今さらだが、我ら奉仕部という部活は要するに生徒のお願いを聞きその手助けをする部活だ。
と、こうして確認しておかないと、そろそろ僕もこの部活が何をしているのか分からなくなりそうだ。だって師匠も雪ノ下先輩もずっと読書してるだけだし。由比ヶ浜先輩も携帯弄ってるし。
別段、その状態が嫌なわけではない。師匠とともにいられるだけで充分だから。だがそれでも、流石にかなりの間、依頼が来ないと退屈してしまうのだ。
「ん。あー、っつーかお前なんでいんの?」
由比ヶ浜先輩はあまりにも自然に雪ノ下先輩側にいるため、当たり前のように対応していたが、由比ヶ浜先輩は入部届けを出しているわけでは無い。だがまあ、ここで僕があれこれやって、介入してしまうのもよくない。もしかしたら由比ヶ浜先輩は何かしら、考えがあって入部していないのかもしれないし。
「え? あーほら、あたし今日暇じゃん?」
「じゃん? とか言われても知らねーよ。広島弁かよ」
「はぁ? 広島? あたし千葉生まれだけど」
ま、実際広島の方言は「~じゃん?」とつくらしく、「え、いえ初めて聞いたんだけど」という感じになることがよくあるそうだ。男の広島弁は怖いイメージがあるが、その一方で女性の本場の広島弁はそれはもう大層可愛らしく、僕と師匠の選んだ可愛い方言十傑にランクインするくらいだ。のような会話を師匠とするのは、部室ではなく登下校中だ。部室だと、ほぼ確実に雪ノ下先輩に罵られてしまうし、何より部活中は読書のお邪魔になってしまいかねない。
僕も師匠も方言を使うキャラで一番可愛いと思っているのは橘万里花である。何せ彼女は我らが千葉県のYさんの愛しのキャラだしな。
「由比ヶ浜先輩。千葉県出身者は偉大なんですよ! 師匠しかり、Yさんしかり。ですので、千葉に生まれた程度で千葉県生まれを名乗られたくないですね」
「ああ、同感だ」
「ヒッキーもハチも何言ってるのかわかんないんだけど……」
「師弟揃って、頭がおかしいのかしらね」
雪ノ下先輩が心底蔑んだ目で僕たちを見た。特に師匠を蔑んでいる。が、師匠は気にしないし僕も気にしない。
「いくぞ由比ヶ浜。……第一問、打ち身でできてしまう内出血のことを何という?」
「青なじみ!」
「なっ!? 正解ですね。まさか千葉の方言まで押さえていらっしゃるとは……」
由比ヶ浜先輩の誇らしげな顔が少し鼻につく。
このままでは由比ヶ浜先輩如きが、師匠と同じだとつけあがってしまう。それはなんだか癪だ……が、それ以上に僕はとあることのための最高の機を得たことに気付く。
「では第二問!? 千葉県出身、千葉をこよなく愛する師匠は入学式に参加していませんでした!? さて、ではそれは何故でしょう!」
刹那、雪ノ下先輩、由比ヶ浜先輩、師匠の三人の肩がそれぞれに震える。分かってたことではあるが、なんだか師匠にまで気まずい思いさせちゃってるんじゃないか、と思うと申し訳なくなる。
だが、師匠のことだ。僕がどう動いたところで大して困る事はないであろう。
「あ、えっと……それは」
気まずそうに笑う由比ヶ浜先輩。
「…………」
静かに読書を続けるフリをする雪ノ下先輩。
「……?」
僕の意図を探ろうとする師匠。
三者三様の反応に僕は僅かに心を躍らせる。なんか、この人たち面白いな。
師匠のかっこよさを改めて自覚する。
師匠ってこんな目をするんだな。僕の意図を探ろうとする目は、腐っているけれど非常に鋭利でナイフよりも怖い。さながら天をも貫く神槍のようだ。
真実を白日の下に曝け出してしまうであろう、その絶対的正義の瞳は、ある意味では絶対的な悪の瞳にも思える。
ああ、マジかっこいい。でも、流石に僕はここで退くわけにはいかない。色々、全員で清算しとかないと、師匠が困るのだ。
だから、悪意がない風を装って、にっこり笑いながら言う。
「正解は、自動車に轢かれていたからでした!」
だが、部室には一ミリも笑えない空気が漂った。いやぁ、まさか千葉県横断ウルトラクイズから、例の事件の話題になるなんて思わなかっただろうな。でも、師匠。これはあなた様のための行為なのです。どうか、お許し下さい。
「師匠、師匠! 師匠は、何故、車に轢かれたんですか?」
「あ? そうだな。折角だし話してやるか」
師匠は咳払いをする。
「俺が自転車漕いでたらアホな奴が犬のリード手放してな。そのワンちゃんが車にはねられそうになっているところを身を挺して守ったの。それはもう颯爽とヒーロー的に超かっこよく」
師匠が話している間も、あくまで雪ノ下先輩は読書に集中しているフリをしている。けれど流石に無理がある。さっきから反応してるし。
由比ヶ浜先輩は、というとひくっと顔を引きつらせていた。
「あ、アホな奴って……。ひ、ヒッキーはその子のこと覚えてたり、しないの?」
「いや、それどころじゃなかったしな、痛くて。まあ、印象に残ってないんだからたぶん地味な子だったんだろう」
「地味……そ、それは確かにあのときはスッピンっだったし……、髪も染めてなかったし、パジャマとか超適当な格好だったけど……あ、でもパジャマの柄クマさんだったからちょっとアホっぽいかも」
由比ヶ浜先輩の声は非常に小さく、全然聞き取れない。口の中だけでもごもご言いながら俯いてしまう。
「で、それがどうかしたのか? ぶっちゃけ、どうして日木が俺が轢かれたことを知ってるのか疑問でしょうがないんだが」
「え? ああー、まあそうですね」
やはり、師匠は気付いていないのか。よかった。先ほどの鋭い視線は、先の言葉どおりの意図だったということ。本当は全て気付いていて、その上であの目で見てきたんだとしたら、僕は師匠を見限るところだった。
だがまあ、気付いていないのならば尚更、ここで清算しなければならない。僕は由比ヶ浜先輩、雪ノ下先輩を見てにっこりと笑う。そのことで、全てを僕が知っているのだ、と暗に伝える。
「師匠。これはちょっとだけ真面目な話なんで、さっさと済ませましょう」
「ん。お前から真面目な話ねぇ。ま、聞くけどよ」
「ありがとうございます」
行ってから僕は、制服のポケットに入っている再生用紙のメモ帳を取り出す。そこから一枚切り取り、ペンで師匠に説明するために整理した情報を列挙する。
「師匠。この事件について話すにあたり、まずは立場を確認しましょう。この事件には幾つかの立場が存在します」
「被害者、加害者、ということかしら?」
「それもありますが、もう少し細かく分けましょう」
流石に読書するフリはできなかったのか、本に栞を挟んだ雪ノ下先輩が口を挟んできた。開いてたところよりだいぶ前に栞を挟んでるあたり、本当に読んでなかったんだなって思う。
「車に轢かれた人。犬の飼い主。車に乗っていた人。轢いた人についた弁護士。そんな感じですかね、おおまかに分けると。もちろんもっと細かくしろって言えばできますけど」
異論は無い。お三方の(特に師匠の)興味を引けていることに心の中でガッツポーズしながら、話を続ける。
「この中で、車に轢かれた人って言うのが師匠ですよね?」
「そうだな。あと、弁護士は謝罪に来たから覚えてる」
「でしょうね。でしたら師匠。この事件に関与している者は、皆、師匠の周囲の者であることをご存知ですか?」
「は? いや、意味分からん」
流石に突然すぎたか。いくら頭のよい師匠といえど、今のような説明ではご理解いただけなくて当然だ。自分の無能さを自覚し、恥ずかしく思いながら改めて話す。
「犬の飼い主も、車に乗っていた人も、弁護士も皆、今の師匠が知っている人だ、ということです。もっと言うなら、弁護士以外は今、この場にいます」
言うと、その場の僕以外の人間は誰もが引きつった笑顔を見せた。取り繕っているわけではなく、きっと無意識の内に出てしまうものなのだ。
師匠も由比ヶ浜先輩も戸惑っている。この場で、状況を理解しているのは皮肉なことにクソ加害者の僕と雪ノ下先輩で、被害者である二人は何も知らなかったのだ。そう考えると早いうちに爆発させておいてよかった、と感じる。
すぅ、と誰かが息を吸った。或いは、全員だったのかもしれない。
さあ。いい機会だ。さっさと再定義してしまおう、奉仕部を。
事件について、僕は全てを知っている。
事件について、雪ノ下先輩は僕が関わっていた、ということ以外知っている。
事件について、由比ヶ浜先輩は犬を助けてくれたのが師匠であることだけを知っている。
事件について、師匠は自分が犬を助けたことと事件の概要のみ知っている。
こう並べると、何かの論理クイズのようだが、難しいことはない。
要するに事件について語るのは僕の役目だ、ということだ。だから、語るとしよう。と、言ってもややこしいことはない。
犬の飼い主は由比ヶ浜先輩。轢かれたのが師匠。よってこの二人は被害者。
車に乗っていたのは雪ノ下先輩。それから――僕の父親。だから。その息子である僕と雪ノ下先輩が加害者だ。
僕の父親はその時、ちょうど運転手をしていた。車の運転手をつけるほどに、雪ノ下家は権力を持っていた。だから、ことを穏便に済ませるためお金を渡した。そのおかげで、僕の父親も捕まることはなかった。
だが、罪が消えることはない。
なにせ、僕の父親は人を轢いたのだ。一歩間違えば殺していたかもしれない。しかも、師匠を。
だから僕は、父とともに何度も見舞いに行った。そのことを、師匠はおそらく覚えていないだろうが、僕はよく覚えている。入学式に参加できず、高校デビューを完全に失敗したのに、決して動じることなく読書し、ゲームし、勉強するその姿に僕は憧れたのだ。
……話が逸れた。
まあ、要するにそれが真相。
さらに言うなら、弁護士というのが葉山先輩の親族なのだが、ぶっちゃけそこはどうでもいい。
そのようなことを、僕は説明しながらメモ帳に書いた。もちろん、僕が師匠に憧れた理由なんてものは書いていないし言ってもいない。あれは僕だけが知っていればいいことだ。
話し終えると、その場の誰もがため息をついた。流石の僕も疲労ゆえに、ため息をつく。この状況に持ち込むまでに相当な時間がかかった。情報が正しいのか、父親に頼んで探ってもらったりしたのだから。あ、ちなみに父親に関しては雪ノ下家が働かせすぎたせいで疲労がたまっていた、ということになりお咎めは一ヶ月、僅かに減給されるだけで済んだ。
「さて、師匠。これを聞いていかがなさいますか? 先に言わせていただくと、僕が師匠をお慕いしているのは僕がそうしたいからです。師匠のためではございません」
「そりゃ、そうだろうな。俺のためになってないし」
苦笑しながら、師匠は言う。その表情はどこか苦しげであり、晴れやかでもあった。その矛盾こそ、師匠だ、と感じる。
「まあ、あれだ。雪ノ下はそんなことないだろうけど由比ヶ浜。お前、なんか事件のことで気を遣ってるならそういうのはやめろ。そんだけだ」
と、同時にその発言は師匠らしくないな、とも思う。
師匠なら自戒のために由比ヶ浜先輩を遠ざけることくらいしそうなものだ。関係をデリート、くらいのことしても不思議じゃない気がする。
だが、僕は師匠がこうするだろうと思っていた。期待していたのだ。
きっと師匠なら救ってくれるだろう、と。
「うん……別に、気を遣ってるわけじゃ、ないよ」
由比ヶ浜先輩は搾り出すように言ってから無邪気に笑う。作り笑顔じゃない。それはすぐに理解出来た。
「はい、じゃあこれで終わりにしましょう! 今日は師匠がお好きなマッカンをご用意しましたので。ぜひ、お二人も」
クーラーボックス(またも持ち込みましたてへっ)の中に入っているマッカンを四本取り出し、僕は全員に渡した。紅茶は、ちょうど全員飲みきっている。
「これ、甘いやつじゃん」
「身体に悪そうね。悪いけれど、紅茶を……」
「いいじゃないですか! 今日くらい、同じもの、飲みましょっ!!」
すこぶる嫌そうな顔をする二人に対して、うちの彼女直伝のおねだり術を使う。勢いやノリを利用して、あざとくおねだりするのは男がやっても割と効き目があるらしい。
「あー、そうだね! さすがハチ、いいこと考えるぅ! ゆきのん、一緒に飲も?」
「はぁ……。しょうがないわね。今日だけ、よ」
なるほど、雪ノ下先輩は由比ヶ浜先輩の弱いのか。やはり天才の天敵は非才ということか。なんて思いながら僕は師匠のほうを向く。
「それでは師匠。音頭を、ぜひ」
「はぁ? 音頭? んなもんいらんだろ」
「ヒッキー、はやく!」
何故か雪ノ下先輩と腕を組んでノリノリの由比ヶ浜先輩が急かすと、師匠はため息をついてからマッカンを掲げた。
「はいよ、じゃあリア充爆発しろっとな。完敗」
「なんか、ニュアンス違うし」
「卑屈さもここまでくると清々しいわね」
「流石、師匠かっこいいです」
かんかん、とマッカンの当たる音がする。
ほらな。早いうちに動けば困ることなんてないんだ。面倒臭いことを放置した結果が一番面倒臭いってな。
結論。師匠の青春ラブコメはちょーかっこいい。
まじごめんなさい、反省してます。