その少女について僕が不審に思ったのはたまたま、二年生の教室の前を通ったときだ。
……別に師匠を盗み見ていたわけじゃないぞ? ほんとだぞ?
まあ、いい。
そういうわけで、僕は少女についての情報を得ることにした。
僕には知人がいる。彼は顔が広く、僕でさえ想像できないくらいの情報ネットワークを持っている。しかも追跡の達人だ。それはもはや、ストーカーの域。
敵に回すと非常に厄介な奴だが、僕は最近、彼に助けられている。
チェーンメールの犯人についての情報をくれたのも彼だ。彼はどうやらうちの学校の奴にも知り合いがいるらしく、そこから詳細な情報を得ることで、犯人が誰なのか突き止めて見せた。
そして、今回。
僕はその気にかかった少女の写真を彼に送った。青みがかった髪が手作りらしきシュシュによってポニーテールにされて、鋭い目で窓の外を見ている写真だ。美人かどうか、と言えば美人だ。だから、わかりやすかったということもあったのだろう。調査から一週間ほど経った今日、僕の元に調査結果が届いたのである。
「どうかしたの?」
ふと由比ヶ浜先輩に雪ノ下先輩が声をかけた。視線は変わらず文庫本へと向けられているのに、由比ヶ浜先輩の様子がおかしいと判断したらしい。それともため息か何かが聞こえたのだろうか。さすがはデビルマン、デビルイヤーである。
「あ、うん……何でもない、んだけど。ちょっと変なメールが来たから、うわって思っただけ」
「比企谷くん、裁判沙汰になりたくなかったら今後そういう卑猥なメールを送るのはやめなさい」
内容がセクハラ前提で、しかも師匠は犯人扱いされていた。
「俺じゃねぇよ……。証拠はどこにあんだよ。証拠出せ証拠」
師匠が言うと雪ノ下先輩は勝ち誇った顔で肩にかかった髪をさらっと搔き上げた。
「その言葉が証拠といってもいいわね。犯人の台詞なんて決まっているのよ。『証拠はどこにあるんだ』『大した推理だ、君は小説家にでもなったほうがいいんじゃないか』『殺人鬼と同じ部屋になんていられるか』
「最後、むしろ被害者の台詞だろ……」
死亡フラグもいいところだ、と師匠は付け足す。雪ノ下先輩は「そうだったからしら」と首を捻ってぱらぱらぱらと文庫本をめくる。どうやら推理小説を読んでいたようだ。
「いやー。ヒッキーは犯人じゃないと思うよ?」
由比ヶ浜先輩が遅まきながらそう言うと、文庫本をめくっていた雪ノ下先輩の手がぴたりと止まった。目だけで、「証拠は?」と問うている。
「あれじゃないですか? チェーンメール的な。だったら、師匠がやる必要ないかと。クラスに師匠がご興味をもたれるとも思いませんし」
「そー! ハチ、よくわかったじゃん」
「ほーん」
「なるほど。まあ、そうね。比企谷くんがチェーンメールを送ろうにも由比ヶ浜さんで止まってしまうものね」
「あ、それとあれ! ラインじゃないから、ヒッキーには送れないはず」
「なんだ、ラインじゃないのか」
師匠は「無駄な会話をした」と言いたげな顔をして読書に戻る。ま、師匠はチェーンメールにもご興味を持たないのだろう。
おそらくだが、由比ヶ浜先輩の元に届いたのは僕が先ほど、大和先輩と話したチェーンメールのことだ。ラインとは違い、メールアドレスさえ知っていればとりあえず送れてしまうので、犯人はラインがクラスの公用語となった今、メールを用いたのであろう。だからわかっただけなのだが……雪ノ下先輩はどこか怪訝そうな視線を向けてくる。
「ま、大丈夫ですよ。チェーンメールなんて、すぐやみます」
「あら、そうかしら? ああいうものは、とめどなく続くものだと思うわよ。仮に誰かが注意しても変わらない。表面上はやんでも、裏では続いて広がるだけだわ」
強者にしてはド正論ではない、ごもっともな意見であるように感じる。……なんだろ。やっぱり雪ノ下先輩らしくない。少なくとも、初めに見た彼女の人物像とは違う。
「……まぁ、こういうのときどきあるし、あんまり気にしないことにする」
そう言って由比ヶ浜先輩は携帯をぱたんと閉じた。その様はまるで自分の心に蓋をするかのような、そんな重々しさがあった。
その所作に僕は胸を痛めた。
もっといい手を考えて、彼女の元に届く前に鎮圧できればよかった。そうすれば、由比ヶ浜先輩はあんな苦しそうにしてくて済んだのに。
だが、今回の手は僕としては最善手だ。犯人を苦しめ、犯人が名乗り出て謝罪をしなければチェーンメールというのは解決しない。犯人がやめただけでは遅く、当事者達の名誉挽回もしてこそ完全なのだ。
あれほどぼろくそに書かれていたのだ。由比ヶ浜先輩は、直情径行型のお馬鹿さんであり、どんな人にも気をかけてしまうお人好しなので、ダメージはでかいはずだ。
それを無理矢理振り払うように由比ヶ浜先輩は椅子を後ろに仰け反らせながら大きく伸びをした。
「……暇」
暇つぶしアイテムであるスマホが封じられたことで、由比ヶ浜先輩はだらーっとだらしなく椅子の背もたれに寄りかかる。そうしているとやたらに胸が強調されて目のやり場に困るので、僕はパソコンに視線を戻した。
雪ノ下先輩は文庫本を閉じてから、由比ヶ浜先輩に諭すように言う。
「することがないのなら勉強でもしていたら? 中間試験まであまり時間のないことだし」
そう言うものの、雪ノ下先輩には全然逼迫した様子がない。超他人事っぽい口ぶりだ。だが、残念なことにその気持ちは僕も分かってしまう。中間試験なんていうのはルーティンワークだ。暗記するものを暗記して、計算は捨て、試験を待つだけの期間だ。暗記教科以外は丸腰で試験に挑むので成績は雪ノ下先輩ほどではないだろうが、だからといってこれ以上頑張るつもりもないのである。
パソコンの、調査結果のファイルを師匠に見えないように開いて話を聞き流しながらチェックする。
調査対象者の氏名
川崎沙希
家族構成
父、母、その他多数の弟妹あり。直近の弟は中学三年生で現在、予備校に通っている。
素行
あまりよいとはいえない。先日、深夜にホテル・ロイヤルオークラの最上階にある『エンジェルラダー・天使の階』というバーに訪れたところ対象者を発見。店員側として、接客をしていた。周囲の店員が注意する素振りも見られなかったので、年齢詐称だと思われる。
早朝になり、帰宅。後日、追跡を実施。
追跡中、対象者は予備校に目を向ける。夏期講習の資料をもらっていたため、夏期講習のための資金稼ぎであると考えられる。或いは、大学進学用の貯金の可能性もあり。
結論
対象者、川崎沙希は夏期講習の資金稼ぎのために年齢詐称を行って深夜にバイトをしていると思われる。
掻い摘むとそんな感じの報告書だ。写真がふんだんに交じっていた報告書は、実にわかりやすく、流石天才は違うなぁ、と思う。というかチートすぎてやばい。
とはいえそのチートの恩恵を僕は受けているので文句も言えない。僕の武器である情報の根源は彼と、それから雪ノ下姉さまなのだ。彼を失うのは惜しい。
「ゆきのんは頭いいからいいけどさ……。あたし、勉強に向いてないし……周り、誰もやってないし……」
読み終わって一息ついていると、由比ヶ浜先輩のそんな言葉と共にぐぅっと室温が下がるのを感じた。雪ノ下先輩の目が急に鋭くなり、由比ヶ浜先輩ははっとなって口を噤んだ。うっわ気まずい……。
「や、ちゃ、ちゃんとやるけど! ……そ、そういえば! ヒッキ-とハチは勉強してるの!?」
おお、雪ノ下先輩に怒られる前に躱した。師匠と僕に矛先を向けようとしたのだろう。普段なら僕は雪ノ下先輩と対立するところだが、今回に関しては同じなのである意味では良策だ。
「俺は勉強してる」
「裏切られたっ! ヒッキーはバカ仲間だと思ってたのに!」
「失礼なこと言わないでください!? 師匠は文系コース国語学年三位なんですよ! 次は一位を取りますし」
「うっそ……、全然知らなかった……」
由比ヶ浜先輩が知らないのも頷ける。この学校、テスト結果を張り出したりしないのだ。本人にひっそりと点数と順位が返ってくるだけである。あ、じゃあどうして師匠の順位を僕が知っているか、というと……これは雪ノ下姉さまのお力である。なんか、先生から探ったらしい。詳しい事は知らないけど。
「ヒッキー頭いいんだ……ハチも?」
「あ、いえ。僕、成績は普通ですよ。勉強もしてないですし」
「おお! ハチ、仲間じゃん。バカ仲間!」
なにそれ、頭悪そうな仲間……ま、自分と同類を探してしまう気持ちは分からないでもない。この部活イレギュラーだから、リア充の由比ヶ浜先輩は心細いのだろう。なんかさっき、勉強、周りやらないとか言ってたし。
「由比ヶ浜先輩、つまりこういうことですよ」
「へ?」
イエーイとハイタッチを求めてくる由比ヶ浜先輩に言うと、可愛らしげに首を傾げた。だがしかーし、うちの彼女の方が首を傾げる仕草は可愛いんだぜ!
「先輩、さっき周りは勉強やってないって言ったじゃないですか。だから教えて差し上げましょう。大抵の奴は僕みたいにやってます」
「……ほ?」
「なるほど。つまり、日木くんは周りが『勉強をやっていない』と言っていても、実際はやってるから勉強を頑張れ、と言いたいわけね」
「掻い摘むとそうですね。腐ってもここって進学校ですし。中には夏期講習とか行く人もいるんじゃないですか?」
ちょうどさっき見かけたワードが上手くはまる気がしたので付け加えておく。
実際、中学の時もそうだった。やってないやってない、と言って勉強をやってる奴はたくさんいたし、僕より成績悪いと思ってた奴が実は成績いいなんてことザラにあったのだ。自分だけ取り残されてる、と気づいたとき感じるのは孤独感だけ。
「高校生くらいになると知恵もつくしな。スカラシップとか狙う奴もいるだろ」
「スカラシップ?」
「……すくらっぷ?」
補足するように言ってくださった師匠に僕と由比ヶ浜先輩は聞きなおす。んだが、由比ヶ浜先輩、おかしいだろ。
「由比ヶ浜さん、スクラップは比企谷くんと日木くんだけよ。他の人は狙わないわ」
「なんだ雪ノ下、今日は優しいな。てっきり生きることすら否定されると思ってたぞ」
「師匠、同意です!!」
「卑屈さもそこまでいくといっそ清々しいわね……」
雪ノ下先輩はこめかいみのあたりを押さえて、苦い表情をする。
「師匠、お恥ずかしながらスカラシップについて存じ上げないので、教えていただけますか?」
「あ? 別にいいけど。最近の予備校は成績がいい生徒の学費を免除してるんだ」
「なるほど。実に興味深いお話でした。ありがとうございます」
師匠に深々と頭を下げてから、ふむふむと頷く。
スカラシップか。これはいい情報を得た。スマホで彼に追加の依頼をしていると、その間に師匠は崇高な計画をお話なさっていた。
お三方の会話を聞きながら、僕は思考を張り巡らせる。
奉仕部として動けば師匠のご活躍を見ることができる。それは僕が最も望む選択だ。
けれど、そのためにしたくもない不正を抱えている人をそのままにしておくことは僕の中での〝正しい行動〟から大きく外れる行為だ。
したい、よりも自分の中での正しさを優先すると決めたのだから今回もそうするべきだろう。それでダメだったら師匠のお力を借りればいい。
ため息をついている間に雪ノ下先輩と由比ヶ浜先輩は勉強会の約束を取り付けていた。
解説を入れておきたいと思います。文章力がなく、わかりにくい部分もあるかもしれないので。
奉仕部の位置関係
出入口
机机机机机机机
雪 結 日 比
このような感じになっておりますので、今後読むときの参考になれば。