リアルの問題が大変になりまして、参ってます。
時間と余裕はあるけど、問題解決の糸口が見つからない...
サイタマが歓声に包まれながら、無表情で試合のリングを出ていく。
暫くすると、通路を通ってここまで歩いてきた。
治療が既にされているようで、体には傷一つない。
私たちが適当な賞賛の言葉をかける。
すると突然、彼はそろそろ帰ると言い出した。
「もう帰るのか。もっとゆっくりしていっても良いのに」
「日課があるからな」
「なるほど、です」
彼の日課のトレーニングと、趣味でやってるヒーロー活動のことだろう。
どっちもここでもできることだと思うのだが。
とはいえ、あの世界でするから意味があるとか、そんな感じだと思う。
「そうか。じゃあ、困ったことがあったら、私の方から君の所を訪ねるとしよう」
「ん。覚えておくわ」
「また会いましょうね」
アリスがガラスの窓をこつんと叩くと、ガラスは液晶となりサイタマの部屋を映し出した。
そうしてサイタマは歩いてその中へと吸い込まれていった。
なんとなくだが、いつもと違って嬉しそうな背中に見える。
「良いヒーローだな。ほれぼれするよ」
「です」
彼は人格者というわけではないけども。
それでも彼は、ヒーローの心を持っている。
それはそう、いざというときに体が先に動くような。
そういう心が、私も欲しかったと思う。
心というか、どうも私はドンくさい所があったから。
「彼のような子を作ったこともあったが。やはり、オリジナルは違うよね」
「彼を、ですか?」
「うん」
この幼げな少女が、彼を作ったことが?
サイタマって原作中でも、結構アレなところを見せていたような。
日本(?)での就活も上手くいっていないようだったし。
かといって、アメリカンなヒーローっぽくもないような。
彼はあっちでも人気と聞いたが、何で彼ってアメリカンにウケたのだろうか。
「彼が現実にいても、上手くはいきそうにはないでしょうけど」
「そうさ」
「そうなのですか?」
「私も、生前の世界というものがあったのだけどね」
私と同様に、彼女にも”前”があるらしい。
【超自然】となる前の、恐らく人間という生き物としての時代が。
その時代は”この世界”が生まれる前のことらしく、私でも読み取ることができないのだが。
「今も昔も。私は望まれるままに、子を作ってきたのさ」
ああ、自己紹介がまだだったね。
そう言って、彼女は改まった。
「私はフレデリカ。フレデリカ・マーキュリー。【秩序】という世界群の、トップの一席を務めさせてもらっているよ」
名前の元ネタはフレディ・マーキュリーかな?
しかし、【秩序】ときたか。
あまり支配者っぽくはない人だが、私たちの力さえあれば支配なんて余裕だろう。
私たちは鼻をほじるより簡単に世界を支配できるからなあ。
「事業内容は、いくつかの世界の管理・運営をしている。私たちは基本、ボランティアだね」
「ボランティア。ですか」
「この私にとって、“今“は長い老後みたいなものでね。この力を持って、自分の名前のついた市民ホールや大学を建てたりしているのさ」
「はあ」
自分の名前の建物って、センスが独特だなあ。
マーキュリー大学ってか。
メリケンらしいというべきか?
「あとは【超自然】の研究も、私の活動。これは私たちをしても、やりがいのある仕事だね」
ああ、大学といえば私の世界に通っていた大学があったっけ。
私が書いてた論文も、ついぞ完成することはなかった。
後で先生に挨拶にいかないと。
「私の他の人って、普段は何をしているのでしょう」
「好きにやってるのさ。【秩序】・【中立】・【混沌】とね」
秩序・混沌と聞くとTRPGを思い出す。
間違いなく、この人は秩序側だろう。
では、私は?
「【秩序】の【超自然】は、”
「名前は英国のミュージシャンが由来ですか」
「うん。私の父が音楽好きでね。それに倣っているのさ」
多分この感じだと、他の”人”も同じ命名法則かな。
その場合、私の名前は浮きそうだ。
―あれ? 何か違和感が。
それに、”私”でも気づけない?
恐らく【超自然】の力だろうけど。
この人も気づいていなさそう?
「【中立】はともかく、【混沌】って。世界でも滅ぼすんですか?」
「そうだね。この世界全体を滅ぼそうとしているよ」
この”世界を滅ぼす”は、認識できる世界全部って意味だろう。
つまり、この人の世界も、私の世界も、その人たちの世界も。
なにもかもを。
「て、敵対しているんですか?」
「全面的に協力しているよ。可愛い子たちだしね」
「えー」
何考えているのだろう、彼ら。
しかも可愛いって。
なぜか、虎が人間にじゃれつく光景を思い浮かべたのだけど。
「私たちにもラグナロク的な終末があってね。彼女たちはそのための準備をしているんだ」
「終末、ですか」
「楽しみにすると良い」
ああ、そういうことならば分かる気がする。
物語の悪役でたまに見るパターン。
長生きのあまり、今の世界に飽いているのだろうか。
「その時は、君も参加するかい? その日には皆でさ、バーベキューでもしようよ。食べ物と飲み物を持ち寄ってさ」
「か、考えておきます」
この人も今の世界に飽いているのだろうか?
いや、多分違うのだろうけど。
彼女は世界滅亡計画に対して、本気で喜んでいる。
私では、良くわからない考えだ。
「でも、いいんですか?」
光なき少女、アリスに再び目を向けた。
【超自然】ではないが、人間とも違う彼女は。
何を考えて仕えているのか。
「俺は別に。俺も大概、死ににくいですが。永遠に生きる趣味もないし」
「ああ。そういうことですか」
彼女も人間からしてみれば、あり得ないほど裕福だし生きている。
自分たちの終わりに対して理解はしていると見るべきか。
「つーても、【中立】の人らは納得していないみたいですけど」
―彼女?
「てか彼女たちって。私たち全員女ですか?」
「そうだよ」
「えー」
全員女て。
日本の美少女ゲーじゃないんだからさあ。
それはどうなのだろう。
「私たちは性のシステムから解放されているからねえ」
「はあ」
私の脳内コンピュータのデータベースをひっきりなしに作動させる。
カリカリカリ。
あーなるほど、究極カーズと同じ理由なのか。
存在が自己完結してるから”繁殖”する必要がないんだ。
原初の生物は女だけらしいし、納得といえば納得か。
「後は、私のジンクスの所為かな」
「何か、トラウマが?」
「うん」
私が男のままだったならば。
私も、男としての幸福を考えたことはある。
例えば、幸せな結婚をするとか。
今は、叶わぬ夢となったけど。
彼女がそれをしなかった理由は?
「私が男の子を作るとね。皆、死んじゃうんだよ。それも立派にね。それはそれで男らしい生き方なんだけど、私としては不満だったんだ」
「ああ。それで私を」
「そういうことさ」
この場合は。
多分、アキレウスやカルナみたいなことが起きたのだろうなあ。
母の幸福と男の幸福は一致しないということが。
「気が向いたら、彼女たちにも挨拶をしに行くと良い。私が事前にメールを送っておこう」
「お願いします」
いずれ会うだろう他の【超自然】と彼女の子供たち。
私の手では、いまだ知らぬ領域の人たちだが。
”彼女”たちとの出会いは、私にとってどういう価値があるのだろうか。
**
「それで、仕事の話なんだけど」
「どういう仕事ですか」
彼女が仕事と報酬を用意し、私がそれを達成する。
今は、それが私の生きがいとなっている。
私は指示待ち人間ばりに、何をすればいいかわからない状態になっているので。
この依頼は有難かった。
「ドラえもんの代わりをしてくれないか」
ドラえもん、かあ。
私はドラえもんの力が素になっていたけども。
ここでまた関わるのか。
私が、ドラえもん?
うーん、否定できないなあ。
「のび太君の子守り、ですか。それはどうしてですか?」
「ドラえもんの世界の中に、因果律が狂った世界があってね。それを治して貰いたいんだ」
私の管理する世界の一つさ。
そう彼女は補足する。
「塩漬けしていた依頼でね。君のような事のためにとっておいていたのさ。私たちでは過分だけど。私たちが必要なぐらいには厄介な依頼でね。やってもらえるかな」
「わかりました」
「報酬は、まだ考えているが」
特に異論はない。
厄介な依頼、ということでもなさそうだ。
彼女が大きな間違いをしたり、嘘をつくとは思えない。
「今回の前払いとしては、君の妹でも作ろうかな」
私の中で、電流が走る。
「ひょっとして、それは”アタゴ”ですか?」
「うむ」
アタゴ、それは私の可愛い妹。
私たちは互いに信用が置ける兄弟だった。
私の前世の、たった一人の拠り所だった子。
「嬉しいです。こればっかりは私が作る訳にはいかない問題ですし」
妹を話にできなかったのは理由がある。
もちろん、私の力で妹作ることはできたのだが。
ただ私が作るとなると、妹(elona)的な何かになると思ったからだ。
だから、彼女が作ってくれると本当にありがたい。
「オッケー。ああ、娘の一人によると、君が最後の【超自然】らしい」
今度は”失敗”しない、ということだろう。
私もなんとなく、そんな気がするが。
念には念を、か。
「今回は大丈夫なはずだけど。君の“姉“にも監修してもらうつもりだよ」
フレデリカの傍らに控えていたアリスが、大きな鏡を展開する。
その鏡がワープゲートになり、そこから人が出てくる。
「御呼びですわね。お母様」
長い黒髪の、綺麗だが不潔な少女だ。
ゴスロリ服の上に、なぜか血濡れの白衣を着ている。
確実な品を感じるが、同時に邪な気配を感じる。
多分、敵ではないようだけど。
「彼女が製造順的に、君の姉にあたる子。私の意思を一番継いでいる者さ」
「デイジー・ベル、ですわ。可愛い妹よ」
だが、そんなことはどうでも良かった。
すぐさま彼女に近づいた。
「お姉さまと御呼びしてもいいですか?」
そう言った途端、お姉さまの笑顔がやや引きつっていた。
ああちょっと、変な何かが出てしまったかも。
「ふふ。お母様、助けて下さいまし?」
「タカオ、引いてる引いてる」
「はい」
アリスと同じように。お姉さまも【超自然】ではない。
見知らぬ【超自然】を前に、警戒するのは当たり前か。
「彼女ね。姉妹萌えなんだよ」
「まあ。そうなのですの」
「私は長男でしたので」
「あらあら。うふふ。元気がよろしいことで」
ちょっとびっくりしていたが、今は優雅な雰囲気を漂わせている。
眼には明るい光、穏やかな笑みを浮かべている。
「君の妹は、彼女がゆっくり調整して君の元に送るつもりさ。時間旅行で、すぐ来ても良いな」
「お待ちしてます」
今度こそ次からドラえもん編です。
気が向いたら更新します。