが、それだとこの少しずつ近づいてくる排気音の説明がつかない。何が起きているのか。

 

 空を見上げ、周囲を見渡す。やはり土煙や排気煙は見えない。だとしたら……

 

 

 

 

 ――その時、車体を揺さぶる僅かな振動。高鳴るエンジン音が耳に飛び込んだ。同時にすみれさんが叫ぶ。

 

『敵襲です! 後方、用水路を上がってきます!!』

「川から……!?」

 

 

 役場の裏手を流れる川。戦車が入れば隙間はほぼ無い。そんなところを遡上してきたというのか。

 

「確かに、川の中なら走行音は最小限に抑えられますし、川底の土が振動もある程度吸収してくれるはず」

 

 何にせよ、相手に懐に入り込まれてしまった。非常階段を駆け下りてきたすみれを乗せ、撤退戦に入る。

 

「立て直すよ、全速撤退!」

「了解、飛ばすなら任せてよ」

 

 朝日がレバーを押し込み速度を上げる。可能な限りジグザグに、自分の有利な場所を目指して逃げる。T-34が視界に入った。同時に着弾。民家のブロック塀を吹き飛ばし、土煙を上げる。

 

「ひぃ……すごいパワー」

「大丈夫! この街中で当てるのは無理だから!」

 

 街路樹、ブロック塀、植え込み、電柱などの遮蔽物が多く、直線的に射線を取ることが難しい――というよりは不可能に近い。

 

 右折、左折を繰り返しながら住宅地を突き進む。狭い場所であれなⅣ号の優れた取り回しが活かせる。対するT-34はブロック塀をなぎ倒し、直線的に突き進んでくる。時に榴弾で吹き飛ばし、民家を踏み潰しながら。

 

「どこに逃げるの!? 住宅街出ちゃったら負けでしょ!?」

「ちょっとリスクはあるけど、国道を横断して森に逃げよう! D3地点!」

「……なるほど、了解!」

 

 朝日がさらに速度を上げる。アウト・イン・アウトで華麗に速度を乗せ、国道までに距離を離しにかかる。

 

 

 もうすぐ国道を渡る。視界が一気に開けるここが一番のネックだ。うしろを振り返ると、T-34は急停止し、こちらに照準を合わせていた。

 

「躍進射撃……」

 

 目を凝らし、耳を澄ます。敵の射撃タイミングを計る。T-34の揺動が収まる。僅かに砲塔が揺らぐ。微調整が終わり、砲が火を吹く……!

 

「回避っ!!」

 

 朝日がⅣ号を旋回させる。車体背面を狙ったT-34の凶弾が後部を斜めに叩き、あさっての方向に着弾した。

 揺らぐ車内。やはり装甲でいなしたとはいえ、衝撃は相当なものだ。しっかりと体を支え、退路を急ぐ。

 

「何とかこらえたね! 森林に入るよ!」

 

 

 T-34の躍進射撃をいなしたことで、距離を取ることができた。小さな沢がいくつか流れる、やわらかな土壌の森へと進む。比較的大きな沢にかかる橋を渡る。

 

 

 ここは試合前に目星をつけていた場所。南側は大きな沢がV字に流れ、北側は険しい絶壁に遮られている、三角州のような土地だ。柔らかな土壌ではT-34に分があるが、距離を詰めやすく遮蔽が取りやすいので、立ち回りやすいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パブリックビューイング会場。レジャーシートの上でおやつを食べていたあんこうチームの面々だが、その手がぴたりと止まる。

 

「森に逃げ込むんですね」

「そうみたい……けど、何の狙いが……?」

 

 同じⅣ号乗りとして興味がある。市街地などの遮蔽を生かしたゲリラ戦は得意だし、実際に何度も成功させてきた。全国大会を制したときだってその戦術が上手くハマったにすぎない。

 

 しかし今回は違う。彼女たちはあえて車両的不利を知りながら森に引きずり込もうというのだ。全国大会の決勝で私がお姉ちゃんにした一騎打ち。しかしそれとは状況が全く違う。相手は同格の中戦車。単一での性能はT-34に分があるのに。

 

「……楽しみだね」

 

 ぞくぞくする。日本の戦車道に、こんな人がいたなんて。


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