side 織斑ルイズ
シエスタによるメイド鎮圧作業の後、私とルイズはのんびりと歩いてトリスタニアに向かう。姫様に頼まれた情報収集なら、酒場のような不特定多数の人間が集まって話をするような場所でのんびりと食事やら何やらを楽しみながらするのが一番なんだけど、この際できるだけ安上がりにするついでにまっとうな平民らしい仕事を体験してみたいと思う。
私の世界では食客のような仕事をしていて平民らしいとはとても言えない退廃的な生活をしていたし、メイドに混じって仕事を覚えたとはいえメイドって言うのは実はそれなりに教養が必要な仕事だったりするわけで……。
「そう言うわけで、できれば大通りに面してなくて平民にそれなりに人気がある酒場で暫く仕事をしようと思うのだけど……」
「レア姉様、私達は貴族で……」
ちょん、とルイズの鼻の頭をつついて言葉を切らせる。まったくこの子は、いったい何を勘違いしてるのかしらね?
「いい? 今のトリステインの財政はとても厳しいの。それはわかるわね?」
「……はい」
どうしてそんな話になったのかがわかっていないらしく、ルイズは不思議そうな顔をしながらも頷く。まあ、わからなくても無理はないのだけど、重要なことだからちゃんと聞いててね?
「この四百エキューはそんな状態の王宮から姫様が持ち出したもので、1ドニエも無駄にできない事もわかるわね? だから、この四百エキューはできるだけ使わないでおいて、どうしても必要な時のために取っておきましょう。……住み込みで働かせてもらえれば宿代はいらなくなるし、上手く行けば食費もかからない。情報も手に入ってお金も使わないで済んで、しかも接客業で自分の感情をコントロールする練習にもなるのよ? 悪いことなんて殆ど無いじゃない」
ね? と言葉を締めると、ルイズは反論することもできずに頷いた。なんだか『レア姉様はそこまで考えてるんだ!すごい!』という雰囲気だけれど、実のところ大して凄いことでもなければ裏もある事だったりする。
まず、姫様の依頼を完了させるのは前提として、それを実行するのに一番効率的な場所が酒場だということは本当。表通りだと巡回の兵士が多いため、本音で話せないだろう事も考慮して裏通りの店を使う。
そして客として入らないのは、いつまでも酒場の一角を占領するのはよくないことだし、お金がもったいないこと。それから私が楽しくないからと言う実に個人的な理由でもあったりする。わかってるだろうけどね。
……理論武装はそれなりに得意なのよね。なにしろ一応海千山千の貴族達を存在すら気付かせずに手玉にとったガリアの他称『無能王』と、一時期王宮の仕事を全て影から支え続けた他称『簒奪者の娘』、耳長の老害共を見限ってこちらに付いた挙げ句に大恋愛結婚までかまして見せた他称『異教徒』とそれなりに長い時間を過ごして来てるんだから。
……ああ、他称『無能の傍付き』も一緒だったけれど、彼女は他称『無能王』が絡んだときの変態度がとてもすごく非常に異常に気違い染みて高いだけで、普段はそれなりに常識的で純粋な人間なのでカウントしないことにしている。
まあ、そんなわけで理論武装によってルイズを納得させる事に成功した私は、ちょっと裏通りに入ったところで良さそうな店を探していた。
流石に花売りなんかは不味いことはよく理解しているのでそう言った面のある店は除外し、それでいて人気があって割とすぐに入れそうな店を探すのは中々骨が折れる。いくつか候補は見つけたけれど、どうもまだ決め手は無い。
それと言うのもこの世界の酒場と言うのは随分と……言い方は悪いが『遅れている』ので、どうしてもあまり魅力を感じることがなくなってきているからだ。
イチカの世界の『アットクルーズ』と言うケーキ屋や、ナノハの世界の『ミドリヤ』に比べてしまうと、どうしても……。
まあ、比べる相手が悪いと言うことはわかってはいるのだけれど、それでも一度満足を得てしまうと、次はその満足感以上のものを感じなければ満足できなくなると言うのは人間の性と言う物でしょう?
「相棒は……っと、悪り」
「ギリギリセーフよ。次はもう少し気を付けましょうね」
デルフリンガーが私が生者でも人間でもないことをうっかり洩らしそうになってしまったが、私が何かをする前に気付いて口ごもったので今回は見逃してあげることにする。
ついでにちょうどいい時間だったので広場の噴水の縁に座り、学院で作ってきたお弁当を広げる。平民的に見えるように。粗めの黒パンにあまり上等ではない干し肉と沸騰したお湯で湯がいて苦味を抜いたハシバミ草を挟んだサンドイッチ。こう言うのを普通に作れるようになるまで、いったいどれだけ練習したことか……。
普通に作ろうとしたら失敗し、原因を探ってみたら私の魔力で食材が変質してしまうことがわかったから魔力操作を完璧にし、包丁を持っても指を斬らないように練習したら今度はまないたまで切っちゃうようになったので手加減を練習し、さしすせその原則(砂糖、塩、酢、醤油、味噌を入れる順番。初めは味噌であるべきところがソイソースになってビダーシャルやイザベラ達にツッコミを入れられた)を覚え、食材の選び方やらそれぞれの調理に合った野菜を選ぶことを覚え……そして時々魔力を漏らして失敗し、どうにかこうにか平均的に料理を作れるようになるまで10年近くかけてしまった覚えがある。
それからも上達するために練習を繰り返し、自分の魔力での変質を狙った方向に起こしてお酒を長くねかせたのと同じ状態にしてそれを料理に使ったり、私にしかできないような料理を作ったりして……正直、まだ私が『魔法の成功率ゼロ』のルイズだった頃の魔法の練習よりも必死にやってたような気がするわ。
で、そんな私の苦労と汗と努力と血(包丁で指を切ったりした時のね)の積み重ねの一部を使ってできたのがこのサンドイッチ。イチカと出会って魔力が気違い染みて増えるまではそれなりに作ることもできたんだけど、残念ながら魔力が増えすぎてからは自動で“身体強化”、“武器強化”、“装甲強化”、“魔力付与”等がかかるようになっちゃってたからね。自分の意思でオンオフが効くようになるまでは大変だったわ……いやほんとに。
何てことを考えながら、私はルイズと並んでのんびりとサンドイッチをかじるのだった。
……はむはむ。使った材料から見れば破格の味ね。いい意味で。
「そりゃおめでとさん」
「ありがと」