分かりにくくてすみません。
「んん〜、ワタクシが銀の鍵を持っていると……? それはそれは、実に興味深いことを仰る」
「違うなら否定してくれてもいいんだけど」
「ええ、まぁ、持っているんですけどね」
そう、道化師は言った。
実にあっさりと、まるで自分の名前を告げるように、息をするような自然さで、自分が銀の鍵を持っているのだと。
そうなると、やはりどうして俺と一緒に銀の鍵なんて探そうと持ちかけて来たのか。ここが引っかかる。目撃者を消したいのであれば、遭遇したあの時に魔術師よろしく爆散させればよかったはずだ。まぁ、今までの手口からいって、信用させてから裏切る方が面白いという理由であるならお手上げだが。
「いえね。ワタクシは道化師でして、自分の愉悦ももちろんですが、皆様を愉しませることも仕事のうちなんですよ」
「皆様……?」
「それについてはお答えできませんねぇ。色々と壁をぶち抜いてしまう事柄ですので」
メフィストフェレスでも遠慮することがあるのかと、思いつつこちらも話題を元に戻す。
俺が知りたいのは、どうして俺の前に現れて、見つかりもしない銀の鍵とやらを探そうとしたのか。
メフィストフェレスは表情から俺の聞きたいことを読み取ったのであろう。知り合って間もない関係ではあるが、見たこともないほど、愉快そうに笑う。
「キヒッ! イヒヒヒヒ! それは面白いですとも! なんせ貴方はあの時に仲間よりも銀の鍵を優先する選択をとったのですからぁ!」
「……何」
こいつは一体何を言っているんだ?
彼の言っていることが読み取れない俺に対して、メフィストフェレスは畳み掛けるように言葉を紡いでいく。
「あの時、銀の鍵を探すという選択肢に迷いはなかった!」
「選択肢なんてなかっただろ」
「NO! といって差し上げましょう! 例え、相手が自分よりも高位の存在であり、その選択肢を選ばざるを得ない状況であろうとも! 一抹の迷いがあって当然のはずです。……でもぉ、貴方にはそれがなかった……」
こちらの主張をその上から潰すメフィストフェレス。
「そんなことは当たり前です! だってたかが肉塊に感情移入なんてできはしないのですから! 周りに何を言われても平然としている? とんでもない! 貴方はそれを人として認識していないだけ。犬の遠吠えに言葉を返す人がいますか? 小鳥の囀りにムキになり反論する人がいるでしょうか? いいえ、ありませんとも!」
彼の口から飛び出す言葉が、何故か心に突き刺さる。
そんなことを考えているわけがない。自分は皆の事をしっかりと見ている。心の何処かでそう思っていても、それは確かにごく一部でしかなかった。本音の所ではカルデアのスタッフや、サーヴァント……そして立香のことも何とも思っていないのではないか。やはり、言葉が聞こえようとも、触れ合う感覚が人と変わらなくても。肉塊というフィルターで覆い隠しているのかもしれないと。
「心配することはありません。それは当然のことなのです。……生まれたときから周りに人はいなかった。どれだけの美声が聞こえようとも、どれだけ空腹を煽る匂いを感じることができようとも……視界に入るものは視るもおぞましい、
「………」
「―――そういえば、貴方は見事、銀の鍵を見つけることができましたね。そのご褒美としてぇ……ワタクシが何かをしてあげましょう。なんでもいいですよぉ。自分のことをないがしろにするカルデアの職員を爆破したいとか、この特異点にある聖杯の在り処―――――後は、貴方を苦しめる視界の正体とか、ね」
メフィストフェレスの言葉に心を震わせる。
生まれたときから付き合ってきた、この視界の正体。それが分かるというのは恐ろしくもあり、とても魅力的な提案だった。例え、第三の特異点で出てきたような化け物が関わっていようとも、それでも何も知らずにいるよりは遥かにましだと思える。
「さぁ、どうしますか?」
「――――俺は、」
~~
真琴がメフィストフェレスに答えを告げようとしたその時、彼は気づいた。ロンドンの街を覆っていた濃霧が消えていることに気づいた。もしかしたら立香達が霧の発生源である聖杯を見つけたのかもしれない。
そして、霧によって妨害されていたカルデアとの通信が復帰した。
『――――やっと繋がった……!真琴君無事だったかい!?』
通信機越しにカルデアに居るロマニの声が聞こえる。真琴はそれに短く答えた。しかし、次の瞬間ロマニは真琴の近くにいるメフィストフェレスに驚きを露にした。
曰く、メフィストフェレスは立香達の前に現れ、そして倒されたと言う。
「えぇ……お前、そんなこともしてたの?」
「心外ですねェ。我々は座から呼び出される末端。召喚された数だけ存在しますとも」
『いや、それはそうだけど……。ってそうじゃなかった! 真琴君、今立香君が―――!』
「―――ッ!」
ロマニの焦った声音から少なくとも立香が大変なことになっているということだけは感じ取ることができた真琴。
そこから先の言葉を切り、メフィストフェレスに問いかける。
「何かしてあげようって言ったよな。メフィストフェレス」
「―――ええ」
「なら――――」
「いえ、いえ。実現はもちろん可能です。しかし……本当にそれでいいのですか? 今貴方がしようとしていることはとても無意味だ。何故なら、それをしようとも誰も貴方に感謝することはない。誰も貴方を称えようとしない。誰一人として、喜ぶものは居ないのですよ?」
彼の言葉は何かを確かめるような言葉だった。
「―――いるさ。一人は、絶対に。というわけで、メフィストフェレス。今度は俺の都合に付き合ってもらうぞ」
「クヒヒ! いいでしょう。面白おかしく、悪魔的に行こうではありませんかぁぁぁぁあ!!」
~~
この場はまさに絶望。
今まで三つの特異点を乗り越えて来たサーヴァント達は地面に倒れ伏し、ロンドンで出会った仲間達も、座に還っていないのが奇跡という有様だ。立香はマシュとブーディカの二人の宝具によって何とか無事に済んでいるが、それでも全身傷だらけだ。カルデアに来る前まで一般人だった彼にはそれでも辛いだろう。けれど、膝だけは屈することなく真っ直ぐに絶望を作り出した本人、ソロモンへ視線を返していた。
「それ見たことか。お前達と私では文字通り器が違う。……さて、本来であればお前ら如き、放っておいても構わないのだが。道端に咲いている雑草を踏みつぶすくらいの手間を惜しむほど、切羽詰まっているわけでもない」
四つの魔神を顕現させたソロモンは、死屍累々の状態に陥っている立香達に止めを刺そうする。
「両目、脇腹、膝・脊髄……設置完了……できませんねぇ! 一体何処が何処だかわかりません!!」
「良いから宝具開帳して!」
「
唐突にこの場にふさわしくない明るい声が響き渡る。
奇しくもその声は立香達にとって聞き覚えのある声。彼らの協力者である人間を殺した残虐非道なサーヴァントと、彼らの知り合いである真琴の声である。
「ま、真琴……!?」
「無事でよかったぞ立香!」
「こっちの台詞だけど……。というか、あの道化師のサーヴァントって……」
「例の如くそれは後に説明するとして、今はこっちだ」
真琴の隣に降り立つメフィストフェレス。
彼の宝具によってあたり一面は爆炎に包まれ、ソロモンの姿を確認することはできなくなった。だが、誰も彼を倒せたとは思っていない。圧倒的な彼の力は先程まで戦っていたこの場にいる誰もが知っているからだ。
「――――よもやお前が、こうして目の前に来るとは思わなかったぞ」
爆炎の中からソロモンの声が響く。
しかし、その声音には先程まであった余裕なんてない。溢れんばかりの憤怒の色を見て取ることができた。
「そこにいる連中にはまるで興味ないが、貴様は別だ。人類に寄生するモノよ……。今ここで貴様だけは消滅させる」
「……元凶にまでそう言われる俺って……」
「あの時に聞かなかったので教えませんよ! キッヒヒヒヒヒ!!」
元凶、悪魔、外れ者……。この三人による戦いの火ぶたが切られた。