Paranoia Agent   作:倉木学人

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2018/11/10 いくつか微修正


ウィーアー! その⑤

 白ひげ海賊団の頭にして世界最強の男、エドワード・ニューゲート。

 自然(ロギア)系・“グラグラの実”を食べた地震人間である。

 海賊王ゴール・D・ロジャー亡き今、世界最強の男(及び海賊)の称号はこの男を指している。

 彼の代名詞でもある地震は長年、海軍の恐怖であったそうだ。

 

 とはいえ、単純な強さは私を遥かに下回る。

 原作でも白ひげは、サシなら百獣の“カイドウ”に劣ると噂されているのだ。

 漫画でカイドウについて詳しく知らなかった私だが、その強さは何度か目で見て確認している。

 ひみつ道具を持つ私なら、簡単に勝てるはずだ。

 

 そう、はずだったのだ。

 

 

**

 

 

 結論から言うと、私は白ひげに負けた。

 

 前提として、私の認識自体は決して間違ってはいなかった。

 ひみつ道具は時として世界さえ破壊し、創造する。

 私の眼から見ても、力の差は巨人と白アリ程の差があったと言える。

 ただ、それでも勝てるかは別であったという訳で。

 

 私の攻撃は全て命中し、白ひげの攻撃は全て防ぐことができた。

 そうしている内に、白ひげはあっという間にボロボロになった。

 私は“みねうち“を繰り返し、どんどん追い詰めたつもりでいた。

 一方的なリンチの余り、配下の海賊たちが止めてくれと懇願するぐらいだった。

 

 

 少し思考が逸れるが、そもそも私は手加減するのが非常に楽であったりする。

 時々心配になることはあるが、それでも加減を間違えたことは今の所はない。

 この“体質“はどうも、あの少女から頂いた私の体質によるもののようだ。

 

 何故か思い出すのは、私が嘗て遊んでいた“ジャンプアルティメットスターズ”というゲーム。

 このゲームは週刊少年ジャンプの主人公達等による、お祭り的な格闘ゲームであるのだが。

 それぞれの操作キャラクターごとに、三すくみの属性が設定されていた。

 

 代表として、うずまきナルトや孫悟空のような“力”属性。

 武藤遊戯や太公望のような“知”属性。

 そして両津勘吉やボーボボのような“笑”属性である。

 

 どうも私は、この中で“笑”属性にあたるらしかった。

 漫画っぽく言うと、“ギャグ補正“なるものが私についているようだ。

 この辺りは、ひみつ道具(例えば、”〇×うらない”)で裏付けも取れている。

 

 つまりは私が(あとはドラえもん・のび太がと言えるのだろうか?)何をしようが、殺すことは無い。

 

 頭を壊す怪電波を飛ばそうが。

 抗体や抵抗手段の無いウィルスをばら撒こうが。

 ネズミに地球破壊爆弾を落そうが。

 何をやっても、相手は絶対に死ぬことがないのである。

 

 そして損傷を治そうと思えば、容易く治すことができる。

 でんじゃらすじーさんが何回死んでも、月を跨げば復活するように。

 

 

 うん。

 思考を戻そう。

 ともかく、私は白ひげを倒そうとしたのだ。

 

 とはいえ、流石に殺そうとは思っていなかった。

 多分、殺しても死者蘇生とか時間逆行とかで元通りにできるとはいえ、その気はなかった。

 この辺りの記憶は少々曖昧だが、ともかく私は白ひげに“負け”を認めさせようとしたのだと思う。

 

 だが、彼は決して負けを認めなかった。

 どんな攻撃を加えても、その足で立ちあがり、こちらに正面を向けてくる。

 勝算など、恐らくないと知っていたのに。

 

 まるで、わからなかった。

 無知蒙昧にして愚かなる私は、彼のことが理解できなかった。

 

 だからこそ、私は彼に聞いたのだ。

 “何故、負けを認めないのですか”、と。

 

 そうすると、彼は答えた。

 “アホンダラ。何故、負けを認める必要がある”、と。

 

 口に出たのが、今考えると酷い台詞だった。

 “私はわからない。負けると何か不都合なのですか?”

 

 彼は真直ぐにこちらを見て、答えた。

 “家族がいる”。

 

 

 そこからは酷く記憶が曖昧で、殆ど何も覚えていない。

 タイムテレビによると、私は自らの負けを認めていたようだ。

 気のせいかもしれないが、あの少女が失望した顔でこちらを観察していたように思える。

 これらは”記憶トンカチ”で取り出すことさえ出来ないの事柄だ。

 

 

 結論として、私は守るべきものを殆ど持っていなかった事に気づかされた。

 私には、あの少女との約束以外には何もない。

 恐らく家族の有無ではない、単に覚悟の重さの話だ。

 なのに、相手から守るものを奪おうとしていた。

 

 そのことが、私の戦いをむなしく思わせた。

 人間として負けを認めざるを得なかった。

 

**

 

 

 戦いの後、私と白ひげは酒を飲み交わしていた。

 これは私が治療と同時に提案した事だった。

 

 二つの申し出は当然のように断られたが、私は“まあまあ棒”を使って無理やり納得させた。

 これを使えば、怒らせた相手を無理やり鎮めることができるのだ。

 これを使えば白ひげを負かせたのでは、という考えは隅に追いやることにする。

 

「グラララ。どこの酒かは知らないが。随分と、いい酒を持ってんだな」

「まあ。ええ」

 

 白ひげは怒ってはいない。

 怒ってはいないが、今一納得はしていないようではある。

 相手を黙らせたからといって、納得させたわけではない。

 

「アホンダラめ。それだけ便利な力を持っておいて、他に何を望もうってんだ?」

「え、と。さあ?」

 

 ぐいっと豪快に、私が用意したビールをピッチャーで飲み干す。

 老人の、それも病人が飲む量とは思えない。

 私は“元に戻せる”とはいっても、老衰のそれを戻すようなものではないのだ。

 しかも彼は若返ろうとかいう発想がないみたいだし。

 遠くから、看護婦たちと白ひげ海賊団の視線を感じる。

 

「最初から、私はどうかしているのですよ。何でも手に入る力を手に入れても。手に入れたいものなんて、私には無いのです」

 

 私は、手元のビールをチビチビ飲む。

 本当は、梅酒が飲みたいのだが。

 こういった私の志向も、相手に合わせる程度の事柄なのだ。

 

「有り余る程の財宝。それがあるだけで、何もしないなんて。空しい話でしょう?」

「-あァ。そういうものかもな」

 

 白ひげは仲間思いで知られている。

 彼は部下を自分の家族だと公言して憚らない。

 私にはその気持ちがわかる。

 自分の幸福を誰かと分かち合いたいのだ。

 嘗ては彼も財宝を独り占めしていたようだが、あまり想像つかないな。

 

「貴方は。最強って、何だと思います?」

「生憎と。興味はねェな」

「それは知ってます。ですが。私は使命により、問わなければならないのですよ」

 

 私はまだ、最強とは何かとは知らない。

 あの少女は教えてくれなかったし、ひみつ道具でも分からなかった。

 考える事も課題らしい。

 少女も答えは用意してはいないのかもしれない。

 

「随分と哲学的なこった。そう考えると、お前さんは見てみるよりは若いな」

 

 クソゲーオブザイヤー、という企画を思い出した。

 アレの人々は毎年、クソゲーとは何かということを問いかけていたようだが。

 大賞の基準はその年によって変わり、此れと言ったものはなかった。

 結局は“どう納得するか”、というのが焦点だったと思う。

 

 最強も多分そうだ。

 その人によって答えは違ってくる、はず。

 あの少女はともかく、私はどう納得すれば良いのだろう。

 

「まあ、目指すほどのモノではねェな」

「最強の男がそういうとは。説得力を感じます」

 

 それは、彼の経歴からすれば当然の思想だ。

 

「だがな、『鉄腕』。俺もそうだったが、お前には出来るだろうな」

 

 私が、できる?

 私が白ひげと、同じ?

 どこが?

 

「それは何故ですか?」

「大分、余裕があるみたいだからな」

「余裕、ですか」

 

 自分に余裕があるのだろうか。

 死ぬ前も死んだ後も、常に私は何か急いでいる気がしてならない。

 

 社会に居場所がないと気づいた時から、私はずっと死なねばと思っていたように思える。

 今は、どうも死にたくないとの思いで一杯だ。

 

「最強についてはどうだかわからんが。海賊王の称号や、ひとつなぎの財宝(ワンピース)は。そこいらのスカンピンが得られるものじゃねェからな」

 

 素寒貧、というと。

 貧乏暇なし、ということか?

 ああ、随分と私はあの少女に恵んでもらった。

 

「俺も昔はァ、財宝を集めようと必死だったさ。そのためになら最強にだってなろうとも思ってたかもな」

「ですが、手に入ったのでは?」

「手に入ったのは、すべてを諦めてからさ」

 

 私は、どうだろう。

 子供の頃は、ひみつ道具が羨ましかったと思う。

 今は、あまり求めていない。

 手放したくはないと思ってはいるが。

 

「ロジャーの奴もそうだったが、そう言う奴は“持ってる”のさ。海賊王を目指すだなんてのは、少なくとも日々に生きるのに必死で、余裕の無いヤツの台詞じゃねェ」

 

 そうだ。

 夢を叶えたいとずっと思っていた。

 だが、そう思っても叶う事はなかった。

 そうか、そうなのか。

 

「ありがとうございます」

 

 昔の私から見れば、今の私は望んだものが手に入っていると言えるのだろうか。

 昔の私は、今の私をどう見る。

 

「思えば、私からしてみれば、海賊王という言葉が謎なのですが。しかし、ひとつなぎの財宝、ですか。興味は無いのですけど」

 

 しかし、ついぞ私は主人公に出会わなかった。

 ふと、モンキー・D・ルフィについて考えた。

 海賊王に、俺はなる、だったか?

 友情、努力、特殊能力を体現する、ジャンプの主人公。

 彼は、欲しい物が手に入るのだろうか。

 

「多分、兵器ですよね。それも世界を亡ぼす程の」

「あァ? どうしてそう思う?」

「特に理由は無いのですけどね。冒険の最後にあるのが、巨大な敵であるのであれば。物語として相応のロマンであると思っただけです」

 

 いつか調べてみようとは負い持っていたが。

 ワンピースは永遠に謎であるというのも、それはそれで良いのかもしれない。

 

「ロマンか。グラララ。いい言葉だ」

 

 そうロマンがある。

 夢を見たまま死ねるというのは幸福であろう。

 絶望を見るよりは、はるかにきっと。

 ああでも、主人公とかなら次の夢を見つけるのかな?

 

「今日は、ありがとうございました」

「そうかい。意外に良い酒だった」

 

 この世界が、今後どうなっていくかは分からない。

 ただ、一つだけ決めていることがある。

 

「ですが。もう二度と会う事は無いでしょう」

「そりゃあ、どうしてだ?」

「私は元々、この世の人ではないのです。ここではない、どこかに向けて。私は旅立たないといけないので」

 

 飛ぶ鳥、跡を濁さず、と言う。

 それを私は実行するつもりだ。

 私は、この世界に私の痕跡を残したくなかった。

 私の過ちは、どこにも存在して欲しくはないのだ。

 

「この出会いに、感謝を。例え、全てが忘れても」

 

 この世界における私の痕跡を全てなかったことにし。

 そうして私はこの世界を去ったのだった。

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