この寂しがり屋なお姫様に祝福を!   作:シルヴィ

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第7話

 クレアが頭を下げた瞬間、周囲がいきなりざわつき始めた。その事をクレアは、私が頭を下げるのはそんなに意外なのか、と遺憾に思ったが、すぐに違うと気付く。

 彼等は誰もクレアを見ていない。

 見ていたのは、突如現れた、魔王軍だった。

 「な、何故奴らが!? 斥候はどうなったんだ!」

 魔王軍が王都に接近していたのは、所々にある砦からの伝令、またある程度接近してからは斥候を担う者達を放って、その位置を常に把握していた。

 当たり前だ、そうでなくては王都がいつ襲われるのかわからない。こうして人を集めて門前に展開させているのだって、相応の負担がかかるのだ。工夫しなくてはこちらが保たない。

 「まさか、斥候部隊が裏切ったのか……?」

 最も単純な答えに、ありえないとは思いつつ呟く。どちらかというと、伝令役の人間を殺してそれに姿を変え、嘘の情報を流したと言われた方がまだ納得できた。

 だが斥候に任じられた人間は相応の実力者だ。いざとなれば魔王軍に見つかっても逃げられる者を選んでいる。

 では、何故奴らがもう目の前にいるのか。

 「いや、考えている暇はない。とにかく迎撃体勢を整えなければ」

 「クレア、少し下がれ」

 「アーヴェ、お前の相手をしている暇は」

 言い切る前に、アーヴェは動いていた。クレアが動かないと見るや一瞬で近づき、押し退けるように彼女の肩を押して無理矢理後ろに下がらせたのだ。

 受身を取る準備もできなかったクレアは、たたらを踏みつつ尻餅をついた。臀部に走る微かな痛みに顔を顰め、アーヴェを睨み。

 ――()()()()()()に、息を呑んだ。

 それは『上級魔法』の『インフェルノ』だった。レインを始め宮廷魔法士団の魔法を見た事があるクレアにはすぐにわかった。

 威力もかなり高い。少なくともクレアが防御すらできずに受ければ、即座に消し炭になっていただろうくらいには。

 それが今、クレアを下がらせたアーヴェに当たりかけている。

 「ど――」

 どうして庇った、という言葉が出てこない。返事を聞く前に、アーヴェが死ぬと、直感的に理解したから。

 横目でアイリスが飛び出そうとしたのを必死に押さえ込むレインが見えた。だが、いくらレインの方が大人であっても、所詮は魔法職。王族であり、ステータスが高いアイリスが本気で足掻けば引き摺られてしまう。

 だが、やはり。間に合わない。

 そうして、見ているしかない彼女達の前で。

 

 

 ――アーヴェは、『インフェルノ』を()()()()()

 

 

 見ていた全員――騎士や、いきなり出た炎に驚いた冒険者も――固まった。残心の姿勢を取るアーヴェを見て、その手に持つ剣を見る。

 ただの、剣だ。少なくとも名剣ではあるのだろうが、魔力は感じない。魔道具や、あるいは王家に伝わる神器ではないのだろう。

 何の効果もない剣で、『上級魔法』を斬ったのだ、アーヴェは。

 周囲が驚いている間に、アーヴェは駆け出す。向かったのは『インフェルノ』が飛んできた方向で、そこにいた何かを横薙ぎに斬った。

 『隠密』か、それに準じたスキルで隠れていたのだろう。死んでスキルの効果が消え、表れたモンスターの姿に場が騒然となる。

 「悪いな、クレア。怪我はないか?」

 「あ、ああ……お前が、庇ってくれたからな」

 衝撃的な光景を目撃したが、助けてもらったのは事実。内心の疑問を押し殺し、何とかお礼を言うことができた。

 差し伸べられた手を掴み、起き上がる。アーヴェは気にするなと言いたげに首を横に振ると、アイリスの傍へ戻ろうとした。

 だが、その前に近づいてきたアイリスが、気になったことを聞いてきた。

 「どうして、アーヴェ様はクレアが攻撃された事に気付いたのですか?」

 それはクレアやレインも気になったところだ。クレアは考え事をしていたのもあるが、それでも当たる寸前まで気付かなかった。

 「相手の移動方法を考えたら、そうしてくるかなとは思っていただけだ」

 「移動方法?」

 先程までクレアが考えていた事だろう。どうやって魔王軍はこんな近距離まで、誰にも気付かれずに接近できたのか。

 「案自体はそう多くない。斥候の裏切り。伝令の嘘。『テレポート』による転移。……後は、見えないところから移動してきた、くらいだ」

 最後のにだけは疑問が浮かんだが、アーヴェが目線で制してきたので黙って聞く。

 「斥候の裏切りは考えにくい。一人二人ならともかく、部隊運用してたんだろう? 毒を盛って全員殺したとも考えられるが、毒に耐性を持つ人間もいる。ありえないな」

 伝令の嘘も考えにくい。伝令とは、重要な情報を伝えるよう命じられたから伝令となるのだ。弱い人間や信用のおけない人間は使えない。

 『テレポート』も、一度に移動できるのは使用者含めて三人まで。その上消費魔力も相応に高いのでこれも無し。

 「……では、最後の案が妥当だと? だが、どうやって? 『隠密』や『隠蔽』スキルでは限度があるぞ」

 「スキルを使った、なんて俺は一言も言ってないぞ」

 言いつつ、アーヴェは片足を上げて、つま先で地面を何度か小突いた。

 「地面の下、だよ」

 「……ハァ!?」

 要するに、地面を掘り進めてきた、と言いたいのだ。

 「そう驚くことでもないだろう。魔王軍の編成を見ればわかる。大型がいない。いても上空を飛んでる飛行型モンスターだけだ」

 言われて冷静に観察すれば、今も軍の形を保ちつつ近づいてくる魔王軍は、総じて小さい。一番大きくて精々大人の倍程度の身長か。

 「モンスターは人より多種多様で、能力も多岐に渡る。ある程度限定すれば、地面を掘り固めて進む事も不可能じゃない」

 「だが、どうやって斥候を騙す? 地面に潜れば、即座に伝令で伝わるぞ」

 そう、そもそもそこを伝えられたら終わりだ。

 「一旦別れればいい。部隊をいくつかに分けて、斥候を引き付ける。斥候がついてこない部隊は地面の下に潜ってそのまま移動。小分けに移動すれば、伝令を放ってももう遅い、なんて状況も作れなくはない」

 アーヴェ曰く、斥候の動きを観察されていたのだろうとのこと。部隊の人数や動きの癖を見分ければ、出し抜く方法は簡単にわかる。

 クレアを狙ったのもそこだ。指揮官を狙うのは戦の常套。敢えて魔王軍が姿を現したのは、姿を隠し接近する暗殺者の陽動役になるためだろう。

 「ま、合ってるかどうかは知らないが。この侵攻を止めてから、王都周辺の地面を調べれば答え合わせができるけど」

 こちらも準備を整えていたとは言え、浮き足立っているのに変わりない。クレアが死ななかった事で混乱は収まりつつあるが、限度があった。

 後もう少し近づけば、弓矢や魔法など遠距離攻撃の射程内に入る。泥沼の殺し合いになるか、とアーヴェは予想した。

 その事を、誰もが――戦を知らないアイリスでさえ、予期していた。

 「……アーヴェ、お前なら、ここからどう挽回する?」

 クレアが、懇願するかのような声音で聞いてくる。役に立たないからと、黙って聞いていた二人も、目線で問いかけていた。

 ――どうすれば、追い詰められたこの状況を変えられるのかと。

 アーヴェは、一つ息を吐き出した。

 「……誰かがカリスマ性を発揮して人を纏めること。あるいは、時間を稼ぐこと」

 目的は単純。バラバラになっている意思を一つにするため。

 動揺し、恐怖していても、高いカリスマがあれば、それを押し殺せる。この状況でも、己を取り戻させられるだろうが、そんな人間はいない。

 であれば、後者しかできない。

 「魔王軍が接近するのを抑えて、その間に急いで戦闘準備を整える。それだけしかできない」

 できる事が限られすぎている。この盤面を作られた時点で、こちらは詰み一歩手前だ。相手が上手かったとしか言い様がなかった。

 「それができれば、苦労はしない。今回の戦いには、最近有名になりつつある『魔剣使い』殿がいるらしいが」

 ドラゴンをも倒したと噂されている『勇者候補』の『魔剣使い』でも、あの大群相手では抑えきれないだろう。

 いや、そもそも相手は一人を殺すのに集中する意味はない。そのまま数と心の優位のままに、ただ押し潰しに来ればいいのだから。

 クレアは自分の言葉を取り消すように首を振った。

 ――だが、アイリスは違った。

 「……アーヴェ様なら、できますか?」

 あらゆる知識を、本やレインの教育、冒険者の冒険譚を聞いてきたアイリスだけは、それができるかもしれない相手を理解していた。

 己の、サーヴァント。

 最強の剣と自身を評した、アヴェンジャーを。

 「魔王軍を食い止め、少しでも時間を稼ぐことが。……可能ですか?」

 『魔法を斬る』なんて事をやってのけた人間を、アイリスは知らない。だから、アイリスは気付けば聞いていた。

 「……。戦うだけなら、できる」

 アヴェンジャーは一拍の間を待ってから、そう答えた。だが、すぐに続ける。

 「でも無理だ。奴らは俺だけを殺そうとする必要はない。門をこじ開けて、中にいる人間を惨殺すれば勝利なんだ。大半は無視する」

 「で、あれば。()()()()()()()()()()()()()()()、時間を稼げますか?」

 その言葉に、クレアとレインが驚いたようにアイリスを見た。そうアイリスが言い切るのなら、既に案があるのかと。

 アヴェンジャーが続きを促すと、アイリスは心苦しそうに胸を手に当てる。

 「……アーヴェ様は、表舞台に立つつもりは無いと、前に言っていましたね?」

 「ああ、そうだな」

 自分は既に死んだ身だから、と。

 数百年のほとんどを霊体で過ごし、記録にも残さないように振舞っていた。今も、アイリス達と接するようになったとはいえ、名と姿が知れ渡っている訳ではない。

 誰の目にも、記憶にも。記録にさえ、残らなくていい。

 そう決意した相手の心を、踏み躙らなければならない事が、苦しかった。

 「それを曲げて、くれませんか? ……()()()として、彼等を退けてくれませんか」

 『アイリスの剣』、その言葉はとても重い。

 王都に残った最後の王族。彼女の振るう剣となるという事は、彼女の背にある重みを、共に背負うということ。

 逃げることは許されない。

 隠れることも許されない。

 死ぬことさえ、許されることはない。

 何故なら、彼を剣として振るうという事は、彼が折れた瞬間、アイリスが折れたと同義。だがだからこそ、アヴェンジャーを無視することはできない。

 ――彼を折れ(ころせ)ば、アイリスのカリスマに従う者達も、揺らぐからだ。

 完全なるチェック・メイト。

 全てを理解しているアイリスは、同じく全てを理解しているアヴェンジャーに、もう一度だけ言った。

 「私のために。彼等のために。あなたの命を、私に捧げて下さい。あなたの全てを、敵を払う事に使って下さい」

 傲慢だ、とアイリスは思った。アイリスは命令を下すだけ、苦労するのは彼なのに。この言葉は懇願ではなく、命令だった。

 「……アイリス」

 だと、いうのに。

 「俺はもう言ったはずだ。『俺はお前の剣』だと。お前が『私の剣』と、言った時に」

 彼は、眩しいものを見るように眼を細めて、嬉しそうに笑っていた。

 「お前がそうしろと言うのなら、俺の全てを賭けて止めてみせる」

 だから、

 「お前はただ、全員に。敵にも味方にも伝えてくれ。――お前が俺を、どう思っているのかを」

 そうすれば、後は戦い抜くのみ。

 「命令を。アイリス」

 「……私の敵を。殺しなさい。アヴェンジャー」

 まるで、今から己が誰かを殺すかのような顔で、アイリスは言った。アヴェンジャーは、無理するなとアイリスの頭を軽く撫でて、一番前へと走っていく。

 その背を見守る事さえ許されないとばかりに、アイリスはクレアとレインに顔を向ける。

 「二人共、拡声器の用意を。私の言葉を、王都の住民を含めた全員に届けます」

 「「ハッ!!」」




 戦闘開始しようと思っていましたができませんでした。色々描きたいシーンが多くてどうにも冗長になるのは私のクセですね。

 それと今更ですが感想と評価ありがとうございます。評価が9と1でこれまた正反対だなと苦笑しつつ続き書いてます。

 ではまた次回で。
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