この寂しがり屋なお姫様に祝福を!   作:シルヴィ

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第6話

 アーヴェに抱えられての移動は、思いの外不快ではなかった。

 もちろん快適とは程遠いが、ほとんど揺れを感じなかったし、押さえつけられているお腹周りも痛みを覚えない。驚く程に慣れている。

 城から飛び出し、街の外壁へ向けて屋根伝いに移動しているアーヴェ。どうやら下にいる人に見られないよう、多少遠回りする事を選んだらしい。

 そんな彼を見上げて、レインは聞いた。

 「何故、ここまで手馴れているのですか?」

 確かに、傍から見れば、誘拐しているようにしか見えないこの状況。手馴れている、とは言い換えれば誰かを攫うのに慣れていると考えられた。

 まぁ、アーヴェがそんな事をするはずがない、という程度には、信頼しているが。それでも気になった。

 「うーん、昔は仲間を運ぶ機会が多かったからな」

 「……? その人はそんなに体力が無かったのですか?」

 「いや、単純に相手の攻撃を躱すためだ」

 昔、まだアーヴェが生きていた時代。

 当時はドラゴンが当たり前のようにそこら中にいた。そのドラゴンに対抗するためにモンスター達は今より余程凶悪な強さを持ち、そのモンスターから逃げるために、戦闘を好まないモンスターや植物は、逃走や特異な能力に秀でていた。

 それには人間も含まれる。総数では現代には遠く及ばないが、質という点では今より余程優れていたのだ。と、いうより、優れていなければとっくに全滅していた。

 「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……そんな時代だった」

 その言葉に、聞いていた二人は開いた口が塞がらない。

 ドラゴンといえば、まさにモンスターの頂点といえる存在。それを倒せば英雄と呼ばれてもおかしくない現代で、ドラゴンを狩れてやっと一人前なんて考えられない。

 「秘境だけにドラゴンがいた訳じゃないし、住処から飛んできたドラゴンのブレスに襲われて村を全滅させられるのを考えればな。たかが一体狩れる程度じゃ誇れなかった」

 そもそもドラゴンだけが襲ってくる訳じゃない。ドラゴンに対抗できるモンスターは何体だって存在した。

 「実際、今でもドラゴンに近い、あるいは上回るモンスターは残ってるだろう? アレはかつての名残だ」

 ……話が逸れた。

 「とにかく、あの当時の敵はそれぞれ凶悪な性能をしていた。当然、攻撃だって相応にヤバいものばかりだ」

 攻撃範囲や、攻撃した後に残る付加効果。単純に速度に優れていて回避が難しいものと、本当に千差万別。

 「前衛として戦う俺やアイツはまだ良い。高速戦闘ができるように動体視力とか、反射神経はかなり鍛えていたからな」

 問題は後衛。『アークウィザード』や『アークプリースト』の二人だった。

 『アークウィザード』の彼女は、とにかく火力が高かった。その有り余る魔力を存分に使って放たれた『上級魔法』は、ドラゴンの鱗を吹き飛ばすほど。

 ただ一方で高すぎる火力で味方を巻き込みかねないというリスクもあった。そのため彼女には味方を巻き込まない、そして最大限相手にダメージを与えるために集中しなければいけなかった。

 『アークプリースト』の方はその必要は無かったが、単純に身体能力が不足していた。

 その上で味方が少しでもダメージを負わないよう、支援魔法と回復魔法を途切れないようにしていたので自分に気を回す余裕がなかった。

 「敵の攻撃を回避する時、連戦する余裕が無い時とか、こうして抱えて逃げるしかなかったって事だよ」

 おんぶやら何やらをしている暇さえ惜しい。片手は空けておきたいので、お姫様抱っこも論外だった。……時には米俵を持つように逃げた時もあったくらいだ。文句は言われまくったが。

 「ドラゴンを倒すので一人前、ですか。アーヴェさんが最強と言い切ったのも、納得です」

 話の一端を聞いただけで、当時を知らないレインでさえその凄まじさがわかる。

 初代勇者の親友である彼も、ドラゴンを狩れるのだろう。それも、一体や二体ではない、それ以上の数を。

 アイリスも話を聞いていて気になったようだ。

 彼女は城から出れないためか、冒険者が経験してきた冒険譚を好むところがあった。アーヴェの生前の話を聞きたいと思ったのだろう。

 「最終的にドラゴンだけじゃなくて、高位の悪魔や邪神と呼ばれていた神様とも戦ったしな」

 ……最後に飛び出てきた言葉は、想定外でしかなかったが。

 二人は聞きたくてしょうがなかったが、アーヴェは既に外壁を目前としていた。口を閉じないと噛むぞと忠告すれば慌てて口を閉じる。

 なるべく高い屋根の上に飛び移り、一気に跳びはねる。壁に足をかけて、更に上へ。そして外壁の上に乗ると、人が集まっている方向へ駆け出した。

 

 

 

 

 

 三人が部屋を出てからここに着くまで十分とかかっていない。アイリスが決断を下す時間を含めても二十分あるかないか。

 だが、そのたった二十分で、その人の群れは展開されていた。

 「……なるほど、慣れもあるが士気が高いのか」

 中には怯えを見せる者もいたが、全体的に見れば十分な士気を保っている。信頼はできないが信用はできるほどだ。

 「レイン、アイリス。クレアは見えるか?」

 「私には、わかりません」

 「んー、多分あの騎士達が集まってるところではないでしょうか」

 アイリスは意気消沈、レインは自信無さげに言う。二人はクレアの居場所を探すために下ろされていたため、もう一度抱え直した。

 人に見つからないよう注意しつつ駆け下りる。幸いクレアは外壁に近いところを指揮拠点にしていたようで、何人かには見つかったが、アーヴェがフードを下ろしていたため、呼び止められる事はなかった。

 ……視線は両脇に向けられていたが。

 視線を感じる二人はフードの下で顔を伏せ、一方で目線を上に向けてアーヴェを睨む。

 そう、気付いたのだ、二人は。

 ――ここまで来たら運ばれる意味はない、と。

 かといって暴れれば騒ぎになるのが目に見えているので、アーヴェの脇腹を揃って抓り、手振りで下ろせと指示する。

 意外にも素直に従ったアーヴェが二人を下ろす。

 「何故、外壁を降りた時にこうしてくれなかったのですか?」

 若干怒気を混じえてアイリスが詰問する。ただ聞かれたアーヴェは特に気にした様子も見せずに言った。

 「言っただろう? 公的な立場のアイリスは甘やかさないと」

 要するに、自分で考えて気付け、と言っているのだ。

 「命が関わるなら俺がいくらでも出しゃばるが、そうでないなら基本的に俺はお前の指示が無ければ動かない。……サーヴァントだからな」

 自分自身の意思を強く持ち、勝手に行動するから忘れがちだが、そもそもアーヴェはアイリスの使い魔、アイリスの()だ。

 彼女が上手く指示を出して操作するべきものなのだ。

 「俺がお前に色々問いかけているのは、前契約者、国王の『命令』だからだ。俺がお前に言われる前に守ると決めたのは、そう言われたからだ」

 もちろん、言われずとも守る気はあったが、サーヴァントである以上、もし国王から『守るな』と言われれば、それに従っていただろう。サーヴァントとはそういうものだ。

 「俺を通して、人の使い方を覚えろ。『誰かに気を遣われる』のが当たり前なんて、ただの子供ならともかくお前には通用しない」

 酷な言い方だが、そういうものだ。

 アイリスが従者や騎士達に守られているのは、身内、家族に近いからだ。だが本来彼女の立場は王族、貴族を纏める者。

 「貴族の中には王族に従う事をよしとしない者も多い。表面上気遣っても、内心では侮っている者もな。そんな相手に指示を出さずに自分にとって最良の行為を望むのは、愚かな考えだ」

 「……アーヴェ、少し言い過ぎでは?」

 窘めるレインだが、決して否定はしなかった。実際、次期当主となるクレアは、女だからという理由で侮られる事が多い。決して直接言う事はないが、関節的に揶揄される事は多かった。

 アイリスも、将来的には似たような立場となるだろう。

 レインも一人娘で次期当主だが、クレアよりはマシな立場のため、あまり強くは言えない。言えないが、まだ十二の少女に自覚させる事ではない。

 だが、気遣うレインもまた気付いていなかった。

 そう言っているレインでさえ、アイリスを侮っているという事を。

 「……私はどこかで、甘えていたのかもしれませんね」

 ポツリと呟いたアイリスの顔に、決意が漲っていたのを。

 「アーヴェ・ルシア。いいえ、アヴェンジャー。あなたは私の使い魔、私の剣。そこに、相違はありませんよね?」

 「ああ。ちょっと口煩いけどな」

 アイリスは、きちんと理解していた。こうして公に出たというのに、まだ私的な場所にいると、アーヴェに甘えている子供の自分がいたから、こうして説教をされたのだと。

 だから、一時それを覆い隠す。

 「であれば、命令です。……あなたが思う『最良』の行動をしなさい。先程城壁を降りてからの行動は、無駄でしょう。特に両手が塞がっていたのでは、剣も抜けませんでしたからね」

 「……わかった。次からはそうしよう」

 アイリスの『命令』に、アーヴェ……アヴェンジャーが笑う。そこまで考えられたのなら上出来だというように。

 そんな彼を見つつ、アイリスはレインに視線をズラす。

 「レインも、気遣ってくれるのは嬉しく思います。ですが、それでは私も成長できません。むしろ指摘してくれた方が、ありがたいです」

 「……わかりました。アイリス様の教師として、拙いところは訂正させていただきますね」

 それに頷くと、アイリスは二人を伴ってクレアがいるだろう場所に移動する。

 形が変わったのとアイリスの背丈、アーヴェが従っているように見えることから、先頭に立つ者を見抜いて驚く者もいた。その度にアーヴェが目線で留めていたのだが、二人が気付くことは無かった。

 やがて細かく指示を出している者の姿が見えた。後ろ姿だけでもわかる、クレアだ。彼女はしばらく気付かなかったが、指示を出している者が返答しなかった事で異変に気付く。

 その視線を追って振り向くと、先程別れたばかりのアーヴェ、そして先頭に立つ、小さな、しかし見覚えのある大きさの人間。アーヴェの横にいる、一回り小さい人間。

 即座に理解し、騎士達に待っていろと指示を出す。

 「何故、お前がここにいる!? レイン、どうして止めなかった!?」

 アイリスの名は敢えて出さず、恐らく煽ったのだろうアーヴェと、止める立場にいるはずのレインを怒鳴る。

 「私が頼みました。ここに連れてきて欲しいと」

 だが、答えたのは、聞かなかったはずの少女から。絶対にここに来て欲しくなかった、守りたいはずの者からだった。

 「……どうして、アイリス様が」

 信じたくはなかったが、やはりアイリスだった。それに顔を顰めつつ、理由を問う。

 「アーヴェ様に言われたのと、私自身が決意したからです」

 籠の鳥でいたくない、と。傷つく可能性を考慮に入れても、外を見たいと。

 「国王陛下と王太子殿下が戦場にいるというのに、私が城で平穏に暮らす訳にはいきません。戦うことはできませんが、見守ることくらいは、させてください」

 それが、王族の特権を甘受したものの責務なのだから。

 そう言われれば、そもそもアイリスの部下、臣下であるクレアには、逆らえない。実際、アイリスが姿を見せれば、無様な姿は見せられないと騎士が奮起するのは確実だからだ。

 それに、とアーヴェを見る。

 「……余計な事を口走ったのなら、責任は取れるんだろうな?」

 「取れるから、ここにいるのさ」

 何も恐れることはないと言いたげに、獰猛に笑う。それに仕方がないな、とクレアは肩を落として認めた。

 いいや、聞く前から認めていた。

 ほんの数十分で、アイリスの覇気……王の器、その片鱗が垣間見えるようになっていたから。アーヴェが何を言ったのかは知らないが、アイリスの成長に大分役立ったらしい。

 ――籠の鳥か。

 傷つかないように守る事だけが全てではない。飛び立つ鳥を見守るのもまた、大人としての責務だ。そういう意味では、クレアはまだまだ子供だった。

 ジッとアーヴェを見る。先程の笑みは既に無く、どうしたと首を傾げていた。

 ――数百年を生きた人間か。……なるほど、な。

 代々の王の契約者。

 言い換えれば、彼はある意味王を作る者(キングメーカー)

 もしかしたら、彼こそがアイリスを王へ導く者なのかもしれない。……そう思いもしたが、ジャディス殿下がいる時点でそれはありえない、と切り捨てた。

 「アイリス様を、頼むぞ」

 複雑な想いを乗せて、クレアはそう言って頭を下げた。

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