食欲絶頂しんふぉぎあ!!   作:nagato_12

1 / 6
ごはんをいっぱい食べる女の子が、好きです。

別で連載させて頂いているシリーズに出てこないキャラが書きたかっただけです()


美味いッ……美味さが爆発しすぎてるッ!

 

「なぁ、今日の帰り、ラーメンでも食いにいかねぇか?」

 

 

 

 もはや日課となっている、戦闘トレーニングを終えて、クリスちゃんと、S.O.N.G.本部に備え付けられたシャワールームで、軽くかいた汗を二人で流していたときだった。

 

 今日は他のメンバーは思い思いの理由により欠席で、久しぶりの二人っきりでの訓練だったせいか、思っていたよりも熱が入ってしまい、いつもより重い疲労感に包まれているワタシである。

 

「……いま、なんと仰いましたかクリスちゃん」

 

 そんな中、思わず言葉を聞き返しながら、ワタシはこちらと隣のスペースを仕切っていたカーテンを力いっぱい開いた。

 

「みゃッ!? なっ、ちょ、んで開けんだよテメェッ!?」

 

 ちょうど髪を洗っていた最中だったらしく、泡立った髪を振り乱しながら、自分の身体を手で隠そうとするクリスちゃん。

 

「もしかしてもしかするとなんですが、いまクリスちゃんの口から、崇高な『夜食の帝王』とも称される、あの恐れ多い名前が飛び出したような気がしたのですがっ!!」

 

「怖ぇよッ!! ラーメンに対する情熱が熱すぎてもはや怖えッ!! 口調も変わってんじゃねぇかバカっ!」

 

 顔を真っ赤にして怒るクリスちゃんに構わず、ワタシはうっとりと視線を宙に泳がせる。顔が緩むのが自分でもわかった。

 

「らぁーめんっ!! あぁっ、なんと背徳的な響き……ッ! 幾人もの人類に天井知らずの幸福感と、天井知らずの血中塩分濃度上昇をもたらし続ける、悪魔の食文化……ッ! それを知ってしまったが最後、もう普段の健全な食生活には戻れないという……っ!」

 

「ラーメン一つでそこまで騒げるお前に、わたしは一種の尊敬さえ覚えるんだが……」

 

「いけないよクリスちゃんッ! ラーメンには人を駄目にする特性があるのっ!それはもう、完全聖遺物なんて目じゃないほどの、人類では抗うことのできない絶対特性で――ふぁ、ぶっ!」

 

 クリスちゃんが、自分が使っていたシャワーヘッドをこちらに向けて、ワタシの顔にお湯をかけてきた。ワタシは顔面を襲う水圧に負けて、慌てて自分の個室スペースへ引っ込む。

 

「はいはい、テンションがエクスドライブなのは十分わかったから、さっさと大人しくシャワーを浴びろこの馬鹿っ!」

 

「うぇ~」

 

 言われてしぶしぶ、自分も髪を洗おうとシャンプーが入った容器を手に取った。

 

「……それで?」

 

「へっ?」

 

 もこもこと、髪の隙間に指を入れながら、泡を立てていると、クリスちゃんからそんな問いかけをされる。伺うような、そんな控えめな声音。

 

「っ。だぁーかぁーらっ、行くのか、行かねぇのかっ!?」

 

 ワタシはにっこりと返事をした。

 

「この立花響、万難を排してお供させていただきマスっっ!」

 

 

 

 

 

 S.O.N.G.本部から移動すること、十数分。

 

「……おう、着いたぜ。ここだ」

 

 商店街の繁華部をやや通り過ぎて、立ち並んでいたお店たちが、ちらほらとまばらになり始めた、そんな頃。

 一つの建物を前にして、クリスちゃんは足を止めた。

 

「ふぉぉ……ッ!」

 

 ワタシの口から、感嘆の声が漏れる。

 そこには最近できたのか、真新しい外装の目立つ、少し玄人臭のするラーメン専門チェーンの店舗があった。

 

「てっきりクリスちゃんのことだから、仁義なき戦いに明け暮れてそうな強面のオジサンが、ひっそり経営しているアウトロー気味なお店とか、高速道路の高架下にあるような、酔っ払い上等の屋台ラーメンとかに連れてってもらえると思ってたんだけど……案外、ふつうだっ!」

 

「お前はわたしをなんだと思ってんだコラ」

 

 隣でワタシを軽く睨んでから「ふん」と鼻を軽く鳴らすと、クリスちゃんは先に店内へ続くドアに手をかける。

 

「あわわ、ちょっと待ってよ~クリスちゃ~ん」

 

 慌ててその後を追いかけて、店内に入ると、

 

『いらっしゃいませー!』

 

 と、威勢の良い店員さんたちの声が、ワタシたちを出迎えてくれた。

 

「おぉ……想像はしてたけど、やっぱり店員さんは元気ハツラツめなお兄さんばっかりだね……あっ、よく見たら女の人もいるよクリスちゃん! スゴイ!」

 

「うるせぇよ。あんまジロジロ見んじゃねぇ。失礼だろ」

 

「たははー……ラーメン屋さんって知ってたけど、なんとなくうら若き女子には少し入りづらい雰囲気あるよねー……なんかちょっと恥ずかしいっていうか」

 

 全部が全部、それのせいというわけでもないが、実はというとワタシにとって、ラーメンはあんまり食べる機会に恵まれないメニューの一つだった。

 

 ワタシは特に気にならないが、一緒にいる未来のほうがあんまり良い顔をしないのである。

 

『そりゃ響はいいでしょうよ、鍛えてるんだから! でもね、私は違うの! ラーメンを知っちゃったら、この身は色々と手遅れになっちゃうのっ! カロリーのダイレクトフィードバックにはこの身はひとたまりもないのッ!』

 

 いつぞやか、寮の近所にあったラーメン屋さんに誘ったときに、未来から言われた言葉である。

 

 やはり女子二人組の晩餐メニューとしては、『ラーメン』はなかなかカロリーもハードルも高いのが、世知辛い実情だった。

 

「そうかー? わたしにゃわかんねー感覚だな」

 

 その点、クリスちゃんはさっぱりしているのか、ケロッとした表情で歩いていく。

 

「いやぁ、ほら。注文とか、大声出さないといけないでしょ? ワタシはあんまり気にしないけど、ああいうの、未来が気にしちゃうかなーって」

 

「あん? あー、そういう店もあるわな」

 

「え? ここは違うの?」

 

 驚いて、クリスちゃんの方を見ると、クリスちゃんは指を立てて、ワタシたちの前方を指し示した。そこには、自販機のような大きな機械が設置されているのが見える。

 

「イマドキのラーメン屋はぜんぶ、食券だぜ」

 

「な、な、な、なんですとー!」

 

 食券! なんて照れ屋な女子たちに優しいシステム!

 

 雷に打たれたような衝撃を受けながら、おそるおそる食券機に近付いてみると、たくさんのメニューが描かれたボタンが並んであるのが見えた。

 

 焦がし醤油ラーメンに、豚骨背油ラーメン、味噌バターラーメン……。ずらりと並ぶ、名だたるラインナップを前に、思わずワタシは後ずさりをする。

 

「こ、これほど心躍るボタンが、この世に存在しようとは……ッ!?」

 

「いーから、さっさと決めろ」

 

 腕組みをしながらうんうん悩み始めたワタシをよそに、クリスちゃんはさっさと自分の財布からお金を取り出すと、最初から決めていたのか、迷いなくボタンを押して食券を取り出していた。

 

 ちらりと横から覗き見てみると、そこには『豚骨背油ラーメン』の文字。

 

「い、いッたぁー! 迷わずクリスちゃんがいッたぁー! ラーメンの世界でも、最も罪深いと一部界隈で有名な、あのこってり系ラーメンだァー!」

 

「う、うるせぇな! いーだろ別にっ! 訓練で身体動かしたから、腹ァ減ってんだよ!」

 

 悪いか!? と、こちらを睨みつけるクリスちゃんに、ワタシの心の中で葛藤していた天秤があっさりと傾く。

 

「クリスちゃんが食べるなら、ワタシも食べよ~っと!」

 

 おどけて言ってから、クリスちゃんが選んだものと同じボタンを押して、食券を取り出す。

 

 またも先導するクリスちゃんにならって席につくと、快活な営業スマイルでお冷を届けにきてくれた店員さんに、食券を差し出した。

 

 すると、そのときだった。

 

「ホソメンバリカタアブラマシマシで」

 

 と、クリスちゃんの口から謎の呪文が飛び出した。

 

 なっ――注文し慣れている、だとォ!?

 

 うっかり師匠の口癖が飛び出すほど驚いているワタシをよそに、店員さんが気を利かせてくれたのか「そちらのお客様はどうされますか」とわざわざ尋ねてきてくれた。

 

 ば、バリカタって確か麺の固さだったよね!? それがカタってことは普通のよりは固いって意味で、ええとええと!?

 

 仲間の見せた意外な一面に仰天して、余裕をなくしたワタシは少し言い淀んだ後、

 

「お、同じのでお願いします……」

 

 と、答えていた。

 

「かしこまりました。トンコツホソ、バリカタアブラマシ2丁ーっ」

 

 厨房へと引っ込みながら、ワタシたちのオーダーが通るのを眺める。

 

「……く、クリスちゃんって、こうやって一人で、結構ラーメン食べにきたりするの?」

 

「あ? あー、まぁな。お前らと違って、わたしは外で飯を食うことも多いからな」

 

 ココは出来たばっかで綺麗だし、結構気に入ってんだ。

 

 竹を割ったように言って、マイペースに運ばれてきたお冷に口をつけているクリスちゃん。

 な、なんと……こんなところに自称グルメのライバルが居ただなんて。盲点だったよ……。

 

 今度、ワタシの行きつけのお店をどこか、クリスちゃんに紹介してあげようと密かに心に決める、ワタシだった。

 

 

 

「お待たせしましたァー」

 

 

 しばらくクリスちゃんと他愛ない会話をして時間を潰していると――

 

「……こ、これはっ」

 

 運ばれてきた二つのラーメン鉢の中身を見て、思わず息を呑んだワタシ。

 

 琥珀色に輝く、トロトロと汁気の薄い超濃厚スープに浮ぶ、ほどよい細さをした中華麺。白く濁ったスープの表面には、キラキラと背油が浮んでいて、まるで高級なシルクのドレスを着飾るアクセサリーのようにゴージャスな輝きを放っていた。

 

「背油をアクセサリーって……いくらなんでも、ちと斬新すぎやしねぇか?」

 

 前に座っているクリスちゃんが、何事か若干引きつった顔をして呟いていたが、そんなことをイチイチ気にしている余裕は、この罪深い一杯を前にする今のワタシにはなかった。

 

 分厚めにカットされたチャーシューは、お肉ならではの重量感のある照りを持ち、こってりで統一されている丼ぶりの中であっても埋もれることなく、ひときわ強い存在感を放っている。

 

 ほどよい加減で半熟を保っている黄金色の煮卵、歯ごたえの良さそうなメンマ。そして全体の色味を引き締めているのは、カラメル色のマー油と白ごまとネギの三重奏。

 

「こ、これはまるで……麺で出来た島に乗る、ハレルヤ天国だよぉ……っ!」

 

「……ひ、ひどく独特な表現をするんだなお前。はやくも飯に誘ったこと後悔し始めている雪音さんだぞ……。まぁ、喜んでんならいいけどよ」

 

 はやく食わねぇと伸びちまうぞ。そう言って、クリスちゃんはなにやらゴソゴソしている。

 

「……? なにしてるの、クリスちゃん?」

 

「あぁ、いや。ラーメン食うにゃあ、髪が邪魔でな。たしかこのへんに……あ、あったあった」

 

 テーブルの下に設置されたスペースから、クリスちゃんはプラスチックで出来た小さな収納ケースを取り出してくる。

 

「ほら、最近のラーメン屋は便利だろ?」

 

 そのケースの中には、色とりどりのカラフルなゴムで出来た、髪留めが入れられていた。

 

「な、なんとぉー!?」

 

 こ、こんな細かな気遣いまで……ッ!? 侮りがたし、ラーメンチェーンっ!

 

「……ん、これでよし。お前……は、いらねぇか」

 

「でへへ、癖ッ毛はこんなときに便利なのです」

 

 入れ物からゴムを一つ取り出すと、クリスちゃんが自分の艶々した銀髪を、後ろ手に引き留めた。長髪の子ならではの、色っぽい仕草だ。同性としてそれを少し羨ましく眺める。

 

「――んじゃ、食うか」

 

「わーい、いっただっきまーすッ!!」

 

 割り箸を手にとって、一口量の麺を取る。

 汁気の薄いスープが、ストレートの細めんにも負けずに、よく絡むのがよくわかった。

 

 湯気を立ち上げている麺を、息を少しだけ吹きかけて冷ましてから、そのまま一息に啜り込む。

 

「……ふぅっ、っふぅ、ちゅ――るん……むぅっ!?」

 

 クリームのような質量のある口触り、途端に豊かな背油とマー油の香りが、口を通って鼻へ抜けていく。そして間を置かず、それを追いかけてくるかのように強烈なうま味が舌を追いかけてきた。

 

 ぷつぷつと、普通の細めんよりも数段良い歯切れのよさが、ほどよく豚骨スープ特有のくどさを和らげる。

 

「んぅ――っ~~!! おいしーッ!!」

 

「そら良かったな」

 

 ビリビリと、痺れさえ覚えてしまうようなパンチのあるうま味。さっきまでやっていた訓練のせいで、疲労していた自分の身体に染み入っていくようだった。

 

「はむっ、ふぅっ、んむっ……ふっ、はふっ――」

 

 夢中になって、箸を運び続ける。

 

 ホロホロと、箸で解けるほど柔らかなチャーシューは、噛まずとも勝手に舌のなかでとろけていき、スープとは別の濃厚な味わいを生み出す。くどすぎず、肉のジューシーさを損なわない絶妙な味付け。

 

 シャキシャキと歯ごたえに緩急を付けるメンマやネギも、女子の身として嫌いになれるはずもない半熟煮卵も、載せられたトッピングすべてが濃厚スープと協調し、一点突破でワタシの口に美味しさを伝えていくようだった。

 

 熱々な器の中身を、舌を火傷しないギリギリの速度で食べ進めていると、シャワーを浴びたばかりだというのに、ワタシの額にすでに汗が浮び始める。

 

「っふ、はぐ、はふっ、むぐっ――――んく、んく……はぁー!」

 

 限界まで溜めこんだ熱にたまらず、お冷の入ったグラスへ逃げ出した。

 

 喉に潤いを取り戻し、そこでようやくハッとすると、もうすでにワタシの前にあった器の中身は、半分ほどになってしまっている。

 

 な、なんという恐ろしい魅力……ッ! これが、噂に聞いていた『こってりラーメン』が持つ魔力ッ!

 こんなの、太刀打ちしようがないよ……ッ!

 

 完全聖遺物の暴走衝動にさえ耐えたワタシでさえも、この器の帯びる美味さには、なす術もなく取り込まれてしまうのだった。

 

 そこで、ようやく、前に居たクリスちゃんへ視線を移す――すると。

 

「っはふ、むぐぐ、っは、ずっ、ふ、ッ――」

 

 それは彼女も同じだったようで、こちらなんて一切気にせず、一生懸命に麺を啜り上げていた。

 

 食べ方が雑すぎると、よく翼さんに叱られているクリスちゃんだけど、ラーメンという食べ物にこれ以上なく、クリスちゃんの豪快な食べっぷりがマッチしていた。

 

 そして。

 

(髪を上げてラーメンを食べるクリスちゃん……っ、なんと色っぽいことか……ッ)

 

 汗を浮かべながら、ふうふうと麺を冷まして一息に啜る。たったそれだけの所作だというのに、同性であるワタシでさえも、思わずドキドキする言い表し様もない色香が、クリスちゃんから漂っていた。

 

(ま、負けていられない――ッ!! たとえクリスちゃんといえど、食いしん坊キャラの座はワタシのなんだからッ!)

 

 そんな見当はずれな対抗意識を燃やしつつ、ワタシも再び、器の中身へと向き直るのだった。

 

 

 背油の放つフォニックゲインに手も足も出ず、装者二人が器に盛られた麺をすべて啜り切るのに、10分もかからなかった。

 

 

 

 

 

 

「……クリスちゃん。もうワタシ限界だよ……。この衝動に塗りされてなるものかと頑張っていたいけど、もうそんな余裕はどこにもないんだ……」

 

 

「……そうだな、さしものわたしも、これ以上自分に嘘はつけねぇーみたいだ。いや、もう誰にも嘘はつかねぇって、そう決めたッ!」

 

 

 

「すいませーんッ! 替え玉二つお願いしまぁーすッ!

 

 

「持ってけダブルだぁッ!」

 

 

 

 おしまい。

 




あっ、飯テロってネタ尽きない気がする……(泥沼)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。