いっぱい食べる君が好き第三弾は、ズバババン回です。
安定の内容の無さ(笑)
「あれ、翼さん……? もしかして今日はオフの日なんですか?」
トレーニングルームで、いつものように戦闘訓練を終えたワタシがシャワー室を出ると、そこには雑誌を広げながらソファに腰を預けている翼さんの姿があった。
「……む、湯浴みが済んだのか立花」
読んでいた雑誌から顔を上げて、翼さんがこちらを見る。
いつもなら、午前の戦闘訓練が終わるとすぐにS.O.N.G.を後にしてしまう翼さんが、今日は本部内に残っている。
シンフォギア装者である傍ら、大人気アーティストでもある翼さんは、それこそ毎日のように、殺人的スケジュールを組まれているので、こうしてのんびりとしている彼女の姿を見るのは、とても珍しい。
「先方の都合が急遽、変更になってしまったようでな。今日は半日オフの日なのだ」
「へぇー、そうなんですかーっ! あっじゃあ隣、いいですか?」
「うむ」
翼さんからの許可をもらってから、彼女の隣に腰を下ろす。
いろんな場所を飛び回っている超多忙な翼さんと、こうして二人きりでソファに座れる機会なんてそうそうない。
ワタシは飛び跳ねて喜びたい感情を我慢しながら、アーティスト風鳴翼の隣席という、夢のような喜びを独り占めするのだった。
「……ところで翼さん、いったいそれは何を読んでいるんです?」
「む? あぁ、これか?」
ワタシからの指摘を受けて、翼さんが自分の手の中にあった雑誌を、こちらにも見えるように広げて見せてくれる。
「どうやら誰かが休憩室に忘れていったモノらしくてな……暇つぶしにと読んでいたのだがなかなかどうして、心を掴まれていたところなのだ」
それは、随分と写真が多く載せられた雑誌だった。
「えーっとなになに……? 『頬っぺたの急降下作戦完全版! 禁断の丼モノグルメ特集』……ッ!?」
広げてもらったページに載せられていたコラムの、タイトルと思しき文言をそのまま声に出して読んでみる。
そこには、カラフルな色合いが美しい海鮮丼や、大きな海老がひときわ目を引く天丼など、日本各地の丼ぶり料理らしい写真が、デカデカと大きく掲載されていた。
どうやら丼ぶり料理に焦点を合わせた、特集ページらしい。
いわゆるグルメ本――というやつである。
「ぐぁあああ! 目が! 目がぁ!」
「どうした立花!?」
両目を押さえながら、ソファの上をごろごろと転がり始めたワタシを見て、翼さんが驚いた声を上げる。
「だ、だめですよ翼さん……っ! ワタシはいま訓練で身体を動かしたばっかりなんですからぁ……! こんな目の猛毒本を見たら、ワタシの中の猛獣があっさり暴走しちゃいますよぅ……ッ!」
「……そ、そうか。それはすまなかった」
慌ててページを閉じようとして、翼さん。これ以上ワタシの目に映らないようにと、休憩室に備え付けられていた机の上に置こうとする――が、
「いえ、やっぱり読みましょう」
それを、ワタシの手ががっちりとホールドして引き止めた。
「……そうか」
ワタシの本気のトーンに、いつだって凛としているあの翼さんがわずかに戸惑っていた。
「あぁ丼ぶり……ッ! 器の中で完成され尽くしたその料理はもはや、アイラブご飯勢にとっての完全聖遺物……ッ! 一度でも蓋を開けてしまったが最後、その100%の力を常時発揮し続けてしまうという、恐ろしいパンドラボックス……ッ!」
「……それだけ聞くと、なんだか物騒な印象を受けるのだが」
「その歴史はとても古く、そもそも『丼ぶり』という言葉には、古い言葉で『不滅不朽』という意味があるとかないとか――」
「ないだろう!? 噓はよくないぞ立花!?」
「それだけ無限の可能性を秘めた食べ物だということなんですよッ! 《サクリストD》のDは丼ぶりのDだったんですッ!」
息荒く熱弁を振るうワタシに、翼さんが反応に困ったようなリアクションをする。
さすがはいつもクールでかっこいい翼さんだ。こんなにも恐ろしく魅力的な完全聖遺物を前にして、取り乱すことなく落ち着き払っているだなんて……ッ!
「翼さんはどの丼ぶりが好きですかッ?」
「む? そうだな、私は――」
「ワタシはですね~ッ、カツ丼に牛丼などのメジャージャンルはもちろんのこと、お野菜たっぷり中華丼やジューシーな焼き鳥丼も大好物ですし、魅惑の輝きイクラ丼や、鉄火丼といった海鮮モノも大好きですかね……っあぁ! そぼろ丼にうな重などの反則選手たちにももちろん全力降参ですよっ!? いやここはあえて女子力アピールを意識して、ロコモコ丼なんて言うのもアリかもしれません……! まだまだ若輩者ではありますが、ワタシなんかの身に言わせてもらえればですね、『おかず+白米』という方程式には等しく『丼ぶり』という一種の神性を帯びるのではないかと分析しておりまして、からあげ丼や照り焼き丼といった、俗に言う『乗っけただけ』文化はそれらが特に顕著に現れた――」
「わかった、わかったから。私にも答える暇を与えてくれ……」
翼さんに遮られて、ハッとした。いけない、ついサクリストD(丼ぶり)を前に我を失ってしまっていた。
「わー、ご、ごめんなさい翼さんッ!」
なんて恐ろしい魔力だ……さすが普段は、地下深くにあるアビスに保管されているだけのことはあるよ……(?)。
「こと食事の事となると、ここまで立花が饒舌になろうとは……。まったく、立花は自分の感情に正直だな」
くすくすと笑って、翼さん。
「――ふむ、立花の熱にあてられたのか、私も丼物を口にしたくなってしまったよ」
「ふぇ?」
翼さんはそう言うやいなや、座っていたソファから立ち上がった。
「せっかく半日の暇があるのだ。少しはなにかしないと勿体無いと考えていたところだったものでな。そんなわけで立花、もしよかったらこれから私と――昼食を共にしないか?」
「~~ッ!! はいもちろんッ! 不肖この立花響、殿を努めさせていただきますッ!」
翼さんからのそんなお誘いに、ワタシは一も二もなく飛び付いた。
翼さんと一緒にごはん……ッ! 今日はなんと幸運な日なんだろう……ッ!
「――そんなわけなので、緒川さん。申し訳ないのですが車の手配をお願いできますか」
「――了解しました、翼さん」
「へっ? ど、どぉわぁあああ!!?」
いつの間にかワタシの後ろに立っていた緒川さんに、腰が抜けそうなほど驚く。
驚いた弾みでソファから転がり落ちそうになった。
「す、すみません響さん……! 大丈夫ですか……?」
「え、えぇ……。ちょっとびっくりしちゃいまして……」
いったいこの人、いつからワタシたちの近くに居たのだろう……。申し訳なさそうな顔をして、転がり落ちたワタシの身体を支えてくれた緒川さんに、ワタシは内心冷や汗を浮かべるのだった。
「食事が好きな立花を連れて行くのだ。どうせなら、私が行きつけにしている、とびきりの食事処へ案内するとしよう」
緒川さんの運転する車に乗り込んで、移動すること数十分。
翼さんの案内で連れてきてもらったのは、大きな道路からいくつか道路を挟んで、歓楽街から少し逸れた、なんとなく物静かな雰囲気の漂う町並みの、その一角だった。
「……さぁ着いたぞ、ここだ」
「あれ、緒川さんは?」
「僕は構いませんよ。実はすでに、別で食事を済ませてしまっておりまして……たまには女の子同士、ゆっくりと食事を楽しんできてください」
にっこりと微笑む緒川さんに見送られて、翼さんに導かれるまま車から降りる。
「……な、なんと」
そして、驚いた。
翼さんの示した『場所』――それを目の当たりにして、ワタシの口からは間抜けな声が飛び出した。
思わず立ち尽くしたワタシの前にあったのは、真っ白な漆喰塗りの外壁が特徴的な、落ち着いた雰囲気のある一軒屋風の建物だった。
門構えには立派な大松が植えられており、玄関らしい引き戸と、中庭らしい敷地がちらりとこちらに覗いている。
いかにも厳かな純和風といった様子の、一目見るだけではとてもじゃないが『食べ物屋さん』には見えない風合いを出す建物だ。
『行きつけのお店』というより、『国の重要文化財』といったほうが、しっくりきてしまいそうな厳かな外観である。
「さぁ、さっそく行こうか」
そんな場所へ、慣れた様子の足取りで、平然と歩いていく翼さん。
彼女がくぐった立派な門には、もちろん看板らしきものなんて見当たらない。
「え、えっと翼さん……この、VIP専用感の強い、知る人ぞ知る感じの隠れ家的な建物はいったい……?」
「ん? あぁ――丼物と聞いて、真っ先に思いついた場所がここだったものでな」
「どう見ても丼物を召し上がれるような、庶民的な雰囲気のしない場所なんですが……」
すっかり雰囲気に圧倒されて怖気づいてしまっているワタシに、翼さんが軽い説明をしてくれた。
どうやらここは、いわゆる割烹料理を出しているお料理屋さんなのだという。
「アーティストの活動柄、こういった場所で打ち合わせや、業界人との面通しする機会が多いものでな。初対面の人間とそれなりに打ち解ける為には、食事を共にするのがなにかと一番手っ取り早いのだ」
そう言って、翼さん。
たとえそんな風に教えられてもらったところで、とてもそういった『食事』をする場所には見えないと思ってしまうのは、割烹料理なんていう、女子高生には馴染みのない上流階級の食文化であるためなのか――それとも、芸能人である翼さんとはそもそも生きている世界が違いすぎるということなのか。
「それに、あまり私は外食をしない性質なのだが、ここの食事は別格でな。たまに無性に口にしたくなるのだ……あぁ、そういえば、友人を連れてきたのは今回が初めてだったな」
「わ、ワタシ今、身体ぜんぶを使って『敷居が高い』という言葉の意味を体感している真っ最中なんですが……」
ん? 言ってから気が付いたが『敷居が高い』ってそういう意味で使う言葉じゃないんだっけ。この前、未来に教えてもらったような……。いやこの際、そんな細かいことはどうでもいい。
たとえ尊敬する翼さんの紹介とはいえど、平凡な小市民に過ぎないワタシにとって目の前の景色は、なかなか身が縮こまるモノだった。
り、立派すぎて、門すら潜れないよぅ……。
中に入った途端、お店の人が飛んできて「あ、すみません、一般の方はちょっと……」と静かめなトーンで怒られてしまいそうな印象すらある。
「む。そんなことはないぞ立花、たしかにここはいわゆる『紹介制』のお店だが、今回は私が共にいるから――」
「しょ、しょしょ、紹介制!?」
紹介制っていうのはあの紹介制ですかっ!? テレビで京都とかが映ったときに出てくる、俗に言うところの『イチゲン様お断り』というヤツでは!?
「……ま、まぁ、そうだが」
「ワタシ、訓練終わったまま来たので、まんまフツーの格好ですよ!? マズイですって!」
あわあわとしながら、自分の服の端を指で引っ張る。ぜったい駄目だよ! きっと怒られちゃうよ!「あの、食い意地の張っただけの人はちょっと……」とか言われちゃうよ!
「それを言うなら、私も普段の服装なのだが……?」
「翼さんはいいんですッ! だって一流アーティスト! あいむ一般ぴーぽーッ!」
生まれ持ったオーラというやつが違うんですッ!
お店の敷地に一歩も入れず、全力で訴えるワタシの様子がよほど滑稽だったのか、翼さんがおかしそうに噴き出した。
「ふふっ、いくらなんでも気負いすぎじゃないか? ここはただの食事処だぞ。選ぶのは店ではない、客である私たちだ。お前はなにも気にせず、どんと構えていればいい」
……ど、丼だけに。
「え? いま何か言いましたか翼さん?」
最後のほうがよく聞き取れずに聞き返したが、翼さんは、
「~っ。な、なんでもないぞ!? と、とにかく中へ入ろう!」
と、なんだか顔を赤くしながら、ワタシの手を掴んで引っ張った。
「え、えぇ……ホントに大丈夫なんですかね……」
不安を胸いっぱいに抱きながら、ワタシは先へずんずん進んでいく翼さんに連れられて、足を踏み出すのだった。
「――失礼いたします。お食事のほうをお持ち致しました」
カジュアルを通り越して、もはやよれよれの普段着での入店だったが、翼さんが前もって連絡を入れておいてくれたらしく、ワタシたちはあっさりとお店の人に中へと案内してもらった。
まさに『高級料亭』といった雅な空気が漂う店内は、どう考えても戦闘訓練の後に気軽に立ち寄って腹ごしらえをするような、そういった庶民的な雰囲気では全然ない。
しかし悲しいかな、足の先まで庶民で出来ているワタシには、今まで経験したことのないそんな高級感を前に、なんだかおかしな興奮を覚えてしまう。
場違いな場所に来てしまったことに、すっかり怯えきっていたワタシだったが、中に入ったら入ったらで、未知の世界に大はしゃぎだった。
店の人に案内されるまま通された奥の畳座敷で、丸窓から覗く綺麗な庭の景色に感動したりしながら、翼さんとおしゃべりをしたりしていると、襖を引いて、お盆を提げた和服姿の女性が、配膳の準備をするために入ってきた。
「ふぁ、ふぁいッ」
「あぁ、どうもありがとう」
思わず緊張して返事さえも噛んでしまったワタシと違い、翼さんは慣れた様子で落ち着き払っている。
す、すごいなぁ翼さん……。
考えてみれば、翼さんのお家は日本でも屈指の超名家らしいので、当然といわれれば当然のことだった。
一流アーティストであるのと同時に、翼さんは生まれも育ちもお嬢様なのだ。この程度の格式だった場所には、むしろ慣れ親しんできたのかもしれない。
いや、お嬢様というと少し、カッコいい翼さんのイメージからちょっとずれちゃうかな……? んー、『お姫様』……も、ちょっと違う?
「……どちらかというと、お殿様って感じかも」
「ん? なにか言ったか立花?」
「い、いいえ、なんでもないですッ! あははっ!」
慌てて笑い飛ばして誤魔化していると、そうしている間にも、料理の配膳が済まされていた。
色味の良い青菜のお漬物が入れられた小さな鉢と、優しい香りのするお吸い物が入れられたお汁椀――そして、その真ん中には主役である、美しい漆器塗りの丼ぶり鉢。
どの入れ物も軒並み高級品らしく、メニューは至ってシンプルにも関わらず、自分なんかにはとてもそぐわないんじゃないかと思ってしまう。
「……うぅ、少し前に切歌ちゃんに自慢顔でたこ焼きを勧めていた自分が、ものすごく恥ずかしい」
「……た、たこ焼き?」
「なんでもないです……ッ」
あまりに分不相応な、ブルジョワ感溢れる目の前のお膳を見て、ワタシはなんだかくすぐったくなってくる。
「わ、ワタシのようなごく平凡な一般庶民が、こんな大層なものを口にしてしまったら、バチが当たっちゃうんじゃないでしょうか……」
「お前は割烹料理をなんだと思っているんだ」
目の前に座った翼さんから、ツッコミが入った。珍しい。
「心配せずとも、この店だって普段から立花が行くようなところと、そう大した違いはない。食事処は食事を楽しむところだ。そうだろう?」
「うぅ……そうですけどぉ……」
「ふっ、ならば立花――果たしてこの丼ぶり鉢の蓋を取っても、お前はそんな悠長なことを言っていられるかな?」
もごもごと釈然としないワタシの様子を見て、翼さんはにやりと不敵に微笑んでみせた。
そして、自身の前に置かれた丼ぶり鉢の蓋に手をかける。
ぱかっ。ふわり。
「……ふぉぉおんっっ!!?」
思わずワタシの口から大きな声が出てしまった。
それも当然のことだ。
蓋を取った、翼さんの器。その中身が――眩いばかりの黄金に輝いていたのだ。
そして同時に、対面に座っているワタシにまで届いてきたのは、濃厚なお出汁の香り。
ごくり。無意識にワタシは唾を飲んだ。
「さぁ、せっかくの料理が冷めてしまっては忍びない。頂くとしようか」
そんな風に言った翼さんの言葉に促されるように、ワタシの分の丼ぶり鉢に、勝手に手が伸びる。
すっかり恐縮していたはずのワタシの身体は、猛烈な美食の気配を前に驚くほどスムーズに動いていた。
ぱかっ。ふわり。
「~~~っっ!!」
そこには同じく、燦然と輝く黄金の光。
目の前に広がった景色に、すっかり言葉を失う。
同時に湯気と共に立ち昇ってくる、そのお出汁の香りに堪えきれず、胃袋がきゅっと音を立てる。
優しくも力強い、食欲を掻き立てる『和食』の匂い――これは強烈な麻薬だ。日本人には決して逆らえないものだ。
ワタシの目をすっかり釘付けにしてしまっている黄金色の輝き――それは、キラキラと光を照り返して輝くたまごだった。
丼ぶりに盛られた白米が覗き見えないほど、丁寧に盛られたたまごの海。とろとろと、今にも溶けてなくなってしまいそうな危うさを感じるそれらが、大事そうに抱えているのは、キメ細かにふっくらと火の通った鶏肉だ。
黄色一色に染められたたまごの絨毯、その中心にはなんとも贅沢なことに、色の鮮やかな卵黄が一つ浮かべられている。
鶏肉とたまごという、誰しもが愛してやまない最強のゴールデンコンビ――その二つを丼ぶりという世界に閉じ込めて、凝縮させた、その罪深い料理の名前は――親子丼という。
「ま、眩しい……ッ! まさに純金と見紛うほどの、このリッチな輝き……ッ! こんなにも美しい丼ぶり料理が、この世に存在していいものなのでしょうか……ッ!?」
「真ん中の卵を潰して、絡めて食べるのだ。たまらなくなるぞ?」
すっと、箸を持つ翼さん。まるで戦っているときのような華麗な所作の箸捌きで、彼女の操る箸の先が、丼ぶりの中心に浮んでいる禁断の果実を捉える。
あ、あ……。
とろりと――半熟の黄身が、丼ぶりの中で弾けて溶け出した。
も、もも――もう駄目だぁッ!
自分の箸を抜き放って、自分の分の鉢へと向き合った。
あまりにも恐れ多いため、自分の禁断の果実には、まだ触れないことにする。
滑らかな絹のように、一点の解れもない金色の絨毯。
少しだけ悩んだ後、ワタシはその敷かれた美しい絨毯に、箸の先を差し入れた。
ふわり、と。全くの抵抗もなくその黄金色が解ける。中から溢れた白米を掬い上げるようにその絨毯で包んで、自分の口へと運ぶ。
「っふ、っは、ふ――んっ……~~ッ!? ふぅ……ぁ」
ふわふわと、魔法のように解けていくたまごの甘み。醤油の香ばしさと砂糖の甘みがよく溶け合った出汁が、噛むたびに口の中で溢れ出していく。
粒だった白米の噛み応えが、なによりも素晴らしい。
鼻から抜けていく昆布だしの香りに酔いしれるように、嚥下を終えたワタシはほうっと息を吐き出した。
それぞれの味が主張しすぎない、まるで心に染み込んでいくように優しく、そして穏やかな美味しさ。
――美味しい。美味しい。喉を通っていた途端、じんわりと幸せな気分がワタシの中を駆け巡っていく。
「……っは、ん、ふ……」
そこでふと、自分の目の前で、翼さんがうっとりとした表情で、箸を動かしているのが目に入ってきた。
「っぁ……ん、っむ――~~……んっ」
いつだって凛々しく、いつもワタシたちの先頭に立って道を切り開いてくれる、頼もしい彼女の、緩んだ表情。
美味しい物は、食べた人をたちまち笑顔にしてしまう。
それは人類守護の防人も例外ではなかったようで、思わず見惚れてしまいそうになる、素敵な笑顔だった。
(こんなに美味しいものを食べられるうえに、翼さんの貴重なゴキゲン笑顔が見られるだなんて……ッ! もう幸せすぎだよぉ……ッ! ……ハッ!?)
思わず我に返って、目の前の鉢に向き直る。そうだ、まだワタシの丼ぶりには禁断の楽しみが残されているではないかっ!
(きっとコレを潰してしまえば……ワタシは欲望に抗えなくなっちゃう……ッ! 怖い……ッ、でも食べたいッ!)
震える手を必死に抑えつつ、箸の先で慎重に丼ぶりの中心を突く。
とろり。
「~~~ッ!」
溶け出してきた魅惑の輝きに、震えた。
濃縮したその旨味のエキスを一滴たりとも無駄にすまいと、すべて白米で受け止めながら掬い上げる。
(そ、そうだ……今度はお肉も一緒に……って、うわっは、なにこれ贅沢の極みだよぉ……ッ!? もうバチが当たったってワタシは本望だッ!)
なにもかもを欲張りに、一口で頬張る。
「……っふぁ、は――むっ、~~ッ!! っ、くぅ~……ッ!!」
とろりと舌の上で溶け出す黄身がほどよく絡んで、舌触りを何倍にも滑らかにさせる。とろけるような甘みとコクが、何倍にも跳ね上がった。
そして。続けてあるのは、じゅわっと口の中で弾ける鶏肉の脂。ふわふわとした食感の中で、ほろほろと解けていくお肉の存在感にうっとりとしてしまう。
噛むたびに溢れだす肉汁が、たまごの甘みと混ざり合って、旨味の相乗効果を生み出す。
これぞまさに美味さのユニゾン。
鶏肉とたまごの旨味を、白米が繋ぎ支えることによって、初めて成り立つ美味さのS2CA――絶唱級の美味さだった。
「しあわせだぁ……っ」
「ふふ、気に入ってもらえたようでなによりだ」
ワタシの恍惚な表情に、翼さんが満足げに頷いていた。
「……あ、あのぅ、翼さん。非常に申し上げづらいのですが、この絶唱クラスの美味さを前に、さっきからワタシの胃袋に住んでいるハネウマが躍り狂っておりまして……」
「っふ、無論だ、立花。みなまで言わずとも良いさ――好きなだけ、おかわりするといい」
「~~ッ、一生ついていきます翼さんッ!!」
「ならば、私も負けてはいられないな――大盛りの生き様、覚悟を見せてあげるッ!!」
おしまい。
ええと、つまりあれです。
ビッキーをオトすには、美味しいご飯を食べさせるのが一番手っ取り早――
未来「ちょっとそこで、私とお話しましょうか?」(にっこり)