やはり師匠の青春ラブコメはちょーかっこいい。   作:黒虱十航

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やはり平塚静は慰められる。

 この千葉市立総武高校の校舎は少し歪な形をしている。

 上空から見下ろせば、ちょうど漢字の口、カタカナのロの形によく似ている。その下にちょろりとAV棟の部分を付け足してあげれば我が校の俯瞰図が完成する。それにしてもAV棟の中高校生を刺激する感は異常。絶対誰しも一回は同じボケをすること請け合い。

 っと、話が逸れた。

 道路側には教室棟、それと向かい合うように特別棟がある。特別胸と誤変換した暁にはどの胸が特別なのか、貧乳派、巨乳派で抗争が起きてしまうだろう。あ、巨乳も貧乳もいいとオモウヨ。って言っておかないと、貧乳贔屓だと思われかねない。個人的には普通くらいがいいと思うけどな。うちの彼――なんか寒気がしたのでやめとく。

 棟それぞれは二階の渡り廊下で結ばれており、これが四角形を形成する。

 校舎で四方を囲まれた空間は中庭。そこでは、よく男女混合グループ昼食をとったり、腹ごなしに運動をしたりしている。そういった様をきっと、人はリア充と呼ぶのだろう。

 舐めんな。

 僕は、あんなグループに入りたくなんてない。リア充、なんてくそみたいな種族にはならない。彼らの青春ドラマで役をもらうくらいなら、「木」の役でもやった方がマシだ。ってか植物は酸素作れるし、人より優秀だ。

 平塚先生が床をかつかつ言わせながら向かうのは特別棟らしい。

 ――すごくわくわくする。

 何故、奉仕活動なのかというのはよく分からない。マジな話をするなら、比企谷 八幡様は奉仕活動なんてしなさそうだし、そもそもとして奉仕活動というのが違和感がある。まあこれは僕の勝手な解釈かもしれないが、奉仕というとメイドさんがご主人様にご奉仕、というニュアンスの方がすぐ思い浮かんでしまうものだ。それくらいなら、ボランティアと言った方が、しっくりくる。……それはそうと、今度彼女にメイドさんやってもらうかな。なんか想像してぐっときた。

 おっと話が逸れた。

 ともかく、比企谷 八幡様と奉仕活動というのが一ミリも結びつかない。結びつくとしたらメイド喫茶くらいだろうが、千葉にメイド喫茶なんてもの、ないであろう。いや、なんでもかんでも取り入れちゃう千葉だしあるかも。

 それに特別棟に来ている。そう考えると余計に結びつかないものだ。まだ到着地まで遠いようなので、僕は暇つぶしに当ててみることにした。

「あ、先生。もしかして比企谷 八幡様は肉体労働でもしていらっしゃるんですか?」

「え? いや、違うな。ちなみにヘルニアだからやらせてないわけじゃないぞ。あいつ、ヘルニアじゃないし」

「へ? そりゃ、そうでしょうけど……」

 平塚先生はなにかを思い出したのだろう。とことん面倒臭そうな顔で僕を見た。っていうか、そもそもどうしてヘルニアなんて出てきたんだろう……すっごい気になるが今はクイズを続けることにした。

 ふむ。肉体労働じゃないということは、調べ物とかということだろうか。所謂単純作業。そう聞くと、なかなかどうして、比企谷 八幡様のイメージにしっくりくるものがある。

「なるほど。事務作業ですか。確かに、そういった地味な作業は孤高ってイメージがありますからね。黙々と事務作業をする比企谷 八幡先生……なんか、かっこいいです」

「本当に君はあいつが好きだなぁ!? まあ、あいつが事務作業をするのは、なんとなくしっくりくるかもしれないな」

 いや、そりゃ好きだよ……まあ、彼女(未来嫁)の次なんだけどね。どちらかって言うと、ライクとラブで明確な違いがあるので、好きって言うより、敬愛してると言ってほしいものだ。

 まあ、そんなことを言っても無駄なのは分かっているので口を噤む。どっちにせよ、比企谷 八幡様に会えるのだ。頑張って弟子入りを頼まなければ。

「ここだ」

 先生が立ち止まったのは、普通の教室。

 プレートには教室名などが書かれた様子はない。空き教室、というやつだろう。少なくとも中学校の時は、そんな教室なかったのだが、高校ともなるとあるのだろうか。

 その部屋が不思議な存在なのか普通のものなのかさえ分からず、ぼんやりと眺めていると先生はからからっと男前に戸を開けた。……そういうところっすよ、先生。

 その教室の隅っこには机と椅子が雑に積み上げられている。倉庫として使われているのかもしれない。僅かに埃っぽいのは、使用頻度が高くない証拠なのだろう。だが、私気になります! な点はそこくらいで、後は普通の教室だった。むしろ、埃っぽさで言えば、掃除を雑にやってるうちの教室もあんまり変わらない。

 しかし、そこがあまりにも異常に感じられたのは。そこに一人の少年がいたからだ。断言してもいい。

 その人は、斜陽から少し離れたところで本を読んでいた。

 彼が世界の中心である、そう錯覚させるほどに、この光景はラノベのイラストじみていた。頬杖をついているのが余計にクールさとエロさを引き出している。

 それを見て、僕は身体も心も停止してしまった。

 ――完っ全に見惚れたのだ。

 彼は来訪者に気付いたようだったが、わずかに怪訝そうな視線を向けてきた他はリアクションをすることもなく、文庫本に視線を戻した。……って戻すのかよ、クールすぎるぜ、比企谷 八幡様。

「平塚先生。ノックを」

 どこからか声が女性の声が聞こえて、ようやく僕はその部屋にいる少女の存在に気付く。容姿端麗と言って差し障りのない外見、艶やかな黒い髪。うちの彼女の方が百倍可愛いがその人もそれなりに可愛い部類ではある。

「ああ、悪い悪い」

 平塚先生が形式だけテキトーに謝ると、少女は僕の方を見てきた。

「先生、そこの小さい人は?」

 ちろりと少女の馬鹿にしたような瞳が僕を捉えた。

「小さくないですっ!」

 途端、僕は反応して平塚先生の後ろから抜け出して教室に入る。

 後ろから覗き込むよりも、比企谷 八幡様の顔がよく見えた……ああ、もちろん少女の顔もね。そのせいかおかげか、少女の名前が僕の頭をよぎった。

 二年J組、雪ノ下 雪乃先輩。

 名前を知っているだけではなく数度会話したことがあるのは、雪ノ下先輩がJ組だからだ。それに、僕、別にコミュニケーション苦手なわけじゃないし。

 総武高校には普通科9クラスのほかに国際教養科というのが1クラスある。このクラスは普通科よりも2~3、偏差値が高く、帰国子女や留学志望が多い。因みに、僕はそのどちらでもなく、普通に暗記が得意なのでなし崩し的に英語も得意で、どうせだからそっち偏差値高い方に行って彼女に自慢してやろう、と思っただけだったりする。

 J組は女子が多い故に派手なのだが、その中でも特に美しいと評判で、目立っているのが雪ノ下先輩だ。

 彼女は噂によると定期テストでも実力テストでも常に学年1位に鎮座している成績優秀者らしい。

 要するに、学校一と言ってもいいくらいの美少女で、誰もが知る有名人なわけだ。それなのに僕が雪ノ下先輩と話したことがあるのは何故か。

 答えを言っちゃうと前に廊下ですれ違った時に「どうして小学生がここにいるの?」って言われただけなんだけど……なにが〝だけ〟だよ! 僕には死活問題だっ!

「僕は一年J組、日木 宗八です! しっかりした高校生ですから!」

 僕のさきの発言に、雪ノ下先輩は不思議そうな視線を向けてきたので僕ははきはきと自己紹介をする。高校生って言わなきゃいけないの、すっごい悲しいなぁ……

「彼は……ちょっと変わり者というかおかしな奴だ」

「入部希望者、なんですか?」

 平塚先生は悩ましげな表情でこちらを見てきた。え? なに、その顔。っていうかそもそも入部ってなんぞ? 色々分からないことがありすぎて、ちょっと状況が掴めない。なんか、ほとんど初対面な雪ノ下先輩とずっと憧れ続けた比企谷 八幡先生がいることによる緊張で、頭も回らないし……実は僕、シャイだからなぁ。

「ま、まあ入部希望者みたいなものだ。日木、この部に入れば毎日比企谷と話すことが出来るぞ。比企谷は私が連行するからな」

「連行とか、んな物騒なこ」

「マジですか!?」

「ああ」

 何か今、すごく芯の通ったカッコイイ声が聞こえた気がするが、僕はあまりの興奮でかき消してしまった。くそ、自分が憎い。

 そんな僕の葛藤を知ってか知らずか平塚先生は話を進めていった。

「詳しい話は本人に聞くといいが、こいつはいたって普通の高校生だ。別に、無個性でもないし普通を目指してるとか、そういうわけでもない。ただ、一点のみこいつは異常なだけだ」

 普通とか言われるとやっぱりイラっとくるんだよなぁ。しかも、全部的を射てるし。

 いや、でも一点のみ異常なところってなんだろ。比企谷 八幡様への敬愛は普通だし、思いつかない。

「正直、更生の必要はないんだがな。まあこいつは私に優しいからな。特別に連れてきてやることにした。本人の意思によっては、入れてやってくれ」

 先生が頭をぽりぽり書きながら言うと、彼女はワケがわからないと言いたげな顔で口を開いた。

「はあ……意味が分からないのですが。要するに先生はおだてられて、気をよくなさったので彼をここに連れてきた、と?」

「マジかよ……先生。俺だって先生をよいしょしてるじゃないですか。どうして俺には優しくしてくれないんですか」

 比企谷 八幡様らしい発言だ、と思った。不服そうなその声色は、実にクールでずっと聞いていたいと思うものだった。

「私がよいしょされたと思っているからだろうな」

 平塚先生は言うと、胸を張った。いやいや、既に張ってますから、その胸。そう思ったのは僕だけじゃなかったらしく、比企谷 八幡様は平塚先生の方を努めて見ないようにしていた。

「「違うんですか?」」

「違う!? そうだよな、日木!」

 雪ノ下先輩と比企谷 八幡様がハモる様に僅かな嫉妬を感じている自分がいた。いいなぁ、僕もハモりたい。まあ、いざとなったら絶対緊張して噛むけど。

 平塚先生が切実な視線を向けてきたので、僕は正直に答えることにした。なんかここで「え? よいしょしましたよ?」とか言ったら可哀想だしな。

「まあ、おだててはませんよ! 実際問題、平塚先生お若いですし。タバコを堂々と吸うのさえやめれば、すぐにでも結婚できそうじゃないですか?」

 刹那、平塚先生は膝から崩れ落ちた。なんか、しくしくと泣く声が聞こえる。おいおい、あんた生徒指導だろ。生徒の前で泣くなよ。しかし、雪ノ下先輩や比企谷 八幡様を見るが、別段気まずそうな顔も驚いた顔もしていない。見慣れた光景なのだろう。比企谷 八幡様に至っては敬礼までしている。

「大丈夫ですよ先生。いつか、そんな先生を好きになってくれる人が……くくっ」

「おい、慰めるなら最後まで慰めろ。……もういい。私は帰る」

 比企谷 八幡様はあまりにも無駄のない所作で平塚先生を畳み掛けた。流石だ。慰めると思わせて、噴出すとは。

 すごいとは思うしぜひぜひ真似したいが、流石に平塚先生を不憫に思えてくる。

「大丈夫ですよ、タバコなんてつまらないことで消えちゃう愛なんて、愛とは呼びませんから。そのままの先生を愛してくれる運命の赤い糸はきっと誰かに繋がっています」

 前にラノベ作家を目指していた頃の名残で、なんか胡散臭い台詞になってしまった。がとりあえず平塚先生には聞こえていたらしく、閉められた扉の向こうで、静かに感謝の言葉を述べられた。

 誰かもらってあげてほしい。僕はもらえないからな。僕にはもう、嫁がいる。

 って、そんな場合じゃなかった。さてはて、平塚先生がいなくなってしまい、僕はぽつんと取り残された。

 雪ノ下先輩は正直どうでもいいが、比企谷 八幡先生と同じ空気を吸えているかと思うとなんだか緊張してくる。なんというか、憧れのスポーツ選手に会う、みたいな感じだ。

 チクタクと時計の秒針がやけに速く、小さく聞こえる。

 おいおい、どうする僕。比企谷 八幡様に話しかけるのはちょっと緊張しすぎて無理だし雪ノ下先輩は僕のことチビって言うしなぁ。

 別にシチュエーションに文句があるわけじゃない。むしろ憧れの人との突然の接近。喜ばしい出来事だ。

 が、しつこいようだが僕は無茶苦茶シャイなのだ。彼女曰く「犬っぽい。慣れたら普通より懐いてくるけど、慣れてないとすっごい怯えてくる」らしい。否定はできない。

 あ、じゃあここは犬らしく威嚇してみるか。

「くぅぅぅぅぅ」

「ひっ……犬?」

 お、なんか雪ノ下先輩のことは威嚇できた。かなり怯えられてる。流石、僕。一方、比企谷 八幡様はどこか遠くを見つめていた。その表情は、明らかに過去を思い出している目だった。

 その、ちょっとワケありな感じもかっこいい。ため息が出るほどだ。

「別に犬じゃねぇよ。そいつが、出してるだけだ」

「ああ、そう……当然じゃない。犬なんているわけないでしょう?」

 比企谷 八幡様が教えてあげたというのに酷い言い方をするものだ、雪ノ下先輩は。ちょっと腹が立ったが、比企谷 八幡様もそんなに嫌そうな顔をしていなかったので、いつもの流れなのだろう。それはそれで失礼だと思うが、聞き流すことにした。

「っていうか、なに? 犬嫌いなの?」

「何を言っているのかしら。私が犬を嫌いだという根拠でもあるの? まったく根拠もないのに私が犬が嫌いだと断定するだなんて流石は普通未満と言ったところかしらね。か、仮に私が犬が嫌いだと言いたいならその根」

「くぅぅぅぅ」

「ひっ」

 比企谷 八幡様がこちらに目配せしてきたので僕は犬のようにうなり声を上げる。比企谷 八幡様に頼られたことに感動を覚えながら、僕は雪ノ下先輩に「ざまあみろ」と呟いた。

「やっぱりおま」

「日木君。そんなところで唸り声を上げていないで座ったら?」

 比企谷 八幡様の言葉を無視して雪ノ下先輩は俺を見た。多分、睨みつけているのだろう。その目には明らかな敵視が見える。

 でも、残念なことにその程度では僕はびびらない。椅子を教室の隅から取って、僕は比企谷 八幡様と雪ノ下先輩の間に座った。どちらか、というと比企谷 八幡様の方に近い位置だ。

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