Paranoia Agent   作:倉木学人

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ドラえもんのうた その①

 てくてくと歩いていくと、あの人から依頼された世界につくことができた。

 

「ここが。ドラえもん世界、のはずですが」

 

 あの人のマーキングらしきものがあるので、指定された世界で間違いないはずだが。

 

 ここは見渡す限りほぼ黒一色の世界。

 空気も水も、地面もない。

 それだけで、ここは外からのあらゆる存在を拒絶している。

 

 そんな世界の中に、密閉されたビオトープがぽつんあった。

 

「なるほど。因果律が狂っているとはこのことですね」

 

 小さな水槽の中を覗くと、そこは1970年の日本の光景が。

 ただしこの世界には”過去”と”未来”が存在しない。

 この世界は、サザエさん時空と似た状態だ。

 このまま放置しておけば、永遠に1970年を繰り返すだろう。

 

「えい。『過去・現在・未来永劫斬』っと」

 

 ”無”を振りおろし、水槽をすっぱりと切断する。

 そこから中身が散らばり、広がっていく。

 そうしたらあっという間に、ドラえもん世界の完成である。

 

 タイムマシンがある世界を普通と言って良いのかは疑問だが。

 ともかく、普通の状態になったのだ。

 

 闇は既に無く、目の前には例の空き地が見える。

 

『 。あー。もしもーし。聞こえますか?』

 

 どこからともなく電波を受信した。

 相手の場所は、この世界の近くのようだが。

 このハッキリとした声は聞き覚えがある。

 

「アリスですね。どうしました?」

『こっちの方でも因果律の正常化を確認しましたんで。そのことを連絡しました』

 

 これで、仕事の殆どは終了だ。

 あの人の言った通り、なんてことは無い簡単な仕事だ。

 とはいえ、まだ報酬は支払われていない。

 

「私はこのまま、のび太君の子守をしたほうが良さそうですかね」

『ええ。アタゴちゃんが完成するまで、暫くかかるそうなんで。勿論、時を加速させても構わないそうですが』

 

 時間操作ができる私にとって、待つことに対して意味はない。

 

 どうするかな。

 できれば、すぐにでも会いたい所だが。

 とはいえ、私には永遠の時間がある。

 

「そういうことでしたら、大人しく待ちましょう。可愛い妹のためです」

 

 あの人は丁寧に作ってくれるだろう。

 その結果を”待つ”というのは、案外いい時間の使い方なのかもしれない。

 私はせっかちだが、待つことには慣れている。

 

『あー。それと、もう一つ』

「何でしょうか」

『俺はこのまま、タカオ様の監視に移りたいと思いますが』

 

 監視というと、【超自然】になる前の私に関することだったか。

 あの時のように計測するつもりだろうか。

 

「監視、ですか。フレデリカ様からなら、私は特に何も言うことは無いのですけど」

『それもあるんですけどねえ』

 

 明らかにめんどくせえって感じのため息が聞こえる。

 あの人って嫌な仕事を押し付ける人なんだろうか?

 私に転生しろって言ったみたいな仕事とか、その部類?

 

『ほらタカオ様って、新しい【超自然】な訳でしょ? その力に目をつけた”人達”がいましてね。そいつ達からの依頼ですよ』

「はあ」

 

 私なんかが欲しい人がいるのだろうか?

 いや、私の力だけが欲しいって人はいるのだろうなあ。

 恐らく、私の人格は必要とされてない。

 

「ま、タカオ様達ならどうということの無い奴らなんで。どっちの監視も好きに切ってもらっても構いませんですぜ。俺にとっても、どーでもいい奴らだし」

 

 この力が欲しいと言われてもなあ。

 別にあげてもいいけど。

 

 私の世界の子たちは怒りそうだ。

 

 どうにせよ、私はあまり目を付けられたくない。

 

「では。後者の方は、適当に制限してください。終わった後で、私も確認しますが」

「ご協力感謝します」

 

**

 

 この時代としてはごく一般的な。

 現代の基準からすればなかなか豪華な。

 そんな野原家みたいな一軒家の戸を叩く。

 

「ちわー。家庭教師はいかがですかー?」

 

 叩いた扉からは眼鏡をかけた女性が現れた。

 可もなく不可もなく、平均値といった容姿をしている。

 つまりはそこそこ可愛いってこと。

 のび太のママさんこと、野比玉子さんだ。

 

「あら、こんにちは。学生さん?」

「似たようなものです」

 

 私なりに精一杯の笑顔を作る。

 私は笑顔が下手だが、鳥海(アズレン)みたいな感じの笑みが出来ているんじゃないかな。

 

「のび太さんの噂を聞いてやってきました」

「あら。どこから?」

「近所でも噂になってますよ」

 

 これは嘘でもない。

 現実にいても、印象に残る子だろうしなあ。

 

「お子さん、可愛いですよね」

「まあ、うれしいわ」

「何でも、目に入れても痛くないほどだとか」

 

 適当な営業トークを続ける。

 そこそこ気分は良さそうだ。

 

「ですが、本当に今のままで良いのでしょうか」

 

 ここで突然、私はきりっとした表情になる。

 

「お子さんの、成績に悩んでいませんか?」

「うーん、ええ」

「そこで、家庭教師として私を雇いませんか? あ、私。こういうものでして」

 

 ビジネス鞄から取り出した、名刺とチラシを見せる。

 両方には”イリアステル コーポレーション”との名前が書いてあり。

 この会社が私の身分を保証している。

 ということになっています。

 

 とはいえ、この世界では実在する会社にしてある。

 教育とATARIの販売をやっている会社だ。

 

「今なら一か月無料、お試しキャンペーンやってます」

「うーん?」

「お子様が気に入られないのであれば、解約して頂いても構いませんので。勿論、その時には一切料金は頂きません」

 

 あれ?

 あんまり反応が良くないぞ。

 

 これはちょっとやばいかも。

 

「”まあまあ”。やってみて損はないですので、ここにサインをお願いします」

 

 ゴリ押しとばかりに、”まあまあ棒”を使う。

 他にも手段があっただろと思わないでもないが。

 

 結構これ、お気に入りなのだ。

 黙ったけど納得してない、って所が特に。

 

「まあ、いいかしら?」

 

 やった。

 まいどありー。

 

**

 

 

「のびちゃん。今日から家庭教師の先生が来てくださるようになったから。がんばるのよ」

「はじめまして。タカオといいます。これからよろしくお願いしますね、のび太さん?」

 

 おお、この場所に足を踏み入れることになろうとは。

 ただ、思ったより広くはない部屋だ。

 私が青年くらいの伸長なので、そう見えるだけだろうが。

 

「えー」

「のびちゃん! 先生に対して何て態度をとってるの?」

「はーい」

 

 そして、うだつが上がらなさそうに寝転がっている少年。

 もちろん、のび太君である。

 

「早速、失礼しますね」

 

 ママさんが部屋を出て行った後。

 改まって、部屋を眺める。

 漫画本やおもちゃがあったりはするが、物は少なく散らかってはいない。

 子供の部屋としては、かなり綺麗な方ではないだろうか。

 

 その中で、私はランドセルに目を付けた。

 

「見ても?」

 

 彼は若干の不安と恐れを抱いた表情で、こちらを見ている。

 ばつが悪そうに、とはいえ拒否することはなく。

 やや俯いたまま公定するのだった。

 

「ねえ。先生」

「はい。なんでしょう」

 

 受け答えはしたまま。

 ノートや教科書、宿題やらの紙類をぱらぱらと見ていく。

 分かってたけど、悪い意味で綺麗な状態だなあ。

 

「僕でも、勉強なんて。できるようになれるかな?」

 

 そんな諦めや達観の表情を浮かべないでほしい。

 流石に悪いことをしちゃったかな、と思うのだ。

 

「大丈夫ですよ。あなたはそのままでも十分に魅力的なのですから」

 

 私は雑にランドセルを戻し。

 部屋の中の、例の勉強机に手をかける。

 

 そう、本来ならタイムマシンが入っているであろう例の机だ。

 

 そこを思いっきり引き出し。

 私はある”もの”を引っ張り出した。

 

「そうですよね? ”殺せんせー”?」

「ニュルフフ。その通りですねぇ」

「わああ!?」

 

 それを見たのび少年は、思わずひっくり返った。

 鮮やかな黄色をした巨大なタコが、机の中から飛び出してきたのだ。

 驚いて当然だろう。

 

「初めましてのび太君。私の名前は”殺せんせー”。趣味は教育と惑星破壊。タカオ先生の願いにより、あなたの学習をサポートしますので。コンゴトモヨロシク」

 

 にやけ面を隠さない、古めかしい教授服を着た怪物が流暢に自己紹介をする。

 どう見ても人間ではないのに、どう見てもツッコミ処満載なのに。

 その姿は手慣れていて、どこか温かさすら感じさせる。

 

「とまあ、私一人では不安でしょうけど、適宜数人体制で教えていきます」

 

 これが私の秘策なのだ。

 私には人を教える技術なんてないのだが。

 それでも何も問題ない。

 

 私の作り出した世界には、魅力的な教師がたくさんいるのだから。

 そこから持ってくればいいのだ。

 

「先生は、何者なの?」

 

 大きく、困惑しながら。

 しかし今度は好奇心をのぞかせてこちらを見てくる。

 

「殺せんせー、がですか?」

「それと、タカオ先生も」

 

 いい顔だ。

 それでこそ、君は主人公なのだ。

 

「ふふふ。私たちは漫画のヒーローですよ」

 

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