機巧少女は傷つかない―蒼の世界―   作:namaZ

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二十六輪

 地球は生命のスープとはよく言ったものだ。

 大地を流れる龍脈。

 草木はそれらを通じ生命に溢れている。

 空気中を漂う微小な魔力。

 雲。

 生物に至るまで生命に溢れている。

 

 ああ——————あぁあ——————嗚呼——————最高だ——————

 

 世界はこんなにも素敵で素晴らしいのか。

 

 ――――――斬る。

 

 此れがクレオの感じていた世界。

 

 ――――――斬る。

 

 流れが見える。見えてしまう。

 

 ――――――斬る。

 

 クレオは感覚で流れを把握していたが、俺はそれと同時に流れが何となく見えてしまう。

 

 ——————斬る。

 

 まだ霞。もっとだ……もっとハッキリこの世界を見たい!

 

 ――――――斬る。

 

 左眼のウロボロスの刻印が灰薔薇の賢者の石に反応している。

 此処からは見えないが、賢者の石の高エネルギーが元々この肉体の一部だったと無意識に理解してしまう。

 

 ――――――斬る。

 

 <グラヴィティ・ダウン>はもう効果は薄い。無駄な魔力消費を抑える為解除する。

 

 ——————斬る。

 

 充電(チャージ)完了。此れが正真正銘のメタトロンの切り札。

 

 ――――――斬る。

 

 

「<デュアル・サンフレイム>」

 

 

 大蛇を一撃で消滅させたレーザーを七発同時に発射する。

 二千を超える獣を焼き払う。

 太陽の光の前では肉の壁も土砂も城砦も意味をなさない。

 灰薔薇も斃せれば楽だが——————

 

 

「勿論防いでくるよな。クレオとの約束もあるからな、その辺安心して任せられる」

 

 

 巨大な亀?の甲羅に防がれたようだ。

 あれ程の光線を屈折させ霧散させる反射鉱物。

 適応するたびに進化する。

 それが———————終章の獣。

 邪魔者を斃すため適応し適応し適応し、それでも殺せぬなら進化する。

 

 ——————此れが黒薔薇の能力。

 

 細胞を活性化させるだけじゃない。そのくらい俺でも出来る。

 黒薔薇の恐ろしい所はその先にある。

 黒薔薇の能力は成長と進化を促す。

 賢者の石の適合の際腕は構成され傷は全部治ったが、腕を切り落とした植物の蔦は黒薔薇の能力だ。

 急激な成長。

 蔦を鋼の強度まで進化させ鞭のようなしなやかさと切れ味を——————植物本来の有り得ない進化を遂げている。

 生物本来の能力をプラスするだけじゃない。

 書き換え可能なのだ。

 細胞に刻まれた先祖が培ってきた生物の適応進化を。

 黒薔薇本人にはこれっぽちも戦闘技能はない。

 白薔薇と銀薔薇と直属部隊に護られて当然だ。

 こんな能力が奪われればそれだけで一国だけで世界統一も夢じゃない。

 それこそ黒薔薇の能力を複数の禁忌人形(バンドール)に組み込み実験を重ねれば神性機巧(マシンドール)が生まれる可能性だって有る。

 黒薔薇が誘拐されれば薔薇の師団含め他勢力も黙っちゃいない。

 だからこそそんな悠長な事をせず、確実に使える"終章の獣"を投入してきたのだ。

 

 そう考えると勿体無い事するよな結社は、黒薔薇を実験体にせず護るべき姫様にするとは——————

 

 ——————<恩賜の腐毒>

 

 瘴気を浄化しなければ触れた部位から腐らせる腐毒。

 周囲を囲んでいた様々な形状の終章の獣を腐らせる。

 もうラグナを気にする必要が無い、加減無しで無差別に散布する。

 周囲三〇〇メートルを生物が生存できない領域とかす。

 肉が溶け骨まで達し全てを溶かしつくす。

 回避に成功しても肺に入り腐り朽ちて逝く。

 

 

「もっとだ……もっと腐らせろ腐毒なる獣(ベヒモス)!」

 

 

 腐毒が五〇〇メートルに到達する前に壁に遮られる。

 ウロボロス。

 巨大な蛇がとぐろを巻き潰しにかかる。

 逃げ場がないが——————

 

 

「逃げる必要が無いんでな」

 

 

 ラグナを中心に複数の破壊の光を回転させて身を守る。

 腐毒が充満する空間にポッカリと空いた清浄の空間。

 一人と二体が今か今かと身を潜めていた。

 

 

「C-MOON出番だ。一泡吹かせてやるか」

 

「……(コクッ)」

 

「御任せ下さい主」

 

 

 アストの恩賜の腐毒もメタトロンのレーザー光線もウロボロスの鱗を破壊できない。

 どんな物質にすればこうなるんだ?

 破壊できない謎物質の鱗。破壊できないなら破壊出来るようにすればいい。

 

 C-MOONが巨大な蛇の鱗の一枚に触れる。

 とぐろが狭まっていくが——————重力は逆転する。

 

 

「C-MOONは接近戦最強だ。触れられるなら壊せないモノはない。メタトロン、焼き払え」

 

「御意!」

 

 

 高密度に圧縮されたサッカーボールサイズの破壊の光が内部に潜り込む。

 

 

超新星爆発(スーパーノヴァ)

 

 

 消滅。山を巻くほどの図体を真っ二つにし絶命させる。衝撃で腐毒が吹き飛び晴れてしまうが丁度走りやすい。

 初めてにしては上出来だ。

 

 出来うる限り距離を詰める。

 腐るほど獣臭い。

 アレを見て何も怯まないとは——————獣の本能さえ失った人形(ドール)が。

 

 残り九〇〇メートル。

 

 

「……出し惜しみも限界か……此処で使えば対策を即時たてられる可能性もあるが……仕方ない」

 

 

 先のウロボロスを見る限り、もう尖兵(人狼)でさえ俺の魔靭を同じ個所に二、三撃しないと両断できない強度になってるはずだ。もっと固くなり、そのうち魔靭でも斬れなくなる。

 

 観察してよく分かった。

 あのビックリ箱生命体は自動人形と酷使している。

 "虚無色の髪の石像"は簡単な器を創れるだけ。

 黒薔薇の能力を利用し、巨大化、育成種類の増加、環境と敵攻撃の適応。

 賢者の石での魔力総量増加(ブースト)と中身を与える事により柔軟性と個としての存在に安定をもたらしている。

 進化も器を保つのも存在できるのも魔力が必要不可欠。

 人形使いと自動人形間での魔力伝導が有るように、灰薔薇の器になった"虚無色の髪の石像"と"終章の獣"にも繋がりがある。

 

 "魔を斬る双剣(ブレイクサーベル)は魔の繋がりを断ち切る!

 

 背後に回り込み何も存在しない筈の空間を断ち切る。

 人狼は痙攣しだすとそのままこと切れる。

 

 

『——————!!』

 

「あぁーあ……此奴と繋がってんなら何が起きたか理解しただろ。もう勝てないぞ」

 

 

 普通なら打つ手が無いがお生憎様灰薔薇は普通じゃない。

 次の手を打たれる可能性もあるが、此処は強気で行く。

 灰薔薇にとってもこれは計算外だ。動揺してくれるならその隙にぶった切る。

 

 動物園の動きが散漫になる。

 指揮系統がはっきりしたな。

 今の俺にはよく視える。通ってくれと言っているものだ。

 

 邪魔な獣は灰薔薇との接続を断ち切る。

 何を慌てている灰薔薇?統制が雑になってるぞ。

 残り五〇〇メートル。

 

 

『後一歩なのです——————行き止まりかもしれない闇を唯ひたすら歩き続け、幾つもの偶然と奇跡が重なった光を見つけ——————後一歩で—————そこまで!!!』

 

 

 生物としての特徴で何のベースかギリギリ分かる終章の獣。これまでと異なり、明らかに種類の統一性がまったくなかった。

 個を巨大化する事での圧殺ではない。

 皆、暴れている。

 喚いている。

 全身全霊を振り絞って愚直に突進する。

 味方など関係ない。

 互いを蹴落とし切り裂き押し潰す。

 人外の災害。

 雪崩や土砂を連想させるが、遺体は真面な形状で残らない。

 磨り潰される。

 撒き込まれればそこで終わり。

 よく視える。

 よく視えるからこそ隙間が無い。

 これは高波だ。

 笑えてくる。

 乾いた頬が引き攣った笑みだと思うが。

 これはある意味、物量作戦の究極形態だ。

 

 

超新星爆発(スーパーノヴァ)!!」

 

 

 だから諸共吹き飛ばす。  

 破壊の光は残り二発。

 五〇〇メートルは一瞬だ。 

 威力調整で範囲を狭めた二発を同時に起爆させる。

 

 

超新星爆発(スーパーノヴァ)ァァアアアア!!」

 

 

 草木を消滅させ、余波は灰薔薇までの道を示す。

 灰薔薇を護る壁が——————終章の獣が途切れる。

 

 

「やっと会えたな灰薔薇。()()()()()、ブラットレイ家当主蒼薔薇ラグナ・ブラットレイ。最後にやらかしたな、世界に復讐するんだろ?兵士を出している時行動を制限されるらしいな。酔ったな、父親の形見に。隠れるなり立て籠もるなりすればよかったんだ。貴女は最後の最後で詰めを誤ったんだ」

 

 

 残り——————射程圏内。

 

 

 C-MOONが拳を穿つ。

 心臓部の致命的な必殺の一撃。

 地中から這うように出てきた触手に防がれる。

 

 

「か~~いるよなぁーそりゃ、用意周到過ぎてムカついてくるなクソ!!」

 

「我が主、此処は私が」

 

 

 メタトロンのレーザー光線は地中の生物を容易に消滅させる。 

 唯の生物なら。

 

 

「なッ……そんな!?」

 

 

 地を這い出る触手の怪物。

 光を反射させる謎鉱物で出来た肉体、触手って別の生き物だっけ?っと考えさせられる鋭い牙に奇声を上げる触手たち。

 計二〇〇〇本の触手。後退を余儀なくされるが圧縮性と柔軟性を高め過ぎて強度はそこそこだ。

 厄介なのは吹き飛ばした終章の獣の方。

 足元も四方も空も敵敵敵敵敵だらけ。

 これは——————不味いな。

 

 

「口先だけ?汚物は消毒……それ以外は有り得ない!!」

 

 

 激流。

 終章の獣を押し流す。

 白薔薇の水は唯の水ではない。水は白薔薇の魔術"鎮静"の効力がある。

 その水は一滴触れただけで時が止まるとまでは言わないが、遅らせる事は出来る。

 

 

「……くッ……もう鎮静が切れてる」

 

 

 水に捕らわれた者の"生命力"を水に変換・還元する。

 肉体は残らない。存在が変換・還元するのだから。

 その理に当て嵌まるのは生物のみ。

 自動人形、禁忌人形(バンドール)、終章の獣は鎮静するのみで水に変換・還元されない。 

 水に適応した——————鎮静が効かないのは魔術が魔術を打ち消しているからだ。

 魔術の根源は灰薔薇から支給されている。

 厚いパイプで流し込まれている。

 終章の獣は器も中身も魔術で存在している。

 黒薔薇の魔術は膜の様に皮膚を覆い、炎、水、氷、雷、などの外からの要因からすぐさま適応するよう解析する役目を受けている。

 水の鎮静に適応するにはそれしか方法が無いのなら、膜は鎮静を打ち消すためだけに膨らみ、溶け出す。

 

 

「"愛を求める精霊(ウンディーネ)"も"恋を証明する精霊(オンディーヌ)"も"海の魔王(クラーケン)"も使用できない程魔力を消耗してるのによくやる」

 

「流すくらいできる」 

 

「その調子で……頼む!!」

 

 

 魔力伝導を断ち切る。

 パイプを再度繋げる。それをしないのは操る人形が多すぎるからだ。

 

 

「灰薔薇に離れるな、この距離を維持するんだ。そうすれば無茶苦茶な特攻は無い!」

 

 

 攻めきれない。

 C-MOON、メタトロン、白薔薇では——————

 まだ時間稼ぎだ。

 隙を窺え、チャンスを物にしろ。

 勝てない相手じゃない。

 

 

「撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て!!!拳が砕かれようが四肢を損壊しようが後で幾らでも直してやるC-MOON!」

 

「反射鉱物を避けて撃てば光線も!」

 

「……通らせない」

 

 

 注意は此方に向いている。

 当然だ。射程圏内に捉えているのだから。

 どちらも淡々と続くこの作業を終わりに近づけるべく次の一手を模索していた。

 灰薔薇は強い。

 <虚無色の髪の石像>

 <賢者の石>

 <黒薔薇ショコラ・バンセン・アブラクサス>

 一枚でも厄介な手札。

 永年の調整と計算で見事三位一体となった最強の人形。

 四人の薔薇が秘術を駆使しなければ太刀打ちできない強敵。

 奇しくも対処は変わらない。

 何れか三つのどれかを奪取、破壊すれば斃せる。

 

 

「メタトロン、C-MOON……イブの心臓は護れよ」

 

「この身は貴女の物です我が主」

 

「……(コク)」

 

 

 C-MOONが灰薔薇の真上に飛ぶ。

 空中にはこれまた奇妙な鳥、昆虫の群れ。

 逃げ場のない空中。

 C-MOONは——————破裂した。

 降り頻る血の雨。胸から下を無くしたC-MOONは<グラヴィティ・ダウン>を発動させる。

 重力に潰されない頑丈な肉体でも空を飛ぶのは不可能。

 自らの血をより重力を倍加し終章の獣に降りかかる。

 血は土の最深部まで染み渡る。

 クレオとアストの御蔭で完成したC-MOONにタイムラグなど無い。

 灰薔薇を護っていた地上生物、飛行生物、地中に潜む怪物の重力が逆転する。

 

 

『ブラットレイはキメに来ている。私を斃すつもりだ!だが、コレを凌げば私の勝ちだ!!』

 

 

 創造しだした新たな終章の獣をメタトロンが光の剣の余波で消し去る。

 振り被った光の剣が灰薔薇の頭狙う。

 白薔薇の水が灰薔薇を孤立させ、最終防衛ラインの終章の獣をC-MOONが駆逐し、白薔薇が創造を阻止し止めを刺す。

 灰薔薇に避ける統べはなかった。

 

 

 砕け散る外装、血に塗れた金髪、血の塊を吐く。どしゃどしゃっと溢れた血が、瓦礫を赤く染める。

 撃ち負けたのは——————メタトロンだ。

 だが、それすらフェイク。

 メタトロンは渡された水の入った小瓶を灰薔薇の足元で叩き割っていた。

 

 

「"鎮静"」

 

 

 魔力切れ。

 ありったけの魔力を注ぎ込んだ水は灰薔薇を包み込む。

 魔術の核を鎮静すれば終章の獣は存在を保てず崩壊する。

 

 

『終章の獣を創造し操作している私は唯それだけの弱い存在だとでも?ヒヒッ!!終章の獣(端末)の得た経験値はエクリヴァン(司令塔)に伝えられ真っ先に進化する。私には<炎>、<鎮静>、<腐毒>、<光>、<重力>、<魔靭>はもう効きません。終章の獣が切り札?私が切り札です!!生物は進化に何世紀も掛けその遺伝子を書き換え姿を変えていく。アブラクサスは進化を向上させる。即効性はない、進化はとてもゆっくりと行われます。私の終章の獣はひたすら死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで何世紀を掛けて進化する過程を省き、その先にある最適な結果のみを残す。何年掛かるか分かりません。人類が滅んでも構いません。世界が崩壊しても仕方ない。最後には——————()()()()()

 

 

 神性機巧(マシンドール)

 灰薔薇は自らが神性機巧(マシンドール)に成る引き換えに世界に終焉を齎す。

 白薔薇は腹部を蹴られ瓦礫に突っ込む。

 もう——————俺しかいない。

 

 

『兵は無限です。ゆっくりと……じっくりと……世界を終わらせましょう。神話を再来させるのです。人々が死に絶えた後……新たなる人類の母(イヴ)となるのです』

 

 

 <重力逆転>以外で俺は灰薔薇を斃せない。

 まだ適応しきれていないこの時が最後。

 後は無い。

 

 

『今の私は一振りで貴方を肉塊に出来ます。触れる必要などない、ただ腕を振るうだけで殺せてしまう』

 

 

 C-MOONは手元にない。

 白薔薇は魔力切れ、意識を保つのに精一杯。

 

 

『安心なさい、終章の獣は使いません。貴方が待ち望んだ正々堂々のタイマンです。私は知りたいのです。何手で貴方を殺せるのか、何秒持つのか……知りたくて知りたくて仕方ありません』

 

「力を使いたくてうずうずしてんだろ灰薔薇?」

 

『ヒヒヒッ!!……否定はしません』

 

 

 二十四撃。

 一呼吸で繰り出す魔靭の刃は人には対処できない。魔人の領域だ。

 

 

『この程度ですか……皮膚も裂けないバターナイフでどれだけ刺そうと刺さらない。貴方を殺しマーレも殺す。最初に結社を潰しましょう。後は……如何とでもなります』

 

 

 俺では斃せない。

 人知を超えた身体機能も、並ぶ者がいない魔靭も意味をなさない。

 終章の獣に攻撃せず、初見必殺で灰薔薇を斃すしかない。

 だからこそ、

 だからこそ——————

 

 

「終わりか……」

 

『ええ、終わりですよ』

 

「……ククククククッ」

 

『可笑しな箇所がありましたか?』

 

 

 灰薔薇は心底理解できないと呟く。

 それが可笑しくて可笑しくてたまらない。

 

 

「死ぬのはテメェーだ灰薔薇」

 

 

 アストが灰薔薇の胸に手を添えていた。

 

 

 

 

 

     ☦     ☦     ☦     ☦     ☦

 

 

 

 

 

 腐毒で姿をくらまし身を潜めていたアストは切り札を起動する下準備に取り掛かっていた。

 失敗は無い。

 シュプリッターのイデアの破片は問題なく機能している。

 セト家の巨大な魔術回路に問題なく接続されている。

 最後の<鍵>は、黄薔薇クレオ・ヘル・トリスメギストス。

 彼女にだけ許された秘術。

 "知識の全てを譲渡する"

 万物の英知が必要不可欠な錬金術は万物を理解することで初めて錬成できる。

 次世代が一から学んだら一代では終わらない。

 死ぬまで英知の追究で終わってしまう。

 それを防ぐ為、錬金術の研究成果を紙や錬成陣で残し、伝えるのはなく。

 一族が進化させた錬金術を、それに必要不可欠な万物の英知を、脳に直接刻むのだ。

 クレオの父がそうした様に、クレオもアストに伝えたのだ。

 父と違いクレオには才能はない。歴史を振り返れば天才の部類かも知れないが父の方が才能は上だ。

 父とは違い——————譲渡にはそれ相応のリスクがある。

 錬金術を使えなくなる。これは父にも該当する。

 クレオは——————肉体の機能を失う。否、動かし方を忘れる。

 白薔薇の魔術の効果も切れ、呪詛に侵される状態。

 それが止めになった。

 この力はそれらが積み重なり生み出された力。

 なのに、

 なのに、

 

 

「魔力が足りない!!力があるのに、もう準備は済んだのに……さいごの、最後で!!」

 

 

 魔力が足りないなんて論外だ。

 土壇場でやらかした。

 取り返しのつかない失敗を。

 

 

「なに項垂れていますの、貴方は所詮その程度なのですか?」

 

「銀薔薇様!ど、どうしてここに!?」

 

「小僧が殆ど引き受けているから楽でしたよ。あぁ、隠れ蓑が見つかった理由ですか?私の炎は迷子を見つけるのが得意とだけ教えておきましょう」

 

 

 何かを思い出すように遠い所を見つめる銀薔薇。

 

 

「魔力が足りないのでしょ?魔術賦与(トランスファー)は無理でも、貴方だけのやり方があるでしょ」

 

「私だけのやり方?」

 

「そうです。私を……使いなさい」

 

 

 アストは人間を瘴気にし、瘴気を魔力に変換する。

 

 

「真の魔女になるのです。唯瘴気を扱うだけじゃない。纏うのです。その身を瘴気そのものにするのです。そうすれば力は膨れ上げる。此れが先人の教えです」

 

「……いいのですか?」

 

「いいのですよ、どうせこのままでは死ぬだけです。私たちでは斃すことが出来ない。貴方はその術がある。死ぬには十分な理由です。でも、そうですね……ショコちゃんをもっと愛でたかった。あ、指輪あげるね。次の薔薇によろしくと」

 

 

 躊躇はない。

 銀薔薇は徐々に瘴気にされ、魔力に変換される。

 

 

「そうです。瘴気を撒き散らし、魔性で魅了し、真の腐毒の魔女となるのです」

 

 

 銀薔薇アン・ヴァミリオ・ラルジャフラムは瘴気となり、アストの一部となる。

 勝たなければならない理由がもう一つできた。

 

 

 

 

 

     ☦     ☦     ☦     ☦     ☦

 

 

 

 

 

「盗んだ物を返して貰うぞ"ヴィシー"」

 

『セ、セト——————ッ!!どうやって!?転移にしては前兆が無い、しかもこの力はトリスメギストスの———』

 

 

 灰薔薇はもう抵抗できない。

 動かせない、アストから流出する力が抵抗を許さない。

 中身が弄られる。

 奪った力が沸々と暴れる。

 

 

『有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない有り得ない——————ッ!!!私のだ!!私の、私のなんだ!!いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだぁぁああああああ!!!やっとここまで来たんだ!!やっと夢が叶うんだ!!こんな、こんな、こんなぁ?!!』

 

「"破壊(ディアプトラ)"」

 

 

 賢者の石が破壊される。

 無慈悲。

 黄薔薇クレオ・ヘル・トリスメギストスは最後に託した。

 ラグナ・ブラットレイには賢者の石を。

 アストリッド・セトには万物の英知と錬金術の全てを譲渡した。

 其処には勿論、賢者の石の全てが詰まっていた。

 賢者の石研究の創造主。その道の第一人者。

 誰よりも賢者の石を知り尽くしている。

 賢者の石を作る方法だけじゃない。破壊する方法も知り尽くしている。

 

 アストリッドは魔術師であり、人形使いであり、薔薇の一輪であり、魔女であり、錬金術師でもある。

 錬金術は語り伝えられている。

 錬金術は科学だ。

 その存在は消えはしない。

 黄薔薇クレオ・ヘル・トリスメギストスの錬金術は現代では失われた処方。

 賢者の石を作れるのはその技術を受け継いだ金薔薇だけであり、破壊できるのも金薔薇のみ。

 

 黄薔薇は才能は無かった。

 努力の技術(結晶)は金薔薇に受け継がれ、才ある少女が進化させる。 

 

 しかし、黄薔薇も人が悪い。

 錬金術師としての万物の英知に運営方法も金薔薇にあげたのに、賢者の石に関する知識は破壊のみしか渡さなかった。後々金薔薇の性格を鑑みての黄薔薇なりの保険かも知れない。

 

 

「人形に乗り移った貴方は魔力を生成出来ない。黒薔薇を経由し賢者の石を引き出すしかなかった。黒薔薇の魔力で補うにしても限界がくる。何より賢者の石で等価交換無視して何世紀も掛かる進化の過程を吹っ飛ばしたり、ただ命令に従うワンパターンな兵士じゃなくて中身を与える事で自ら思考する最強の兵士にしていた。賢者の石を失ったんじゃどれも無理だけどね」

 

『一族の宿願が…………神性機巧(マシンドール)の未来が!!殺してやる!!』

 

「私とラグナは何でも出来る。比喩じゃないよ?"三人の魔女"まで届いたんだ」

 

 

 黄薔薇の錬金術を警戒してか後ろに跳躍する。

 賢者の石を失っても進化した体までは影響されない。

 もうこれ以上の異常なまでの進化は出来ないが、<炎>、<鎮静>、<腐毒>、<光>、<重力>、<魔靭>が効かないのは変わらない。

 <転移>すれば出所を叩く。速さで来るなら弾丸も捉える目に音速を超えた脚力で対抗するまで、なんだ殺れるではないか。

 

 

「紹介するね、私の新しい人形。この子はバハムート、完全なる獣の完全なる獣(バハムート)

 

 

 獅子型自動人形。

 腐毒なる獣(ベヒモス)と見た目は一緒だが、格が違う。

 

 

『今更自動人形一体で何が出来ると!!?』

 

 

 灰薔薇は焦りと警戒に失念していた。

 どうやって金薔薇は自分に気づかれずに接近したのか。

 その答えは——————

 

 

「魔術回路"万物流転(パンタレイ)"」

 

 

 ——————世界が、減速した。 

 

 一時間を刻んでいた針が一分を刻む。

 一分を刻んでいた針が一秒を。

 一秒を刻んでいた時計が六〇分の一秒を。

 光の速さだった灰薔薇が、矢の速さになる。

 水中を掻き分けるかのように、勢いを失う。

 全てが減速された世界。

 時間の流れが停滞した世界。

 魔女と獅子のほか、動く者がいない、静かな世界。

 世界の時が減速する。

 自らの時が加速する。

 

 ゆったりと歩く。

 どんな生物、乗り物よりも速い灰薔薇に王手を掛ける。

 

 

「錬金術は流れを読む。断ち切るのは無理でも流れを変えるのは思いの外簡単。賢者の石を失った貴方()は不安定だ。賢者の石に頼り切っていたのが仇となったのね。賢者の石が破壊され空いた流れの穴に漂ってるのがよく分かる」

 

 

 時間の流れが元に戻す。

 

 

「さよなら」

 

『認めない——————認めないよ!!計画は完璧だ!!何も間違っちゃいない!!私の思惑通りなんだ!!それをそれをそれをそれをそれをそれをそれをおおおおおお!!』

 

「知ってる?計画通りに物事を進める方が難しいんだって、先人の教えだよ」

 

「アストリッドオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 

 外に飛び出た灰薔薇はまだ"虚無色の髪の石像"とラインで繋がっている。

 ラグナがそれを "魔を斬る双剣(ブレイクサーベル)で断ち切る。

 

 最後に聞こえたのは怨嗟の叫びか、はたまた復讐の呪詛か——————

 灰薔薇の魂はこの世界から消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




少し長めになりましたが、楽しんで頂ければ幸いです。
感想等アドバイス等ありましたらよろしくお願いします。
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