私が消える7回目   作:後味のrana

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六道骸に成り代わっていきます〜転生は家に帰るまでが転生です〜

家族とはなんだろう。

 

現世でも前世でも、ふと考えた時があった。

前世は夏休みの読書感想文を書く時なんかで本の種類にもよるけど、よく【家族】についての感想を述べた気がする。

 

しかし今はどうだろう。

私の目の前の男が家族だと言い張った時、家族とはそもそもなんだろうと

私にしては意外と深く考えた。

 

血の繋がりがある

絆がある

思い出がある

愛情がある

 

これらのことが当てはまっていれば、家族と言えるのではないか。

 

ならば、この男はどうだろう。

 

血の繋がりも

絆も

思い出も

愛情も

 

何一つ持っていないのに、私とこの男が家族といえるのか。

 

 

『………』

 

『……兄さん、と呼んでもいいんだぞ』

 

『………結構』

 

『遠慮するな』

 

顔に似合わず私に冗談半分でそう言ってくる男の隣で、私はそう考えながら言葉を返していた。

 

食事を済ました私達は、さっそく食器を片付け次の部屋へと向かっている。

 

その間、私は何度も男を睨みつけているのだが男は機嫌を損ねることはなく、むしろ顔に似合わない笑みを満面に浮かべていた。

私もそんな調子だから、呆れて今はもう睨むのを止めている。

 

『骸、何かあったらすぐに言うんだぞ』

 

『………』

 

『家族なんだからな』

 

『…………』

 

この男、意外にクサいことを平然と言う。何だ、イタリア男はこんなものなんだろうか。

どちらにしろ、この男は顔が殺人鬼だからギャップが大きいのかもしれない。

 

『さぁ、着いた。ここが今日からお前の部屋だ』

 

そうしているうちに、男が足を止めたのは少し傷の着いた扉の前だった。

中を開けると、そこは他の部屋より天井が低くてやけに小さく感じた。

しかもなんだか

 

傷がたくさんある。

 

柱やら壁やら、いたるとこに大小問わず傷が刻まれていて

可愛い雰囲気とは裏腹にこの部屋で死闘でも行われたのかと疑った。

 

『変わってないな、ここは………』

 

するとその傷を見て男がそう呟いた。もしかして、何度かここを使ったことがあったのだろうか。

 

『あ………ああ、今のことは気にしないでくれ。独り言だ』

 

私が男の顔を見つめていると、男は慌てて手を振る動作をつけながら言う。

別に気にしてはないけど、

 

『さ、今からここがお前の部屋だ。好きに使え』

 

そうは言われても………

 

『なんだ、自分の部屋なのに落ち着かないのか?』

 

『…………』

 

こんな綺麗な部屋をポンと子供にくれてやるとは、さすがマフィアと言うべきか。

私はその心の寛大さに、すっかり気持ちが怯んでしまっている。

 

こんな金持ち相手に、私は一瞬でも殺してやろうかなんて思ってしまった。

今思えばずいぶん命知らずなことだ。

 

『服は勝手に見繕っている。あと生活用品も、もともとこの部屋に備えつけてあるから勝手に使うといい』

 

『!!!』

 

何から何まで、やってもらって…

まさに、致せり尽くせり。

 

『ありがとうございます』

 

とっさに私はそう言ってしまった。

相手がマフィアだということも忘れて。

 

『   』

 

しかし気づいた時にはもう後の祭り。

男がポカーンと口を開け、私の顔をまじまじと見ていた。

 

私が礼を言うことがそんなに珍しいか。失礼な。

 

『私だって礼くらい言えます』

 

眉を潜めて呟く。

 

『……そうだな、意外だと思って悪かった』

 

そして頭に手を置かれる。

どうも私はこの男に子供扱いされるのがいけ好かない。実際見た目は子供だが、心は高校生なわけで。

いい加減腹が立つ。

 

『…………』

 

でも私は何故かその時、頭に乗せた手を払い除けることはできなかった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 その頃、ナポリのとある路地裏。

 

捨てられたゴミと同化して、二人の子供が倒れていた。

辛うじて動く目を細く見据えて、真上に昇った太陽を見つめる。二人を照らす光を心の底から憎々しげに。

 

 

 

骸が二人の前から消えたあと、二人の生活状況は目に見えて悪くなった。

今まで骸がしてきた食料調達を始め、現金の確保、生活に必用なものの窃盗。全てにおいて二人は上手くやることができなかった。

 

市場から果物を盗ろうとすれば捕まり、スリを試みたが手を伸ばすだけで一度も財布はなく終わる。

ついには泣いて媚びたが、それさえも長く続くことはなく……

 

 

『…た…す……けて』

 

渇いた唇を微かに動かしながら、呟いてみる。餓死寸前の状態。これが最後の声だった。

 

返事が返ってくるわけがないのに、

犬はそう自嘲気味に思いながら、言ってみたことを後悔した。

 

けれどその行動は案外、無駄ではなかったらしい。

 

『助けてほしいか?』

 

なんとその助けに応える者が現れた。

 

『ほら、受けとれ』

 

そしてその声と共に目の前に置かれる何か。

 

果物だ。

『『!!!!』』

 

二人はそれを見た途端、死にかけていたことも忘れ果物の山に飛び付いた。

口に広がる甘い味。

それが現実に引き戻すようにして、二人に満ちていく。

 

するとその様子を見ていた声の主が、また口を開いた。

 

『お前達が死ぬのが、もうそろそろだと思ってな』

 

『『!!?』』

 

『だからここに来たんだ。あの嬢ちゃんがいないことで、痛い目見たあと、

お前達には次のステージに進んでもらいたいと思ったから』

 

そして続ける。

 

『これからオレは食料を週に一回だけもってくる。しかも必要最低限だけだ。

あとは自分達で稼ぎ、食料を調達しろ。技はオレが教えてやる。

 

………とにかく成長して、強くなれ

 

 

じゃないとお前達のいる世界はな、

自分で自分の生きる術(すべ)をみつけられる奴しか

生き残れないんだ。

 

 

もし、もう一度嬢ちゃんに会いたいなら

その足らねぇ頭しぼって強くなれ』

 

そう言って去っていた声の主。

結局二人はその声の主が誰か知ることができなかった。

けれど二人の目には、小さな光が宿っていたという。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

昨日の夜、私は流されるままにシャワーを浴び、まさかのバスローブを着ることになった。

 

その間ランチアは付きっきり。さすがに浴室まで入ってはこなかったけど、私の面倒に一分一秒逃さず勤めるつもりらしい。

 

結局、今日の寝起きまで私の傍にランチアがいた。

 

 

 

「ふあぁ……」

 

軽いあくびをこぼしながら、ベッドを降りる。

 

かつて寝たことのないビックサイズのベッドはとても落ち着かなくて、起きてみると体はベッドの端の方へ移動していた。

 

今、部屋にランチアはいない。

それだけで力んでいた肩が軽くなったように感じる。

 

『おはよう、骸。早いな』

 

しかしそんな時間は一分として続かなかった。

 

『………』

 

出ていけという言葉を視線にして送る。けれど朝からスーツをビシッと着こなしたランチアは、その視線に慣れたのか気にせず、逆に私の頭を撫でた。

 

『……止めてください』

 

手を払うが、ビクともしない。

撫でる必要なんてないだろ、白い目でそう訴える。

 

『突然だが、今日からトレーニングだ。早く顔洗って着替えてこい』

 

本当に突然だ。

この男達は私を鍛えて何をしたいのか知らない。けれど、これ以上マフィアの厄介事に私を巻き込むのだけは勘弁してほしい、そう心から思った。

 

『……なんだその顔は。

大丈夫、お前ならすぐ終わるし、たいしてキツくもないぞ。安心しろ』

 

安心できないから、こんな顔してるんでしょうが。

そう目で訴えて、さらに眉間の皺を深くした。

でも途中でそんなことも馬鹿らしくなり、ため息をついてクローゼットへと急ぐ。

 

『……はぁ』

 

 

チラリと後ろを振り返る。

私が着替えようとしているのに、あの男はまだここにいた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

どうも男には、女の子=スカート、という概念が頭にあるらしい。

私はしみじみそのことを、今になって実感した。

 

『……今すぐ私にズボンをください』

 

そう、なんとクローゼットにはワンピースやスカートしか入っていなかった、驚くことに。

 

いや驚くどころか呆れてしまう。

マフィアともあろう男が、まるで女を分かっていない。

 

道ゆく女性が皆スカートであったか?

いや、ちゃんとオシャレにカラーパンツをは着こなしていた。

 

なら何故だ。この男もそれを見ているはずなのに、なんで私にズボンをはかせようとしない。

 

『動きにくい』

 

『いいじゃないか、似合ってるぞ』

 

『嬉しくない』

 

『さて、トレーニングのことだが……』

 

待って。今私が抗議したことは無視か。

 

『このトレーニングの目的は、お前が自分の力を使いこなし、それ以上の力を使えるようになることだ』

 

話の進め方も強引すぎる。

それに内容も、明らかにお節介としか言いようがない。

 

『………またその顔か』

 

『放っといてください、私は別に強くなんか……』

 

『よっ……と』

 

「うぁああ!」

 

久しぶりの大絶叫。

でも、男に担がれればそんな声も出るはず。

私は抗議の声を強制的に断たれ、『離してください』と訴える中、男にかつがれたまま部屋を出た。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

『では始めるぞ、トレーニング』

 

『………』

 

『元気がないな、大丈夫か』

 

『………』

 

元気がないのはアンタのせいだ。

 

先程、強制連行された私はいつも以上に顔を膨らませて男を睨んだ。

 

担がれている間、私がどれだけ苦労して、スカートが捲れないように押さえていたのか

この男は知るよしもないだろう。

 

しかもこの格好のままトレーニングと言っている。

いくら神経図太い私でも、ワンピースのまま激しい運動をするのは気が退けた。

 

『そうだな……まずは体力作りから始めるか』

 

『……え』

 

『とりあえず、ここを100周。頑張ってみろ』

 

『100……?』

 

私は体育館のように広いトレーニングルームを背に、耳を疑った。

私の推測ではここの一周あたり800~1000m。

 

それを100周走れと?

 

『……帰りま…』

 

『駄目だ』

 

肩を捕まれた。に、逃げられない……!!

 

『頑張ろうな、骸』

 

『………』

 

その瞬間、私の頬に冷や汗が流れた。

これは相当の覚悟をしたほうがいいらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『………っ、』

 

『コラ、休むな!追加するぞ!!』

 

そんな声を背に、私の額には青筋が浮かぶ。あれから、かれこれ1時間。

 

やっと10周を終えたところだ。

 

あと90周ある。

汗だくになって足を進め、しかも休憩なしで走ったのに、たった10周。

 

気が遠くなりそうだ。

 

『ハァ…ハァ…ッ…』

 

1時間にたった10周、そう思うかもしれないが私はこれでも全力疾走したつもり。

 

でもどんなに頑張ったって、こんな子供の体が走れる距離はたかが知れている。結局、どう足掻いても1時間に10周が限界だった。

 

『………休むなよ』

 

しかしこの男は、そんなことお構い無しに私を睨む。休もうとすれば睨み、加速すれば「もっと速く」と言いたそうにまた睨んだ。

どっちにしろ男は私を睨むらしい。

 

『………っ、』

 

『頑張れ、まだ走れる』

 

『っ、………!!』

 

喉の奥がヒューヒューと乾いた音を放つ。足の感覚はもうない。汗が目に染みて意識も朦朧としてきた。

 

それなのにこの男は、まだ「頑張れ」と言う。

 

なんで私がこの男に従わなきゃならないんだろう。文句や怒りが絶えず頭に浮かんでは消えていった。

 

『………、』

 

つくづく私はこの男が嫌いだ。

けれど何故か私はこのまま走り続ける。

そして100周を走り終えた頃には、もう夜中になっていた。

 

 

 

 

 

夜中の9時。朝8時ぐらいからランニングをさせられた私は、この時やっとのことで100周を走りきった。

 

「ゼエッ……ハァ…ハァ…!!!」

 

ドサッ、という音と共に私は冷たい床へと倒れ込む。そして途端に大きく肩で息をして必死に呼吸を落ち着けた。

 

『よく頑張ったな……偉いぞ、骸』

 

そう言うと大きな手を私の汗で濡れた頭に置いて、思いっきり撫でてくる。

 

鬱陶しい。やめてください、とここで言えればいいのだけど生憎そんな気力も残っていない。

 

「……ふあ…はあっ…」

 

しばらくして息が整ってくると、空腹感と眠気が襲ってきた。

 

『ここで寝るなよ、また風邪を引くはめになる』

 

『……』

 

そんなこといったって、眠気は増していくばかり。今こうしている間もどんどんとまぶたが重くなってきた。

 

『骸、寝るな』

 

『……無理です』

 

『部屋に戻ってからにしろ』

 

『いや、だ……』

 

あまりの眠気にろれつまで回らなくなった。

もう限界、だ。

 

<ギィ……>

 

そう悟った時だった。誰かが部屋に入ってくきたのは。

 

『     』

 

私の横で何か言っているようだが、聞こえない。一体誰が入ってきたんだ。

確認したいのは山々だったが、本当に私の意識は限界に迫っていて、

とうとう入ってきたのが誰かを確認する間もなく、私は眠りにおちた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

『………寝たか』

 

『、ああ』

 

入ってくるなりそう聞かれたランチアは、ため息をつきながら答えた。

 

『ここで寝るなと言ったんだけどな』

 

『まぁ、いいじゃねぇか。初日のトレーニング、相当疲れたんだろう』

 

呆れるランチアに、部屋に入ってきた人物………ボスが、そう答えた。

ボスは小さな寝息をたてる骸に目をやると、優しく頭に手を置いて言う。

 

『今日はトレーニングをすると言っていたが、どうだった?この様子じゃ、かなりスパルタになったんだろ?』

 

『……それなんだが、聞いてくれるか。ボス』

 

『どうした?』

 

寝顔に目を細めなから、軽くボスは問い返した。

 

『走りきったんだ、100周。一度も休憩せずに』

 

『!!?』

 

ピタリと頭を撫でる手が止まる。

そして神妙な顔つきになってもう一度聞き返した。

答えは変わらない。

ランチアは先程と同じ答えを、よくよく言い聞かせるように繰り返した。

 

『走った。ここの100周、馬鹿正直に走ったんだ』

 

『 』

 

言葉を無くすボス。

信じられない様子はしばらく続き、ランチアと骸の顔を交互に見つめる。

そしてようやく言葉を発した。

 

『嘘だろ………』

 

その間の抜けた声に、思わずランチアは頬を緩める。

 

『嘘じゃない。

本当は10周でリタイアすると思っていたし、オレもリタイアするれば今日のところは終わろうと思っていたんだ』

 

『……』

 

『……でも、最後まで諦めずに走り続けた』

 

『ククッ………まったく。子供らしく泣いて見せれば中断できたのに。

賢いのか馬鹿なのか、分からないな』

 

『………』

 

『お前の小さい頃とそっくりだ』

 

『!!』

 

その一言に、ランチアは骸の方へ目を落とした。

 

そう、ランチアがこのファミリーへ入った幼い頃。骸と同じようにボスに100周のランニングを課せられたことがあった。

 

懐かしそうにその時の記憶を思い出しながら、ランチアは再び目を細める。

昔の自分と顔を重ねながら

また、自分のようになってくれるな、という願いを込めつつ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

結局、あの後は眠ってしまったようで

目覚めた頃には外で小鳥が歌っており、あの子供部屋のベットで寝かされていた。

 

起きた私は、さっそく朝食をたいらげてランチアの指示にしたがった。

もちろんあの地獄メニューではなく、一般的(マフィアにとっての)練習メニューである。

 

腕立て伏せ20回、腹筋20回、スクワット20回、ラン二ング5周。これを3セットと言った感じだ。

 

見てわかると思うが、いかに初日の練習メニューが異常だったか分かる。

今のメニューが可愛く思えてくる程。

 

それからこんなトレーニングするだけの日々が何日か続いた。

 

『骸、今日の午後、出掛けるぞ』

 

そして、そんな日常の中、また唐突にランチアが私に告げた。

 

私はその言葉に顔を歪めつつ、首から伝った汗を使い慣れたハンドタオルで拭き取る。

 

私はこの数日間で、この男について分かったことが2つある。ひとつは私を連れ出すとき絶対にろくなことがない、ということ。

 

そしてもうひとつは、全てが半場強制であること。

 

 

『どうせ私が断っても連れていくんでしょう?』

 

私がそう言うと、ランチアは何も言わず、代わりに柔らかい笑みを浮かべた。もちろん、という意味らしい。

しかたなく私はため息を吐きつつ、上着を羽織った。頼むから変なところには連れてかないでほしい。密かにそう願いながら。

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

ランチアに連れられ、着いた場所は思っていたより普通のところ、よくある市街だった。この人のことだから、行く場所といえば物騒なところしか連想できなかったのに。

 

『ここはどこですか。』

 

『…………これからよく買ってきてもらうことになる。ちゃんと覚えておけよ』

 

だから、どこなんだここ

 

質問に答えられていないランチアに、ため息をつく。また聞いても教えてくれそうもないので、もう一度景色を見渡してみた。

 

すると、気のせいだろうか、あきらかにおどろおどろしい雰囲気の店がひとつ視界に入った。

 

まさかここじゃないだろう。ランチアがここに入れば仕方ないけど、できればここに入りたくない。火薬の匂いがするし。

 

『おう、久しぶりだな』

 

が、案の定その店であった。

しかも店長と顔見知りらしい。陽気な会話を交わしている。

 

『今日は何が欲しいんだ。まさか、またアレか』

 

アレってなんだ。怖いよいちいちの会話が。

 

『いや、今日はいい。それより、コイツにひとつ選んでくれないか。今から任務なんだ』

 

ランチアが挨拶がわりの言葉をそう言ってかわす。店長らしき人はそれに二つ返事で答え、店の中に消えた。

 

『いや、ちょっと待ってください』

 

店長がいなくなったのを静かに見送ったあと、私はすかさずランチアを睨んだ。聞き間違いだろうか、今、任務、と聞こえたんだが。

 

『今日の用事はここだけなのでしょう?』

 

『本題は任務だ』

 

『聞いてませんが』

 

『言ってないからな』

 

『先に言ってください』

 

『聞いてこないから言わなかっただけだ』

 

突然のカミングアウトに動揺が隠せない。何を言ってもらちがあかないが、私はその後も文句を並べ続けた。

 

『なに、心配することはないぞ。任務と言ってもただの書類を運ぶだけだ。簡単だろ?』

 

『そんな言葉信用できるとでも?』

 

簡単なら、まずこんな店には顔を出さない。第一、ランチアの簡単が私に当てはまるのかも疑問だ。

 

そう、これは確実に実力を試すためのもの。きっと危険が待っている。

 

『そろそろ仕事の空気に慣れなきゃいけないからな。戦うわけではないが、油断するなよ』

 

『…………』

 

その瞬間、心の叫びがこだました。

 

 

 

 

 

か え ら せ ろ ! ! !

 

 

 

 

ただただ静かに。

 

◆◆◆◆◆

 

店長は、手に物騒な銃と短剣を持って戻ってきた。断るすきはなく、ことが進んでいく。

 

やけに黒光りする銃は生々しく、移動中は心臓が飛び出しそうだった。しかしそれを眺めるうち、次の目的地に着いたらしい。

 

『……ここは?』

 

『……………まだ言えない』

 

何度も言うけど、帰りたい。

今度こそ怪しい場所に着いてしまった。途中で乗った車から降りるとき、大きく後ろへ引くほどだ。

 

『いいか、ただの書類運びだ。油断するな』

 

『いや、絶対違うでしょう!?』

 

私は支離滅裂の文に、思わず声を荒げてしまう。

ただの書類運びなら何故武器がいるのか。何故油断しちゃいけないのか。

いい加減はっきり言ってほしい。

 

『行くぞ。お前はこれを持ってろ』

 

少し重みのある茶封筒。両腕で受け止めると、余計な重さも感じるようだった。

気のせいかな、火薬くさい。

 

『これ書類ですか』

 

『そうだ。死ぬなよ』

 

『し………っ!?』

 

あなた本当に無茶苦茶ですね!!

そう言いかけたのも束の間、ぐえっという変な声が出る。

 

『走るぞ!急げ!!』

 

『はあ!!?』

 

襟を引っ張られた。すると、ついさっきまで私達の立っていた場所に銃弾が放たれる。

顔は真っ青だ。もちろん私が。

 

『……チッ、もう来たのか』

 

言いたいことは山ほどある。でも唖然として声もでない。

そうして、何もできないまま私は引きずられるように裏路地の中を駆け抜けた。

その間、鳴り続ける銃声。雄叫びがビルの隙間から降ってくる。混乱する頭では悲鳴をあげるので精一杯だ。

 

 

 

『……はあっ、はあっ、……』

 

『怪我はないか、骸』

 

『はあっ、は、あり、ません……』

 

『そうか、じゃあ……まだいけるか』

 

『いけません!』

 

『よし、これも修行のうちだ。なんでもいい、今すぐ幻覚を使って敵を撹乱させてみろ』

 

『だから、できませんってば!!!』

 

 

 

 

私達の会話はこんな時でも噛み合わないらしい。

その証拠に、ランチアはまるで私の気持ちが分かっていないようだ。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

実はランチアは、この任務に向かう前。ボスにあることを頼まれていた。

 

………ランチア、骸をよろしくな

 

ああ、分かってる

 

………今回の任務。ここで骸の力を出せれば、あいつの可能性は飛躍的に広がるはずだ。

 

努力はするさ

 

だから今日、こんなところまで連れてきた。

 

簡単な任務というのはもちろん嘘。だが、特別難しいわけでもない。せいぜい、下っ端レベルのものだ。

 

下手をしなければ、死ぬことはないだろう。それに、骸自身、この何日かで大きな成長を見せている。意外にまじめなので、訓練を重ねる度に基礎ができ始めた。

だから、今回も臆することはないはず。

 

『帰らせてください!!』

 

『…………』

 

そう、そのはずだった。

 

『だめだ。何度言ったら分かる』

 

『何度言われても無理です。生きた心地がしないっ!』

 

『大丈夫だ!すぐ慣れる!』

 

『慣れてたまるかっっっ!』

 

頑なに嫌がっている。

 

『くっ……!』

 

どうしたものか。このままでは慣れることは愚か、逆に恐怖心を煽ってしまう。もし骸にとってこれがトラウマになってしまったら、きっともう戦うことはできない。

 

しかしこの状況もまずいぞ。

ザコだと思っていたのに、意外とすばしっこい。果たして震えたままの骸は、この場を逃れることができるのか。

 

『骸、落ち着け』

 

『無理ですってば!!』

 

『焦りすぎだ。いいか、意識を集中させるんだ。そして、考えろ。自分のできることを!』

 

『………っ!!!』

 

無理だ、とまた睨みをきかせてきた。けれど、渋々目を閉じて静かに意識を高め始める。

 

骸にとって、これは辛いことかもしれない。が、ここは乗り越えるべき壁だ。ここさえ乗り切れば、きっと骸は一段と強く………

 

《ゴアアアアアアアア!!!!》

 

『!!』

 

その瞬間、

あまりの凄まじさに口を開けたまま固まった。

 

『はあっ…はあっ…!』

 

肩で息をしながら、ゆっくりと崩れ落ちる骸。俺はとっさにその体を受け止めた。

まだ目の前の光景が信じられず、まじまじと骸の顔を見る。

 

火柱が、現れた。

 

こう言えば、誰もが笑ってそんな馬鹿なというだろう。でも、そのままの意味だ。

本当にイタリアの裏路地に、火柱が突如として唸りをあげた。

荒ぶる敵の銃声。何本もの火柱を狙っている。

あの、あるはずのない「幻覚」を。

 

『骸……』

 

ぐったりとしていて、返事がない。

当たり前だ。あんな巨大な幻覚を作ったから。

 

『無理をさせたな……すまない』

 

『………』

 

また睨まれてしまった。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

『よくやった、骸』

 

褒められても嬉しくないです。もう声を出すのも疲れるので、目で伝える。

 

『だかここで終わりじゃない。あともうちょっとだ。書類さえ運べば、今回の任務は終了だ』

 

『………』

 

この状況を見て分かりませんか。足なんか力入らなくてふにゃふにゃだし、汗が尋常じゃないほど吹き出している。

 

しかし、ランチアは手を掴み、私の体に気を遣いつつも立ち上がらせた。こうなれば、どうしようもない。

 

『………なんで私がこんなこと…』

 

『まあそう言うな。帰ったらジェラート奢ってやるから』

 

『私はモノで釣られませんから!』

 

ランチアに肩を貸してもらいながら、しっかり足を踏み出す。子供だと思って舐めないでほしい。

 

でも、一度想像してしまったジェラートは頭を離れようとしなかった。すごく食べたい。

 

『………約束ですよ』

 

『ああ、もちろんだ』

そう言って、珍しく頬を緩ませるランチア。私はその顔がなんだかむず痒くて、思わずチョップをお見舞いした。

 

嬉しいわけではない。でも、嫌な気もしない。

 

『………』

 

『ここの角を曲がればもうすぐだ。がんばれよ』

 

『………あ、はい』

 

疲れたせいかもしれないが、一瞬ぼうっとしてしまった。ランチアが笑顔を見せたせいもある。

どうしても気が締まらない。

 

だからだろう、角を曲がるときに少し油断してまった。

 

《ドンッッッ!!》

 

重く響く銃声。

角を曲がったちょうどそこに、敵がいた。

 

『くっ……………!』

 

ランチアが舌打ちにも似た声を漏らし、すぐさま撃ち返して、なんとか男を無力化させる。

 

私はただ、訳がわからなくて体が震えた。ランチアが撃たれたのだから。

 

『な、なんで…』

 

『なんでもいい、早く行くぞ』

 

『いや、でも血がっ!』

 

無理に動かそうとするので、よけい胸から血があふれた。自分の顔が青くなっていくのが分かる。

 

『俺は大丈夫だ。お前こそ、怪我はないか』

 

『ある訳ないでしょう!?アナタが庇ったんだから……』

 

最後の言葉が意識をしてないのに、小さく消えた。しかし、ランチアはなんでもないような顔で前へ進もうとする。

 

『休みませんか、ちょっとだけでも』

 

『だめだ。先を急ぐ』

 

見ていられない。どうしてそこまでするのかも分からないし、分かったところで納得出来る自身はない。

私はしょうがないので、スカートの端を破り、胴に巻きつけた。

 

 

 

 

 

『血が止まるとは思っていません。でも、ないよりマシでしょう』

 

『……!』

 

目をまるくする。

 

 

『……なんですか、その顔』

 

何か言いたそうにほうけるので、問いかけた。でも言いたいことは分かっていたりする。

 

『………意外だと、思ってな』

 

『でしょうね』

 

やはり、しない方が良かったかな。後悔しても遅いが、そう思ってしまう。

 

まったく……助けてもらっておいて、失礼な野郎だ。しかも怪我をしているのに嬉しそうである。腹立つ。

 

『急ぐんでしょう?早く行きますよ』

 

買ってもらっていた銃や短剣を懐におさめて、ランチアに肩を貸す。使わなければ邪魔なだけだ。ポケットの中で太ももに擦れると、地味に痛いし。

 

『……さっきと立場が逆だな』

 

『だから、なんで嬉しそうなんですか。イライラする』

 

そんな感じで顔をしかめていると、ランチアは呟いた。それからまた微笑む。

 

『ふふ…』

 

『気持ち悪い』

 

何度かそんなやり取りが繰り返し、書類の届け先へと向かった。

マフィアでも、ランチアは違うかもしれない、そう思い始めた自分に気付かずに。

 

 

 

そうして進むうち、綺麗とは言えないが比較的立派な3階建の建物に着いた。デザインが古風で多少の汚れさえも雰囲気を引き立てている。

 

『ここの3階だ。安心しろ……敵の襲撃ももうないはずだ』

 

『そうですか』

 

そんな無駄口は怪我してんだから、しないでほしい。さっきからやたらと小言が多い。私だって子供じゃない。いちいち言わなくても分かる。

いっそ言ってやろうかなと思いつつ私は階段を見つけた。

螺旋階段をランチアを支えながらあがる。

 

『……本当にすまないな』

 

『そう思うなら、喋らないでください』

 

私だって、一応常識があるから一人で歩かせるようなことはしない。むしろ胸に弾丸打ち込まれた血まみれ男を、放置出来る人なんているのか。

 

そして汗が吹き出は始めた頃、ようやく最上階に着いた。けれど一瞬にして嬉しさでなく、着いてしまった後悔がこみ上げてきた。

 

『おう、よくきたな。骸』

 

『…………』

 

『おいおい、逃げるな』

 

ボスと呼ばれる男がいた。

私はコイツが苦手だ。

理由は見ていればすぐわかる。

 

『それにしても、随分静かだったじゃないか』

 

『……そうですね』

 

『ははは、なんだ元気がないな』

 

『………………………そうですね』

 

『お、いい返事だ。これなら……』

 

『……………………………』

 

『………』

 

『……………………………………』

 

『もう一箇所、いけそうだな!!』

 

『無理ですけど!?』

 

私は耐えきれず、とうとう声を荒げてしまった。

皆だいたい察したと思うけど、ズバリ言うとこの男は鬱陶しい。なにかとすぐ笑うし、冗談が冗談に聞こえないうえに、物騒すぎる。

 

これもイタリアと日本の文化の違いか。それとも私の心が狭いのか。

 

『確かにな。ランチアがこんなのじゃ、いけそうもねえ』

 

『……………すまない、ボス』

 

『大丈夫だ、だから落ち込むな』

 

すまなさそうに目線を落とすランチアに、ボスは軽く方を叩いてなだめた。

 

『むしろ、こんな怪我ですんで運がよかったな』

 

そんな任務だったのか!?

 

ボスの思いもよらない発言に叫びそうになる。なら私なんか連れて行くなよ。なぜ行けると思った。

そう思いながらもボスの顔をマジマジとみる。

 

 

そしてしばらく話をしていたとき、急に着信音が部屋に響いた。

 

 

その音はボスの携帯のものだった。ボスは私達にことわってから電話にでた。

 

『…………なに?』

 

最初は笑顔で調子のよかった声。しかし、しだいに顔つきは険しくなっていく。電話を切る頃にはため息がでてしまった。仕事おわりのサラリーマンみたいな顔である。

 

『……まただ』

 

『どうしたんだ、ボス』

 

『例のあの方だよ。またパーティーを開くらしい』

 

例のあの方、と聞くとランチアもボスと同じような顔をして、またかと言った。

はっきりと名前を言わず、濁す。そんな様子を見てしまったので、気になってしまう。

 

『例のあの方、とは誰のことですか?』

 

『………』

 

案の定苦笑いに近い顔をした。すぐに答えられないようだ。すごく気になる。

 

『まあ、あの、あれだ』

 

『だから、なんです』

 

『……』

 

 

早く言え。

はぐらかすので腹が立ってきた。が、私はこの時実は聞かない方がよかったのかもしれない。

 

 

 

『はぁ……あの方っつーのはな』

 

 

 

 

ため息まじりに渋々教えようとするボス。そして、苛立たしげに聞く私。それが後々大きな悪夢の始まりだと知らずに。

 

 

 

 

 

 

『ドン・ボンゴレのことだ』

 

静かな部屋のなか、その声が妙に私の耳に響いた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

ボンゴレ

 

その名前は懐かしさと共に、ある少年のことを思い出させた。

 

『………』

 

『……まあ、そうなるだろうな』

 

固まる私に、なにを勘違いしているのか勝手に納得するボスとランチア。けれど、そんなことも構わず私は考えることを続ける。

 

『…確かに、ボンゴレは怖いかもしれないな』

 

『………子供にとっては尚更だろう』

 

思うことは怖い、ということじゃない。

 

フランのことだ。

 

『………』

 

あの夜の出来事。全てをまた思い出した今、心配だ。

あのときボンゴレに行けと言ったはいいものの、そのあと上手くボンゴレに行けたとは限らない。

 

『……で、またそのドン・ボンゴレがパーティーをやるのか』

 

『ああ。大事な時期だからな。仕方ない』

 

もし、ボンゴレに辿り着けていなかったら?

裏路地で今も野垂れ死にかかているはず。それか、また怪しい団体に売られるか。

 

『どうする、出席するのか?』

 

『当たり前だ。今の電話は幹部からだ。直接招待されたなら、行かない訳にはいかねぇよ』

 

『そうだったのか』

 

『ああ。だからまた何人か連れて行かにゃならん』

 

けれど、逆に、もしもフランがボンゴレに無事着けていたら?

会えるかもしれない。大事なパーティーなのだから、下っ端として扱われるはずのフラン達も、きっと参加させられる。

 

『なあ……骸は、連れていけないのか?』

 

『どうしてそんなこと聞くんだ、ランチア』

 

『いい経験になるだろうと思ってな』

 

それに、ボンゴレじゃないマフィアに引き取られていたとしても、可能性はある。今回のパーティーはボンゴレ主催。多くのマフィアが招待かれているだろう。

 

『……骸はまだ幼い。が、ランチアの言うことにも一理ある。それに今回の任務もクリアできた。

これならいくら幼いくても、骸なら大丈夫そうだ』

 

『………ただ、コイツが行きたがるとは思えなくてな…』

 

『そうだな………問題はそれだ』

 

会いたい。会えなくても、安否だけでも確認しておきたい。あの少年は、この世界に私が来た時、1番助けられた存在なのだから。

 

『………なあ骸、いやならそう言ってくれ』

『パーティーに、行かないか?』

 

『もちろん行きますよ』

 

『………そうか、やはり行くか。

 

 

 

………って、嘘だろう!?』

 

『なっ……!?』

 

唖然として私の顔を見る二人。

しかし私はそんな反応を見ても、意志は変わらなかった。

 

 

私は、フランに会いたい。

そんな願いが強くなっていく。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

行きます、と勢い任せに言ったけれど、それが仇となったようだ。 たった今痛感している。

 

『なっ……!?』

 

あの日から、フランに会えるかもしれないという思いでいっぱいになった。だから、幻覚を作る練習も始め、体力も武力も付くように精を出した。

 

これで大丈夫、そう思っていた。なのに……!

 

『……驚くのも無理はない。なんせ世界を統べるボンゴレファミリーのパーティーだ』

 

私の考えは甘かった。今、ボンゴレ主催のパーティー場所に着き、改めてそれを痛感する。

 

『………すごい』

 

マフィアは嫌いだけど、これを前にすると憎しみよりも驚きが勝った。圧倒されて、その言葉に尽きてしまう。

目の前には城、だけでなく、

様々な建物が並んでいる。それはもう、古風なものから現代風なものまで。けれどそれらは決まって上品であって、神聖な空気すらでている。

それから、その玄関口を取り囲むマフィアの車達。蟻のような列をなすそれは、思いっきり雰囲気をブチ壊していた。

 

『……』

 

『そろそろ行くぞ、骸』

 

 

『……はい』

 

ランチアの声に、頷いてゴクリと息を呑んだ。覚悟をしたはずなのに足が震える。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

『…ここは、なにをする場所ですか?』

 

『主に談笑したりする場所だな』

 

『ですよね、じゃあ……』

 

私はビシッという音と共に、人混みを指さした。

 

『なぜあの方達は殴り合いを?』

 

さっきから聞こえる肉弾音。それから周りを取り囲む人々の声。いいぞ、もっとやれ!という言葉さえ聞こえる。止めろよ。

 

『…いつものだ、気にするな』

 

『気にします。なんで喧嘩するんですか、こんな場所で』

 

『仕方ない事なんだ。こう、沢山のファミリーが集まれば、啀み合いが増えるのも当然だ』

 

『……でも、』

 

『大丈夫だ、もうすぐパーティが始まる。勝手に終わるさ』

 

ランチアはそう言うと、中へと足を進めた。

そうは言っても気になるものは気になる。ていうかどっちが勝つのか賭けている人が見えたけど……。気のせいじゃないはず。

 

しかし、いつまでもそこに居るわけにもいかないので、早足でランチアの背中を追う。

 

『そういえば、このパーティーの趣旨はなんなんですか?』

 

『……そんなことも知らずに来たのか?』

 

『悪いですか』

 

『冗談だ、冗談』

 

そう言って、追いついた私の頭に手を置いた。そのまま髪の毛を乱暴に撫で回される。髪がグシャグシャだ。

 

『誕生日パーティーだよ』

 

『…!!誰のです?』

 

なんだか嫌な予感がする。でも聞かずにはいられない。気になってしまう。

 

すると、だんだんボスが電話に出た時のことを思いだしてきた。ドン・ボンゴレ、また、大事な時期、そして……例のあの方。

すべてが何かに繋がっていそうで、その何かが思い出せない。もどかしさがどんどん心の中に積もってゆく。しかも、関わっちゃいけないような気がしてならない。

 

結局、歯がゆい気持ちのまま、メインホールへ着いてしまった。まあ、いずれにせよ、すぐ分かることだ。

なんせパーティーが始まれば、主役はメインホールの真ん中に建てられた立派な階段から登場することになる。

 

『さあ……パーティーが始まる』

 

ランチアの小声に私は小さく頷く。それから目をこらして、階段を睨みつけた。が、そんな余裕もすぐに消え失せることになる。なんたって、今回の主役というのは

 

『さて、皆さん、今夜は時期ボンゴレ10台目候補、』

 

漫画の中で何度も見たことのある顔。

 

 

 

 

 

 

『ザンザス様の誕生日パーティーに、ようこそ!!』

 

 

 

 

あのヴァリアー最恐のボスさんだったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

派手に紹介された本人は、それはそれは脅しのきいた顔で階段を降りてきた。会場全体が拍手をしながら、その様を見守る。悲鳴もたまに混じりながら。

しかし私だけは拍手を送りそこね、ただ呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 

 

『……どうした、骸。具合でも悪いのか?』

 

『い、いえ。大丈夫です。ちょっと緊張しているだけで……』

 

 

 

 

急に顔を覗き込むので、思わず肩がギクリと跳ねた。なんでもないように装う。バレていないようだ。

でも、私の目はいまだにザンザスに釘づけだった。必死で頭の中をフル回転させる。

 

本物は漫画と違う華やかさや殺気を兼ね備えていた。しかもカッコいい。それを見れて嬉しいのが正直な気持ち。

けれど、シナリオを辿れば骸とザンザスは幼い頃接触していなかった。それがもし、今回のパーティーで関わりを持ってしまったら。

きっと面倒なことになるだろうし、私の知っている未来も変わってくるだろう。出来ればそんなことは避けたい。

 

 

 

『……う"お"おおい、さっさとお終わらねーのかぁ』

 

 

 

後方からドスのきいた文句が聞こた。顔は見ていないが、だいたい察しはつく。スクアーロだ。

 

嬉しいことは嬉しい。飛び跳ねたいくらい。けれどそうもいかないわけで。

とにかく私はそんな喜びをこらえて、改めて決意した。

このパーティーで、絶対に関わらない。たとえどんなことがあったとしても、リボーンの主要メンバーと知り合いにならない、そう強く心に誓った。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

絶対に関わりを持たない。とは言ったものの、さっそくその決意は揺るぎ始めていた。

だって仕方ない。前を見ればザンザス、後ろを見ればスクアーロ、そしてさっき気づいたがディーノやリボーンまでもが参加してるみたいだ。

ファンとして黙っていられるわけがない。

 

 

 

『……はあ』

 

『やはり、まだ緊張するか?』

 

『そうですね……いろんな意味で、落ち着きません』

 

 

 

ランチアがあまりに私がソワソワしているので、何度も声をかけてくれている。最近はめっきりそんなこと思わなくなったけど、久しぶりに思う。ほっといてくれないかな。

 

 

 

『へなちょこディーノ、まさか逃げようなんて思ってねーだろーな』

 

『うへっ!?リボーン!』

 

 

近くでまた声がする。もう鼻血だしてもいいかな。思わず目移りしてしまう光景に、そんなことまで考えてしまった。

すると、その時だった。

 

『……おい、次に行くぞ』

 

 

 

黒い服の男が奥の部屋の扉へと消えていった。

小柄な少年とともに。

 

『フラン………!?』

 

 

 

 

コロコロ変わっていた視界が捉えた横顔。それはフランそのものだった。確信はないけど、本人かもしれない。

 

 

 

 

『骸、挨拶回りにに行くぞ』

 

『今ですか!?』

 

『ああ。そろそろ面倒見てもらってる人に顔を出しておかないとな。あとでややこしくなる』

 

『うー……』

 

 

 

 

私は目を潜めながら、もう一度フランらしき少年を目で追った。もう奥に入ってしまいそうだ。早く行かないと。

でも、ランチアはそそくさと前へ進みだした。私のことはお構いなしである。こういう時だけ。なんなんだ。

 

『あーもー……』

 

 

 

解決策が見つからず、無意味に足踏みをしてしまう。どちらか決めないといけない。

フランか、ランチアか。

 

もしフランを追えば、リボーン主要メンバーと会う可能性が高まる。それに、まだフランと決まった訳ではない。

 

けれど、追わなければ何もかも穏便に済み、無事に帰れるだろう。

 

 

 

 

『っ、ごめんさい………』

 

唇を噛み締めて、ランチアの背中を振り切った。代わりに全身全霊を込めて作った私の分身を、ランチアに付いて行かせる。

 

これが私の選んだ最善の策であった。

ランチアには悪い。けど、やっぱりこれだけは譲れないんだ。私はフランに会いたい。

 

そして私はそこから駆け出した。奥へ消えていくフランを探して。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

フランを追って、奥へ進む。一か八かで作った幻覚が不安だけど、大抵の人は騙されるはず。

 

要は、あれの効果が切れるまでにランチアのもとへ戻ればいいことだ。さっきの少年がフランかどうか確認出来たらすぐに戻ろう。

 

だいたいの計画を、こんな風に立てて足を早めていく。すると、少し気持ちに余裕も出来てきたので、徐々に思考も冷静になってきた。

 

周りをよくよく見渡しながら、進んでみた。

 

『……あれ』

 

なんだかここ、ヤバくないか。

 

そう気づき始めたのは、走ってから大分経った後だった。随分進んだのに、何も見えなくて不安になった時。

 

ひとつ気づくと、またまた気づくものがある。

人の気配がまるでしない。

灯も減ってきた。

気のせいか寒気が。

 

絶対に何かこの奥に面倒臭いものがある。

もはや確信に近い予感までしてきた。

 

本当にここにフランはいるのか。多分いない。かなりの確率でいないだろう。

 

『……だ、……からな……しろお"』

 

『……』

 

ついに幻聴まで聞こえてきた。おかしい。聞き覚えのある。しかもここで出会ってはいけないはずの声。

しかし私はその声につられるように、足を忍ばせてその声のする部屋に耳を傾けた。

 

結局フランはどこいった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

人混みからさらに遠ざかった奥の部屋。

そこから聞こえてくる声は、あきらかにフランのものではない。頭ではそう分かっていたし、実際ここから離れようとも思った。

 

でも、何故だかその時はそこから下手に動かないほうがいい、と思った。ただの直感だけど。

 

身動きできず、とにかく声に聞き耳をたてる。

 

『……なあ、その話は本当かあ"』

 

『そうだ』

 

語尾の濁った声が扉越しに響く。

スクアーロだろう。

では相手は……

 

『……情報は確かじゃねえ。だがどうも臭え。きっとジジィはあの部屋に秘密を隠してる』

 

『そこまでする意味はあんのかあ"?』

 

『……オレについての秘密だ。これを知らずに10代目は継げねえ』

 

『……そうかあ"…』

 

『…』

 

『……言っておくがなあ"、オレはお前がどうなろうと、お前に付いていく。それだけだあ"』

 

『……………うぜえ』

 

ザンザスがそう言い捨てた。案外怒ってはいないようでむしろ嬉しそうに聞こえた。けれど、それっきり会話はなくなり静かな沈黙が続いた。

 

なるほど、だいたいの話は見えてきた。とりあえずまだザンザスは、自分が9代目の本当の息子でないことに気づいてないらしい。が、それももう時間の問題と言ったところだ。秘密の隠された部屋も割れてしまっている。

 

『……おい、気配がしねぇかあ"?』

 

!!

 

『……………ねずみか』

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

ザンザスとスクアーロが何かの気配に気づいた、その頃

 

ランチアと幻覚の骸の方では、また違う話が進んでいた。

 

『……そんなに緊張しなくてもいいからな。黙ってオレの後ろについて来ればいい』

 

『……………』

 

ランチアがそう声をかけても、骸は静かなままだった。かろうじて頷いているようにも見えるが、本当にしているのかと聞かれると自信がない。

 

心なしか、さっきより静かになった気もするが、緊張のせいだとランチアは自分を納得させた。

 

『おお!ランチアじゃねーか!』

 

『久しぶりだな』

 

勢いよく肩を叩かれる。顔見知りのマフィア達がどうやらこの辺りに集まっているようだ。

ランチアはその知り合いに連れられるように、騒がしいその集団にまざった。

 

顔見知りや友人の面々に挨拶を交わす。懐かしい面々にも会えてランチアは機嫌が良かった。しかしさっきから黙り込む骸が気になる。

 

緊張するのは分かるが、あれだけ眉を寄せていたのが嘘であるかのように無表情だ。それに、下を向いたままで元気がないように見える。疲れてしまったか……。

 

『骸……しんどいなら、少し休むか?外のベンチにでも……』

 

顔を覗き込み、尋ねてみる。

けれどその言葉は全て言い切る前に、周りのざわめきにかき消された。

 

『………??』

 

急に騒がしくなる。なにかあったのか?首をかしげる、がその理由は案外すぐに分かってしまった。

 

例のあの方、が登場したからだ

 

『やあ、初めましてかな』

 

『…な、なぜ……』

 

ボンゴレ9代目が人混みの中より、ランチアの前に姿を現した。穏やか笑みに圧倒される。言葉が出ない。

ただただ疑問が頭を埋め尽くす。

なぜここに?

なぜオレのような中堅マフィアの特攻役のもとに?

なんのようだろう?

 

答えを聞くことは出来なさそうだ。

 

 

 

 

 

9代目が進むと、人混みが避けて道がつくられていった。そして、そんな人が、ランチアと骸を真っ直ぐ目指して歩いてくる。戸惑わないわけがなかった。

 

『……こ、声を掛けていただいてありがとうございます…』

 

慣れない敬語と仕草でなんとか腰をまげる。すると、そんなにかしこまらないでくれ、と穏やかに制された。

ギクシャクしながらすぐに頭を上げる。

 

『突然声を掛けてすまなかったね。驚いただろう』

 

『少しだけです』

 

『ぜひ、隣にいるお嬢さんを紹介してほしくてね』

 

『!!』

 

『それでうかがったんだ。が、緊張させてしまったようだ』

 

『……あ、いえ……』

 

まさか骸に用があるとは予想もしていなかったので、唖然としてしまった。なんとか会話をしようとするが、驚いて返答がうまくできない。

 

しかし紹介しないわけにもいかないので、骸を9代目の前へと出す。

 

『コイツが最近うちのファミリーに入った骸です。もともと孤児で……裏路地で雨に打たれていたところを拾いました』

 

『………』

 

説明を聞きながら、じっと骸を見つめる9代目。余計なことまで話しすぎたか……!そう思ったとき、9代目はゆっくり口を開いた。

 

『この子は………幻術が使えるのかい?』

 

『!!』

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

そして一方骸は……

 

『………っ、』

 

ま、まずい……

私は二人の意識が私に集中しているのに気づき、焦りに焦っていた。

大量の冷や汗が噴き出すのが、自分でもわかる。

 

『………誰だ』

 

『さっさと出てこお"お"い!!!』

 

とてつもない殺気が襲ってきて、体が固まった。

 

ま、まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい!

 

どうしよう、こっちに来たら原作なんて言ってる場合じゃない、絶対殺される。でも逃げ道なんてないようなものだ。今逃げたって殺される。

そもそも逃げきれるほどの力が私にあるのか。答えは当然NOだろう。

 

なら一体どうやってやり過ごせば……

 

『………出てこねえなら、こっちから行くぞお"お"!!』

 

『!!』

 

足音がだんだんこちらに近づいてきた。

けれど、ますます汗が流れるばかり。思考は一向に働かなかった。

 

どうする?

 

そんな風にどうしようもない疑問が頭を埋めるとき、ふとある考えが浮かんだ。

 

『………カスが』

 

殺気が強くなる。

 

正直、さっきの考えがいいものかと言われれば分からない。しかし今はもうそれにすがるしかなかった。

 

一か八か。

私は危ない賭けにでた。

 

(カラン………!)

 

『『!!』』

 

ドアが開いた瞬間を見計らい、私と反対側の廊下に音を響かせる。

 

『………そこか』

 

予想通り二人は音のする方へ顔を向けた。

 

幻覚より難しい幻聴を作り出すのは、正直骨が折れる。けど、幸い火事場の馬鹿力が働いた。完成度高めに作れたらしい。

 

『………』

 

私は二人とある程度の距離が取れたのを確かめると、忍び足で前に進んだ。

 

『………っ、』

 

気づかれないよう、ゆっくり慎重に足を踏み出す。

 

『!!』

 

『う"お"お"おおい!!』

 

『………動くんじゃねぇ』

 

が、あっさり見つかった。

 

ですよねー

 

どこかで悟っている自分がいる。

でもそんなこと思う隙はなく、私は先手必勝でその瞬間に駆け出した。

 

『ちっ……』

 

『う"お"お"お"お"お"お"い!!逃げんじゃねえええ!』

 

頭が割れそうな大声。あれ、涙出てきた。

背後から響く銃声が余計足をすくませる。

 

(パンッッ!!パンパンッッッッ!!)

 

『……ひっ』

 

頬をザンザスの銃弾が掠める。足元にもたくさんの穴が開きまくる。

その途端、私は少しでも障害物になれば、と思って樽やら壁やらを作ってみた。だが、まったく集中していないため、銃弾に当たればあっさり消えた。意味なし。

 

仕方ないので、あとは来た道をやけくそになって私は走った。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

幻術がつかえるのかい?

 

9代目の思わぬ言葉に、ランチアは驚くより先に骸の顔を見た。まさか、と思ったのだ。

 

『………』

 

『………?』

 

しかし目に映るのはいつもの骸だった。心なしか、ランチアに見られて首をかしげているようにも見える。

 

 

ほっ、とランチアは心の中で安堵した。また、そんなわけないかとも思った。

 

一瞬この骸は幻覚かと疑ったが、仕草は緊張していることを除けばいつもの骸だ。違和感もない。

 

それに、そもそもの話で、骸が等身大の自分をしかも仕草まで似せて作れるわけがない。

まだ幼い彼女が修行のとき作れたのは、せいぜいパイナップルぐらいだったからだ。

短期間でそこまでレベルを上げられるはずがない。

 

『いえ、使えることは使えますが、レベルはまだまだです』

 

『………そうか』

 

 

『骸……挨拶できるか?』

 

9代目に失礼なので、改めて骸に問いかけてみる。

その答えは案の定なかった。が、少しランチアの後ろに隠れたように見えた。まだ緊張してるのだろう。

 

『……すみません、9代目。コイツ……まだ緊張しているようで』

 

『………』

 

軽く頭を下げて謝る。けれど、9代目は黙ったままだった。

 

それどころか、9代目の目はまだ骸の姿を捉え続けていた。ランチアの声が耳に入らないほどに。

 

『……9代目?』

 

『………ん?……あ、ああ。すまない。とても可愛らしいお嬢さんだったから、見惚れてしまってね』

 

『……そ、そうですか』

 

『…それに、術士としての腕もいいようだ』

 

『……………どういうことですか?』

 

『…いや、今のは老いぼれの戯れごとだとでも思ってくれ』

 

『……………』

 

気になる言葉を濁し、9代目は他愛もない話に話題を変えた。そしてそんな話題も尽きかけた時だった。

 

『………何?』

 

黒服の男が耳打ちをすると、9代目は途端に顔をしかめた。

ランチアも少し声が聞こえたが、廊下、ザンザス、スクアーロ、という単語しか聞こえない。

 

要はザンザスとスクアーロのことで何かあったようだ。

 

『すまない。急用ができてしまった。失礼してもいいかな』

 

『いえ、おかまいなく』

 

軽く頭を下げて、9代目の急ぐ背中を見送る。すると、さっきまで張っていた緊張はすぐとけていった。

 

『しかし何があったんだ……?あの二人のことだからだいたい察しはつくが………』

 

そう言って、骸に向き直る。が、そこでランチアは目を見開いた。

 

『骸………?』

 

骸の姿が忽然と消えていたからだ。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

『はあ…はあ……はあ…』

 

壁にもたれかかりながら、無理やり足を動かす。

あの距離で追いつかれなかったのが不思議でならないけど、運が良かっただけ。

 

只今、絶賛迷子中だ。

 

『う"お"お"お"お"い!!どこだああああ!』

 

声が聞こえて、また肩がはねた。

息は乱れているので上手く頭が回らない。けれど、そんなことに構っていられないから、とにかく幻術を使いまくる。

 

ニセモノの壁や障害物。それのエンドレスだけど時間稼ぎにはなるはずだ。息を落ち着かせる。

私は一向に見つかる気のしない出口に向かって、また進みだした。

 

『……ふぅ……はう…』

 

誰か助けて。

 

すると

そんな思いと一緒に、ランチアの顔が浮かんできて悔しくなった。こんな時に限って……なんでランチアを頼ってしまうんだろう。

 

しかもいないことが分かっているから余計虚しくて、心細くて。

 

しかし

 

私はその思いを誤魔化すように涙を拭った。

だいじょぶ、私は絶対死なない。

何度も何度も頭で唱えて進む。

 

だいじょぶ

 

だいじょぶ

 

暗闇があの実験室を思い出させるが、進むしかない。

 

『………!』

 

そしてしばらく歩いたとき、人影が見えた。2人……いや、3人。一瞬ザンザスとスクアーロを疑った。けれど、どうやら違うようだ。

 

 

 

 

『ん?』

 

その中の1人、ある老人がこちらに気づく。

 

『……!!!』

 

目があった。

体が固まって動けない。もしかしたら殺されるかもしれない、と思ったから。

 

しかしその心配は無用だった。

なぜなら一瞬驚いた顔をしたものの、その老人はすぐにおだやかな笑みを見せたからだ。

 

『……君は…こんなところで何をしているんだい?』

 

『えっ、あ……』

 

言いよどんでしまった。戦っていた、という訳にもいかないし、夜風に当たっていたと言っていても怪しすぎる。

 

私が困ったように俯いてしまうと、その老人は怪しむことなくニッコリ笑ってくれた。

 

『トイレに行っていたのかな?』

 

『……はっ、はい』

 

すかさずそう返事をする。また笑われてしまった。

でも嫌な気にはならなくて、むしろ心があったかくなるような

 

………あれ?……この人どこかで……

 

暗闇でみずらかった顔から、どことなく知り合いの顔を連想された。誰だったか思い出せないけど。でも、とっても重要な人だった気が……

 

『それは失礼なことを聞いたね、すまなかった。

メイン会場はあっだよ、この廊下の先だ』

 

『あ、ありがとうございます!!』

 

そう思い出しかけたそのとき、親切にも老人は道案内までしてくれた。助かった。そんな気持ちが溢れて、もう誰だったかなんてどうでもよくなった。

 

『もう迷子になってはだめだよ』

 

『はいっ』

 

そのあと小さく会釈して、言われた道を突き進む。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

どこだ。どこに行きやがった。

 

息を切らしながら辺りを見回す。しかしどこにも『アイツ』の姿はなく、むしろスクアーロ以外に人の気配すらしなかった。

どうしようもない苛立ちが、舌打ちにまた変わる。

 

『……う"お"お"おい、どうすんだあ"!!このままじゃまずいことに……』

 

『…黙れ』

 

軽く睨むとスクアーロはすぐに黙った。

 

そんなこと分かってんだ。

 

もしオレが部屋の秘密を狙っていることが外に漏れれば、秘密を知る機会も……そして十代目になるチャンスさえ取り消されるはずだ。

それが何故か分からねぇが、ジジィがオレに知れないよう厳重に隠している秘密。見つかればおそらくただじゃすまねぇ。

 

 

『……にしても、妙なやつだったなあ"!』

 

『……』

 

 

その呟きに似た叫びにザンザスは答えなかった。

だいたい察しはつくからだった。

 

……ヤツは術士だ。

 

スクアーロも内心ではきっと気づいている。

 

オレたちがあともう一歩で捕まえられる、という時に限って壁やら樽やらが出現して邪魔しやがった。後ろ姿しか分からないが、それだけで確信できた。

 

黒のワンピースに寒色系の色が混ざった黒の髪、てっぺんが寝癖みてぇに跳ねてた。が、そんなことより一番驚いたのはガキだったことだ。

 

追いかけながらなんでこんなガキが、と何度も思ったからよく覚えている。

腕はなかなかのものだった。

 

だが所詮ガキはガキ。すぐ見つけてやる。

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

しかし、ザンザスがそう思った時。思わぬ人が現れた。

 

『ずいぶん派手に遊んだようだね』

 

『………親父』

 

穏やかな微笑みは、暗い廊下に関係なく温かかった。でもザンザスにとっては今はそれすらも邪魔でしかなかった。今何をしていたかバレる訳にはいかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『何をしていたんだい?』

 

『……別に』

 

悟られないよう、いつものように言い放った。でもジジィが顔を変えることはなかった。

 

『さっき血相を変えて走ってくるお嬢さんを見かけたんだが……、何かしたかい?』

 

『……』

 

どこに行ったとは聞けなかった。聞きたかった。が、それどころじゃねぇ。もしかしたらバレるかもしれねぇが……

 

『……用がある。もういいか』

 

『お嬢さんのことなら………残念だが、いくら探しても無駄だよ』

 

やはり、バレてやがる

 

『だが安心しなさい。もうじき会える、探さずとも。……私も興味を持ってしまったからね』

 

『……………』

 

『来週の水曜日、北イタリアに行こうか』

 

『……っ!?』

 

突然の誘いだった。

 

どこでジジィがアイツに興味を持ったのか知らねぇが、好都合だ。アイツがどこの誰か割れた。それに、会える確率も高くなる。

 

ただしジジィにオレがアイツのことを探っていると勘付かれた。それだけが気に食わねぇ。

 

『……………』

 

『……どうなんだい?』

 

『……いく』

 

そう言うと、そうか、とまた穏やかに笑った。

まあいい、どうせ消すつもりだ。ジジィに気付かれようがどうしようが、あとでなんとでもなる。

 

オレはその見込みも含めて、行くと答えた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

『骸!!どこだ!!』

 

唐突に姿を消した骸を探し回る。

黒い服の間を縫うように走りながら、視線を巡らせてみた。一向に見つけられなかった。

 

『……はあ、はあっ……!どこだ……っ!』

 

膝を折って息をする。

すると、急に何かがその膝にぶつかった。

 

『……っ、うっ』

 

『……!?』

 

いや抱き付いていた。

ちょうど膝ぐらいの大きさの子供が。

 

『……お前…』

 

そう、骸だった。

 

さっきまで髪の先さえも見当たらなかったはずなのに、青紫の髪がしっかりとランチアの脚に押し付けられていた。

 

顔を見せたくないようで、スボンの生地に息がかかってしる。それに、泣いているようだった。濡れている。

 

『………っ、ぅ…ぅうっ……』

 

『……骸』

 

それにしても、子供なら声を挙げて泣くものなのに、どうしてこう何もかも抑えつけるように泣くのだろうか。

ランチアはそれが不思議で、どこか悲しくなった。

 

悲しければ声を枯らして泣けばいい。怖かったならオレに言えばいい。なのに……

 

『……すみません、トイレに行ってました』

 

『あ、ああ……。大丈夫だったか、迷ったり…』

 

『大丈夫です』

 

もちろんトイレなんて嘘かもしれない。

ランチアはほぼそう察していたけれど、それでも追求することはしなかった。

 

理由はただひとつ。

子供に嘘をつかせるような自分が情けなかったからだった。

苦しそうにする顔を見て、締め付けられるように胸が痛い。だからランチアはそれを誤魔化すために、骸の頭の上へ手を置いた。

 

もっと肩の力を抜け、そんな思いを込めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

さて、パーティーも終わりしばらく経った。

これはそんなある日の話だ。

 

『……っ、もうほっといて!』

 

『骸っっ!!』

 

私はそんな言葉を吐き捨てて、部屋を飛び出した。

ランチアが途中まで追いかけてくる気配を感じたので、すかさず姿を消すよう幻覚をかける。

 

『…』

 

ここ最近ずっとこんな感じだった。

喧嘩が絶えない。

いや、喧嘩というより私が勝手にキレて部屋を出てしまうことが多いけど。でもお互いにピリピリしていた。

 

原因は多分パーティーの後まで遡る。

後日談のようになるが、

私はランチアに抱き付いてしまったあと、トイレに行ったと誤魔化した。

嘘だとバレていたかもしれない。しかし追求はされなかった。

 

が、その後幻覚を使いまくった結果か、鼻血が止まらなくなってしまった。当然ランチアは心配した。また、直後私が貧血で倒れたからなおさらだったろう。

 

それ以来、後遺症のように頭痛や目眩に悩まされた。私は慣れていたこともあったし、気にすることはなかった。しかしランチアはそうもいかないようで、過剰に私に世話を焼くようになった。

 

私がふらつけば、休んだ方がいいんじゃないのか、とか

少し鼻血が出ただけでベットで寝かそうとした。

 

気持ちは嬉しい、でも私はそこまでひ弱じゃないし、なによりずっとそんな扱いをされると、鬱陶しく馬鹿にされているような気さえする。

 

私はランチアが口うるさくなるたび、腹が立った。

 

『………』

 

不機嫌なまま、廊下を大股で歩く。

もうここの屋敷も慣れたようなものだけど、本当にランチアは勘弁してほしい。

 

私は苛立ちを抑えながら、頭でも冷まそうと街に行くことにして門へ向かった。

今日のメニューは半分以上こなしたし、少しの息抜きくらいいいだろう。

 

そう思って玄関口まで来た。

 

『やあ、久しぶりだね』

 

『え』

 

が、そうはいかなかった。

 

『……あ、え、あの』

 

『…何故ここにいるんだ、という顔だね』

 

そりゃそうだ。

なんたって、あの廊下で会ったご老人が黒い車と黒服の男達を連れて立っていたんだから。

 

『あの時は、その……ありがとうございました』

 

『いやいや、礼には及ばないよ。それより、君のボスのところへ案内してくれないかな』

 

『は、はあ……』

 

私は陽気な雰囲気に押されて情けない声でしか返事できなかった。ちょっと黒服達に睨まれた。

仕方なく言われた通り、私は街の方に向けていた足をボスの書斎の方へ進める。

 

 

 

 

私は少し戸惑いながら、チラリと後ろを伺う。

幻覚じゃない。しっかりあのご老人はついてきていた。

 

『いい屋敷だね、とても魅力的だ』

 

『あ、ありがとうございます』

 

『実は息子も一緒に来るはずなんだがね、違う車に乗っていてそれが遅れているらしい。

早く息子にもこの屋敷を見せてやりたいよ』

 

『は、はあ……』

 

息子もくるのか……会う前にさっさとボスに任せて街に行ってしまおう。密かにそんなことを思った。

 

『……少し、聞いてもいいですか』

 

『なんだい?』

 

『何用でこちらに来たんですか』

 

ちょっと気になったので聞いてみた。すると、老人はニッコリ笑って言った。

 

『…君に会いに来たんだよ』

 

『へえ…………って、え!?』

 

私は気まずい沈黙を破るために出した話題が思わぬ方向へ返されて、思わず足を止めた。

 

『ははは。まあ…用はそれだけではないよ。会いに来たのは事実だがね』

 

『……は、はあ…』

 

『そんなに喜んでくれるとは』

 

『喜んでいる……?』

 

貴方の目は節穴ですか、もしくは目が付いていますか。そう聞きそうになった。

今の私を見て喜んでいると思ったのか。馬鹿なのか。や、馬鹿でなくてもどうせろくな人じゃない。

 

私は冷や汗を流しながら、怪訝そうに眉を寄せているはずなのに。どこを見ればそう思えるのか不思議だ。

 

私はそんな彼の発言に首を傾げて、先を急いだ。

そしてさっきのやり取りが老人にからかわれていただけということに気づくのは、また別の話。

 

『ここがボスの書斎です。少し待っていてください』

 

『ああ』

 

私はようやく着いた部屋の扉をノックした。

 

『ボス、失礼します、骸です』

 

『どうした、骸。お前から来るなんて珍しいな』

 

『私だって来たくて来たわけじゃない。ボス、貴方にお客様が来てますよ』

 

『おお、入れてくれ』

 

言われたとおり、扉開けて後ろの老人を中に入れる。私はやっとこれで街に行ける。何てことを思っていた。ところがそう上手くいかなかった。

 

『あっ、貴方は………っ!』

 

『?』

 

老人の顔を見た瞬間、目を丸くしてしまったボス。私は訳が分からず、とりあえず老人の顔をよく見直してみた。

相変わらずどこかで見たことあるような……

 

『ドン・ボンゴレ………!?どうしてここにっ』

 

『!!!?』

 

同じように唖然とする。

どおりで見た顔だと思った。

しかし、驚くのはそれだけではなかった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

ドン・ボンゴレ

 

その単語を聞いて思わず扉を押さえていた手が口を塞ぎそうになった。

どおりで見た顔だと思った。

そうか……この人が9代目だ。なんだか胸につっかえていたものが綺麗に取れたようでスッキリした。でもよくよくさっきの会話を思い出す。

"息子も一緒に来ているんだがね…"

 

『っ、まさか……!』

 

バッと廊下の先に目線を合わせた。

 

『!!!』

 

嫌な予感ほど当たる気がする。

なぜなら向こうからとてつもない殺気を放ち、近づいてくる何かがいたから。

間違いない。ヤツだ。

 

『おお!やっと来たのかい、遅かったね』

 

『……』

 

そう言って遅れてやってきたヤツの肩を叩く9代目。そして改めて紹介した。

 

『後から申し訳ない。この子が、息子の

 

ザンザスだ』

 

ギラリとした殺気を絶えず放つ。ピリピリした空気が続いた。

 

それが再びあの時の恐怖を蘇らせる。

私は完全に圧倒されて、ザンザスから目が離せなくなった。

 

すると、当然目が合う。

 

だ、だだだだ、だいじょーぶ。あの暗闇で私の顔まで見られていない。だいじょーぶ。私のことなど覚えてるわけない。だいじょーぶ。だいじょーぶ。きっと私を消しにきたとかそういうアレでは……

 

『……ハッ』

 

『ヒイッ』

 

笑った。

こんな恐ろしいスマイル初めてでもう笑顔と呼んでいいのかさえ怪しいけど、笑った。

 

つまりそれは、見つかった、ということを意味していた。

 

『……ん?大丈夫か、骸』

 

『は、はい』

 

『え……でも顔が青く…』

 

『大丈夫だっていってんでしょーがっ!!』

 

『あ、ああ、それならいいんだが』

 

パニックのあまり大きい声を出す始末。しまった。思ってる以上に気が動転しているらしい。

 

『で、もう私の役目は終わりましたよね。ではこれで……』

 

私は言った。けれど止められた。大きな手に。

 

『待て』

 

『……』

 

『ここにいろ』

 

腕をしっかりと掴まれて身動きが取れない。

泣きたい。

だってその掴んだ手の主は

あのザンザスなのだから。

 

『…すまないね、お嬢さん。息子の我儘に付き合って君も居てくれないか』

 

『は……い』

 

もう、逃げられなくなった。

私はそう確信しながら、泣く泣く重い扉を閉めた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

ザンザスとの再会を果たしてしまい、戸惑うがもうそんなこと御構い無しだった。話が勝手に進んでいく。

 

『実はここに来たのは人手を貸して欲しくてね。そろそろ新しく部隊を編成しようと思っているんだ』

 

『!』

 

『そんな時、そこのお嬢さんと出会ってね。彼女の才能を見込んで新しく作る部隊にスカウトしたいんだ』

 

『なるほど、それはありがたいお誘いですね』

 

『ザンザスも君を気に入っているようなんだよ』

 

『どうだ、骸。入る気はないか?』

 

『何、不安になることはないさ。君ならすぐ付いてこれるレベルだ。それに部隊のリーダーはザンザスにさせるつもりでね。

きっと君をしっかり支えてくれるはずだ』

 

『よく考えてみろ』

 

『……………』

 

私への怒涛の猛アタックに黙り込んだ。

こんなの、入れと命令してるようなものじゃないか。

 

正直、ボンゴレに私なんかをスカウトしてもらうのはすごくありがたい。受けたいという気持ちもある。

 

けれど一抹の不安もあった。

ザンザスに殺されはしないか。入れたとしても結果が出せなかったら。それに孤独になってしまわないか。

 

それから、ランチアとはもう会えなくなってしまうんじゃないか……とか。

 

 

『……まあ、すぐに結果を出すのは難しいだろう。ゆっくり検討してみてくれ』

 

『……はい』

 

小さく頷いた。

 

『さて、それじゃあ詳しいことを話していこうと思う。君が考えているうちにね。

すまないが2人だけにしてくれるかい?大事な話なんだ』

 

『は、はいっ!』

 

私は考える間も無く、部屋から退散した。それからザンザスもあとから続いて部屋をでた。

 

途端に周りの空気が一変した。

 

静かな廊下。

 

それから、

 

隣にザンザスがいる。

 

さっきまで9代目がいるからか大人しかった。でも今はどうだろう。もう何の見張りもない。殺される。絶対殺される。逃げたい。でもすぐにこの場を去るのも不自然だしーーーーーー

 

『……おい』

 

静寂を破る声。

それは紛れもなく私に掛けられたものだった。

 

『な、何ですか……?』

 

出来るだけ平静を装う。やけに静かなのが怖い。まるで嵐の前の静けさだ。

 

『聞きてぇことがある』

 

『……なんでしょう』

 

思ったより声は落ち着いていた。

あれもしかしたら殺されないかも

そう思った時だった

 

(ガチャン)

 

『あ…れ…?』

 

手に握られる銃。そして私の目を睨んだザンザスは言った。

 

『言い残すことはねぇか』

 

その瞬間に全てを悟った。ですよねー、と。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

そこからは早かった。

ザンザスは質問したにも関わらず、私の返事は気にせずに、あっという間に弾を放った。

 

『ひっ…………!?』

 

短い悲鳴。それから頬に一線の血が流れた。間違いなく殺そうとしていた。

 

『!、待てッッ!!』

 

駆け出した私に、ザンザスはまたも銃弾を撃ちはなった。危機一髪で避けきる。

 

走りながらなんとか頭を回転させた。このままじゃこの前のパーティーの二の舞だ。けれどこれといった策もない。どうしようもなかった。

 

時々幻覚の壁やドアなんかの障害物を作ってみた。

 

『もうこの手には引っかからねぇ!!』

 

そんな声が後ろから聞こえる。もうこの策もダメみたいだ。私の混乱に拍車がかかる。

 

『ハァハァッ…!』

 

穴だらけになる壁に目を向けながら、何か打開策を探す。そして見つけたのは謎の扉。見た途端、攻撃が止んだ隙に入り込んだ。

 

もう悩んでいる暇なんてない。私はその一心だけで部屋に入り、奥にあった机の下へと身をひそめた。

 

『はっ……ひくっ、』

 

涙と鼻血が混じって、冷静さを飛ばす。いつの間にか鼻血がでていた。今気づく。

そしてあることを察してしまった。

 

もしこの鼻血のあとが、この部屋まで続いていたら。

そんなの、鼻血で居場所を教えているようなものだ。え、笑えないわ。

 

(ガチャ)

 

やっぱりかー

 

絶望に浸りながら足音に耳をすます。確実に私に近づいていた。机の下だともう分かっているみたいに。

………や、多分そうなんだろうけどね。

血がしみ作って教えてるんだから。

 

私は冷や汗と涙と鼻水と鼻血とあとなんか分からない液を拭いながら、最後の幻覚を自分にかけた。

 

「これ」に賭けるしかない。

 

(ガチャ)

 

『終わりだ……さっさと…

 

 

!?』

 

私は向けられた銃口にゆっくりと振り向いた。その瞬間にザンザスの顔は固まった。なぜなら、私の顔が

 

9代目になっていたのだから。

 

『……っ、』

 

今だ!

 

その小さな隙をついて飛び出す。さっきの9代目の顔の幻覚は全体力使って作ったので、もう使えない。

 

でも心のどこかで、逃げ切れるんじゃないか。そう思っていた。が、甘くなかった。

 

『待ちやがれ!』

 

即、腕を掴まれた。

 

『こ、殺さないで!私は……!』

 

『うるせぇ、黙れ!!』

 

銃口が頭に当たり、死んだな、と直感する。

だから最後の最後に叫んでしまった。

 

「たすけてッッッッ!!」

 

『!!』

 

悲痛の叫び、それから一回の銃声が響いた。

そして意識が薄れる中

おもしれぇ、という声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

『う"お"おおおおおおい!!起きやがれええええ!』

 

『うわああああ!!』

 

私は耳元で響いた大音量に跳ね起きた。

訳がわからなくて星がチカチカと頭の周りを回る。

 

『………』

 

そして数秒後。そろそろ視線が痛いので周りを見渡した。

 

まず私は自分の部屋のベッドに寝かされていた。あの後誰かが運んでくれたらしい。きっと私はあの時意識を失って……

 

『………って、私撃たれたんじゃっ!!?』

 

蘇る冷たい銃口の感覚に、一気に目が覚めた。

そうだった、確かに私はあの時撃たれたんだった。あの時の感覚は今も思い出せる。

 

でも今あるのはいつもと変わらないスッキリした感覚だった。鼻血も止まってる。とても死んだように思えない。なら何故……

 

『お前は本当は死ぬはずだったんだァ』

 

混乱する私を見て、スクアーロが言った。

 

『ザンザスが途中で、

麻酔弾に切り替えなきゃなァ』

 

『!!』

 

奥に座るザンザスの顔に目を向ける。

 

『お前は運がいいぜェ。なかなかねぇんだからなァ、ザンザスが途中で殺すのを止めるなんてことはよォオ!』

 

『は、はぁ……』

 

それ聞けて嬉しいが、とりあえずいちいち叫ぶのやめてほしい。頭が痛くなる。

 

そんな風に顔をしかめていた時だった。静かだったザンザスが口を開いた。

 

「お前何者だ」

 

『………!』

 

イタリア語と違った発音と音程。それは紛れもなく日本語だった。体の奥の方から熱い感動みたいなものが湧き上がる。

しかしその興奮は抑えて、あえてイタリア語で返した。

 

『私はただの餓鬼です』

 

『ハッ!!!』

 

鼻で笑った。そして椅子から離れ、私の近くへと足を進め始めた。

 

『白々しい』

 

『………』

 

『餓鬼なんてのは、馬鹿みてぇに笑ってお遊戯やってる奴のこと言うんだ』

 

『……』

 

『お前は違ぇ』

 

『……っ、!』

 

目が合った瞬間、その眼に圧倒された。何も言えなくなった。

 

『声あげて笑いも泣きもしねぇ。お遊戯より幻覚ばっか使いやがる。おまけにジャポネーゼの言葉もお手の物みてぇだ』

 

『なっ』

 

『お前、オレが撃つ前に叫んだだろーが。日本語でな』

 

そういえば咄嗟のことに叫んだような叫んでないような。覚えない

 

『隠しても無駄だぜ』

 

「…か…隠すつもりはありません。むしろ、それを除けば本当に何もできない、ただの子供です」

 

私はシーツをぎゅっと握りながら、なんとかザンザスに反論した。けれど、銃が視界をチラつく。

 

『そうか………なら…

 

 

 

 

 

 

 

 

死ぬか?』

 

『え"』

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

『…え、あ、あのっ、すみませんでした!もう絶対秘密のことはバラしませんっ!な、何でも言うこと聞きますっ!だから殺さないでっ!!』

 

そう咄嗟に叫んだあと、しん…と部屋が静まり返った。あれ、なんか間違えたこと言ったかな、なんて思ったその時。

 

『ブハッッッッッ!!!』

 

盛大にザンザスが噴き出した。後ろにいるスクアーロさえも笑っている。

 

『てめぇ、馬鹿なのか賢いのかはっきりしろ』

 

『え?え?』

 

『ゔおおぉい、殺すならさっさと殺してるだろォ。誰が殺すつもりの奴を、麻酔弾で撃って、しかもわざわざオレを呼んでここまで運ばせるんだァ』

 

あ、だからスクアーロここにいたんだ。

一人で納得する。

 

『……よく考えれば分かる』

 

『………はい』

 

た、確かに…

 

『とにかく、オレは興味が湧いた。だからお前は生きてられるんだ』

 

どういう意味か分かるな

 

と、付け足してザンザスは私の眼を睨んだ。

 

分かっている、どういう意味なのかは。だってそれは、興味さえなくなれば私は死ぬということでしょう。

 

『私の命は貴方の手の内……ということですか』

 

『……』

 

肯定するような無言が返ってきた。口角を上げているザンザス対し、私の震えが止まることはなかった。

 

◆◆◆◆◆

 

 

そしてあのあと結局、ザンザスにしたがってボンゴレ部隊に所属することになった。

脅されたこともあるけど、

 

沈黙だった部屋に後から話し合いの終わったボスと9代目入ってきて、後押しされたことも理由のひとつ。

 

でも帰り際、ザンザス達と9代目を見送るときに、ザンザスの覚悟しとけという言葉には早速辞退したいと思った。

 

『……はあ』

 

『どうした、ため息ついて』

 

食後、そんな今日の出来事を振り返ってため息が出た。それを見たランチアが私に尋ねた。

 

『…もう、疲れました』

 

『ははは、たっぷり鍛えられたようだな』

 

『…………もしかしたら、私はマフィアに向いていないかもしれません』

 

『……』

 

『だって本当は人殺しなんてしたくないし、それができるほどの実力もない。

皆………私の買いかぶりすぎです』

 

『骸……』

 

思わず本音を漏らし、慌てて話を逸らす。

 

 

 

 

 

 

『……なんて、冗談ですよ』

 

『なっ、』

 

『私なら適当にそれくらいこなせます。だからご心配なく!』

 

 

 

 

そう言って、逃げるように自室へと入った。何か言おうとしたランチアの姿も、見えないふりをして。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

あんな騒々しい日からまた何日がたった。

相変わらずトレーニングと称したイジメは終わることがなく、むしろ厳しさを増していた。

 

けれどザンザス達との音沙汰があれ以来ないので、それだけは素直に喜んでいる。

 

出来ればもう二度と会いたくないなあ、なんて思うけど、どうせ無理だなあと割り切っていた。

そんなある日の午後だった。

 

『よし、今日はもうこれくらいにするか』

 

『え!?』

 

午後のメニュー前のウォーミングアップをちょうど終わらせた頃、ランチアが放った思わぬ一言に私は目を丸くした。

 

あんなに厳しくしていたのに、なんで!?

そう思いながらも、少し嬉しさがこみ上げてきた。

しかしそれも束の間。

 

『本当はいつものをする予定だったんだが、今日は客がくるらしくてな』

 

『は?客?』

 

『ああ。骸、前にボンゴレからスカウトがあっただろう。あれの件について……』

 

(パンッッッッ!!!パンッッッッ!!)

 

遮るように二つの銃声がした。それを合図に私の浮かれた気持ちは根こそぎ奪われた。

 

『……っ!!』

 

そして、ヤツが来る前に駆け出した。

だいたいお約束なこのパターン。読めてしまっているからこそ、私は捕まるわけにはいかなかった。

 

が、10分後

 

『……逃げてんじゃねぇ』

 

『すみません、ごめんなさい、撃たないでください』

 

私はあっさりとザンザスに見つかった。

 

『また鼻血か』

 

アナタが私を無理に幻覚使わせるような状況にしたからでしょう。

そんな文句も銃口とザンザスの前では言えるわけなくて、静かに飲み込んだ。

 

『なぜここに』

 

『スカウトのことに決まってんだろ、カス』

 

「…………カスじゃないし」

 

『あ"あ?』

 

『……で、スカウトがなんですか。詳しくは場所を変えて聞きましょう』

 

私は不自然な笑顔を作って話題を逸らすよう促した。が、銃口はまだ私に向いていた。怖い怖い怖い。

 

『てめぇ……学校は』

 

『え、行ってませんよ』

 

『家庭教師は』

 

『……いつもトレーニングしかしてません』

 

『そうか…』

 

廊下を移動する最中、突然ザンザスがそんなことを聞くので首をかしげた。

何やら考え込んでいるザンザスを横目に、そういえばなんでたろう、と疑問に思った。

確かにこの歳の子供なら学校行っててもおかしくない。ていうか行ってないとおかしい。

 

……あれ、なんでボスやランチア達は私に勉強させようと思わなかったんだろう。駄目な大人だ。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

『骸、よく生きてたな』

 

『ええ、おかげさまで!!』

 

顔を見るなりそういったランチアに、私は睨みをきかせていった。

ザンザスは移動中にどこかへ携帯で電話を掛けていたけど、銃口は私に向けたまま。

私はドキドキしながらランチアの元まで戻ってきた。

生きた心地がしない時間だった。

 

『……で、用件はなんですか』

 

『スカウトすると言ったが、条件がある。その条件を伝えるために来た』

 

『……えー』

 

そんなの聞いてないしそんなことあるなら辞退したいよ。無理だろうけど。

と、目で訴えると、ザンザスは眉をよりひそめた。

 

『……てめぇ』

 

『嘘です、文句ないです、だから早く教えてください』

 

そう言ったあと、ザンザスは気にくわなさそうにしながらも、教えてくれた。

 

内容はこうだった。

 

ボンゴレに入っておらず、しかも幼い私が部隊に入るには周りに示しを付けなければならない。

そしてそのためには、普通の常識やマナーから殺しの腕も上げる必要がある、と。

 

『……でもどうやって……?』

 

そのまで聞いたところで、私は疑問に思った。

だって学校に行くことはできないし、ランチア達がマナーや常識を熟知してるようには見えない。

 

『あとで教材を送る。それでなんとかしろ』

 

『えー…』

 

『あ?』

 

『…………』

 

黙った私を横目に、ザンザスは続けた。

 

『あとは殺しだが……それはオレが直々に相手してやる。ありがたく思え』

 

え、どの辺がありがたいの。確実に私を殺りたいだけじゃないか。

 

『文句あるか』

 

『ないです。ありがとうございます』

 

そう即答した。が、まだ納得のしていないような顔のザンザス。そんな様子のもしばらくすれば、部屋を出て行った。

どうやら用事はこれだけだったらしい。

 

『……って、これだけのために、わざわざ北イタリアまで?』

 

『そのようだな』

 

『はあ~………』

 

ランチアは苦笑いしている。けど、私はため息しか出なかった。何が嬉しくてザンザスと会わなければならないんだ。

 

よく考えれば、こんな連絡ぐらい電話でできる。メールだって部下だって何だって使えたはずなのに。

 

「もしかしてバカなのかな…………?」

 

(パンッッッッパンッッッッ!!)

 

思わず口に出てしまった心の声に、銃弾が返ってきた。しかも扉越しに、私の頬スレスレの軌道で。

 

『……もういやだ』

 

小さく呟いたその言葉は当然誰にも聞こえるはずはなく、ゆっくり部屋に吸い込まれていった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

(コンコンッ)

 

軽快なノックが部屋に響き、男はペンを走らせていた手を止めた。

 

『やっときたか……』

 

ため息のような笑みを浮かべる。

 

『ボンゴレの坊ちゃんが何の用だい?』

 

『……黙れ』

 

ザンザスが扉を開けるなり掛けられた言葉が、さっそく空気を不穏にした。

 

『……アイツの正体を言え』

 

『……』

 

書類やファイルを男の前に置きながら、ザンザスは言った。一方それに男が答えることはなく、ザンザスの目をうかがったあと、乱暴に置かれた書類へと目を移した。

 

『こりゃ相当頑張ったな』

 

『……るせぇ。さっさと答えやがれ』

 

その書類にはイタリア中の子供の情報、またマフィアや孤児院のことが記されていた。

それに加え、所々にボールペンで書き込まれているところがある。マルやバツや、走り書きのような字がちらほら。

 

『どこを調べても、ガキのことは分からねぇ。ボンゴレを使っても、だ。

 

それに加えてあの能力はなんだ。もともとあるわけでも、ましてや修行して手に入れた訳でもないらしいな。

もっと言えば、最近まで堅気(かたぎ)にいたみてぇな神経してやがる。

 

すべてが謎であり、怪しすぎだ』

 

『……』

 

『アイツはホントにただの餓鬼か。それとも……本当は、もっと別の何かか』

 

『フッ………』

 

『……さっさと吐け』

 

小さく笑った男のこめかみに、いつの間にかザンザスの銃口が当てられていた。しかしそんな状況にもかかわらず、男はまだ薄く笑っていた。

 

『残念だが……オレたちにも分からないんだよ』

 

『てめぇ…』

 

『信じられないなら撃てばいい。が、アイツについて知らないことが多いのは本当だ』

 

『……』

 

静かに銃を下げたザンザス。男はそれを確認すると、話を続けた。

 

『アイツと初めて会ったのは、梅雨の時期でな。ちょっと名の知れたスリ犯だったところを、ランチアが捕まえたんだ』

 

『……スリ犯、だと?』

 

『ああ。その頃からもう幻覚やら稀な技使えたらしくてな、仲間と一緒に路上で生活していた』

 

『仲間といたのか』

 

『そうだ、ちょうど骸と同じぐらいの少年が2人いた。そいつらはまた別でオレが面倒を見ている。

だが、以前までは骸がそいつらを支えていたみたいだ』

 

『………』

 

『と、まあ、オレが知っているのはこれぐらいだ。あとは本当になにも知らないし、分からねぇ』

 

『………本当だろうな』

 

『ああ』

 

『……』

 

『……ただ、一つだけ気なることがあってな』

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

ザンザスが去ってしまったので、私とランチアは時間を持て余していた。

 

『はあ……、結局トレーニング中断する必要ありませんでしたよね』

 

『たまにはこういう日もあっていいだろ。いい機会だし散歩でもいこう』

 

ランチアの呑気な提案に、ピクリと反応してしまう。私はすかさず聞いた。

 

『ジェラートは』

 

『奢ってやる。だが、オレの買い物にも付き合えよ』

 

『はいはい』

 

しょうがないからランチアについて行くことにした。どうせ荷物持ちさせられるんだろうけど、ジェラートのためだ。仕方ない。

 

私はちょっとウキウキした足取りで廊下を歩いていた。すると、背の高いシルエットが前から歩いてくるのが見えた。

 

『スクアーロ……?』

 

『う"お"お"おおおおぉい!ザンザスはどこだァ?ここにいるって聞いたぜェ』

 

『ああ、もう帰りましたよ』

 

『な"ッッッッ!!?』

 

途端に硬直してしまった。無理もない、入れ違いになっちゃったんだから。

私はその姿を見て、なんて運のない男なんだろ、と静かに同情する。

 

しかし、スクアーロの持っていたものに目がついて、それをやめた。

 

『その本…….なんですか?』

 

スクアーロの手の中にある難しそうな本を指差した。

 

『ああ、これか?これは教科書だァ。カスみてぇなレベルだがなァ』

 

『がっ、学校行ってるんですか!!!?』

 

『当たり前だろォ』

 

呆れためでスクアーロは私を見る。けれど私はわきでた興味と興奮が押さえられなかった。

 

『学校って、どんな感じなんですか!?』

 

『ああ?つまんねぇやつしかいねーぞォ』

 

『もっと詳しく教えてください!』

 

自然と前のめりになる。すると、驚いた顔をしたスクアーロが言った。

 

『お前……学校行きてぇのかァ?』

 

『え、』

 

『そうなのか、骸?』

 

ランチアまでもが問いかける。さすがに露骨すぎた。私は焦りながら手を振った。

 

『そ、そそ、そうじゃありませんよっ!?ただ、その、えと、………そう!課題です!ザンザスから出させた課題を、学校行ってるスクアーロなら解けるかなあと思ったまでで……!』

 

『課題だとォ……?』

 

だいぶ苦しい言い訳だったけど、うまいことスクアーロは課題の方へと興味がそれた。

 

 

 

 

『そうです、入隊する条件として、ザンザスから教材をどっさり貰ったんです』

 

『………テメェのことはテメェで片つけねぇとだめなんじゃねーのかァ?』

 

『ゔ……!!』

 

ごもっとも。

しかし私は説得を止めなかった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

『で、でもっ!学校行ってないし、家庭教師もとってないんですよ?それくらいのハンデあったっていいじゃないですか!』

 

『開き直ってんじゃねェエ!!』

 

廊下からスクアーロのツッコミの声が聞こえた。それにザンザスはまた眉をひそめた。

 

ちょうど男と話を終えた時のことだ。部下の一人がスクアーロがこちらに向かっているという報告があった。だから廊下まで見にきたのだが、この様子だった。

 

持ち物から察するに、学校を抜け出して来たんだろう。だからと言って骸と口喧嘩している理由にはならないが。

 

『……カスが』

 

声を掛けるのも面倒なので、銃を構えた。が、ふと骸のほうへ視線がうつった。

 

そして先ほどの男の話を思い出した。

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

『気になること、だと?』

 

『そうだ。骸と直接関わっているという確信はないが、ちと怪しい噂が耳に入ってな』

 

目線を落とす男。その目にはどこか怒りが潜んでいるように見えた。

 

『…………エストラーネオファミリー』

 

『!!!!!』

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

記憶の中から我にかえり、ザンザスはため息まじりに引き金を引いた。

 

(パンッッ!パンッッッ!)

 

『ひぃいいいいい!!!!!!!』

 

銃声が廊下に響く。と、と同時に骸の悲鳴も弱々しく響いた。

 

『う"お"お"おぉぉぉい!!危ねえだろォがァァ!』

 

『っるせぇ』

 

ザンザスの姿が目に入ると、スクアーロはニヤリと口角を上げた。ザンザスはまた撃ちたくなった。

 

が、面倒なので途中でやめた。やりだしたらきりがない。

 

『おいザンザス、コイツに課題出したらしいなァ』

 

『それがなんだ』

 

『う"お"おぃ、コイツがそれをオレに……』

 

『あわわわわわわ!スっスクアーロ!!?何言ってるんですか私何も貴方にしてませんよ!?』

 

『………』

 

あからさまに隠そうと、スクアーロの言葉を遮った。誤魔化し方が下手すぎてだいたい察しがついてしまう。課題の助けでもスクアーロに求めたか。

 

『下手なことはすんじゃねぇぞ、エスピタッシ(epistassi)』

 

エスピタッシ……鼻血という意味を込めてそう呼んだ。すると、当たり前だろうが骸は目を見開いて言った。

 

『エスピタッシ!?それ私のことですか!?』

 

『当たり前だ』

 

『なっっっ!!わ、私の名前は骸です、骸!』

 

骸は調子に乗って声の勢いのまま、前へでる。

 

 

 

『あ?』

 

『すみません、鼻血です、それでいいです、もう』

 

 

 

 

 

その様子をみて、オレは思わず鼻で笑った。

ヘタレすぎる。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

『鼻血…か…』

 

『ふふ、ザンザスもなかなか上手いこと言うな』

 

『どこがです!?新手のいじめでしょう!?』

 

『愛称だと思えばいい』

 

『あの冷ややかな横目でなおかつ鼻で笑いながら呼ばれなければ、そう思えたでしょうね』

 

夕日に照らされながら、私達はそんな会話を交わしていた。

結局夜も遅くなってきたので、ザンザスと学校帰りのスクアーロは屋敷に泊まることに。

 

その流れで、何故かあの二人の分のジェラートを買わされるはめになった。今はその帰りである。

 

もともとランチアに奢って貰う予定だったし、納得がいかない部分もあるが、ま、いっかとか思いながらジェラートを買う。

 

『ランチア』

 

『なんだ』

 

ジェラートもほとんど食べかけの時、私はなんとなく名前を呼んでみた。

 

『明日は……雨ですかねー』

 

我ながらどうっでもいい話題だなぁ、とか思いランチアを見る。まだ食べ終わっていない。遅いな。見かけによらず。

 

『そうなのか?』

 

『いや、私が聞いたんです』

 

『…………』

 

『ほら。雲がない日は次の日雨になるとかなんとか、そんな迷信ありませんでしたっけ?』

 

『あったか?』

 

『さあ?』

 

『じゃあ、あったことでいいだろう』

 

『適当ですね』

 

『もうお前の好きにすればいい』

 

『じゃあ、雨にしましょう』

 

『雨にするか』

 

『はい』

 

そんなことを話していると、ふと裏道の方へ目がいった。そして影を捕らえた。小さな、子供のような。

 

『!!』

 

その瞬間、止まりかけた足を早めた。

人影が、とてもとても

フランに似ていたのだ。

 

『どうした?』

 

『別に』

 

私はこの時、何故足を早めたのか、そして目をそらしたのか自分で分からなくなった。

考えれば考える分からなくなる。モヤモヤ面倒くさい何かが巡る。

 

しかし、そんな思考さえも

 

『!』

 

ランチアが頭に乗せた手によって、止められた。

 

ランチアは私がおとなしくなったり、暗くなると手を頭に置いてくる。そして、大きなその手でそのまま私の頭をぐちゃぐちゃにする。

 

『子供扱いしないでください』

 

『してない』

 

『してますってば!』

 

『ははは』

 

手をどかそうとするけど、まったく敵わなくて笑われるだけだ。むかつく。

でも少しだけ嬉しいなんて、思ったり思わなかったり。

 

『笑わないでください』

 

『お前もだろう』

 

『笑ってません』

 

『オレもだ』

 

『私だって』

 

『……』

 

『……』

 

 

 

その後は、吹き出しながら屋敷に戻った。

後ろには長い影がのびていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

そして時間は進み深夜のこと。

そろそろ寝るかと思い、ザンザスはベットへ身を沈めた。その時だった。

 

『うわあああああああああああ!』

 

静まりかえった夜の闇に、誰とは分からない悲鳴がこだました。

途端に神経を尖らして、慎重に廊下へ顔をだす。

 

『う"お"お"おおい!なんだ、さっきの声はぁ"!』

 

スクアーロも起きたらしく、出くわした。

そして顔を見合わせると、二人は言葉のない会話で原因探しを始めた。

 

『ん?どうしたんだ、こんな時間に』

 

しかし、進んだところにファミリーの男がいたので中断する。直接聞いてみることにしたのだ。

 

「さっきの悲鳴だが……』

 

『ああ、なんだそのことか』

 

苦笑いを浮かべる男。その反応に二人は違和感を感じた。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

『あ!またお前……!』

 

『っ、!!』

 

私は隣を歩くランチアの視線に気づき、サッと足を早めた。今日も今日とて鬱陶しいランチア。いい加減朝から世話を焼くのはやめてほしい。

 

まあ………きっと【これ】を見たら面倒臭くなるだろうな、とは思っていたけど。やっぱり面倒臭いことになった。

 

『どうしたんだこの傷!』

 

『別に』

 

『ちゃんと見せろ、もしかしたら後々酷くなるかもしれないだろ』

 

『こんなの、ただの切り傷ですよ!ほっときゃ治ります!!』

 

『だが……!』

 

また口うるさく続けようとするので、私はそれを振り切るように素早く廊下の曲がり角をまがった。

 

『ぶっっ!!』

 

と、その直後に大きな何かとぶつかり、鼻をぶつける。

 

『う"お"お"おおい!なにぶつかってやがる……って、テメェ……!』

 

『あ、スクアーロ』

 

耳にキンキン響く声に苦笑いを浮かべる。

しかしスクアーロは私の顔をじっと見つめ、少し顔をしかめた。

 

『なんですか?』

 

『お前……』

 

なんだか真剣味を帯びた声に自然と背筋が伸びた。なにか意味ありげなこととか言うのかな!?とか思いつつ。

 

『鼻血出てるぞ』

 

『へえ………って、え!?』

 

『ぶはッッッッ!!』

 

驚きすぎて唖然とする私。それから鼻血が服に付くだろと愚痴垂れるスクアーロ。そしていつの間かいらっしゃったザンザス。

 

なんともシュールが完成していた。

 

 

 

 

『ザンザス!いたんですか!?ていうか笑わないでもらえますか!?』

 

『あ"あ"?』

 

『嘘です、すみません、どうぞ気の済むまで笑ってください、はい』

 

 

 

 

これからこの二人と朝食なんて考えると、正直震えが止まらないけど、なんとなくその時は楽しくて悪い気はしなかった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

意外だけど、ザンザス達との朝食はさほど命の危険をともなわなかった。

静かな落ち着いた空気の中、小粋なジョークも飛び交っていて中々よかったと思う。

 

しかし、問題はそのあとに起きた。

それもザンザス達は関係ない、ランチアと私に起きた問題だ。

 

時間はちょうど食後のデザートを食べた後まで遡る。

 

あの時私とランチアはトレーニングと任務があるので、軽い荷づくりするというザンザス達と別れた。

 

『二人とも意外と静かでしたね』

 

『だな。さすが御曹司と剣豪なだけある』

 

きっかけは、私の一言だった。

 

『あ………鼻血だ』

 

『!!』

 

垂れてきた鼻血に気づき、手で拭った。それから鼻をつまんでみるも、しばらく止まりそうにない。

 

すると、それを見ていたランチアの顔色が変わった。

 

『医者に見せたほうがいいんじゃないのか?』

 

『はあ!?』

 

深刻そうに言ったランチアに、私はというとポカーンと口を開けた。

そこまで過保護になる必要はあるか?こんな軽い鼻血、すぐ止まる。医者に見せるまでもない。

 

『大丈夫ですから、ほっとけば止まります』

 

『しかし最近多いじゃないか。今日も朝出したのに今もでた』

 

『そういう日だってあります!』

 

『いやもしかしたら、別のところが悪いのかもしれないだろう!?医者に行こう』

 

『いやです、こんなしょうもない理由で医者なんて……ランチアは過保護すぎるんですよ!』

 

そういえば、最近こんなふうに言い争うことが多くなっていて、そのたびに私はイライラをつのらせていた。

 

いつもは話をそらしたり、逃げたりしてそのイライラは発散できていた。

しかし、今日は違う。

小さなイライラが積もりに積もってしまっている。

 

抑えがきかなかった。

 

『オレは骸が心配だから言ってるんだ!!それに、しょうもない理由なんかじゃない。鼻血が何度も続けばそれはもう…異常だ!』

 

ランチアの発した【異常だ】その言葉に、なにも返せなかった。けれどその代わり、

その瞬間私の中の何かが、プツリと切れた。

 

 

『……っ、マフィアの、くせにっ!!』

 

『!!!』

 

 

 

私はそう吐き捨てて、途端にその場から駆け出した。

ランチアの私を呼ぶ声が背中越しに聞こえたけれど、関係ない。今日という今日は許せなかった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

『骸!どこだ!!』

 

息を切らして追いかけるが、案の定その姿を見失った。

 

『クソッッッッ』

 

一旦立ち止まって、息を整える。

 

普通なら放っておけばいい。どうせこんな口喧嘩だ。時間が経てば戻ってくる。

 

けれど今日は何か違う、ランチアはそう思った。

今見つけなければ、取り返しのつかないことになる、そんな嫌な予感がしていた。

 

それに、骸本人は気付いてないが、【アレ】がどうも引っかかってしまった。もし、【アレ】がオレのいないところで起こってしまったら……

 

もう医者に行くどころでは済まなくなるかもしれない。

 

ランチアはそう思いながら、静かに汗を流した。

 

◆◆◆◆◆

 

ランチアの姿が近くまで迫っていたので、いつもの調子で扉を増やしたり、道を増やしたりして上手くまいた。

 

幻術は安定して冷静にできた。

でも、どうしても私の腹はおさまらなかった。

 

異常だと言われた瞬間、そう思われたことのへの怒りと少しの呆れと

大きな大きなショック、それが後を引いていたのだ。

 

 

『はあ………』

 

もうしばらくは、ランチア顔は見たくない。

 

苛立っているからだけど、

よく思い出せば私はランチアに言ってしまった。とんでもないことを。

 

『………』

 

マフィアなんて大嫌いだ。けれどランチアを見てちゃんと分かってた。

 

全てのマフィアが一概に悪いんじゃなくて、ファミリーによって特徴が違うこと。

そして、ランチアはエストラーネオファミリーとは一緒にできないほど、ちゃんとした人だということ。

 

『………ごめんなさい』

 

呟くけど、誰に届くわけでもなく、厚い壁に吸い込まれて消えた。

 

『あ……!』

 

すると鼻血がまた垂れ出した。

なんだか今日のは量が多い。確かにおかしいな、なんて思ったけど

異常だと自分で認めてるようで、慌ててその考えを振り払った。

 

そんなことより、隠れる場所を探さないと!!

 

気を取り直してそう思い、私は辺りを見回した。

 

『!!』

 

と、さっそくあるものが目に入った。

そして瞬間的にいいことを思いつく。

これならランチアに見つからず、なおかつココから離れられる。そんないいことを。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

P rrrrrr………

 

時間は経ち、骸達の屋敷からボンゴレの屋敷へと着いたザンザスとスクアーロ。

荷物を片付けていたその時、スクアーロの携帯が鳴った。

 

見れば、あのファミリーのボスからであった。

 

『う"お"お"おおい!まだ何か用かああ?』

 

携帯を片手に片付けながらそう言うと、

 

《ああ、至急の用ができてな。とても重要な》

 

『?』

 

意味深い言葉が返ってきて、首をかしげる。

するとその男は『まあ、とにかく話はランチアから聞いてくれ』と言い携帯をランチアに渡した。

 

《疲れているところで悪いが、探すのを手伝って欲しいんだ》

 

教科書をいつものカバンに移し替えながら、スクアーロは目を細めた。

 

『何をだあ』

 

とは言ってみたものの、もうほとんど荷物はしまった。探し物といってもスクアーロの荷物に入ってるはずもない。あるとしたら、ザンザスのほうだろう。

 

《実は………》

 

 

 

『うわあああああああああ!!!』

 

 

 

と、ちょうどその先をさえぎるように、悲鳴が響いた。

 

隣の部屋から。しかもそこはザンザスの部屋で、

さっきの悲鳴はあきらかに聞いたことのある声だった。

 

『う"お"お"おおおおぉい!!!何があったあああ!』

 

《なんだ!?どうかしたのか!?》

 

携帯を耳に当てつつ、ザンザスの部屋に向う。

ドアを開けた。

すると、そこには箱の中を睨みつけるザンザスの姿がそこにあった。

 

『何してんだァ』

 

『………』

 

その箱というのは、

骸のもとへ行ったときボンゴレの御曹司が来た、ということで色々贈り物が貰えた。その時のものを全部詰め込んだ箱だった。

 

《スクアーロ、大丈夫か?何か悲鳴が聞こえた気がしたが……》

 

『あ"あ"、今その原因探してるところだァ』

 

《そうか、では込み入っているようだから用件だけ伝える》

 

箱の大きさはだいぶ大きなものだ。

 

《実は、》

 

それも、

 

《骸が、いなくなったんだ》

 

ちょうど子供ひとり入れるような。

 

《こんなことはありえないだろうが、

もし骸を見つけたら教えてくれ》

 

『………』

 

まさか、とスクアーロは思った。

 

けれどさっきから何も応えないザンザスと、不自然にデカイ箱はあまりにも怪しい。

 

スクアーロは箱の中を覗き込んだ。

 

『…………う"お"お"おおおい』

 

途端にため息が漏れた。

それもそのはず。

 

 

 

 

 

 

『こ、こんばんは………』

 

 

 

 

案の定箱の中に身を潜めていた、骸を見つけたからだった。

 

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