Paranoia Agent   作:倉木学人

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2018/11/10 紅茶→緑茶


夢の島思念公園 その①

 深淵を見つめるほど暗闇の中、ネオンカラーの高層ビルがうるさく自己主張している。

 そんな街の一角、カフェテラスで私は呑気にお茶をしていた。

 なんでだ。

 

「そのカップケーキと緑茶は、私の娘が持ってきたお土産だ。美味しいよ?」

 

 眼の前には、造形が整いすぎている美少女が同席している。

 顔が若干やつれてはいるが、碧眼と白髪は手入れされているように思える。

 凝った模様の法衣を着ていることもあって、アニメや漫画の登場人物だと紹介されれば納得できる見た目のレベルだ。

 

 ―こういう言い方は好きではないのだが。

 

「あの。何が何だか。分からなくて」

 

 気が付いたら、自分はカフェでお茶をしていたのだ。

 それはまるでアバッキオの死亡シーンのよう。

 つまり、少し前の記憶との脈絡がないのだ。

 

「この状況に相応しい言葉を、ネット小説で君は知っている。何だと思う?」

 

 少女に見つめられるが、答えは出ない。

 私は頭が良いほうではない。

 急に質問されれば尚更で、答えに困るのだ。

 

「いえ、ちょっと」

 

 目の前の摩訶不思議からネット小説なんて言葉が出るとは。

 答えは出ないが、何故か嫌悪感がこみ上げる。

 

「神様転生だよ。この状況と細かい差異はあるが。大まかな枠組みで、君らはそう言う言い方をするらしいね」

 

 その言葉で、すとんと腑に落ちたような気がした。

 そうか、自分は死んでいるのか。

 そして目の前の人間は人間ではない、と。

 嫌悪感はこれか。

 

「これが?」

「君はまだ生きているけどね。認識に大差があるかは疑問だな。死後の世界の代わりに私の世界。神様の代わりが私。はたして大きな違いと言えるのだろうか。まあ、些細な違いなのだろうさ」

 

 言っている意味はよく分からない。

 死後の世界というものが実在しないなら、ここはなんなのだろう。

 しかし、言われてみればその通りで、どうでもいいとも思えてくる。

 

「君は自分の死因を知っているね?」

 

 生きているのでは?

 確かに死んだ実感はないのだが。

 だが、死んだと思えるような記憶は残っている。

 

「就活に失敗して。カーテンで、首を吊ろうとして。そこからの記憶が無くて。多分、成功したのだと思います」

「その通り。カロウシという奴だな」

 

 過労死。

 否定したいが、否定できない所だ。

 極度のストレスで自分は死んだのだ。

 勉強を労働とするならば、就活中の自殺も過労死なのだろう。

 正直、認めたくはない。

 

「しかし―。仕事に就いてすらいないのに、カロウシとは。君ら日本人にとって就活とは、そこまでの価値があったのか?」

「い、いえ。流石にそこまでの価値は無いと思い、ます」

 

 私は良い仕事に就きたかった。

 だが、同時にそれが無意味だと知っていた。

 楽しい仕事など、やりがいのある仕事などどこにも無い。

 そう思っていたのだ。

 

「多分。私は。どうかしていたのかと」

 

 自殺など、許されることではない。

 就活といえど、人生の始まりの段階でしかない。

 失敗したって、なんとかはなる。

 

 そうは思っていたのだが、私は期待してしまったのだ。

 私のような屑人間でも受け入れてくれる、素敵な企業があるのではと。

 そうして必死に探した、いくつかの企業に応募した。

 そして、それらの全てに落ちた。

 勝手に抱いていた希望が、目の前で失われた。

 自業自得だ。

 だから、私は死のうとした。

 

「私は自殺というものは認めている。軽い“はずみ”だったのだろう? 深く絶望していれば、また違った結果になっていたのだろう」

 

 屑は屑なりに生きられる。

 ただ、私はその生き方に耐えられなかっただけだ。

 自分自身に生きる価値はない。

 実際には違うだろうが、私はそう思おうとしたのだ。

 そして何一つ成し遂げないくせに、その試みだけは成功してしまった。

 してしまったのだ。

 

「私は、どうすればよかったのでしょう?」

 

 どうしたら受かったのかは疑問がつきない。

 心底、受かりたかったとは思う。

 同時に、これで死んで良かったとも思える。

 私は生きる苦しみから解放されたのだから。

 

「それはこれから決めればいい。幸か不幸か、君にはその権利がある」

 

 だが、目の前の神様は、とんでもないことを口にする。

 わかってはいたが、その言葉は聴きたくなかった。

 

「これから? 私に、これからが?」

 

 さっきから、ふつふつと腹の底から怒りが湧いてくる。

 だが、口にはしない。

 情けなくは思うが、口にはできなかった。

 

「これは私からの、仕事の依頼なのだが。私と遊んでくれないか?」

「遊び?」

「神様転生さ」

 

 正直、面白くはないと思う。

 断るべきなのだろう。

 だが、期待している自分もいる。

 それが、どうしようもなく情けないと感じる。

 

「君には最強を目指して欲しい。君の描く最強を、私に証明してくれ」

 

 最強を目指せ、か。

 くだらない。

 だが、悪くはない気もするのは気のせいか。

 

「成功報酬は準備中だが、前金は用意した。私の部下として相応しい身体と。それと、ドラえもんのひみつ道具をあげよう。これで思う存分、君は最強を目指せるはずだ」

 

 転生特典はドラえもんときた。

 其は、万能の願望器。

 おそらくどんな願いでも叶うであろうし、際限なく強くなることも可能そうではある。

 

 問題は、願う程の願いが私に無い事なのだが。

 せいぜい優良企業に採用されたいだとか、死にたいとかそんなものである。

 それらは願望器に願うべきではないだろう。

 優良企業に行きたいなら努力すべきだし、死にたいなら自らの手で努力すべきだ。

 

「ひみつ道具って。何か一つですか?」

「全部だよ。君のポケットから、全部取り出せるようにしよう」

「それでも最強は。やり出したら、キリが無いと思うのですけど」

 

 私は強くなることには否定的だ。

 まあ、興味が無い訳ではないが。

 腕っぷしが強いことでできることなど、たかが知れているし、価値がないからだ。

 もちろん、いじめに遭いにくくなるなどのメリットはあるだろうが。

 それでも、過剰すぎる力は不要だろう。

 人間が地球を破壊できるぐらいの力を持って、それで何をしようというのだろうか。

 

「そうだな。じゃあ、私に勝てるぐらい、ってのはどうだ?」

 

 それはわかりやすいのだが。

 贈り物をした神に対して、贈るほどの力を持った神を倒せというのか。

 わかりやすいが、少し無謀だと思う。

 

「でも、どうして私なのでしょう?」

「実験の一環さ。サンプルは多いほうが良いだろう?」

 

 その言葉を聞いて、私は少し悲しい気がした。

 他にも、似たような境遇の人がいるのだろう。

 そう思うと、何とも言えない気がする。

 

「よく分からないです。私を引き入れたことを後悔するかもしれないのに?」

「私にも想定外というものはあるし、それは織り込み済みだ。ベストは期待を良くも悪くも裏切ることで、グッドは予定通りに動くこと。君がいかなる結果を出そうと、私は歓迎しよう」

 

 私がどうしようとも、どうでもよさそうだった。

 いや、この言い方は正確ではないか?

 どうも無関心、という訳でもなさそうだ。

 目の前の存在の常識は良く分からない。

 

「君には、そうだな。カップケーキと緑茶の分だけ、働いてもらえればそれで良いのさ」

 

 そう言われると、私は断りにくかった。

 君に物をあげたから、私のために働け。

 贈り物の原理だったか?

 単純な手だが、効果的だろう。

 

「わかりました。それなら引き受けます」

 

 私は見た目が可愛い少女の要請を断れなかった。

 馬鹿らしいと思う。

 私は魂をカップケーキに売ったのだった。

 

「けど、異世界転生なのですよね。どこに送られるので?」

「希望があるなら聞くが、強さを鍛え始めるために手ごろで、君の良く知る世界に君を送ろうと思う」

 

 行きたい所を聞かれても、私に意見がある訳がない。

 その辺りは、神のさじ加減でどうにでもなる気がする。

 どんなに平和な世界でも地獄はあるだろうし、逆もまた然りだ。

 

「何か質問はあるかな?」

 

 日本人のサガか、何も言いたくはなかったが。

 ふと、思いついた。

 少し意地悪だが、効果的な質問をすることにした。

 

「何か、隠してます?」

 

 それを聞くと、目前の少女は頬をかいた。

 初めて、少女は言葉に詰まっているようだ。

 

「うーん。難しい質問だな。だが一つ、言えることがある。私は人に誠実であるべきだと思っている」

 

 誠実、という言葉に反応する。

 自分から誠実というのはどうかと思うが。

 悔しいことに、相手が嘘をついているかはわからない。

 

「例え私が悪魔であったとしても、君らには全てを話そうと思う。何故だと思う?」

 

 少し考える。

 悪魔が人で楽しむなら、願いを捻じ曲げて叶えることが定番だろうが。

 こういうのはどうだろう。

 

「その方が面白いから?」

「そういうことさ」

 

 なるほど。

 良く話をした上で、寸分変わらず願いを叶えて、自業自得で絶望する。

 それも確かに、面白いのかもしれない。

 される方はたまったものではないだろうが。

 

「不愉快な話なのは認めるよ。神様転生をするぐらいなら、例えその権利があったとしても、天国に送るべきなのだから」

 

 もし天国があるのなら私も見てみたいがね、と少女は付け加えた。

 それは同感である。

 

「だから。困ったり、相談したいことがあるのならば。気軽に私の元へ会いに来ると良い。少し手間はかかるだろうが、ひみつ道具を手段として用いるならば十分それができるだろう」

 

 ―そして望むなら、君を救ってみせよう。

 少女はそう言って立ち上がった。

 

「じゃあ、始めよう」




あまり、同時に二つ以上の作品を描きたくはないのですけど。
何事もチャレンジですよね。
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