ゼロの使い魔 ~ほんとはただ寝たいだけ~   作:真暇 日間

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長くなってきたので纏めていきます。


001~010

 

001

 

 

 

 

side out

 

ここはトリステイン魔法学園。貴族として生まれた少年少女達が魔法を学び、学園生活中に様々なコネを結び、立派な貴族として成長していくためにある(筈の)学園である。

本日はその学園の、記念すべき新学期初日。春麗らかなその日に、

 

ズドォォォォンッ!!

 

……派手な爆音が響き渡り、大気がビリビリと振動する。

その爆心地のほど近くに居るのは桃色の髪をした少女が一人と、その少女と似たような服を着ている少年少女達。目の前で爆発が起きていると言うのに、何故か誰もが慌てた様子が無い。

 

「おいゼロのルイズ!いい加減にしてくれよ!草一本生えない荒野でも作りたいのか?」

「流石は魔法成功率ゼロ!今回もこんなに連続して失敗するなんて!」

「うるっさい!」

 

囃し立てられているピンクブロンドの少女は、飛んでくる野次に向けて噛みつき返す。

そしてもう一度杖を構え、初めから呪文を唱え始める。

 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン、我が運命に導かれし使い魔を召喚せよ!」

 

呪文を唱えて杖を降り下ろし……そして再び爆音が響く。爆発に巻き込まれて土煙が上がり、周囲から笑い声が上がる。

土まみれになった少女……ルイズは顔を真っ赤にしながらもう一度呪文を唱えようと杖を構え……そして気付く。

 

土煙の中に光のゲートが開いている。きらきらと白色に輝くそれはしばらく何もないまま空中に浮いていたが、土煙が完全に収まったころ、その中から何かを吐き出して消え去った。

ルイズがその何かに近付いていく。もう綺麗だったり格好良かったり強かったりなんて事は求めないから、お願いだから私に使い魔を呼び出させて欲しいと願った結果に現れたそれは……全身を黒いローブに包んだ人間だった。

 

 

 

 

 

side ルイズ・ラ・ヴァリエール

 

……誰よ?

 

黒いローブを着たまま横向きに倒れている誰かに近づいて私が初めて思ったのは、そんな言葉だった。

確かに私は格好よくなくても、綺麗じゃなくても、強くなくても良いとは思った。だけど、何だかわからないような使い魔なんて求めていない。

しかも、幻獣どころかただの獣ですらない人間だ。使い魔にしたところでいったい何の役に立つのか問い詰めたいけれど……今はそれよりもやらなくちゃいけない事がある。

 

「先生!召喚をやり直させてください!」

 

私に何度も召喚をさせてくれた先生に向き直り、頼み込む。人間が使い魔だなんて聞いたこともないし、こんな訳のわからない奴が使い魔だなんて……。

 

けれど、コルベール先生は首を縦には振ってくれなかった。

 

「それはダメだ、ミス・ヴァリエール。この使い魔召喚は神聖な儀式なのだ。やり直しは認められない」

「でも人間を使い魔にするなんて聞いたこと有りません!」

 

そう言っても、先生はけして首を縦に振ろうとはしない。どうしても私はこのよくわからないのと契約を……キスをしなくちゃいけないらしい。

 

……と言うかこの使い魔はなんで倒れてるのよ!

そう思いながら私は倒れたままのその使い魔のところに歩いていって、それから黒のローブに隠れているその顔を…………え?

 

黒いローブをめくりあげてみれば、そこにあったのは私そっくりのピンクブロンドの髪と優しそうな寝顔。とても見慣れたその顔は…………

 

「……ちいねえさま?」

 

私が大好きな、ちいねえさまだった。

 

「ん……んぅ……」

「ち、ちいねえさま!」

 

真っ黒いローブを着ているちいねえさまが、むくっと起き上がる。眠たそうに片目を擦りながら起きたちいねえさまは、何がなんだかわかっていないかのように周囲を見渡した。

 

「………………ああ、トリステイン魔法学院ね……そして……」

 

ちいねえさまは私の姿を見て、軽く首をかしげる。その表情は普段の笑顔ではなく、どこか不思議なものを見る子供のような表情で……。

 

「あ、あの……ちいねえさま……?」

「……ああ、やっぱりルイズなのね? 久し振り」

 

にっこりと普段通りの笑顔を浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

side 織斑ルイズ

 

目が覚めたら、なぜか私は草原に居た。イチカと一緒の心地よい場所でなく、春麗らかと言うべき季節の草原に。

そして私の隣には、なぜか昔の私が私を心配そうな目で見つめている。

 

……どういう状況なのかしら?

 

周りを見てみると、一時期とてもよく見ていた制服を来た人の群れと、火の魔法が得意な……コルベーヌ先生……だったかしら? よく覚えてないのよね。

 

「あ、あの……ちいねえさま……?」

 

…………ああ、そう言えば私とカティ姉様はよく似ているんだったわね。だからこうして『私』は……ルイズは私を心配そうな目で見ているのね。

そう言えばこの頃のカティ姉様はまだご病気で、外出なんてとてもとてもできるような状態じゃなかったんだっけ。

 

昔の事をゆっくりと思い出しつつ、私はよくジョゼフやイザベラに向けていた笑顔を浮かべ、目の前に居る昔の私の名を呼んだ。

 

「……ああ、やっぱりルイズなのね? 久し振り」

 

私のその言葉を聞いて、ルイズはほっと安堵の溜め息をついた。

 

……どうなっているのかはわからないけれど、とりあえず少しの間はここで生活しましょうか。

イチカの居るあの世界……イチカやチフユ義姉様は【英霊の座】と呼んでいたそこに帰るまでどれだけかかるかはわからないけれど、この身にイチカへの愛がある限り、絶対にいつかイチカの元へと辿り着けるはず。

幸い、始祖の祈祷書と土のルビー、そして私の杖は無くなっていないようだし、きっとなんとかなるでしょう。

……と言うか、なんとかするわ。

 

私はそうして意思を固めながら、半泣きになっているルイズの頭をよしよしと撫でてあげるのだった。

 

 

 

 

 

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002

 

 

 

 

 

 

side 織斑ルイズ

 

話を聞いてみると、私は二年生の春の使い魔召喚の場にルイズの使い魔として呼び出されてしまったらしい。

私はここでイチカを呼び出したのだけれど、この世界の私はイチカではなく『イチカから多大な影響を受けた私』を呼び出してしまったらしい。

 

……あの時の私は契約を嫌がるイチカを怒ったが、なるほど確かに契約をされる側からしてみればいい迷惑以外の何物でもない。

非常に生活に困っていたりするならば話は違ってくるのかもしれないけれど、今の私からすれば愛しい人から引き離された挙げ句に一生只働きの奴隷にも等しいような存在になれと言ってくるルイズは単なる害悪以外の何物でもない。

なってみればわかるが、確かにこれはあれだけ罵倒され、おちょくられ、いたずらを仕掛けられても文句は言えないほどに酷い状況だ。むしろ殺されていないだけましだったのかもしれない。

 

そして現在、私は捨てたはずのヴァリエール家の名を名乗り、次女であるカティ姉様として扱われてしまっている。

確かに私は否定はしていないけれど、自分がカティ姉様だと言った覚えはないのだけどね。

 

「……ですから、ちいねえさまはご病気で、使い魔の契約に耐えられるかもわからないような状態で……」

「しかし、使い魔召喚は神聖な儀式で……」

「それでちいねえさまが死んでしまったらどうするおつもりですかっ!」

 

……けれど、こうして病気でもないのに身体の心配をされ続けるって言うのはむず痒いわね。病弱なのはあくまでこちらのカティ姉様であって、私は実に健康体なのだから。

だけど健康体だからと言ってルイズと契約なんてしたくはないし、誰かの使い魔になるなんてもっての他。どうせルイズがヴァリエール家に手紙を出せばわかってしまうことなのだから、さっさと挨拶に行ってしまうのも面白いかもしれない。

 

……『加速』を使えば結構早く着きそうだし、そうでなくとも場所さえわかっていれば瞬間移動で呪文詠唱の時間だけで到着するはず。ほんと、虚無の呪文は生活に便利なのが多いわね。

 

「まあまあルイズ、ここで話すのも不毛だし、とりあえず学院長先生を交えて話をするべきよ。きっと色々と考えてくれるわ。それまでは使い魔については保留と言うことで……ね?」

 

私がそう言うと、ルイズは渋々と引き下がった。イチカと一緒に過ごしていればこのくらいの話術擬きだったら誰でも身につけることができるだろう。

何しろ相手は眠たがりだけど、それ以外にも享楽的で人を玩具にして弄ぶことが大好きなイチカなんだから。それを真似れば本当に簡単。現に今は私がやって見せているわけだしね。

 

にっこりと笑顔を浮かべると、先生の頬が薄紅に染まる。この人って実は結構女癖が悪いって聞いていたけれど、もしかしたらそれは本当かもしれないわね。

正直、その話を聞いた相手が学院長先生だったから半信半疑だったんだけど、もしかしたら本当なのかもしれないと思ってしまった。

……ついでに、見ていて楽しいものじゃないわね。イチカだったらもっと綺麗だと思うけれど、この先生じゃね……。

 

……そうそう、ミスタ・コルベールだったわね。コルベーヌじゃなくてコルベールだったわ。学院を卒業してから会うこともなかったし、名前を呼ぶことなんてそれに輪をかけて無かったものね。完璧に忘れていたわ。

 

「それじゃあルイズ、行きましょう?」

 

私が手を差し出すと、ルイズは笑顔でその手をとって歩き始めた。

……それじゃあ頑張ってみようかしらね。自由を約束された状態で、できれば誰かに命を狙われることのないような人生を送りつつ、イチカの居るところに帰る方法を探していかないと。

やることは沢山あるけれど、一つ一つ終わらせていけばいつの日か望みを叶えることができるはず。イチカとジョゼフに聞いた色々な顛末から、これから大体どんなことが起きるかはわかってる。だけどその後はどうなるかわからないから、とりあえず知識を頼りに進んでいきましょう。

何となくだけれど、ルイズには虚無の力の気配を感じるし、私を呼び出した時に『自分の姉にお願いして来てもらうなんて用意周到だな!そんなに自信が無かったのかよ、ゼロのルイズ!』と言っていたクラスメイトが居たようだし……まず間違いはないでしょうね。

 

イチカの代わりに私が来て、いったいどこまでできるかはわからないけれど、できるだけの事をやっておこうとは思う。時間はたっぷりあるし、広い世界を見て回ることはきっと私の身になるだろうから。

 

私はルイズと手を繋ぎ、ぽかぽかと暖かい春の太陽の下をのんびり歩いて魔法学院へと向かっていった。

 

 

 

━─━─━─━─━─━─

 

 

学院長……オールド・オスマンの居る学院長室に入り、直後に足元にいた鼠を踏み潰す……直前で足を止める。流石に学院長の使い魔を踏み潰すのは不味いだろうし、カティ姉様は動物好きだったからこういうことはしないだろうしね。

 

……でも、こうして使い魔を使ってスカートの中を覗こうとするのはどうかと思うので、軽い警告くらいはしておいても問題は無いはず。

ちなみに私はスカートの下に長めのズボンを履いているから、ハイキックをしてもパンツが見えてしまうようなことにはならなかったりする。

これは魔法と一緒に体術を使えるように練習した結果、足技主体に鍛えたのが無駄にならないようにとイチカがくれたズボンだったりする。

普段は普通の上質な布のような感触なのに、衝撃や斬撃等を受けると瞬時に硬化する特別な布でできたこのズボンは、今着ている黒いローブとお揃いで私のお気に入りだ。

 

「学院長? 使い魔の目で女性の下着を覗くなんて、マナーが無いのではないですか?」

「ほっほっほ、爺の戯れじゃよ」

 

そんな風に言ってきた学院長に向けて、にっこりと怒れるイチカ笑いを浮かべたら、私の近くから鼠が全速力で逃げ出した。

ついでに学院長の額に大量の汗が吹き出始めたけれど、こんな小娘の威圧にまいるオールド・オスマンでは無いはずなので構わず威圧を強め続ける。

 

「……すまんかった。だからどうかやめてくれんかの?」

「小娘のやることです、お気になさらず」

 

にっこり笑顔に殺意を乗せて、三割増しでぶち殺し確定モードに入ります♪

 

……とりあえず、この話し合いが終わるまでは続けるつもりなので悪しからず。

 

 

 

 

 

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003

 

 

 

 

 

 

 

side 織斑ルイズ

 

しばらくの間にっこり笑う事を続け、それから望んだ交渉はすぐに終わりを見せた。

凄まじく精神と体力を削られているオスマンと、むしろ調子のいい私。元々の話術には結構な差があったのだろうけど、残念ながらそれをひっくり返されてしまった形となっている。

 

その結果決まったことは、私とルイズは仮契約と言うことで、ルイズは一応進級することができるということ。

それと私(正確にはカティ姉様)の体調を慮り、実際の契約は病が治った後にするということ。

そして、私はトリステイン魔法学院でルイズの客人として扱われると言うこと。

 

……ついでにセクハラしてきた相手に対する攻撃権や、自衛のために魔法を使う許可も貰った。ルイズはよくわかっていなかったようだけど、暫く一緒に居られると言ったら喜んでいるようだった。

なんだか純粋な子供を騙しているようで、流石になけなしの良心がちょっと痛い。ジョゼフを仕事の海に放り込んだ時も、イザベラに仕事を押し付けてやった時も、ビダーシャルに精力剤を無断で大量に盛った時も良心は痛まなかったのに、こんな時だけどうして痛むのかしらね?

やっぱり世界は違えど私自身が相手だからかもしれないけれど、私にとってはイチカの方がずっと大切なことなので無視することにする。

 

……とりあえず、今晩あたりこっちの世界のカティ姉様に会ってみよう。何となくだけど、カティ姉様ならわかってくれる……と言うか、何でもお見通しにしている気がする。

カティ姉様以外だったら早々無いけど、カティ姉様だったらそれもあり得ると思ってしまう。どうしてかしらね?

 

「ちいねえさま? どうかなされたのですか?」

「……ふふっ♪ 何でもないわよ? ただちょっと、これからの事を考えていただけだから」

 

不思議そうに私を見上げるルイズの頭を、私は優しく撫でる。

するとルイズはふにゃりと纏った空気を緩ませて、ゆっくりと目を閉じた。

 

……そう言えば、こんな時期が私にもあったわね。いつも周りは信用できない相手ばかりで、まるで針ネズミのように丸まって周りを威嚇して……甘えられる人にだけ全力で甘えて、怯えを周りに悟られないように気丈に振る舞って。

 

だけど、私は出会った。私の針なんて物ともせず、こちらから関わろうとすると私の針よりよほど強い剣で殺さないように触れてくる相手に。

一方的に支配しようとしていた私の目を覚まさせて、それから優しい眠りと夢の世界に引きずり込んだあの人……イチカに。

 

私はイチカじゃないからあんなに上手くは起こせないかもしれないし、イチカほど異常でも強くも非常識でも理不尽でもないから上手く渡れるかもわからない。

だけど私はもう決めた。この世界から帰るまで、私は精一杯に生きていくことを。

別に世界を救いたいとは思わないし、私のいた世界にこの世界を近づけたいとも思わない。ただ精一杯生きていくだけだ。

 

……そのために今できること。それはまず……寝ることだ。

まだ日は高いけれど夜には動く予定ができたし、ついさっきまで寝ていたからあまり激しく動く気にもならない。なら寝るしかないものね。

イチカと一緒によく寝ていたこともあって、私は寝れば寝るほど精神力が回復する。この後結構使う予定があるし、少ないよりは多い方がずっといい。上限なんて無いも同然の私の精神力だけれど、使えば使うだけ減っていくのだからあればあるだけいい。

 

ルイズの部屋に招待された私は、とりあえず近場にあった藁の山の上に座る。私は貴族としての名前を捨てて、ジョゼフとイザベラの所に厄介になるようになってからと言うもの、普通の貴族だったらまず経験しないだろう事を色々とやってきた。

例えばイチカと一緒に出掛けてオーク鬼を爆殺して、残った肉をシチューにして食べてみたり(結構美味しかった)、イザベラとビダーシャルの娘と息子と遊んで野原を駆け回ってみたり、遊びの一貫で泥だらけになったこともあった。

つまり、私自身は藁の上で眠ることに一切抵抗は無い。

 

……のだけれど、ルイズは強硬に私が藁の上に座ることを嫌がった。

まあ、カティ姉様と勘違いしているのだったら仕方の無い事だけれど、それでも本当は全然問題の無いことを一々言われるのはあまり好きじゃないんだけどなぁ……。

だけど、代わりに椅子を勧められているんだったら勿論私は椅子に座る。前に一度藁の上に座ってイチカとお喋りを楽しんだこともあるけれど、その時はちょっと積んだ量が多すぎてぐらぐら揺れて危なかったしね。

 

「……ごめんなさい、ちいねえさま」

 

なんとなく無言で考え事をしていたら、突然ルイズから謝罪の言葉を受けた。理由は……なんとなくわかるけれど、しっかりそれをルイズ自身の口から聞くまではその謝罪は受け取る予定はない。

 

「どうしたの突然?」

 

だから私は惚けるけれど、すぐにルイズは次の言葉を紡ぐ。

 

「……私が、ちいねえさまを呼んじゃって……ちいねえさまは身体が弱いのに、ちいねえさまを……」

 

ぽつぽつと呟きながら、ルイズは自分のスカートをぎゅっと握りしめる。あまりに強く握っているせいか、指が真っ白になってしまっている。

 

……こんなに純粋な子を騙しているって言うのは、ちょっと良心が痛くもあるけど…………そうね、ちょっと計画を変更しましょうか。なけなしの良心が悲鳴をあげていることだし。

 

……なんて考えていることはおくびにも出さず、私は俯いているルイズに近付いていく。

そして、優しくルイズを抱き締めた。

 

ルイズは一度ピクリと体を震わせたけれど、素直に私の抱擁を受け入れる。そんなルイズの背中に手を回し、ゆっくりと優しく撫でてあげる。

 

「……貴女は優しく、聡い子ね。だから、必要以上に色々なものを背負っちゃうのかしら」

 

……これは私自身が昔の自分を見て思ったことだったりするけれど、今のルイズにはきっと必要な言葉なんだろう。そう思ったからこそ、私はルイズの体を抱き寄せて、耳元で囁くように言葉を紡ぐ。

 

「きっとこうして私が貴女に呼び出されたのは偶然じゃないわ。きっと、貴女が願った何かが私の存在を呼び出したんだと思う」

 

そう言いながらルイズの頭を撫でる。今のルイズはどんな表情を浮かべているかわからないけれど、きっと今は泣き止んでいると思う。少なくとも、昔の私ならそうなっていた筈だから。

 

「きっとこれは、一つの運命なのね。望むと望まざるとに関わらず、ルイズ(貴女/私)はそう言う存在を引き寄せるのよ」

「……そうなの……?」

「きっとね」

 

……多分だけれど、私のした話は間違いでは無いと思う。きっとまた違う世界でも、ルイズ(私達)はその世界で異端と呼ばれる何かを召喚しているんだろう。

私はそう考えながらも、感情に蓋をして表情や気配の変化を押さえ込む。ルイズにだって、今くらいは安らかに眠っていてほしいものね。

 

「……今日はもうお眠りなさい。ゆっくり眠って、明日になったらきっともう少し整理がつくわ」

「……うん」

 

ルイズは素直にベッドに向かう。けれど、どうもまだ心ここにあらずといった状態らしく、制服のまま眠ろうとしている。

 

「……それじゃあ、お休みなさい」

「……おやすみなさい、ちいねえさま…………」

 

ゆっくりと、ルイズはその目を閉じる。

私の手を掴んだまま、とても安らかな表情で眠りに落ちていった。

 

…………さて、と。それじゃあ私も少し根回しに動こうかしらね?

 

 

 

 

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004

 

 

 

side 織斑ルイズ

 

ルイズが眠りに落ちてから、私はゆっくりとルイズの手を放す。少しの抵抗があったけれど、すぐにすり抜けることができた。

一応場所はわかっているし、エレ姉様に居場所がバレてから何度か顔見せをしたりもしたから距離なんかもわかっている。イチカのバギブソンゴウラムに乗せてもらっての旅行だったから距離は正確なはず。

その場所を思い描きながら、パチンッと音を立ててスナップを外して腰のベルトから下がる始祖の祈祷書を取り出す。

呪文はとっくに全部覚えているけれど、魔法を使う時には大抵始祖の祈祷書を広げるポーズを取るようにしている。こうしているだけで、相手は勝手に変な風に思い込んでくれるしね。

 

必要な魔法を選び、袖に仕込んでいる杖をとる。仕込んでいる理由は無手に見える状態でも魔法を使うためだけれど、それが必要ない時はこうして袖から引き抜いて使う。

そしてゆっくりと長めに呪文を唱えた私は、溜めていた瞬間移動を解き放つ。

次の瞬間、それまで私の視界に映っていた景色は入れ替わり、私はラ・ヴァリエール本宅に存在するルイズの使っていた部屋へと移動を完了させた。

 

「移動完了……母様に見つからないうちに移動しないとね」

 

私は窓を開けて、小さな明かりがついているカティ姉様の部屋の窓に狙いをつける。

そしてもう一度、今度はかなり短めに同じ呪文を唱える。

呪文は短くても、イメージは正確に。特にカティ姉様の部屋には動物が沢山居るから、危害を加えてしまうことが無いように気を付けて……。

 

私はもう一度、杖を振った。

 

 

 

 

 

side カトレア

 

普段ならば既に寝ている時間。なんとなく起きていた方がいいような気がして起きていたら、その予感を肯定するように私の部屋の片隅に変化がおきた。

突然その場に光が集い、そしてまた突然に光が消える。

その光が消えた所には、誰かが静かに立っていた。

 

「あら、こんな夜更けに淑女の部屋まで、いったい何用ですか?」

 

私は机の上に置いてあった杖を握りながら、その影に向かって話しかける。するとその誰かは、とても聞き覚えのある声で返してきた。

 

「安心して下さいな。暗殺でもなければ脅迫でもない、ただの相談事ですから」「……え?」

 

その声の主はゆっくりと部屋の隅から私に向かって歩いて来て、その顔が魔法具から放たれる光に照らされて露になった。

その顔に、声に、表情に、私は己視感の原因を見つけた。

その人の顔は、私とほとんど変わらないものだったからだ。

 

……けれど、彼女は私ではない。確証は無いけれど、確実にそうだと言い切れる。

なんとなく、本当になんとなくだけれど……この人にルイズと繋がるものを見つけた。

その感覚に身を任せて、私はあの娘の名前を呼ぶ。

 

「……ルイズ?」

 

するとあの子は軽く目を見開いて、それから苦笑を浮かべる。

 

「……流石はカティ姉様。世界が変わっても鋭いですね」

 

そう、小さな声で返してきたルイズは、擦り寄った熊の頭を優しく撫でてからふわりと浮かぶ。まるで、空中に見えない椅子があるかのように上手に腰かけるように。

 

「……でも、ルイズにしてはなんだかおかしいわね? 私にそっくりよ?」

「それについても、カティ姉様ならなんとなくわかるんじゃないかしら?」

 

にこにこと笑いながらそう言うルイズに言われるまでもなく、実はなんとなくわかるような気がしている。

なんとなく、ルイズと繋がるものを感じると同時に、なんだかこの世界とは全然違うどこかの風を感じるような気がしている。

まるで、ルイズが全然違う世界で成長して、そしてこの世界に何かの理由でやって来たみたいな……そんな感覚。

 

「……ルイズだけど、私の知っているルイズとは少し違う……何か大きな出来事があって、その影響を受けて変わったまま育った……そんな感じかしら?」

「…………イチカが苦手って言う理由がちょっとわかったような気がするわ」

「あらやだ、苦手って言われちゃったわ」

「鋭すぎるんだもの。苦手なだけで嫌いではないし、イチカ自身はもっと鋭いけど」

「あら、そうなの?」

「ええ、ビックリするほど鋭いんですよ」

 

ふぅ、と深く息を吐いた直後、ルイズは私によく似た笑顔を浮かべ直した。なんだか少し悪戯っぽい笑顔だけれど、元気そうでよかったわ。

 

「それで、カティ姉様。ちょっとお願いがあるんですが、いいですか?」

「あらあら、いったいなにかしら? 悪戯のお誘い?」

「ええまあ。上手く行けば、ルイズのためにもなりますよ?」

「貴女の?」

「……わかりづらいし、私のことはレアとでも呼んでください」

「あら、可愛い名前ね。それじゃあ私もカティでいいわよ? 敬語もいらないわ」

「………………わかったわ」

 

ルイズは……レアはなんだか少し困ったような顔をしたけれど、私の名前を分けて呼ぶって言うのはなんだか面白そうなんだもの。

 

「それじゃあレア? 私に相談しに来た事の内容を教えてくれるかしら?」

「ええ、きっとおもしろくなることよ?」

「ふふふ♪ それは楽しみね」

 

くすくすと笑い合いながら、私はレアの相談事を受ける。初めはいったいどんなことかと思ったけれど、なんだか面白くなりそうね。

動物達と一緒にここで暮らすのもいいけれど、たまには外にも出てみたいものね。

走り回ることはできなくても、私の代わりにレアが色々な物を見てきてくれた話を聞くだけでも楽しそう。

 

私はなんだか嬉しくなって、自然に笑顔を浮かべていた。

 

「……そうそう、カティの病気だけど、私のところだと治ってたわよ?」

「詳しくお願いできるかしら?」

「勿論よ」

 

真剣な表情で詰め寄る私に、レアはいつもの私のそれとよく似たのんびりとした笑顔のまま答えた。

 

 

 

 

 

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005

 

 

 

 

side ルイズ・ラ・ヴァリエール

 

ふと、目が覚める。目を開くと、いつも通りの学院の、私の部屋の天井が視界に入る。

 

「おはよう、ルイズ」

「……おはようございます、ちいねえさま……」

 

ふぁ……と欠伸を一つしてベッドから起きて……違和感を持った。

 

「……どうしてちいねえさまが?」

 

ぼんやりとした頭のまま聞いてみると、ちいねえさまは目をぱちくりと瞬かせた。

それから手を口許に当ててくすくすと笑い、答えをくれた。

 

「あらあら、ルイズが呼んだのでしょう?」

 

そう言われて思い出してみると……確かに、私がちいねえさまを使い魔召喚の儀式で呼び出したと言うことを思い出す。

なんだかちょっと恥ずかしくなってすぐに着替えようとして服に手をかけて、そこで私が制服のまま寝てしまっていたことに気が付いた。

 

「はい、替えの制服よ。今度はちゃんと着替えてから寝ましょうね?」

「……はーい」

 

ちいねえさまから制服を受け取って、しわしわの制服から着替える。誇り高い貴族として正しくあるために、こういった身だしなみはしっかりとしていなくちゃならない。

……と、そこで再びの違和感。なんだかあっちゃいけないことが起きていたような…………。

 

前を見てみる。椅子に座っているちいねえさまがにこにこ笑いながら私の事を見ている。何もおかしいことはない。

後ろを見てみる。クローゼットの前に立っているちいねえさまが、にこにこと笑いながら私の事を見ている。何もおかしいことはない。

 

…………って、

 

「ちいねえさまが二人っ!?」

「あらあら、今頃気付いたのかしら。もしかして、まだちょっと寝惚けてたりしたのかしら? ねえ、カティ?」

「あらあら、ルイズったらお寝坊さんね? でも、遅刻はしちゃダメよ? ねえ、レア?」

 

ちょっ、なんっ、ちい、ちちちちちいちいちいねえさまががががふた二人っ!? 何でどうしてなにがどうしてこんなどんなそんなええぇぇぇぇ!!?

 

「カティ、ルイズったら物凄く慌てているわ。いったい何があったのかしらね?」

「きっと私と貴女がこうしているのが不思議なんだと思うわよ? ルイズにとって私は一人だけのはずだから」

「って、どうしてちいねえさまもちいねえさまもそんなに落ち着いてるんですかっ!? 増えたんですよちいねえさまが!」

「「あら、それは大変な事ね」」

「だから落ち着きすぎですちいねえさま!」

 

大変ねー、大変よねー、なんてお互いに話し合っているちいねえさまは、どうしてか全然慌てていない。自分が突然二人に増えたと言うのに、どうしてこんなに冷静で居られるのかがわからない。

私だけがわたわたと慌て、ちいねえさま達はいつも通りにかにこと笑いながらあらあらまあまあ大変大変なんて言いつつ朝の時間が慌ただしく過ぎていく。

 

「ほらルイズ、落ち着いて?」

「あんまり騒いだら、お隣の人に迷惑でしょう?」

「ぜぇっ……ぜぇっ……ぜぇっ……」

 

二人のちいねえさまに宥められて、私は荒く息をつく。なんだか朝からすごく疲れるけれど、ちいねえさまは何でこんなに落ち着いてるんだろう……?

 

「だって、もう話し合ったもの。ねぇ、カティ?」

「そうね。話し合って、これからどうするかも決めたものね、レア?」

「私がルイズの使い魔としてここに残って、」

「私はお父様のいるヴァリエールの屋敷に戻る」

「「これで大体解決するもの」」

 

カティ、レアと呼び会うちいねえさま達は、平然としながら考えていたらしいことを私に伝える。

片方が使い魔として学院に残って、もう片方が家に戻る。そうすれば私は進級できるし、母様達を心配させるような事もない。

どうして二人になったのかはわからないけれど、なっちゃったものは仕方がないから利用できるものは利用して行こうと言う話で纏まったらしい。

 

「そう言うわけだから、カティがヴァリエールのお屋敷に戻ることになってるわ。つまり、残るのは私だって言うことね」

「それで、私とレアの区別がつかないのは面倒だし、屋敷に戻る私の方をカティと」

「使い魔として残る私の方をレアと」

「「そう呼んでくれると嬉しいわ」」

 

二人並んでにっこりと笑顔を浮かべながらそう言うちいねえさま達に、私はこくりと頷いて見せた。

……正直、どっちがどっちかはわからないけど、使い魔として残る方をレア姉様、ヴァリエールに戻る方をカティ姉様と呼べば……

 

「それじゃあルイズ、私達は一度ヴァリエールに戻るけれど、すぐに戻ってくるから大丈夫よ」

「それじゃあ、また後でね、ルイズ」

「あ、え……あ…………はい」

 

そう言ってカティ姉様とレア姉様は、私の部屋の扉を開けて部屋から出ていった。

 

……あれ? どっちもいなくなっちゃったけど、どっちがカティ姉様で、どっちがレア姉様だったかしら?

 

わたしは新しく出てきた難題に首を捻り……朝食を抜く羽目になってしまった。

……うぅ……お腹空いた…………。

 

 

 

 

 

side カトレア

 

ルイズの部屋から出てすぐに、私はレアの魔法でヴァリエールの自分の部屋まで移動した。どんな魔法かは教えてくれないけれど、レアの使う魔法だし、信頼している。

 

「……ありがとう、カティ。話を合わせてくれて」

「いいわよそんなこと。私の体も治してくれたし、ルイズにもヴァリエールにも害を及ぼすような事じゃないもの」

 

そう言ってレアに笑顔を向けると、レアも私に笑顔を向けてくる。

ちなみに私の病気を治した方法は、レアがどこかの世界でまだルイズと呼ばれていた頃に知り合いのエルフから習っていたらしい先住魔法……精霊魔法と、レアの特殊な系統魔法の組み合わせらしい。なんだか凄い人生を送ってきてるのよね、レアは。

 

「……それじゃあカティ、お大事に。暫く私の事は内緒にしておいてね?」

「勿論よ。約束はちゃんと守るわ」

 

既にたくさんの秘密を抱えている私にとって、今さら秘密が一つ二つ増えたところで大した違いは無い。

 

「…………誰か来るわね。それじゃ、また会いましょう?」

「ええ、またね」

 

レアの口から甲高い鳥の鳴き声のような音が漏れ、すぐにレアが光に包まれて消える。レアが言うには早口言葉で詠唱しているだけらしいけど、いったいどれだけ早口にすればあんなことができるのかちょっと不思議。

きっと私じゃ想像もつかないような経験をしてああ言うことができるようになったんだと思うけれど、なんだか聞きたいような聞きたくないような不思議な気分だったりする。

 

そこまで考えたところで、私の部屋の扉が荒々しく開かれて、母様が焦った表情のまま飛び込んできた。

 

「カトレア!無事だったの!?」

「はい。それどころか、とっても具合がいいんですよ?」

 

にっこりと笑顔を浮かべながら、ちょっと涙目になっている母様を抱き締める。

説明が大変そうではあるけれど、私は頑張るわ。

だから、レアも頑張ってね?

 

 

 

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006

 

 

 

side 織斑ルイズ

 

カティの部屋からテレポートで学院まで戻ってきた私は、とりあえずルイズを驚かせようとローブの形を変えてメイドっぽくしてみた。

色は黒と銀色で少し目立つけれど、私は元々それなり以上に目立つ容姿をしているからあまり変わり無いだろうと考えて流すことに。

そしてそのまま学院内の掃除にくり出してみる。イチカ繋がりの知り合いに気配の溶け込ませ方を習ったし、家事一般はイチカに習って一応人並み(イチカに少し劣るくらい)にはできるようになっているから、メイドとして不自然すぎるようなことは無いはず。

 

……とは言っても、あくまでちょっとしたお屋敷の掃除くらいしか経験してないから、魔法学院なんて城にも匹敵するような建造物の掃除のやり方には自信がない。そこらの貴族のお嬢さんよりはずっと上手である自信はあっても、本職に勝つなんてとてもとても……。

そんなことを考えながら、私は邪魔にならないように気配を消しながら食堂に向かう。この時間なら多分メイド達は食堂で食器を並べたりしている頃だと思うので、するりと混ざって手伝おうと思う。

 

……ルイズはいつ気付くかしらね? 気付いてくれた方が面白そうだけれど、気付かなかったら気付かなかったでそれはそれで楽しそう。

いったいどんな風になるのかしらね?

 

なんとなく笑みを浮かべながら、私はこの世界の行く末を想うのだった。

 

 

 

 

 

side ルイズ・ラ・ヴァリエール

 

朝、ご飯を食べるのを忘れていたせいで空っぽのお腹を抑えて授業に参加したけれど、ミス・シュヴルーズの授業でかぜっぴきのマリコルヌに馬鹿にされたり洪水のモンモランシーに馬鹿にされたりと散々な目にあった。

……なんであそこでお腹が鳴るのよぉ……ツェルプストーにまで笑われちゃったじゃないの……。

 

そして授業が終わり、私は食堂に歩いていく。くうくうと鳴いているお腹を抑えながら食堂に行くと、そこにはいつもの通りに料理が並んでいる。

何人ものメイドが忙しそうに動き回ってデザートを運んだり、呼ばれるのを待ってひっそりと壁の近くに佇んでいたりする中を通り抜け、いつも私が使っている席に着く。

そして始祖ブリミルに向けて祈りを捧げ、貴族らしく優雅に、けれどできるだけ早く食事を始めた。

 

ぱくぱくと食べていると、いつもより空腹だったせいかいつもと同じ料理がいつもよりずっと美味しく感じる。食べることがこんなに幸せなことだと言うことを、久しく忘れていたわ。

前に母様にお仕置きされてご飯を抜かれたのは……もう五年も前の事。それじゃあ忘れていてもしょうがないわよね。

 

なんだか感動しながら料理を食べていると、後ろからすっとクックベリーパイが差し出された。

 

「あら、ありがと」

「どういたしまして」

 

……………………ん?

 

ぐるん、と後ろに振り向いてみると、そこにはクックベリーパイを乗せたワゴンを押しているレア姉様の姿が。

 

…………って、

 

「むぐっ!?」

「はいルイズ、静かにしなくちゃダメよ?」

 

あまりにも驚愕することに全力で叫ぼうとした瞬間、にっこり笑顔のままのレア姉様に片手で口を塞がれてしまった。

と言うか、朝に実家に帰った筈なのに、どうしてレア姉様がここにいるのよ!? しかもメイド服で!カティ姉様は!?

 

「カティなら送り届けたわよ? 部屋まで」

「んんっ!?」

 

早っ!? いくらなんでも早すぎない!? 何をどうしたら魔法学院からヴァリエール領までこんな短時間で往復できるのよ!?

 

「頑張ったのよ♪」

「んーんーんんっ!」

 

なんで口に出してないのにわかるんですかレア姉様!? あと頑張ってどうにかなるような距離じゃないです!それとその姿はいったいなんなんですか!侍女の服なんて……。

 

「あら、そんなに似合ってないかしら? 一度着てみたかったから着てみたのだけど……」

 

だからどうしてわかるんですか!? 似合ってますけどヴァリエールの娘が使用人の服を着るのはいけないと言う話です!

……と言うか、もうそろそろ手を離して下さい。なんだか息が苦しく……!

 

「あらあら、ごめんなさいルイズ」

 

そう言ってレア姉様は私の口から手を離してくれた。私は何度か深呼吸をして、それからにこにこと笑っているレア姉様をちょっと睨み付けようとして……突然食堂に響いた軽い音に振り向く。

音の元だと思われるところでは、ギーシュが一年生の女の子に頬を張り飛ばされているところだった。多分、また二股かなにかをやったんだろう。

……ほんと、懲りないわね。

 

「……あらあら、大変ね」

「いつもの事です。まったく……」

 

そう言って私は食事に戻る。多分、今立ち上がったモンモランシーにも叩かれるなりなんなりするんだろう……と予想していたら、モンモランシーは私の思っていた以上に激怒していたらしく、手近にあったワインをギーシュの頭に丸々一本分ぶちまけた。

ギーシュの自慢の金髪も趣味の悪いシャツも椅子も床も、みんなワインにまみれて赤紫色に染まる。本気で趣味が悪いだけのシャツになってしまったけれど、ギーシュはなんでもないかのように足を組み替えて格好をつけている。

 

「あのレディ達は、薔薇の存在の意味を理解していないようだ」

 

……こんな状況でそんな口が叩けるなんて、やっぱりギーシュは馬鹿なのね。そうでもないとそんな発言ができる理由がわからないわ。

あと、あんた以外は誰もあんたを薔薇だなんて思ってないわ。

 

それからギーシュは原因を作ったらしいメイドの事を責め始めた。原因はギーシュ自身だって言うのに、八つ当たりなんかして恥ずかしくないのかしら?

 

「……あの髪の色……シエスタ?」

「? レア姉様、あのメイドの事を知っているんですか?」

「ええ。さっき少しだけお仕事を教えてもらったの」

「何やってるんですかレア姉様」

「お仕事よ?」

 

にっこり笑いながらそう言うレア姉様に、溜息を一つ。なんだかツッコミを入れるのも疲れてきちゃったし、何を言っても無駄なような気がしてきた。

 

「それじゃあちょっと行ってくるわね?」

「はい、いってらっしゃいレア姉様」

 

ひらひらと片手を振ってそう言ったレア姉様を、私は普通に送り出してしまった。まさかその後、あんなことになるとは思いもせずに。

 

 

 

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007

 

 

 

side 織斑ルイズ

 

久し振りに見るギーシュ・ド・グラモンは、やっぱり女好きのままだった。あんまり覚えていなかったけど、私の胸が大きくなってきた頃に私にアプローチをかけてきてモンモランシーにお仕置きされていた事はよく覚えている。

その後イチカに決闘を申し込んでぼっこぼこにされてモンモランシーに治してもらったのはいいけど、決闘をした理由をつい口を滑らせて言ってしまってもう一度ぼこぼこにされていたっけね。

だから、私にとってはギーシュ・ド・グラモンという男は『情けない女好き』というイメージしか無い相手なのだけど……今回の事でもうちょっと扱いが悪くなりそう。

ちなみに最下層は『顔を見たら瞬獄殺で黄泉送り』をたいくらいに嫌いな相手。具体的には私もイチカもジョゼフもイザベラもビダーシャルも、皆を利用しようとしたブリミル狂……じゃない、ブリミル教の教皇。名前はヴィットーリオ・セレヴァレ。

 

……まあ、そんなことはどこか適当な場所に置いておくとして、今はちょっとした恩のあるシエスタを助けてあげないとね。

一番手っ取り早いのはこの場にいる全ての存在の記憶を消してしまうことなんだけど、それはできれば最後の手段にしておきたい。

虚無の魔法使いは虚無の魔法使いを知る。虚無の使い魔は、虚無の呪文を聞くと母親に抱かれているかのように不安の感情がなくなってしまう。そんなことがあったら、私がカティとは別人だとバレてしまう可能性が…………まあ、ほとんど無いけれど絶対に無いと言うわけではないものね。

 

そんなわけで、ちょっと頑張ってみようかしらね。

 

 

 

 

 

side ルイズ・ラ・ヴァリエール

 

気が付いたらレア姉様とギーシュが決闘することになっていた。理由は、あのメイドが拾った香水をレア姉様が拾ったことにして、シエスタと言うらしいメイドはレア姉様に頼まれて香水を渡そうとしただけだと言ったらしい。

それで標的をレア姉様に変えたギーシュは、レア姉様に謝罪させようとしたようなんたけど……レア姉様がちょっと真実を突いたら激昂して決闘騒ぎになったらしい。

なんでもレア姉様は、

 

「二人の女性が傷ついたから謝れ、と仰いますが、その発端としてお二方の許可も得ずにどちらとも付き合い始め、恥をかかせるような事をしたのは何処の何方でしょうか? 二人の女性と交際するのは止めませんが、それはあくまで本人に二人の女性と同時に交際をしてどちらも満足させられるだけの甲斐性を持ってからすることではありませんか? もしも女性方が共に満足している、あるいは自分一人では支えきれないだけの大きな器を持っている相手だと思っていたならば、今回のように浮気が公になったところで気にすることはないでしょう。精々僅かな嫉妬心に駈られて頬をつねったり軽く叩かれたりするくらいでしょうし、それすらもなく『この人ならば仕方無い』と考えて受け入れてくれるかもしれません。しかし今回の事を見てみると、どうやら二人の女性を満足させることはできても、満足以上の幸福を与えることはできていなかったようですね。こうして浮気を知られてしまうまでは上手くやっていたのですから、まずはその思いをたった一人に向けることから始められてはいかがでしょうか?」

 

……と言い放ち、周囲に居た奴が大笑いしながら

 

「だとよギーシュ!確かに器が足りてないのに二股かけたお前が悪い!」

「間違いないな!女を納得させられないのに二股なんかかけるからこうなるんだよ!」

 

と煽り、恥をかかされたと取って頭に血が上ったらしいギーシュがレア姉様に決闘を挑んで、そのせいでこんなことになってしまったらしい。

なんだかレア姉様らしくないと思ったけど、にっこりと笑いながら言った言葉でなんだか物凄く納得できてしまった。

 

「だって、このくらい言わないとまた同じことを繰り返しそうだったんだもの。それじゃああの男の子に惹かれた女の子が可哀想でしょう?」

 

……確かにギーシュは女好きで有名だったし、今までに何人も被害に合っているっていう噂もあるし、色々そう言う話の絶えない奴だけど……レア姉様はどうしてそう言うのがわかったのかしらね?

 

「なんとなくよ」

「心を読まないで下さい!」

「心を読むなんて事はしてないわ。ルイズは顔に出やすいからすぐわかるのよ」

 

……きっと私は一生レア姉様には勝てないわね。なんて思いつつ、逸らされていた話を元の方向に戻す。

そう、そもそもギーシュとレア姉様の決闘を辞めさせるにはどうすればいいかと言う話だったはずなのに、いつの間にかこんなどうでもいい話になっていた。

 

「とにかく、レア姉様は体が弱いんですから決闘なんて駄目です!」

「大丈夫よルイズ。色々準備はしてあるし、それに私って結構強いのよ?」

 

普段と変わらない笑顔でそう言うレア姉様だけど、レア姉様の身体が弱いことなんてヴァリエールの人間ならばみんな知っている。魔法の腕がいくら良くっても、一度魔法を使う度に体調を崩していたら相手がドットのメイジでも大変なことになるかもしれない。

それがわからないレア姉様じゃないはずなのに、レア姉様はどうしてかいつも通りに笑っている。

 

「それにね、ルイズ。魔法を使ったり激しい運動をしちゃダメなら、魔法を使わないでかつ激しい運動をしないで勝てばいいのよ」

 

……いや、いくら相手がドットのギーシュでも、メイジを相手に魔法を使わないで勝つなんて無理なんじゃ……。

 

「……って、あれ? レア姉様? レア姉様っ!? どこですかー!?」

 

ふと気が付いたら、レア姉様の姿は影も形も無くなっていた。どうやらちょっと考え事をしている間にいなくなってしまったらしい。

この場合、レア姉様が行きそうな所は……決闘の指定場所!

 

……って、そこどこよ!? 話なんて全然聞いてなかったから場所がわかんない!? まさかレア姉様、私がレア姉様の決闘がどこで行われるかわからないって言うところまで完全に予測して……(※そんな事実はありません)!?

 

私はレア姉様の予測能力の高さに舌を巻きながら、それでも諦めることができずに走り出す。途中で見つけた黒髪のメイド(さっきレア姉様が助けたメイドで、ごめんなさいごめんなさいと繰り返していて鬱陶しかったのでひっぱたいて正気に戻してから)レア姉様の居るはずの場所に案内させた。

そしてついに到着したヴェストリの広場では……

 

「浮気なんかして本当に申し訳ありませんでした!」

「……聞こえないわ、もう一回」

「浮気なんかしてっ!本当にっ!申し訳ありませんでしたっ!」

「額が地面から浮いたわね。はい、もう一回」

「浮気なんかしてっ!本当に、本当に申し訳ありませんでしたっ!!」

「あら、過去形なのね? つまり今はもう反省なんてしてなくて、またほとぼりが冷めた頃に浮気しようとしてるのかしら? ……もう一度、自分の立場を良く考えて言ってごらんなさい?」

 

と、何度も何度も地に額を擦り付けながらモンモランシーと一年生の女の子に謝り続けているギーシュと、その隣でダメ出しを続けるレア姉様の姿があった。

 

…………え、なにこれ?

 

私は案内を頼んだ黒髪のメイドの方を向く。メイドも私の事を見ていた。

そして、同時に溜息をつく。この平民とは、なんだか仲良くできそうだ。

私はそう考えながら、何があったのかを聞くために周囲で見ていたらしい相手を一人捕まえた。

 

 

 

 

 

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008

 

 

 

side ギーシュ・ド・グラモン

 

両膝を地面に着け、背筋を伸ばして座る。

それから膝の前方に両掌を着き、膝の頂点と手の指先で正方形を作ってから、指先と指先の間に見える地面に額を着ける。

この体勢のまま、僕は何度も何度も目の前の二人に謝罪する。既に数えるのは辞め、ただひたすらに、反省の思いを一杯に抱きながら。

 

「浮気なんかして、本当に申し訳ありません!今後は二度と同じことをしないと誓いますから、どうか許してください!」

 

そう言い切ってから、次に来る彼女の言葉を待つ。前回は手を着いた場所が悪いとやり直しを受け、その前は背筋が伸びていないとやり直しを受け、さらにその前は声が出ていないとやり直しをさせられた。

だから、きっと今度もダメ出しを受けるんだろう。今度はいったいどんな理由で受けるのかはわからないが、敗者たる僕はそれに粛々と従うしか道はない。

そして、決闘の勝者である彼女はそんな僕の姿を一瞥し、口を開く。

 

「声に張りがないわ。もう一回」

 

そう言われて僕は、今まで言われたこと全てに気を付けながら、またモンモランシーとケティに頭を下げる。次こそ許してもらえるように気を使いながら、深く深く反省して。

 

 

 

 

 

side ルイズ・ラ・ヴァリエール

 

話を聞かせてもらうと、レア姉様はギーシュとの決闘に魔法を使わずに、そして激しい運動もせずに勝利したらしい。

ただ、魔法は使っていないはずなのに魔法のようにギーシュのゴーレムを投げ飛ばし、四肢を捻り切っていたようで……そこら中にギーシュのゴーレムの残骸が散らばっている。

なんでもギーシュのゴーレムがレア姉様に向かっていってレア姉様に触れようとした瞬間、突然風車のようにぐるぐると回転を始めたらしい。

その中心となっていたのはワルキューレの腕で、レア姉様の手に押さえられていた腕は肩から捻り折れてしまう。

それをレア姉様はワルキューレの四肢に行い、時に武器にすらやって見せたらしい。

 

レア姉様自身は殆ど動くことなくワルキューレを無力化させ、最後にはギーシュを同じように投げ飛ばしたらしい。

流石にワルキューレのように腕や足が千切れてしまうようなことはしなかったみたいだけど、ギーシュはとてもとても大きなダメージを負った。

 

それからレア姉様は見物に来ていたらしいギーシュに二股をかけられていた二人を呼んで、ギーシュに全力で頭を下げさせているらしい。

何度も何度もダメ出しをされていて、モンモランシー達のギーシュを見る目が最早怒りを湛えたものから憐れみの含まれたそれに変わってしまっている。

 

そして何度やり直しをさせたのかわからないくらいにやり直させた後、漸く納得したらしいレア姉様はモンモランシーと一年生に向けて笑顔を浮かべる。

 

「この子もこれだけ真剣に謝ってることだし、許してあげられないかしら?」

「……ええ、許します」

「わたくしも……」

 

と、二人ともすぐに許してあげていた。まあ、あれだけの事を強制されているのを見たら、例え私だったとしても許してしまうかもしれない。

 

二人の答えを聞いて、レア姉様はギーシュに向き直る。

 

「よかったわね、二人は許してくれるそうよ? お礼は?」

「ありがとうございます!」

「……うん、それじゃあ次は貴方の無駄な誇りに付き合わされて迷惑を被ったあのメイドの娘と、ゼロってバカにしていたルイズにも謝らないとね?」

「はい!」

 

あ、次の標的は私の隣のシエスタと、ルイズって娘なのね。

 

…………って、私?

 

ばっ!とシエスタを見てみると、シエスタも私の事を見つめていた。

試しに私の事を指差して私も標的かも聞いてみたが、シエスタはこくりと無言のまま頷いた。

その次にシエスタも差して同じことを聞いてみたけれど、この問いにもシエスタは頷く。

 

…………そっかー、私とシエスタかー…………。

 

……逃げるわよ? と目で伝えると、シエスタは真剣な表情で頷いてくれた。やっぱりなんだか以心伝心ね。

それじゃあレア姉様に気付かれないように急いで後ろを向いて、さあ行きま

 

「見付けたわ。ちょうどいい所に居てくれたわね」

 

……走り出そうとした瞬間に、レア姉様に捕まってしまった。さっきまで広場の真ん中に居たのに、いつの間にっ!?

 

「大丈夫よ。さっき直せるところは全部直してもらったから、すぐに終わるわ。ゼロって呼ばれるのを嫌がっているのにいつまでもそう呼ばれているなんて、ルイズも嬉しくはないでしょう?」

「……嬉しくはないですけど……でも、これは私が自分の力で見返さなくっちゃいけないことなんです!」

 

私がそう言うと、レア姉様はちょっと驚いたように目を見開いて、それからにっこりと笑顔を浮かべた。

 

「そう……わかったわ。ルイズも大きくなったわね……」

 

そう言ったレア姉様は、それはそれは嬉しそうな表情で笑っている。なんと言うか、嬉しくて嬉しくて仕方なくて、それでいて少しだけ羨ましそうな……そんな笑顔。

 

「……よかったわね、ギーシュ君。ルイズは許してくれるそうよ? ……シエスタは?」

「わ、私ですかっ!?」

 

突然話を振られたシエスタは、ビクッと体を震わせて驚きを表現する。私の話で今まで普通の平民だと思っていた相手が貴族の娘……それもヴァリエール公爵の次女だと知ってかなり顔を青ざめさせていたけれど、それもレア姉様に平然と今まで通り(多分)に話しかけられてかなりよくなってきている。

私も大丈夫だと話しはしておいたけれど、やっぱりそれが本当だと確認すると安心できるらしい。

 

「私は……気にしてないです。貴族様が相手では、よくあることですから……」

「そう。……それじゃあ私の用は終わったわ。早くあの二人にしっかりと話をつけてきなさい。二股を公認してもらってもよし、どちらか片方に絞るもよし、どちらも選ばす新しい恋を探すもよし……好きにするといいわ」

 

そう言ってギーシュから目を離した途端、ギーシュは飛び起きて……その場に崩れ落ちた。

 

「あ……足が…………足が……っ!」

 

……あー……わかるわよ。痺れるわよねぇ……。

……だけど、足が痺れてる人を見るとどうしてこんなにつついてみたくなるのかしら?

 

「…………」

「…………」

「も……もんもらんしー……けてぃ……」

 

あ、モンモランシーと一年生が何か考えてる表情をして寄ってきたわ。これはきっと……。

何て考えてる間に、モンモランシーはギーシュに近付いていって……爪先で靴を軽く蹴った。

 

「ぴゃあぁぁぁぁぁっ!!?」

 

……あーあ、やっちゃった。

 

 

 

 

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009

 

 

 

side 織斑ルイズ

 

あの後、ギーシュはモンモランシーと一年生の娘……ケティと同時に付き合い始めた。正妻はモンモランシーで妾さんがケティになるようだけど、まあ、本人達が納得してるようならそれで構わないわよね?

それから私はルイズにちょっと小言を言われ、シエスタに貴族だとバレても今まで通りに扱ってくれるようにお願いし、その代わりに二人に私がやっていた合気術を教えるようになった。魔法みたいだけれど魔法じゃなく、貴族も平民も男も女も老いも若きも関係無しに使える技として、合気術は有用だものね。

 

ちなみに、私に合気術を教えてくれたのはイチカだったりする。力を殆ど使わずに、平然と自分より遥かに大きな誰かを投げ飛ばしているのを見て、少しずつ練習して覚えた。

それをイチカに見せて、無駄な所を削ってもらってからまたそれを覚えて、そしてまた無駄なところを修正してもらう。

私もそれなりにできるようにはなってきているけれど、まだまだイチカには届いていないし私自身にも伸びしろがある。日々鍛練あるのみ!

それに、こうしていて世界に溶け込むくらい自分を拡散させながら全方向全位置に集中させてやると、戻った時にはなんだか精神力が増えるから、よくやっていた方がメイジとしての実力も上がっていいことずくめだったりする。

 

……まあ、ルイズにもシエスタにもその事は伝えていないけれど、いつか勝手に気付く日が来るわよね。若いんだし、成長率も高いと思うし。

 

「……はい、今日の朝の運動はおしまいよ。よく頑張りました」

「ふ……ふふふ……簡単そうに見えたのにかなり辛かったわ……正確になぞらなくちゃいけないから神経使うし……」

「ですね……このくらいだったら動き続けるのは簡単ですけど、決められた場所を決められた速度で動かさなくっちゃいけないのが…………」

「慣れれば大丈夫よ。私だって一週間で慣れたし、ルイズとシエスタなら五日くらいでできるようになるんじゃないかしら?」

 

私の言葉に若干ひきつったような笑顔を浮かべ、五日じゃ絶対無理……と言うような視線を交わし合う二人を笑顔で眺める。

まあ、きっとなんとかなるわよ。私でもなんとかなったんだから、同じ存在であるルイズができない理由が無い。

 

そう考えながら、私はシルバーローブをメイド服に変形させて食堂に向かう。ギーシュを叩き伏せてモンモランシーとケティ、そしてシエスタに謝らせることに成功した私は、食堂ではそれなり以上に人気がある。初めはあれも魔法じゃないかと思っていたようだったけれど、杖も詠唱も無しで再現して見せたら魔法じゃないと理解してくれた。

魔法のようで魔法でない不思議な技……だけど、頑張れば誰でも使えるようになる。極論で言えば、料理や掃除とそうらない物だったりするんだけれど……料理の方が素敵よね。

合気を扱えても他人を笑顔にすることはできないけれど、料理ができればそれで他人を笑顔にすることができるものね。

 

……ちなみに私は訓練に訓練を重ねてそれなりに食べられる料理を作ることができるようになっている。チフユ義姉様のように食材が不思議な反応を起こして物凄い味になるような事が無かったことだけは助かったと言わざるをえない。

今ならオークでもミノタウロスでもなんでもそれなりに美味しく料理してあげるわ。料理してもそんなのを好んで食べようとする人なんていないと思うけど。

 

「我等が渦!運ぶの頼めるか!?」

「はい、すぐに」

 

マルトーさんに呼ばれた私は、すぐに料理の盛り付けられたお皿をテーブルに並べていく。

次々に作られていく料理はやっぱり美味しそうで、私はちょっと後悔した。

昔の私はこんなに美味しそうな料理をいつもあまりよく味わう事もなく食べていたなんて……なんてもったいないことをしてきたんだろう。今度はちゃんと味わって食べないと。

 

……使い魔ってことになっている私はこの世界に来てからあんまり食べてないけどね。英霊の身体って、便利だけど不便だわ。

お腹が空かないからあんまり食べる気にはならないし餓死することもないけど、その代わりにお腹の空き具合で時間がわかったりすることもなければ空腹をスパイスにすることもできない。一長一短とはまさにこの事ね。

ちなみに最近は食堂の賄いのご飯を貰っているわ。量は多くないけれど、とても美味しいから満足してる。マルトーさんの料理は本当に美味しいものね。

 

……さて、それじゃあメイド業に戻るとしましょうか。せっかくそれなりに馴染んできたのに、ここで突然休んだりしたらまた少し浮いちゃうわ。それはなんだかもったいないし……それに、メイド仲間の話って色々凄いのよ? 主に噂話なんだけど、流石は色々なところに顔を出して居ても不自然に思われないメイドなだけあって色々な貴族の秘密を知っている。

 

例えば、ミスタ・コルベールが実は学院長をも凌ぎかねないくらいの女好きだって言う噂とか、どの先生が何時何回宿直をサボっていると言う話、その他にも目立った生徒の話、教師の話、暇な時間になにをするか、誰と誰がアヤシイ関係だという話しなど、本当に色々。

聞いていて面白いし、時々予想外の噂を聞いたり他人の秘密を握れてしまったりもする優れものなのだ。

 

……トリステインの貴族だと平民の噂話による繋がりを軽視しすぎてて嫌になることも多々あるけれど、イチカと一緒にハルケギニアで暮らしていた頃はそのお陰で色々助かったこともあるのでその辺りには口を出さないようにしよう。

ルイズとシエスタも自分のやるべき仕事に戻っているし、私も頑張らないと。料理を運び終わったら、次は一度厨房に下がって交代で食事をしたり貴族の誰かに呼ばれるのを待っていたり、あるいはどこかの掃除をしたり……メイドのお仕事はやっぱりとても忙しいけれど、やりがいはあるわよね。

 

……馬鹿貴族にいちゃもんをつけられたり、勝手に引き抜こうとしたりしなければの話だけれど。

困ったことに、何時の時代にもそう言う馬鹿はどこにでもいるのよね。本当に困ったことに。

助かっていることといえば、ギーシュをボコしたお陰でそれなりにそう言う下衆な誘いが減少したことかしらね。初日のあの間に、いったい何人の誘いを断ったことやら。

ついでに数人に『忘却』をかけてしまったし、覗き魔の学院長とミスタ・コルベールにも色々忘れてもらうことになっちゃったし……面倒よね、本当に。

 

……そうだ、ちょっと試してみようかしらね。

 

私はふと考え付いたことを試そうと物陰に隠れる。そして杖を取り出して、呪文を唱えた。

 

 

 

 

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010

 

 

 

 

side 織斑ルイズ

 

実験成功。結果は予想していた中では最善にかなり近いものとなった。

私の左手の甲にはいくつか崩れたルーンが刻まれ、そしてそのルーンは私の杖と始祖の祈祷書に反応して光輝いている。

意識すればその光を押さえつけることもできるようだし、ルーンに付き物の主に対する好意の刷り込みも私自身が主になることによって解消されている。

いくつか字が崩れているのは、恐らく私に刻む時の痛みと私自身の魔法抵抗力によって一部が不完全になってしまったことの現れだと考えられる。

 

……そして、私はこのルーンの事をよく知っている。

昔ジョゼフに聞いた話の一つにあった、虚無の使い魔のルーン。名前は確か……“神の左手”、“勇猛果敢な神の盾”ガンダールヴ。左の長刀と右の長槍で主を守り通したとされる、“魔法を使う小人”の名を持つルーン……だったはず。

ちなみにシェフィールドは“神の頭脳”のミョズニトニルン。能力はあらゆる魔道具を自在に操ることで、よくイザベラとビダーシャルの逢い引きを覗いてはこっそり応援してたっけ。

 

残りの二人? さあ? ロマリアに一人居たけど、よく暴れるもんだから爆殺しちゃったわ。能力は……やけに動物に好かれる能力だったはず。つまり他力本願の極みってことね。

 

それで、私のこの歪んだガンダールヴのルーンなのだけれど……とりあえず手袋をして隠しておく事にした。

手袋は手袋でもシルバーローブを変形させてメイド服の延長として作った手袋だから、洗い物をしても水が染みたりしないし洗濯も必要ない。更には防御も簡単になるという凄く便利なものなのだけど。

ちなみに隠す理由としては、ロマリアが聖戦だのなんだのと五月蝿くなるだろうし、学院でも色々と騒がしくならないとも限らないからだ。

この辺りはイチカを私の使い魔としてなかったから正確な所はわからないのだけれど、最悪を想定しておけばそれを越える最悪の事態になっても楽観しているよりはずっと動けるものね。

私みたいな頭でっかちは、できるだけ考えてから動かないと。リンさんやチフユ義姉様のように超絶的を通り越して絶対的とすら言える直感なんて持ってないんだから、その時その時で完璧な道を歩いていくなんて真似はできないものね。

 

シュルル……と乾いた音を立ててシルバーローブが形を変える。そして形作られたのは、シルバーローブの名に似合わない、黒一色の飾り気の無い手袋。

メイド服と同色同質の手袋は、最近の私の呼び名を更に助長させそうだ。

 

黒いエプロンドレスに、黒いスラックスとミュールを履いて、黒の手袋をつけた、メイドカチューシャのてっぺんから爪先まで黒一色。そんな私は最近この学院で『漆黒メイド長』とよばれていたりする。

……別に呼び方なんてものは割とどうでもいいのだけど、本来のメイド長まで私を平然とメイド長と呼ぶのはなんでかしらね?

ちなみに私のこのメイド服はあくまでファッションとして着ているだけなので、本気の戦闘の時にはまた違う戦装束があったりするのだけれど……まあ、なかなか着る機会は無いのよね。

デザインはあんまり好きじゃないけれど、確かにあの格好が一番動きやすくて一番露出が少なくて安全なのだから仕方がない。

 

……さて、それじゃあ手袋をしたところで……仕事に戻るとしましょうか。

 

 

 

 

 

side ルイズ・ラ・ヴァリエール

 

夜遅く、私は毎日の日課となった『アイキ』の鍛練をする。これを続けているとなんだか自分の中身が広くなったような気がして気持ちがいいから今までやってきたのだけれど、相変わらず私の魔法が成功しそうな気配は無い。

……そう言えば、最近はあまり魔法の練習をしていない。魔法の練習をするだけの体力が残っていなかったと言うこともあるけど、なんだかレア姉様を見ていると魔法なんて大したものじゃないような気がして来るのよね。

今だって部屋に杖を忘れてきているし、私の中で魔法と言うものが占める割合がどんどんと小さくなってきている。

このままだとなんだか魔法の事を忘れてしまいそうだけれど……何となくそれでもいいような気がするのはどうしてかしら?

 

ふと空を見ると、二つ並んだ赤と青の月の光が地上に降り注いでくるのがわかる。ゆっくりと動く私の影が、私の動きに合わせて形を変える。

そうして月に照らされているうちに、なんだか笑いが込み上げてくる。レア姉様を召喚するまで、魔法の事を忘れて心の底から笑うなんて事は殆ど無かったのに、レア姉様が来てからと言うもの、私はよく笑うようになったなと自分で思う。

 

……でも、明日からはまたちゃんと魔法の練習もしよう。私にとって魔法はもうあまり大切なことではないけれど、私が魔法を使えないせいでヴァリエールが、父様が、母様が、エレオノール姉様が、カティ姉様が、馬鹿にされるなんて事は到底許せそうに無い。

だけど、こうして落ち着いて考えてみるとよくわかる。成功しなくちゃおかしいくらいに完璧なルーンを唱えて、そして正しく杖を振って、それでも尚成功しない。その原因はわからないけれど、これは原因がわからないとどうしようも無い部類のことであるような気がする。

そしてカティ姉様は言っていた。私の魔法は正しく発動していないだけで、消して私が魔法を使えていない訳じゃ無いと。

カティ姉様が言うに、魔法の発動に失敗したら何も起きない。確かに私も初めの頃はルーンの発音がおかしかったりして何も起きなかったことが多くあったのだけれど、発音が完璧になったら全て爆発するようになった。これはつまり、魔法自体は発動していることの証なんだと、そう語る。

 

……だけど、そんなレア姉様もその原因までは教えてくれることはなかった。レア姉様なら何か知っていそうな気がしたんだけど、にっこり笑顔で誤魔化されてしまった。

もしかしたら本当に何も知らなかったのかもしれないけれど、レア姉様のあの笑顔は何かを知っていそうな笑顔だし……なんと言うか、知っているけど話せない理由があるから黙っている……ような気がする。

 

なんだか仲間外れにされたような気分だけれど、レア姉様にちょっと申し訳なさそうな顔で『ごめんね』なんて言われちゃあもう追及することなんてできやしない。

なんだか、卑怯だ。

 

……そうだ、明日は虚無の曜日だし、王都まで買い物に行こう。レア姉様はあのメイド服を気に入っているみたいだけど替えは必要になってくるし、色々生活に必要なものだって揃えなくちゃ。

レア姉様は何を求めるかわからないけれど、少なくとも生活に必要な物は欲しがるはずだから。

 

私は少しだけ荒くなった息を整えて、自分の部屋へと向かう。明日もいい日になるように、と、始祖ブリミルに願いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

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