side デルフリンガー
ある日、俺はこっそりとやってみた事がある。普段はずっと俺を腰元に持っている相棒が、なぜかその日には俺を鞘ごと部屋においていった。
珍しいこともあるもんだと思ってたが、最近はずっと相棒と話をしたりしながら過ごしていたから寂しくて仕方がない。
……だから、きっと魔が差したんだろう。じゃなかったら、俺がこんなことをするわけがねえ。
鏡の中には見たことのない女がいる。鏡の女は俺のことを覗き込んでいて、その灰色の瞳が俺のことをじっと見つめ続けていた。
俺の刃と同じような鋼色の髪に、俺の柄と同じような白い肌。鞘と同じような色の革製の薄いスーツが体にぴったりと張り付いていて、娘っ子以上メイドの娘っ子以下、騎士の娘っ子程度の身体のラインが綺麗に出ている。
俺が頬を触れてみたら、鏡の中の娘っ子も同じように頬を指先で触る。ぷにぷにとつついてみれば、同じようにつつく。
…………これが、俺?
鏡に映る自分の姿が信じられず、何度も何度も目を擦る。けれど俺の姿は変わることなくそこにあり、この女が俺だと言うことを無理矢理にでも理解させようとする。と言うか、理解させられた。
…………相棒には絶対見せらんねえ……もし相棒に見せちまったら俺は……一人称が『私』になるような体験をさせられちまうかもしれねえ!そんなんは御免だ!
「あら、そうなの?」
ピシリ……と、背筋に寒気が走る。身体がカタカタと勝手に震え、かつてない危機にさらされた俺はゆっくりと声の聞こえた方……部屋の入り口に視線を向ける。
……そこには俺の予想した通り、普段の笑みをさらに深めた……まるで肉食獣のような笑みを浮かべた相棒がそこに立っていた。
「あら、あら、あら……随分可愛い姿じゃないの、デルフリンガー?」
「あ……ああ、俺もびっくりだよ……」
ゆっくりと扉から離れ、俺に近づいてくる相棒から少しでも離れようとして俺は後ずさる。鏡を見ていた体勢があまりよくなく、場所も部屋の端に近かったせいですぐに俺は部屋の隅に追い詰められちまった。
「あら? ねえ、デルフリンガー?」
「な……なん、だよ」
できるだけいつも通りに返そうとするが、どうしても俺の声は震えちまう。俺より少し頭が下にある相棒から逃げようと、自分の身体を全力で部屋の隅に押し込もうとする。
だが、どうしても相棒からは逃げられそうにない。気が付いたら相棒は、深い笑顔を浮かべながら俺の目の前にまで迫ってきていた。
「……切れ長のつり目に涙を浮かべて、凛々しげな表情を怯えの色に染めて、私より大きな身体を小動物のように小さくしようとして……」
「ぅ……あ……や、やめろぉ……」
相棒は、俺の髪を指先で拾って弄ぶ。そのまま俺の顎先に指を伸ばしてきて、親指と人差し指で顎をつまんで俺の視線を相棒に向けさせた。
「弱々しく拒否しようとする低めの声も、唇を震わせて、必死に立っていようとしながら崩れ落ちそうなほどにその脚を震わせているその姿……」
「なっ……あ、相棒、どこさわって……ゃ……やめっ……ろぉ…………」
首筋から唇に相棒の指が移動し、逆の手が俺の太股を撫で回す。ガクガクと膝が震えていたところに突然腿を撫でられ、がくりと腰を下ろしてしまう。
精神的にはともかく、実際には見下ろし続けていた相棒の顔を今度は実際に見上げるようになる上に、腰を下ろしてしまっては……もう絶対に、相棒からは逃げられない。
相棒はにっこりと深い笑みを浮かべたまま俺の腰に跨がるようにして座り、俺の動きを押さえ込む。最初は俺の顎に手をあてがいながら立っていた筈が、一瞬背中に気を向けて意識を戻した時にはもうその状態って……なんだ? 相棒はどうやってそんなことやってんだ?
……ってか、なんで俺はこんなに冷静に考え事してんだよ? 意識の大半はもう相棒に襲われててピンチってことばっかで行動しようとしてもできねえし、一部はなんか相棒は顔が綺麗だとか睫毛長いとかそんなことばっか考えてて……生娘かっ!……生娘だったなそういや。
「……デルフリンガー。あなたは本当に……綺麗ね」
「ぁ……あぃ……ぼぅ…………」
……って!ちげえだろオイ!? 何が『ぁ……あぃ……ぼぅ…………』だよ!? ってこら俺目を閉じてんじゃねえよなにされっかわかんねえんだぞ相手は相棒だぞコラ!? おいほらなんか近づいて来てんぞ目ぇ開けて逃げろ暴れろ頼むいやいや待てよ相棒俺は剣だぞ剣!無機物相手にそれはかなりっておい俺なんで頬染めてんだよ嬉しそうにしてんじゃねえよいつの間にかなんか俺の中に俺じゃない俺ができてんだがどういうこったってこれも相棒の仕業だろ絶対そうだろそうに決まってるじゃなかったら俺の中にこんなのができるわけがねえしそれ以前になんか相棒にそういう事をされるのが楽しみだと思うこともありえねえしだからやめろ相棒それをされたら俺が俺じゃなくなる俺が剣じゃなくなっちまうからやめてくれ頼む本当にそれはそれだけは────
side 織斑ルイズ
……と、一通りデルフリンガーの葛藤を楽しんだ私は、デルフリンガーが自分の意思で人型になったらやろうと決めていたことを実行するために、魔法を使う。
使う魔法は“ブレイド”。私の手首を血が溢れる程度に切り、手から指へと伝った血が、混乱して様々な事を同時に考えすぎて固まっているデルフリンガーの口に消えていく。
「んっ……ん…………ん? ……ッ!?」
「騒いじゃ駄目よ、デルフリンガー」
「ぅむうっ!?」
私の指を舌に絡ませていたデルフリンガーは、流石に血が口に入った瞬間にその事に気付いて混乱した精神を一度に吹き飛ばして復帰した。
けれど騒がれたら色々バレちゃうので舌を人差し指と中指の二本で押さえ込んで黙らせる。パタパタと脚が動いているが、その辺りは無視。ほんと、“サイレント”って便利よね。私のは精霊に頼んでるからちょっと違うけど、効果はほとんど変わらない。
「今から説明してあげるから、ちょっと静かになさい」
「ぅむ、む、ぅ……」
するとデルフリンガーは静かになり、ようやく話ができる態勢が整った。
確かに不意打ちでこれをやったのはちょっと不味かったかもしれないけれど、それは全く欠片もほんの少しも芥子粒ほども後悔もしていないし反省もしていない。
……さて、それはそれとして……なにから説明しましょうか。