この寂しがり屋なお姫様に祝福を!   作:シルヴィ

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第9話

 正直に言ってしまえば、アヴェンジャーから見るとこのモンスターの大群は脅威と言えるような規模ではなかった。

 確かに数は多いが、一体一体の質が低すぎる。どうやら奥の手であるスライムを纏わせての特攻を凌いだ時に驚かれたが、動きを止めるほどなのかとさえ思う。

 確かにスライムは物理攻撃が効かないし、魔法も初級や中級であればほぼ無効化する。だが弱点だってあるのだ。

 流体であるスライムは、その流体を固体に近い段階まで維持するための核が存在する。人間でいう脳にあたるこれを破壊すれば、スライムはその体液を纏められず弾けて死ぬ。

 だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、物理攻撃でもスライムを殺すことは不可能じゃない。

 生前でもスライムはその方法で殺せたため、雑魚扱いだった。山程まで大きくなると、爆裂魔法でも吹き飛ばしきれないため面倒だが、それでもやはり、多少面倒なだけの雑魚にすぎない。

 そんな雑魚を殺してここまで驚くということは――やはり、質は下がる一方なのだろう。

 人も――モンスターも。

 余計な事を考えた、とアヴェンジャーは頭を振って思考を切り替える。無造作に飛んできた魔法を斬って捨て、その方向に視線を向ける。

 その先には、恐怖心から杖の先端どころか体全体を震わせたモンスター。アヴェンジャーに見られた瞬間、尻餅をつき、四つん這いになって逃げようとしていた。

 それを、近くにいたモンスターの首を掻っ切り、顔を掴んで投擲。殺しきれなかったが、杖を持つ手をへし折った。握力が無くなり、杖を落としたのが見える。

 投擲姿勢から、ゆっくりと体勢を正す。だが、その間誰も襲いに来ない。どいつもこいつも足を震わせている。そして、その視線がアヴェンジャーの後ろ、もう少しで迎撃に出れそうな騎士や冒険者の方を向いていた。

 ――倒しきれないと判断して、無視しようとしているのか。

 間違った判断じゃない。いや、個人でそう考えられるだけ上等だろう。こちらはされたくない事だが。

 だから、今まさに一歩踏み出そうとしたモンスターを、見る事なく剣閃を飛ばして前面と背面で二つに分ける。

 「俺の後ろを行っても別にいいけど」

 言いながら、また別のモンスターを殺す。

 「あっちには行かせたくないからさ」

 ニッコリと、笑いながら。

 「()()()()()()()()()()()

 アイリスには近寄らせない。それこそが一番確実な守り方だから。

 「通りたければ俺を殺してからの方が安全だぜ?」

 だから殺して見せろ、とアヴェンジャーは笑う。笑って、自分を殺すように仕向けさせる。

 逃げる事は許されず、無視する事すら封じられたモンスターの感情が爆発する。それらは恐怖や怒り、動揺、憎しみ、様々な物を内包させていて。

 その全てを、八つ当たりに近い形でアヴェンジャーに向けられた。

 それを見ているしかないアイリス。まるで『クルセイダー』が『デコイ』を使ったかのような程の敵の集まり方に、先程までの戦いから大丈夫だと理解していても、怖いと思ってしまう。

 「クレア、まだなのですか。まだ、騎士達は出せないのですか……!」

 アイリスにはわからないが、元々騎士団とは、軍とは、一定の『戦力』を、一定の戦法で運用するからこそその能力を発揮する。

 もちろん個々人でも強いが、やはり一つの纏まった形で使う方が強い。

 だが今回の奇襲で、戦うための準備段階であったためにその強みを封じられている。乱戦になれば最早立て直しは効かず、損耗覚悟かという時の援軍がアヴェンジャーだった。

 だから詳しいことはわからなくても、まだ助けに行けないことなどわかっている。

 そこで、ふいにアイリスの知識が別の答えを見出した。

 ――騎士は、まだ戦えない……?

 ならば、集団戦に寄らない、冒険者ならば。

 そう思ってからは素早かった。

 まだ手に持っていたマイクのスイッチを入れる。それから何度か先端を叩き、聞き慣れないノイズから、まだ機能があるとわかった。

 そして口元にマイクを添えて、アイリスは叫ぶ。

 『冒険者の皆さん!』

 何事かと、呼ばれた冒険者も、そうでない騎士達も、アイリスを見やる。再度集まる視線に体を強ばらせながらも、アイリスは言い切った。

 『準備ができた方から、彼と共にモンスターの掃討を! 騎士達はまだ準備がいるため、手は貸せませんが』

 アイリスが何を言いたいのかわからない、騎士達の準備を待っていた冒険者達は困惑する。むざむざ死にたくない彼等は、武器を持ちつつもその場で待機していたのだ。

 そんな彼等の存在を思い出したからこそ。

 『――代わりに、モンスターの討伐数に応じて報酬を渡しましょう!』

 彼らに最も効果的なモノを、アイリスは提示した。

 『勿論、普段と同じではありません。最低でも倍額、最も活躍した方には三倍を約束します』

 沈黙が、冒険者達の間に舞い降りる。それだけ意外だったのだ。花よ蝶よと育てられているだろう王女様から、そんな俗物的な言葉が出てきたのが。

 だが、やがて脳が理解に達すると、仲間内で話を始める。

 命か金か、と。

 だが、その会話もすぐに終わった。

 『ですから』

 掠れて聞こえにくい声。

 『彼だけを、戦わせないで下さい……!』

 けれど、ありったけの想いが込められた声。

 そこで皆が思い出した。アイリスは戦いなど見たことのない人間だということ。喧嘩すら満足にした事のない人間だということ。

 まだ、幼い少女なのだということ。

 今もなお戦う青年を、己の剣だと、私の意思だと、凛々しく言っていても。やはり身近な人を失う事を恐れる、子供なのだということを、思い出した。

 「……仕方ねぇ、行くか」

 金は欲しい。

 命は惜しい。

 だが、このまま指を咥えて見ていて、あの青年が死んだら、少女は泣くだろう。考えるまでもなく分かる事だ。

 それは、些か以上に()()()()()()

 そんな冒険者らしからぬ思考に皆が苦笑している中で、既に突出している者がいた。見るからに業物、魔剣だとわかるそれを構えて、アヴェンジャーのいるところへ突き進む。

 「げっ、おいてめぇら置いていかれるぞ! 金持って行かれちまう!」

 気恥ずかしさから本心は言わず、慌てた風を装って、しかし足取りは確かに駆け出す。久々の自分以外のための戦い、けれど案外悪くないな、なんて思いながら。

 

 

 

 

 

 その言葉は、戦っていたアヴェンジャーにも届いていた。戦いつつも苦笑を浮かべたアヴェンジャーは、信じられてないって訳じゃないんだろうけど、と心中複雑だった。

 覚悟を決めたと言いつつ、どこか甘さがある。それが人間味を思わせて、より惹きつけられる。だから本来、信じたのなら信じ抜けと怒るべきアヴェンジャーも苦笑いしか浮かべられない。

 ハァ、と息を吐きつつ、小さく腕を動かして前傾姿勢で近づいてきたモンスターを斬り捨て、その勢いを乗せて後ろへステップ。そんな彼の背後を取ったモンスターが剣を振りかぶっていた。それに気付かぬように反応しないアヴェンジャーを殺せると、口元が喜悦に歪んだ。

 「大丈夫ですか?」

 それを、少年と青年の間にあるような声が遮った。若干息を荒げた彼は、危なかったですねと続ける。

 「お前が来るのはわかっていた。反応する意味が無かっただけだ」

 そんな相手を見る事なく、別のモンスターの首元に片足を捻じ込む。あまりにも勢いがあったのか、力技で首が半ばちぎれた。

 あまりに酷い殺し方に、彼の口から引き攣った笑い声が漏れた。

 「は、はは……そうですか。あ、そうだ。僕の名前はミツルギキョウヤ。あなたは?」

 戦場にいながら自然体。優男然とした風貌だが、肝は据わっているらしい。会話しながらモンスターを屠る余裕もあるようだ。

 その剣を、見やる。

 「……なるほど、噂の『魔剣使い』とやらはお前か」

 「えっと、その」

 「どちらかというと『神器使い』の方が相応しい気がするけど。――それ、『神器』何だろう?」

 アヴェンジャーの言葉に、ミツルギが一瞬固まった。

 「何の、事でしょう?」

 「嘘が下手過ぎる」

 一言でバッサリと捨てる。そんなアヴェンジャーに、ミツルギは少しだけ視線を険しくした。それは警戒心が出てきた証拠だが、そもそも初対面なら最初から持っていてしかるべきだ。

 ……やはり、そういう物なのだろうか。

 「アーヴェ・ルシアだ」

 「え?」

 「俺の名前だ。安心しろ、お前のそれが『神器』だろうとそうじゃなかろうと興味はない。見抜けたのは何度か『神器』に触れたことがあるからだしな」

 その言葉に、ミツルギは微かに警戒心を和らげた。逆にアヴェンジャーの目元が険しくなり、だがそれを悟らせない。

 口の中でため息を吐いて、一歩下がる。その一歩下がった分だけミツルギが前に出て、アヴェンジャーの代わりにモンスターを斬った。

 「あの、今のは?」

 「俺はこれ以上モンスターを倒す必要性がない。経験値はくれてやるから、上手く倒せ」

 というか、アヴェンジャーとしてはこれ以上モンスターを倒したくないのだ。

 アヴェンジャーの立ち位置は『使い魔』である。ミツルギにとっての『魔剣』のようなもの。つまり、アヴェンジャーが倒したモンスターは、全てアイリスが討伐した事になる。当然その経験値も全てアイリスのレベルアップに注がれる。

 要は彼が倒せば倒すだけ安全にアイリスのレベルが上がる、という事だが、それはアイリス自身の堕落に繋がる可能性が出てきてしまう。ある程度までは諦めるが、できれば必要最低限で済ませておきたかった。

 それを知らないミツルギは、アーヴェの事を『これ以上レベルが上がらないくらい強いんだ』と認識した。

 ……あながち間違いでないのもタチが悪い。

 「わかりました、お世話になりますアーヴェさん」

 実はキョウヤからしても、このモンスターの群れを倒してもレベルが上がるほど経験値を得られるとは思っていない。だが、着実に強くなるため、その提案をありがたく受け入れた。

 「俺が勝手にフォローするから、前だけ見て敵を斬れ」

 言いつつ、アヴェンジャーが遠くからキョウヤを狙う魔法を斬る。そのまま近くにいたモンスターの腕を握るとへし折った。その後その手に握られていた、粗悪な剣を奪うと、それを投擲して魔法使いを殺す。

 一応、『ソードマスター』であるキョウヤには遠距離攻撃ができる。だがその分隙ができるので遠くに居る敵はアヴェンジャーが担当する事にした。

 「遠くを気にしなくてもいいのは、楽ですねッ!」

 いつも魔法やそれに近い攻撃は避けるしかなかったキョウヤにとって、それらを全て捌いてカバーしてくれるアヴェンジャーの存在はありがたかった。それこそ、王女の剣でなければ仲間になってくれないかとスカウトしたほどだ。

 アヴェンジャーの言った通りに、前だけを見て進むキョウヤを止められるモノはいない。

 ――『魔剣グラム』。

 『神器』として神から与えられたそれは、常人が使っても相当な業物だ。だが、この剣を所有者であるキョウヤが使えば、『全てを斬り裂く』特異な力を発揮する。

 剣も盾も鎧も。同じ『神器』で無ければ防ぐ事さえ不可能なそれを、たかがモンスターに止められる謂れはない。

 けれど、その分弱点があからさまだった。遠距離攻撃に弱い、という、剣ではどうしようもない弱点が。

 キョウヤとアヴェンジャーの周辺が暗くなる。咄嗟に上を見たキョウヤは、ワイバーンとそれに跨る騎兵、その後ろに魔法使い達が乗っているのを見た。

 「アーヴェさん、撤退しましょう!」

 狙いを察したキョウヤが提案する。上空から自分達を狙い撃ちする気だと理解しているからこその言葉だ。

 それに、二人だけで突出し過ぎている。冒険者達が戦っているところへ下がり、そこで戦線を維持するべきだ。

 「いや、お前はそのまま戦っていろ」

 それをアヴェンジャーは一蹴する。困惑するキョウヤに、説明する暇すら惜しいと、近くで最も大きなモンスターに近づいた。

 殺される、そう判断したそいつは背を向けて逃げようとするが、遅すぎる。二秒とかからず追いついたアヴェンジャーは、跳び上がり、そいつの肩に着地。

 そして――『飛んだ』。

 「え――えぇ!?」

 キョウヤが驚愕している声が耳に届く。それを無視し、アヴェンジャーは高く高く、ありえないほどに飛び上がる。

 だが――届かない。

 後人間三人分の距離が届かない。アヴェンジャーの存在に気付いて慌てて避けようとしたワイバーンの騎兵も、ホッとしたように移動を止めた。

 その背に乗る魔法使い達が魔法を放とうと口を動かすのが見える。空中で身動きの取れないアヴェンジャーは格好の的だ。

 それを見ていたアイリスが息を呑む。咄嗟に令呪を使おうとして、

 ――必要ない。

 脳裏を走ったその声に、集中力を乱された。

 「今の声は……アーヴェ様の?」

 必要ないとは一体どういう事なのか。意図が読めないアイリスは、固唾を飲んで彼のしようとしていることを見守った。

 一方アヴェンジャーは、アイリスが令呪を使おうとしていたのを止められて安堵しつつ、獰猛に笑っていた。

 狙い通りだ、と。

 跳躍限界、最高到達点に達したアヴェンジャーの体が止まり、空に浮く。そこを狙って、『上級魔法』がいくつも放たれた。

 躱す手段はない。無理にワイバーンを倒そうとして逆に倒された間抜け。誰もがそう思い、誰もがこれで終わったと考える。

 ――それが一番の隙になるんだよ。

 アヴェンジャーが剣の腹を足元に添える。そしてもう一度、飛んだ。魔法が当たるギリギリのギリギリ。更に剣に当たった結果、魔法が爆発する。

 まるでアヴェンジャーに当たったかのような爆発に、誰もが息を呑み、モンスターがざまぁみろと歓声を上げた。

 けれど。

 アヴェンジャー自身と、アヴェンジャーと『接続』しているアイリスにはわかる。

 ――まだ終わってません!

 トン、とワイバーンの首元に微かな衝撃が走った。何だと困惑するワイバーンは、それが生前にできる最後の思考だと思わないまま息絶えた。

 剣を蹴って飛んだアヴェンジャーによって喉元を素手で貫かれたワイバーンが絶命する。乗り物が壊れ(しんで)、落ちていく騎兵と魔法使い達。彼等は何が起きたのか理解できぬまま、高度から地面に叩きつけられて絶命した。

 そんな惨劇を起こしたアヴェンジャーは、ワイバーンが死んだ時点で死体を蹴って地面へ急降下し、途中で空中を回転する剣を回収し、勢いのまま下にいたモンスターを真っ二つにした。

 「あんな程度で死ぬと思っていたのか。温いな、温すぎる」

 「いや、普通に考えたら死ぬと思います。というか、どうやって生き延びたんですか」

 ドン引きした様子のキョウヤに、アヴェンジャーは肩を竦めた。少なくとも彼にとってあの程度の事は朝飯前なのだろう。

 あらためて『最強の剣』という意味を理解したキョウヤは、魔王を倒すのは遠いなと、目標の遠さを実感しつつ、剣を振るった。

 たった二人。されど、王都においては最強と、それに近い者。その二人を魔王軍の中心から食い破られ、冒険者が端から倒していく。

 そして、やっと一軍として稼働した騎士団の活躍によって、あっさりと魔王軍が壊滅した。奇襲をメインに動いていた彼等は、それぞれの固体がそう強くなかったのだ。

 「ふぅ……お疲れ様です。一時はどうなるかと思いましたが、王女殿下の英断のお陰で何とか切り抜けられましたね」

 敵は強くなかったが、それでも油断すれば死んでいた状況。特に周囲全てを敵に囲まれたせいで精神的な負担が強かったキョウヤは、血汗を拭いつつそう言った。

 だが声をかけられたアヴェンジャーはというと、キョウヤを無視して周囲を見渡していた。

 「……? どうしたんですか、アーヴェさん?」

 「いや……」

 驚く程血を浴びていないアヴェンジャーの様子にただならぬものを感じたキョウヤが尋ねる。だがアヴェンジャーは、それに答えるのも惜しいという雰囲気を出していた。

 「アーヴェ様!」

 その時、戦闘は終わったと判断し、アヴェンジャーの元へ駆け出していたアイリスが見えた。その後ろには護衛としてだろう、クレアとレインの姿も見える。だが、アイリスと二人の間には数歩分の距離があった。

 「アイリス!」

 それを理解したアヴェンジャーが、この戦闘で一番の速さでアイリスへ向かった。それは速く近づくためであったが、それは決してアイリスに触れたいからではない。

 「()()()()()()()!」

 警告するため――()()()()()()からだ。

 「え?」

 けれど、アイリスにはそれがわからない。慌てて止まったものの、アヴェンジャーが『生きている』という実感を早く知りたくて全力を出していた彼女は。

 ()()()()()()モンスターを、察知できなかった。

 「あなたは――!?」

 「せめて、貴様だけでも!!」

 片腕を失ったモンスター。それを、アイリスは知っている。

 魔王軍の指揮官。最初にアヴェンジャーが腕を切り落とした存在。

 避けようとしたアイリスだが、完全なる奇襲、また地面が抉れた影響で体勢を崩していたせいで足を滑らせてしまった。

 避け、られない――!?

 恐怖に喉が震え、目元が痙攣する。

 けれど確かに、モンスターの鋭い爪が、アイリスの瞳に映り込む。

 そして――鮮血が舞った。


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