「頼もう」
部活が始まり、眠そうな雪ノ下先輩と師匠、由比ヶ浜先輩、そして僕が揃ってお茶を飲んでいた頃、生ゴミが古風な呼ばわりとともに入ってきた。
「さて、では感想を聞かせてもらうとするか」
生ゴミは椅子にドッカと座り、偉そうに腕組みをしている。顔にはどこかしら優越感じみたものがある。自信に満ち溢れた表情だ。
対する雪ノ下先輩は珍しいことに申し訳なさそうな顔をしていた。
「ごめんなさい。私にはこういうのよくわからないのだけど……」
そう前置きをすると、それを聞いた生ゴミは鷹揚に応じる。
「構わぬ。凡俗の意見も聞きたいところだったのでな。好きに言ってくれたまへ」
ほほぅ、言ってることだけはラノベ作家志望みたいだな。なんか、余計にムカついてしまう。
そう、と短く返事をすると、雪ノ下先輩は小さく息を吸って意を決した。
「つまらなかった。読むのが苦痛ですらあったわ。想像を絶するつまらなさ」
「げふぅっ!」
あーあ、雪ノ下先輩、また僕のスイッチ押しちゃったよ。
がたがたっと椅子を鳴らしながら生ゴミがのけ反るが、どうにか体勢を立て直す。うむ、前回、由比ヶ浜先輩のときは由比ヶ浜先輩の迷惑になってしまうと思い後悔したが、今回は生ゴミに迷惑かけたくないとか一ミリも思わないので言うことにした。
「雪ノ下先輩。訂正してください。つまらない、という読むのが苦痛ですらあった、という言葉を」
「どうしたの? 急に庇うの? 私は感想を言ってほしいと言われたから感想を言っただけなのだけれど」
淡々と口にする雪ノ下先輩を見て、僕は小さくため息をつく。師匠と由比ヶ浜先輩は、どこかこのあと起こることを予測しているように思えた。
「あなたは先ほど、こういうものがよくわからないと言いましたよ。でしたら、一般的な意見を言うのはまだしも、その作品自体を否定するような発言は控えるべきです。感想、といえば幾らでも傷つけていいわけじゃないですよ。文章だって生きているんです。あなたの発言は、文章たちに対して、死ねと言っているようなものです」
「…………」
熱い視線を雪ノ下先輩にぶつける。
ここは譲れないことだ。
作品、というのは作者の子供だ。そして、その子供に対してつまらないなどと言ってはいけない。存在を否定するような発言をするのは、それは道徳観に反する。
「そ、そうね。ごめんなさい。訂正するわ」
「ありがとうございます」
由比ヶ浜先輩と師匠とついでに生ゴミは、緊張が解けたようなため息をもらす。僕はそれを確認してから、雪ノ下先輩が続きを言えるように促した。
「まず、文法が滅茶苦茶ね。なぜ、いつも倒置法なの? 『てにをは』の使い方知ってる? 学校で習わなかった?」
「ぬぅぐ……そ、それは平易な文体でより読者に親しみを……」
「そういうことは最低限まともな日本語を書けるようになってから考えることではないの? それと、このルビだけど誤用が多すぎるわ。『能力』に『ちから』なんて読み方はないのだけれど。だいたい、『幻紅刃閃』と書いてなんでブラッディナイトメアスラッシャーになるの? ナイトメアはどこから来たの?」」
「げふっ! う、うう。違うのだっ! 最近の異能バトルではルビの振り方に特徴を」
「そういうのを自己満足というのよ。あなた以外の誰にも通じないもの。人に読ませる気があるのかしら」
「雪ノ下先輩、ちょっといいですか?」
なんかこの先もどんどん続きそうだったので、とりあえず気になったところを解消していくことにした。別に生ゴミのことはどうでもいいが、文章がバカにされるのは嫌だ。
「なにかしら?」
「あのですね、生ゴミは文章を創って読ませようとしているのではなく、ライトノベルの新人賞に応募しようとしているのです。で、もってライトノベル自体、ルビに特徴をつけるジャンルなんですよ。あえて、こうやってるんです。そこは、誤用ではありません。あと、ついでに言っとくと、通じないと分かってるからルビで読者との共通認識を作ってるんです。そこに入り込めないのは読者が読み込めてないだけかと」
と、言うのはぶっちゃけ作者側が言っちゃアウトだ。それを言ったら、ただの自己正当化になる。だからこそ、ここは僕が言った。
「……やたらと雄弁だけれど、そうかもしれないわね」
雄弁? 確かに、僕、過去最高に長文を喋ってるかもしれない。ってか、そっか。雪ノ下先輩、僕がラノベ作家目指してるの知らないのか。
「それと、話の先が読めすぎていたわ。で、ここでヒロインが服を脱いだのは何故? 必然性が皆無で白けるわ」
「ひぎぃっ! し、しかしそういう要素がないと売れぬという……展開は、その……」
いつの間にか、生ゴミが僕に縋るような視線を向けていた。
いやね、これもラノベであるから庇いたいところではあるんだけどね、ぶっちゃけた話をすると、僕自身はそういう要素で白けちゃうタイプの人間なんで、何も言えないんだよなぁ。
「そして地の分が長いしつこい字が多い読みづらい。というか、完結していない物語を人に読ませないでくれるかしら。文才の前に常識を身につけたほうがいいわ」
「びゃあっ!」
生ゴミが四肢を投げ出して悲鳴を上げた。肩がぴくんぴくんと痙攣している。目なんか天井むいたまま白目になっている。ざまぁみろ、と言いたいところだが今回のダメだしは僕にも当てはまり、胸が痛んだ。なんか、これ以上聞くと僕まで泣きそうだ。
「その辺でいいんじゃないか。あんまりいっぺんに言ってもあれだし」
「まだまだ言い足りないけど……。まぁ、いいわ。じゃあ、次は日木くん」
師匠に僕と生ゴミは全力で感謝をしただろう。
ほんと、マジ命の恩人ですよ師匠。これ以上言われたら、僕まで自分と向き合って、彼女のところまでダッシュするとこでした。
とはいえ、僕の番だ。僕が言うのブーメランじゃないはずなので、とりあえず堂々と言える。
「んんっ。文章に関しては雪ノ下先輩が言ってたとおりです。ルビに関しては、まあ文字が多すぎたんでもうちょい、工夫するといいかもですね。名前も長いですし。まあ、それくらいです」
どんなに嫌悪する相手でも、品評する時は敬語。それが僕の流儀だ。無論、誰かと品評しあったことなんてない。材木座先輩は、ダメージをこらえながらもふむふむと唸っていた。
「言いたいことはあるんですが、その前に一つ。あなたは、ラノベを書くことが好きなんですよね? 好きだから、書きたいから書くんですよね?」
「うむ、その通りだ。それが、どうかしたのかね?」
「どうかしましたね。僕はぶっちゃけあなたを引きますよ。僕はあなたがラノベを書くのが好きだとは思えない。ラノベを書くのが好きな奴は、自分が書いた小説の原稿を室内に散らばったのを当然のように見てはいられないですよ、普通。つまり、です。あなたは寝食を犠牲にしてまで小説を書く覚悟がないんです。だから、当然のように散らばった原稿を拾わずにいられるんです」
立ち上がり、僕は不器用ながらに制本した材木座先輩の原稿を手渡す。不思議そうな目を向けてくる彼に、僕は微笑む。
「こうして、本にすると愛情が増すもんですよ。どうにもこそばゆくて、くすぐったい。でもなんか大切に感じませんか?」
受け取った材木座先輩は、本を見つめて優しく微笑み返してきた。……うわ、マジ気持ち悪い。
「そうかもしれぬ、な。そうか、我は大切なことを忘れていたのか」
なんか、心を取り戻した主人公のように材木座先輩は呟く。僕は、息を吸ってその言葉を紡いだ。
「書かない人はわからないでしょうけど文庫一冊レベルの文字数。十万文字超えって、書くのにエネルギーいりますからね。どんなにレベルが低くとも、こんだけの量書くのは難しいですよ。しかもこんだけ文字が多い。後になればなるほど書きにくくなりますからね。まあ、だからこそ言い切りましょうか――先輩。お前、ラノベ愛してねぇだろ、舐めんなよ
「ひぐぅぅっ!」
いつか、すごい昔に一度材木座先輩に見せた僕の姿が露わになったからだろう。彼の表情が恐怖に染まる。
「こんだけ力こめて書いたのに大切にできないとか、最悪ですよ。だから、話がどこにでもある、ありきたりなものなんです。いいですか? 書きたいって衝動があれば、レベルはさておき、オリジナリティのある予想できない展開の一つや二つ、書けるんですよ。ね、師匠?」
「あ? ああ、うん。そうだな」
師匠は、僕が昨日渡した原稿を持ちながら返事をしてくださった。その原稿は昨日渡したときより読んだ形跡があって、しっかり読んでもらえたのだと思った。
「ヒッキー、なにそれ」
「昨日、日木が俺に渡してきたんだよ。何でも、日木、ラノベ作家志望らしくてな。で、読んだんだけど、あれだ。さっき雪ノ下が言ってたような文章のあれこれである程度齟齬はあったが、少なくとも読んでて飽きはしなかった」
暗に面白かった、と告げられている気がしてついにやける。やばい、うちの彼女に褒められたときレベルににやけてる。あ、なんかこれで満足すぎる。雪ノ下先輩も由比ヶ浜先輩も驚きに満ちた顔でこちらを見てきた。
「そういうことですよ。だからまあ、本当にラノベを書くのが好きならパクリでもなんでも好きに書いたほうがいいと思います」
「まあ、そうだな。大事なのはイラストだし、どんなに文章力がない話でも流し見で笑えれば充分だからな」
師匠は言ってから、生ゴミの肩に手を置いた。
× × ×
「……また、読んでくれるか?」
そう言うだろうと、僕はずっと思っていた。師匠たちが黙り込んでいると、再び同じことを聞いてきた。さっきよりもはっきりと力強い声で。
「また読んでくれるか」
熱い眼差しを由比ヶ浜先輩以外の奉仕部に(まあ、由比ヶ浜先輩奉仕部員じゃないけど)向けてくる。
「お前……」
「ドMなの?」
由比ヶ浜先輩は師匠の陰に隠れて生ゴミに嫌悪の視線を向けていた。変態は死ねといわんばかりだ。いいぞ、もっとやれ!
「お前、あんだけ言われてまだやるのかよ」
「無論だ。確かに酷評されはした。もう死んんじゃおっかなーどうせ生きててもモテないし友達いないし、とも思った。むしろ、我以外はみんな死ねと思った」
「そりゃそうだろうな。俺でもあれだけ言われたら死にたくなる」
しかし、生ゴミはそれらの言葉を飲み下して、それでも言った。
「だが、だがそれでも嬉しかったのだ。自分が好きで書いたものを誰かに読んでもらえて、感想を言ってもらえるというのはいいものだな。この想いに何と名前を付ければいいのか判然とせぬのだが。……読んでもらえるとやっぱり嬉しいよ」
そう言って
それは剣豪将軍の笑顔でなく、材木座義輝の笑顔。もっと言うならば、創作者の笑顔。
ああ、いい。それは、本当に。誰かのためとかじゃなくて、普通に、好きだ。そういう創作の喜びを知った人の目は。
書きたいことを書く。それだけじゃ、僕はとっくにワナビなんてやめてる。
ラノベ執筆ってのは辛いんだ。アイディア思いつかずに歳月が過ぎれば胸が張り裂けるほどに痛いし、勢いが乗れば頭が狂うように熱くなるから後で身体がだるくなるし、過呼吸になって髪を引きちぎるくらいにのめり込むことだってるんだ。
そんな中で僕が続けるのは伝えたいことがあるから。誰かの心を動かせたとき、くたばりそうなくらい嬉しいから。だから何度だって書きたくなる。十万字を超える物語を何度だって紡ぐのだ。たとえ、それが認められなくても。
「ああ、今度は俺も読む。笑ってやりたいしな」
師匠は冗談交じりに、けれど真剣な優しい顔でそう呟いた。
弱者が。非才が。病気扱いされても白眼視されても無視されても笑い者にされても、それでも決して曲げることなく諦めることなく妄想を形にしようと足掻いた証を師匠は認めてくれた。
「また新作が書けたら持ってくる」
そう言い残して材木座先輩は僕たちに背を向けると、堂々とした足取りで教室を後にした。
閉じられた扉がいやに潤んで見える。
歪んでても幼くても間違っていても、それでも貫けるならそれはきっと正しい。誰かに否定されたくらいで変えてしまう程度なら、そんなものは夢でもなければ自分でもない。そのことは、誰より昔の愚かな僕が知っている。
だから材木座先輩は変わらなくていい。
無論、あの人には恨みがあるので生ゴミと呼び続けるがな。ま、先輩くらいはつけてやらなくもない。
その後。
僕の書いたラノベは何だかんだで奉仕部全員が目を通し、いつの間にか平塚先生の手にも届き、平塚先生に将来の夢を熱く応援された。
はい、ブーメランばかりでしたごめんなさい。
以上です。