月が替わると、体育の種目も変わる。
我が学校の体育は三クラス合同で、男子総勢六十名を二つの種目に分けて行う。二つの種目に分ける、というのは中学の時にはなかったので新鮮だが、別段、そういった高校生になったことによる新鮮さが心地よいと思う事はなかった。
この間までやっていたのはサッカーとバレーボール。なんともぼっち殺しだが、二年生と調整した結果らしい。僕は先週、なんとかバレーボールでぼっちを貫きやっていたが、今月は陸上とテニスである。これなら、ぼっちでも余裕だ。
僕は対戦相手がいなくとも自らを高めるファンタジスタ的存在なので、テニスでは最終的に誰かと組んでやらなければならないだろうと考え、陸上を選択した。師匠もテニスを選択なさったそうなので、テニスがよかったという気持ちもあったが、僕は師匠と同じステージで学ぶ以前に基礎から身に着けなければと思い、陸上にしたのだ。
決してテニスの競争率が高く、じゃんけんに負けたとかではないと言っておこう。
「はぁ……師匠と同じテニスがよかったなぁ」
なんて、気丈に振舞ってみたものの、やはり少しずつ現実を突きつけられ、悲しみを感じる。ってか、よく考えると陸上でも割とペア組む機会あるんじゃね? とか考えて、僕は精神的なダメージを受けた。彼女に慰めてもらおう。
一体僕は誰と組めばいいのだろうか……誰かに聞きたい気持ちを抑える。
そして陸上の授業が始まる。
丹念に準備運動をこなした後、体育教師の厚木先生から練習メニューについての説明がなされた。フォームなどのレクチャーもされるので、その話は割と面白い部分があった。やはり速く走るのは男のロマンなのだろう。その場に入る半分以上が(ほとんどリア充だった)厚木先生の話を聞いた。
厚木って名前、なんか体育教師がしっくりくるんだよなぁ。上手く言えないけど。
「うし、じゃあお前ら走ってみろや。各自、周りに気をつけてやれ」
そう厚木先生が言うと、皆が三々五々めいめいにペアを組んで校庭の端から端へと移動した。ひとまず、孤立可能な作業に安堵する。
なんで各自やるのにペア組むんだよ。迷うことなく抗うとか、お前ら革命の達人なの? 同士になったって危ねぇだけじゃん。
とはいえ、この状況には僕のぼっちレーダーが敏感に反応せざるをえない。面倒臭く、他人とペアを組まないでいいこの状況は最高だ。僕は嬉々としながら、校庭の砂を蹴った。
「一、二、三、四、五」
少しリア充が多めなエリアで僕はゆっくりとしたテンポで数える。数字を数える速度は少しずつ早くなっていき、さながら体力テストのシャトルランのようであった。やばい。無茶苦茶横っ腹が痛い。ちょっと目眩までする。くっそ面倒臭ぇ。
だがまあ、普通に走るよりこうしたほうが体力強化にはなるだろう。
倦怠感という悪魔が身体の端から端に伝播し、今の僕は魔王と戦った後の勇者のように疲れていた。
きっと周りもそうだ。信じて僕は男子の声に耳を澄ませた。
「っし、俺のが速い! お前のおごりな」
「くっそ、マジかよ……や、安いのだけだぞ」
絶叫しながら楽しそうに追いかけっこをしていた。
うっせーなー死ねよと思いながら振り返ると、そこにはうちのクラスの男子の姿もあった。
別に驚くことはない。人数の少ないJ組男子は女子と違って体育が別授業ではなく、F組に合併という形でやっているのだからJ組の人間がいないはずがないのだ。
だが、おそらくこのタイミングで彼らがいたことに驚いたのは僕と同じクラスだからではないく、とある理由で彼らのことはよく見ていたからだ。
速水 春陽(はやみ はるひ)。少し前まで、僕は彼を取るに足らない存在だと、思っていた。一色のときも、別段目立って動いていたわけじゃないし。僕の記憶だと、J組男子にしては珍しく、一色の親衛隊(キモい)に入っていない(真っ当)やつだ。が、無論、一色の親衛隊に入らなかったから記憶に残っているとか、そういうわけではない。
速水はペア、というより4人組カルテットを形成している。一色の親衛隊の上の方の地位にいる高津と後の二人は見覚えがない。たぶん、うちのクラスではなくC組かI組、或いはF組の人間なのだろう。いずれにせよオシャレオーラを振りまきながらそこだけとでも華やかだった。
4人の周りにも何人か集まり始めて、いつの間にかリレーのようなゲームが始まっていた。
「っがぁ、速水くん、マジ早っ。狂ってるっしょ」
「いや、もっと速い奴いるって」
顔の前で手をはためかせる速水だが、別にその言葉は謙遜してるわけではなかった。
普通に、上がいるってだけで自分もそれなりに上にいることは自覚しているらしい。その辺を嘘ではなくぼやかすことで流す姿勢は、流石葉山先輩の弟子といったところか。
別に本人から聞いたわけではない。が、僕も師匠に弟子入りをしている身。師弟のやり取りなど容易く見抜ける。たまたま、放課後に葉山先輩を見かけたとき、速水は一緒にいた。そして、僕が師匠に話すように敬意と尊敬をもって、会話していた。
それを見てすぐに分かった。速水は葉山先輩の弟子なのだ、と。
だから僕は彼のことをよく覚えていた。それは純粋に〝敵〟として見ているからに他ならない。
「え? 陸上部でも負けるっしょ」
「いや、陸上部の奴らは専門的だから敵わないよ。競えて、日木とじゃないかな」
ガラスの瓶を割ったように、一気に僕の方に視線が集まった。一色の件のとき以来かもしれない。ここまで色んな人に見られているのは。
「日木くんって足、速いの?」
「は?」
高津の言葉には決してバカにするようなニュアンスは混じっていなかった。J組の少ない男子の仲間として僕のことを悪く見ていないのだろう。なんか、変に気に入られたら嫌だし、ここは上手く返答したいところだ。
折角ぼっちでやっていたっていうのに、そんな僕を巻き込んだ速水にはきっと悪気はないのだろう。ただ、一人でやる=ダメなこととして捉えている故に、僕を孤立させまいとしているだけだ。それは考え方の相違であり、僕はなによりそういう考え方をするリア充が嫌いなのだ。
「まあ、微妙だろ」
「微妙ってなんだよ。じゃあさ、速水くんと競争してみてよ」
「嫌だけど」
「えー、いいじゃん! な、速水くん?」
「そうだな。やろうぜ、日木くん?」
「……チッ」
誰にも聞こえないように舌打ちをする。聞こえてしまっても別に構わないが、なんかこの状況で反感買いまくってぼこられるのも嫌なので、わざわざ聞かせる必要もあるまい。
まったく、同学年との会話は本当に低レベルで嫌だ。
彼女や一色との会話なら、まだ刺激的でいい。……あ、先に言っておくが二人が女子だから刺激的なわけではない。二人とも、なんかこう、いいのだ。たとえ男子でも。……まあ彼女の場合、男でも恋に落ちる自信あるしな。
師匠だけじゃない。由比ヶ浜先輩や雪ノ下先輩、それこそ生ゴミ先輩との会話でさえ、彼らとの会話よりはマシだ。彼らとの会話は、もはや会話とすら呼べない。
そう思うと、なんだか全身がけだるくなってきた。
「ほら、やろうぜ。じゃあ、あそこスタートで、一直線で走ってあの池の前がゴールでどうよ」
「ああ、それがいいな。日木くんもいいよな?」
無言の同調圧力。同調圧力に歯向かおうと思えば歯向かうことくらう容易い僕だが、今は頭が回らない。走りすぎたのだろうか……いや、違うな。小学校の頃にもあった症状だ。視界がぼやけ、立っているもさえ面倒になる。
前は、いじめられて失望したせいでなったが、今回は多分そうじゃない。今、悪意なく僕を見る彼らに、これまで奉仕部をやっていく中で出会った人たちのようなものを見つけることができなかったからだ。
なんというんだろう。
奉仕部で見てきた人は、少なくとも何か意志があった。
雪ノ下先輩は、なんか壮大な強者の意志を抱いているように見える。
由比ヶ浜先輩は、師匠への想いを抱き奉仕部に訪れた。それからというもの、奉仕部という居場所を大切に思っている節もある。
生ゴミ先輩は、……まあ生ゴミらしい意志があった。ラノベへの情熱は、本物だろう。間違ってたとしても、続ける限り。
師匠は、言わずもがなだ。その孤独を誇る意志。逃げることを恥じず、否定しないことで今を生きる意志。
あ、あとついでに平塚先生は、結婚したい意志とかじゃないですかね。知らんけど。
まあ、僕はそんな風に奉仕部で色んな〝意志〟を見てきた。でも、確固たる意志を、今の彼らからは感じなかった。
「……悪い。君と戦ってみたくて、卑怯な手を使った」
「あ? なんだ、急に」
スタートラインに渋々立ったとき、速水からようやく意志のようなものを感じた。
それは決してリア充としての自らの地位を安定させたい、というようなものではなく、むしろ真っ当に僕と戦ってみたかったという言葉どおりの意味であるように思える。
「比企谷先輩の、弟子なんだろ?」
「それが?」
つい、師匠のお名前が出てきて興奮しそうになるがそこはなんとか理性で抑えた。怪訝そうな視線を向ける。
「比企谷先輩より葉山先輩のほうが優れてるって、証明したかった。まあ、こんなことじゃ証明できないし、葉山先輩が優れてらっしゃるのは当然なんだけどね」
「……さいで」
素っ気無い返事をした。
でも、思った。こいつとの会話は気持ち悪くは無いな、と。
無論、リア充だから嫌悪マックスだし、何より葉山先輩のが師匠より上とかほざいてる時点で殺戮対象レベルなんだけどね。
でもまあ、悪い奴じゃないと思う。むしろいい奴すぎて嫌いだが。
だが、葉山先輩と師匠が近しい存在などと全校生徒で思っている人間が何人いるであろうか。ほとんどが残念ながら師匠よりも葉山先輩のほうが優れていると考える人が多くいるだろう。
雪ノ下先輩。由比ヶ浜先輩。師匠ご本人。それから僕。平塚先生。それくらいだろう、いや、もしかしたら雪ノ下先輩は思っていないかもしれない。……あと、平塚先生はハブると可哀想だったんで生徒じゃないけど入れておいた。
それでもまあ、なに? 師匠のことを正しくは無いにしてもそれなりに評価してるわけだからちょっとはマシな人種だろう。
「んじゃ、まあ、適当に」
「うん」
別に正式な勝負ではない。まして授業中だ。
ピストルの音など鳴るはずもなく、高津の声でスタートダッシュを決めた。
気付いたらUAが10000を超え、お気に入りもありがたいことに五十を大きく超えております。
まことにありがたいことです。
これまでの作品は、こういったことがなかったこともあり続けられなかったのですが今回はなんとか書いていく所存です。
とはいえ、4月を超えると投稿ペースが不定期になると考えられます。
今から書き溜め、週に一度の投稿にしようかと迷いましたが、少しでも多く、早くお届けしておきたいと思いましたので。
できれば、一巻分だけでも投稿してから終わりたいと思うので
よろしくお願いします。