役に立ちたい。
そう思っているだけなのに、なんだかうまくいかない牛若丸の話。
牛若丸は湯船に浸りながら一人、あることで悩んでいた。
あれはいつの聖杯探索の折だったか。
マスター一行がその日の寝床に困ることがあった。
これを見て活躍の好機と思い、近くに潜む盗賊のアジトを見つけて皆殺しにして、寝床を提供したことがあった。マスターは労ってくれた。それだけで嬉しかった。しかしマスターは決して喜んでいなかった。
血の処理が完璧ではなかったから、ではないような気はする。いつぞや同じようなことをして兄から怒られたことがあったが、今回マスターは微笑んでくれていたのだ。でも、マスターは労ってくれているときも、どこか困ったような表情だった。
感情は分かる。マスターはあの時困惑とか悲しさとか、そういうものを感じていた。
考えも分かる。殺すことをあまり好まない人間はいる。貴族たちは要はそういう人間だったし、戦いに不向きなものが争いの呼び水ともなる殺しを避けることは、知っている。
しかし、気持ちが分からない。何故殺しに不快感を覚えるのか。何故敵を殺してはならないのか。何故マスターは困っていたのか。何故原因たる自分に怒らなかったのか。
兄に仕えていた時は、まだしも分かった。その不快感を兄は片鱗くらいは見せてくれた。しかし今のマスターはその片鱗すら見せてはくれない。不快感の有無すらわからない。冷たい対応をされたことはないが、その分マスターの真意を汲み取れない。
そういう風に牛若丸は悩んでいた。
ある時、メフィストフェレスと話す機会があった。
それは聖杯探索ではなく、不意に生じた特異点もどき、違和を感じさせるところへレイシフトした時だった。
彼もまた人殺しを躊躇しない人間……というか人間ではなかったから、ふいに襲ってきた強盗だかなんだかを返り討ちにした際、勢い余って殺していた。
それを見てマスターは少々の小言と怒った表情をしていたのだが、でも困っているというわけではなかった。
サーヴァントが人を殺すことが問題なのではないだろうか。
疑問は増した。
「もし、悪魔殿。聞いてもいいか?」
「おやおやぁ、これはこれは、牛若丸殿ではないですか。このわたくしめに何かご用ですかな?」
先ほど殺したマフィアの持っていたドスを興味深げに見分していたメフィストは、牛若丸が話しかけるとそれを投げ捨て、笑顔で応じた。
この者も、私と同じようなものだと思う。ならば同じようなことがあったのだろうか?
「いーえぇ、そのような経験はございませんねぇ。まぁ? わたくしが? 好き勝手やりすぎてしまったときはそれはもう、怒られてしまいましたが? そんな表情をされたことなんて、なかったように思いますねぇ」
「そうか。ありがとう」
そうだ。同じ殺しを厭わない者でも、やはり何かの差はある。そもそもカルデアにやってくる英霊の中で、人の生き死にに関わったことがない者のほうが少ない。カルデアは、英雄として敵を屠り、支配者として民を嬲り、大いなる悪として善を薙いできた者たちが集まって構成されていると言ってもいい。
そんな状況下に不満もなさそうなのに、主殿は私が奉仕するために敵を殺すと困った顔をする。
私が嫌いなのだろうか。
それならそうと言ってくれればいいのに。
「あんさんが? 旦那はんに嫌われてる? 嫌やわぁ。そんならうち、とっくに嫌われてるやないの」
酒呑童子とたまたま話す機会があって、ちょっと話に出してみた。明確に快楽として人を殺した者にはどうなのかと思ったのだ。
「そうやねぇ。別に人を殺した話をして、喜ばれたことはないなぁ。ちょっと嫌そうやったけどな。『酒呑のことが知れてよかった』みたいなことは言うてくれたけど、でも、うちのことで喜んでくれはったことで、人殺すのに喜んだわけではないやろね」
「ですが、私が人を殺すと主殿は困ったような顔をするのです。怒るわけでもないのですが、それがむしろ……」
「ふふ。ずいぶん悩んではるみたいやね。ほんまはあんたはんとも遊んでみたかったけど、そんな感じじゃ楽しめそうもないなぁ。残念」
酒呑童子はそう言って、ふうと艶っぽくため息をつく。
斬ったことなき鬼の首魁。その首に興味がわかないわけではない。むしろ斬ってみたい。しかし、
「それはダメだ。仲間討ちは兄上からもキツく注意を受けたことがある。兄上も嫌がっていたことだ、主殿が嫌がることは、しない」
そう言うと、それはそれは愉快そうに、愛しいものを見るように、幼子を見るように酒呑童子は笑った。
「それは残念な話やね。でも、そんなに旦那はんのこと思うてるんやろ? ならあのお人好しの旦那はんがあんたはんを嫌うようなことはないと思うわ」
「そうか……そうだといいな」
そう思えるのならば、そう信じられるのならば、どれほど楽なことだろう。
いっそのこと、契約を解除してくれてもいいと思う。自分の意に反する兵など切り捨てても仕方ないし、それならば理解できる。でも、おそらく、マスターはそんなことをしないだろう。
多分それは、優しさ、なのだと思う。部下がいくら良いことだと思っていても、それが主にとって悪いことならば断罪すべきで、そこに躊躇などは必要ない。でも、かの主はそれをしない。それはきっと優しいからで、でも優しくされる意味も理由も分からなかった。
何故私のことを見捨てないのだろう? 見捨てられないようにするにはどうすればいいのだろう?
何をすれば喜んでくれるのだろう?
「そろそろ上がるか」
喜んでほしいのに、喜ばれない。思えば生前からそうだった。いくら武勲を挙げても、敵の首を持ち帰っても兄上はほとんど会ってくれなかった。
武勲が足りないのかと思って更に戦場を駆け、その証拠に首級を持ち帰っても見てもくれない。最後には切り捨てられた。戦国の世の中とは言え、兄から化け物と恐れられていたことは今でも理解できない。
何故なのだろうと思っても、でも、今でも答えは分からなかった。何が自分を化け物と言わせてしまったのか。兄上から怒られた経験がないのは、武勲を挙げたからではなく、化け物だったからではないか。
だからこそ、マスターは怒らないのではないか。
そう思うと、ひどく悲しかった。
そんな陰鬱な気持ちで入浴スペースから出ると、マスターとばったり会った。
「あっ、主殿
「うわああああああああああ、牛若丸!」
牛若丸とあった途端、マスターは慌てふためいた。その姿を見て、牛若丸の胸の奥がちくりと痛む。
「あ、主殿……」
「服着て、服!」
マスターに言われて見てみれば、確かに服を着ていなかった。思ったよりものぼせていたのかもしれない。しかし、戦闘時もそれなりに露出度の高い恰好をしている。今更気にすることでもないだろうと思う。そう言うと、マスターは声を荒げた。
「気にするっ! 気にするよ!」
「はぁ……主殿がそう言うなら」
脱衣所に戻り、服を着て戻ると、近くのベンチでマスターは座って待っていた。その顔は真っ赤で、近づいてくる牛若丸を見てジト目で見てくる。
居心地が悪い時は、つい言い訳がましい言葉が出る。
「そんなに裸が嫌なら私とか、酒呑殿とかに言えばいいじゃないですか。『その裸みたいな恰好を止めろ』って」
嫌なら嫌と言えばいい。
そう言うと、しばしマスターは考え込み、
「んー、なんていうのかな。そういうのはして欲しくない。出来れば、みんなには我慢しないで欲しいんだよ」
「我慢……ですか?」
そう反復すると、マスターは我が意を得たりと笑う。
「そうそう。我慢しないで欲しい。せっかく現界したんだから、出来るだけやりたいことをして欲しいなって思う。もちろん許せないことはあるから、たまに怒ることもあるけどね。自由でいて欲しいなって思うよ」
「自由ですか……」
正直、牛若丸にそれは難しかった。マスターが喜ぶことが一番なのだ。そのマスターから我慢しないで欲しいと言われる。その要求は難しい。
でも、だからこそ、試しにこんなことを言ってみた。
「では主殿。一緒に寝たいです」
「一緒に、いや、さすがにそれは……」
「我慢しないでほしいって言ったじゃないですか。ダメですか?」
「えええ、ちょっと、うーん」
マスターは困った顔をしているし、いまだその気持ちは分からない。多分これから先も同じようなことで悩む事はあるし、もしかしたら理解することは不可能なことなのかもしれない。
でも、それでも。
今この時のマスターの困った表情を見ても、牛若丸は悲しくなかった。
それが嬉しかった。
牛若丸は話を聞かないやつだな、とか。
共感性のないやつだな、とか。
牛若丸はそういう扱われ方をされてる……と思うんですけど、
本当にそうなんでしょうか。
そんなことは、ないんじゃないかな、と思って書きました。
感想頂けると……嬉しいです。