やはり師匠の青春ラブコメはちょーかっこいい。   作:黒虱十航

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☆★ほうしぶ★☆が誕生する。

 意見書を提出してから部活に行こうと思って、僕は職員室に向かう。

 こつんこつんという足音が、グラウンドの喧騒と交じる。合いも変わらず、世界は青春を演じ続けていた。

 放課後が始まり、色んな部活のウォーミングアップが終わって色んな部活が本格的な活動になる時間帯だ。うるさいこと子の上ない。特にサッカー部。葉山先輩や戸部先輩とやらに加え、速水や一色までいるサッカー部は、もはや僕の中ではリア充の象徴みたいになっている。

 つまり僕の敵だ。ま、だからどうということはない。

 

 職員室の一角には応接スペースが設けられている。革張りの黒いソファーにガラス天板のテーブルが置かれ、バーテーションで区切られている。そのすぐそばに窓があり、そこからは図書室が見渡せた。

 開け放たれた窓からは、うらららかな初夏の風が入ってきて、何枚かの紙が踊っていた。

 テーブルを挟んで座っていたのは、師匠と平塚先生であった。なんだろう。しっくり来る組み合わせすぎて逆に怖い。

「日木、どうしたのかね?」

「ああ、ちょっと出したいものがありまして」

「出したいもの? 課題は出していないはずだが……」

「まあ課題ではないですが」

「……? まあ、いい。ちょうどいいから君も調査票の開票を手伝いたまえ。今からやる予定だったから」

「え、はい」

 ナチュラルに手伝わされていることに若干の違和感を抱きつつも、師匠と一緒ならと思い了承した。

 持っていた意見書を平塚先生に渡しながら師匠の隣に座る。

「……っ」

「師匠? どうか、なさいましたか?」

「い、いやなんでもない」

 師匠の顔が赤い。熱でもあるのだろうか。体調をお崩しになられたのなら、看病をして差し上げなければならない。不安に思って身を乗り出すと、師匠は顔を背けた。

 なるほど。今は作業に集中しろ、ということか。

 師匠の指示に従って、僕はテーブルの上に置かれた多くの書類に目を落とす。それらの書類にはちょうど先ほど話に出た「職場見学」の文字が印刷されていた。

 この千葉市立総武高校には二年次に「職場見学」がある。

 各自の希望を募りそれをもとに見学する職業を決定し、実際にその職場に行く。社会に出るということを実感させるゆとり教育的なプログラムである。

 それ自体はどこの学校にもあることだ。特殊なのはその「職場見学」が中間試験の直後にあることである。つまり、調査票の開票をしている今日は中間試験近くであり、師匠は試験前の貴重な時間を使って仕事をしているのである。

 流石、お優しい方だ。一刻も早く仕事を終わらせて、師匠のお勉強の時間を作って差し上げなければ。

「日木。なんだこれは」

「意見書ですが」

 紙がくしゃっと丸々音がした。あー、せっかく書いたのに。そんな風にやるなんて酷いなぁ……。

「君が書いたのか?」

「ええ。そうですけど」

 もぞもぞと紙束を希望職種ごとに分けながら答えると、平塚先生は驚きを隠せないっと言った顔をした。

「君、真面目な文も書けるんだな。最後の文だけ余計だが」

「そりゃ、書けますよ。で? どうです? 検討していただけますか?」

「なにを?」

「一年生の職場見学参加です」

「は? なんだ、行きたい職場でもあるのか?」

 師匠は意外そうな口調で仰る。当然の反応だ。僕が語った夢は職場などない。出版社には行くわけであって、強いて職場があるとすれば自宅になるのだから。

 師匠が自宅を希望していることは先日知ったが、僕は別に自宅に見学したいとは思っていない。師匠のご自宅であれば興味はあるが、やはりこういう機会なのだから色んなものを見たいのだ。

 ……というのは建前で、この意見書は大岡とか言う人を苦しめるためのものなんだけど。

「特にないですが、ぜひ見聞を広げたいな、と」

「ほーん。真面目なのな」

「恐縮です」

 言っている間に、調査票の仕分けはもうほとんど終わった。流石師匠、手際がよい。僕もこういうところくらいは師匠に近づけるようにしなければ。

「これに関しては持ち帰って考えよう」

「ありがとうございます」

 持ち帰って検討ってなんか絶対意見が通らないパターンだよなぁ、絶対。

「にしても、なんでこんな時期にやるんですかねぇ……」

 師匠の問いに、空きデスクに座っていた平塚先生は加え煙草で答えた。

「こんな時期だからこそだよ。夏休み明けに、三年次のコース選択があるのは聞いているな?」

「そんなんありましたっけ」

「HRで伝えられているはずだが……」

「おお! 師匠の場合、アウェーだから聞いてらっしゃらないんですね。流石です」

「いや、まあそうなんだけどね、そんな目を輝かせなくていいからね」

 師匠にたしなめられるように言われた。

 師匠だけじゃない。僕だってあれはアウェーなのだ。

 あのHRを仕切る日直の制度とかな。日直は、HRとか授業ごとの号令をやらされるんだが、僕が号令かけるときだけやたらめったら静かになるのは本当に最高すぎる。どうせならブーイングとかもしてほしいまである。あ、今はそれもないからアウェーでもないのか。

「……とにかく、ただ単に漠然と試験を受けるのではなく、将来への意識を明確に持ってもらうために、夏休み前の中間試験直後に職場見学が設けられているんだ」

 その有効性は疑わしいものだがね、と付け足してから平塚先生はぷかぁと輪っか状の煙を吐き出した。

 千葉市立総武高校は進学校だ。生徒の大半が大学進学を希望し、また実際に進学する。当然、高校入学時から大学進学を念頭においている。今日日、大学進学を念頭に入れるのは基本かもしれないが、この学校ではそれがより顕著なのである。

 最初から四年間のモラトリアムを計算に入れているためか、将来への展望というのは定まっていない。ちゃんと将来のことを考えているのなんて、師匠くらいのものだろう。

 夢はあっても、将来の展望なんてものはない。将来のことを考えるのが嫌で、夢にしがみついているだけなのだと思う。それを考慮すれば、生ゴミ先輩のほうがまだ真面目に考えているように思えた。

 ……いや、違うな。生ゴミ先輩のが考えてないわ。僕のが考えてる。ほら、えっと……彼女との結婚とかな。

「あー! こんなとこにいた!」

 心の中で言い訳をしていると、騒がしい声が聞こえた。

 くるっとお団子状に纏められた明るめの髪が不機嫌そうに揺れている。相変わらず短めのスカートに二つ三つボタンが外されて涼しげな胸元。つい最近顔なじみになった由比ヶ浜先輩だ。僕には見向きもせず、師匠に駆け寄る。

「おや、由比ヶ浜。悪いが比企谷は借りているぞ」

「べ、別にあたしのじゃないです! ぜ、全然いいです!」

 言葉を返しつつ、由比ヶ浜先輩はぶんぶんと全力で手を振って否定する。超絶照れてるのとか見るとなんか和むなぁ。うちの彼女みたいだ。うちの彼女はもっと可愛く照れるけどな。

「なにか師匠に御用ですか?」

 僕の問いかけに答えたのは由比ヶ浜先輩ではなく、その後ろからひょいと現れた不機嫌な少女だった。前に出る動きに合わせて黒髪のツインテールがぴょこっと跳ねる。本来なら可愛いはずなのだが、既に雪ノ下先輩のことは知っているので、可愛いとは思えない。

「あなたたちがいつまで経っても部室に来ないから捜しに来たのよ、由比ヶ浜さんは」

「その、倒置法で自分は違うアピールいらねぇから、知ってるから」

「っていうか、むしろ部員が捜しに行ってるのに部長のあなたは一切捜さないってのもあれですよね。上に立つ者としての自覚というか。ま、遅れたのは僕が悪いんですけど」

「いちいち皮肉を言うしか脳がないのなら焼かれてしまったほうがいいのではないかしら。皮も肉もおいしくいただいてあげるわよ」

「…………」

「……何か?」

 雪ノ下先輩の発言に平塚先生、僕、由比ヶ浜先輩が驚く。師匠だけが、特に驚く様子もなく、しかし無言を貫いていた。

 代表するように平塚先生が、この驚愕の意味を教えた。

「君がそんなことを言うとは思わなくてな。なんというか、比企谷に似たか?」

「そ、そんなことはありません。私と彼では天と地ほどの差があるのですから似るはずがないかと」

「なんで俺、会話に入ってないのに罵倒されてんの?」

「いえいえ、師匠。天が師匠で、地が雪ノ下先輩だ、と自覚したんですよ」

「違うに決まっているでしょう?」

 実に不機嫌そうに僕と師匠を睨んできた。ふぅむ、見てくれは美少女のくせに、陶器さながらの冷たさを帯びている。

 僕たちの会話に入れないのが嫌だったのか、由比ヶ浜先輩が不満げにむんと仁王立ちになる。

「わざわざ聞いて歩いたんだからね。そしたら、みんな『比企谷? 誰?』って言うし。超大変だった」

「その追加情報いらねぇ……」

「師匠のお名前を知らぬとは……これだから愚民は」

 もういっそのこと師匠通信とか作って、全校生徒に師匠の素晴らしさを伝えたいところだ。いや、でも師匠のすばらしさは僕一人で独占を……くっ、悩む。

「超大変だったんだからね」

 言いながら、由比ヶ浜先輩はこちらの方をちらちら見てくる。なんだ、その目。もう一度言い直して僕の方を見てるんだから、意味があるはずだろ、言外の。

 というか、ちょい前から言われてたから意味は分かってるんだけどね。なんというか、気が乗らなかったというか、お膳立てってちょっとうざったいっていうか。

 が、まあいい。これも師匠のためだと思えば。

「あ、じゃあ皆さん! 奉仕部でライングループ作りませんか? そうすれば、仕事の連絡とかも楽ですし、欠席連絡とかもそうすればいいですし!」

 立ち上がり、手を挙げて提案する。由比ヶ浜先輩の顔がぱぁっと明るくなって、とりあえず安堵する。

「ライ……ン?」

「あれ、ゆきのんスマホ持ってない?」

「いえ、持ってはいるけれど。その、ラインというものが何なのかわからなくて」

 自分が知らなかったことが相当恥ずかしいのか、雪ノ下先輩は顔を真っ赤にして俯く。駄目だな、そこだ。そこが雪ノ下先輩の愚かさだ。

 無知を恥だと思うのは、強者の弱点だ。弱者ならば無知は当然故に恥じることなどなく、当然のように知ることができる。それを雪ノ下先輩はできない。そのプライドは、いつか彼女を苦しめる。

 人を頼らない、というのは悪いことではない。だが、頼らないことに固執するのは愚かだ。一人で頑張って、足掻いて、でもできないなら頼る。そうやって最終的に一人でこなせるようになるべきだと思うのだ。

 だから僕は、雪ノ下先輩に負けるはずはないな、と感じた。

 そうこうしている間に、由比ヶ浜先輩が雪ノ下先輩にラインについての説明をしてあげていた。……つまんねぇなぁ、教えちゃうのかよ。教えてとか頼ませればいいのに。

「なるほど……私は別に構わないけれど」

「ヒッキーは?」

「は? 俺、ラインなんて入れてないぞ。あんなの、リア充のツールだ」

 由比ヶ浜先輩の頬が再びぷくぅっと膨れる。師匠、流石すぎる。その清々しいまでのぼっち度、尊敬に値する!

「あ、でも師匠! ラインで今ってクーポンもらえたりとか色んな情報もらえたりとかするらしいですよ!」

「ほーん」

「おー、ハチ、ナイス! ヒッキー、ダウンロードして!」

「……別にいいけど」

 僕と由比ヶ浜先輩の二人に迫られて、流石の師匠も参ったのか了承してくださった。由比ヶ浜先輩が迫ったせいで胸元に目が行ったからとか、そういう下らない理由じゃないことを願ってる。

 師匠はテキトーにスマホを操作してから、由比ヶ浜先輩に渡した。

「よくわからんから、やっといてくれ」

「あ、あたしが打つんだ……、いいんだけどさ。ていうか、迷わずに人にスマホ渡せるのがすごいね……」

「そうか? 日木もそうだと思うが妹とアマゾンとマックからしかメール来ないからな」

 師匠と一緒にしてもらえて、僕はにやけそうになるが残念ながら一緒ではないと気づき少しだけ残念な気持ちになった。

 謝罪の意を示すために頭を下げて言う。

「師匠、すみません。僕、スマホは人に渡せないです……ラノベ関連とアマゾンからのメールはいいんですが、知り合いからのメールもちょっとアレですし彼女からのメールもあ」

「え!? ハチ、彼女いたの?」

 僕の誠心誠意の謝罪を邪魔したのは由比ヶ浜先輩の驚嘆の声である。その場にいた全員が由比ヶ浜先輩に怪訝そうな視線を向けるが、それ以上に痛いのは職員室の視線だ。ここは応接室だが、あまり声が大きければ漏れるのは必然。あとで平塚先生が痛い目に遭うことはたやすく予想できるが……まあしょうがないさ。

「そうか、言ってませんでしたね。そうですよ、僕、彼女います!」

「ああ、そうだぞ。そこの巾着も彼女が作ったそうだ」

 平塚先生が指差すのは僕が肩にかけていた巾着だ。ああ、運動するとき以外いつも持ってるから違和感なさ過ぎて忘れてた。

「ヒッキー、ハチに負けてるじゃん。女の子とメールしたこともないとか……ヒッキー可哀想」

「失礼な……。俺も中学のときは女子とメールくらいしてたぞ」

 哀れむような視線に師匠がそう応じると、由比ヶ浜先輩はスマホを落とした。師匠のスマホを落とすとは、不届き者である。僕は落ちる前になんとかキャッチした。

「嘘……」

「ねぇ、お前今酷いリアクションしてることに気づいてる? 気づいてないよね? 気づけ」

「……あー、や、ヒッキーが女子とっていうのが想像できなくて……」

 たははと誤魔化すように笑いながら、由比ヶ浜先輩は僕から師匠のスマホを受け取る。それにしてもあれだよな。師匠は女子とメールしてるだけでこんだけ驚いて、僕は彼女がいるってなってもあんなちょっとしか驚かれないのか。師匠のことが好きだからってのもあるんだろうけど、それにしても差が大きいなぁ。僕のぼっち力のなさが分かる。

 師匠はふっと自慢げに語りだした。

「ばっかお前。俺なんてほんとアレだぞ、ちょっとその気になればなんてことないぞ。クラス替えで皆がアドレス交換してるときに携帯取り出してきょろきょろしてたら『……あ、じゃ、じゃあ、こ、交換しよっか?』って声かけられる程度にはモテたっといってもいいな」

「じゃあ……、か。優しさはときどき残酷ね」

「師匠! 流石です! 痺れる伝説でした!」

 雪ノ下先輩が珍しく温かな微笑みを浮かべ、僕は身を乗り出して目を輝かせる。

「やめろ! そのあとはちゃんとメールしたんだから」

「……その子はどんな感じの子だったの?」

 由比ヶ浜先輩は気のないような感じで聞いてきた。多分、師匠の好みの女性とかを知ろうとしてるんだろうなぁ、でも無駄なんだよなぁ。師匠みたいなタイプは大抵、タイプが変わるのである。僕もそうだが、好きになった人がタイプなのだ。

「そうだな…。健康的で奥ゆかしい感じだったな。なんせ、夜七時にメールを送れば次の日の朝に返ってきて『ごめん、寝てたー。また学校でねー』とか返ってくるくらい健康的だったし、そのくせ教室では恥ずがしがって話しかけてこないほど慎ましくお淑やかだった」

「う、それって……」

 由比ヶ浜先輩が嗚咽を抑えるように口に手をやり、ぶわっと涙を流した。

 師匠のことだ。その言葉の先など言われるまでもなく気づいていらっしゃるのだろう。

「斬新なツンデレですね! ラノベに使います!」

 雪ノ下先輩のことだし真実を突きつけそうだからフォローする形で言った。実際、面白そうだし今度書いてみようとは思うが。

「比企谷……。私とも連絡できるようにするか? 私はちゃんと返すぞ?」

「あ、じゃあ先生もライン入りますか?」

「ああ、そうだな。頼む」

 という感じで、やり取りがどんどん進み、僕は二つのグループに加入するようになった。

 ☆ほうしぶ☆ぷらす先生♪

 となんかギャルゲーみたいになっているのが先生を含めた五人のラインで、

 ☆★ほうしぶ★☆

 というのが先生以外の四人のラインだ。まあ、先生がいると出来ない連絡もあるしね。

 師匠は、そのグループ名を見て少しうわっと言いたげな顔をしてからそっとスマホをしまった。

「さて、そろそろ行きましょうか」

 少し嬉しそうな雪ノ下先輩に従って僕たち四人は奉仕部に向かうこととなった。なんかもう、ドラクエみたいだなぁ。

 僕も行こうと思ったとき、ちょうどスマホが振動した。知り合いからラインが来ている。

『先日の件についての調査報告』

 とのラインの続いてテキストのデータが送付された。

 あまりの速さに驚き、流石だなぁと思いながら、僕は師匠の後に続いた。




何点か連絡を。

改めて、お気に入り100件、ありがとうございました。
で、皆様には申し訳ないのですが葉山の相談や川崎の件がある
二巻ですが、主人公の特性説明というか主人公の人物像などを
表現するために大幅カットを行います。
事件についてすっきりしてしまっていて、三巻のストーリーの
筋道が整わないためここで修正しようという狙いです。
なにかご質問があれば、感想やコメントをお願いします。
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