side 織斑ルイズ
やることがなくなってしまい、暇になった私はふとあることを思い出す。今は夜だけれど、恐らくあれは私が行ったら目覚めるだろう。何しろあれは面白いことが大好きのはずだし、ついでに言うなら突然警備が厳重な寝室に入り込まれたら確実に喜ぶだろう。
朝まで時間はまだまだある。ルイズとシエスタは寝かし付けてきたし、私も少し寝たから魔力は最大値まで回復している。行動するにはいい夜だ。
杖を取りだし、唱える呪文は“探知”。距離と転移場所近辺の状況を理解し、転移する場所に何もないことを確認。それから本命である“瞬間移動”を唱える。
距離が距離なのでそれなりに長い詠唱が必要ではあるが、この程度なら地下の風石の鉱脈の一部をアンダーグラウンドサーチライト内に“呼び寄せ”る方が大変だった。
一応あの地下は土の精霊に頼んで埋めておいてもらったけど、ガリアに行ったらまた風石を貰ってこようと思う。土の精霊が地下の風石に押されて少し弱っているみたいだから、持っていっちゃっても問題ないわよね?
「……問題無いって言っていいのかそれ?」
いいのよ。私個人には大して被害はないんだから。
……と、必要だろうと思われるところまで唱えて杖を振る。すると私の目の前の空間が一瞬にして別の物に変わり…………私はガリアの王宮であるグラン・トロワに移動していた。
……よし、成功。じゃあ行きますか。
side ジョゼフ・ド・ガリア
「おはようございます」
そんな声と共に体に衝撃が走り、俺の体がベッドの上から転がり落ちる。床に体を叩きつける前に上手く体を跳ね起こして着地することはできたが、目の前には見知らぬ女が一人、内の読めぬ笑顔を浮かべて立っていた。
その女は俺の意識が自分に向いたことを確認すると、着ている付き人の服の裾をつまんで見た目だけは恭しく頭を下げる。
「初めまして、あるいはお久し振り。私はレア、小粋でお茶目な魔法使いです。夜分遅くに申し訳ありませんが、少し私の話に耳を傾けてみる気はございませんか?」
「……ふん。この無能王にいったい何の話があると?」
「貴方の知らぬ話ですよ、ジョゼフ王」
浮かべられた胡散臭い笑顔を見つつ、俺は落とされたベッドに座る。それでどうやらこちらの意思は伝わったらしく、胡散臭い笑みが更に深いものとなっていくのがわかる。
「どうやら聞いていただけるようですね。……それでは、まず大前提の話からいたしましょう。…………ジョゼフ王。レコン・キスタをクロムウェルに与えたのは貴方ですね?」
「ああ」
驚くようなことでも隠すようなことでもないことを肯定する。ここまで誰にも知られずに入り込むことができるのならば、その程度の情報を得るのは容易いことだろう。
それに、この女は大前提の話としてそれを言った。つまり、それをしたのが俺だと言う確信を得ているわけだ。
「それで、その根本の原因は『泣けなくなった』こと……ひいては弟君を毒矢で暗殺したことと関連がございましょう? もう一度、自分の心を空虚以外の何かで埋め尽くしたいと、そう考えておられますね? それこそ、歓喜や悦楽以外にも、悲哀、憤怒、絶望……そのような暗いものでもいいと」
………………これは、なんだ? 人の形をしているが、本当に人か?
「……お前は、何だ?」
俺の問いに、その女は変わらぬ笑みを浮かべたままに答える。
「それではもう一度。私はレア。小粋でお茶目な魔法使いで、知ってることならなんでも知ってる一般的なメイドです」
そしてその女……レアはもう一度、着ていた侍女服の裾をつまんで頭を下げた。
「……それで、その一般的なメイドはこの無能王にいったい何の話があるのだ?」
「信じるも信じないも陛下の自由ですが、ちょっとばかり共犯者が欲しくてですね。そのための説得と報酬についてのお話に来たんですよ」
そう言いながらどこからか杖を取り出したその女は、内の読めぬ笑みを深めながら俺に杖を向けた。
「ちなみに報酬は前払いです。満足いただければ是非協力してくださいな」
理解できない速度で女が呪文を唱える。その呪文は一瞬ながらどこかで聞いたことがあるような雰囲気があり、俺はその女もまた俺と同じ『虚無の担い手』であることを理解した。
そして俺は見た。俺の填めていた『土のルビー』に残されていた、かつての弟の慟哭を。俺がいつの日も望み続けていた、シャルルの悔しがる顔を。
……ああ、満足だ。ただただ、満足だ。
俺の中にもう虚無は無い。シャルルに対する妄執染みた幻想も、全てが溶けて無くなった。
「……いかがでしたか、陛下」
読めぬ笑みを浮かべたままの女が語りかけてくる。俺はその女に向けて、心からの言葉を返す。
「ああ、最高の気分だ」
「それはようございました」
いつの間にか杖を手の中から失せさせた女は、何事もなかったかのようにそこに立っている。
「それでは、私の共犯者となっていただきます。構いませんね?」
「ああ、構わん」
「では説明させていただきます。……その前に、ミョズニトニルンは? 彼女の協力も頂きたいのですが」
「なるほど。少し待て」
枕元の人形を取り、新しくミューズが持っていった通信用の人形に繋げる。何故か妙に嬉しそうだと言われたが、事実嬉しいのだから仕方がない。うむ、仕方がない。
それでミューズを呼び出したのだが、何故かミューズはレアに随分と敵対的だ。まるで親の敵でも見るかのような目でレアを睨み付け、レアはレアでそんなミューズを見ながら変わらぬ笑顔を浮かべている。
……さて、虚無の担い手であるレアの頼みとは、いったいどれだけ大きい話なのか……。
「さて、人が揃ったところで話し合いをしましょうか。ロマリアがいるお陰で面倒だからブリミル教を断絶させる方法について」
予想以上に大きなことだった。まさか大陸に喧嘩を売りに行くとは……流石に予想外が過ぎる。ミューズもポカンとしているし、これに驚いたのは俺だけではないと言うことが証明された。
「まあ、大体は元々陛下の考えていた内容をなぞって行くことにして……最後にはブリミル教を知る者がこの世界に存在しなくなるのが理想ね」
「方法はどうする? ロマリアを落としたところでブリミル教は終わらんぞ」
レアは俺の問いににっこりという笑みからニヤリという黒い笑みに表情を変え、それから言った。
「全世界を相手に戦争を起こして、“忘却”を使って集まった王族貴族平民全てからブリミル教に関しての記憶を奪うわ」