side 織斑ルイズ
騎士アニエスがしばらくこの村で休息を取ることになってからまた数日。騎士アニエスはなんでか両手と両膝を地面に押し付けているけれど、いったい何があったのかしら?
「なんでも、騎士としてメイジの相棒に剣で負けたのがきつかったんだとよ」
「? 負けるって……料理でも銃の腕でも槍の扱いでも走り込みの体力勝負でも体術でも腕力でも素早さでも胸でも器用さでも負けっぱなしだし、剣の腕で負けたところでそれこそ今更じゃない」
「ぐはぁっ!?」
「うぉぉぉい騎士の娘っ子!傷は浅くはねえが致命傷じゃねえ!おめえなら大丈夫だろ!?」
「ついでに体重は私の方が軽いし腰周りは私の方が細いし夜目も私の方が効くし弁舌も私の方が立つけどね」
「ごべはぁっ!?」
「騎士の娘っ子ぉぉぉぉぉぉ!!」
「あ、またアニエスさん倒れちゃったんですね。……よいしょ……っと」
「エルフの娘っ子はなんでそんな落ち着いてんだよ!? 初めのうちはいつもアワアワ慌ててたじゃねえかよ!? ってか鎧装備してねえにしろ人間一人軽々と持ち上げてやがるし!?」
「私、山育ちで鍛えてますから」
「そういう話じゃねえからな!?」
デルフリンガーと騎士アニエスは、この数日で随分と仲良くなった。いったいどうしてこれだけ仲良くなれたのかはわからないけれど、デルフリンガーに聞いてみたら私のお陰らしい。どういうことかしらね?
「文字通りの意味だよ相棒。相棒に振り回されるもの同士のシンパシーって奴だ」
「つまり、私はこのままでいいってことね?」
「…………そういうことでいいよもう」
「ちょ、デルフリンガー!ちょっと来い!」
いつの間にか復活していた騎士アニエスが私の腰からデルフリンガーを引っこ抜いていく。
それから少し離れたところでぼそぼそとデルフリンガーと話を始めた。
…………えっと、なになに……?
「馬鹿かお前は!? どうしてミス・カトレアに『そのままでいい』等と言ったのだ!?」(ヒソヒソ)
「じゃあ何て言えっつーんだよ!」(ヒソヒソ)
「そんなもの、『もう少し大人しくした方がいいんじゃないか?』でも『やりすぎを自覚しろ』でもいいだろうが!なぜよりにもよって『そのままでいい』等と……」(ヒソヒソ)
「……騎士の娘っ子よう。相棒はあれでも押さえてて、自重もしてるつもりなんだぜ?」(ヒソヒソ)
「…………なん……だと……?」
「……まあ、そう言うわけだ。これ以上に押さえさせたら……爆発した時大変だぜ? 押さえきれんのか?」(ヒソヒソ)
そこでデルフリンガーと騎士アニエスの視線がこっちに向いたので、とりあえず笑顔のまま首を傾げてみた。
すると即座にデルフリンガーと騎士アニエスは私から視線を逸らしてお互いに見つめ合い、またこそこそと話を続ける。
「……無理だ。私にミス・カトレアは止められん。今のですら止められそうにないのに、あれが更に酷くなったら……」(ヒソヒソ)
「……だろ?」(ヒソヒソ)
……ちょっと失礼じゃない? 私はこの世界に喚ばれ招かれてから、遊ぶことと自分の鍛練以外に本気になったことなんて無いわよ?
デルフリンガーにだって底を見せたことが無いんだから、貴女達に想像できるわけがないじゃない。
……よし、ミートパイを焼こう。
「最近の相棒の言葉に繋がりが見えねえんだけど」
「あらやだ、ちゃんと繋がってるわよ?」
なんだか馬鹿にされた→ちょっとムカつく→挽き肉にしてやろう→もったいないからハンバーグの種に……→子供たちが肉の味を覚えちゃうかも→じゃあミートパイにしよう。竈もあるし?
「ほら繋がった」
「騎士の娘っ子、ここは俺に任せて逃げろ!俺は剣だ、負けても食われることはねえが、騎士の娘っ子は違うだろ!」
「くっ……すまん!」
そう言って騎士アニエスは脱兎のごとく走り出す。けれど、騎士アニエスは一つ大切なことを忘れている。
「知らないの? 私からは早々逃げられない」
「キァァァァァァァァ!!」
そう言うわけで、“加速”した私から逃げ切れると思う方がおかしい。空間転移されたり時空の壁を挟んでいたりするなら別だけど、そう言うことがないんなら私から逃げ切れるのはイチカかジョゼフくらいだったもの。
……私の居た世界では、の話だけど。
「冗談だから安心しなさい。ミンチにして食べたりしないわよ。人肉のミートパイなんて食べても美味しくなさそうだし、下手したら屠殺の時に上げる悲鳴や断末摩で子供達にトラウマ植え付けちゃうかもしれないもの」
「嬉しくないがありがたい話だな!可能ならそういった冗談は慎んでくれると更に助かるのだが!」
「気が向いたら考えるだけはしておくわ」
文字通り考えるだけで、多分と言うかまず間違いなく実行には移されないでしょうけど……まあ、考えるだけとしか言ってないし、嘘ではないから構わないわよね。
約束は破らないでいいと思えるうちは破らないでおく。それが私の『顔見知り程度の相手に対する約束の価値』だ。
ただ、約束が被ったりしたら私の好みで決めちゃうことが多く、頂点はイチカにあったりする。
と、私は逃げ出そうとしていた騎士アニエスの襟首を掴み、引っ張って歩く。突然軽くなったりはしていないので、多分変わり身とか空蝉とかはされていない。
デルフリンガーはできれば人化したくない人化できる剣で、私が風の精霊に頼んで半々の確率で男女が決まっちゃう……とか言いつつ実際には普通に女になるように頼んであったりする。だからデルフリンガーは大体の事じゃ動かない。
ちなみに、人化したデルフリンガーはかなりの美人さんだったりする。可愛い系ではなく美人系で、胸は丁度私の手から若干余るくらい。銀髪に近いけれど若干くすんでいる鋼色とでも言うべき髪をしていて、全身に無駄な肉がほとんどついていない。胸も柔らかい脂肪の下にしっかりとした筋肉が土台として存在しており、実に張りがあって美しい。
ちなみに肌は綺麗な白で瞳は灰色。正に剣といった雰囲気を持つクールビューティとなる。
……で、この外見であの声はないと思った方。ご安心下さい。声もしっかりと女の子の物に変わっています。
女の子にしては若干低め、さらに言葉遣いも少し荒っぽいので、言ってしまえば『磨けば光るスラムの姉御』みたいな状態に。ちょっと無理矢理眠っていてもらって、その時に試してみた結果がそんな感じになった。
……そのあと? 勿論気付かれないうちに元に戻したわよ? なにもしないでね?
寝込みを襲っても反応が薄くてつまらないし、私が魔法で眠らせた場合はそれが顕著だしね。
……さてと。それじゃあ猪肉でミートパイでも作ろうかしらね。