Paranoia Agent   作:倉木学人

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絵や小説は描きたいのですが。
リアルの問題が大変になりまして、参ってます。
時間と余裕はあるけど、問題解決の糸口が見つからない...


ある風景の中で その②

 サイタマが歓声に包まれながら、無表情で試合のリングを出ていく。

 暫くすると、通路を通ってここまで歩いてきた。

 治療が既にされているようで、体には傷一つない。

 

 私たちが適当な賞賛の言葉をかける。

 すると突然、彼はそろそろ帰ると言い出した。

 

「もう帰るのか。もっとゆっくりしていっても良いのに」

「日課があるからな」

「なるほど、です」

 

 彼の日課のトレーニングと、趣味でやってるヒーロー活動のことだろう。

 どっちもここでもできることだと思うのだが。

 とはいえ、あの世界でするから意味があるとか、そんな感じだと思う。

 

「そうか。じゃあ、困ったことがあったら、私の方から君の所を訪ねるとしよう」

「ん。覚えておくわ」

「また会いましょうね」

 

 アリスがガラスの窓をこつんと叩くと、ガラスは液晶となりサイタマの部屋を映し出した。

 そうしてサイタマは歩いてその中へと吸い込まれていった。

 なんとなくだが、いつもと違って嬉しそうな背中に見える。

 

「良いヒーローだな。ほれぼれするよ」

「です」

 

 彼は人格者というわけではないけども。

 それでも彼は、ヒーローの心を持っている。

 

 それはそう、いざというときに体が先に動くような。

 そういう心が、私も欲しかったと思う。

 心というか、どうも私はドンくさい所があったから。

 

「彼のような子を作ったこともあったが。やはり、オリジナルは違うよね」

「彼を、ですか?」

「うん」

 

 この幼げな少女が、彼を作ったことが?

 サイタマって原作中でも、結構アレなところを見せていたような。

 日本(?)での就活も上手くいっていないようだったし。

 かといって、アメリカンなヒーローっぽくもないような。

 彼はあっちでも人気と聞いたが、何で彼ってアメリカンにウケたのだろうか。

 

「彼が現実にいても、上手くはいきそうにはないでしょうけど」

「そうさ」

「そうなのですか?」

「私も、生前の世界というものがあったのだけどね」

 

 私と同様に、彼女にも”前”があるらしい。

 【超自然】となる前の、恐らく人間という生き物としての時代が。

 その時代は”この世界”が生まれる前のことらしく、私でも読み取ることができないのだが。

 

「今も昔も。私は望まれるままに、子を作ってきたのさ」

 

 ああ、自己紹介がまだだったね。

 そう言って、彼女は改まった。

 

「私はフレデリカ。フレデリカ・マーキュリー。【秩序】という世界群の、トップの一席を務めさせてもらっているよ」

 

 名前の元ネタはフレディ・マーキュリーかな?

 しかし、【秩序】ときたか。

 あまり支配者っぽくはない人だが、私たちの力さえあれば支配なんて余裕だろう。

 私たちは鼻をほじるより簡単に世界を支配できるからなあ。

 

「事業内容は、いくつかの世界の管理・運営をしている。私たちは基本、ボランティアだね」

「ボランティア。ですか」

「この私にとって、“今“は長い老後みたいなものでね。この力を持って、自分の名前のついた市民ホールや大学を建てたりしているのさ」

「はあ」

 

 自分の名前の建物って、センスが独特だなあ。

 マーキュリー大学ってか。

 メリケンらしいというべきか?

 

「あとは【超自然】の研究も、私の活動。これは私たちをしても、やりがいのある仕事だね」

 

 ああ、大学といえば私の世界に通っていた大学があったっけ。

 私が書いてた論文も、ついぞ完成することはなかった。

 後で先生に挨拶にいかないと。

 

「私の他の人って、普段は何をしているのでしょう」

「好きにやってるのさ。【秩序】・【中立】・【混沌】とね」

 

 秩序・混沌と聞くとTRPGを思い出す。

 間違いなく、この人は秩序側だろう。

 では、私は?

 

「【秩序】の【超自然】は、”(フレデリカ)”と”中立(スティング)”・”(ベアトリス)”で三人。二人は主に治安維持を担当しているよ」

「名前は英国のミュージシャンが由来ですか」

「うん。私の父が音楽好きでね。それに倣っているのさ」

 

 多分この感じだと、他の”人”も同じ命名法則かな。

 その場合、私の名前は浮きそうだ。

 

 ―あれ? 何か違和感が。

 それに、”私”でも気づけない?

 恐らく【超自然】の力だろうけど。

 この人も気づいていなさそう?

 

「【中立】はともかく、【混沌】って。世界でも滅ぼすんですか?」

「そうだね。この世界全体を滅ぼそうとしているよ」

 

 この”世界を滅ぼす”は、認識できる世界全部って意味だろう。

 つまり、この人の世界も、私の世界も、その人たちの世界も。

 なにもかもを。

 

「て、敵対しているんですか?」

「全面的に協力しているよ。可愛い子たちだしね」

「えー」

 

 何考えているのだろう、彼ら。

 しかも可愛いって。

 なぜか、虎が人間にじゃれつく光景を思い浮かべたのだけど。

 

「私たちにもラグナロク的な終末があってね。彼女たちはそのための準備をしているんだ」

「終末、ですか」

「楽しみにすると良い」

 

 ああ、そういうことならば分かる気がする。

 物語の悪役でたまに見るパターン。

 長生きのあまり、今の世界に飽いているのだろうか。

 

「その時は、君も参加するかい? その日には皆でさ、バーベキューでもしようよ。食べ物と飲み物を持ち寄ってさ」

「か、考えておきます」

 

 この人も今の世界に飽いているのだろうか?

 いや、多分違うのだろうけど。

 

 彼女は世界滅亡計画に対して、本気で喜んでいる。

 私では、良くわからない考えだ。

 

「でも、いいんですか?」

 

 光なき少女、アリスに再び目を向けた。

 【超自然】ではないが、人間とも違う彼女は。

 何を考えて仕えているのか。

 

「俺は別に。俺も大概、死ににくいですが。永遠に生きる趣味もないし」

「ああ。そういうことですか」

 

 彼女も人間からしてみれば、あり得ないほど裕福だし生きている。

 自分たちの終わりに対して理解はしていると見るべきか。

 

「つーても、【中立】の人らは納得していないみたいですけど」

 

 ―彼女?

 

「てか彼女たちって。私たち全員女ですか?」

「そうだよ」

「えー」

 

 全員女て。

 日本の美少女ゲーじゃないんだからさあ。

 それはどうなのだろう。

 

「私たちは性のシステムから解放されているからねえ」

「はあ」

 

 私の脳内コンピュータのデータベースをひっきりなしに作動させる。

 カリカリカリ。

 

 あーなるほど、究極カーズと同じ理由なのか。

 存在が自己完結してるから”繁殖”する必要がないんだ。

 原初の生物は女だけらしいし、納得といえば納得か。

 

「後は、私のジンクスの所為かな」

「何か、トラウマが?」

「うん」

 

 私が男のままだったならば。

 

 私も、男としての幸福を考えたことはある。

 例えば、幸せな結婚をするとか。

 今は、叶わぬ夢となったけど。

 

 彼女がそれをしなかった理由は?

 

「私が男の子を作るとね。皆、死んじゃうんだよ。それも立派にね。それはそれで男らしい生き方なんだけど、私としては不満だったんだ」

「ああ。それで私を」

「そういうことさ」

 

 この場合は。

 多分、アキレウスやカルナみたいなことが起きたのだろうなあ。

 母の幸福と男の幸福は一致しないということが。

 

「気が向いたら、彼女たちにも挨拶をしに行くと良い。私が事前にメールを送っておこう」

「お願いします」

 

 いずれ会うだろう他の【超自然】と彼女の子供たち。

 私の手では、いまだ知らぬ領域の人たちだが。

 ”彼女”たちとの出会いは、私にとってどういう価値があるのだろうか。

 

 

**

 

 

 

「それで、仕事の話なんだけど」

「どういう仕事ですか」

 

 彼女が仕事と報酬を用意し、私がそれを達成する。

 今は、それが私の生きがいとなっている。

 

 私は指示待ち人間ばりに、何をすればいいかわからない状態になっているので。

 この依頼は有難かった。

 

「ドラえもんの代わりをしてくれないか」

 

 ドラえもん、かあ。

 私はドラえもんの力が素になっていたけども。

 ここでまた関わるのか。

 

 私が、ドラえもん?

 うーん、否定できないなあ。

 

「のび太君の子守り、ですか。それはどうしてですか?」

「ドラえもんの世界の中に、因果律が狂った世界があってね。それを治して貰いたいんだ」

 

 私の管理する世界の一つさ。

 そう彼女は補足する。

 

「塩漬けしていた依頼でね。君のような事のためにとっておいていたのさ。私たちでは過分だけど。私たちが必要なぐらいには厄介な依頼でね。やってもらえるかな」

「わかりました」

「報酬は、まだ考えているが」

 

 特に異論はない。

 厄介な依頼、ということでもなさそうだ。

 彼女が大きな間違いをしたり、嘘をつくとは思えない。

 

「今回の前払いとしては、君の妹でも作ろうかな」

 

 私の中で、電流が走る。

 

「ひょっとして、それは”アタゴ”ですか?」

「うむ」

 

 アタゴ、それは私の可愛い妹。

 私たちは互いに信用が置ける兄弟だった。

 私の前世の、たった一人の拠り所だった子。

 

「嬉しいです。こればっかりは私が作る訳にはいかない問題ですし」

 

 妹を話にできなかったのは理由がある。

 もちろん、私の力で妹作ることはできたのだが。

 ただ私が作るとなると、妹(elona)的な何かになると思ったからだ。

 だから、彼女が作ってくれると本当にありがたい。

 

「オッケー。ああ、娘の一人によると、君が最後の【超自然】らしい」

 

 今度は”失敗”しない、ということだろう。

 私もなんとなく、そんな気がするが。

 念には念を、か。

 

「今回は大丈夫なはずだけど。君の“姉“にも監修してもらうつもりだよ」

 

 フレデリカの傍らに控えていたアリスが、大きな鏡を展開する。

 その鏡がワープゲートになり、そこから人が出てくる。

 

「御呼びですわね。お母様」

 

 長い黒髪の、綺麗だが不潔な少女だ。

 ゴスロリ服の上に、なぜか血濡れの白衣を着ている。

 確実な品を感じるが、同時に邪な気配を感じる。

 多分、敵ではないようだけど。

 

「彼女が製造順的に、君の姉にあたる子。私の意思を一番継いでいる者さ」

「デイジー・ベル、ですわ。可愛い妹よ」

 

 だが、そんなことはどうでも良かった。

 すぐさま彼女に近づいた。

 

「お姉さまと御呼びしてもいいですか?」

 

 そう言った途端、お姉さまの笑顔がやや引きつっていた。

 ああちょっと、変な何かが出てしまったかも。

 

「ふふ。お母様、助けて下さいまし?」

「タカオ、引いてる引いてる」

「はい」

 

 アリスと同じように。お姉さまも【超自然】ではない。

 見知らぬ【超自然】を前に、警戒するのは当たり前か。

 

「彼女ね。姉妹萌えなんだよ」

「まあ。そうなのですの」

「私は長男でしたので」

「あらあら。うふふ。元気がよろしいことで」

 

 ちょっとびっくりしていたが、今は優雅な雰囲気を漂わせている。

 眼には明るい光、穏やかな笑みを浮かべている。

 

「君の妹は、彼女がゆっくり調整して君の元に送るつもりさ。時間旅行で、すぐ来ても良いな」

「お待ちしてます」




今度こそ次からドラえもん編です。
気が向いたら更新します。

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