てくてくと歩いていくと、あの人から依頼された世界につくことができた。
「ここが。ドラえもん世界、のはずですが」
あの人のマーキングらしきものがあるので、指定された世界で間違いないはずだが。
ここは見渡す限りほぼ黒一色の世界。
空気も水も、地面もない。
それだけで、ここは外からのあらゆる存在を拒絶している。
そんな世界の中に、密閉されたビオトープがぽつんあった。
「なるほど。因果律が狂っているとはこのことですね」
小さな水槽の中を覗くと、そこは1970年の日本の光景が。
ただしこの世界には”過去”と”未来”が存在しない。
この世界は、サザエさん時空と似た状態だ。
このまま放置しておけば、永遠に1970年を繰り返すだろう。
「えい。『過去・現在・未来永劫斬』っと」
”無”を振りおろし、水槽をすっぱりと切断する。
そこから中身が散らばり、広がっていく。
そうしたらあっという間に、ドラえもん世界の完成である。
タイムマシンがある世界を普通と言って良いのかは疑問だが。
ともかく、普通の状態になったのだ。
闇は既に無く、目の前には例の空き地が見える。
『 。あー。もしもーし。聞こえますか?』
どこからともなく電波を受信した。
相手の場所は、この世界の近くのようだが。
このハッキリとした声は聞き覚えがある。
「アリスですね。どうしました?」
『こっちの方でも因果律の正常化を確認しましたんで。そのことを連絡しました』
これで、仕事の殆どは終了だ。
あの人の言った通り、なんてことは無い簡単な仕事だ。
とはいえ、まだ報酬は支払われていない。
「私はこのまま、のび太君の子守をしたほうが良さそうですかね」
『ええ。アタゴちゃんが完成するまで、暫くかかるそうなんで。勿論、時を加速させても構わないそうですが』
時間操作ができる私にとって、待つことに対して意味はない。
どうするかな。
できれば、すぐにでも会いたい所だが。
とはいえ、私には永遠の時間がある。
「そういうことでしたら、大人しく待ちましょう。可愛い妹のためです」
あの人は丁寧に作ってくれるだろう。
その結果を”待つ”というのは、案外いい時間の使い方なのかもしれない。
私はせっかちだが、待つことには慣れている。
『あー。それと、もう一つ』
「何でしょうか」
『俺はこのまま、タカオ様の監視に移りたいと思いますが』
監視というと、【超自然】になる前の私に関することだったか。
あの時のように計測するつもりだろうか。
「監視、ですか。フレデリカ様からなら、私は特に何も言うことは無いのですけど」
『それもあるんですけどねえ』
明らかにめんどくせえって感じのため息が聞こえる。
あの人って嫌な仕事を押し付ける人なんだろうか?
私に転生しろって言ったみたいな仕事とか、その部類?
『ほらタカオ様って、新しい【超自然】な訳でしょ? その力に目をつけた”人達”がいましてね。そいつ達からの依頼ですよ』
「はあ」
私なんかが欲しい人がいるのだろうか?
いや、私の力だけが欲しいって人はいるのだろうなあ。
恐らく、私の人格は必要とされてない。
「ま、タカオ様達ならどうということの無い奴らなんで。どっちの監視も好きに切ってもらっても構いませんですぜ。俺にとっても、どーでもいい奴らだし」
この力が欲しいと言われてもなあ。
別にあげてもいいけど。
私の世界の子たちは怒りそうだ。
どうにせよ、私はあまり目を付けられたくない。
「では。後者の方は、適当に制限してください。終わった後で、私も確認しますが」
「ご協力感謝します」
**
この時代としてはごく一般的な。
現代の基準からすればなかなか豪華な。
そんな野原家みたいな一軒家の戸を叩く。
「ちわー。家庭教師はいかがですかー?」
叩いた扉からは眼鏡をかけた女性が現れた。
可もなく不可もなく、平均値といった容姿をしている。
つまりはそこそこ可愛いってこと。
のび太のママさんこと、野比玉子さんだ。
「あら、こんにちは。学生さん?」
「似たようなものです」
私なりに精一杯の笑顔を作る。
私は笑顔が下手だが、鳥海(アズレン)みたいな感じの笑みが出来ているんじゃないかな。
「のび太さんの噂を聞いてやってきました」
「あら。どこから?」
「近所でも噂になってますよ」
これは嘘でもない。
現実にいても、印象に残る子だろうしなあ。
「お子さん、可愛いですよね」
「まあ、うれしいわ」
「何でも、目に入れても痛くないほどだとか」
適当な営業トークを続ける。
そこそこ気分は良さそうだ。
「ですが、本当に今のままで良いのでしょうか」
ここで突然、私はきりっとした表情になる。
「お子さんの、成績に悩んでいませんか?」
「うーん、ええ」
「そこで、家庭教師として私を雇いませんか? あ、私。こういうものでして」
ビジネス鞄から取り出した、名刺とチラシを見せる。
両方には”イリアステル コーポレーション”との名前が書いてあり。
この会社が私の身分を保証している。
ということになっています。
とはいえ、この世界では実在する会社にしてある。
教育とATARIの販売をやっている会社だ。
「今なら一か月無料、お試しキャンペーンやってます」
「うーん?」
「お子様が気に入られないのであれば、解約して頂いても構いませんので。勿論、その時には一切料金は頂きません」
あれ?
あんまり反応が良くないぞ。
これはちょっとやばいかも。
「”まあまあ”。やってみて損はないですので、ここにサインをお願いします」
ゴリ押しとばかりに、”まあまあ棒”を使う。
他にも手段があっただろと思わないでもないが。
結構これ、お気に入りなのだ。
黙ったけど納得してない、って所が特に。
「まあ、いいかしら?」
やった。
まいどありー。
**
「のびちゃん。今日から家庭教師の先生が来てくださるようになったから。がんばるのよ」
「はじめまして。タカオといいます。これからよろしくお願いしますね、のび太さん?」
おお、この場所に足を踏み入れることになろうとは。
ただ、思ったより広くはない部屋だ。
私が青年くらいの伸長なので、そう見えるだけだろうが。
「えー」
「のびちゃん! 先生に対して何て態度をとってるの?」
「はーい」
そして、うだつが上がらなさそうに寝転がっている少年。
もちろん、のび太君である。
「早速、失礼しますね」
ママさんが部屋を出て行った後。
改まって、部屋を眺める。
漫画本やおもちゃがあったりはするが、物は少なく散らかってはいない。
子供の部屋としては、かなり綺麗な方ではないだろうか。
その中で、私はランドセルに目を付けた。
「見ても?」
彼は若干の不安と恐れを抱いた表情で、こちらを見ている。
ばつが悪そうに、とはいえ拒否することはなく。
やや俯いたまま公定するのだった。
「ねえ。先生」
「はい。なんでしょう」
受け答えはしたまま。
ノートや教科書、宿題やらの紙類をぱらぱらと見ていく。
分かってたけど、悪い意味で綺麗な状態だなあ。
「僕でも、勉強なんて。できるようになれるかな?」
そんな諦めや達観の表情を浮かべないでほしい。
流石に悪いことをしちゃったかな、と思うのだ。
「大丈夫ですよ。あなたはそのままでも十分に魅力的なのですから」
私は雑にランドセルを戻し。
部屋の中の、例の勉強机に手をかける。
そう、本来ならタイムマシンが入っているであろう例の机だ。
そこを思いっきり引き出し。
私はある”もの”を引っ張り出した。
「そうですよね? ”殺せんせー”?」
「ニュルフフ。その通りですねぇ」
「わああ!?」
それを見たのび少年は、思わずひっくり返った。
鮮やかな黄色をした巨大なタコが、机の中から飛び出してきたのだ。
驚いて当然だろう。
「初めましてのび太君。私の名前は”殺せんせー”。趣味は教育と惑星破壊。タカオ先生の願いにより、あなたの学習をサポートしますので。コンゴトモヨロシク」
にやけ面を隠さない、古めかしい教授服を着た怪物が流暢に自己紹介をする。
どう見ても人間ではないのに、どう見てもツッコミ処満載なのに。
その姿は手慣れていて、どこか温かさすら感じさせる。
「とまあ、私一人では不安でしょうけど、適宜数人体制で教えていきます」
これが私の秘策なのだ。
私には人を教える技術なんてないのだが。
それでも何も問題ない。
私の作り出した世界には、魅力的な教師がたくさんいるのだから。
そこから持ってくればいいのだ。
「先生は、何者なの?」
大きく、困惑しながら。
しかし今度は好奇心をのぞかせてこちらを見てくる。
「殺せんせー、がですか?」
「それと、タカオ先生も」
いい顔だ。
それでこそ、君は主人公なのだ。
「ふふふ。私たちは漫画のヒーローですよ」