side 織斑ルイズ
ウェストウッド村に厄介になるようになってからそこそこの時間が過ぎ、ウェストウッド村に竈やら暖房やら小さな運河やら粉挽き用の小さな水車やらが出来上がった頃のこと。何故か、この村に少し前に見たことのある相手がやって来た。
確か、名前はアニエス・ド・ミラン。今や女王となった姫様の近衛の一つである銃士隊の隊長を務めていて、ついでに何故か常にピリピリとした空気を纏っている女騎士。今はシュヴァリエ位を受けた貴族だが、元はただの平民。よくわからないけれど、自分の故郷の村を焼いた相手を殺すために生きていると豪語していた復讐者……だったはず。
その騎士アニエスが、いったいどうしてまたこんなところに?
「……貴女を探せと、女王陛下より命を受けております。……カトレア様」
私の事を『カトレア』と呼んだ騎士アニエスは、私の前に跪く。若干固い礼だけど、個人的にはこのくらいでも十分だと思うのよね。一応わかるし、使えるもの。
「どうかお戻りください、トリステインまで。陛下も妹君も、貴女様のご帰還を心よりお待ちしておられます」
そのままアニエスは深々と頭を下げた。けれど私はどこの誰に頭を下げられようと関係無い。私は私の道を行く。
少なくとも、この世界の人間に頼まれたくらいじゃあ私の行く道を阻むことはできないし、私自身も阻ませる気は無い。特に私にとって大切でも何でもない相手の言葉じゃ動く気にもならないしね。
そう言うわけで、私は首を横に振る。まだ、トリステインに行くわけにはいかないと。
確かに戦争は終わった。クロムウェルは私がばら蒔いておいた火石の爆発に巻き込まれて跡形もなく消滅し、水の精霊より奪還を頼まれた『アンドバリの指輪』も取り返すことができた。それどころか、アルビオンに伝わる『始祖のオルゴール』と『風のルビー』すら手に入り、これ以上を求めるのは確実に欲の皮の張ったごうつくばりだと言い切れるような状況にあっても……私にはまだ求めるものがある。
それを手に入れるには時間が必要で、それを手にするには行動に移すことが必要で、それはもしかしたらすぐにでも永遠に失ってしまう可能性がある。となれば当然すぐにでも行ってそれを整える必要がある。
私が欲しいと思う物、それは……アルビオンの虚無の担い手の信用。信頼が欲しいとか贅沢は言わないけれど、せめてある程度頼る……までは行かなくとも利用するくらいのことはしてほしい。あわよくば少しでいいから頼ることをして欲しいとも思う。
実のところその願いだけならとっくに叶えられているのだけれど、私はまだやりたいことがある。
例えばそれはテファに“忘却”だけでなく他の魔法を覚えてもらう事とか、フーケにここの事を伝えて『テファは戦争に巻き込まれたりしてませんよ』と教えて安心してもらう事とか、子供でもできる簡単な内職(具体的には針仕事とか)を斡旋して一応自分達でも稼ぐことができるようにしてあげたりとか……まあ、色々ある。
だから私は頭を下げている騎士アニエスに向けて笑顔を浮かべ……
「あと一週間くらいはここで趣味の物作りでもしていたいので、どうせなら一週間ほど御一緒しませんか?」
「む……い、いや、それは……」
慌てる騎士アニエスから視線を移し、この村の代表であるテファに話しかける。
「……勝手にそんなことを言っちゃったけれど、大丈夫かしら?」
「……はい。食べ物はレアさんがたくさん持ってきてくれたから大丈夫ですけど……」
そう言うテファはなんだか少し不安そうに、帽子を目深に被り直す。……ああ、そう言えばこの世界だとエルフやハーフエルフなんかの亜人に対する差別や忌避感が凄いんだっけ。私の世界では私とジョゼフが力尽くで解決してから随分長い時間過ごしてたから意識に上ることすら無かったわ。
やれやれ、本当に宗教って言うのは面倒よね。態々敵対しなくてもいい相手もいるのに、種族や思想の違いがあるってだけで簡単に敵対し、戦うんだから。
少なくともこの世界の宗教なんて心の拠り所以上の役目は無いんだから、拠り所は拠り所らしくただそこにあって佇んでいればいいのに。
まあ、始祖ブリミルなんて言っても所詮は祀り上げられただけのただの人間にすぎないんだから、自分のことでこんなことになるなんて予想もしてなかったんでしょうね。
自分の子孫と弟子の系譜が、自分のためと言いながらこれだけの悪逆非道を繰り返しているんだから……もしも始祖ブリミルが見てたら色々絶望するか……あるいは狂人らしく喜ぶか……。
一応会ったことのある身としては、なんだか絶望して発狂しちゃいそうな気がするわね。そして初代ガンダールヴにぶん殴られて正気を取り戻し、なんとかしようと頑張って……ってところかしらね。なんでもいいけど。
とりあえず狼狽えているように見える騎士アニエスに視線を向け直し、小声で高速詠唱を行う。使うのは思考を読む魔法。これで騎士アニエスが何を思い、何を感じ、何を考えるのかがわかるようになった。
そのままの状態でいくつか質問を繰り返し、その答えによって後の事を決めよう。
「まあ、焦ったところで貴女の探し人が見付かるわけでもなし、少しゆっくりしていきなさいな」
「しかし、」
「ところで貴女、なにか食べられないものはある? ニンジンとか」
「私はそこまで子供ではありません!と言うか何の話ですか!」
「テファ、今夜はパンと野菜たっぷりのシチューでいいかしら?」
「私の話は無視ですか!?」
「はい、それじゃあ今から準備しておきますね♪ お口の中でふわっと蕩けて消えちゃうくらいに柔らかく煮込んだお野菜とお肉のシチュー♪」
「そっちの娘も私を無視するな!と言うかエルフだと!? 大丈夫なのか!?」
「私とエルフとどっちが危ないでしょうか?」
「知るかっ!」
「テファ。この人は大丈夫みたいよ?」
「そうなんですか? ……よかった」
「何が大丈夫なのか理解できないのが怖いんだが!? 誰かまともな奴はいないのか!?」
「……騎士の娘っ子よい。お前さんも災難だとは思うが……諦めてくれや」
「……私の理解者がまさか剣とは……」
デルフリンガーに慰められた騎士アニエスは、その場で両手両膝をついて落ち込み始めた。彼女にいったい何があったのかは知らないけれど、頑張って?
私は落ち込む騎士アニエスに心の中でエールを送り、料理を作りにパタパタと走っていくテファの後を追って歩き始めた。
結局流されたアニエスさんは、レアさんにぶん回されながらもこの村でしばらくお休みを取ることになりましたとさ。
……と言うか、エルフと比べてどちらが危ないかという問いに即座に「知るか」と答えられるアニエスさんwwww