昼休み。
本当ならいつもの、師匠がいらっしゃる昼食スポットで彼女作の弁当を食うはずだった。しかしながら、誠に遺憾なことに僕は今日、師匠のもとにいけなかった。
いつもの教室。クラスを一望できるようなポジションで僕は何故か、とある女子と昼食を食べるハメになっていた。
彼女が丁寧に作ってくれたことが分かる玉子とハムマヨ、野菜たっぷりのサンドイッチをむしゃむしゃと食べる。
安らぐ。
昼食を一緒にする相手は非常にムカつくが、しかし彼女の出してくる話題は僕にとって利のあるものであり、それに加えて彼女が作ったスープをすすると体の芯から温まる。別に寒いわけでは無いが、やはり温かいものというのは人の心を落ち着かせる、
だがしかし、周囲の視線はどうにも居た堪れないものになっていた。なんか、みんなの一色を奪った、的な目で見られている。やめろよ、むしろ僕がうちの彼女だけのものなんだから。とは、まあ流石に言えないが。
しかし、僕はぼっち。この程度のことを気にする必要もない。
肉っ気のあるハムマヨサンドを頬張り、その幸せな味に舌鼓を打っていると僅かな窓の振動音が聞こえた。
風向きが変わったのだ。
その日の天候にもよるが、臨海部に位置するこの学校はお昼に境に風の方向が変わる。何度か、師匠のお供をしてベストプレイスで昼食を食べた時の経験で、僕はそれを学んだ。
いつもなら、この風を肌で感じることができて心地よいのだが今はその風を窓でしか感じられない。
どうしてこうなったのか。
「なあ、ココの秘蔵写真見せてくれるのは嬉しいんだが、どうして僕はここでお前と昼食を食わなきゃいけないんだ? 師匠のところいきたいんだけど」
師匠、と言った瞬間、J組の男子が全員集まった十人ほどの集団の中心で会話を回していた速水の視線がこっちに向く。一色と話してるときは向いていなかったのに、師匠のほうで反応するとか分かりやすい。
僕が問うと、僕が教室の外にいこうとするのを阻んだ張本人はにこっと笑った。
「だってぇ、ここに言ったら今日はお昼一緒に食べてって」
「言うって、何を?」
「何をって、それは、どっかの誰かさんがクラスのリーダーに短距離走をやって、体力不足で倒れたことですよぉ」
「…………」
他の男子に見せるような究極的な作り笑顔だった。こういうのを、悪魔系女子というのだろう。速水以外の男子が、尚更、僕に羨望の眼差しを送ってくる。驚くほどでもないが、速水は一色のこれを見抜いているらしい。流石はイケメン様ってところですかね。
「言っちゃったのかよ……」
「ここに、何かあったら報告するように言われてますからねぇ」
「ココが直々にやってくれるなら最高なんだがなぁ」
現実的に無理であろうことは、簡単に予想できてるのでそれはジョークなわけだが。
でも、意外だった。一色、僕のことなんか一切見ていないと思ったからだ。ま、僕を見ていたことはむしろ、厄介な点だが。とはいえ、一色とうちの彼女がまだ、ものを頼んだり頼まれたりする関係にあることは、嬉しい。
つい、頬をほころばせると一色が怪訝そうな視線を向けてきた。
「日木くん、変わりましたよね」
顔はにっこりと、他の男子に向けているようなスマイルを浮かべながらも声はすっごい冷たい感じだ。いや、一色の場合、これは冷たいわけではなく真面目な話をしようとしているだけなのだ、と知っているのだが。
周囲の男子の視線は、速水が引き取ってくれたようで、男子は体育の話で盛り上がっていた。速水、別に僕のことが嫌いなわけじゃないんだな。
「変わった?」
「そうですよ。ここと付き合ってからも変わりましたけど、なんていうか、高校生になってから変わりましたね」
「どんな風に?」
思い当たる節がなさすぎて、僕は聞いた。
僕は変わった覚えはない。かつて、いじめられてきたときの頃の、あの人に流される弱い自分からすれば変わったとは思う。でも、それは小学校のときのことだ。中学の時、師匠のように孤独だった一年上の先輩を見てからは付き合ってからも、高校生になってからも、ずっと今の僕だと思う。
「なんていうか、ダメ人間になったっていうか、犬度が増したというか」
「あー……」
犬。その言葉はあまりにもしっくりときた。
うちの彼女にも言われたし、この前も誰かに言われた。
一匹狼、という言葉がある。しかしながら、僕は狼にはなりきれない。それほどの恐ろしさがないのだ。故に犬。一匹でいる犬なんて、飼い主を待っている忠犬でしかない。
つまりそうだ。僕はどうしても一匹狼にはなれない。孤高を気取っても、何かを期待しているようにしか見えないのだ。それは、きっと本当の孤高である師匠や、不服ではあるが雪ノ下先輩に触れ合うことによって強くなったんだと思う。
「ま、師匠に忠実な日々を過ごしてるから」
「へぇ」
興味なさそうな声で一色は言うが、その瞳にかすかな興味の色があるのに気付いた。別に僕自身は一色と親しいわけではないが、それでも経験則的に気付いてしまうらしい。
「なんか質問あるなら、一つくらい教えるけど?」
「いえいえ、師匠って誰かなって思っただけです」
「あっ!? それか! 教えてやろうじゃないか! ちょっと来い。お前に紹介してや」
「騒がないでください。っていうか休んどくように言ったじゃないですか。ここに怒られますよ」
「うっ」
勢いよく立ち上がって教室から出ようとする僕の頭がぱこんとはたかれた。え、なにこれ。見た目軽くやってる感じなのに割とパワー強いんだけど……この辺のことは、うちの彼女から学んだろうなぁ。うちの彼女、一色以上にあざとかった頃あったし。
「ココに怒られるのは嫌だな」
「はぁ……ほんとラブラブですよね」
「そりゃ、当然」
言って、脳裏に浮かぶのは世界一可愛いといっていいほどの美少女の顔だった。
櫻木 咲(さくらぎ さく)は僕と同学年だ。
今は近隣の海浜総合高校に通っている。ちなみに、海浜総合高校は単位制という未来感あふれるシステムらしいのだが、そこはどうでもいいか。
彼女と出会ったのは中一のとき。付き合うまでに一年以上かかったが、中二の夏から付き合い、受験を乗り越え、何だかんだで今年で交際二年目だ。結婚すると決意しているので交際期間はこれから更新される予定だ。
うちの彼女は家事全般が得意で、絵を描けて文章も書けて、声もすごく可愛く勉強も僕よりできるという僕からすると才能がある側の人間だ。けれど、彼女自身は脆く、思考は持たない者の思考が混じっている。
故に僕は彼女に追いつくため、才能を手にするために努力をした。それこそが、。僕が弱者だと自覚し、非才だと自覚した由縁なのだが……まあ、詳しい事はここで思い出すべきではない。
まあ、ようするにそれだけ可愛い彼女がいるのだ。それなのにラブラブにならない道理がないだろう。
「でも……今の方がいいです。ここと付き合う前の日木くんは、つまらなかったですから。利用のし甲斐があります♪」
「さいで」
ああ、一色、性格悪いなぁ……友達の彼氏を利用するとか言っちゃうあたり、もうヤバイでしょ。
とはいえ、一色に助けられたのも事実だ。
なんだか分からないが、一色と僕はつながりがあるらしいという風に思われているおかげで、僕は適度に男子に敵視されているのだから。……僕だからいいけど、他の男子なら迷惑極まりねぇな、一色。
「この前とか、助かりましたよ、マジで。中学校の時も多分、日木くんなんかやろうとしたでしょうけど、中学校の時はあんな風にやらなかったんじゃないですか? なんというか悪・即・断って感じでしたし」
「そりゃ、成長くらいする」
「身長は成長してませんけどね」
「お前っ」
人の目がなきゃ殴ってるところだった。マジで、身長のことに触れてはいけない。
……身長については考えないが、僕はふいに身長ではないことについて考えてみた。僕は成長したのだろうか、と。
納得する。僕は、確かに悪・即・断だった。それは、決して正義ではない。あれは、雪ノ下先輩がのような凝り固まった残酷な意見だ。正論、と言ってもいい。
正論と正義は違う。時に正義は、邪論であることもあるのだ。
自分の才能のなさを知って、師匠と出会って、僕はそういうことを学んだのだと思う。
由比ヶ浜先輩の依頼は大きい。
努力という正攻法ではなく、師匠は努力をしないという邪法を選んだのである。僕が一色の時にやったのも、それをまねしきれないなりに僕の技に昇華させたものだ。
「全部、師匠のおかげだろ。二年F組、比企谷 八幡師匠」
「へぇ」
今度は興味がありそうな返事をしてくる。やはり、一色は僕が師匠師匠、というから気になったのだろう。
二年F組、と聞いて顔色を変えたのはやはりスクールカーストトップに君臨する葉山先輩がいるからであろう。速水の師匠という方が僕としてはしっくりくる。
別に一色は葉山先輩が好きなわけではない。ただ、彼女の中ではトップカーストと付き合うというのが一種のステータスなのだろう。僕としては、愛とはそういうものではないと思うのだが、かといって一色の恋を定義するのも不遜だと思うので文句を言うつもりはない。
……が、彼女に頼まれていたのも事実だ。一色が、本当に好きじゃない相手と付き合おうとしないようにしてくれ、と。
「師匠はいいですよ。きっと、あなたもいつか救われます」
だが、それはきっと僕には難しいことだと知っているから。
故に僕は、師匠に頼る未来を見た。
「はあ……よく分からないですけど。そういう胡散臭いこと言うのは変わらないですよね」
「人間簡単に変わらないだろ。そもそも、僕は普通だし。変人ならまだしも」
「いや、日木くんが普通ってのはちょっと……」
ないないと言わんばかりに一色が手をひらひらとさせる。だが、僕はその態度を見て首を横に振ることで否定する。
自覚しているのだ。僕は変人ではない、と。いくら変人ぶっても、結局そこらの人間と同じなのだ。
「言っとくが、お前のが百倍変人だからな」
「え? どこがですか、ひっどいなぁ」
「そういうあざといとこだっつうの」
生憎と、僕はうちの彼女のあざとさに慣れてるせいで一色のそのあざとさに一ミリもときめかないのである。まあ偽って好かれようとすること自体、僕としては違和感あるけれど。
まあ、うちの彼女は天然であざとくなるんだがな。
結論。一色はうちの彼女に劣る。