ソードアート・オンライン ミッシングメモリー 作:神崎はやて
ヒースクリフを先頭として、一行は40層の森林地帯を歩いていた。フィールドは広大で、いつモンスターが襲って来てもいいように常に近くに仲間がいる位置で移動するように心がけつつも前へ進んでいく。これだけの人数だ、歩調を合わせるのもそう簡単なことではなく、ましてやゴーストなどという得体のしれないMobを探しつつの行軍であることもあり、予定よりも幾分遅れたところでヒースクリフが昼休憩を命じた。
「ふぅ……」
手近な木の根元に腰を下ろし、ウィルは手製の弁当を広げる。耐久値を長引かせる効力のあるバケットに入れてきたサンドイッチは、それなりに時間が経った今でも十二分に美味そうだ。
「いただきまーす………ん?」
丁寧に合掌し、サンドイッチを口に運ぼうとしたその時、無数の視線を感じたウィルはその手を止めた。周囲を見回せば、熱い視線がウィルへと向けられている。――正確には、ウィルの持つサンドイッチへと。改めて考えてみれば、以前レストランの客として見た覚えのある顔がいくつも見受けられる。であれば、今自分が手に持っているそれの美味さも当然周知の事実であるということで。
「えと……た、食べる?」
「い、いいのか?」
ごくり、と喉を鳴らして、すぐ近くにいた重装タンクの男がおそるおそる問いかける。いかにSAOの中の唯一の娯楽が食事とはいっても、少し大袈裟過ぎやしないだろうか。そんなことを思いながら苦笑して、ウィルは頷いてバケットに入ったサンドイッチを差し出した。
顔を見合わせ、ざわつく周囲。重装タンクの男はやはりおそるおそる手を出して、サンドイッチを手に取り一口齧った。
「……おお、やっぱり美味いぞ」
「それはよかった」
言いながら、前もって用意しておいた別のサンドイッチ入りバケットをストレージから取り出し、自身も一口端を齧った。とある牛型モンスターからドロップする肉に下味をつけてパンズのようなものに挟んだだけの簡単な代物だが、某閃光など名立たる料理人と連絡を取り合いながら試行錯誤を繰り返してきたウィルの料理は、単なるサンドイッチでは収まらない美味さを獲得していた。
ウィルが少しずつ端から齧っている間にも、重装タンクの男がサンドイッチを食す勢いは止まらず、あっと言う間に半分以上がなくなっていた。その美味そうな食いっぷりに触発されたのか、それまで見るだけだった周囲のプレイヤー達が一斉にバケットへ群がる。レストランに通っている人間であれば解っただろうが、このサンドイッチはウィルが自分で食うために日ごろよく作ってはいるものの、レストランのメニューとして出したことは一度たりともない。いわゆる裏メニューや、賄い料理といった類の限定品だ。そういったある種のレアアイテム的な要素がゲーマーたる彼らの興味を刺激したらしいことも手伝って、バケットの中のサンドイッチはあっという間になくなってしまう。
(まるで蟻みたいだ……)
表現としてはあまりよくないと感じるものの、まるで道端に落ちている飴玉に群がる蟻のように見えてしまって、ウィルが呆れたようにまた一口サンドイッチを齧っていると。
「じー………」
「……」
真横からまたしても熱い視線を感じる。またか、と思いつつも顔は向けずに目だけをそちらへ向けると、これまで見たことない程に爛々と目を輝かせた金髪少女が、ウィルが齧っているサンドイッチを見つめていた。普段はツンツンとしている彼女が、まるで子供のように純粋な眼差しをしているのを物珍し気に横目で眺めている――だけでは少々可哀想に思えたので、ウィルは自分の分のバケットからサンドイッチを1つ取り出して、アイナへ向けて差し出した。
「……君も食べる?」
返事の代わりに何度も首を縦に振って、サンドイッチを手に取るアイナ。猛然と左右に揺れる犬の尻尾すら幻視できてしまうほど、今の彼女は欲望に忠実だった。
ウィルの手からサンドイッチを引っ手繰って、小さく端に齧りつく。そして咀嚼し、至福の表情でそれを味わうこと数秒、はっと何かに気づいたアイナは、彼女のAGIの伸びが存分に表れた速度で跳んだ。羞恥からか頬は赤く染まり、ウィルの方へはっきりと視線を合わせることができずに目が泳いでいる。ややあって、落ち着いたらしい彼女はごほん、と咳払いをした。
「……ま、まあまあじゃない」
「はは、ありがとう」
そっけない態度をとりながらなおサンドイッチをちゃっかり齧っているアイナに苦笑すると、重厚な鎧の音がすぐ隣で聞こえた。気付けばヒースクリフが、いつの間に手に取ったのか同じサンドイッチを手に何やら頷いている。
「さすがウィル君、相変わらずの腕前だ。あのアイナ君をあそこまで素直にさせるとは」
「……褒め言葉として受け取っておきます」
「どうだね、いっそ血盟騎士団でコックをやってみないか。きっと皆の士気も上がることだろう」
「! そ、そうね! それがいいわねええそれしかありませんとも!」
「わわっ……ち、近い、近いからっ……!」
ヒースクリフの発した言葉に想像以上の食いつきを見せて詰め寄ってくるアイナに若干引き気味になりながら、ヒースクリフと彼女を交互に見て言う。
「……そのままさり気なく戦力として引き抜くつもりでしょ。解りますよ」
「おや、ばれていたか」
残念だ、と肩を竦めるヒースクリフだが、言葉ほど声音は残念そうなニュアンスは伝わってこない。おそらくその解答は想定の範囲内だったのだろう。それはさておき、とヒースクリフはウィルの隣に腰かけ、サンドイッチを口にしながら切り出した。
「今回我々が追っているゴースト、だが。君はどう思う?」
「どう思う……とは?」
「ゴーストの情報については、君も聞いたことと思う。その上で問いたい。未だに明らかになっていない、かの敵の正体。君はどう見る?」
階層移動するMob、というのはあくまでも主要ギルドの上層部が勝手に推測しているだけのことに過ぎず、本当にそうである確証があるわけではないのだ。情報が足りぬ中、これ以上プレイヤーに被害を出すわけにはいかないと、討伐隊を出さざるを得なくなったヒースクリフとしても、ゴーストの正体を計りかねているのであろうことはウィルにも理解できた。
「正直、解りません。でも、ただの強力なMobというわけではないと思います。目撃情報は下層にもありますし、レアモンスターにしても下に出るにはあまりに強すぎます」
「KoBの中にもそういった意見を唱える者は少なからずいるよ。……だがね。私は思うのだよ、ウィル君。アレは、もしかしたらこの世界におけるイレギュラーなのではないかとね」
「バグ、ということですか?」
「そこまでは私にもまだ解らんよ。が、情報ではこれまで相対したどのMobとも特徴が異なっている。そうだとしても不思議ではないと思わんかね?」
確かに、その可能性も捨てきれない話ではある。バグにより生み出された未知の存在――。システムによって完全管理されたこの世界でそんなものが存在し得るのかは解らないが、実在するのであれば、この世界の理から外れたその強さも頷けるというものである。いずれにせよ、他の理論同様机上の空論を抜け出ない説ではあるが、否定することもウィルにはできそうになかった。
「……有り得ない話ではない、と思います」
「ありがとう。……君は正直だな」
う、と言葉に詰まるウィルを見てヒースクリフは口元に笑みを浮かべて去っていく。おそらくはっきりと否定することができず、言葉を選んだところまで完璧に見透かされている。それを察したウィルは、誤魔化すようにサンドイッチを一気に口へ押し込んだ。
☆★☆★☆★☆
昼休憩を終えた一行は、再びゴーストの捜索を開始した。道中幾度も湧出した通常Mobをなぎ倒し、ものともせずに前へ前へと進んでいく。さすが有力ギルドの主力メンバーで構成されたレイドなだけあって、既に十分過ぎるほど安全マージンの確保された階層のモンスターなどものの数ではなかった。
肝心のゴーストの姿は確認できないまま、早数時間。気づけば空は茜色に染まり始めている。メンバーたちの間にも疲れが見え始めた、そんな時だった。
「何だあれ……?」
突如として、偵察のため前の方を歩いて索敵スキルを発動させていた血盟騎士団員の言葉に、ヒースクリフが列の後方へ停止を命じる。よく目を凝らすと、おそらく偵察要員が見ていたであろうそれがウィルの肉眼でも視認できた。
全身黒づくめの、異様な出で立ち。その身体に纏うレザーアーマーは、色こそ黒塗りであるが、SAOの初期装備に酷似している。見ようによっては、頭部を覆う西洋騎士甲冑の兜のような形をした仮面を除けばSAOのプレイヤーに見えなくもない姿だ。だが、プレイヤーならばあって然るべきプレイヤーネームが頭上に出ていない。頭上に表示された名前は――。
「Unkown……!?」
「おいおい、もしかしてこいつが……」
言い終わる前に、Unkownが高速で回り込み、いつの間にか抜いていた剣で深々と斬りつける。馬鹿な、と言い残し、斬りつけられたプレイヤーは驚愕の表情を浮かべたままその姿をポリゴンとして散らせた。
「い、」
「一撃……!?」
その異様なまでの強さに、一斉にその周囲にいたプレイヤー達が跳び退く。一方のUnkownはそれを追撃するでもなく、剣を持った手をだらりと下げたまま、全く動くこともなくその様子を見ていた。
「……ご、ゴーストだあああああああああっ!」
プレイヤーの1人が堰を切ったように叫んだのを契機に、周囲に動揺が走る。すかさずヒースクリフの支持が飛ぶ中、ゴーストを見据えたウィルは、奇妙な感覚を覚えていた。まるで、以前にも対峙したことがあるような――そんな感覚。
(何だろう、この感じ……)
明らかに目にするのは初めてであるというのに、どこか懐かしさすら感じるその異様な感覚を抑え込むように、ウィルは胸甲を手で押さえた。