この寂しがり屋なお姫様に祝福を!   作:シルヴィ

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第8話

 全てが順調だった。

 これまでの侵攻の間に少しずつ、少しずつ穴を掘り進めていくためのモンスターを潜伏させ、長い時間をかけてここまで来た。知恵はあれど力は無く、少数の部隊を纏める程度でしかなかった自分が今、魔王陛下から作戦を認められ、一軍の指揮官となっている。

 それでも慎重に慎重を重ねた。此度の作戦を失敗すれば、後がない。だからこれまでに知った相手の斥候部隊の動きを見抜き、出し抜いて、軍の大半が展開されている。

 隠密に秀でた暗殺者を、相手の軍の指揮官である女にも放った。これで奴らは右往左往しているはず、後は軍を崩さぬように移動させて、最後の反撃である弓矢や魔法による被害を減らしつつ突撃させる。

 これで完全な勝利。

 想定通りなら王都を陥落させても、一割から二割の被害で済むはずだ。むしろ、これ以下の被害で済ませようとすればこちらが負けるかもしれない。

 惜しんでは行けないところでは出し惜しみしない。それはかつて教わった重要な事だ。魔王陛下からも許可が出ている。

 内心では心臓を荒れ狂わせつつ、外では冷静さを装って。

 目前の勝利という果実を、もぎ取ろうとして。

 ――横から、その手を引っぱたかれた。

 いつの間にか、相手側から一人の人間が現れていた。恐怖に駆られた馬鹿か、と思いつつ、適当に焼いてやれと指示を出す。複数のモンスターで一斉にやれば、避ける余裕も無く死ぬだろう。

 それが奴らの末路だと、相手の恐怖を煽ることもできる。馬鹿様々と嘲笑い、相手の悲鳴を期待して。

 それを凍らせられた。

 放たれた魔法が、当たらない物を除いて全て斬られていた。

 そんな曲芸ができる存在を、誰も知らない。魔王軍幹部の中でも剣を好んで使う、デュラハンのベルティアでさえ、不可能だろう。

 誰もが――特に魔法を放ったモンスターが――言葉を失っていると、大きなノイズが響き渡ってきた。

 『この声が届く、全ての者に告げます』

 女、否少女の声。それがどこから発生しているのかと眼を張り巡らせると、すぐに見つかった。

 『私の名はベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリス。この国の第一王女です』

 その宣言と共に、黒いローブを脱ぎ捨てて、豪奢なドレスと、それを身に纏う、黄金の少女の姿が現れた。

 一瞬偽物かと思った。当然だろう、こんな、今から戦場になる地に、どうして王女が来るというのか。

 だがその予想に反し、王女の横には魔王軍を退け続けた指揮官が、侍るようにして立っていた。つまり、本物。

 ――いや待て、そもそもどうして奴は死んでいない?

 暗殺者を放ったはずだ。『インフェルノ』の炎も見えた。直撃していなければおかしいとまで考え、戦場の真ん中に立つ人間を見直す。

 ――まさか。

 そう思いつつ、周囲のモンスターに指示を出す。小声で、少しずつその考えを浸透させていく。

 『単刀直入に言います。――私達は、今、負けかけている』

 事実を告げるような、淡々とした声音。能面のような無表情から放たれたその言葉を理解するのに、奴らは少しの時間を要した。

 そして、その時間の間に、準備は終わる。

 『ですが――。ッ!?』

 何かを続けようとした王女の言葉が、驚きで止まる。大人数の魔力の高まりと共に、膨大な数の魔法が、少女へ向けて殺到したからだ。

 躱せない。躱せるはずがない。前後上下左右、どこへ逃げても当たるように、分散させて撃たせたのだから。

 何を言おうとしたのかは知らないが、手間を取らせないでくれてありがとう、と内心で嘲って。

 それすらも、また凍らせられる。

 「な……に……」

 王女を守るように、黒ローブの人間が動き出す。一歩で魔法の群れへと突撃すると、一つ一つを斬りながら移動する。そのまま前を向きながら後退し、王女へ当たる物の大部分を消滅させた。

 残った魔法すらも、王女の横に立っていたもう一人の女と、それに追従した奴らが唱えた魔法によってかき消される。

 それを見る事なく、最初に立っていた場所に戻っていた奴は、剣を地面に突き刺し、柄頭に両手を置いた。

 『ですが、臆することはありません!』

 先程の、王女の言葉が続く。

 『彼は私の剣。私と、私の守りたい者を守る、最強の剣』

 それを、誰も否定できない。見てしまったからだ、あの魔法の大群を斬り払った、圧倒的な姿を。

 名乗りを上げたバカな小娘を屠ろうとしたのを、逆に相手のパフォーマンスに利用されてしまった。

 『彼がいる限り、私の意思(けん)は折れない。――この王都を落とされる事は、決して無い』

 王女が、マイクを持たない方の手を拳にして、上へ掲げる。

 『負けることはありえない! さあ、各々の武器を手に! 戦いなさい!』

 言葉と共に、拳が振り下ろされる。同時、爆発的な歓声が辺りに響いた。敗北に呑まれかけていた奴らが、気勢を上げている。

 逆にこちらはその勢いに圧されていた。このままでは負けてしまう。

 ――相手は勢いがあるだけだ! 武装の準備だってまともに終わっちゃいねぇ!

 それを理解している。理解できている。だが、その事をわかっているのは、たった一体のモンスターだけだった。

 今ここで、全員に指示を出さなければいけない。

 「クソッ、落ち着けお前ら! あんな剣無視して突っ込め! 奴がどれだけ強かろうが相手にできる数には――……あ?」

 ――限度がある、そのまま門に走れば勝ちだ。

 そこまで言えれば、まだ勝ちの目があった。けれど言えなかった。

 ()()()()()()()()()()()()のせいで、言葉を放つだけの集中力を、根こそぎ持って行かれたからだ。

 「腕が……俺の、腕がアアアアアァァァァッ!??」

 右腕の出血を抑えるために、左手を押し付ける。周りの声が聞こえなくなり、この痛みから逃れようとしていた時だ。

 男なのか、女なのか、よくわからない声が、囁かれた。

 『わざわざ声を上げてくれて助かったよ。お陰で狙いやすかった、負け犬さん?』

 嘲りの声だった。

 『数年かけた計画を引っ繰り返して悪かったね。ま、運が悪かったと思ってくれ』

 哀れみの声だった。

 『逃げるなら追わないぜ? どうせお前は俺に勝てない。一生負け続けるんだし』

 ()()()()()()、声だった。

 「……ねぇ」

 よぅくわかった。この、耳元で囁かれる声の主が。

 「ふざけんじゃ、ねぇ!」

 残った手を、血塗れの指で、奴を示す。

 「アイツを殺せェ! アイツが死ねば、王女の意思が折れんだろ!? 所詮テメェの(いし)はその程度だったと、全員に知らしめろ!!」

 

 

 

 

 

 ――仕留め損ねた。

 相手の指揮官がかなり優秀なのはわかっていた。その上臆病で、警戒心が強い。正直厄介な手合いだ。

 だからこそ、()()()()()()なんて奥の手まで使ったのだが。

 ――モンスターを何体も盾にしていたか。

 物理攻撃に、あるいは魔法攻撃に強いモンスターをそれとなく前に配置していた。そのせいで射線が通るギリギリが、アレだった。

 冷静になられる前に『囁いて』おいたから、何とか挑発できたが。アヴェンジャーに来るのはともかく、騎士や冒険者の方へ向かわれると限度がある。

 後はどれだけ時間を稼ぎ、敵の数を減らせるかにかかっている。

 剣を軽く横に振る。体調は万全。精神的にも充実している。戦うのは久しぶりのはずなのに、負ける気がしない。

 理由なぞ、わかっているが。

 フードを取った。そのままローブの中におさめていた髪を出す。

 長い、長い髪だ。……生前、あの後から一度も切らずにいた髪は、地面に着くのではという長さにまで至った。

 視線を強く感じる。女だと勘違いされていそうだ。一応、アイリスは『彼』と言い切っていたはずだが。

 まあ、別にいい。よくある事だから。

 「……負けられないな」

 そんな些細なことより、重要な事があるのだから。

 

 

 

 

 

 「お疲れ様でした、アイリス様」

 そっと、寄り添うようにクレアが肩を支える。けれど、アイリスは緊張感を切らす事は無かった。

 まだ、壇上にいる。皆に見られている。その意識が、アイリスの肩から力が抜けるのを抑えていた。

 「いいえ、まだこれからです。私は見届ける義務がありますから」

 ジッとアーヴェ、いやアヴェンジャーのいる方を見つめる。その横顔を、二人は心配そうに見ていた。

 あの宣言の時、アイリスはとても怖かったはずだ。大多数から見つめられ、命を奪うような攻撃をされて。

 声に震えが出ないように。緊張で強ばった顔を、歪ませないように。マイクを、手のひらを握り締めていたことを、知っている。

 「……負けることは許されんぞ、アヴェンジャー」

 アイリス様にここまでさせて負けましたは、決してさせない。

 そう励ましていると、指揮官の声が聞こえた。それはこちらにとって最も嫌な手段のはずだったが、途中で痛みに途切れた。

 その後すぐにアヴェンジャーを殺せという指示で、クレアは理解した。

 「レイン、準備しろ」

 「クレア?」

 「何をしたのか知らんが、アヴェンジャーは相手の指揮官を挑発したらしい。いつでも動ける者を前に出して、あぶれたモンスターを殺すんだ」

 少しでもアヴェンジャーの負担を減らすために。アイリスの傍を離れるのは業腹だったが、それで負けては意味がない。

 それでは、と一礼して直ぐにその場を離れる。しかし、アイリスはその全てを半ば聞き流して、アヴェンジャーを見続けていた。

 アイリスなら一瞬で呑み込まれる数のモンスターがアヴェンジャーに殺到する。けれど彼は手馴れたようにまず目前のモンスターを一閃。首を落とし、頭をボールのように扱って別のモンスターの顔にぶつける。

 飛び散った血で眼を塞がれた上に、衝撃で混乱したモンスターの首をまた落とす。そこを横から棍棒を持ったモンスターが襲いかかる。

 でも、遅い。余裕を持って、ギリギリ回避できる程度の動きで躱し、首には届かないからと両腕を斬る。

 両腕を失った痛みで、そのモンスターは巨体を暴れさせた。その動きによって、小さなモンスターは踏み潰され、大きなモンスターは殴られた。

 それら全てを無視し、アヴェンジャーはモンスターの腕を持つと、それを投擲した。筋肉質の腕は、それなりに重い。それをアヴェンジャーがぶん投げたせいで、殺傷力を持った鈍器となった。

 クリーンヒットしたモンスターが鈍い音と共に倒れる。衝撃で凹んだ部分が、致命傷になったのが何なのかを悟らせる。

 前へ、前へと進むアヴェンジャー。ほとんど足を止めることなく、四方八方を囲まれると知っていて、ただ進む。

 神速で抜き放った斬撃が、巨体のモンスターの脳天から股座までを真っ二つにした。モンスターの血と内蔵が溢れ出る。

 遠方から飛んできた魔法を、近くにいた小さなモンスターを掴んで放り投げて、肉盾にしてしまう。

 慈悲はない。冷徹に、利用できる物を利用して戦い尽くしている。

 ……おおよそ、真っ当とは言い切れない戦い方だ。彼をアイリスの騎士と呼ぶ事ができないくらいに。

 でも、それでいい。

 彼は剣であって騎士ではないのだから。

 アヴェンジャーが一体のモンスターを斬った瞬間、その体に潜んでいたもう一体、スライムが飛びかかる。

 伸縮自在のスライムは、その気になればモンスターの体に張り付いて移動が――基本的にはそうする前に食べてしまうのだが――できる。

 相手の指揮官の指示だろう。スライムは物理攻撃を無効化し、更に高い魔法耐性のせいでとんでもなく厄介なモンスターだ。それをあんな至近距離まで運ばれれば、勝ち目などあるわけがない。

 なにせスライムは張り付かれたら負け、とまで言われているほど凶悪なのだから。

 それを見ていた者がいたのだろう。周りが騒がしくなっている。けれど、アイリスは叫び出しそうになる己を、全霊で押さえ込んだ。

 ――アヴェンジャーを、信じています。

 ただの押し付けとも取れる想いを、アヴェンジャーに向ける。

 ――だから、それに応えてください!

 そして、その想いは叶えられた。

 スライムを避けるでもなく、防御するでもなく。一歩前に出て、スライムの体に拳を叩き込んだ。

 終わった、と誰もが思った。スライムに拳など効くはずがない。そのまま取り込まれて溶かされておしまいだ、と。

 アイリスと、アヴェンジャー以外の全員が思ったそれは、しかし覆される。

 拳を叩き込まれても平然とアヴェンジャーを取り込もうとしたスライムが、突如暴れ狂い、苦しそうに脈動し、弾けとんだ。

 粘性のそれに巻き込まれまいと、アヴェンジャーが距離を取る。だが、人間側もモンスター側も、身動き出来なかった。

 理解ができない。

 けれど、一つだけ理解できた。

 戦場のど真ん中で、剣を掲げている彼は。

 「さあ。――次はどいつから死にたいんだ」

 アイリスの宣言通り、『最強』なのだという事を。




 休みが終わったので、投稿がまばらになります。投稿時間も変更するかもしれません。その辺は忙しさ次第なので、よろしくお願いします。
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