side シエスタ
敵にはどうやら視角でも聴覚でも気配でもなく相手の姿を捉える事ができる者がいるらしい。食堂に潜り込んだメイドの一人から、そんな情報が入った。
なんでも、音は心音と微かな呼吸音のみ、姿は鏡や窓に映っていないし直接見られてもいない状態で声をかけられ、金属製のメイスのような杖から炎を出してきたらしい。
ついでに捕まっている中にミス・モンモランシとミス・ロッタの姿はあったが、二人でなにやらこっそりと画策しているようで心配はないようだ。
さて、そうなると気になるのは食堂にいないミス・タバサとミス・ツェルプストー。捕まっていないのは確定だとして、いったいどこに居るのやら。
と、そこで必用な情報を集め終えた私達は行動を開始する。人数は私達の方が圧倒的に上。投擲武器としてミス・ロングビルに作っていただいた小さな鉛の球を全員が持っていて、決定打にはならなくても不意打ちには十分。
手甲脚甲を着けた私と、手甲のみを着けた他のメイド達。恐らく最も強い相手だろう白髪の男は私が倒し、他の傭兵達はメイド達が相手をする。
一番の目標は、人質を無傷のまま奪還すること。そして敵を排除すること。その二つ。
それじゃあ、トリステイン魔法学院のメイドの底力を見せてあげましょう。ついでにこれが普段メイド達に無体を働く貴族様方に対する牽制となってくれれば言うことは無いんですけど。
side モンモランシー
……ふと、嫌な予感がして目が覚めた。なんだか悪意が私たちを狙っているような、そんな小さな予感。
気のせいであることを願いながらも私はこんな時のために作っておいた色々危ない秘薬と、見た目だけはそっくりな私の杖のダミーを懐に入れておく。
それだけ準備してから夜遅くまで秘薬を作っていたように装いながら椅子に座ってうとうとしていたら……突然ドアが開かれて見知らぬ男が立っていた。手には杖を持っていて、真っ直ぐ私に向けられている。
「杖をよこして付いてきな。命が惜しかったらな」
…………よくわからないけれど、とりあえず男にダミーの杖を渡して後をついていく。男の後ろにはすでに何人もの生徒が居て、ぞろぞろとついていっている。全員杖を奪われたらしいのであまりいい相手ではなさそうだけれど……と言うところでケティを見付けた。
ケティもどうやらこれに気付いていたらしく、他の娘たちと違って寝間着ではなく、私と同じように学院の制服を着ている。
……無言で袖の中に隠していた杖を見せると、ケティも同じように靴下に差し込んで隠していたらしい杖を見せる。お互い考えることは大体同じみたいね。
そのままこっそりと目立たないように近付いて行き、同じく目立たないように香水の瓶に入った硫黄を渡す。私の分はあのシエスタと言うメイドから不純物が混ざっている分お安く買った水の精霊の涙から作った危ない薬がいくつかあるので全く問題ない。と言うか、この硫黄はケティが買ってきたのを私が保存していただけでもあるし。
こうしてお互いに戦力を増した私とケティは、傭兵らしき男に連れられて食堂に集められた。残っていた生徒と教師の殆どが集められているけれど……キュルケとタバサの姿は無い。
同じようにコルベール先生とメイド達の姿も無いから何となく放っておいても大丈夫そうな気がしてきたけれど……まあ、用心するに越したことはないわよね。
ちょっと危ない麻痺薬の蓋を開けて、小さく呪文を唱えて小さな針を何本も作る。触れただけなら大丈夫だけど、身体の中に入ったら一瓶でドラゴンの心臓すら止めかねない強力極まりない麻痺薬。これに刺されたら人間ならほぼ確実に無力化できる。
……はず。多分。相手がレア様じゃなければ。
…………まあ、レア様は規格外だから置いておくとして……こうして作った水の針は暫く隠しておく。使うのは、何か状況に動きがあった時。
私の隣ではケティがぽそぽそと小さく呪文を唱えて硫黄から全く別の秘薬を“錬金”している。火薬の原料としての共通点からあっという間に変質したその液体は、レア様が言うには『にとろぐりせりん』と言う名前のとても強力な爆薬らしい。
ただ、僅かな衝撃でも起爆してしまうため普段はけして使えないのだけれど……今は傭兵の一人が五月蝿い生徒達を黙らせてくれたお陰で使うことができる。
この『火』と『水』の力が混ざったような爆薬は、なんと液体であるがゆえに水メイジと相性がよく、火薬であるがゆえに火メイジとも相性がいいと言う特別製。もしもこれをアカデミーに提出したら、確実に凄いことになるだろう。
そんな貴重な秘薬を、ケティはゆっくりと小さな水滴のような形にしたまま床を転がす。転がっているなら爆発はしないし、ここは食堂なので多少水滴が転がっていたところで誰一人として気には止めないだろう。
……この食堂を掃除している、メイド達以外には。
そこで突然外から大声が響く。どうやら銃士隊が何かしているようだけれど……一個中隊とはまた大きく出たものね。
けれど、そのお陰でどうやら隙はできたらしい。ほぼ全員の視線が食堂の出入り口に注がれた瞬間に、外にいたらしいタバサが窓からひょこっと顔を出す。
そして無言のまま目で会話。何度も杖を合わせた相手だし、何度も杖先を揃えた相手でもある。このくらいは簡単にできる。
───準備はできた。これから踏み込む。ただ、メイド達から目が見えない代わりに何か別のもので回りを見ている者が居ると言う話を聞いた。
───師範代達は?
───扉を吹き飛ばして目を引くのが私達の役目。彼女達はその隙に踏み込んで無力化させる。
───了解。不測の事態には私たちも対応する。
そこまで話したら、タバサは現れたときと同じようにぱぱっと姿を消した。
どうやら私達の準備は無駄にはならなさそうだと思いながら、こっそりと溜め息をつく。
……学院って、いったいいつからこんなに戦闘民族が増えたのかしらね? 私もその一員とは言え、流石にびっくりだわ。
そう考えながら、髪より細く針より鋭い水の針の狙いをゆっくりと定めていく。
さあ、いつでも来なさい!
私とケティは気付かれないように杖に触れながら、自分で気合いを入れるのだった。