「――まだるっこしい質問はしない。貴様の正体、アイリス様に喚ばれたという意味、それ以外にも全て答えてもらう」
「クレア、少し落ち着いて」
場所は王城内訓練場から変わり、アイリスの私室。
断固として反対していたクレアは主にどうしてもと言われたためか不機嫌そうで、仕事中ながら呼ばれたレインという女性が宥め立てる。
彼女はこの国の宮廷魔法師の一人であり、クレアと同じくアイリスの側近だった。その立場と同年代であり、また同じ女性という関係からか、彼女とクレアは親友と言っても過言ではない関係を築いていた。
そんな彼女の容姿は、どことなくアヴェンジャーと似ている。顔を覆い尽くすローブ――当然色合いや装飾は彼女の方が華美だが――に、長髪。また本人も気にしているため決して口には出せないが、地味目ながら整った容姿と、共通点は多い。
「落ち着けと言われてもだな、影も形も無かった者がいきなりアイリス様の
「言っておくが俺はアイリスの従僕ではなく使い魔だぞ?」
「どっちもそう変わらんわ!」
どこかズレた言葉を返すアヴェンジャーを睨み返す。冗談も通じないとは、などとボヤいているが、今回の件は可及的速やかに解き明かすべきものだ。
「こうなれば、最悪レインの薬で……!」
「あの、私の薬はそのような使い方をするために作っている訳では」
「よし、自白剤を持ってきてくれ」
「私の話聞いてます!?」
レインは宮廷魔法士だが、どちらかというと宮廷薬師の側面の方が強い。そもそも彼女がアイリスの側近となれたのは、魔法による戦闘力、護衛としてと、毒を盛られた場合の薬師としての力を見込まれてである。
本人の人を助けるためという想いにも沿うため受け入れたし、時には主を狙う相手を知るために汚い手を使う必要もあると割り切っているが。
「話し合いでわかる事に私の薬を悪用しないでください!」
「だ、だがな」
「大体敵意も殺意も悪意も無いとわかる相手にその態度はなんですか。アイリス様が心配なのはわかりますが、そのような対応ではいずれ――」
普段押しの強いクレアが、大人しめのレインに押しに押されている。その光景を意外に思っていたのか、アヴェンジャーが、
「持ちつ持たれつ、なんだな」
「ええ、あのふたりはとても仲が良いんですよ」
呟いた言葉に、まさかの反応があった。
それはクレアが落ち着くために敢えて黙していた――原因が自分だとは理解していた――アイリスだった。
その声は穏やかだが、相貌には羨望を宿していて。王の、彼女の父の真意を理解していたアヴェンジャーは、さっさと理解させないと、と内心で決意する。
「……話を、戻させてもらう」
どこか疲れたように言うクレアは全員を丸いテーブルを囲ませて着席する。アヴェンジャーは正面に、アイリスとレインはどことなくシオン寄りに左右の椅子に座った。
そして流れるように自然とレインは紅茶を、クレアはお茶菓子を置いてアイリスへ。アヴェンジャーにはクレアのみ渋々と。
そうして話ができる体勢を整えて、やっと聞き直せた。
「まず、貴様の正体から聞かせて欲しい。サーヴァントとはどういう意味か。
本当は召喚されたという部分が気になるのだが。相手の事を知るならば、やはりこちらからだろう。
アヴェンジャーは多少意外に思ったのか片眉を上げたが、
「そうだな……じゃあ、まず俺が使い魔と言った意味から答えよう」
すぐにそう言った。
「あらかじめ言っておくが、
「え?」
真っ先に反応したのはアイリスだった。この部屋に来るまでにアヴェンジャーに触れたアイリスからすれば、その言葉は信じられるものではなかったのだ。
体温があった。手首から感じられる脈拍もあった。息もしている。
これで……生きていない?
「つまり貴様は、アンデットの類だと?」
「厳密には違うが……どちらかというとまだゴーストの方が近い」
ゴースト。魂だけとなった者達。
「それでは触れられない理由がわかりませんが」
「ええい、わかりにくい。もっと直接的に言え、直接的に」
「じゃあはっきりと。俺は人として生きて、人として死んだ。その後魂をこの世に戻し、その魂を魔力で作り上げた仮初の肉体に押し留めているのが、今のこの姿だ」
……。
……!?
「そんな話聞いたこともないぞ!?」
「そりゃありふれてるように言われたらこっちが困る」
一応、俺と友人で作り上げた秘中の術式なのだから、と言う。
「友人?」
「そ。初代国王……初代勇者とも呼ばれた人間だな。俺の最初の契約者でもある」
「……」
はっきり言おう。
「嘘っぱちだな」
「聞いたのはそっちだろうに……」
「貴様の戯言を信じるということはつまり、貴様は数百年前に生きた人間であり、初代国王とそれほどの秘術を作り上げるほどの関係性を持っている、という事だ。子供の妄想、と切って捨てるのが妥当だろう?」
話を聞いた私が愚かだった、と断言して切り上げようとしたクレアだが、思いの外反応が帰ってこなかった。
賛同すると思っていた両隣の二人が、困ったように見つめてくるくらいだ。
「レイン? アイリス様?」
「えっと、ごめんなさいクレア。私は、アヴェンジャー様の言葉を信じようと思います」
「私もですね。切って捨てるには、話を全て聞いてからでも遅くはありません」
理解し難いと叫びたそうなクレアだが、アイリスとレインは既にアヴェンジャーの顔を見つめて話を聞こうとしている。このまま部屋を出ても関係無いだろう。
「……ええい! 私も聞いてやる!」
「じゃあ、この続きだな」
その後、アヴェンジャーはいくつかの事情を連続して話した。
「俺の肉体は魔力で形成されている。そして、魂のみの俺に魔力を生成する能力はない」
「だからこそ魔力を生成できる生きた人間――契約者であるマスターが必要になるんだ」
「そして今代の契約者がアイリス、初代国王の末裔である彼女だ。アイリスが俺の発言を信じたのは、
「使い魔云々はその辺りが理由だ。今の俺はアイリスの存在によって生き存えていると言ってもいい。彼女が死んだり、魔力切れを起こせば俺は消えるだろ」
――絶句するしかない。
「つまり貴様は、言葉通り使い魔そのもの、だと?」
「最初からそう言っている」
嘘など一つも吐いていないさ、とアヴェンジャーは言うが、信じ難い内容ばかり連続しているせいでイマイチ信用できないのが事実。
「あぁ、そうだ。これも伝えておくべきか。アイリス、左手を出してくれるか」
「え? それは構いませんが」
素直に左手を出してくれるアイリス。彼女の両手は二の腕までを覆う手袋によって、その素肌の大部分が隠されている。
その手袋を、アヴェンジャーは取ってしまった。
それにピクリと反応したクレアだが、レインにいい加減にして下さいと呆れと若干の怒りが綯交ぜになった瞳を受けて堪える。
「あれ? これは一体……?」
「翼の形をした痣、でしょうか。アイリス様、これは何時出来たのですか?」
「少なくとも朝起きた時には。アヴェンジャー様はこれに心当たりがあって左手を出せと?」
アイリスの子供らしい、だが高貴なる者として恥じぬ美麗な肌に、大きな痣が出来ていた。
痣、と言っていいのかもよくわからない。中心に剣、その両脇に今にも羽ばたかんと開かれた大きな翼。刺青をしたと言われても信じられるほどキメ細かい文様が、そこにあった。
ただし、その色は血のような紅色。アイリスに似合うかと問われれば、似合わないと答えるしかなかった。
「それは『命呪』と呼ばれるものだ」
「令、呪」
「サーヴァントに対し『命令』という名の『呪い』を与えるための物だ。それこそ『自害しろ』とでも命じれば、自害させられるほどのな」
「っ、そんな事しません!」
心外だと怒るアイリスに、例えだ例え、と宥める。
「それくらいの強制力を持つのが令呪って事だよ。もちろんそれだけじゃなくて、『私のところに来い』と言えば、一つや二つ離れた国からでも跳んで来れるだろう。アイリスの魔力が潤沢なら、世界の反対からでもね」
「それは……いや、そうか。なるほど。国王陛下が
貴様、からお前、に呼び方が変わったクレアは、ここでやっと硬質的な態度を解いた。レインも納得したように頷いている。
「どういう事ですか? 二人共」
「陛下の真意は、アイリス様を守るために万全を尽くしたい、という事でしょう」
「『テレポート』も命呪と同じで遠くからでも跳べますが、登録した場所にしか行くことはできませんし、細かいところまで指定できませんからね」
もし、本当に万が一アイリスを誘拐されてしまった時に、令呪があれば即座に彼女の元へ助けに行く事ができる。
「もちろん、そのような事が無いように尽くすのが我々の務めですが、だから保険を用意しないという理由にはなりません」
クレアが態度を軟化させた理由はもう一つある。
それは単純に、この男がアイリスに反旗を翻した場合、どうにかできるという保証がどこにも無いからだった。
だが少なくとも令呪があればその限りではない。
「アヴェンジャー、お前はアイリス様を守ることに」
「全力を尽くすさ。当たり前だろう? 俺のマスターだしな」
それだけではない。
「アイツの息子が王になってからずっと見てきたんだ。歴代の国王は、俺にとって息子であり、弟であり、友でもある。その末であるアイリスを手助けするのは当たり前だな」
だからこそ、とアヴェンジャーはアイリスを見つめ、表情を緩めて告げた。
「アイリスは俺にとって……マスターというよりも、娘であり、妹であり――友達だ」
「……!」
その言葉に。
そこに含まれる真意に、そして、先程クレアが言った国王陛下の、『父』の願いに、アイリスはやっと気付いた。
「そう、なのですね。お父様は、だからあなた様を私の元へ」
どこか泣きそうなアイリスに、クレアが慌てて腰を浮かせる。そんな彼女を視線で制しつつ、アヴェンジャーは頷いた。
「お前の事は、陰ながら見続けてきた。我儘を言わずにいるのは美徳だが、本心を語れないのは辛いだろう?」
言って、胸を叩く。
「俺を頼れ。俺に甘えろ。いきなり現れた、人ですらない奴が何をと思うかもしれないけど。俺は本心から、お前が『子供らしく』過ごせるようになって欲しいと願っているよ」
――それが、お前の父の、王ではない、人の親としての願いだから。
その言葉を受けて、しかしそれでもなお、アイリスは気丈に振舞っていた。今にも泣きそうだというのに、泣いてはいけない、上に立つ者は弱いところを見せてはいけないと、無理矢理己を奮い立たせている。
それを見て、クレアは己の失態を悟った。
「……アイリス様」
だから、レインと目配せを一つして。
「我々は今から目と耳を塞ぎます。ですので、これからアイリス様が何を言おうと、どう振舞おうと、我々は
「何も見えないですし、何も聞こえませんよ~」
早速とばかりに目を閉じ耳に両手を当てるレイン。そのわかりやすい、わかりやすすぎる態度の意味を、聡明な子供が理解できないはずもなかった。
「いい、のですか? クレアはあんなにも」
「アイリス様を王族の一員として相応しい、立派な人間になって欲しいというのは、私の本心からの願いです。ですが、それが私の我儘なのだと、今更ながら気付きました」
何故、王がアイリスにできるだけ近い年齢の女性を側近に選んだのか。浮かれすぎていたクレアは気付けなかった。
レインは――多分、気付いていたのだろうが。
「アイリス様はまだ12歳。ええ、少しくらい我儘でも、誰も文句など言いませんし、言わせませんとも」
だから、アイリス様のお心を裏切るな。傷つけるなと、目だけでアヴェンジャーに言い、クレアもレインに倣った。
……倣った、が。
少しだけ手に隙間ができていても、それはわざとではない。偶然である。ほら、レインもそうしているのだし私は悪くない。これはアイリス様のためである。
そう
「私は、あなたに頼ってもいいのでしょうか」
「構わないさ。むしろアイリスが頼れるのかが心配なくらいだ」
「私は、あなたに甘えてしまってもいいのでしょうか」
「お前の父親みたいに、こっそり王都に遊びに行くか? 安心しろ、俺は強いからな。何が来ても守ってやれるさ」
「……私、お友達と遊んだこと、ほとんど無いんです。つまらない思いを、させてしまうかも」
「なら最初は俺が先導しよう。……なーんてな。実は俺も言うほど遊びの経験は豊富じゃないんだ。初心者同士、楽しもうぜ」
「アヴェンジャー様が、私の父で、兄で、お友達?」
「ああ。俺がお前の父で、兄で、友達だ」
「ふふ……何ででしょう。本当のお父様もお兄様もちゃんといるのに」
「……」
「どうして――っ、こんなに、嬉しいんでしょうか……!」
小さな嗚咽が、漏れ聞こえてくる。
大声で泣いてしまっても構わないのに。むしろ今まで強いてきた分、思い切り感情を爆発させて欲しいくらいなのに。
ああ――なんて、私は愚かだったのか。
寂しかったのだ。
それからしばらく。
アイリスの部屋に、小さな少女の、秘めていた感情が溢れていた――。
この世界にはFateにおける聖杯(冬木の聖杯や月の聖杯)はありません。そもそも英霊の座もありません。
あくまで本来女神エリスの元へ行く魂を現世に押し留めているだけです。
聖杯のバックアップが無いので消費魔力は甚大ではなく、王族である彼等を除けばまともに運用可能なのはめぐみんやひょいさぶろークラスの魔力が必要です。
代わりに『生前の能力』をそっくりそのまま使えます。それにも大量の魔力を消費する事になりますが。