その後のことを説明しよう。
千冬はそのままモンドグロッソで二連覇を達成。
なぜ、一夏を迎えに来なかったのかというと既に一夏が誘拐されたという
情報を日本は手に入れていたのだがもし、ここで千冬にそのことを伝えれば
確実に千冬は試合を放棄して弟を助けに行く、それは日本からすれば世界に
赤っ恥をかくことであった。それをしたことにより日本が世界から下に見られれば
困る。だから、彼らは古くからある名家に一夏の救出を依頼した。
それが更識家。対暗部用暗部として存在している裏に通じる名家だった。
そして、千冬が二連覇を達成した後になってようやく一夏が誘拐されたという事を
聞かされた千冬は現役を引退すると伝え日本に情報を与えたドイツに
教官として旅立った。
「……ここは……どこ?」
「あ、目が覚めた? お母様~!」
一夏が目が覚めた場所は知らない場所だった。
彼が寝かされていた部屋は和式の部屋でとても広く
畳がズラッと部屋の端から端まであった。
「ここは……どこだろう」
「ここは更識家という場所です」
ふすまが開けられ中に入ってきたのは青い髪色をした
美人な女性と幼い少女が一緒に入ってきた。
「さらしきけ?」
「うん、そうなの! ここは私の家なの!
ねえ君の名前はなんていうの!?」
「こら氷菓、まだ目が覚めたばかりなのに
質問攻めをしてはいけませんよ」
「あ、ごめんなさいお母様」
「ふふ、分かればいいのです」
二人がやっている光景を一夏は羨ましそうに眺めていた。
(いいな~僕もあんな風に)
「君の名前はなんていうのですか?」
「あ、僕は……下の名前は思い出せるのに名字が思いだせない」
「じゃあ、下の名前だけでも教えてよ!
私の名前は更識氷菓っていうの!」
「僕の名前は一夏」
「一夏君か~よろしくね」
氷菓の微笑みに一夏は少し顔を赤くしながら自分も笑った。
(さて、困りましたね。記憶喪失ですか、確かにお医者様も
頭を強く打っていると言っていましたがまさかこの様な事になるとは。
これをどのように織斑千冬さんに言えばいいのでしょうか)
そして、千冬は更識家に保護されていると聞いてドイツに教官として
行く一週間程前に一夏を引き取りに更識家まで来ていた。
「貴方様が織斑様ですね?」
「はい、それで一夏は無事なんでしょうか!」
「落ち着いて下さい。彼は無事です……しかし」
現当主の楯無が千冬に一夏の事を言おうとすると二人の姉妹と
一人の少年が広い庭で追いかけっこをして遊んでいた。
「でん! 君が鬼だよ!」
「私はやらないって言ってるのに」
「でも、部屋の中でテレビばっかり見てても
面白くないよ! ねえ! 氷ちゃん!」
「うん! ね、簪ちゃん後でお姉ちゃんも一緒に見るから今はお外で遊ぼうよ!」
「うん、分かった」
「い、一夏!」
千冬は一夏の姿を見て思わず大声で一夏の名を叫んだ。
「―――――?」
突然、大声で自分の名前を呼ばれた一夏は肩をビクつかせて
涙を流しながら自分に抱きついてくる女性を眺めていた。
「良かった! 無事だったんだな! さあ、お家に帰ろう!」
「ねえ、お姉ちゃんだ~れ?」
千冬はその一言で安堵がすべて吹き飛ばされた。
「え? ……何を言っている千冬だぞ? お前の姉の」
「ち……ふ……ゆ? だ~れそれ。それに何だかお姉さん嫌い」
「な!」
「千冬さん、事情を説明するので中へ」
千冬が一夏の言っている事に驚いている最中に楯無は
今の事情を説明するべく中へと案内した。
「彼の今の状態は記憶喪失状態です」
「記憶喪失ですか」
「はい、彼は自分の下の名前以外全てを忘れています」
千冬はそれを聞いたとたんに頭の中が真っ白になった。
一昨日までの一夏はそこにはおらず今いるのは昨日から始まった一夏しかいなかった。
「……そうですか……」
「はい。それでどうなさいますか? これからの一夏君は」
「……もうご存知かと思いますが私は一週間後から
ドイツに教官として二年間行かなければなりません」
「はい……」
「一夏の弟である真夏は知り合いの家に預けるのですが
記憶のない一夏にとってそれは精神的にキツイと思います」
「……でしたらこちらで引き取りましょうか?」
「え?」
楯無が言った事に千冬は驚きを隠せなかった。
「今の彼はここでの生活にすでに馴れてしまっています。
ですから私たちが責任を持って育てましょう」
「で、ですがそれでは」
「更識家の従家の者である夫婦がいます」
突然、楯無は更識家の従家のある夫婦について話し始めた。
千冬はそれを黙って聞くことにした。
「その夫婦は子供を欲しいと思っていますが妻が
不妊症の様です。ですからそこに一夏君を渡しても
彼女たちは必ず一夏君を幸せに育ててくれます」
「……………一夏をよろしくお願いいたします」
千冬は目から大粒の涙を流しながら楯無に頭を下げた。
その後、千冬は楯無にその夫婦を呼んでもらい一夏の事について
話すと二人は心の底から喜んでいた。
一夏の性格や好き嫌いについて詳しく話しその夫婦に後のことを頼んだ。
「一夏をよろしくお願いします」
「はい! 一夏君は私たちが育ててみせます!」
一夏の母親となる女性は一夏の頭に手を置きながらそう言った。
「はい……一夏」
「な~に?」
「これからこの二人が君のお母さん、お父さんになる。
しっかりこの二人の言う事を聞いて大きくなるんだぞ」
「……お姉ちゃん悲しいの?」
「え? あ」
千冬は一夏に指摘されてようやく自分が泣いている事に気付いた。
「はは! そうかもしれないな……じゃあ、私はこれで」
「はい、お元気で」
千冬は最後に一夏の頭を優しく撫で、自宅へと帰っていった。
「えっと……お母さん?」
一夏は戸惑い気味にそう言うと母となる女性は笑みを浮かべながら
かがんで一夏と目線の高さを揃えた。
「ふふ、なに? 一夏」
「僕の名前は」
「あ、そうね。嬉しくてつい忘れていたわ。貴方の名前はね」
そして、数年後。
「ではこれより当主交代の式を執り行わせていただきます」
更識家では当主交代の式が行われようとしていた。
次期当主はまだ16歳と若いのだが最近はISが世界の
中心になっているため今の世代に託すことにきめ異例の早さで行われていた。
「更識氷菓、私は今日本日をもち更識家17代目
当主、更識楯無となります」
先代の当主である母親から当主である証の楯無という
名前を襲名した。
「では、続きまして忠誠の儀を行います。神門家当主、こちらへ」
17代目当主となった楯無の目の前に袴を着た少年が膝まづいた。
「我、神門一夏は当主、更識楯無様に忠誠を誓います」
「ふ~疲れた~」
儀式が終わったとたんに今まで固い顔だった楯無は
だらしなく緩ませ着物の帯を少し緩めた。
「お譲様、折角の美しい着物に皺が付いてしまいます」
「ふふ、一夏も様になってるじゃない」
「勿体なきお言葉でございます。では、これから
支援してくださっている方々への挨拶にまいりましょう」
「え~少しくらい休憩しましょうよ~ねえ、虚ちゃん」
楯無の後ろには同じく今日、当主となった布仏家の
長女である布仏虚が美しい着物を着て姿勢よく立っていた。
「いけませんよお嬢様。一夏さんのように着物はしっかり着て下さい、
それとご挨拶はその日のうちに行かないといけませんよ」
「え~ケチンボ。は~分かりました~行きましょうか一夏」
「はい。参りましょう」
あれから数年経ち一夏は更識家の従家である神門家の
当主となり同じく従家の布仏とともに更識家に尽くしていた。
まだ記憶は戻っていないが本人は良いらしい。
「貴方の名前はね、神門一夏よ」
ここから一夏の物語が動き出す。
どうも~