食欲絶頂しんふぉぎあ!!   作:nagato_12

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書いてて楽しい亀更新その④。今回は適合者みんなの心のオアシス、調ちゃん回です。

いっぱい食べる君が好き第四弾は、すこし路線を変えて甘いモノにしたそうです(他人事)

有難いことに、みなさんからコメントや反応を頂けて、非常に励みになっております。これからものんびり更新で、お待たせしてしまうとは思いますが、見かけたときには生暖かい目で見守ってもらえると幸いです。


なんとスィーツ……!

「たい焼きってさ、食べるときにタイの頭から食べちゃうっていう人と、シッポから食べちゃう人っていう二つのタイプに分かれちゃう食べ物らしいんだけど、調ちゃんはどっちから食べるのが好きかな?」

 

 

 

 ちなみにワタシはね~、アタマから食べちゃう派かなッ!

 

 駅前にあるロータリーに面した、小さなクリーム色の店舗が目印の、いま巷で話題だと言うたい焼き屋さんの前に出来た行列に並びながら、ワタシは自分の前に並んでいる、小柄な黒髪の少女にそんな話題を振った。

 

 列に並んでいる今この間にも、自然とワタシたちが立っている場所にまで、たい焼きの生地が焼ける甘く芳ばしい香りが漂ってくる。

 

 その匂いに耐え切れず、ついついだらしなく顔を緩ませていたワタシだったが、それはこの長い行列を共にしている前のツインテール少女も同じだったようで、さきほどからくんくんと、その小さな鼻が何度も動いていた。

 

「……実は、タイヤキを食べるの、今日が生まれて初めてなんです」

 

「――ええッ!!?」

 

 予想外の彼女からのそんな告白に、ワタシの口から思わず驚きの声が上がる。

当然、ワタシ達二人の前後に並んでいた人たちから、なんだなんだと怪訝そうな視線を向けられた。

 

「あ……っ、ご、ごめんなさい……ッ」

 

 慌てて周囲の人間に頭を下げて謝りながら、涼しい顔で並ぶ少女に詰め寄る。

 

「そ、それ本当なの調ちゃん……ッッ!?」

 

「え? は、はい……まぁ」

 

「なんと……ッ」

 

 とても言葉では言い表せない大きな衝撃に、ワタシの身体が打ちひしがれるようだった。

 こんなに可哀想な子が、ワタシのすぐ近くに居ただなんて……ッ!

 

「気付いてあげられなくってごめんね調ちゃん……ッ! これからはもっと、ワタシと一緒にご飯食べにいこうね……ッ! 今日はワタシがいっぱいごちそうするよ……ッ!」

 

 たい焼きの味を知らないで今まで生きてきただなんて、なんと不憫な……ッ!!

 

「え、あ、あの……響さん……?」

 

「大丈夫ッ! 遠慮なんかしなくてもいいんだよ調ちゃんッ! このお店は普通のたい焼き屋さんとは一味違って、あんこ以外にもたくさんのバリエーションがあるらしいから、今日は気になるメニュー全部制覇しちゃおうねッ!」

 

「な、なにかひどい勘違いをされているような気がするんですが……」

 

 調ちゃんがなにやら言っていたが、彼女が満足するまでたい焼きを食べさせることで頭をいっぱいにしていた今のワタシには、その呟きは入ってこないのだった。

 

「……あ、ところで調ちゃんは、あんこはつぶあん派? こしあん派?」

 

「……どちらかというと、こしあん派です」

 

「おっけぇーッ!」

 

 

 

 

 

 リディアンで、いつものように未来と一緒にワタシがのんびりとお昼休みを過ごしていると、珍しいことに調ちゃんが一人でワタシたち二回生の教室を訪ねて来てくれた。

 

「すいません、響さん。ちょっと相談したいことが……」

 

 そんな風に声をかけられて「あれ、切歌ちゃんと一緒じゃないんだ」と不思議に思いつつ、ワタシが教室から出て行くと、彼女は少し恥ずかしそうに、

 

「あの、もし良かったらなんですけど、わたしに美味しい『おやつ』が買えるお店を教えてほしいんです」

 

 と、そんなことをこっそりといった感じで打ち明けてくれた。

 

「……なんですとッッ!!?」

 

 彼女の言葉をうっかり聞き間違えたのかと思ったワタシだったが、詳しく彼女から事情を聞いてみると、

 

「実はこの前、切ちゃんが両手いっぱいのたこ焼きを買って帰ってきたことがありまして……。それがとても美味しかったので、今度はわたしからもなにか、切ちゃんが喜ぶような、美味しいグルメを持ち帰ってあげたいなって思ったんです」

 

 聞いたところによると、あのたこ焼きは響さんと一緒に買ってきたものだそうで……それなら他にも、響さんなら美味しいお店を知っているんじゃないかな、と思いまして……。

 

「響さん、今日の放課後……予定が空いていたりしま――」

 

「大丈夫だよむしろ今すぐだってへいきへっちゃらだしッ行こう今すぐ行こうカロリーの世界へようこそ」

 

 調ちゃんの話も途中で遮って、ワタシは彼女に渾身のオッケーサインを出していた。

 

「い、今すぐはちょっと……じゃあ、放課後に校門で待ち合わせ、でいいですか」

 

「へいきへっちゃらッ!!」

 

 ワタシに頭を下げて自分の教室に戻っていく調ちゃんを見送った後、ワタシは未来が待つ自分の机に戻った。

 

「調ちゃん、何だって?」

 

「ふっふー、乙女同士の秘密だよッ。ついにワタシのすべてを授けるに足る後輩が現れたのだッ!」

 

「なぁんだ。ただの食べ歩きのお誘いだったのね」

 

 ……なんでわかったんだろう。

 

 ワタシは気を取り直して、自分の鞄に仕舞い込んでいた未来お手製のお弁当を取り出した。この昼食時間こそ、学生生活の中でワタシが最も待望している至極の時間である。

 

「未来も一緒に来る? 今日はなんとなく甘いものにしようかなって思ってるんだけど」

 

「……んー、残念だけど、今日は楽しみにしていた本の発売日だから遠慮しとくよ。二人で楽しんできなよ」

 

「そっかー。お土産買って帰るねッ。なにか食べたい気分のモノとかある?」

 

「……強いて言うなら、餡子が食べたい、かな」

 

「なるほどさすが未来だねッ、ベストチョイスッ!」

 

 未来が口にしたキーワードを聞いて、さっそくワタシの中で、調ちゃんを連れて行く寄り道のお店が決定したのだった。

 

 

 

 

 

「――そんなわけで、たい焼き屋さんに決めたというわけなんだよッ!」

 

「……なるほど。たこ焼きとたい焼き。一文字違うだけなのに、全然違う食べ物……おもしろいです」

 

「タコとタイって、どっちも海の生き物なのにね~ッ! かたや男子大喜びのB級グルメ界の切り込み隊長で、かたや女子垂涎のあったかスイーツなんだから!」

 

 このお店を選んだ経緯なんかを話したりして、二人で盛り上がったりしていると、少しずつワタシたちの前に並んでいた人たちの人数が減り始めていた。

 

「行列って、この『来るぞ来るぞ』って感じがたまらなく楽しいんだよねぇ~」

 

「……ちょっと、わかる気がします。なんだかワクワク」

 

「注文はワタシに任しといてね調ちゃんッ! ココのお店、たくさんのメニューがあって悩んじゃうだろうから、初心者には少し難しいと思うしッ。ちゃんと切歌ちゃんや未来に持って帰る分も注文しておくからッ!」

 

「響さん……頼もしい……」

 

「ふっふーんッ!」

 

 えへへぇ、調ちゃんに誉められるとなんだか嬉しくなっちゃうなぁ。

 列に並んでいる退屈な待ち時間も、誰かと楽しくお喋りしていると一瞬で、ワタシたちの番は思っていたよりもずっと、早く訪れたのだった。

 

「いらっしゃいませっ、ご注文はお決まりですか?」

 

 笑顔が素敵な女性店員さんに出迎えられながら、ワタシたちはカウンターに貼り付けられているメニュー表に向き合う。

 パッと見るだけでも、かなりのメニュー量だ。どれも美味しそうな、こんがりきつね色のたい焼きが写った写真がたくさん載せられている。さっそく隣に居た調ちゃんから、

 

「……うそ、こんなに多いの」

 

 と思わず驚きの声が漏れていた。

 無理もないだろう。なんせここは近辺でかなり話題の『たい焼き専門店』だ。そのバリエーションの豊富さは、一般的なたい焼き屋さんとは一線を画している。

 

 基本的な人気メニューはもちろん、変り種や、スィーツ色の強いアレンジをされたものまで。そんな『選べる』楽しさこそ、このお店最大の武器なのである。

 

 初めてこのお店に来る人がこれを見れば、思わず目移りしてしまって、とてもじゃないがすぐに注文を決めることは出来ないだろう。

 しかし――そこはワタシ。

 

「えっとですね――ッ」

 

 長年の経験と研ぎ澄まされた勘をフルに活用しつつ、『ハズレ』のない基本的なメニューを軸に据えながらも、すっかり行列で焦らされた今のワタシ達の胃袋コンディションにぴったりな、ほどよいメニューをチョイスをしていく。

 

「す、すごい……響さん……」

 

 これぞ立花流奥義ッ、スムーズな店頭注文ッッ!

 調ちゃんからの尊敬の眼差しを背中でひしひしと感じながら、ワタシは手早く注文を済ませたのだった。

 

 

 

 

 

 

 テイクアウトのみの販売ということもあって、ワタシと調ちゃんは注文した商品をお店で受け取った後、コンビニで二人分の飲み物を買ってから、駅の近くにあった広場の休憩所に来ていた。

 

「紙の箱に入ってるんですね、たい焼きって……」

 

「たくさん頼んだからねッ! 一つ二つだと、コロッケみたいに紙の包みに入れてもらえるんだよ~? それじゃッ、切歌ちゃん達にお持ち帰りする分とは別で頼んでおいた、ワタシたちの分を開けちゃおっかッ!」

 

「は、はい……っ」

 

 ベンチに座って、さっそく商品に手をつける。

 隣に座っている調ちゃんがそれを、興味深そうに見つめていた。

 

 ほとんどワタシが注文してしまったので、調ちゃんはこの箱の中身すべてを詳しく把握できてはいないのだろう。

 なんだかそわそわと落ち着かない様子で、たい焼きの入った箱を見ている。

 

 人生初たい焼きなのだ、それも仕方のないこと。

 

 ワタシが箱の包装を解くと、列に並んでいるときも漂っていた、あの香ばしい生地の焼けた匂いが、一気に立ち込めはじめた。

 

 箱の中をそっと覗き込めばそこには、こんがりと鮮やかに色を付けているタイの群れが所狭しと、箱いっぱいぎっしりと納められている。そのそれぞれがすべて中身の違う、魅力がたっぷり詰まった愛しい子達だ。

 

「……~っ」

 ワタシが開けた玉手箱を見て、調ちゃんの目が輝く。

 

(調ちゃんが今までの人生で初めて巡り合う、最初の一匹……ッ! これは慎重にチョイスしてあげなければ……ッ!!)

 

 そんな大きな使命感に駆られつつ、ワタシが箱の中から真っ先に選んだ最初の一匹は――

 

 

「もっちろんッ! 最初に調ちゃんに食べてもらう子は『基本にして最強』ッ! あんこのたい焼きだよッ!」

 

 

 箱の中に添えられていた包み紙で包んで、ワタシは調ちゃんにたい焼きを差し出す。もちろん、最初にオーダーを取っていた通りの、こしあんの子をチョイスだ。

 

「いただきます……熱っ!? ……ふぅ、ふぅ」

 

 包み越しにも伝わってくる、焼きたてのたい焼きの温度に驚きながらも、調ちゃんは受け取ったたい焼きに、一生懸命に息を吹きかけて冷まし始めた。

 

「ふぅ……――ッは!?」

 

 やがて、その小さな口がわずかに開かれたかと思うと、そのままたい焼きのアタマを口へ――は持って行かず、調ちゃんの動きはそこでなぜか停止。

 

「ん? どうしたの、調ちゃん?」

 

 調ちゃんがじぃっと、自分の持っているたい焼きを眺めていたかと思うと、

 

「か、可愛くて……」

 

 と、呟くようにそう言った。

 

「……あぁ~~ッ」

 

 くっ、やはり調ちゃんも餌食になってしまったのか……ッ! たい焼きトラップに……ッ!

 たい焼きトラップとは!

 

 特に女子が陥りやすいトラップで、たい焼きのそのあまりにも愛らしい外見に魅了されることで、食べてしまうのがなんだか可哀想に思えてしまうという、たい焼き初心者によく見られるトラップのことであるッ!

 

「わかるよ調ちゃんッ、たい焼きのタイさんって、目がクリクリで可愛いもんね~ッ!」

 

「どことなく漂うまぬけさと、この憎めない感じ……ゆるキャラ感……かわいい……」

 

 たい焼きの目をじっと見ながら、ほんのりと表情を緩ませる調ちゃん。

翼さんとはまた違った意味で、いつもクールで寡黙なイメージが強い彼女だけれど、その表情は年相応の女の子らしさを感じさせる、なんとも可愛いらしいものだった。

 

(おぉ……ッ! あの調ちゃんが可愛いものにはしゃいでいる……ッ! かわいい……ッ!)

 

「……じー」

 

 一心にたい焼きを見つめている彼女。そのまま放っておいたら、いつまでも眺めていそうだ。

 しかし。

 

「いけないよ調ちゃんッ! あったかスィーツは温度が命ッ! 熱いうちに食べないと、真のたい焼きさんの魅力はわからないままなんだよッ!」

 

 そう言って、ワタシは箱の中にあるタイの群れから自分の分の一匹を掴み取った。

 掴んだ手から伝わってくる、ずっしりと重たいその感触に、行列に並ぶことでたっぷりと焦らされていたワタシの胃袋が、きゅうっと音を立てる。

 

「で、でも響さん……この子、こんなに可愛いのに……」

 

「食事場でなにをバカなことをッ!!」

 

 躊躇している彼女を叱咤して、ワタシは掴んだ自分の一匹を息を吹きかけ冷ましてから、アタマから豪快に口へ放り込んだ。

 

「ふぅっ、ふぅっ……はぐッ――ん~~っ!! ほふっ……はっ、ふ、ほふ……ッ! ……くぅ~ッ!」

 

 歯から伝わってくる、焼きたての皮生地のカリカリとした食感。そしてそれに続くようにして、中から湯気とともに溢れ出してきたのは、この世のすべての甘味が詰まっているんじゃないかと錯覚してしまうような熱々の餡子。

 

「な……ッ!?」

 

 ワタシの行動を見て、驚きの表情を浮かべる調ちゃん。

 そんな彼女を尻目にしながら、ワタシは口の中で解けていく待ち望んだ甘味の魅力に酔いしれた。

 

「ふぇ~~、おいしぃ~ッ!」

 

 サクサクとした皮。そしてよく練られ、しっとりとした食感を持つ餡子。火傷しないよう適度に空気を含みつつ噛めば、女子待望のうっとりするような甘みが、まるで源泉のように湧き出してきた。

 

 噛めば噛むほど口いっぱいに広がっていく、蕩けるような小豆の甘み。しかしそれは、ただ甘いというだけではなくて、ほのかな塩っ気を含んでいる皮がその餡子を包み込んでいることによって、決してくどさを感じさせない上品な甘さを保っている。

 ぷつぷつと、絶妙な挽き割り加減で形を残した餡子の粒が、食感に緩急をつけて、さらにその質を何段階も上に引き上げていた。

 

(辛うじて面影を残している、このアズキの食感……ッ! これぞつぶあんたい焼きの醍醐味……ッ! この優しい甘さを前にして、陥落しない女子がこの世にいるものか……ッ!)

 

 嚥下を終えて、思わずほうっと息をついた。口の中にいまだじんわりと残る餡子の甘みに、ついつい自分の頬がだらしなく緩んでしまう。

 

「こんなに可愛いらしいたい焼きさんの顔に、なんの躊躇もなく歯を立てるだなんて……ッ! やっぱり貴方は偽善者……ッ!」

 

「あれっ、そこまで言われちゃうのッ!!?」

 

 キッとワタシを睨んで調ちゃん。久々の彼女からの偽善者呼ばわりに、ワタシはガーンとショックを受ける。

 

「頭から食べちゃだめ……可哀想……」

 

「えぇ……で、でもっ、あえて最初から食べることによって、食べている間ずっとタイさんの顔を見なくて済むっていう意味もあるんだよ?」

 

 それに調ちゃん、と。ワタシは続ける。

 

「このあったかほわほわのあんこを前にして、食べないなんて選択肢があるのかな~~?」

 

「うッ……」

 

 一口分かじられた自分のたい焼きを彼女に見せながら、不敵な笑みを浮かべるワタシ。この前、翼さんと一緒に親子丼を食べに行ったときに、翼さんがワタシに仕掛けてきた作戦である。

 ふっふっふ、無駄な抵抗はやめなよ調ちゃん……ッ! バラルの呪詛を掛けられた人類では、美味しいモノの誘惑には決して抗えないのだ……ッ!

 

「え~い、もう一口食べちゃおッ! ぱくっ! ほふほふッ……ふぐぅッ! んぅ~~ッ!!」

 

 これ見よがしとさらに一口食べて、彼女の前で蕩けるようなたい焼きの甘みに耽溺してみせる。

 

「…………ごくり」

 

「ほらほら、アタマから食べちゃうのが可哀想だって思うなら、調ちゃんはシッポから食べるといいんだよッ」

 

 陥落寸前の気配を感じ取って、ワタシは彼女にトドメとばかりに悪魔の囁きをする。

 

「……し、シッポから、なら」

 

 自分の握っていたたい焼きをじっと眺めると、調ちゃんは意を決したように、タイのアタマとシッポを逆に持ち替えた。

 

「いただきます……」

 

 言うや否や、彼女の小さな口がわずかに開き、タイの尾っぽの先を遠慮がちに含む。

 

 すると。

 

「~~~~ッ!!」

 ぱぁあっと、途端に目を輝かせて調ちゃん。

 彼女の瞳にキラキラと、美味しさの星が降り始める。

 

「ふっふーんッ」

 満足顔でその様子を見守るワタシ。

 

(……調ちゃんって一見すると、無表情っぽく勘違いされちゃう子なんだけど、本当は結構、感情豊かだよねぇ~ッ! 美味しいモノ食べる調ちゃん可愛い~~ッ!)

 

「っはふ、んぐ……」

 

 無言のまま、二口目、三口目とタイを口に運ぶ調ちゃん。どうやらすっかり餡子の甘みに、心を奪われてしまったようだ。

 

「なんと……シッポまで餡子たっぷり……」

 

 ほうっと息を吐き出して、咀嚼を済ませた調ちゃんが表情を緩ませた。レアな彼女のご満悦顔である。その幸せそうな表情は、それを見たワタシまで幸せになってしまうような、そんな素敵な表情だった。

 

(ごくり……こうしちゃいられないよッ――ワタシも、早くあったかいうちに食べなきゃ!)

 

 ワタシは持っていた食べかけの一匹に、さっそく噛り付いたのだった。

 

 

 

 

「……じー」

 

「うぐ? どうしたの調ちゃん」

 

「……つぶあんも、美味しそう」

 

「いいよ~ッ! じゃあ食べ合いっこしよっかッ」

 

 調ちゃんのタイと自分のタイを交換する。調ちゃんのたい焼きから覗いているのは、艶々としたこし餡。

 

「いっただっきま~すッ、はむッ……~~っ! おっほぉ~ッ!」

 

 ツブの食感が残ったつぶ餡とはまた違う、なめらかな舌触り。しっかりとこされた餡子は口どけが驚くほど良く、口の中でぱっと溶けるように広がっていく。上品な小豆の風味が一層強く感じられて、まさに至上の美味しさだった。

 

「……つぶあんも、小豆の食感があって美味しい。どちらも甲乙つけがたい……」

 

 調ちゃんもワタシのつぶあんたい焼きを気に入ってくれたようだ。わかる、わかるよその気持ち……ッ!

 

 ワタシたちは二尾のたい焼きを交互に分け合いっこしながら、瞬く間に完食したのだった。

 

 

 

 

「……美味しかった」

 

「……ふっふー、甘いよ調ちゃん! まさにあんこの様に甘いよッ! ワタシたちが買ったたい焼きが、これで終わりじゃないということをもう忘れちゃったのかな!? ――あんこだけに留まることなかれッ! もはやそのあまりに高すぎる人気は『あんこの王座を揺るがす挑戦者』ッ! 次のエントリーはコイツだぁッ!」

 

 自らの脇に置いていた箱からさらにたい焼きを一尾取り出して、ワタシは高らかに宣言してみせる。調ちゃんがそれを、すでに待ちきれないとでも言いたそうな顔で見ていた。

 

「チャンピオンに挑戦……」

 

「おぁ、熱ッ……熱っ……ッ!」

 

 まだまだ冷めないたい焼きの生地に苦戦しながらも、その一尾を仲良く半分こで、真ん中で裂いてあげた。すると、中身から飛び出してくるのは――

 

 

「――ッ! ひゃぁ~~~ッ!」

 

「こ、これは……! たしかに餡子もうかうかしていられない……」

 

 

 とろりと溢れ出してくる、鮮やかな黄色のクリーム。湯気を放ちながら、うっかりすると零しかねないほどのたっぷりのボリュームを持って現れたのは、ほかほかのカスタードクリームだった。

 

「はい調ちゃんッ! そしていただきますッ!」

 

「ずるい響さん、わたしも……っ」

 

 片手で調ちゃんの分を渡しながら、自分の分から溢れ出したクリームを零さないように、慌てて口で受け止めにいく。

 とろっとろのクリーム特有の甘み。たい焼きの中で温められたそれは、きめ細かく口の中でとろけていった。

 

 香ばしい皮の風味と、カスタードの甘みが合わさって舌の上で混ざり合っていく。

 

『んぅ~~~ッ!』

 

 思わず二人とも同じ声が漏れた。

 あんこもいいけど、カスタードクリームも最高だッ……!

 

 こうなると二人とも黙々と食べ進み、カスタードたい焼きもあっさり食べきってしまった。

 

 

 

 

「さてさて、まっだまだ行くよ~~ッ! ――お次はこの子ッ! 一部のリピーターからは根強い人気ッ! 『縁の下の力持ち的ポジション』! 白餡だぁッ!」

 

「普通の小豆とはまた違った、良い風味……どこまでも飽きの来ない味……っ」

 

「う~~んッ! 甘さ控えめッ! でもこのしっとりの口どけッ! たまらん~~ッ!」

 

「無駄のないシンプルな甘さ……。熱いお茶が飲みたい……っ」

 

 

 

 

「お次はお次はこの子ッ! 『合わないはずがなかった』ッ! ――女子の誰もが待ち望んでいた王道バリエーション! チョコレートッ!」

 

「はふ、ほふ……熱々のチョコレート……、こんなのズルイ……っ。皮生地との相性がバツグン……!」

 

「んぅ~とろけるぅ~~! チョコレートフォンデュみたいなこのリッチ感がいいねぇッ!」

 

「和風バリエーションだけには留まらない、たい焼きのこのポテンシャル……、おそろしい……っ」

 

 

 

 

「じゃあ、フォンデュ繋がりでお次はこれだぁッ! その存在はまさに『話題のダークホース』ッ! ――甘いだけがたい焼きじゃない! 高級感マシマシな愛好家垂涎のバリエーション! チーズクリーム!」

 

「……っこれ、チーズが伸びて……っ!? 今までとは違った濃厚なチーズの味わい……っ、美味しい……っ」

 

「すっかり甘さに慣れていたワタシたちの舌に、程よいチーズのしょっぱさが染み渡るぅ~ッ! 皮生地のカリカリ食感がさらにマッチしてきて、これなら普段は厳しいチーズ愛好家さんたちも、大満足間違いなしの一品ッ!」

 

「カリカリチーズ……美味しい」

 

 

 

 

「――これで終わりと思うことなかれッ! 真打は遅れてやってくる! 『これにハマれば二度と普通のたい焼きには戻れない』! これこそ人生で一度は食べてみたいと巷で話題のハイブリッドスィ―ツ! クロワッサンたい焼きだぁ!」

 

「な、なにこれ……っ、生地がクロワッサンみたいにサクサク……っ。はむ――~~ッ!? まさに新食感……っ」

 

「か、軽いっ……ッ! なんと口当たりが軽いことかっ、そして香ばしさが今までのたい焼きとはまったくの別物……ッ! これが聞きしも勝る、一度ハマると抜け出せないというハイブリッドスィーツの実力……ッ! 中のクリームの甘さもさることながら、生地にふられたザラメの食感が反則的な美味しさだよぉ……ッ!?」

 

 

 

 

 ワタシたち二人はその味の感想に、ときに大騒ぎをしたりしながら、購入した色んな種類のたい焼きの味を全身全霊で楽しんでいった。

 

 普段は少食な調ちゃんも、このときばかりは別で、すっかりたい焼きの魅力に目覚めたのか、このワタシと負けず劣らずの食べっぷりを見せてくれた。

 食べれば食べるほど、ワタシ達の胃袋がもっと甘みが欲しいと催促しているかのような、そんな食べっぷりだった。

 

 そして、あれだけ入っていた箱の中身も、なんの苦労もなくあっさりと空にしてしまって、二人。

 

 

 

 

「……あれ、もうたい焼きがないよ調ちゃん……」

 

「なんと完食……」

 

「……ね、ねぇ、調ちゃん?」

 

「……はい。わたしもきっと今、響さんと同じこと考えていると思います」

 

 

『最後はやっぱり――あんこのたい焼きで締めたい(です)ッ!』

 

 

 気が付けばワタシたちはもう一度、あのお店の行列に並び直すべく、その場を駆け出していたのだった。

 

 

 

 

 おしまい。

 




響ちゃんみたいなリアクション多めの食いしん坊女子と一緒にごはん食べれば、絶対たのしいし可愛いし癒されるし、これからは自分も真っ当に生きていこうって思えると思うのです(断言)

大体、ビッキーがごはんもぐもぐしているだけでもうすでにどちゃくそ可愛いしそこにあえて言葉はいらないって感じだしもうまぢ無理結婚しょ…ってなるし――

未来「あれ? 貴方まだ……懲りていらっしゃらなかったんですか?」(肩を掴みながら)

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