side 織斑ルイズ
朝の体操代わりの鍛練をしていると、突然どこからかおどろおどろしい叫び声が聞こえた。内容からするとどうやらエレオノール様がルイズを探しているようだけど……いったい何があったのかしらね?
昨日の夜は随分とお楽しみだったようだけど、相手はルイズだし処女を失ったわけでも無いんだろうから、どうしてそこまで怒っているかなんてわからない。
「予想くらいはついてんだろ?」
「そうねぇ……ルイズがエレオノール様にとっては洒落にならない悪戯でもしたんじゃないかしら? さっきシーツとエレオノール様のだろうと思われる下着を洗濯して“分解”で水分子同士の結合を解いて乾かした後で『汚れを直接“分解”すれば早かったのに……』って落ち込んでたしね」
「むしろそんな悪戯をされた金髪の嬢ちゃんに憐れみを覚えるぜ」
「エレオノール様は憐れまれたくないと思うわよ? プライドの高い人だし、ついでに知られたってだけで恥ずか死ぬんじゃない?」
「どんな死に方だよそいつは」
『恥ずか死に』。あまりの羞恥によって全身の血液が顔面部に集まり、それによって局地的に凄まじく高くなった血圧で眼球や鼻の内側、その他にも眼窩や喉や耳等の粘膜に豊富に存在している毛細血管が内側から破裂し、全身の血液が一瞬にして全て外に出てしまうため一瞬にして死に至るわ。怖いわね。
「平然と話してる相棒が一番怖いわ」
ちなみに私の知り合いの『魔薬』の二つ名を持つヘプタゴンクラスの水メイジは旦那といちゃいちゃしているところを実の子供達を連れた私と父親とその従者の三人に見られて一度恥ずか死んだけれど、無詠唱で擬似的な水の精霊の涙を作って体内に注入して血液の代わりにしたことで生き延びて見せたわ。水精霊の涙って作れるのね、ってみんなで驚いたわ。
「もっと怖えのが居たー!? なにその化物人間が水精霊の涙作るとか無理だからな!? つかその前にヘプタゴンクラスってなんだよ七角形って馬鹿じゃねえの!? やってることはすげえのに原因がアホらしすぎて誉めらんねー!!」
ついでに彼女が全身の血を秘薬に変えてから暫くの間、彼女とその旦那の間で搾乳プレイがブームになったそうよ? なんでも体液がみんな秘薬成分を含むようになっちゃったみたいで、それを絞り出すためって大義名分もあったし。
「続くのかよ!? って言うか新婚の夜のネタの話なんざ聞きたくねえっての!」
彼女は自分の胸を夢中になって吸っている旦那さんの頭を慈しみの笑顔を浮かべながら撫でてこう言ったわ。『ふふ……なんだか大きな赤ちゃんができたような気分だねぇ……』って。
「だから続けんなよ!? って言うか憎い!こうして耳を塞ぐこともできずにただ相棒の話を聞くしかできない剣の体が憎い!」
がっしゃがっしゃと金具を打ち鳴らして騒ぐデルフリンガーがそんなことを言うので、ちょっと精霊魔法の人化の術を教えてみる。何故か物凄く渋られたし、『これを使ったら相棒の同類になっちまいそうな気がする』と言って使う気は無さそうだったけど……まあ、別に構わないわ。
私個人としては葛藤しているデルフリンガーを見るだけでも十分だし、多分デルフリンガーもいつか使うことになるような気がするしね。
……イチカに習った合気柔術と鈴さんに習った中国拳法、ラウラさんに習った軍隊式格闘術の混ざった鍛練を終わらせて、次は箒さんに習った抜刀術と白蓮のを見て覚えた普通(笑)の剣術の鍛練に移る。
体術の熱が消えない内に、まずは意識を『斬る』と言う一点に集中しての抜刀術を五千回。五分で終わらせて次。
それから剣を正眼に構え、上下左右と斜めの八方からの斬撃と突きを同時に行う。白蓮のように無駄な動きを『地味』にして世界からの影響を無視し、九つの斬突撃が全く同時に存在することを『普通』にするなんていう気違い染みたことはできないので体術と軽い真似だけで擬似的に再現しているが……これがまたかなり疲れる。
しかしこれも三千回、三分少々で終わらせる。目標は抜刀術と今の『普通剣・八斬一突』を一万回ずつ五分以内に終わらせること。
まだまだ道は遠いけれど、イチカに少しでも近付くために頑張るわ。
……ちなみに箒さんは抜刀術一億回を十五秒で、白蓮は十万回を一分で振るうことができる。普通(笑)。
けど、鍛練を終わらせたらいつもは学院の掃除や洗濯なんかをやるんだけど今日はそんなことはできない。何しろここはヴァリエール。カティが普通に暮らしている中で私がメイドに混じって働くだなんて……そんなことをしたら面白コホコホ大変なことになるでしょう?
「『面白くなりそうでしょう?』って言いかけてる時点でもうなんか台無しだよ」
「面白そうね」
「開き直んなよ」
「私も一緒にやっちゃおうかしら?」
「そっちの娘っ子も悪乗りすんなよ!」
「そうよカティ。メイドの仕事は大変なんだから、まずはしっかり練習からよ」
「そう言う問題じゃねえだろ!? 俺は剣だからよくわからんが公爵家の娘がメイドに混じって働くってのはなんつーかこう色々と問題があると思うんだけどよ!?」
「冗談かもよ?」
「どっちだよ!?」
「剣さんはどっちがいい?」
「冗談の方が嬉しいな。精神衛生的に」
「「じゃあ冗談じゃないわ」」
「二人揃って言うんじゃねえよってか『じゃあ』ってなんだよ『じゃあ』って!」
「赤い彗星を駆る彼かしら?」
「誰だよ!?」
「勇者王の敵の一人ね」
「もっと誰だよ!?」
「自分で言っておいてあれだけど、私は知らないわ。カティは知ってるかしら?」
「さあ? と言うか『ユウシャオウ』ってなんなのかしら?」
「言った本人の娘っ子達もわからねえのにわかる奴が居るわけねえだろ!?」
「「それもそうね」」
「あ゛ー……疲れる」
私とカティの連続ボケが終わり、デルフリンガーが疲れたように小さく呟いて引っ込んだ。そうしている間にシエスタも自分のノルマを終わらせたらしく、目を閉じての瞑想に移行している。
ちなみにルイズはエレオノール様から逃げ回り、屋敷の敷地内をかなりの速度で走っている。
流石に“加速”は使っていないみたいだけど、それでも数ヵ月間走り回ったりして鍛えたルイズは瞬動術を使って床も壁も天井も足場にして跳ね回りながら逃げ続けている。
……母様に見つかったらお説教されるだろうけど、頑張って逃げ回ってね? 私達はのんびり見てるから。