やはり師匠の青春ラブコメはちょーかっこいい。   作:黒虱十航

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故にぼっち師弟は負けるはずがない。

 熱狂や混沌が、現実に展開されるとは思いもしなかった。だって、ここ、高校だぜ?

 今や、校庭の端に位置するこのテニスコートには人がひしめき合っていた。

 数えてみればたぶん二百名を優に超しているだろう。葉山先輩グループはもちろんのこと、どこから話を聞きつけたのかそれ以外の連中も多く押し寄せていた。……訂正。一色が色んなところに教えてるっぽいわ。

 その大半が葉山先輩の友人、およびファンである。二年生が主ではあるが、なかには一年生も交じっており、ちらほらと三年生の姿も見える。

 マジかよ。そこらの政治家より人望あるんじゃねぇの。

 そんな葉山先輩の側に入る奴らも少し面倒だ。

 何より、ボス猿が厄介である。

 なにせ、奴は我侭でこの場をセッティングし、さらに僕が想定していた最悪の状況に持ち込んだのだから。

 端的に言おう。テニス勝負は男女混合ダブルスになってしまった。

「八幡。これはまずいぞ。お前には女子の友達は皆無。見知らぬ女生徒にお願いしてみたところでボッチ野郎でジミオのお前に手を貸してくれる人などいないだろう。どうする?」

 生ゴミ先輩うるせー。しかも否定できねー。

 いや、実際、由比ヶ浜先輩は女子だし奉仕部だから参加するっていうのはあるんだ。師匠のこと、好きだしな。でも、僕としてはそれでは勝てないと思う。

 師匠はテニスが非常にお上手だ。それは僕も知っている。だが、相手は葉山先輩とあのボス猿。師匠お一人で勝てる相手でないのは自明の理だし、かといって由比ヶ浜先輩がどうにかできるとも思えない。由比ヶ浜先輩が葉山先輩のグループなら尚更だ。

 師匠が思わずため息をつくと、連鎖したのか由比ヶ浜先輩と戸塚先輩もため息をついた。

「…………」

「比企谷くん。ごめんね。ぼく、女の子だったらよかったんだけど……」

 ああ、戸塚先輩に謝らせてしまった。くっそ、何を躊躇っているんだ僕は。作戦は考えてある。

 僕の知りうる情報を精査し、こうなることは予想できていたのだ。だからそのために、今僕はここで隠れているのに。なのに、何故僕は踏み出せないっ!

 一色がいる。だから躊躇っているのは分かってる。絶対後でなんか言われる気がするし、黒歴史になる気もするし。――いや、そうじゃないだろ。そんなことで、躊躇ってたら支障の弟子になった意味ないだろ。

「それから……、お前も気にしなくていいからな。ちゃんと居場所があるんなら、それを守るべきだ」

 師匠が言うと、由比ヶ浜先輩は肩をびくっと震わせて、申し訳なさそうに唇を噛む。

 師匠は、そうして誇り高い表情でコートの中央へと一人で歩き出した。

 ああ、そうだ。師匠は己の正義のために戦うのだ。戸塚先輩のためだけじゃない。独りよがりな戦いでもあるのだ。

 それに師匠の弟子が参加しなくてどうする?

 それにさ、僕だって師匠と同じ考えなんだよ。

 一人でも生きられる。一人で、ぼっちでいることは可哀想じゃない。ぼっちだから人に劣ってるわけじゅないんだって。でもって、僕は一人でもやれるんだって。

 僕を蔑み、彼女がいること以外に取り得がないと言ってきた奴らにそう言ってやるためにも、僕は戦うべきだ。

 師匠の後を追って僕は駆けた。

「せんぱぁい♪ 私、やりますよ!」

 一人でこっそりと練習していた女声を全力で発揮した。群衆の注目を引き受け、僕は師匠に抱きつく。

「あ?」

「師匠、僕やります。多分、ばれません」

「あ、お前かよ。全然印象違うのな」

「はぁい♪ どうですか?」

 にこっと笑って、くるりと回って見せる。師匠はそんな僕を驚愕の色いっぱいの目で僕を見てきた。

「お、おう……すげぇな」

「ちょっと髪型と声を変えて、ジャージをそれっぽくしただけですよ♪ それより、せんぱぁい、やっていいですか?」

 師匠はにやけながら葉山先輩たちのほうに目を向けた。僕も釣られてそちらに視線を向ける。

 葉山先輩グループの女子、ボス猿を先頭に腕を組んでこちらを怪奇の目で見ていた。

「ヒキタニくん、その娘は?」

「ヒキタニじゃないですっ! せんぱいは、比企谷、です! 私は、せんぱいをすごぉく慕ってるんです! なのでぇ、せんぱいが困ってるので出ます。いいですよ、ね?」

 女声で話すの疲れるなぁ。だがまあ、葉山先輩はそれで納得してくれたのでよかった。ボス猿も早くテニスやれればいい、みたいな雰囲気だし。だが、なんとなく危機を回避できた気がした。

 今のボス猿の目、由比ヶ浜先輩が出てたら絶対もっと怖いのだった。公開処刑不可避なレベル。

「三浦せんぱいは、着替えを女テニの人にでも借りてきてくださいっ。その間に、三人でルールの確認でも、しましょ♪」

「そうだな。それでいいか、比企谷くん」

「そ、そうだな。って言っても、詳しいルールとか知らんからな。単純に打ち合って点を取り合う、でいいんじゃねぇか。バレーボースみたいな感じで」

「あ、それわかりやすくていいね」

「さすが、せんぱいですっ」

 もう分かりやすいくらいにあざとくいこうと思った。爽やかな葉山先輩の笑みに合わせて、師匠はニヤニヤとかっこいい笑顔で笑った。

 そうこうして、僕もテニスラケットを受け取っている間にボス猿が行って、戻ってきた。

 僕は、師匠のところに駆け寄り、一応僕の持っている情報を伝えた。

「せんぱぁい、あの三浦せんぱいってぇ、中学生のときに女テニで県選抜選ばれてるらしいですよぉ」

「お前、よく知ってるな……縦ロールは伊達じゃないということか」

「そうですねぇ、縦ロール恐るべきです」

 後ろから、「あれ、ゆるふわウェーブだけどね」と聞こえたが無視である。どっちでもいいっつーの。

 

   ×   ×   ×

 

 試合は火花散るような一進一退の攻防を見せた。

 始まった当初こそ、ギャラリーは熱い雄叫びや黄色い声援を送っていたが、息の詰まるような接線が続くと次第に目で追い、ポイントが決めるとため息をついたり、快哉をあげたりするようになった。その中でも、師匠は最もかっこよくプレイなさっている。

 長いラリーで極度緊張状態が続く。一球打つごとに精神を削り合うような試合運びだった。ぶっちゃけ、もう体力は底をつきかけている。

 その均衡を打ち破らんとボス猿がサーブを放つ。

 ヒュパッとラケットが鳴ったと思ったら、コートに弾丸の如くボールが突き刺さり、後方へと飛んでいく。

「チッ」

 舌打ちと共に僕は足に力を込めた。顔を顰め、一気にボールを追い、僕は両手でラケットを、体重をかけて振った。

 スピードが加算されたおかげで、コートギリギリのところでがしっと音を鳴らして球は転がっていった。とりあえず、点数は落とさなかった。が、ボス猿がハイレベルプレイヤーなのは分かった。

「お前、よくやれたな」

「まあ……でも、師匠。申し訳ないのですが僕は今、満身創痍の状態です。師匠のお力を借りることになります」

「あー、まあそうだな。じゃあ、しばらく、お前後衛な。さっきから何度も転んでるし、息荒いし」

「すみません」

 師匠も僕と同等に体力は削られているはずなのに、と思うと申し訳なくなるが勝つことを優先すべきだ。師匠と基本方針を確認して、僕は後衛に行く。

 それからは、僕は師匠のサポートに回った。

 やはり、師匠は非常にお上手だ。フォームが美しく、的確にボールを返していく。僕の乱れたフォームとは大違いだ、と思うとため息が出る。

 とはいえ、師匠の手だけでは回らないものもある。僕もサポートするのだが、やはりそれでも何点かは取られてしまう。そのたびに観客が、コートを揺らすように騒ぐので僕や師匠でなければやりにくいところだっただろう。

 そんな中、いつの間にか雪ノ下先輩が帰ってきていたが、しかし雪ノ下先輩は何も言わず僕と師匠のことをじっと見ていた。

 由比ヶ浜先輩も、生ゴミ先輩も、戸塚先輩もそうだ。

 誰も嗤うことはない。その環境が心地よかった。

 しかし、時計が残酷な事実を教えてきた。

 昼休みがもうすぐ終わる。だが、僕と師匠という普段運動しない二人の体力が切れ掛かっているのに対し、葉山先輩とボス猿は余裕で、故にだんだん点を取りにくくなっている。

 おそらく負けることはない。その自信はある。

 でも、勝てる自信は無い。このままでは、引き分けになってしまう気がするのだ。時間切れで引き分けになれば、この件はほんわかとなる。そうすれば、彼らももう絡んでくることはないと思う。

 けれど、それは僕が嫌だ。

 孤独の強さを証明したかった僕たちが、あいつらに引き分けるだなんて、そんなことは嫌だ。

 そんな中、僕にサーブが回ってくる。その時だった。

「二人とも、早く決着をつけなさい。あなたたちは勝つわ」

 雪ノ下先輩の音を掻き消すような声が僕たち二人の元に届く。

「いい? 私は虚言を吐かないのよ」

 風が止み、クリアに聞こえたその声に僕は微笑む。

 雪ノ下先輩のことは大嫌いだ。が、虚言を吐かないと決めているのなら、その決定を曲げることなんてしない。

 嘘をつきたくないのにつくのは、辛いからな。

 

   ×   ×   ×

 

 不自然なまでの静けさの中、トントンとボールを地面に打ち付ける音だけが聞こえる。

 その独特な緊張感の中で僕は自分の中へ中へと意識を埋没させる。次第に、師匠の思考を今だけ、完全にトレースできている気がした。師匠に被る、そんな感覚が心地いい。

 だから、できる。そう、容易く信じられた。

 だって、僕が負けるはずがないのだ。

 学校生活なんてろくでもない、悲しくてつらくて嫌なことばっかりの、嘘をつきたくもないのにつかないといけなくなかったものを彼女だけを支えに生きて時に彼女を支えてきた僕が、苦しくて惨めな青春時代なんてものを力強く一人で過ごしてきた師匠に弟子入りした僕が、大勢の人間に支えられて平気で嘘をついてきたような奴に負けるはずがない。

 昼休みの終わりまでもうすぐだ。

 最近ならテニスコートの正面にある保健室脇で飯を食い終わっているところだ。

 何度も、何度も師匠と共に過ごしてきたあの時間が頭をよぎる。

 ただ耳を澄ました。

 ボス猿の嘲弄する声も、ギャラリーの喧騒も聞こえない。

 ひゅうっ、と。

 その音が聞こえた。師匠が一年間以上、ずっと聞いていたであろうあの音。

 しかし、そうではない、と思いかぶりを振る。

 僕たちはぼっちだ。彼女がいようとなんだろうと、ぼっちだ。ならば、誰かの武器を借りるのは違う。これは師匠が聞いてきた音だ。受けてきた風だ。偉大なるぼっちである師匠だけの武器を、僕が用いるなんて不遜もいいところだ。

 ならばこそ、僕は僕だけの武器を用いる。

 僕だけの武器。あるとすれば、それは師匠が持ちえない情報を駆使して戦うことだけだ。

「そういえば三浦せんぱい、知ってますか? せんぱいがやってるのってぇ、嫉妬って僻みっていうんですよぉ」

「は? 何言ってるし。うざいんだけど」

 情報。そこからできるのは攻撃――否。口撃だ。

「えー、だって三浦せんぱいってぇ、中学校のときにぃ、県選抜で負けて、それでテニスやめたんですよねぇ? それなのにテニスやってる戸塚せんぱいを邪魔するとかぁ、まだテニスやれてることへの僻みじゃないんですかぁ?」

「ち、違う。あーしはただ、テニスをやりたいだけだし」

「だったら、放課後に集まってやればいいじゃないですかぁ。あ! それともぉ、上手にテニスやってる姿を見せてぇ、『三浦さん、やっぱりすっごぉい」とか思ってほしいんですかぁ?」

「は? あいつ、マジ意味分かんないし。早くサーブしろし」

 ボス猿に僅かな動揺が見られる。観客もざわざわする。僕への罵倒も飛ぶが、それでいい。罵倒は注目なのだから。

 僕は、サーブの準備をしてから口を開いた。

「せんぱい、安心していいですよぉ。せんぱいのだぁい好きな葉山せんぱいはぁ、せんぱいが崇められなくたってぇ、せんぱいのそばにいてくれますからね。あ、そうだそうだ。いつか、付き合えるといいですね♪」

 最後にとどめを刺すように言う。刹那、校庭の空気が完全に凍りついた。校庭の空気と同じように、ボス猿も凍りついていた。そんなボス猿の方にサーブを打つ。

 しかし、状況を理解した葉山先輩がそこに走り込んでいた。

 読みどおり。口の中でそう呟いて、女声を再度、口にする。

「サッカー部もうらやましいですよね。弱小のテニス部の戸塚先輩は、人に頼りたくないのにそれでも耐えてわざわざ奉仕部に頼って、お昼に練習してるのに、強いサッカー部は我が物顔で、テニス部と奉仕部の活動を邪魔するんですもんねぇ。前に好きだった雪ノ下先輩に意地悪って、お年頃ですねぇ」

 葉山先輩への直接攻撃とサッカー部を間に挟んだ間接攻撃。二種類の攻撃にさしもの葉山先輩も足を止めた。

 無慈悲に、とんとんと二度、球が跳ねる音が鳴った。二度の、トップカーストへの直接攻撃に凍りついた空気の中ではその音は恐ろしく大きく聞こえた。

「なぁんて、じょーだんですけど、ね♪ 三浦せんぱいが葉山せんぱいのこと好きなわけも、葉山せんぱいが雪ノ下せんぱいのこと好きだったわけも、ないですもんね♪」

 全体に、一応フォローを入れておく。

 あいつらは憎むべき相手だ。だからと言って、こういうことを言って、彼らが苦しむのもおかしな話なのだ。だから否定しておく。形だけは。

 葉山先輩も三浦先輩も、雪ノ下先輩も僕のことを睨んできた。由比ヶ浜先輩でさえ、僅かに怪訝そうな視線を向けている。

 誰もが僕を侮っていた。師匠以外は、誰もが。

 いつからぼっちは情報を得ることができないと決めた? むしろな、ぼっちだからこそ情報ってのは山ほど必要なんだよ。

 それに、忘れてもらっては困る。

 あの日、雪ノ下先輩の乗った車の運転手が僕の親だってことの意味をもっとよく考えた方がいい。

「そ、そうだよね。もう、冗談やめてよ、騙されちゃったじゃん」

「うんうん。キミ、面白いね!」

 由比ヶ浜先輩と眼鏡の少女が追撃でフォローしてくれたおかげでひとまず今さっきの発言はジョークとして捉えてもらえたようだ。 

 僕はボールを貰い、今度は師匠に渡した。

「お願いします」

「お、おう……。お前もえげつないよな」

「なんのことでしょう?」

「はぁ……まあ、いい。後は俺のステージだ。あいつらには絶対に分からない、俺たちの武器、見せてやるからよ」

「はいっ!」

 暗に見ていろ、と言われて僕は返事をする。

 共鳴するように、師匠の気持ちが分かった。

 いや、違う。僕も同じように思ったのだ。

 あいつらに分かるかよ。馬鹿みたいに暑い夏の最中も指先がちぎれそうなくらい寒い雪の日もたった一人で登下校するつらさが。あいつらがいっつもいっつも味わってる幸せをいつも味わうことはなく、本当にたまにしか僕は味わえないんだぜ。あいつらが暑いだの寒いだのありえないだの言い交わして騙し誤魔化し紛らわしてきたのを僕たちは一人で切り抜けたんだ。

 わかってたまるか。テストのたびに試験範囲を誰に確認するでもなく、黙々と勉強して、自分の出した結果に真正面から向き合う恐ろしさが。彼女と一緒に勉強してたって、それは変わらないんだ。確立された世界で言い訳することもできずに現実と真っ向から向き合う。現実から逃げるなんてしないんだぜ。

 どうだよ、この最強っぷり。

 師匠は、感情のままにサーブを打つ体勢に入った。

 身体を半身にし弓のように引き絞る。そして、ボールを高く放り投げた。ラケットのグリップを両手で握り締めて、首の後ろに寝かせた。

 ああ、美しい。あの孤高。それほどまでに美しい師匠の姿に息を漏らす。

 青い空、そして去りゆく春と迎えつつある初夏。そんなもの、全部ぶっ飛ばしてください、師匠っ!

「「っ! セーシュンのばかやろおぉ――――――っ!」」

 僕と師匠の咆哮が空を貫くように響いた。

 師匠は落下してくるボールをアッパースイングで思い切り打ちあげる。

 ラケットのもっとも固い部分、フレームにジャストミートした打球はガッと音を立てて、抜けるような青空に吸い込まれていく。

 ボールはまだまだ高度を上げていた。遥か彼方で米粒よりもなお小さいあの一点がおそらくはそれ。

 『空駆けし破壊神・隕鉄滅殺(メテオストライク)』と名付けられた師匠の孤独の象徴、最強の矛はボス猿を打ち破り、トップカーストのリア王さえも打ち倒し。

 そうして、師匠と僕は四点以上差をつけて、勝利を収めたのだった。

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