side 織斑ルイズ
使い魔品評会にて、私はかなりの高評価を受けた。どうやら姫様は私の狙い通り、あの劇の事を気に入ってくれたらしい。
ちなみに方法については予定通り“ライト”と“マジックバリア”の合わせ技と言うことで納得してもらった。これから王宮ではそれらの同時発動を可能にさせるための訓練をすることになるだろう。
……まあ、たかが“ライト”とは言え本当に数億数兆も同時発動したらかなり疲れるだろうけど……体の治ったカティだったら多分できると思う。私の世界では母様に匹敵、あるいは凌駕するメイジとして有名だったし、きっとこっちの世界でも同じよね?
それで姫様にお誉めの言葉をいただいてから、私とルイズは部屋に戻る。だけど、何故かルイズはどこか上の空。今回ルイズはフーケを捕まえたりしていないのだから姫様に頼まれ事をされることはないと思うのだけど……何でかしらね?
私が首を傾げていると、部屋の外に誰かが来たような気配がした。
そこでなんとなく気配を探ろうとしてみると、外にいるのは一人だけだと言うことくらいはわかった。何のために来たのかはわからないけど……とりあえず姫様が無茶な依頼をしに来た訳じゃないことを祈っておくわ。無駄だろうけど。
……なんて事を考えていたのが悪いのか、やっぱり来たのは姫様だった。姫様は私がここに要ることに驚き、そして喜んでまたあの魔法を見せてほしいと言われたので、とりあえずそれはまたいつか、新しい話ができたらきっと見せると言うことにしてはぐらかす。
新しい話ならもうできているけれど、残念ながら姫様が望んでいるハッピーエンドとは程遠いお話だから見せられないのよね。
で、それは置いておくとして……姫様はやっぱりルイズに頼み事をするためにこの部屋に来たらしい。あの時は受けてしまったけれど、戦争も殺人も経験した私としてはあまり行きたくはないんだけれど……。
「わかりました姫様!この私に任せてください!」
……この私はそんなものは経験していないんだし、言うだけ無駄よね?
軽くため息をつき、それから準備のために少し出ることに決めた。
行き先は、王都トリスタニア。デルフリンガーを買ったあの武器屋だ。
……まあ、出掛けるのはルイズと姫様が眠ってからになるだろうけど、それでもなんとかなるでしょう。多分だけど。
私はそう考えながら、キラキラとした目で私にあの魔法でのお話を強請る姫様に向けて杖を振った。
とりあえず、ルイズと姫様が早めに眠ってくれそうなお話を選んだけれど……大丈夫よね?
side アンリエッタ・ド・トリステイン
羊が二匹、ぴょんと柵を跳び越える。空中で羊は縦に三回転して上手に着地し、そして直ぐ様走っていった。
羊が三匹、ぴょんと柵を跳び越える。空中で横に回転して見せた羊達は上手に着地し、そしてすぐに走っていった。
羊が五匹、ぴょんと柵を跳び越える。空中で手足を広げて側転している羊達は、そのまま着地して回転していった。
羊が七匹、ぴょんと柵を跳び越える。空中で体をピンと伸ばし、その体勢のまま後方に三回転した羊達は上手に着地し、そのまま走り抜けていった。
羊が十一匹、ぴょんと柵を跳び越える。空中で皿のように回転している羊達は、着地せずにそのまま飛んでいった。
羊が十三匹、ぴょんと柵を跳び越える。特に何をするでもなく着地した羊達は、特に何をするでもなく走り抜けていった。
羊が十七匹、ぴょんと柵を跳び越える。それはそれは優雅に柵を跳び越えた羊達は、それはそれは無様に転んで土まみれになり、一塊になって転がっていった。
次々に現れる羊の群れに、いつの間にか私の目蓋が下がっていく。
隣にいるルイズも眠そうにしているし、私もここで眠って…………すぅ……。
side 織斑ルイズ
……と、こんな感じで姫様とルイズを眠らせた私は、すぐに姫様を元居た部屋に送り届けた後に“テレポート”でトリスタニアに向かう。真夜中だったから武器屋はやっていなかったけれど……色々と得るものはあった。
例えば酔って暴れようとしていたメイジらしい人の持っていたそれなりに質の良さそう……と言うか、悪くはない程度の剣杖とか、そんな感じのちょっとした事件を解決して得た平民達の信用とか、迷惑料とか、そう言うものを。
……正直、小さくてもいいから質のいいナイフ、あるいは投げても惜しくない投擲用の刃物か杭が欲しかったんだけど……そう上手くは行かないわよね。
何しろ私、命のかからない賭け事ではあり得ないくらいに弱いもの。ポーカーをやればブタ確定、チンチロやれば五回に三回一二三で倍額払う事になるし、まーじゃんだったら一つも並ばず一つも重ならないなんて事もざら。イカサマ使えば別だけど、しようとするとそれを逆手に取られて酷いことになるもの。やる気にならないわ。
……更に言ってしまうと、某超絶ラッキーガールみたいにまーじゃんで幸運を意識して抑えないと天和地和当たり前だし、全力で抑えてもダブリーツモ三色同刻三暗刻純チャンドラ2で三倍満とかダブリー一発ツモ純チャン三色イーぺーコーで倍満とかダブリー一発三色タンヤオトイトイ三暗刻で三倍満とかリーチ一発ツモ中・白ドラ12で数え役満とかを普通にやってくる人がいるもの。あんなのに勝てるわけがないわよ。
……まあ、シャルさんはそのせいで家族まーじゃん参加禁止令が出ちゃってるけど。
……とにかく、私はそのくらいに運が悪いから基本的に賭け事には乗らないようにしている。ルーレットだったら速度とマイナス加速度と位置とを計算してそれなりに当てられるけどそれも中々面倒だし、ついでにそれだと遊んでいる気にならないからやらないようにしているのよね。
そんな感じで準備は不十分だけど一度学院に戻って、それからシエスタに手紙を書いておく。朝一番で出掛けることになっているから朝会えるかはわからないので手紙は二つ用意しておく。最近はルイズの部屋の掃除はシエスタに任されているので、置き手紙のようにしておけば気付くはず。
内容は、ちょっとルイズが頼み事をされたので一緒に出掛けてくると言うことと、それによって仕事を暫く休ませてもらう事についての謝罪。ついでに朝の鍛練のメニューについて。なんだか悲鳴をあげそうな気もするけれど……シエスタならきっと大丈夫なはずだ。
少なくとも、私はそう信じている。私でも大丈夫だったんだもの、シエスタができない理由が無いわ。
私は使っていたペンを置いて、インクが滲まないように“加速”をかけて乾かす。前にジョゼフがこれを見て真似をしていたし、やっぱり虚無魔法には便利なのが多いわよねと再認識した。
……さてと。用事も終わったし……明日に備えてもう寝ましょう。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
side 織斑ルイズ
朝早く、具体的にはルイズが起きる前に、私はフーケの元を訪れた。仕事として投擲用の小さなナイフを作ってもらおうとしたのだが、どうやら歩合制だったのがよかったらしく、五十ほどの小さなナイフ……と言うか、ナイフとすら呼べそうにない、まるで柄の無い刀身だけの刀をそのまま縮めたような短剣が出来上がった。
見た目はあまりよくないが得物としては十分で、歪みなども無くそれなりに鋭く、私が望んだ最低限よりずっといい仕事をしてくれた。
その刀身だけのナイフ一本に2エキュー払い、フーケは15分もしないうちに100エキューの収入を得て、私は望みの物を手に入れた。やっぱりフーケを此方に引きずり込んだのは正しかったようだ。
受け取ったナイフをシルバーローブの内側、アンダーグラウンドサーチライトの中に仕舞い込み、それからルイズを起こしに部屋に戻る。けれどルイズはもう起きていて、もう出発の準備も整えていた。
「どこに行っていたんですか? もう出発しますよ?」
「ちょっとお弁当を作ってもらってたのよ」
そう言って見せるのは、私が適当に作ったサンドイッチとサラダ。軽食だったら私はそれなりの物を作ることができるし、元々冷めても美味しい料理、つまりはお弁当こそが私の本領だ。
とりあえず私が言えることは、お弁当や軽食と言った物にかけては店を出してもやっていける程度の自負はあると言うこと。実際に店を出していたナノハも、機会があったら今度一緒に喫茶店を開かないかと言ってくれるくらいだし、それなりに自信はある。
……そう言うわけで私の自作のお弁当を持った私とルイズは、私の魔法ですぐにアルビオンまで…………跳べればよかったのだけれど、残念ながら今どこにアルビオンがあるのかわからない私は“テレポート”で直接アルビオンまで移動することはできなかったので、仕方無く港町であるラ・ロシェールで足止めを受けている。
晴れていればアルビオンが見えて移動もできるかもしれないが、天気は生憎良くはない。あまり本気になるような事でもないし、ゆっくり行ってもいいわよね。
……私の居た世界では、確か私が到着した二日後に反乱軍が総攻撃をかけようとしていたような気もするけど……きっと気のせいね。気のせいじゃなかったとしても気のせいってことにするわ。
そう、だからこれは気のせいなのよ、間違いないわ。
……まあ、そんなことは置いておくとして……私とルイズはのんびりと空を眺めながらお弁当を食べている最中だったりする。
アルビオンまでの船はあと数日は出ないみたいだし、どうせそこまで急ぐ旅でも
「まったく……私達は早くアルビオンまで行かなくてはならないのに、どうしてこんな時に限って船が出てないのかしら……」
……どうやらルイズは随分と急ぐ気でいたらしい。かなり苛々した様子でサンドイッチを頬張り、忌々しげに空を睨み付けている。
けれど一口頬張る度に少しの間にこにことしているのだから、端から見ていたら怒っているのか喜んでいるのかわからない変な人だと思われてしまいそうだ。
……仕方が無いので、少しだけ頑張ることにした。
地下深くに大量に存在する風石の鉱脈から一部を削り取り、それをアンダーグラウンドサーチライトの中に“
一部とはいえ元々が常軌を逸している大鉱脈の一部。気違い染みた量の風石は、私達が自力でアルビオンまでの船を購入して飛ばしたとしてもお釣りが来そうなほどある。
これだけあればちょっと頼んで船を早めに出してもらうくらいのことはできそうだ。
……だけど、重量にしてメガトン(1000000トン)以上ある風石を一度に呼び寄せるのは中々に魔力の消費が激しい。久し振りに私の魔力が減ったことを意識できるくらいには減っている。
具体的には、1.5~2%ってところかしらね。エクスプロージョンよりも減ったわ。2分もすれば回復するだろうけど。
……それじゃあ今晩出発しましょうか。ルイズには悪いけれど、起きたら船の上でちょっとビックリしてもらっちゃいましょう。
人をからかうのが好きな私は、そうやってルイズがビックリしている姿を想像するだけでなんだか楽しくなってきちゃうのよね。
……何もなければ良いんだけれど、何かがあったら本当にそうしなくちゃいけないのよね。例えば、傭兵が襲ってきたりとか、白い仮面をつけた誰かの遍在のようなものが襲って来たりとか……ね?(【直感:B+】発動中)
side ルイズ・ラ・ヴァリエール
レア姉様と一緒に宿に泊まって、数日後に出発する船を待つ。こんなことをしている間にもウェールズ王子が危険に曝されているかもしれないのに……という思いがあるのは否定できないけれど、これは姫様から直接頼まれた秘密の依頼。内容を話すことができないのがもどかしい。
けれどレア姉様はいつも通りににこにこ笑いながらお弁当を食べて、私とお話をしたり一緒に寝てくれたりもした。
なにより、レア姉様がいなかったらラ・ロシェールまでもっとかかっていたに違いない。いったいどうやったのかは教えてくれなかったけれど、ほんの少し目を瞑っている間に私の部屋からラ・ロシェールにまで移動していたのは凄いと思う。
……魔法を使ったのだとわかった時にレア姉様の体調を心配したのだけれど、なんでもレア姉様とカティ姉様が私の前に二人同時に現れたあの時には今までどうしても治らなかった姉様の病気は治っていたと聞いて本気で驚いて叫んでしまった。レア姉様がそれを読んで“サイレント”を使っていなかったら、きっとラ・ロシェール中に響き渡っていたに違いないわね。
そして私は今、いつの間にかメイド服ではなく私に召喚された時に着ていたローブに身を包んだレア姉様に抱かれてベッドに横になっていた。
レア姉様の指先に髪を撫でられ、少しくすぐったく感じて身をよじらせる。
背中を撫でられ、ゾクゾクとした感覚に身を任せると、次はよしよしと優しく背中を抱かれて身を寄せ合うことになる。
……なんだか今日のレア姉様は、ちょっと積極的と言うか、なんだか私を猫可愛がりしているような……そんな気がする。
けれど私はレア姉様の胸に頭を抱え込まれ、ゆっくりとした心音を聞いているうちに、だんだん目蓋が重くなってきた。
なんだか考え事をしてるのも馬鹿らしくなってきたし、とりあえず今日も私はレア姉様と一緒に寝ようと思う。
明日はまた早く起きて、それからいつもの通りに基礎体力作りと型の稽古の確認をしないと。ただでさえ今日の朝は抜いて昼に回してしまったんだから、明日からはまた頑張らないと。
……お休みなさい、レア姉様。
「……ええ、お休みなさい、ルイズ」
…………すぅ……。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
side 織斑ルイズ
朝起きてすぐ、私は忙しそうに動き回っている船員を一人捕まえて交渉している。具体的には、風石はあるから今すぐ出港してくれないかと言う話なのだけれど……相手がまた面倒。かなり強欲で、にやにやと笑いながら私にそれなりどころじゃない金額を要求してきている。
そこで私はもうすぐ反乱軍がアルビオンの王軍に総攻撃をかけるから、早くしないと折角用意した硫黄を一番高く買ってくれる時期を逃すことになることを懇切丁寧に説明したところ、心変わりをしてくれたらしい船長さんは急いで私達を乗せて船を出してくれる事になった。
……うん、やっぱり話し合いって言うのは大切よね。ナノハ式の魔法&肉体言語のお話じゃなくて、ちゃんとした言葉でのお話は。
「お互いに旨味のある点を強調して相手の警戒心を削いでから自分のいいように話を持ってったくせに、相棒はなに言ってんだか」
「あら、お互いに損の無い有意義な話だったじゃない」
デルフリンガーの言葉に、私は笑みを崩さないようにしながら答える。私は自分だけじゃなく、相手もできるだけ尊重してるのよ?
そう思いながら、デルフリンガーの柄を指先で撫でる。刃の隠れた長剣だけれど、それでも多少の牽制にはなる。
こうして明らかに剣らしいものを持っていると相手は私を剣士だと勝手に勘違いしてくれるし、そのお陰で暗器や飛び道具に対する警戒心が一気に緩くなるから便利なのよね。
……まあ、昔の私は手甲脚甲と袖に仕込んだ杖で物理攻撃可能な一撃必殺型爆殺メイジの真似事をしていたんだけどね。
失敗魔法の“治癒”って本当に便利だったわ。どこにやっても相手の体には当たるんだもの。
……まあ、それはどこかに置いておいて……そう言う訳で私とルイズは空の上に浮かぶ船に乗っている。
ルイズは起きたときにびっくりしていたけれど、私がちょっと頑張ってみたことを伝えたらすぐに納得されてしまった。
なんだか最近ルイズの中の私の扱いが『私だからなにやっても仕方無い』って言う感じになってきている気がして少し悲しい。私はこんなに普通なのに!
「ねえよ」
「…………」
「うぉっ!? やめろ相棒曲がる曲がるってか折れる折れる俺折れちまうよギャ──────!?」
失礼なことを言ったデルフリンガーの柄に力をかけて押し下げる。なんだか少しギリギリギリギリと金属が軋むような音がしていたけれど、実際に私くらいの力で折れるようなことは無いわよね。なにしろせ自称『伝説』らしいもの。6000年ほど昔の骨董品だけど。
そんな感じでデルフリンガーにお仕置きをし終わった私は、漸く見え始めたアルビオンを見上げる。
私がこうしてアルビオンを見上げるのは、前にイチカ達と一緒に旅行をしたとき以来。その時となんら変わることの無い空中に浮かんだ大陸は、その雄大さを余すこと無く私に見せつけていた。
幾条もの河が大陸の縁からこぼれて雲となり、大陸の下半部を覆い隠している。その雲は厚く、中に入ってしまえばあっという間に右も左もわからなくなってしまうだろう。
そんな危険な場所である雲は、しかし離れて眺める分には美しすぎる。流石はハルケギニアの中でも五本の指に入る景色の良さだと言われるだけのことはあるわね。
……そこで、私はふとそれに気付く。白い雲の中から一隻の船が現れてこちらに向かってきている。【鷹の目】スキルによって強化された視力によって詳細まで観察した結果……あの船は旗を掲げていないのがわかった。
あちらがこっちに気付いているかどうかで逃亡できるかどうかが決まるのだけれど……どう見ても真っ直ぐこの船に向かってきてるわよね。
こうなったら甘い考えや希望的観測は辞めて、どうやったら上手くこの場を切り抜けられるかを考えましょう。
まず、逃げ切ることはほぼ不可能。この船に比べてあちらの船は明らかに速いし、何人か杖を持っている人が見えることからメイジが加速させたりすることもできると考えると絶望的。
こちらから攻撃するのは割といい手だけれど、“爆発”させたらすぐになにかがあったのがわかっちゃうから駄目。
……まあ、殺されることはないような気がするし、もしも本当に殺されそうになったら“加速”で逃げるか皆殺しにすればいいかしらね。
それに、この船が空賊に襲われてまだ私達が乗ってたら、積み荷の代金を丸ごと損した船乗り達がどんなことをやろうとしてくるかわからないものね。
……それにしても、空賊……ねぇ? この御時世だし居たっておかしいとは思わないけど、いったいどこから風石を手に入れたのかしらね?
風石は割と高価いし、普通の賊じゃあよっぽど大きな後ろ楯が無い限りは定期的に仕入れることなんてできないはず。
もしも後ろ楯もなくそんなことができるんだったらもっと大きな船に乗っていないとおかしいし、貴族派だろうが王党派だろうが賊を一から育ててやる必要はないし、やったところで手間と結果が釣り合わなさすぎる。
元々居た賊を雇っているんだったら初めからもっと大きな賊を雇うだろうし、そもそも貴族派には賊を雇ってまで仕入れをしたり止めたりする理由は無いし、王党派には雇うだけの金がないはず。
だとするとあれは……そんなことすらもわからないチンピラか、あるいは……王党派か貴族派(多分王党派)のお粗末なゲリラ戦……かしら?
……まあ、何でもいいわ。相手が何であれこの時期のアルビオンで私に殺せない相手はいない筈だし、逃亡するだけなら虚無魔法を使えば母様からもカティからも元素の兄弟からも割と簡単に逃げられるもの。
必要なら皆殺しにしてその事をこの場の全員に忘れてもらえれば問題ない。多少心が痛まないでもないけれど、空賊なんて言うことを生業としてるんだから、死ぬ覚悟くらいできてて当然よね?
相手を殺していいのは殺される覚悟のあるものだけらしいし……ちょっと酷いけど色々やらせてもらおうかしら。
例えば、こっちの船の荷物はまず全部奪われるだろうからその時に隠れて乗り込んでアジトに到着したところで一網打尽にして身ぐるみ剥いで放置する……とか?
……本当にやるなら、ルイズには少し眠っていてもらわないといけないわね。
まだ殺人にも悪の存在にも慣れていないルイズじゃあ、居るだけ邪魔になっちゃうもの。
ルイズが寝ている間は……そうね、デルフリンガーに守っていてもらいましょう。精霊魔法と虚無魔法の合わせ技で、意思のある存在に体を与えることくらいならできるものね。
ちょうど武器もあることだし、やるときは本当にやっちゃいましょう。
……面倒だけど。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
side 織斑ルイズ
私が空賊に気付いてから少しして、漸く空賊が近付いてきていることに気付いたらしいこの船は全速力で逃げ出そうとしている。
しかし、相手はどう見ても戦闘を視野に入れている高速船で、それに比べてこちらは荷物を大量に運搬することを主体に考えられている貨物船。逃げられる可能性など殆ど無いと言って間違いない。
必死に舵をきって逃げ出そうとするけれど、そうしている間に空賊の船はどんどんと近付いてきて……ついに並走されてしまっていた。
そしてこの船の鼻先に警告だと思われる砲弾が打ち込まれ、空賊の船から停船命令の旗があげられる。
この船とあの船がまともに戦った場合、大砲を片側十以上も並べているあちらが勝つことは自明の理。そしてもしも停まらなかった場合、命を奪われてこの船も積み荷も奪われてしまう事もわかりきっている。
船長はそれを理解して、そして歯軋りをしながら空賊の出した停船命令に従うように指示を出した。
……流石に少し可哀想だし、復帰のチャンスをあげましょう。
大気の精霊に頼んで二酸化炭素を手元に集め、そして錬成して炭素と酸素に分ける。酸素の方は散らして、そして炭素を私の思い描く形に結合させる。
あまり効率はよくないので、ついでにこの船を構成している木からも炭素を貰って追加し、ちょっとおまけに青色をつけて形を整える。
……これで、神秘のブルーダイヤモンドができたわね。しかも私の拳よりも若干ながら大きいっていう特大サイズのが。
最後にこれに虚無魔法使い特有の膨大な魔力をふんだんに使った“固定化”をかけて、これで完成。これを売れば……そうね、小国を一つくらい買える値段になるんじゃないかしら?
自分で作っておいてあれだけど、見事なまでの深青色とカット、そして硬度。私が知る限り、これまでのハルケギニアには存在し得なかった種類の物。正しく値をつければ、それこそ天文学的な値段がついたところでなんの違和感もないレベルだ。
……これを迷惑料代わりにすれば、いくら船と積み荷を失ったと言ってもお釣りが来るだろう。これで足が出るとすれば……アルビオンの最大戦力、『ロイヤル・ソヴリン』か、ガリアの両用艦隊くらいかしらね?
それじゃあこれを革袋に詰めて、船長に渡しておきましょうか。恨まれるより好意的な関係を結んでいた方が後々楽になることが多いもの。
私はそう考えながら適当にそこらに引っ掛かっていた革袋を無断で拝借し、それに作りたてのブルーダイヤモンドを押し込んで袋の口を閉じる。
さて、船長は……と。
キョロキョロと周囲を見渡しながら、私はゆっくりと歩き出す。早くしないと渡せないかもしれないけれど、その時はその時で仕方ない……と考えながら、甲板の端から反対側の端に居る船長に向けて歩いていった。
ちなみに、デルフリンガーはアンダーグラウンドサーチライトにしまいこんである。武器らしい武器は、袖口に仕込んだ短剣と襟に仕込んだ針くらい。デルフリンガーを取り上げられたくはないものね。
デルフリンガー自身はちょっと文句を言っていたけど、私はデルフリンガーを手放す気は今のところは無い。デルフリンガーを堂々と見せながら空賊の前に出ていったら、ほぼ間違いなく奪われちゃうもの。そうなったら許さないわ。絶対に。
side ルイズ・ラ・ヴァリエール
レア姉様に連れられて、私は船の上を歩く。船長に宝石を渡してから、私とレア姉様は空賊の船に平然と乗り込み、何でもないかのように船内を物色していた。
何をどうしたのかはわからないけれど、レア姉様の非常識っぷりはレア姉様を召喚してから今までの間で嫌って言うほど実感しているので慌てない。
『レア姉様だから仕方ない』。レア姉様に関わることで起きた現象の全てはこの言葉によって説明できてしまうわ。便利な言葉よね。
レア姉様に言われたことは三つ。手を放さないこと。声を出さないこと。人に触れないこと。
一つ目、手を放してはいけない理由は簡単。手を離すとレア姉様がどこにいるのかわからなくなってしまうと言うことと、私にかかっている隠蔽魔法が切れてしまうから。
触っているものを隠蔽する魔法らしいけれど、どうやっているのかはわからない。
二つ目、声を上げないこと。これも簡単。声を出すとその声の位置で場所がばれてしまう可能性があるから。だから黙る。
三つ目、人に触れないこと。人に触れると触れている間はその人も魔法効果の対象となり、その人から私達が見えてしまうから。
そう言うわけで私はその三つの約束を守りながら、この船の中を歩いている。
けれど、少し不思議な事がある。空賊船なんて掃除の行き届いていない不潔な空間だと言うイメージがあったんだけど、この船はなんだかとっても綺麗。掃除はちゃんとしてあるし、外に居る船員はともかくとして中の船員は基本的に身綺麗な人が多い。これではまるで空賊船ではなく、軍艦のような……。
私がそこまで考えたところで、レア姉様はどこかの扉の前に立って、コンコンと扉を叩いた。同時にすぐに脇に避け、そして私を抱えて息を潜める。
数秒後、僅かに軋む音をたてながら扉は開き、その中から誰かが顔を出す。
「はい……ん?」
その誰かが首を傾げている間に、レア姉様は私を連れてその部屋に入り込む。その部屋に居たのは…………なんと先程見た空賊の親玉と同じ服を来た金髪の青年だった。
レア姉様は私に向けて唇の前に人差し指をたてる仕草をしてから、そっと耳を澄ます。
私も真似をしてみると、小さいながらも一応声が聞こえた。
「ウェールズ様、これだけの量の硫黄があれば、反乱軍に多少の傷を追わせながら散ることができるでしょう。それに、もう暫くは船が来るかもしれませんが、『イーグル』号にこれ以上荷物を積む余裕はありません。ここは一度王宮まで帰還し、再度出撃した方が……」
「……うむ、確かにこれだけの荷物を積んでいては『イーグル』号とは言えど相手を逃がしてしまう可能性もあるな。……よし、一度帰還することにしよう」
ウェールズと呼ばれていたその人は、一度王宮に帰還すると言う命令を出した。
……『アジト』ではなく『王宮』に、『帰還』すると言う命令を出せる人物。しかもその顔はレア姉様の作ったあのお話の『風の国の王子様』にそっくり。ここまで来れば、今私達の目の前に居る人物が誰なのかなんて言うのはすぐにわかってしまう。
つまり…………ウェールズ皇太子殿下、だ。
レア姉様を見上げると、にっこりとした笑顔を返される。レア姉様がこの事を知っていたのか知らなかったのかはわからないままだけど、とりあえずレア姉様が凄いと言うことと、やっぱり非常識だと言うことの二つの事実を再確認した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
side 織斑ルイズ
なんだか忙しそうなところに失礼してみたら、そこにはウェールズ王子が居た。どうやらこの船は王党派の船で、名前を『イーグル』と言うらしい。
なんであんな空賊行為をしていたのかはわからないこともないけれど、そんなことをするくらいならもう少し早く卑怯な手を使えばよかったのに。
例えば、不意打ちで開幕“トルネード”で敵兵を削りつつ逃げ回ったり、敵の頭であるクロムウェルの暗殺、爆薬を地面に仕込んで遠隔で“発火”させたり、腐葉土を“錬金”して油を沢山用意して森ごと丸焼きにしたり……色々できることはあったはず。
どうしてやらなかったのかはわからないけれど、もしかしたら本気で勝つ気が無かったのかもね。
……ってことは、逆に言えば負けたいってことよね? そしてこの戦で負けたら確実に王族は処刑されて死体になる。
……もしかしたら、一族揃ってマゾヒストなのかしら? それはちょっと勘弁してもらいたいけど……付き合いすら持ちたくないけれど……親書なんて持っていきたくないけど…………ルイズはやる気だし、仕方無いわね。
私は一つため息をつき、ルイズをつれてウェールズ皇太子殿下の背後に回り込む。
ちょっとルイズとアイコンタクトを交わして、そのまま袖の中に杖をしまってからウェールズ皇太子殿下の肩を叩く。
「もしもし」
「ッ!?」
その場に居た全員が私に驚愕に満ちた視線を向け、そしてすぐさま杖を引き抜こうとする。
しかし、それは私の手元にあるものによって動きを止められる。私の手の中にはそれなりの太さの針が存在し、それがウェールズ皇太子殿下の首筋に突きつけられているからだ。
「動かないで頂けますか? 空賊の皆様」
「……何が目的だ」
杖を引き抜こうとする途中の体勢で固まっているウェールズ皇太子殿下は、苦々しげな顔で私に問いかける。
当然、私はそれに答えてあげるのだけれど、ここでルイズとしたアイコンタクトが生きてくる。
この状況でルイズが叫んだり私を止めたりしないのもそのせいなのだけど、これはあえて一番いいところで行うのが効果が高いので少し静かにしてもらっている。
こうするのが恐らく一番信用されやすいだろうし、私が信用されずとも代わりにルイズが信用を得るだろう事がわかっているからあまり問題はない。
「先程、貴殿方が持っていった船ですが……私たちはあれでアルビビオンまで行く予定だったのです。それができなくなった今、この船を頂いていくきます。……さあ、彼を殺されたくなければニューカッスル城まで向かいなさい」
「……待て、待ってくれ。なぜニューカッスル城なんだ?」
「知ってどうするのですか? それを知ったら私は秘密を守るためにこの場に居る全員を殺害しなければなりませんが……そうですかそれでも聞きたいですか物好きな方ですね。ウェールズ皇太子殿下にアンリエッタ姫殿下から密書を預かっているのです。ああ、これを聞いてしまったからには残念ですが私は貴殿方を殺さねばなりません、残念です実に残念ですせっかくこうして出会えたと言うのにもう別れを告げなければならないとは。まったく戦争と言うものはままならないものです」
「ま、待て!待ってくれ!!君は大きな誤解をしている!」
かなり必死に誤解だと言うことを伝えてこようとしているが、演技中の私はそんなものは気にしない。
確かに誤解かもしれないが、残念ながら一方的な視界から見ていればこういった結論に達しても何らおかしい所はないように作り上げてある。
彼等が空賊行為をしていたのは事実だし、私達が乗っていた船を襲ったのもまた事実。密書を運んでいるのも事実なら、その事を知った相手……しかもそれが空賊なんて言う荒くれだったら殺すのも当然の範疇に入る。そして今私に命を握られているウェールズ皇太子殿下は今の今まで空賊家業をやっていて、さらにその頭と言う立場にあった。
何も知らないと言うことになっている私からしてみれば鬘や髭は用心深い空賊が自分の素顔を隠すための物だと取るのは不思議なことではないだろうし、実力があっても相手の数が圧倒的に多ければこうして不意打ちして頭を取るのも当然。
つまり、この状況はあちらにとっては自業自得とも言える状況な訳ね。私は悪くないわ。
「何が違うのですか? 私は秘密を知った空賊をこの世界から永久に退場して頂くか、あるいは杖なしで遊覧飛行を楽しんで頂こうと思っただけですが」
「れ、冷静になれ!まずは話し合うべきだ!」
「私は実に冷静です。冷静に冷徹に、そして迅速かつ完璧に事を運びます」
「まず事を運ぶところから考え直してくれないかっ!?」
さっきから慌て続けているウェールズ皇太子殿下の反応が楽しすぎる。いったいどれだけ私を楽しませてくれるんだろうか。
私は外に出さないように笑いながら、ウェールズ皇太子殿下の首筋に突きつけていた太め(五寸釘くらいの太さ)の針を少しだけ引いて、それから話を聞く体勢をとった。
「……それでは、望み通りに話をしてあげましょう。どうせ密書について知ってしまった貴族派なのですから、実は王党派で貴族派に潜り込んで情報を得るために雇われていたとかそう言う理由な訳がないので殺しますね」
「話し合いと言った割に私が一言も話せていないんだが!?」
「今話したじゃないですかよかったですね、これで未練も無くなって安らかに逝くことができるでしょう。さあさあその目を閉じなさい、塵は塵に、灰は灰に、土は土に、骨は骨に、望む者にも望まぬ者にも、虚ろな死神の祝福を……」
「いやいやいやいや待ってくれ!そして二分だけでもいいから私の話を聞いてくれ!」
流石にそろそろ限界かと思い、私はウェールズ皇太子殿下に言葉の続きを促す。
するとウェールズ皇太子殿下は全力で、正に必死と言う言葉を体現するかのような勢いで喋り始めた。
「私の名前はウェールズ・テューダー!アルビオンの皇太子だ!この船はアルビオン本国艦隊最後の一隻、イーグル号!空賊のふりをして貴族派に供給される物資を徴収し、王国軍の物資としていたのだ!証拠は私の填めている指輪だ!これは『風のルビー』と言い、代々アルビオン王家に受け継がれてきたものだ!トリステインに伝わる『水のルビー』と共鳴し、虹の掛け橋を作ることができる!』
必死ねぇ……。まあ、顔も知っていればその事も知っているのだけれど、とりあえず黙っておきましょうか。
「ルイズ。確か姫様から『水のルビー』を預かってきていたわね?」
「はい」
ルイズの指には水色の宝石が填まった指輪が輝いている。その手をウェールズ皇太子殿下の填めた指輪に近付けると……確かに、虹の架け橋が出来上がった。
「……本物のようね。失礼しました」
すっ、と離れると、何故か皇太子殿下に恨みがましい目で見られてしまった。どうしてかしらね?
「相棒の面の皮の厚さに全俺がビックリだぜ」
とりあえず、デルフリンガーは叩いておこう。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
side 織斑ルイズ
ちょっとウェールズ皇太子殿下に苦手意識を刻み込んでしまった私だけれど、元々はあちらが空賊行為をしていたことが原因だったのでお咎め無しと言うことで決着がついた。少なくとも私はともかくルイズはそれなりにいい関係を結べそうで何よりだ。
そんな私とルイズは、ウェールズ皇太子殿下と共にニューカッスル城まで行こうとしている。どうやらそこに姫様から皇太子殿下に送られた手紙があるらしい。
……正直、たかが愛を誓った恋文一つで同盟が成り立たなくなるとかそんなことは無いと思うけれど、姫様にはその辺りのことはまだわからないのかしら?
……なんにしろ、マザリーニの体調が心配ね。鳥の骨とか言われながらもその身を粉にしてトリステインに尽くしているんだから、もう少し報われてもいいような気がするわ。
ゆっくりと進む船に乗り、王党派の使う秘密の抜け道の位置を記憶する。ここはあまり大型の船は付けられないだろうけど、小型の船や飛竜なんかは発着点として十分機能しそうだし、覚えておいて損にはならないだろう。
……使うことがあるのかどうかもわからないけどね。知ってて困ることよりは知らなくて困ることの方が圧倒的に多いし、ついでに暇潰しにもなるしね。
上空には巨大船『ロイヤル・ソヴリン』が浮かんでいて、時折思い出したかのように王宮に向けて砲撃しているのが見える。
その周りにいくつもある小さな影は、きっと貴族派の騎竜でしょうね。まるで蠅みたい。蛆のようにどこからともなく沸いてくるのもそうだし、ブンブンと鬱陶しく飛び回っているのもそう。ああ面倒臭い。
アルビオン大陸の横腹に開いている洞窟を通って、ニューカッスル城の地下空港施設まで入る。前に来た時はイチカのアレで真正面から貴族派の船も王宮の壁もぶち抜いて入ったからこんな所があると言うのは知らなかった。びっくりね。
そしてそのまま今日は私達、トリステインからの最後の客をもてなすためと言うことで祝いの席が立てられた。
何しろ明日か明後日には貴族派の総攻撃が行われるそうだし、そうなれば百倍以上の兵力差がある王党派はあっという間に潰されてしまうことだろう。
……それがわかっていながらも逃げ延びようとしない人を助ける気はしないし、好きなように死んでもらおう。私なら前にやったようになんとかできなくも無いけれど、頼まれてもいないしね。
それじゃあ私はちょっと色々頂いていこうかしら。どうせ残しておいても反乱軍に奪われるものなんだし、反乱軍の代わりに私が貰って行ってあげた方が有意義よ?
でも、一応アルビオン王にその事を伝えておかないとね。無断で王家の宝物庫を荒らすわけにもいかないもの。
多分だけれど、宝物庫には大したものは残っていないだろう。残っているとしたらそれこそ王家に伝わっている物とか、その他にもかつての王達が個人で集めたものなど……まあ、そのくらいのはず。価値があるかどうかはわからないけれど、どんな物からでも価値を見出だしてやるのが魔法使いの腕の見せどころ。
……貰えなかったら盗み出しましょうか。特に古びた音の出ないオルゴールとか、アルビオン王国の王族にしか使えない決裁印とか、こっそり隠してある歴史書とか。
「そんなわけで、貰っていいですか?」
「構わんよ。好きにしてくれ」
近くにいた国王殿下に確認してみたら、結構簡単に許可をもらえてしまった。どうやら自分達が死ぬことはまず間違いない事はわかっているようで、私の問いに平然と答えをくれた。
……実にありがたいことだけど、許可を貰えなかったら“忘却”を使って前後不覚の状態で一筆書いてもらおうとしてたけれど、その上で盗み出すつもりではあったけれど……どうしてかしらね?
まあ、私は自分にとって都合がよければそれでいい。多少は後の事も考えるけれど、あまり考えすぎると私の場合は煮詰まっちゃうもの。
そう言うわけで宝物庫にて、シルバーローブ(メイドフォーム)の裏側に作ってあるアンダーグラウンドサーチライトの中に宝物庫の中身を次々に入れていく。
両刃の大剣、歴史書、装飾の多い杖、秘蔵の物らしいワイン、多少の金品。そんなものを次々にスカートの内側や袖の中、襟の裏、リボンの内側などにしまっていくうちに、私の目当ての物を見つけることができた。
それは、古びたオルゴール。昔はどうだったのか知らないけれど、今はもうボロボロになってしまっているそれに触れると、右手の薬指に填まっている『土のルビー』が輝き出す。つまりこれが『始祖のオルゴール』で間違いないわけね。
これも他の物と同じようにさっさとアンダーグラウンドサーチライトにしまい込み、そしてまだ残っている物も次々に。私が宝物庫に入ってから十分程度の時間で、宝物庫の中身はほとんど空になってしまった。
まあ、この城の人間は恐らく一週間後には誰一人として生き残っている者はいなくなるだろうし、この城にこう言うものを残しておいても壊されるのが目に見えている。勿体無い勿体無い。
私は宝物庫の中身を物色して必要なものを全部頂いてきて、それなりに満足。正直に言って今の宝物庫には空気と埃と精霊くらいしかないしいないと思うけど、そうする許可も貰っているから問題ないわよね。
と言うか、あったとしても流すことにするけどね。これでも一応皇太子殿下や国王殿下に比べてよっぽど年上だし、それに合わせて色々経験してるもの。
例えば、聖杯戦争とか言うのにキャスター枠で参加して男版ギルさんみたいな人を“加速”からの瞬獄殺で退場させたり、BETAとか言う兵士級やら戦車級やら要塞級やら光線級やら色々鬱陶しいのを宇宙に居た『珪素生命体』とか言うのと一緒に“エクスプロージョン”で全部纏めて消滅させたり、遊戯王とか言うカードゲームで遊んでいたら何故か私達のカードがあったから私達専用デッキを作ってみたり……。
……こうして考えると、私ってかなり波瀾万丈の英霊生活を送ってるのねぇ……ナノハや恋もそうだけど、イチカや白蓮は殆ど働かなくていいんだから楽よね。白蓮のは世界から忘れられてるから仕事がないだけだけど。
私もイチカと一緒に寝てたいなぁ……本体はいつでも英霊の坐でイチカと一緒だけどさ。
私は軽くため息をついて、明日の朝一番でトリステインの魔法学院に戻る準備をすることにした。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
side 織斑ルイズ
真夜中のニューカッスル城で、私が帰還のために城のありとあらゆる物を拝借している途中でルイズと会った。皇太子殿下から手紙を受け取った筈のルイズは、何故か普段よりずっと暗い表情を浮かべている。
いったい何があったのかはわからないけれど、とりあえず私にできることが一つある。ルイズの事を抱き締めて、それから優しく頭を撫でる。
「どうしたの? そんなに浮かない顔をして……」
私が聞くと、ルイズは私に抱きつきながら震える声で思いをぶちまける。
ルイズの言っていることは涙声と言うこともあって分かりにくかったけれど、それでもかなり聞き取ることができた。
要するに、この城の全員が死ぬと分かっていて戦場に向かっていく理由がわからないと言うことらしい。
……確かに、私にもよくわからない。この状況で逃げない理由がわからないし、誇りを守る等と言う理由で確実に死ぬとわかりきっている戦場に立とうとする理由がわからない。
皇太子殿下は、私が居た世界では姫様と婚姻を結んでいた。その際、一応披露宴や式に出席した私は二人の口から『相手と自分がそこに居れば、たとえその場所が王宮でなくても構わなかった』と言う言葉を聞いている。要するに二人は愛し合っていたと言うことだけど……どうして愛を貫こうとしなかったのかしらね?
私はイチカに恋をして、恋は愛へと姿を変えて、愛を愛のまま貫くためにヴァリエールの名前を捨てた。そんな私はこうして今もイチカの事を愛しているし、とても幸せだ。
別に他人にそれを強制する訳ではないし、強要するつもりもないけれど……ただただ理解できない。
皇太子殿下は愛しているからこそ身を引く、愛ゆえにトリステインに亡命することはできないと言った。けれど今亡命しなかったところでトリステインは神聖アルビオンに攻め込まれるだろうし、そうなったら国力の低いトリステインは一方的に攻め立てられることになるだろう。
マザリーニが様々な貴族の汚職を暴いて処刑したり懲戒免職処分の上に爵位を二つ下げて領地の七割近くを召し上げ、さらに私財の九割以上を没収して王宮への登城を禁じて自らの領地の屋敷から出歩くことを禁じて一部の腐敗貴族から権力を削ぎ、そしてそういった汚職が嫌いな貴族から若干の信用を得ていたりして少しは国がよくなってはいるけれど、国土も小さければ国力も小さい弱小国家。権威と血統による選民意識に凝り固まった馬鹿ばかり。マザリーニには本当に苦労をかけるわね。
……マザリーニを暗殺されたらトリステインは一年持たずに瓦解していくんじゃないかしら? あるいは選民意識の結晶体とも言える貴族が更に平民を支配したがって恐怖政治を……今でもそうか。
……で、アルビオンの騎士や兵士が何故自ら死にに行くのか理解できないっていう話だったわね。死ににいくのに笑っていて、でも誇りのためと言われると反論できなくて……それで頭がこんがらがりそうになってるのかしら。
私はもう人殺しにも血の臭いにも戦争にも慣れてしまったからよくわからないけれど、ルイズにとってはきっととても重要なことなのね。
ルイズは頭がいい。自画自賛するわけではないけれど、これは単なる事実としてわかる。
その頭の良さで、皇太子殿下達のしていることが完全に無駄なことだということも理解してしまっている。何も生まず、誰も助からない事だと、誰もが嘆くことだと理解している。
しかし、そこに『誇りのため』と言う言葉が入ることによって、ルイズの行動はがんじがらめに縛られてしまっている。
自分も持っている貴族の誇り。その誇りを守るためなら仕方がないと言っている貴族である自分と、ただのルイズとして皇太子殿下を救いたいと言う自分。今まではうまく折り合いをつけてやって来た二種類の自分が、思いきり対立してしまって何もわからなくなってしまっている……と。
……まあ、私がそんな人に言える言葉なんて一つしかないんだけどね。
「ルイズ」
抱き締めているルイズに呼び掛けて、少し体を離して視線を合わせる。
「あなたができることは一つだけ。するべきことも一つだけ。いつか未来で今を振り返って、後悔しない道を行きなさい」
少なくとも、私はそうして生きてきた。命を奪うこともあったし、何かと敵対することもあった。
けれど私は、常にその瞬間を全力で生きてきた。後悔することがなかったとは言わないけれど、それ以上に行動してよかったと思うことの方が沢山あった。
私はこの生き方を変えるつもりはないし、変え方もわからない。見苦しくも必死に、全力で生き抜くだけだ。
「だから、頑張って」
「……はい。レア姉様」
私がルイズを抱き締め直すと、ルイズも私を抱き締めてくる。きっとルイズは立ち上がるだろうし、子供故の純粋さで色々な問題を力尽くで解決して行こうとするだろう。それがどんなことになるかはわからないけれど……面白くなってくれれば私としては言うことはない。
私の世界ではありふれたハッピーエンドで終わった姫様と皇太子殿下の二人は、イチカのいないこの世界ではいったいどんな終わりを見せてくれるのだろう?
戦に行って戦死した皇太子殿下の復讐に燃えた姫様が、ハルケギニアを巻き込んだ戦争を起こす?
姫様は復讐に燃える事もなく、皇太子殿下の訃報を聞いて失意のあまり自ら命を断つ?
もしかしたら、皇太子殿下が生き延びはするけれど重症を負い、治療の間にトリステインが破られて姫様が殺されてしまう、あるいは強制的に婚姻を結ばされてしまい、皇太子殿下が復讐鬼となるかもしれない。
あるいは、どちらも普通に殺されてしまってそこで二人の話が終わってしまうと言うこともあるかもしれない。
そしたら次の話の主人公は……『虚無の担い手』たるルイズと言うことになるかもしれないのね。それはそれで面白そう。
……まあ、面白そうだからと言って二人を殺そうとしたりはしない予定だけれど、可能性としては十分にあるわけだし……どうなるのかは楽しみに待ってるわ。
私はルイズの頭を撫でて、それから立ち上がる。やっぱり昔の私は身長がかなり低いわね。それこそ悲しくなって来るくらいに。
ルイズにバレたら怒られそうな事を考えつつ、私は普通に立ち上がる。とりあえず今日はもう眠ることにしましょうか。明日は明日で色々やるべきこともあるし、隠し事も沢山しなくちゃならないし。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
side 織斑ルイズ
目が覚めたらなんだか面白そうな事になっていた。ルイズがひたすら押し込み、皇太子殿下が受け流し続ける。ルイズは昨日私が言ったように自分が後悔しないだろう道を選んだらしく、私の説明の真似事なのだろうけれどひたすらに理をもって皇太子殿下を押し込んでいく。
対する皇太子殿下も、流石は海千山千の王宮の化物どもを相手にし続けてきただけの事はあると言うか、的確にルイズの言葉に反論を続けている。
普通に考えればルイズの方が言い負かされるだろうけど……ルイズには強力な味方がついていた。
アルビオンの老執事、バリー。彼はルイズと皇太子殿下の話を聞いている中でルイズの言に理があると取ってルイズに味方している。
そして一人が寝返れば次々に便乗するものが出て来るのは必然。特に、元々皇太子殿下に生き延びて欲しいと願うものばかりが集まっているのだから当然と言えるだろう。
……ついでに私は色々考えて、ちょっと暖炉から五時間くらい熱を貰って圧縮して作った親指の先くらいの大きさの真紅の球体を“複製”したものをいくつも城の中にばら撒いておいた。
まあ、要するにこれでこの城は誰にも知られる事なく爆発物で満たされたと言うことだ。これからどうなるのかは知らないけれど、多分この城は反乱軍によって使われることになるだろう。
そこで、もしも貴族派がトリステイン……と言うか私に喧嘩を売ってきたら、千を越える火石を同時に炸裂させて消し飛ばす。色々なところに隠しておいたから、全てが見つかることはまずないだろう。
ついでに隠している所の近くの熱を吸い取らせ続け、少しずつ少しずつ成長させておく。夏は涼しいで済むかもしれないが冬になったら地獄だろう。暖炉の煉瓦の一つに埋め込んでおいたのもあるから、余計に部屋が暖まりづらいだろうし。
……嫌がらせは苦手じゃないのよ? ナノハほど上手じゃないし、タバネ様ほど悪辣でもないし、イチカほど執拗でもないけどね。
まあ、私としては皇太子殿下が助かっても助からなくてもどちらでも構わないけれど……このままだと時間切れになって強制的に皇太子殿下が残ることになっちゃうわよ? もうすぐ貴族派の連中が来るみたいだし、そうなったら皇太子殿下はさっさと飛び出せば願いを叶えることができちゃう訳だしね。
……そしたらとりあえず“加速”して指から『風のルビー』を抜いておいて、“複製”した『風のルビー』に取り替えて……それをお土産ってことにしておけばいいかしら?
そのときに本物を渡してもいいけど……態々本物を渡さなくちゃいけない理由は無いわよね?
ほら、先立つ物は多い方がいいじゃない? だったら風のルビーが多くても問題ないと思うのよ。
「『問題ない』じゃなくて『問題しかない』の間違いじゃねえの?」
「問題以外にも色々理由があるわよ? もしも敵対しちゃった時に間違えて“エクスプロージョン”に巻き込まないようにするためとか、恋人の形見だと思っていたらそれが偽物で、そんなことにも気付けなかった自分の愛はその程度の物だったのかって嘆く姫様を見て笑ったりとか、もしも姫様が指輪を奪われたときに『こんなこともあろうかとすり替えておいたのです』って言ってみたかったとか」
「鬼畜の理由と下衆な理由と策士の理由の三つを揃えて答えやがったよこの相棒」
「?」
「さっきの話を聞いてた俺は純粋そうな顔をされても騙されねえよ」
「?」
「純粋そうな表情のまま首をかしげられても評価は変わらねえよ」
「あらそう? 残念♪」
「その割に残念そうな顔はしてねえな」
腰元にあるデルフリンガーとそんな話をしながら、私は“
…………なんだかやけに強い水の力に満ちている死体が多いけれど、いったいこれはなんなのかしらね? しかもその死体は動いているようだし。
もしかして、王党派がここまで追い詰められた理由の一つがあの死体だったりするのかしら?
死体に無理矢理水の力を注ぎ込んで生前と同じように行動させつつ、自分の命令を絶対順守させる魔法。そんな魔法はちょっと聞いたことが無いけれど、実際に死体が水の力で無理矢理動かされているのを見てしまうと聞いたことのある無しに関わらず『そういうものがある』と言うことを念頭に入れておかないと。
魔法かマジックアイテムかもわからないけど、そう言う効果があることだけは確定だものね。
…………ん? そうなると皇太子殿下や国王陛下は木端微塵になってもらわないと再利用される可能性があるのね。
死体まで利用し尽くされ、死後もこき使われて……そんなことになったら姫様はいったいどんな表情を浮かべるのかしら?
「相棒。なに考えてんのか知らねえけど、真っ黒だぞ。俺は剣だけど相棒の未来が心配になってきたぜ」
「ああ、それなら大丈夫よ。私はそれなりに幸せに生きてそれなり以上の幸福の中で息を引き取ったのだから。しかもその後二度と会えないと思っていた相手と再会できたし、そうして成長した私の将来はある意味では決定されているわ。だから、大丈夫」
「……そう言う意味で言ったんじゃねえんだがなぁ……」
軽く溜め息をつくように声に呆れを滲ませたデルフリンガーの柄を軽く指先で叩く。まったく、こっちも軽い冗談として言っただけなのに、なにからなにまで本気で取ってもらったらこっちも困る。
冗談を言っているように見えないくらいの迫真の演技。若干本気が混じっていることは否定できないけれど、態々そのために無理矢理ルイズ達を心変わりさせるようなことはしない。
予想のつかないハッピーエンドを見せてくれるのならそっちの方が面白いし、予想がついてしまったバッドエンドよりはよほど楽しめる。
……まあ、バッドエンドと言ってもこの世界は劇のようにバッドエンドではいおしまいとはならないんだし、その先に何が待っているのかを考えたり実際に体験してみたりする事も楽しみ方の一つなんだけど。
同じようにハッピーエンドも劇だから許されることであって、実際にハッピーエンドで終わることなんてなかなか無い。
実際には片方が死んでからもう片方も死んでそれでようやく終わりになるか、話の続きを他の誰かが引き継ぐか……とにかく世界は終わらない。物語も終わらない。
私はくすりと笑いながら、とりあえず私だけはどうなっても大丈夫なように準備を始めた。
「……うわ……おいおいそこまで……うわぁ……えげつねぇ……」
五月蝿いわよ、デルフリンガー。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
side 織斑ルイズ
五分に一度の広域版“探知”は、私に様々なことを教えてくれる。例えば敵が今どこにいるのか。どんな作戦をたてて、どんな風に攻めてきているのか。
話し声は聞こえなくとも、戦場全て、空も陸も覆い尽くす“探知”から逃げられるものは早々いないし、それ以前に“探知”をこんな風に使おうとするものはそういないようで、“探知”に対する対策なんてどこも取っていないように見受けられる。
……それにしても、奥の方に居る誰かの指輪。あれは何なんだろう? あまりにも水の力が強く、マジックアイテムにしてもまともな方法で作られたとは思えないほど強力だ。
……まあ、それは置いておくとして……そろそろ敵が集まってきていることを言っておいた方がいいのかしら? じゃないと船で逃げられないと思うし……。
……ん? これは…………“遍在”? 数は……5。同一人物が“遍在”を四体も出せるなんて、随分腕のいい風メイジがあちらに居るらしい。
動きを見るとどう見ても誰かを暗殺しに来たか、あるいは城の内部の偵察のどちらかにしか見えないけれど……どうするべきかしらね?
「レア姉様!レア姉様もウェールズ様に何か言ってあげてください!」
ぼんやりと考え事をしていたら、何故か矛先がこちらを向いた。何やら支援して欲しいみたいだけれど、私はそんなことをする必要は無いし、する気もあまり無かったんだけど……。
まあ、頼まれちゃったし他とは少し違うアプローチでやってみましょうか。
私は笑顔を消して、皇太子殿下に視線を移す。真顔で言うと私の言には正体不明の説得力が増すらしいから、できるだけ無表情で。
「亡命しないと『ウェールズ皇太子殿下は可愛い女の子とのおしゃべりに夢中になって逃げるのを忘れた』って姫様に伝えるわ」
「まさかの脅迫!?」
「待て待て待て待て!待て!!なんでそんなことになるんだ!?」
「あら、ルイズとお喋りしていたじゃない。それともルイズは可愛くない?」
「確かにミス・ヴァリエールは可憐な人ではあるが、それとこれとは……」
皇太子殿下が何か言っているけれど、やっぱりかなり迂闊な人だ。私の前でそんなことを言ったら利用されちゃうわよ?
私は杖を振り、“ライト”と“マジックバリア”を同時に発動する。映すのは当然皇太子殿下。ただし、ルイズと私に声をかけまくっているだらしない姿。
こんなものを見せられたら、姫様はいったいどんな反応を返してくれるのかしらね?
顔を真っ青にした皇太子殿下に笑顔を向けて、問いかける。
「さて、これを姫様に見せれば……」
「やめてくれっ!」
悲痛な声で叫ぶ皇太子殿下。なんと言うか、見ている分には面白すぎる。
本気で見せる気はなかったんだけど……どうしよっかな~?
「それじゃあもう一度だけ聞かせてもらいますね」
皇太子殿下に近寄り、その顔を覗き込む。
「皇太子殿下。貴方は今、私に脅迫されています。その内容は、貴方の誇りを傷つける類いの物です」
何も言わない皇太子殿下に向けて、私は口から毒を吐く。
「貴方が誇りを守るためには、私の言うことを聞かなくてはなりません」
甘い甘い、蜜のような毒は、皇太子殿下の意識を揺することだろう。なにしろ、どちらにも自分の誇りがかかっているのだから。
「トリステインに亡命してください、皇太子殿下。そうしなければ、貴方の誇りは全ての存在の中で地に落ちます」
……しかも私が今やっているこれは……
「何度も言いますが、これは『脅迫』です。殿下に拒否権はありませんし、拒否した場合は……わかりますよね?」
皇太子殿下の目の奥を覗き込むと、さっきに比べて焦燥や戸惑いが多量に含まれているのがわかる。
「……仕方がないんです。殿下は誇りを楯に脅迫されて、それでこの話を私に受けさせられたんです。悪いのは私で、殿下は悪くない」
「私が悪い。殿下は巻き込まれただけで、死ぬことが怖かったわけではない。死ぬことに恐怖して逃げたのではなく、私に脅迫されて誇りを守るために撤退したんです」
「殿下に付き従う家臣達も、殿下の背中を押しました。殿下は民の思いを繋げなければならないのです」
ぐるぐると混乱した目をした皇太子殿下に、次々に言葉をぶつけていく。
痛い言葉。追い詰める言葉。甘い言葉。逃げ道を作り、蹲る皇太子殿下を引っ張り出し、作り出した逃げ道に追いやり、捕まえないように追いかける。
無理矢理背中を押し、手を引っ張り、秘めた願いを取り出させてそれを餌に走らせる。『私に脅されているから』、『アルビオンの民と臣下のため』と言う大義名分を用意し、頑なな心を緩ませる。
……皇太子と言えどまだまだ恋に生きる若者。始めに思いきり不意を突かれ、一方的に押しやられてしまえば……こんなものだ。
……ここでのミソは、別にこれが失敗したところで私は痛くもなんともないと言うこと。助かろうが助からなかろうがどちらにしろ私は楽しいし、楽しいならば止める理由は無い。
私は皇太子殿下に笑顔を向けながら、最後にもう一度だけ聞く。
「ウェールズ皇太子殿下。トリステインに亡命なされませ」
皇太子殿下はぐっと拳を握り、歯を食いしばりながら私の目を見つめ返す。
「……断る。私の誇りのために、アンリエッタのために……そのようなことはできん」
…………ふぅん?
私は迷いながらも言い切った皇太子殿下を見て、もう少し押せば倒せるだろうと当たりをつけつつ……皇太子殿下から視線を離す。
動かした視線はルイズに合わせ、呆然と私と皇太子殿下の話を聞いていたルイズ達に笑顔を向ける。
「……ごめん、失敗しちゃったわ♪」
…………なんでみんな物凄い勢いで引くのかしらね? しかもなんだか笑顔がひきつってるし、今もじりじり離れていこうとしてるし。
「……相棒、黒いな。めちゃくちゃ黒いぜ。俺は剣だけど引いちまいそうだぜ」
「デルフリンガーが引いたら引っ張り出すわよ。私の剣なんだから、我儘は許さないわ」
私はそう言いながら、軽くデルフリンガーの柄頭を叩いた。
……ついでに、袖口に私の杖と一緒にスリ取った『風のルビー』を滑り込ませ、何事もないかのように離れたのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
side 織斑ルイズ
仮面をつけた風メイジが私の前に立ち塞がっている。なんだか見覚えがあるような気がするようなしないような…………正直に言ってあまりよく覚えていない。
なんだか噛ませ犬の雰囲気が漂っている上に気が付いたら消えていきそうな気配だし、正直どうでもいい。
そんなわけで私は即座に“加速”してそのメイジの首に胴回し回転蹴りを加えて捻り折る。やっぱり“遍在”だったらしく、すぐにその姿が消えた。
その直前に仮面が外れて覗いたその顔は……なんだ、ワルド子爵か。私を攻撃しようとしてきたところを見ると、裏切者だったのね。
前の世界で跳ね殺しちゃったことを少しだけ悪いと思わなくもなかったんだけれど、どうやらそんなことを考える必要は無かったみたいね。
“探知”で全ての遍在と本人の位置を知ってから、“加速”を使って移動して同じように(とは言っても全部が全部胴回し回転蹴りじゃないけど)頭を蹴り砕く。靴にすら血をつけないように気を付けながら、誰にも気付かれないように。
……と、最後に一働きしたところで、私はアルビオンに別れを告げた。既にアルビオン大陸は本土の上には無いけれど、滑空だけならシルバーローブを変形させたグライダーを使えば十分にできる範疇にある。
それはもちろんルイズを抱えたままある程度の距離まで飛ぶことができるし、シルバーローブを私とルイズを包み込むように変形させれば寒さを感じることもない。
……便利よねぇ……ほんと。
「……なあ相棒、なんなんだこりゃ?」
「私の宝具。服の形で鎧以上の強度を持ち、かなり形の変更が利くっていう代物よ。ちょっと頑張れば鎖にもなるわ」
「そいつはすげえや。……で、相棒はどうやって魔法も無しに飛んでんだ?」
……その辺りの説明をするとなると、基本的な物理から始まり航空力学やら流体力学にまで話が行く事によって凄く時間がかかる上に面倒だからちょっとご遠慮願いたいんだけど……。
まあ、そんな細かく説明しなければ五分どころか三分もかからないんだけど、説明する意味もなければ理由もないからしない。
「まあ、ドラゴンやグリフォンやマンティコアにでも襲われない限りは大丈夫よ。嵐も少し不味いけど、見渡す限りの快晴だしそれは考えなくても大丈夫」
「……そうかい。まあ、相棒がそう言うなら止めねえがね」
「レア姉様ってすごーい」
「……おい娘っ子? 目が虚ろになってんぞ娘っ子!」
「あははははははは…………あれぇ? あれは彗星かなぁ……いや違うわね。彗星はこう、もっとシューって流れるものねぇ……」
「正気に戻れや娘っ子ォォォォ!俺を相棒と二人っきりにすんじゃねぇぇぇぇ!!」
……なんだか凄く失礼なことを言われたような気がするけれど、心優しくて寛大な私は大人の対応で受け流すことにしましょう。できれば人型とらせて剛撃鉄山靠でも打ち込みたいところだけど、我慢我慢。
我慢ついでに皇太子殿下から預かった姫様の手紙を覗く。何が書いてあるのか気になるし、書いてある内容如何では生暖かい視線を向けてあげる準備がある。
他人の色恋話を横から聞くのは、それなりに楽しいことが多いのよね。
それに正面から聞いていたら色恋話からノロケ話に変わった時に逃げられないけど、横で聞いてたんだったら逃げられるもの。そう言う話は横で聞いておくに限るわ。
私は手紙を読みながらそんなことを考えつつ、トリステインへと飛行する。どうも最近危険から離れていたせいか、随分と危機察知が温くなってるのよね。
あるいは、こんなものは危機でもなんでもないと体がそう感じ取っているのかもしれないけど……私はそこまで強くないのでそんなことはまず無い。
となると、やっぱり私の意識が緩んでいるとしか考えられないのよね……。
最近カティが私の世界と同じようにぶっ飛び始めたって聞いたし、もう少し私もぶっ飛んだことをした方がいいのかしら……?
「レア姉様辞めてください今以上にぶっ飛んだ事をされたらルイズは死んでしまいます」
「辞めてくれ相棒今まで以上にぶっ飛んだりしたらいくら俺が伝説の剣でもSAN値直葬されて発狂しちまうからよ」
「あらあら」
腰元のデルフリンガーと目の前のルイズの二人……一人と一振り? ……からそんなことを言われてしまったので、自重しないまでもこれ以上ぶっ飛ぶのは控えることにしておくことにした。
私としてはこのくらいはあまりぶっ飛んだ内には入らないのだけど、ルイズはなんだか若干涙声な上必死だし、デルフリンガーはデルフリンガーで訳のわからないことを言っている。
産地直送……良いことじゃないの。場所がイチカの世界で原子力発電所が暴走した結果物凄い量の核被爆をして放射能に汚染されてしまったチェルノブイリだったりするなら別だけど、化学肥料とかを使っていない新鮮な野菜は美味しいわよ?
「産地直送じゃなくてSAN値直葬だっての……頼むからもう少し大人しくしててくれ……」
「無理よ」
にっこりと笑いながらそう答えたら、デルフリンガーはかなりがっくりと落ち込んだ。剣相手に表情を読むのは流石に無理だけど、意思さえあれば雰囲気でなんとなくわかる。
カタカタと鍔の近くの金具を鳴らしているデルフリンガーだけど、私はそれを軽くスルーして前を向く。
アルビオンがトリステインに最も近付く時間は過ぎている。だからどれだけ時間がかかるかはわからないけれど、とりあえず船で一晩かかったと言うことはグライダーではもっとかかるはず。
英霊たる私はそれでも大丈夫だけど、ルイズはあくまで人間だ。そんなに長い時間動かないでいたら筋肉が固まってしまうから、あまり時間はかけられない。
……仕方がないので、グライダーの翼の下に風石の形を整えた
すると、私達の使うグライダーは突然加速する。ちらりと後ろを見てみると、私の後ろに白く長い飛行機雲が引かれているのが見えた。
そこですぐに顔を正面に戻し、バランスをとることに意識を集中する。この速度で体勢を崩したら、確実に精霊の加護の範囲から出て大気摩擦で流れ星になっちゃうわ。
それにあまり速くなりすぎると呼吸もできなくなるし、普通に怖いものね。
「……きゅう」
あ、ルイズが気絶しちゃったわ。大変ねー。