短いですが、二巻です。
お気に入りが百をこえました!
みなさま、ありがとうございます
日木宗八は狂わせる。
「あなた、そうですよね」
「…………」
ゴールデンウィークも過ぎて、じわりじわりと暑くなりはじめてくる今日このごろ、放課後は生徒のざわめきも絶好調になり、余計に暑い。
元来、クールで静かな僕は暑さにめっぽう弱い。あまりの暑さに、思考が曖昧になって冷静な判断ができなくなりそうだ。
人間の基礎体温は三十六度程度。気温にすれば夏日どころか真夏日である。しかも、人間の体内には多くの水分がある。いくら我慢強くともそんな高温多湿に耐えられるはずがない。人という種族自体、生きにくいのだと証明できた。
そんな人が近くにいるなんてやっていられない。犬なんかもそうだろう。暑いと無駄な毛を捨て、新しい毛に変える。だから僕も、不必要なうるささを切り捨て、少しでも人がいなくて涼しい、屋上にいる。
これは合理的な判断であり、むしろ、そうしないと凡人の僕は失敗してしまうのだ。
「どうして?」
穏やかそうな先輩は、表情を変える事なく訊いてくる。
否定はしないのか、と心の中で嘯きながら頭の中を整理する。
僕はある情報筋から、二年F組にチェーンメールが流れ始めていることを知った。その目的は不明だが、葉山先輩グループの悪口の書かれている内容だった。
曰く
『戸部は稲毛のカラーギャングの仲間でゲーセンで西高狩りをしていた』
そんな強そうな奴いなかっただろ、戸部って誰だよ。
『大和は三股かけている最低の屑野朗』
そんなモテそうな奴いなかっただろ、大和って誰だよ。
『大岡は練習試合で相手校のエースを潰すためにラフプレーをした』
ああ、そういう奴ばっかりだったじゃねぇか、大岡ってどれのことだよ。
とまあ、要約するとこんな感じの真偽が定かじゃないメールがいくつもあった。
そんな情報を得た僕は、おそらくこの件が依頼として奉仕部に持ち込まれることを予想した。
奉仕部には二年F組に所属していらっしゃる師匠と由比ヶ浜先輩がいるのだからチェーンメールの話が上がってもおかしくないし、由比ヶ浜先輩はトップカーストの葉山先輩と親しいらしい。というか、由比ヶ浜先輩も葉山先輩グループだそうだ。なので、葉山先輩のほうから依頼が来る可能性も十二分にある、と考えたのだ。
僕としては奉仕部にお客様がくるのはウェルカムだし、師匠のご活躍が見れると思うと最高なのだが、そのために僕は圧倒的な悪を放置しておくことなどできなかった。正義感なんて持ち合わせてはいないが、とある理由からチェーンメールやいじめと言った圧倒的悪は根絶やしにしたかったのだ。
なので、僕は持つだけの情報網を駆使して犯人を炙り出したのだ。
故に僕は犯人を、屋上に呼び出した。
屋上の南京錠は壊れていて、誰でも入れるようになっている。そのことは、先日師匠がお話なさっていた。僕にとり的確な情報を下さるとは、流石師匠である。
屋上に広がるのはオレンジ色に染まる空、そして、水平線。
今やこの屋上は僕専用の処刑場と化していた。
無論、ここは師匠のプライベートスペースなのでそんなものは勘違いだな。
学校にプライベートスペースを持てるってのもなかなかいいものだよ、○太郎。と言わんばかりに僕はにやりとニヒルな笑いを浮かべる。
「簡単ですよ。僕、色んなところに伝手がありましてね。まあ、その中には学校外の馬鹿みたいな天才もいるので、あなたがそうだっていう情報を簡単に得ることができました」
「……犯人では無いと言ったら?」
穏やかな顔の先輩の顔が、曇る。
やはり、と思った。
「そうでしょうね、と言います」
「は?」
「そうでしょうね、です。別に僕はあなたが犯人だ、とは言ってませんよ?」
嘘はつかない。嘘をつききれるほどの技術を僕は持ち合わせていないからだ。
空はあくまでも五月晴れていて、いつか天才たちのように羽ばたいていけるのだと、そう告げているようだった。往年の名画でいうなら、『ショーシャンクの空』的な。まぁ観たことないんだけど。名前的に往年の名画っぽくってちょいムカつく。
遠く霞み行く空を眺めるのと、遠くにいる天才を見据えるのはどこか似ている。
「あなたが
「そうなのか?」
「はい。大岡、とかいう人です」
「な、なら今すぐにでも」
「待ってください」
考えがあるから、と付け足して先輩を引き止める。
焦る気持ちは分かる。この先輩も陰湿なチェーンメールの被害者なのだ。犯人を殴ってやりたいと思うのは当然だし、早く名誉を回復したいとも思うはずだ。
大和 勇次(やまと ゆうじ)。
葉山先輩のグループであり、ラグビー部に所属している。だから運動はそれなりにできるし、運動部のカーストを身をもって体験しているが故にボス猿よりは利口だと僕は考えた。
「ただ、言いつけたって葉山先輩が適当にフォローして終わりますし、名誉回復も簡単ではないでしょう。なら、僕の話に乗りませんか? 大岡先輩を苦しめて、望むなら葉山先輩グループから排斥し、あなた方の名誉も回復できます」
「……は?」
顔が引き攣ったのが目で見てわかる。
「僕にはその作戦があります。あなたが協力してくれれば」
「……俺はダメージを受けないのか?」
「はい、もちろんです」
大和先輩が瞑目する。考えているのだろう。よかった。ボス猿ならすぐに追い払われてるだけだっただろうし。
「……わかった。乗ろう。その代わり、俺が加担していることは誰にも言うな」
「はい! 流石、先輩ですね。話が早くて助かります」
深く頭を下げるが、大和先輩の顔が柔らかくなることはない。
まぁ、これは悪魔との契約みたいなものだしそれでいい。生半可な信頼なんていらない。僕が才能がないのは重々承知で、作戦に穴があるかもしれないと常に思っているのだ。だから大和先輩には疑ってもらったほうがいい。
「では、一つ聞かせてください。どうしてチェーンメールが回り始めたのか、推測できますか?
「あ、ああ。できる。おそらく職場見学だ。三人一組でいくから、それで」
「なるほど。理解しました」
三人一組だと、葉山グループの男子では一人あぶれる。だから、チェーンメールに名前の出た三人の内、誰かを蹴落とそうとしたのだろう。その選択に不思議は無い。不思議なのは、彼らが三人グループにこだわるのか、である。
「あれって平塚先生がぼやいてましたけど、同じところに行ってもいいらしいじゃないですか。それなのに三人にこだわる意味ってあるんですか?」
「……そうだったのか。ああ、そうだな。確かに、そうだ。別々の場所に行くようには言われていない。思いつかなかったな」
「あー、やっぱり」
平塚先生の企みどおりになってるってことじゃねぇか。
平塚先生はあまり一箇所に色んなグループが集まると面倒だが、それを禁止すると苦情がくる。だから、同じ場所に行っていい、ともダメとも言わなかったらしい。その結果、もっと面倒なトラブルが起こっているが、その罪は後で償ってもらうとしよう。
「じゃあ、大和先輩はグループでいるときに愚痴ってください。チェーンメールの犯人に疑われた、、みたいなことを」
そうすることでおそらく犯人は苦しむ。犯人が身内にいることが気づかれていて、すぐにでも犯人が割り出されてしまうという恐怖に苛まれる。
「わかった。それだけでいいのか?」
「そうですねー、はい。あと、葉山先輩に後輩が言ってたって伝えてください。『せんぱぁい、この前はごめんなさい、テヘペロ』って」
「……あ! お前……」
「では、またいつか!」
言い捨てて僕は屋上を去った。
スマホを取り出し、先日入手したばかりの師匠のメールアドレスに宛てて『これから部活に行かせていただきます』とだけ書いたメールを送る。遅れた謝罪は、直接の方がよかろう。
五月になっても奉仕部の活動は続く。
僕はずっと師匠の弟子のままだ。
でも、こうして陰で動いていることは師匠には後ろめたくて言えない。自分は本当に卑怯な屑だな、と思った。
意見書
一年J組 日木 宗八
労働とは等しく、国民に与えられた義務であろ。これは、避けることなどできない。故に職場見学が存在する。
しかしながら、職場見学を行う二年生の中には大企業を希望しておきながら、遊び半分で行くような輩がいる。企業にとって、そんな輩は邪魔でしかないし、学校側としてもそのような輩の存在で評判が落ちるのは損失だ。
それならば、一年生の中から希望を取り、的確だと学校側が判断した人間を上記のような、遊び半分の輩と交代で職場体験に参加させるべきである。
また、職業には様々な種類がありどの職業が劣っているということはない。なので、主夫の職場見学も赦されるべきであり、自宅という選択肢も間違いではないはずだ。この点も許可すべきであると思う。