やはり師匠の青春ラブコメはちょーかっこいい。   作:黒虱十航

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葉山隼人がやってくる。

 奉仕部の部室。

 もう部活は終わり、お三方も帰宅なさったというのに僕は椅子に座り、気まずい思いをしていた。

 どうしてこうなったのか僕は回想する。

 

 その日も、僕は奉仕部で部活をしていた。

 いつも通り茶を淹れ、パソコンをかちゃかちゃとやっていた。さすがにテストが迫ってきていることもあり、師匠も少しずつ勉強をなさっているが雪ノ下先輩は変わることなく読書を続けていた。

 生ゴミ先輩がやってきて、出版社の伝手がなんたらかんたらと言ったときにはさすがに僕もぶち切れ、奉仕部から追い出したがそれ以外は普通だった。

 いや、だって出版社に行ったくらいで伝手とか、ラノベ作家になれるとか舐めてるでしょ。舐めすぎててさすがに虫唾が全力疾走する。

「そかー、職場見学かぁ……」

 生ゴミ先輩を追い払うと、由比ヶ浜先輩が感慨深げにその言葉を口にした。そして横目で師匠をちらちらと見てはすぐにそっぽを向く。

「……ね、ヒッキーってどこ行くの?」

「自宅」

「や、その線はもうないから」

「いや、由比ヶ浜先輩。僕の意見書が通って、自宅アリになったんですよ。ただ行くのは教師陣の誰かのお宅ってことらしいので、()宅ではないですけど」

「うっそ、マジ?」

 由比ヶ浜先輩は驚愕するが、僕だって驚いた。さすがにあんだけ屁理屈こねても、実際に認められるとは思っていなかったのだ。これは、師匠も同じだったらしく、この知らせを平塚先生から聞いたときは師匠と共に「この学校大丈夫かよ」とぼやいたものだ。

「まさか、意見書の意見が両方とも通るとは思ってませんでした」

「ええ、本当よ。悪夢でも見ているのかしら」

 雪ノ下先輩がこめかみを押さえていることからもわかるように僕の要求は意外なことに全て通った。

 無論、一年生の職場見学は今回、僕が試験的にやって、という形になった。……というのは建前で実際は「これ以上騒がないでくれ。お前だけはいかせてやるから」という感じである。

「なので、あれですね。師匠のグループは僕と戸塚先輩という感じです!」

「そうなんだ……」

 師匠と一緒になれなかったことが残念だったのだろう。由比ヶ浜先輩はしゅんとした。いや、あなたボス猿と眼鏡女子と組むことになるだろ、絶対。

「由比ヶ浜さんはどこへ行くか決めているの?」

「うん。一番近いところへ行く」

「あなたみたいな人がいるから日木くんの意見が通ってしまうのね」

「それには同意です」

 最近、雪ノ下先輩との対立も減っている気がするなぁと思いながら、僕は由比ヶ浜先輩に侮蔑の視線を向けた。

「うぅー、ゆきのんもハチも酷いよ!」

「いや、事実ですから」

「そ、そうだけど!」

「否定しねぇのかよ……っつーか雪ノ下はどこに行くんだよ。警察? 裁判所? それとも監獄学園?」

「どれも違うわ。というか、最後のは何かしら。とても悪寒がするのだけれど」

 ウフフと凍るような笑顔の雪ノ下先輩。さすがだなぁ、師匠。ここでその名前を出すなんて真似できない。

「雪ノ下先輩はシンクタンクじゃないですか? もしくは研究開発職」

「……そう、だけれど。どうして知っているのかしら?」

「え、いや知ってるとかじゃないですよ。雪ノ下先輩はそういうの行きそうだなって。ちょうど意見書出すときにその辺の職業調べてたので」

 もちろん嘘八万だっ! シンクタンクは雪ノ下お姉さまが行ったところで、研究開発職は行こうと思って断念したところなのであーる! ……ちなみに、お姉さまの後を雪ノ下先輩は追っている節があるので、職業見学も同じ場所に行くと推測したに過ぎず、調査票は見ていない。きっと師匠が仕分けた分に入っていたのだろう。

「……そう」

「……ほーん」

 雪ノ下先輩だけでなく師匠も、疑わしげな視線を向けてきた。ふぅむ、ちょっとまずいかもしれない。別にばれても問題はないが、クライアントが一つ潰されると惜しいしな。

 などと思っていると由比ヶ浜先輩が雪ノ下先輩の耳元に口を近づけた。おお、百合か! 百合なのか!

「し、しんくたんくって何? タンクの会社?」

 耳がいいから聞こえてしまった。シンクタンクの発音がまるっきりお婆さんである。

「……由比ヶ浜さん」

 雪ノ下先輩はあきれた様子でため息をつくと、由比ヶ浜先輩と少し距離を取る。

「シンクタンクというのはね――」

 説明を始めるとふんふんと聞き入る由比ヶ浜先輩。二人は穏やかにお勉強タイムに入っていた。

 師匠は既に復習を切り上げ、少女漫画をお読みになっていた。

 そんな平和な時間が十五分ほど経過した。

 夕日が海に近づく。遠く、海面がきらきらと輝きを放つのが四階の部室からよく見える。下を見下ろせば、野球部はグラウンドにトンボをかけ、サッカー部はゴールを運び、陸上部はハードルやらマットやらを片づけていた。

 そろそろ部活も終わりの時間のようだ。僕がパソコンの電源を落とすと、師匠が時計に目をやり、雪ノ下先輩がぱたりと本を閉じていた。

 いつの間にか、雪ノ下先輩が本を閉じるのが部活終了の合図になっていた。僕も師匠も由比ヶ浜先輩もいそいそと帰りの支度をする。

 今日もお客様はこなかった。とはいえ、僕の中でいくつか問題はある。試験期間だからと言って休んではいられないわけだ。ま、これは勝手にやってるだけだが。

 とそのときだ。タンタンっと小気味よくリズミカルに扉を叩く音がした。

「こんな時間に……」

 師匠がほぼ不機嫌モードで時計を睨みつけた。

「どうぞ」

 師匠の態度を気にも留めず雪ノ下先輩は返事をしていた。お客様も部長様も空気が読めないようだ。

「お邪魔します」

 余裕を感じさせる涼しげな男の声だ。

 師匠の帰宅を邪魔したのはどこのどいつだ……と不機嫌に扉を睨みつけていると、入ってきたのは今、僕が極力会いたくない相手だった。

 ……マジ、ぱないわ、葉山先輩。

 

  ×   ×   ×

  

 その人は何やらイケメンだった。師匠と比べれば決してイケメンではないが、まあ一般的に見ればイケメンである。

 茶髪に緩く当てられらたピンパーマ。真っ直ぐな瞳が捉えていたのは、師匠でなければ同じグループの由比ヶ浜先輩でもなく、更に言えば部長である雪ノ下先輩ですらなかった。結論を言えば、僕を見ていた。

「こんな時間に悪い。相談があるわけじゃないんだけどさ。日木くんはここにいるだろうと思って」

「うげ……」

 ちょっと二人で話し合おうと言わんばかりの格好だ。荷物を床に置くことも、席につくこともなく「ちょっといいかな?」と軽く言ってきている。

「……はぁ。すみません、皆さんは先にご帰宅ください」

「ああ、そうだな。先帰るわ」

「え? ヒッキー帰っちゃうの?」

「帰れって言ってるじゃんか」

「そうね。では今日は日木くんに鍵も任せるわ。ここを使って頂戴」

「承知しました!」

 雪ノ下先輩から鍵を受け取る。数週間この部活に所属していたが、部室の鍵に触れたのは初めてだ。そう思うと、なんだか不思議な気分になる。嬉しい、というわけではないはずだが……ただ一つ言えるとすれば、今の雪ノ下先輩はおそらく悪い人じゃない。前回とはどこか違う気がする。

「それでは、また」

「うす」

「また……」

「ハチも、隼人くんもまたね~」

「うんまた」

 別れを済ませると、葉山先輩は僕の定位置の目の前に椅子を動かして座った。

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