白ひげ海賊団の頭にして世界最強の男、エドワード・ニューゲート。
海賊王ゴール・D・ロジャー亡き今、世界最強の男(及び海賊)の称号はこの男を指している。
彼の代名詞でもある地震は長年、海軍の恐怖であったそうだ。
とはいえ、単純な強さは私を遥かに下回る。
原作でも白ひげは、サシなら百獣の“カイドウ”に劣ると噂されているのだ。
漫画でカイドウについて詳しく知らなかった私だが、その強さは何度か目で見て確認している。
ひみつ道具を持つ私なら、簡単に勝てるはずだ。
そう、はずだったのだ。
**
結論から言うと、私は白ひげに負けた。
前提として、私の認識自体は決して間違ってはいなかった。
ひみつ道具は時として世界さえ破壊し、創造する。
私の眼から見ても、力の差は巨人と白アリ程の差があったと言える。
ただ、それでも勝てるかは別であったという訳で。
私の攻撃は全て命中し、白ひげの攻撃は全て防ぐことができた。
そうしている内に、白ひげはあっという間にボロボロになった。
私は“みねうち“を繰り返し、どんどん追い詰めたつもりでいた。
一方的なリンチの余り、配下の海賊たちが止めてくれと懇願するぐらいだった。
少し思考が逸れるが、そもそも私は手加減するのが非常に楽であったりする。
時々心配になることはあるが、それでも加減を間違えたことは今の所はない。
この“体質“はどうも、あの少女から頂いた私の体質によるもののようだ。
何故か思い出すのは、私が嘗て遊んでいた“ジャンプアルティメットスターズ”というゲーム。
このゲームは週刊少年ジャンプの主人公達等による、お祭り的な格闘ゲームであるのだが。
それぞれの操作キャラクターごとに、三すくみの属性が設定されていた。
代表として、うずまきナルトや孫悟空のような“力”属性。
武藤遊戯や太公望のような“知”属性。
そして両津勘吉やボーボボのような“笑”属性である。
どうも私は、この中で“笑”属性にあたるらしかった。
漫画っぽく言うと、“ギャグ補正“なるものが私についているようだ。
この辺りは、ひみつ道具(例えば、”〇×うらない”)で裏付けも取れている。
つまりは私が(あとはドラえもん・のび太がと言えるのだろうか?)何をしようが、殺すことは無い。
頭を壊す怪電波を飛ばそうが。
抗体や抵抗手段の無いウィルスをばら撒こうが。
ネズミに地球破壊爆弾を落そうが。
何をやっても、相手は絶対に死ぬことがないのである。
そして損傷を治そうと思えば、容易く治すことができる。
でんじゃらすじーさんが何回死んでも、月を跨げば復活するように。
うん。
思考を戻そう。
ともかく、私は白ひげを倒そうとしたのだ。
とはいえ、流石に殺そうとは思っていなかった。
多分、殺しても死者蘇生とか時間逆行とかで元通りにできるとはいえ、その気はなかった。
この辺りの記憶は少々曖昧だが、ともかく私は白ひげに“負け”を認めさせようとしたのだと思う。
だが、彼は決して負けを認めなかった。
どんな攻撃を加えても、その足で立ちあがり、こちらに正面を向けてくる。
勝算など、恐らくないと知っていたのに。
まるで、わからなかった。
無知蒙昧にして愚かなる私は、彼のことが理解できなかった。
だからこそ、私は彼に聞いたのだ。
“何故、負けを認めないのですか”、と。
そうすると、彼は答えた。
“アホンダラ。何故、負けを認める必要がある”、と。
口に出たのが、今考えると酷い台詞だった。
“私はわからない。負けると何か不都合なのですか?”
彼は真直ぐにこちらを見て、答えた。
“家族がいる”。
そこからは酷く記憶が曖昧で、殆ど何も覚えていない。
タイムテレビによると、私は自らの負けを認めていたようだ。
気のせいかもしれないが、あの少女が失望した顔でこちらを観察していたように思える。
これらは”記憶トンカチ”で取り出すことさえ出来ないの事柄だ。
結論として、私は守るべきものを殆ど持っていなかった事に気づかされた。
私には、あの少女との約束以外には何もない。
恐らく家族の有無ではない、単に覚悟の重さの話だ。
なのに、相手から守るものを奪おうとしていた。
そのことが、私の戦いをむなしく思わせた。
人間として負けを認めざるを得なかった。
**
戦いの後、私と白ひげは酒を飲み交わしていた。
これは私が治療と同時に提案した事だった。
二つの申し出は当然のように断られたが、私は“まあまあ棒”を使って無理やり納得させた。
これを使えば、怒らせた相手を無理やり鎮めることができるのだ。
これを使えば白ひげを負かせたのでは、という考えは隅に追いやることにする。
「グラララ。どこの酒かは知らないが。随分と、いい酒を持ってんだな」
「まあ。ええ」
白ひげは怒ってはいない。
怒ってはいないが、今一納得はしていないようではある。
相手を黙らせたからといって、納得させたわけではない。
「アホンダラめ。それだけ便利な力を持っておいて、他に何を望もうってんだ?」
「え、と。さあ?」
ぐいっと豪快に、私が用意したビールをピッチャーで飲み干す。
老人の、それも病人が飲む量とは思えない。
私は“元に戻せる”とはいっても、老衰のそれを戻すようなものではないのだ。
しかも彼は若返ろうとかいう発想がないみたいだし。
遠くから、看護婦たちと白ひげ海賊団の視線を感じる。
「最初から、私はどうかしているのですよ。何でも手に入る力を手に入れても。手に入れたいものなんて、私には無いのです」
私は、手元のビールをチビチビ飲む。
本当は、梅酒が飲みたいのだが。
こういった私の志向も、相手に合わせる程度の事柄なのだ。
「有り余る程の財宝。それがあるだけで、何もしないなんて。空しい話でしょう?」
「-あァ。そういうものかもな」
白ひげは仲間思いで知られている。
彼は部下を自分の家族だと公言して憚らない。
私にはその気持ちがわかる。
自分の幸福を誰かと分かち合いたいのだ。
嘗ては彼も財宝を独り占めしていたようだが、あまり想像つかないな。
「貴方は。最強って、何だと思います?」
「生憎と。興味はねェな」
「それは知ってます。ですが。私は使命により、問わなければならないのですよ」
私はまだ、最強とは何かとは知らない。
あの少女は教えてくれなかったし、ひみつ道具でも分からなかった。
考える事も課題らしい。
少女も答えは用意してはいないのかもしれない。
「随分と哲学的なこった。そう考えると、お前さんは見てみるよりは若いな」
クソゲーオブザイヤー、という企画を思い出した。
アレの人々は毎年、クソゲーとは何かということを問いかけていたようだが。
大賞の基準はその年によって変わり、此れと言ったものはなかった。
結局は“どう納得するか”、というのが焦点だったと思う。
最強も多分そうだ。
その人によって答えは違ってくる、はず。
あの少女はともかく、私はどう納得すれば良いのだろう。
「まあ、目指すほどのモノではねェな」
「最強の男がそういうとは。説得力を感じます」
それは、彼の経歴からすれば当然の思想だ。
「だがな、『鉄腕』。俺もそうだったが、お前には出来るだろうな」
私が、できる?
私が白ひげと、同じ?
どこが?
「それは何故ですか?」
「大分、余裕があるみたいだからな」
「余裕、ですか」
自分に余裕があるのだろうか。
死ぬ前も死んだ後も、常に私は何か急いでいる気がしてならない。
社会に居場所がないと気づいた時から、私はずっと死なねばと思っていたように思える。
今は、どうも死にたくないとの思いで一杯だ。
「最強についてはどうだかわからんが。海賊王の称号や、
素寒貧、というと。
貧乏暇なし、ということか?
ああ、随分と私はあの少女に恵んでもらった。
「俺も昔はァ、財宝を集めようと必死だったさ。そのためになら最強にだってなろうとも思ってたかもな」
「ですが、手に入ったのでは?」
「手に入ったのは、すべてを諦めてからさ」
私は、どうだろう。
子供の頃は、ひみつ道具が羨ましかったと思う。
今は、あまり求めていない。
手放したくはないと思ってはいるが。
「ロジャーの奴もそうだったが、そう言う奴は“持ってる”のさ。海賊王を目指すだなんてのは、少なくとも日々に生きるのに必死で、余裕の無いヤツの台詞じゃねェ」
そうだ。
夢を叶えたいとずっと思っていた。
だが、そう思っても叶う事はなかった。
そうか、そうなのか。
「ありがとうございます」
昔の私から見れば、今の私は望んだものが手に入っていると言えるのだろうか。
昔の私は、今の私をどう見る。
「思えば、私からしてみれば、海賊王という言葉が謎なのですが。しかし、ひとつなぎの財宝、ですか。興味は無いのですけど」
しかし、ついぞ私は主人公に出会わなかった。
ふと、モンキー・D・ルフィについて考えた。
海賊王に、俺はなる、だったか?
友情、努力、特殊能力を体現する、ジャンプの主人公。
彼は、欲しい物が手に入るのだろうか。
「多分、兵器ですよね。それも世界を亡ぼす程の」
「あァ? どうしてそう思う?」
「特に理由は無いのですけどね。冒険の最後にあるのが、巨大な敵であるのであれば。物語として相応のロマンであると思っただけです」
いつか調べてみようとは負い持っていたが。
ワンピースは永遠に謎であるというのも、それはそれで良いのかもしれない。
「ロマンか。グラララ。いい言葉だ」
そうロマンがある。
夢を見たまま死ねるというのは幸福であろう。
絶望を見るよりは、はるかにきっと。
ああでも、主人公とかなら次の夢を見つけるのかな?
「今日は、ありがとうございました」
「そうかい。意外に良い酒だった」
この世界が、今後どうなっていくかは分からない。
ただ、一つだけ決めていることがある。
「ですが。もう二度と会う事は無いでしょう」
「そりゃあ、どうしてだ?」
「私は元々、この世の人ではないのです。ここではない、どこかに向けて。私は旅立たないといけないので」
飛ぶ鳥、跡を濁さず、と言う。
それを私は実行するつもりだ。
私は、この世界に私の痕跡を残したくなかった。
私の過ちは、どこにも存在して欲しくはないのだ。
「この出会いに、感謝を。例え、全てが忘れても」
この世界における私の痕跡を全てなかったことにし。
そうして私はこの世界を去ったのだった。