ゼロの使い魔 ~ほんとはただ寝たいだけ~   作:真暇 日間

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011~020

 

011

 

 

 

side 織斑ルイズ

 

ルイズに連れられて王都に向かう。私は馬に乗れるけど、カティは身体が弱くて馬に乗れないと言うことになっているので私の魔法でテレポートした。ルイズはかなり驚いていたけど、何をしたかについてはいつも通りのにっこり笑顔で秘密にしておいた。

 

そしてそのままルイズとショッピングを楽しんでいるわけなんだけれど、かなりの頻度でスリに遭う。そんなにカモに見られてるんだろうか?

まあ、スリが行動を起こそうとする度に『加速』して一方的に攻撃して死んでもらってるんだけど。

当然相手の老若男女は関係無し、ちゃんと死体は見つからないように『エクスプロージョン』で消滅させたから私がやったことはけしてバレないと思う。むしろ、やったと思われる事すら無いかもね。

 

そんな風に酷いことをしているなんて事はおくびにも出さずに、何事も無いかのようにルイズと一緒に王都の街道を歩く。

道端でアクセサリーを売っている店を冷やかしてみたり、服屋に入って替えの服を(ルイズに言われて)買ったり、スリを高速詠唱した『エクスプロージョン』でこの世から退場願ったりしているうちに……ふと、あることに気が付いた。

それは、気配。この王都のどこかから、活性化した精霊の気配がする。

すぐにディティクト・マジックで気配の位置を確認すると、それはどうやら裏路地にある武器屋にあるようだと言うことがわかる。

 

「……レア姉様? どうかなされたのですか?」

 

ルイズが心配そうに聞いてくるけれど、この世界じゃあまだまだブリミル教はハルケギニア全体でもっとも大きな宗教で、エルフとエルフの使う精霊魔法は悪魔の技として忌み嫌われている。

そんな中で『エルフの魔法で作られたと思われるなにかがある』何て言ってしまったら、十中八九その何かは壊されてしまうだろう。それはあまりにももったいなさすぎて、ちょっとルイズには言えないわね。

そう言うわけで、心苦しくはあるけれどルイズには誤魔化す方向で話を進めることにした。その方が多分話はいい方向に向かうだろうし、私も懸念事項が解決して万々歳。みんな幸せになれるものね。

 

「大したことじゃないわよルイズ。ちょっと気になるものを見つけちゃっただけだから」

「気になるもの? なんですか?」

 

きょとんとした目で小首をかしげて聞いてくるルイズには悪いけれど、これはちょっと言えない。それに、ルイズにはもう色々と買ってもらっているし、これ以上無駄に貸しを作るわけにもいかないしね。

でも、正直に言ってまともな剣を買うには200エキューは必要なのだけれど……それだけのお金を稼ぐあてなんて無いのよね。どうしましょうか……?

 

……そうだ、確か最近この辺りで貴族や大商人ばかりを狙って窃盗行為を繰り返す怪盗が居るんだったわね。ちょっと悪徳徴税官の屋敷にでもお邪魔して、今までの不正の証拠と一緒にちょっと金庫の中身を頂戴しちゃおうかしら?

だけど、どうせならもう少し大きい相手の方がいいわよね。シルバーローブの裏側はアンダーグラウンドサーチライトに繋がっていていくらでも仕込んでおけるんだから、とりあえず袖口に仕込んでおけば指弾の代わりにも…………勿体無いわね。指弾は別のにしましょう。それこそ屑鉄でも構わないわけだし。

 

……そんなわけで、とりあえず夜を待ちましょう。狙う相手は……そうね、高等法院長のリッシュモンにでもしましょうか。

私はまともな魔法は使えないし、仕方無いから土塊に罪を被せるのは諦めましょう。そんなことをしなくても、どうせ私を疑うものなんて誰もいないのだし……ついでに、明らかに裏金だと解りきっているお金だったら王宮にその事を上奏するわけにもいかないし、泣き寝入り……とまでは行かないだろうけれど、自分の所に被害が来たとは言えない筈。

それに、その時に不正の証拠を直接……そうね、マザリーニ辺りに提出してやれば此方に向く筈の恨みはきっとマザリーニに向くはず。できるだけ使ってあげましょう。

幸運なことに虚無魔法の『幻影(イリュージョン)』とコモンスペルの『念力』、そしてちょっとした精霊魔法を使えば『遍在』と同じようなことができるし、その姿形は『遍在』と違って自由自在。ほんと、虚無魔法って生活お役立ち魔法が満載よね。

 

「なんでもないわ。なんだか珍しいものだったけれど、どうしても欲しいと言うわけではないし」

 

それに、剣なんて今のカティが欲しがるとは思えないものね。私のところだとカトレア姉様は病気が治ってから凄く活動的になって、それまでの分を取り戻すかのように魔法を使ったり運動したりしていたからその時に剣術も少しやってたんだけど……ね。

 

なんだかちょっと不満げな表情を浮かべるルイズの手を取って、私は王都のメインストリートを歩く。

こうしていると、なんだか本当に姉になった気分が味わえるけれど、残念なことに私は優しいちいねえさま(ルイズの姉)じゃなくて、笑顔の仮面を被った異常者なのよね。それも、性質としては最悪の部類に入る異常者。

殺人殺戮が好きなわけじゃないし、積極的に他人を不幸のどん底まで突き落としてそれを見て笑うことも好きではないけれど、基本的に私達は愉快犯。自分の力で押さえつけられる範囲でしか遊ばないけれど、その中にあれば例えそれがどんなものであっても様々な方法で遊び、そして飽きれば綺麗に片付けてからまた次へ。

 

……何て言っても、私はあくまでただ異常なだけで、他の人に比べれば大した存在でもないのだけれど。

先輩方にはけして勝てないし、同輩であるなのはや『ギルさん』を相手にしても勝率は低い。後輩である白蓮や恋はある程度なんとかなるけれど、それでもやっぱりなのは達に比べれば勝率は低い。

私の特化はハードのスペックをあげることに終止している。それも、肉体面ではなく精神面に、その方向に関しては誰の追随も許さない程度に絶大に。

それはつまり肉体面では他の殆どの同類に勝てないと言うことなのだけれど……自分の特化点を上手く使いこなせていないと言うのもまた事実。

イチカの隣にいるために、まだまだ努力する必要があるって事よね。頑張らないと。

 

そんな私は知らなかった。私の左手の甲に刻まれたルーンの力で、私の身体能力は凄まじく上昇していると言うことを。

私の心にイチカへの愛がある限り、それは止まるところを知らずに上昇し続けると言うことを。

 

私は、まだ知らなかった。

 

 

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012

 

 

 

side 織斑ルイズ

 

私の作戦が上手く行くかどうかを確かめるために、王宮の宝物庫の守りにも匹敵すると言われる魔法学院の宝物庫に忍び込む。方法はとても簡単、『テレポート』の出現座標を宝物庫の内部に設定するだけ。

当然内部の様子がわからないと色々危ないので『ディティクト・マジック』で確認してからだけど、予想通りに簡単にできてしまった。

そう言うわけで、今度は実践。一度『テレポート』で王都に移動し、『ディティクト・マジック』で王都にある様々な悪徳貴族の宝物庫の位置を知ってからその内部に転移して、中身の金貨やら金塊やら宝石やら宝剣宝杖貴金属等を全部纏めてゴッソリと拝借するのを何度か繰り返す。するとそれだけで私は屋敷を一つ新しく建ててメイドを雇って一生自堕落に暮らせるだけの資金を得てしまった。皆かなり溜め込んでたわねぇ……。

 

それから同じく隠し金庫の中の不正の証拠となる書類も拝借して、貴族の名前毎に纏めて封筒に詰めてから封をする。これからトリステインを実質的に一人で支えているマザリーニ枢機卿に送りつけてやれば完了なのだけれど……一応正体がバレないようにしないといけないわよね。

具体的な方法は、とある貴族の宝物庫の中から拝借してきた仮面(効果は特になし。固定化と硬化がかけられているみたいでそれなりに丈夫)と、適当に持ってきた帽子を被り、『烈風』と呼ばれていた現役時代の母様のように男装をした状態……と言うイメージを元に作った分身(幻術+精霊魔法)を送るって言うやり方。

これなら早々バレることは無いでしょうし、バレそうになったところですっとぼければ証拠がない限り手が後ろに回ることはない。

 

……自分でも中々酷いとは思うけれど、元々不正に集めたお金なんだし問題ないわよね。

これが原因で破滅したところで私の知ったことじゃないし、原因は私にあったとしても被害は私にはないからね。

……マザリーニには長生きしてもらわないとね。恨まれる対象はいつの時代でも必要だもの。

それでもって恨まれながらもしっかり忠誠を誓ってくれる人って、本当に稀有なのよね。この国はマザリーニが居るありがたさをもっと知るべきだと思うのだけれど、残念ながらそれを知ろうとする人も知るべきだと思う人もトリステインには少ないから救えない。

まあ、私はイチカとの生活のためにトリステインを捨て、ブリミル教を失わせた身だし、今さらこの国がどうなっても構わないんだけどね。

 

……さて、行きますか。

 

 

 

 

 

side マザリーニ

 

それは突然のことだった。何の前触れもなく現れたその影は、座っていた私の背後から私に杖を突きつけた。

 

「お静かに。騒がなければ危害は加えません」

 

緑色に光る『ブレイド』を突きつけられ、私は動きを止める。この賊がどのようにして王宮に侵入して来たのかはわからないが、私を狙ってきたにも関わらず命を取らずに脅迫してくると言うことは……何か知りたいことがあるのだろう。

それが何かわかれば、相手が誰かと言うことも予想がつく。私は動かしていたペンを置き、両手を上にあげた。

 

「……何者だ」

「何者でもいいですよ、枢機卿。それよりも、最近国庫の中身の事で頭を痛めている枢機卿に、私から嬉しい贈り物があるだけです」

 

そう言うと同時に、机の上に分厚い封筒がいくつも置かれる。中身は何らかの書類のようだが……これがなんなのだ?

 

「私が集めた悪徳貴族の横領の証拠となる書類です。これを信じるも信じぬもお任せしますし、どのように扱って頂いても結構です」

 

その賊はそれだけ言うとブレイドを引き、まるで大気に溶けるかのように姿を消した。

後ろを振り向き、そこに誰もいない事を確認した私は、久方ぶりに杖をとって呪文を紡ぐ。使う魔法は『ディティクト・マジック』。その対象は、目の前に置き去りにされた封筒の山だ。

何らかの危険物である可能性もあるし、そうでなくともあれほど怪しい人間の用意したものを素直に信用するような人間がやれるほど、宰相と言う役職は甘いものではない。

 

……しかし、拍子抜けするほど簡単にそれら全てがただの書類であることが確認できた。妙な薬品が使われていたり、危険物が混じっていたりと言うことは一切無い。

私はあの賊が残した封筒を開き、中の書類に目を通す。まず確認するのは、その内容から。

 

……そこに書いてあった内容は、私の予想を超えるものだった。なにしろ王都に住居を構えるほとんどの貴族の汚職の証拠の山だ。上手く使えば数多くの貴族の職を奪い、私財を没収し、トリステインから追い出すことすらできるほどの。

私は頭を抱える。こんなものを渡されても、正直に言って困る。あまり一度に貴族を罷免すると国の政治が立ち行かなくなるし、だからと言って知ってしまったのなら何らかの行為を見せなければ今度はこちらの首が絞まっていく。

 

……それにしても、わかってはいたが汚職をしている貴族が多い。位の高い貴族も低い貴族も、自分にできるだけの金を集めようとしているかのように見えてしまう。

……高等法院長から一介の徴税官まで、よくもまあこれだけやって来たものだ。それに上手く隠してきたようだが……今回の事でその手口も見えた。次からそんなことは許されないと思うがいい。

今回は……害でしかない者のみを切り捨てるとしよう。姫様がもう少ししっかりしてくだされば……。

 

私はキリキリと痛む胃を押さえながら、この国の未来を背負うことになるだろう少女に思いを馳せた。

 

 

 

 

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013

 

 

 

side 織斑ルイズ

 

王都に行って私の知覚範囲内に入った剣を購入した。名前はデルフリンガーと言うそうだ。

武器屋の人はかなり値段を吊り上げようとして来たけれど、例えば出してきた剣が儀礼用のナマクラ未満、ただの粗悪品であることを教えてあげたり、デルフリンガーの見た目がボロ剣であることを理由にしたりして結局新金貨二十枚で話がついた。いい買い物をしたわね、ほんと。

それからデルフリンガーをシルバーローブの内側に隠して、柄だけを突き出す形でアンダーグラウンドサーチライトに隠す。居合いはホウキさんに習って右も左もそれなりにできるようになっているから、右側の腰にデルフリンガーを下げるようにする。

右手は杖を使い、左手は始祖の祈祷書を開くかデルフリンガーを振るう。それが新しい形になった。

 

こうして私が意思のある魔剣であるデルフリンガーを使うことにした理由は、デルフリンガーが私の予想以上に使える剣だったからだ。

まず、刀身に受けた魔法を弱体化させるか、あるいは吸収する。これは私が実際に魔法を叩きつけて気が付いたことだけれど、初めは弱体化だけだった物が確認のために何度か打ち込んでみたら突然に騒ぎ出して錆が落ち、私の魔法を吸収するようになったのは正直に言って驚いた。精霊の力を感じて買っただけのボロ剣が、まさかこんな風になるなんて考えもしなかった。

まあ、これは予想外ではあるけれど幸運だ。ありがたく受け入れることにして……私はこれからの事を考える。

 

正直に言って、私はこれからこの世界がどうなるかなんてことはわからない。なにしろ私の世界でもイチカが色々暗躍してなかったらあんな風に世界の数多くの存在が幸せに暮らすなんて事はできたかどうか定かではないし、その道は私とジョゼフとシェフィールドとイチカ、そしてイザベラとビダーシャルの全員が揃っていなかったら進むことができなかった獣道にすら届かないような荒れ果てた道。私一人ではどうしようもないし、例えこの世界のルイズとジョゼフとシェフィールドが全面的に協力してくれたとしても肝心のイチカが居なければ世界を押さえつけるなんて事はできないだろう。

ほんと、私はあの世界ではよくあんな非常識と言うか気違い染みているとすら言えそうな道を進んでこれたものだ。

 

……まあ、とりあえずもう一度落ち着いて考えよう。まずはルイズの系統が世に知れ渡った時に起こり得るメリットとデメリットから。

 

メリットは、隠さなくていいから気が楽になると言うことと、ルイズにとって精神的な安定に繋がると言うこと。私が近くに居るため最近のルイズは精神的に丸くなってきてはいたが、コンプレックスが完全に無くなった訳じゃない。もしかしたら何かの拍子に爆発してしまうかもしれない。

対してデメリットは、虚無系統だとバレたらロマリアが放っておかないだろうし、暗殺や誘拐などもかなりの確率であり得ると言うことも理解しておかなければならない。

近付いてくる人間は全員疑ってかからなければいけなくなるかもしれないし、もしかしたら虚無魔法を使えるだけなのにいつの間にか聖戦の旗頭にされてエルフや鳥人等の精霊魔法を扱う相手と殺し合いを死ぬまで続けなければならなくなる可能性も無いとは言えない。

 

……内緒にしておきましょうか。政治に明るくない私ですらこれだけの危険が見つかるってことは、実際には私が考えている以上に危険が多いと言うことだものね。

もしかしたら私が見えていないメリットも数あるかも知れないけれど、それでもこれだけのデメリットを打ち消してあまりあると言えるほどではないだろうし。

 

「……そう言うわけだから、私の魔法のこともあの娘の魔法のことも、それに繋がりそうなことも言わないでおいてちょうだいね?」

「あいよー相棒。それにしても今度の相棒はほんとに規格外だね。担い手で使い手で、そんでもってこの世の者じゃないと来てる」

「……その事についても黙ってなさいね? うっかりは許さないわよ?」

「おー怖。了解了解、それについては黙ってるよっと」

 

ガチャガチャと鍔の近くにある金具を打ち鳴らしてデルフリンガーは答え、その答えに満足した私は明日のことも考えてもう眠ることにした。

本来ならイチカを追って英霊と成った私には睡眠は必要ないが、英霊となっても暇さえあれば眠っていたイチカにつられて眠るようにしていたらそれだけである程度魔力が回復するようになったので、眠れる時はしっかりと眠るようにしている。

 

……英霊が自力で魔力を回復できるなんて、どう考えても世界に喧嘩を売っているに等しいような状況だけれど……まあ、私たちにとっては基本中の基本よね。

溢れる愛情とか睡眠とか食事とか消費したと言う事実を地味にすることによる回復とか色々方法に違いはあるけれど、誰もが当然のように魔力を回復させるもの。このくらいのことはできて当然。むしろできない方がおかしいわ。

 

……周りからすればただ単に異常なだけなんでしょうけど、残念ながら異常だろうがなんだろうが私はこうしてここにいる。

この世界には精々諦めて私と言う異物を呼び出させてしまったことを後悔していてもらいましょう。例え世界が私を排除しようとした所で、勝つのは私だけど。

 

「あと、できれば私がメイドとして貴族を相手に接待している時も静かにしていてもらえるかしら? それ以外なら食事中でも掃除中でも話し相手にはなってあげられるから」

「はいはい。それで、俺は剣なんだが……剣として使う予定は?」

「今のところは無いわね。誰かと戦う予定も無いし、これからしばらくは平和な日々よ」

「そうかい。……しばらくってことは、いつかは戦うかもしれないって思ってるわけだな?」

「分かってるなら言わないの。こういう後ろ暗いことも、ルイズの前では言っちゃダメよ?」

 

こつん、と指先でデルフリンガーの柄頭を叩き、それから未だ定まらぬ未来を想う。

この世界はいったいどのように変わっていくのか。イチカではなく私を呼んでおかしくなったこの世界は、いったいどんな結末を迎えることになるのか。

興味は尽きないどころか次々に沸き上がり、久し振りに楽しくなってきた。

腰元のデルフリンガーがカタカタと笑い、私もカティが笑うようにクスクスと笑う。

 

さあ、明日からまた頑張ろう。滅ぼす必要がないのなら、私はできればのんびりゆっくり暮らしていきたいんだから。

 

……イチカの居る英霊の座に帰る方法は虚無魔法にも無いし、ルイズが死ねばこの世界に私を括っている要因もなくなるから帰れるとは思うけれど、それをするとパラドックスが怖いしね。

のんびりのんびり行きましょう。ルイズが人間である限り、どうせいつかは死んじゃうんだから。

 

 

 

 

 

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014

 

 

 

side 織斑ルイズ

 

私の腰元に新しくデルフリンガーが現れて、袖口にあるアンダーグラウンドサーチライトに杖を、左の腰元に始祖の祈祷書を、右の腰元に柄だけ(に見える)喋る長刀を下げた完全武装状態になってから少しした夜のこと。合気のついでに魔法の練習をしたルイズが、学院の宝物庫の壁に巨大な皹を入れてしまった。

確か、あの壁はスクウェアクラスのメイジが何人も集まって固定化と硬化をかけたって言う話なんだけど……虚無魔法を覚える前のルイズの爆発魔法でも壊せたのね。

虚無の魔法使い特有の膨大な魔法力を、世界を構成する小さな粒ではなくさらに小さな粒に叩き込むせいで起きる爆発は、確かに狙った場所への破壊力と効率から言ってかなりの物になるけれど……やっぱり使い方を間違えたそれはかなりの無駄がある。

 

イチカの世界風に言うなら、1.5ボルトの豆電球にメガボルト単位で電圧を流し込んでいるようなもので、そんなことをしたら当然豆電球は一瞬だけ太陽のように明るく輝いてから破裂する。

つまり、虚無の魔法使いとそれ以外とでは規格が違いすぎると言うこと。

虚無の魔法使いがまともに魔法を使いたいのなら、まずは自分が虚無の魔法使いであることを自覚して、そこから更に無意識のうちに込めている膨大な魔力の量を押さえて規格を合わせるか、もしくは小さな粒を構成しているさらに小さな粒を塊のまま使ってやる……まあ、タバネ様曰く『原子核からのエネルギーじゃなくって様々な原子の集合体である分子を使わないとねー。わかった?』……と言うことらしい。

 

……私は一応他の系統魔法も使えない事はないが、基本が目に見えない小さな小さな粒の所を無理矢理肉眼で確認できる規模のものを操っているため非常に疲れる。

だから私は系統魔法を使うくらいなら精霊魔法を使うことにしているのだけれど、そもそも系統魔法を使うと精霊達が拗ねるから使うことなんてほとんど無い。

精霊達は系統魔法を嫌っていたりするわけではないようだけれど、私がわざわざそんなに苦労して(精霊たちにとっては)裏技染みた方法で精霊の力を借りるくらいなら、普通に言って欲しいようだ。

 

……つまりあれね。『仲のいい友達に水臭いことを言われて拗ねる子供』みたいなものね。

……デルフリンガーも、私が他の剣を使ったら拗ねたりするのかしら? いつか必要があったら試してみましょうか。

 

さて、そんな話はどこか適当な所に放り投げておくとして……ルイズが爆発魔法で皹を入れてしまった宝物庫の壁に話を戻そう。

ルイズの爆発によって脆くなった壁は、直後に現れた巨大なゴーレムの拳によって完全に破壊されて宝物の守護と言う役割を果たすことができなくなり、その結果盗賊『土塊』に『破壊の杖』と言う名の秘宝を盗まれてしまったらしい。

 

その話を聞いた時、私はルイズの顔をじーっと見つめてみたが、ルイズは冷や汗を流し目を高速で泳がせながら必死に顔を背けて誤魔化そうとしていた。

まあ、正直に言ってバレバレではあったけれど、そんなことよりも大切な事がある。

それは盗まれた秘宝をどうするかと言うことだったり、その時に行くメンバーを誰にするかと言う話であったりするわけだけれど……普通は当直の教師等が力を合わせて行くものだと思っていたのに、なぜか誰一人として行くと言う者がいない。

 

……仕方無い。ちょっと頑張ってみるとしましょうか。あの大きさの相手を投げるのは正直に言って難しいけれど、それでも打つ手はいくらでもあるし……それに、なんだかあの案内人には知っているけれど知らない気配が纏わりついている。

これは……そう、イザベラとビダーシャルの娘のハーフエルフの気配特有のそれによく似ている。

種族によって気配はかなり違ってくる物だけど、この独特の『精霊が付き合いを持っていいのか悪いのか決めかねている気配』はエルフのような精霊魔法を使える種族と人間のハーフにしかあり得ない。

それと同時に若干の虚無の魔法の気配……ハーフエルフの虚無の魔法使いなんて知らないわよ?

ってことは多分アルビオンの担い手よね? 今度挨拶しに行ってみるのもいいかもしれない。

 

……それじゃあ、ちょっとやってみようかしらね。

 

 

 

 

 

side マチルダ・オブ・サウスゴータ

 

それは、私を追って『破壊の杖』を取り戻そうとする会議でのこと。それまでは私の掌の上にあった状況が突然私の掌から飛び出していくような言葉が、ヴァリエールの使い魔の口から溢れた。

 

「そう言えば、最近王都で盗難騒ぎがあったそうですわ」

「……それがどうかしたのかね?」

 

オスマン達が首をかしげる中、私も覚えの無いことに首をかしげた。私は最近は魔法学院の仕事に集中していて、他の所で『仕事』なんてしてないはずなんだけど……と考える。

しかし、私達の疑問を知ってか知らずかヴァリエールの使い魔は言葉を続けた。

 

「犯人は‘土塊’だと言われていることですし、すぐに被害のあった皆様に秘密利に『‘土塊’の潜んでいる可能性の高い場所』として報告してみてはいかがでしょう? 上手く行けばフーケは捕まり、貴族の皆様に貸しができ、破壊の杖も戻って来ます。……勿論、勝手に行かせては破壊の杖を持っていかれる可能性もありますので関知能力の高い風メイジ……それも『遍在』の使えるスクウェアクラスのメイジを一人つけるべきだと思いますが」

 

にっこりと笑顔を浮かべながら、ヴァリエールの使い魔は恐ろしいことを言う。

はっきり言って、冗談じゃない。軍隊を相手にするだけに飽き足らず、スクウェアクラスの風メイジを相手にするなんざ悪い冗談にすらなりゃしない。

 

「……それと、同行する風メイジの方は『遍在』を二体以上出せるなら本人が行く必要は無いわけですし、危険なことなんてほとんどありませんよ?」

 

そっちにとっちゃそうかもしれないが、こっちにとっちゃ予想以上の最悪の状況だよ畜生ッ!

 

私は計画を根底からぶち壊しにしてくれようとしているヴァリエールの使い魔に向けて、心の中で呪詛を吐き出した。

……だが、そういう風に感じてしまった私の心も察してほしい。

じじいのセクハラに耐え続けて学院に入り込み、続くセクハラに耐えて行動し、興味の無い相手とダンスの約束をする代わりに聞き出した情報がかなり役に立たないものだったりして、それでも漸く巡ってきた千載一遇のチャンスを掴んで狙った獲物を盗み出せたと思ったらそいつの使い方がてんでわからないし、仕方がないから誰か知ってる奴を誘き出して使わせて使い方を知ろうとしたら学園に来てから今までの私の努力を全部纏めてぶち壊そうとする使い魔が居たら、そしてその使い魔の言が通りそうになっているのになんの意見も出せない私の身になればさ、こうして心中で悪態をつく事くらいは許されて然るべきだと!

 

私はもう一度、誰にも気付かれないようにヴァリエールの使い魔を睨み付け……その笑顔とは裏腹に欠片も笑っていない、どろりとした悪意が詰め込まれたような瞳と視線が合った。

 

……こいつは、いったいなんなんだ……?

私は震える体を押さえながら、今回の獲物を諦めて次の獲物への算段をつけた。

 

 

 

 

 

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015

 

 

 

side 織斑ルイズ

 

数日後。本当に私の案を実行に移してしまった学院長達は、見事に『破壊の杖』を取り戻して見せた。

しかし呼び出された貴族達は盗まれた財(ただし横領品や不正入手品が多数)を取り戻すこともできず、さらに雇った傭兵の軍を使ってしまったために結構な負担がかかったらしい。

まあ、あくまで『可能性』の話だったわけだし、それに釣られて来ておきながらそこにいなかったからと言ってこちらが文句を言われる筋合いは無い訳なんだけど……やはりと言うかなんと言うか、どこにでも馬鹿は居るものなのね。

 

……と、そんな馬鹿の話は置いておくとして……今回の企みの首謀者の話を聞くとしましょうか。

駄目貴族の無駄な話を聞くよりも、そっちの方がまだ有意義だものね。

とは言え『記録(リコード)』で本人が肌身離さず持っていただろう杖の記憶を読み取ったから、わざわざ本人と話したところで目新しい発見はないだろうけど……これは本人と話すと言うこと自体に意味がある類いのことだもの。

 

ああ、楽しみだわ。もしかしたらジョゼフ以外の虚無の魔法使いと知り合って、その上けして悪くない付き合いをすることができるかもしれないんだもの。虚無の魔法使いって数が少ないから友達って言えるくらい仲良くなれることは少ないのよね。今のところ私はロマリアの狂人以外は仲良くなれてるけど。

そうそう、こっちからお邪魔するんだからお土産の一つ二つくらい持っていかなくちゃ失礼よね。虚無の若返り魔法を込めた魔法薬と豊胸薬のセットでいいかしら?

若返り薬は飲んだ当時から見て五年分しか若返らないし、効果を重複させるには同じ物を飲まなくちゃいけなかったりもするけれど……イザベラも何度か使って子供達がみんな一人立ちできるようになるまで若い身体を保ってた実績もあるから大丈夫よ?

副作用としてしばらくの間身体が火照って堪らなくなるけれど、それ以外はなんの問題もないわ。

 

ちなみに豊胸薬の方はイザベラが作っていたものをいくつか固定化で完全保存状態にしておいたもので、無制限に出せる訳じゃないので注意が必要だった。

……虚無の魔法に『複製(コピー)』の魔法が見つかるまでは。本当に虚無の魔法は使い勝手の良さが狂気的ね。

豊胸薬とは真逆の効果を持つ縮乳薬もあるけれど、殆どの人間には嫌がらせにしかならないわよね。仕舞っておきましょうか。

 

お土産も用意した、もしもの時のための戦闘準備も良し、話の種として共通の話題となりそうなハーフエルフな虚無の魔法使い……ティファニアのことも彼女の杖の『記録』から読み取った。

準備完了、後は直接合いに行って話をするだけになった。

 

……本職の泥棒と話をするのは初めてだから、ちょっと緊張してしまう。少し前のフーケ対策会議では、私の意見によって作戦を潰されてしまったらしくて凄い表情で睨まれちゃったし、なんだか大変なことになりそうな気がするけど……たぶん大丈夫。

今のところ、私が『負けるかもしれない』と思った系統魔法の使い手は五人のみ。母様と、昔ジョゼフのところに居たことがあるらしい『元素の兄弟』の四人だけだし、多分大丈夫だと思うのよね。

不意打ちされなければこの五人にも負けない自信はあるし、実際母様以外には勝てたし……多分大丈夫。

……うん、きっと。

 

それに、そうなっても大丈夫なように色々と用意してるわけだしね。お土産とか情報とか宝とか。

 

……さて、それじゃあ大体の不安が晴れたところで行動に移すとしましょうか。確かフーケの学院での部屋は教職員用の一階にあったはずだし、このまますぐに行きましょう。善は急げと言うし、わざわざゆっくり行く理由も無いし……ついでに仕事に失敗したからと言う理由でいなくなられたら後でもう一度探し出すのは面倒だしね。

 

と、言うことで即実行。私はもうフーケの部屋の前にいる。

最低限の身嗜みを整えて、もう一度武器を確認。袖口のアンダーグラウンドサーチライトの中の杖と、右腰の柄だけ出ているデルフリンガー、そして左腰の始祖の祈祷書と右薬指の土のルビー。ほんとはルビーと始祖の祈祷書はいらないのだけど、身嗜みだものね。それを確認してから、私はフーケの部屋の扉をノックする。一応不意打ちに備えると言う意味で杖に指先を触れさせて魔法をいつでも使えるようにしているが、それはあまり必要ではないような気もする。

 

「……はい、どなたでしょうか?」

 

部屋の中からフーケの声が聞こえ、僅かに軋む音をさせながら開いたドアの隙間から眼鏡をかけたフーケの顔が覗く。

 

「こんばんは、フーケさん。よろしければ少し話をしませんか?」

「……何の事かわかりませんが、話があるのでしたらまた明日にでも……」

 

そう言って扉を閉めようとするフーケに、周りに聞こえないように囁く。

 

「アルビオンの森の中、ウェストウッドの森に住んでいるあの娘……素直ないい娘ですよね?」

「あんた……それをどこで……っ!」

 

閉じようとしていた扉が再び開かれ、フーケの驚愕と焦燥に満ちた顔が覗く。どうやら私と話をする気になったらしい。

私は笑顔を浮かべながら、静かに開かれた扉から部屋に入り込む。

 

さあ、これから楽しい楽しい交渉の時間が始まる。III内腹黒ランキング(真暇的感性による適当調べ。最下位は簪と恋の二人)はあまり高くはないけれど、それでも低くはないんだからこういう場で有利にはなりやすい。

私の娯楽のために、動いてもらうわよ? フーケ!

 

 

 

 

 

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016

 

 

 

side 織斑ルイズ

 

フーケに会いに行った私は、見事にフーケの部屋に入ることに成功した。

フーケからは何故か物凄く警戒され、睨み付けられているんだけど……いったいどうしてこんなに警戒されてるのかしら? ちょっとお話ししたいっていう旨を伝えただけなのに……?

私を迎え入れたフーケは、まずこの部屋に“サイレント”をかけて聞き耳を潰して、さらに“ディティクト・マジック”で周囲に誰がいるかを確認し、その上でドアに鍵をかけてから漸く私の方を見た。

これからする話の内容を考えるとそうやって色々と用心深くなる理由もわかるけれど、やっぱりこの世界は私の世界とは別なんだなと強く認識してしまう。

私の世界ではどこの誰がどんな相手の事を好いて結婚しようとしても……まあ、個人の性格やら地位やらは別として、少なくとも種族を原因に責められるようなことはありえない。

ブリミル教は既に無く、わざわざそれを止めるような理由が無くなっているのも理由の一つだけれど、そうなった原因は私とジョゼフなんだからある意味じゃあ当然なのかもしれないし……まあ、それは仕方無いわよね。

 

だけど、この世界では未だにエルフは敵で、ハーフエルフは許されざる存在。しかもこの場合は王族の末裔とはぐれエルフのハーフの上に虚無の魔法使いだって言うんだから、表に出たら厄介事を大量に呼び寄せる事になるだろう。

……具体的には、ロマリアのハイエナ連中が蛆のように後から後から涌いてくると言うのが簡単に予想することができる。

ロマリアは狂信者と精神的に腐りきっている自称聖職者の実質ゴキブリ未満と中途半端な実力しか持たない正偽の味方しかいないから細かいところはともかく全体の動きを読み取るのはとても簡単だったりするけれど、むしろ読みたくなくなるほど馬鹿ばかり。付き合いは最低限にしたいわよね。

 

……まあ、そんなことはどうでもいいし適当なところに置いといて……お話ししましょうそうしましょう。

 

「……それで、私に何の用だい?」

 

この学院に居る間はたれ目気味だった筈の目を吊り上げて、ピリピリとした雰囲気を纏ったままフーケは私に話しかけてくる。

なんと言うか、警戒心の高い猫が目の前に居るような……そんな感じ。

私はナノハのように物凄いナデホスキルは持っていない(ただしある程度信頼してくれる相手にはかなり効く)ので、それなりに相手の信頼を得ないと落ち着いて話をすることもできない。

私はとりあえず相手の緊張を解くために、いつもの通りににっこりと笑顔を浮かべた。

 

……なんだか余計に警戒された気がするけど、気のせいよね?

 

 

 

 

 

side マチルダ・オブ・サウスゴータ

 

警戒に警戒を重ねて、私はヴァリエールの使い魔と向き合っている。

突然真夜中に現れて『話がしたい』なんて奇妙なことを言ったと思ったら私の事をフーケと呼び、その事を惚けたら私以外には知る者がいない筈のテファの事を呟いて脅迫してきた。ここで話に応じなければ、きっとテファのことがアルビオン全土に知られてしまう。

そう考えた私は扉を開けて、そいつを部屋の中に誘い込む。土の無いこの場所でもブレイドやマジックアローは使えるし、最悪遠隔で外の土をゴーレムに変えてこの部屋ごと攻撃させれば……テファのことが知られることは…………。

 

……そこまで考えたところで、目の前の女が凄まじい笑みを見せていることに気が付き、歯噛みする。

そう、そんなことをすれば、これからテファに仕送りをすることができなくなる。そんなことになればテファだけでなく、テファと一緒に居る孤児も餓えて死んでいくことになるのが目に見えている。つまり、私は自分の命を絶対に守り抜かなければならない。

 

……そして、この女はその事を理解していてあえてあのような笑みを見せたのだろう。『お前の考えていることなどすべてお見通しだ』とでも言うかのように。

 

「……それで、私に何の用だい?」

 

せめてもの抵抗にそいつを睨み付けながらそう言うと、そいつはさっきの笑みが幻覚だと言うかのような優しい笑みを浮かべる。

だが、そんなものに私は騙されない。ついさっきまで私を実験動物か何かのように品定めしていた目を見ていれば、この笑顔が偽物だと言うことはすぐにわかる。

しかし、この女は私の警戒を何でもないかのように完全に無視して口を開く。

 

「とりあえず、お土産です。好きに使ってくださって構いませんよ」

 

そう言って手渡された物は、なにやら液体の入った二つの小瓶。どうやら何かの秘薬のようだけど……。

 

「若返り薬と豊胸薬です。自分で使うもよし、売ってそれを仕送りに当てるもよし……まあ、好きにしてください」

「………………は?」

 

変わらぬ笑顔のまま放たれた言葉が信じられずに、私はついそいつに聞き返してしまう。

私の反応を予想していたのか、この女は淀みなく同じ言葉を言う。

 

「若返り薬と豊胸薬です。お土産ですので売るも使うもご自由にどうぞ」

「いや聞こえてるよ」

「……若返り薬と言うのはですね……」

「いや意味がわからなかったわけでもないから」

 

あまりにもぶっ飛んだものを出されて驚愕していただけだと言うのに、この女は何でもないかのように平然と説明を続けようとする。

 

「……で、本当の所はなんだい?」

「ああ、本題ですね。ちょっと優秀な情報収集家が欲しかった所なんですよ」

 

薬の方を聞いたつもりが、なぜかそいつは私がそれを受けとることを前提に話を進めている。

確かにそう聞こえないこともないけど、あまりにも気が早すぎるだろう。

 

「ちなみにどちらも本物ですよ。若返りは五年分しか若返りませんが、一度若返れば効果は永続しますし」

「まずその薬自体が胡散臭いんだけど?」

「人間で実験済みですから大丈夫ですよ?」

 

さらりと人体実験したと言いやがった。なんて危ない奴だ。

……やっぱり、こんな奴をテファと会わせるわけにはいかない。それはどうあっても阻止しなければ……。

 

私が意思を固めていると、そいつはいつも浮かべているにっこり笑顔で私に迫る。

 

「まあ、薬は本物ですけど貴女の意思はあまり尊重していません。私に一月300エキューで雇われて情報収集に勤しむか、それとも今ここで洗脳されてお給料無しで情報収集に勤しむか……どちらか好きな方を選んでくださいな」

 

笑顔の裏にドス黒いものを隠したその女は、じっと私の目を覗き込みながら選択を迫る。

じっと見ていると引きずり込まれそうになる鳶色の目には、殆ど何の感情も見えない。それはつまり、私が意に添わぬ回答をした場合には本当に洗脳してくる可能性も否定できないと言うこと。

こいつがいったいどうやって洗脳なんかするつもりかは知らないが……この女ならやりかねない。

 

私には、こいつに雇われるという選択肢しか残されてはいなかった。

 

……ごめんよ、テファ。私はもう帰れないかもしれない。

ウェストウッドに居るだろうテファに向けて、私はぼんやりと考えた。

 

 

 

 

 

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017

 

 

 

side 織斑ルイズ

 

私はやっぱり交渉事は得意では無いと言うことを実感しながらも、それなりに満足のいく結果に終わったことを嬉しく思いながら夜の学院を歩く。

私がやると大抵の人は私の性格について勘違いしたり、あるいは徹底抗戦の構えを見せてきたりするのだけれど……今回もやっぱり私が世界でトップクラスの腹黒だと思われたに違いない。最初からフーケの視線には好意的な物はなかったけれど、最後の方には完全に敵意に満ちたものに変わってしまっていた事からもその事が理解できる。

 

……私はそこまで腹黒ではない。ただ、交渉事の時になると突然目が笑っていない笑顔になったりするのと相手の逃げ道を全て塞いで私の思い通りに動いてもらうことを強制してしまうだけで、生前海千山千の超巨大組織の幹部を手玉に取ってきたナノハや世界全てを騙して自分の思い通りに動かしてきたタバネ様のように真っ黒だなんてことはない。

なのに、どうしてか皆私のことを黒い黒いって言うのよね。どうしてかしら?

 

「……いや、さっきのはあからさまに脅迫だっただろうがよ」

「あら? 交渉の時に相手の見せた隙はしっかりつついて骨の髄まで搾り取るのは常識じゃないのかしら?」

「度が過ぎてなけりゃな。ありゃいくらなんでもやりすぎだろ。しかも最後に『大切なあの娘のために、頑張らないといけないんでしょう?』なんて逃げ道つくっておいて、それで逃げても結局相棒の掌の上って……」

「一つか二つ逃げ道を作っておいて、そしてそこに逃げ込むように誘導してあげるのは基本でしょう? 頭が良ければ分かりやすいのと分かりにくいのの二つを作ってやると、分かりやすい方は避けて分かりにくい方に自分から嬉々として飛び込んでいくんだし、それについては私のせいじゃないわ」

「……お前さん、俺を買った時から思ってはいたけど悪魔みてえな女だね」

 

そう言ってくるデルフリンガーの柄頭を小突き、深夜の学院の廊下を歩く。

私が悪魔だなんて、そんなことはない。私程度が悪魔だったら、他の同輩や先輩後輩はいったい何になるんだろうか。

少なくとも私がただの木端悪魔なら、騎士位か爵位持ちの大悪魔になることは確実だ。特にチフユ義姉様やタバネ様なんかは大公爵か大公か……なんて言う非常に高い位に居そうだ。

 

「まずお前さんが木端悪魔ってところからねえよ」

「あらあら、そんな天使みたいだなんて」

「言ってねえよ。悪魔ってのがありえねえんじゃなくて、木端の方だよ。絶対最低でも伯爵位は持ってんだろ」

「残念、私は(少なくとも英霊になるまでは)ただの人間よ?」

「そりゃ嘘だろ?」

「マジよ」

 

あからさまに驚いて見せるデルフリンガーにそう返し、私はこれからどうするかを考える。

確か、そろそろ使い魔品評会があったはず。それに姫様が来て、ルイズに内戦真っ最中のアルビオンに行ってもらって手紙を返してもらうように依頼するんだったわね。

……イチカのバギブソンゴウラムが暴れまわって私が“カッター・トルネード”を唱えて広域空間爆破で船を丸ごと消し飛ばした覚えしか無いわ。

 

……ああ、そう言えば一応帰りの道すがらなにかを跳ねたような気もするけれど、未だにあれが何だったのかわからないのよね。

 

……そうね、それじゃあ使い魔品評会の出し物でも決めておきましょうか。簡単な手品でいいかしら?

虚無魔法は人前ではあまり使いたくないし、精霊魔法も同じく。体を動かしたらおかしくなるし、それでいてそれなりに派手なものを……と言ったら手品か劇くらいしか無い。

 

…………いや、少し待って? 確か、虚無魔法の中に“幻像(イリュージョン)”って言うのがあったわよね? それを使って甘ったるい恋物語でも見せてみようかしら。

確か、姫様は叶わぬ恋をしている筈だし、せめてお話の中だけでも幸せになってもらいましょう。

主人公(王子様)の名前は『ウィンド』、ヒロイン(お姫様)の名前は『アクア』。水の国の王女と風の国の王子の、甘く切ない恋物語。

 

……これでもイチカの世界のミュージカルや演劇なんかはよく見ていたし、映画や戯曲もそれなりに知っている。それらから少しずつ取ってきて、組み合わせて適当にお話を作る。

キャラクターは……姫様とあの王子様に似たものを使う予定だからあまり考えてないけれど、どうせなら楽しく終わらせましょう。

 

悲恋の物語の方が様々な終わり方があって私は好きなのだけれど、恋に頭をやられている姫様には甘ったるいくらいに甘いハッピーエンドの方が受けがいいと思う。

となるとどこにでもあるような陳腐な物語にしかならないんだけど……まあ、それまでの道筋を魅力的なものにすればいいわよね。

ハルケギニアを劇の中心の場所として、様々な人間の謀略や直接的な力、その他にも戦争や反乱など、色々な問題を乗り越えて最後に二人は結ばれて……そこでおしまい。

本当は結婚した後にこそ色々な話があるんだけれど、ハッピーエンドにするのは中々難しいというか面倒なのでそこで切る。

 

……ああ、イチカがこういう悪戯の準備に全力を注ぐ理由がよくわかる。確かにこうして色々考えて準備している時間は、私からしてもとても楽しい。

イチカはよく『準備期間こそ祭りの最も楽しい時間だ』と言っていたけれど、確かにその通りだと思う。

 

忙しくて大変だけど、それでもそうやって頑張っていた時間が一番輝かしい記憶として残っているんだから、人間ってわからないものよね。

 

私はちょっと笑みを浮かべながら私自身に“幻像”をかけて作りたての劇の出来を確かめる。

拙いと思った所は手直しして、音楽が欲しいと思ったら幻像の中に楽器を召喚して雰囲気に合う曲を弾かせる。

実際に見て話を変えた方がいいと思ったところは改編し、それに合わせて全体を調整する。

 

しかし時間が随分かかるので、そのあたりは“幻像”が人の頭に直接作用する魔法であると言うことを利用して“幻像”を受けている間は強制的な意識の加速をさせることで時間をクリア。

ついでに上演中に邪魔が入らないように軽く意識を操作して劇の内容に集中させて五月蝿くならないようにする。

 

……そうね、どうせなら恋物語以外にも色々作ってみましょうか。

恋物語はもうほぼ完成しているし、次は悲哀語(ヒアイガタリ)か盗物語(トリモノガタリ)、狂語(クルイガタリ)って言うのも面白そう。

それぞれ『悲しみにくれる母親』、『盗賊になった元貴族』、『狂気に堕ちた少女達』の物語だけれど……きっとあまり人気は出ないでしょうね。貴族なら魔法万歳の魔物語(マモノガタリ)の方が楽しいでしょうし、平民なら下克上の下物語(クダリモノガタリ)を好むでしょう。

 

……全部作っちゃいましょう。時間はまだまだあるし……ね?

 

私は新しく作った適当な物語を、イチカにもらったノートの複製品に書き込んでいく。

さあ、まずは悲哀語から行きましょう。幸運なことに、ついさっき悲しみに暮れてもおかしくない母親の情報も手に入ったことだしね。

 

 

 

 

 

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018

 

 

 

side 織斑ルイズ

 

とりあえず思い付いた物語を片っ端から“幻像”を使って再現し、自分でもそれなりに納得できる程度の出来になるまで暫くの時間がかかった。具体的には、1200倍に加速した私の意識内で一月以上。当然ながら他にも仕事があったのでそれをしている昼の間は休んでいたのだけれど、まさかこんなに時間がかかるとは思わなかった。

自分の思い通りに動かすことができる幻影の世界でこれだけ時間がかかると言うことは、現実に同じことをやろうとしたら確実に一つの話だけで一年近い時間がかかっていただろうことが予想できる。

 

……うん、私頑張った。現実には一週間もかかっていないけれど、私はもう数ヵ月分は頑張った気がする。

使い魔品評会には間に合ったことだしそれは別にいいことにするけれど、これをやったらいったいどんな反応をするんだろうか。自分でやったことだけれど、少し楽しみ。

 

まずはお試しと言うことで、ルイズとシエスタに体験してもらう。高速詠唱で魔法を使ったためどんな詠唱をしているのかは聞いていないはずだけれど、虚無の魔法使いは虚無魔法にある程度感応できるので注意が必要だったりする。

……けれど、今のルイズなら、虚無に目覚めていないルイズが相手ならば全くもって問題ない。

何しろ虚無の魔法使いは自分が虚無の属性であると理解していなければ殆ど爆発するか自分にとって相性のいい虚無魔法が暴発する。

 

そして今のルイズは自分の魔法の系統を自覚していないし、その切っ掛けも掴めていない。私も自分が虚無だと自覚する切っ掛けはジョゼフに出会って教えてもらってからだし、それからイチカがトリステインの王宮から持ってきた始祖の祈祷書を読むまでは七信三疑くらいだったので、自分が伝説だと自分から考えることなんてあるわけがない。

だから大丈夫だとは思っていたのだけれど……やっぱり問題なかった。

ルイズとシエスタは私の作った恋物語(コイモノガタリ)を見て、時に驚き時に涙し、そして最後には感極まったか涙を流しながら笑顔を浮かべている。やっぱりこの年代の女の子にはこういう純愛物がいいらしい。

男の子は……正直よくわからないけれど、とりあえず英雄譚とかそういうのがいいんじゃないだろうか。

イチカはそう言うものに興味がなく、眠っていられれば幸せだと言って憚らない人だったのでよくわからないが、少なくとも普通の男の子とは違うと言うことだけはわかる。

 

……まあ、今はそんなことはどこか適当な所に放り出して、純粋に私の作品(内容は色々な所から抜粋して不合理な部分が出ないように調整したもの)の感想を聞いて、これを使い魔品評会での出し物としてもいいかを決めないと。

 

「すごい!レア姉様凄い!」

「レア様凄いです!こんな魔法見たことありません!」

 

二人とも凄く楽しんでくれたようで何よりね。だけど、確かにこの魔法を見られて説明を求められたら面倒ね。

……確か、人の視界は無数の波長を持つ光が目に入ってきて、それを繋げて景色として見てるのよね。

だったら、極微小の“ライト”を数兆ほど色を変えて同時に発動し、この景色として見せていることにしましょう。音や声は“マジックバリア”を振動させて出していることにして、時間については知らぬ存ぜぬで押し通す。これが一番現実的ね。

 

……一応練習しておきましょうか。本当は精霊達に頼めば割と簡単にできるのだけど、何かに使えないとも限らないし。

特に“ライト”の光量や色を変えるのは相手の目を眩ます事に使えるし、“マジックバリア”を振動させて音を出すのは相手の耳元で突然大音響を出して驚かせると同時に耳を潰したり、振動を大きくして衝撃波を相手に叩きつけたり……使い道はたくさんありそう。

勿論、悪戯用に『扉を開けたらそこは雪国だった』ごっことかにも使えそうだし、そんなことをやったらルイズもシエスタもビックリしそうだし。

 

……あ、でも私が虚無魔法を使えるのは秘密にしなくちゃいけないから、虚無魔法と同じくらい上手にできるようにしなくちゃいけないなんて……大変だわ。腕が鳴るわね。

だけど、いくつも同時に魔法を使うのは結構難しいのよね。しかも数兆個の並列起動……どれだけ大変になるのかしら。

 

……そうだ、そんなことをしなくても“ライト”を一つ出して引き延ばし、一部の色を変えたり一部だけ明るくしたり暗くしたりして本当に映画みたいにしてしまえばいい。辺りを暗くしてもらわなくちゃいけない上に、これはこれで技術力が必要だろうけど……数兆個の魔法を並列起動させるよりは遥かに楽。

 

……いや、細かい操作をしなくていいならできるけどね? 20兆個くらいなら。

だけど今回はかなり細かい操作が必要だから、流石にそれは無理。光の波長を綺麗にムラなく揃えて、映像の中で光を当てられている方向とその光の強さを考えて陰影を付けるように光の強弱を操作、さらにそれを高速で動かして動いて見せるようにするなんて、いくら私でもイチカの家に合ったてれびとか言うのと同じくらいの大きさまでしか無理。

生憎と私の使う魔法はナノハのそれと違ってプログラムでできているそれじゃないから、毎回毎回私が気合いと精神力でやるしかない。完全再現はできなかったりする。

 

……まあ、何て言おうとやるしかないんだけどね。“ライト”一つの形を変えて、その上色と明るさを部分部分で変えて、それで動画を作るなんて言う、今まで誰もやろうとしなかったことを。

 

これでまた、私の力は少しだけ上がる。イチカにまた少しだけ近づける。そのために私は努力して努力して、そしてイチカと同じ位に上るだけの力(資格)を得たんだから、これはきっと喜ぶべきこと。

 

ふと、自分の頬に触れてみる。私の頬はつり上がっていて、自分自身見ないでもわかるほど狂気に満ちた笑みを浮かべていた。

イチカを想うだけで沸き上がる魔力は破裂しそうなほど増え続けているし、感情が昂って今日は眠れそうにない。

 

……ああ、やっぱり私は嬉しいんだと理解した私は、とりあえず一度頭を冷やす意味で自分の服の袖口から杖を取り出す。

 

さあ、あの人に近付くために、あの人の隣に並び立つために、私にできる小さなことから始めよう。

その時自分にできることを全部やったら、その時また自分にできることを探して実行する。それが私なりの、イチカに近づくための道だから。

 

ルイズとシエスタの二人と別れた私は、浮かぶ笑みをそのままに“ライト”の改造をする。

光量、色調、点滅速度、変色速度。全て自分で納得できるだけの出来を目指して。

 

……一段落したら、次は“マジックバリア”の方ね。

 

私はグニャリと歪んだ“ライト”の像を消し、また新しく杖先から光を飛ばした。

 

 

 

 

 

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019

 

 

 

side 織斑ルイズ

 

“ライト”の改良が完了した。完全にてれびか映画みたいになっちゃったけれど、いつか立体映像みたいなのにも挑戦してみたいと思っている。

実体の無い分身のようなものを作って幽霊の噂をたててみたり、明らかに場違いな映像を流してみたり……やれそうなことはたくさんある。

幻って言うのは便利だ。虚無魔法にもうあるけれど、今修得したばかりの“ライト”を使った幻影は上手く使えばイチカのアリス・イン・ワンダーランドの洗脳効果を真似ること位はできそうだし……なんと言うか本格的に反則に近い。

 

「相棒のは反則どころか犯罪に近いだろ。と言うかもう完全に犯罪そのものだろ」

「そこまで酷くないわよ」

 

最近癖のようになってきた、デルフリンガーの柄頭を指先で叩く行為を行う。特に痛くもない筈だし鞘に押し込まれたわけでもないから黙らせる行為としては落第点だけど……あまり本気で黙っていて欲しいわけでもないのでこの程度の軽い注意でいい。

こうしてやればそれを察してデルフリンガーも一旦軽口を閉じるし、暫くして喋っても大丈夫だと判断すれば勝手に喋り出す。複雑に見ようとした所でどう頑張っても簡単にしか見れない関係よね。実際に所有者と所有物、相棒同士、古き伝説と異界の伝説なんて言う……最後のを除けば簡単極まりない関係なんだけど。

 

……まあ、そんな話は置いておくとして……今日、姫様がトリステイン魔法学院にやって来るらしい。昔の事はあまり覚えていないのでもしかしたら多少早い遅いがあったかもしれないけれど、多少の差異は仕方ないわよね。元々私とイチカなんて言う巨大な違いがあるんだもの。

ルイズはやって来る姫様を見に学校の表門近くにまで行ってしまったけれど、私は興味がないので完全にスルー。自分の仕事をしたりメイド長からメイド長と呼ばれたり優雅に紅茶を飲んだりしながら時間を過ごす。

使い魔品評会まで時間はたっぷりあるし、とりあえず私の出番までのんびりしてましょう。

 

……立体映像型の“ライト”もできるようになったし、“マジックバリア”でオーケストラの真似事までできるようになった。もうやるべきことはほとんど無い。

それと、今回の品評会は“幻像”を使わずに“ライト”と“マジックバリア”で頑張ることにした。勿論できるようになったばかりの立体映像の方で、景色から人から魔法から動物から何から何まで空間投影に見えなくも立体映像で作るのは中々難しかったけれど……あくまで難しいと言うだけでできなさそうな感覚ではなかったのでやってみた。

立体映像を空間を細かい“ライト”、あるいはその形をさせた“ライト”で埋めつくし、光の強弱と色彩を変えて立体映像にするか、ライト一つの形を変えて人型にした上で。

 

……そう言うわけで、虚無魔法も精霊魔法も使わない我流の“幻像”を作った訳だけれど……なんだか一度使ったら色んな所に引っ張りだこにされそう。主に王宮とか王宮とか王宮とかにだけれど。

けれど私は暫くルイズの側を離れる気はないので諦めてもらうしかない。ルイズも離れたくないって言ってるしね。

 

……そう言えば、時間はどうしようかしら。“幻像”だったら強制で意識を加速させられるからあんまり問題はなかったんだけど、“ライト”の方だとちょっと難しいかもしれない。どうにかしてこの問題を解決しないと、中途半端なところで終わってしまうかもしれない。

 

……イチカのアリス・イン・ワンダーランドの真似をして、ちょっと意識だけでもいいから加速してもらう必要があるかもね。

制限時間は一人どのくらいかはわからないけれど、必要なだけ加速させたら……いったい何倍になることやら。

とりあえず10分と仮定して、劇の時間が大体二時間と少しだから……13から15倍くらい?

 

それじゃあ拍手もできないし、意識だけ加速させていたら呼吸が苦しくなったりすることもあるんだったわよね。まったく、本当に問題は山積みだわ。虚無魔法の“幻像”を使っちゃおうかしら。

 

……いやいや、それは駄目ね。いつどこから面倒事がやって来るかわからないし、この世界を滅ぼすのはちょっと気が引けなくもないし。

必要になったらいくらでもやるけれど、必要ないのにやるのは……ねぇ?

 

……ああもう面倒臭いわね。もう“幻像”を使って“ライト”と“マジックバリア”ですって誤魔化しましょう。一番楽な方法よね。

 

「……相棒。さっきから何悩んでるのかと思って見てたんだけどよぉ……突然真っ黒な笑顔を浮かべるのはやめにしねえか?」

「あらあら? 私は悪い相棒じゃないわよ?」

「相棒としてはともかく、なーんか悪いこと考えてそうなんだが」

「気のせいよ。きっと」

 

……全くもう。なんでわざわざそんなことを言ってくるのかしらね? 私はこんなにも優しいのに。

正直、イチカの周りに居る方々の中で一番『関係ない相手』に対して優しいのは私だと自負してるわよ?

タバネ様のように完全に存在ごと無視するわけでもなく、チフユ義姉様やホウキさんのように触れられたら斬るような事もしないし、パイレンのように相手と関わり合いになる方法を叩き斬るわけでも、ナノハのように自分の行動で関係無い人がどんな目に遭っても知らんぷりできる訳でもない。そんな私は凄く優しいと思うのよね。

 

「周りがおかしいだけだろ」

「私の周りがおかしかったのは否定しないけど、本人達に聞かれたら折られるわよ? と言うか割られるわよ? 縦に」

「縦に!?」

 

相棒の知り合いこえー!なんて言っているデルフリンガーは放置しておいて、とりあえずちょっと考え事を続ける。

何しろ古い古い記憶だ。姫様がどんな人だったかなんて殆ど覚えていないし、どんな事件が起こったかも全然覚えていない。

生活を色鮮やかにするための悪戯魔法(主に虚無魔法)や生活お役立ち魔法(主に精霊魔法。時々虚無魔法)の詠唱なんかは覚えているのに、そう言うことは全然覚えていない。

 

……イチカとの生活内容だったら色褪せることなく完全に完璧に綺麗にしっかりと確実に覚えてるんだけど、やっぱり興味の薄いことは殆ど覚えてないのよね。

 

「あ……相棒。俺、折られないよな? 割られないよな?」

「本人の前で言わなければ多分ね。大半が私より強いから守ってあげられないわよ?」

「絶望しかねえ!?」

 

私の腰元で騒いでいるデルフリンガーを無視して、なんとなく淹れてみた紅茶をゆっくりと飲む。

 

……やっぱりナノハが淹れた紅茶の方が美味しいわね。

 

そう思いながらも飲めないほど不味いわけではないので、私はその紅茶を飲みつつのんびりと時間を潰すのだった。

 

 

 

 

 

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020

 

 

 

side ルイズ・ラ・ヴァリエール

 

レア姉様が呪文を唱えた途端に、世界が姿を変えた。学院の中でも最も広い食堂が、突然にその姿を失う。

そして始まるのは、つい最近シエスタと一緒に見た恋物語。主人公であるお姫様はどこかで見たことのある人で、登場人物全員がどこかで聞いたことのある名前だった。

 

その物語は、ある国のお姫様が小さな頃にした初恋の相手との約束を、相手である王子様と一緒に叶えようとするお話。どこにでもありそうでどこにもない、ありがちだけれど新しい、レア姉様の作った物語。

……ちなみに、あれはコモンマジックのみでやっているらしい。コモンマジックをどう使えばあんな風になるのか凄く興味があるけれど……どうせ私には使えないのよね。

 

恋物語のはずなのに、なぜか時々混ざる戦の口上や実戦のような映像、そう言ったものに男子生徒は歓声を上げ、甘く切ない恋愛パートに女子生徒達は溜め息をつく。

そして、二人の出会いから物語は進み、滅び行く国と共に果てようとした王子は忠臣の策によって生き延びさせられ、そして姫の居る国へと亡命させられることになる。

 

姫は王子様を軍に迎え入れ、そして力を合わせて強大な敵、神聖風の国に戦を挑んでいく。

 

いくつものピンチを潜り抜け、蜘蛛の糸よりも細そうなチャンスを掴み取りながら、お姫様と王子様の率いる水の国の軍は勝ち進んでいく。

途中で亜人に襲われたり、敵が井戸の水源に撒いた魔法薬で味方を何人も失いながらも、王子とお姫様は進んでいく。

そして、漸く彼女達の軍は敵軍本陣のある風の国の首都目前まで到着した。

 

お姫様は、次の日に大きな戦になるとわかっていたため、真夜中に王子様の天幕に行く。そして天幕の中での秘め事……。

 

…………うん、どうしてレア姉様がこんなに他人を引き込む作品を作れるのかはわからないけど、とりあえずこれはなんだか色々凄い。気が付いたらこの場に居る全員が……それこそ貴族も平民も男も女も老いも若いも関係なしにこの話に魅了されているように見える。

 

場面は変わり、風の国の王子様と水の国のお姫様が共に戦場に立つ。王子の率いる軍は敵兵の放つ魔法を風で絡め取って跳ね返し、お姫様の魔法は操られていた者の洗脳を解く。

あまりにも一方的な快進撃。敵の攻撃を跳ね返し、操られている者を救いながら、王子とお姫様は戦場を駆け抜ける。

目指すは玉座。恥知らずの裏切り者によって奪われた、風の国の王座。それを取り返さんと、ひた走る。

 

……しかし、敵はただではやられない。最後の……本当に最後の切り札を切る。

 

「……行け。この戦に決着をつけ、我等がこの国の真の支配者だと言う事を思い知らせてやれ!」

「了解した」

 

淡々と返したその男は、深くフードを被っていて顔が見えない。

その男はまるで意思の無い人形のように答えると、直後に侵入者を除けるために歩き始めた。

 

快進撃を続ける王子様とお姫様の前に、その男は立ち塞がった。攻撃をしないままただ立っているだけのように見えるその男に、王子様は一度止まって話をしようとするが、その男はただ一言、『去れ』と言うのみで答えない。

 

焦れた王子の部下の一人が魔法を撃ち込んで力尽くでどかそうとするが……なんと、その魔法はその男に当たる直前で跳ね返された。

跳ね返って来た魔法を王子様が叩き落とし、そして土煙で隠れた向こうに立っているだろう男を睨み付ける。

煙が晴れた向こうには、さっきと変わらぬ姿で佇んでいるその男が居る。……いや、一つだけ違うところがあった。

 

叩き落とされた火球の爆風で、深く被っていたフードが外れていた。

隠れていた顔は端整なもので、こんな場所でなければみとれていたかもしれない。

 

しかし、その端正な顔のたった一つのパーツが人と違うもののそれだった。

見えた物は、金色の髪に隠れた長い耳。そのたった一つのことだけで、殆どの人間は武器を捨てて逃げ出した。そこに残っているのは、風の国の王子様と、水の国のお姫様だけ。

 

王子様もお姫様も必死にエルフに攻撃するが、エルフの先住魔法に阻まれて届かない。そしてエルフの攻撃は、防御の手段を殆ど持たない二人を痛め付けていた。

 

暫くして、呆れたような口調でエルフが問う。なぜ、これだけ打ち倒されておきながら立ち上がるのか、と。死ぬのが怖くないのか、と。

その問いに、王子は答える。

 

「……怖いさ。死ぬのは怖い。今だって気を抜けば脚が震えてくるし、後ろを向いたら逃げ出してしまいそうだ」

 

ならば何故立ち上がり、そして向かってくるのか。続く問いに、王子様は覚悟を決めた笑顔を浮かべながら答えた。

 

「私の背中には、この国の民が居る。私に命を預けた仲間が居る。自らの命と引き換えに私を助けた男の想いがある。……そして何よりも、私が引いたらアクアに危険が及ぶ。……等と言ったが、私が引かぬ理由などたった一言で事足りる」

 

何度も魔法を反射され、何度も地に伏し、今も倒れていた身体を引き摺るように起こしながら王子様は言う。

 

「私は、彼女に相応しい男でありたい。ただそれだけだ」

 

その言葉には、理解のできない気迫のようなものが籠っていた。

 

「……次で決着をつけよう、見知らぬエルフよ」

「……いいだろう」

 

王子様は杖を構え、そしてスクウェアスペルを唱える。それは偶然にも母様の得意とする“カッター・トルネード”で、対するエルフは自分の背後に巨大な岩石の腕を作り上げた。

 

その時、王子様の背後にお姫様が立った。その服はボロボロでいくつも傷が入り、見れたものではなかったが……それでも彼女は彼と共に立つ。

そして唱え始めたのは、王子様と同じスクウェアスペルの“メイルシュトロム”。

巨大な水の渦を作り出す魔法と真空の竜巻を作り出す魔法。詠唱を続けるうちに二つは解け合い、混ざり合い……そして一つの魔法へと姿を変えた。

 

“アクアストーム”。水の刃を内包した、巨大な竜巻。それが二人の魔法が重なって作り上げられた、限界を越えたオクタゴンスペル。それはエルフの作り上げた巨大な腕を飲み込み、エルフを、裏切り者の司教を、そして風の国の王宮すら飲み込んで巨大化し続ける。

その全容は遥か離れた所からも観測でき、そして戦争を終える幕引きの鐘にもなったのだった。

 

その竜巻を見た水の国の枢機卿と風の国の近衛隊長は、その場で何があったか、その竜巻の原因が何かを瞬時に把握した。

 

「姫様……!」

「王子……!」

 

城の外で竜巻を見せつけられた二人は、呆然とそう呟くことしかできないでいた。

 

 

━─━─━─━─━─━

 

 

それから暫くして。水の国はお祭り騒ぎとなっていた。戦争が終わり、生きて帰ることができた兵士達とその家族。戦の功績によって報奨を受けた貴族。全員が喜び、そして笑っている。

荒くれたちが酒場で飲み比べをして笑い、どちらが勝つかに賭けた男が煽る。平民の子供がお小遣いを握りながら走り、屋台で買い食いをして笑う。

 

そんな中、王宮ではとある人物の結婚式が行われようとしていた。

 

「どうかしら、何かおかしいところは無い?」

 

純白のウェディングドレスに身を包んだお姫様がそう言って笑う。その姿は同性であっても見とれてしまいそうなほど美しく、それは枢機卿である彼も例外ではない。

 

「問題ありませんよ、姫。……しかし、感無量ですな。まさか私がこうして姫のご成婚をお祝いすることができるとは……」

 

枢機卿はそう言いながら涙を流す。お姫様は笑顔を浮かべ、それから薄いヴェールを被る。

 

「さあ、参りましょう」

「はい、姫様」

 

美しいドレス姿のお姫様は、枢機卿を伴って化粧室から出ていく。

目指す先は式場の、愛する男の傍。そこに向かう彼女は笑顔で、それを眺める枢機卿の表情にも笑みと呼べるそれが張り付いている。

 

そして化粧室の中からの視点でお姫様と枢機卿が出ていって扉が閉じられ、ゆっくりと扉を除く全てが白色に染まっていった。

 

……扉しか残っていないようになってから数秒。作中で何度も流れていた曲が流れ始め、それと同時に残された扉が開く。

入ってきたのは風の国の王子様。私達の方を向いてにこりと笑ってポーズをとると、胸の辺りに文章が現れる。

 

『風の国の王子/ウェールズ・テューダー』

 

数秒それを見せた後、王子は軽く手を振ってから歩いて視界の外へと消える。

次に扉から出てきたのは水の国のお姫様。同じように杖を構えたポーズをとると、胸の辺りにまた文章が。

 

『水の国の姫/アンリエッタ・ド・トリステイン』

 

そして笑顔になって、手を振ってから歩いて消える。

次々に人が入ってきては、同じように思い思いのポーズをとってから消えていく。

 

聖書を片手に現れ、十字を切ってから居なくなった『水の国の枢機卿/マザリーニ』。

怯えるようにして入ってきて、ペコペコ頭を下げた『神聖アルビオン帝国皇帝/オリヴァー・クロムウェル』。

作り物だったらしい耳を取り外してからまたつけ直した『名も無きエルフ/ビダーシャル・フォン・ナハトニッド』。

二人揃って剣杖を構えた『水の国の近衛騎士団団長/カリン・ド・マイヤール』と、『水の国の近衛騎士団副団長/サンドリヨン』。

優雅に一礼し、それから歩いて消えた老執事は『風の国の執事長/バリー』。

 

それからも何人も何人も、次々に現れては消えていき、最後に原作者と監督、協力者の名前が───あれ?

 

『原作/レア』

『監督/ルイズ・ラ・ヴァリエール』

『協力/シエスタ』

 

そしてレア姉様と私、シエスタが現れて、全員が同時に優雅に礼をした。

 

……この辺りは、私とシエスタが見た時には無かったわね。

 

そう思いながらも、私は消えていくレア姉様の魔法の世界をゆっくりと眺めていた。

 

 

 

 

 おまけ

 

ルイズに説明されていなかった他のキャストの一部。

 

 

たたたっと何人も入ってきてニコッと笑いながら思い思いにポーズをとる『酒場の娘達/居酒屋『魅惑の妖精亭』の娘たち』。

コキコキと首を鳴らすようにしながら入ってきて、無愛想に一礼してすぐに消えた『音楽(弦楽器)/シュテル・イーストエッジ』。

シュテルと一緒に入ってきて、そんなシュテルに『めっ!』とやっていた『音楽(バイオリン)/ナノハ・タカマチ』。

金属の笛を片手に扉から入り、ピリリリリッと軽く吹いてからいなくなった『音楽(金管楽器)/レヴィ・サブラク』。

見慣れない楽器を抱えて現れ、そのまま数秒その楽器を弾いていなくなった『音楽(鍵盤楽器)/ディアーチェ・サウスバレイ』。

 

 

 

こんな感じ。

 

 

 

 

 

 

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