side 織斑ルイズ
自作のサンドイッチを食べた後、ちょっと食事休憩をしていたらちょっと濃いお姉さん(オブラートによる過剰包装済)にスカウトを受けた。気付かれないようにちょっと魔法をかけて見たけれど、大した裏も無いようなのでついていくことにした。
ルイズは反対しようとしたけれど、口を開きかけた所で一瞬止まり、そしてすぐに押し黙った。どうやらここで話に乗る事によって得られる正負の利益と断る事によって得られる正負の利益とを天秤にかけ、受けた方が自分のためにも特になると言うことを理解したらしい。
……冷静に事態を判断できるようになって……私は嬉しいわ。自分のことだけど。
そしてそのお姉さん……スカロンと言うらしい人に着いていくと、到着したのは私が目をつけていた酒場の一つである『魅惑の妖精亭』。幸先がいいって言うのはまさにこの事かもね。
見た目はそれなりに大胆だけれど本人の意思次第でおさわり以上の事は拒否できるし、働いている人間にはそれなりに事情があるのが多いようなので深入りされるようなことも無いだろう。ほんと、幸先がいいわ。
「はーい妖精ちゃんたち~。ちゅうもーく」
パンパンと手を叩きながらスカロンさんがそう言うと、掃除や下拵えをしていた少女達が一斉にスカロンさんに視線を向けた。……と言うか『妖精ちゃん』って……ツッコミ待ちだったりするのかしら? ツッコミを入れた方がいいのかしら?
だけど、そんな私の思考を置き去りにして話を続けている所から見ると別にツッコミは入れなくてもよかったらしい。少女達も何も言っていない事から、やっぱりツッコミは必要なかったと認識しておく。
……あ、黒髪の娘だなんて珍しいわね。そして羨ましいわ。イチカの色の髪だなんて……。シエスタもそうだしスカロンさんも黒髪で……やっぱり黒髪は優性遺伝なのかしら。
実のところシエスタの記憶を読んでいたからこの二人のことも情報としては知っていたけど、やっぱり実際に会ってみると違うわね。出会いは偶然だったけど、出会えてよかったかもしれないわ。
ちなみに、私達の事については『無駄にプライドだけは高い父親が遊ぶ金欲しさに奴隷に落とされ客をとらされそうになった妹を連れてなんとか逃げ出した姉妹』と言う風に説明してある。借金は持ち前のプライドからしたくない父親は、自分の子供と縁を切って一領民とし、さらにごちそうを出してからその料理の代金(かなり法外)を要求して払えないと言った妹を犯罪者として捕らえて……と言う面倒な策を練っていたのを聞いてしまった私が急いで貯金を纏めて連れ出したため、泊まるところも収入もないと言う状況……と言う設定。逃げる時に色々と妨害工作をしてきたので、追われる心配はないとも言ってある。
本当は黙っていた方がいいのかもしれないけれど、一応そこまで説明してから内密にしてほしいことを伝えると……かなり本気で涙を流しているスカロン店長と対面。一時の宿を得る事に成功した。
結構な嘘を言ってしまったけれど、実のところスカロン店長も(カティ程じゃないにしろ)結構悟い人らしく、私が嘘をついていることも、その嘘が必要に迫られてついた嘘だと言うことも理解していて乗ってくれているようだ。
……見た目に似合わず男前な人だと思うけれど、世の中の所謂『オカマ』と言われる類いの人間は割とこう言う性格の人が多いらしい。自分の道をただ進む人は、他人の深い事情に踏み込む事無く受け入れてくれる場合が多い。あんまり思い出したくないけど、たまに恋や陳宮のところに来る張蝉や卑弥呼みたいにね。
…………ほんと、あの二人は性格は最高に男前なのに、どうしてあの二人はあんなに残念だったり暑苦しかったり濃かったり漢女だったりするんだろうか?
……まあ、あの二人の性格と外見のギャップとかが酷すぎるって言う話は置いておくとして……見た目に反して割と健全な店であるこの店を軽く見渡してみると、結構店自体の質もいいように見える。掃除の手は行き届いているらしく、簡単に目のつくところに埃なんかは見つからない。
ハルケギニアの大衆向け飲食店としては珍しいけれど、結構どころじゃなくいいことだと思う。病気やら食中毒やらのメカニズムはわかっていないだろうけど、わかっていないならわかっていないなりの予防の仕方って言うものがあるものね。そんなことはやっている本人すら考えてもいないだろうけど。
「レ……ユナ姉様、本当にやるんですか?」
「勿論よ。そのための衣装はちゃんと用意してあるでしょ?」
メイド服だけどね。私とお揃いで色違いで全体的に濃い灰色のメイド服だけどね。
流石にシルバーローブと同じような防御能力なんかはつけられなかったけど、細い細い鋼鉄の糸に“硬化”と“鈍化”を付与して硬く、それでいて触れても切れないようにした糸を私が“念力”で編んで繋げて服の形にした上で“軽量化”した一品だったりする。電撃以外の物に対する防御性能は折り紙つきで、“固定化”によって錆びたりしない優れもの。
なお、材料はBETAとか言う虫がうじゃうじゃ居た世界の細い鋼鉄のワイヤーの“複製”と私の精神力を少しと契約した精霊の協力が少しだけ。魔法の効果によってほぼ破れず錆びずそれでいて軽く、ついでに着る者に合わせてサイズを変える驚きの品へと姿を変えた。元は武器なのにね。
そう言うわけで、私はルイズ……ナンシーを連れて『妖精ちゃん』達の前に出ていく。
……ここでは私は『ユナ・オーエン』。没落したオーエン男爵家の長女。ルイズは『ナンシー・オーエン』。同じく次女。そういう風に演技をするけれど、ルイズには私とルイズの名前を間違えないこと以外は気を付けることはないと言ってある。その方が没落した元貴族の令嬢だって言う話に説得力が出るもの。
ただ、色々なお客が来るだろうけど手を上げたり罵倒したりはしてはいけないと注意はしてある。
ルイズは……まあ、最近少し改善されてきたとは言うもののやっぱり短気だし、あんまり上手くない方が説明しやすいからあまり期待はしていないけどね。普通に怒ってくれた方が私としてもやっぱり後始末をしやすい。
やるからには全力で。頑張ってチップを集めましょうか。
そう考えながら、私はスカートをつまんで優雅に礼をする。メイドらしく、それでいて気品溢れるように。
「ユナと申します。このような場所で働くのは初めてですので色々と至らぬ所は御座いましょうが、どうぞよしなにお願い申し上げます」
……なんだか視線が熱かったり、陶然とした溜め息が聞こえたような気がするけれど、きっと気のせいね。