「……初めまして」
「こうして話すのは初めてかもね」
「棘のある言い方ですね」
「それは受け取る側にやましいことがあるからじゃないかな?」
爽やかなのに意地の悪い顔で葉山先輩は笑った。そんな顔もする人なんだな、とちょっと驚く。思っていたよりもやるらしい。
とはいえ陽乃お姉さま曰く、彼は退屈な少年らしいので師匠よりは大したことのない人間のはずだ。
「さて、身に覚えがないですが」
「そうかもね。嘘はついてないんだし」
おお、僕に一切非がないように仕掛けたトリックを見抜いたのか……ま、所詮僕が考えただけだしな。凡人が考えたトリックなんて、すぐに見抜かれますよそりゃ。当然だと思っていたので動揺はしない。……本当に動揺してねぇし。ちょっと足が震えただけだし。
「遅い時間に悪い。なかなか部活抜けさせてもらえなくてさ。……でも用事が終わるまで帰すつもりはないよ」
「さいで」
深く鋭い眼光が向けられて、僕は苦笑する。ちゃらちゃらしたリア充に見えたけど、やっぱりそういうことじゃないんだな。雪ノ下お姉さまの見立て通り。本質は師匠と似ていて、それでいて相反している。
「ま、だから用事があるなら先に連絡を入れてくれ」
「別にいいですよ。用件をどうぞ」
急かすような物言いをしてしまったが、ぶっちゃけあまり余裕は無い。そりゃ、確かに大和先輩を介して伝えたヒントで先日の奴が男であることはわかっただろうよ。でも僕、大和先輩に名乗ってないと思うぞ? それなのに僕だと確定するとか、おかしいだろ……もしかして、速水か?
あー、絶対そうだよ。一色はさすがにしないだろうし、一色って葉山先輩に忠実ってわけじゃないし。うっわ、あいつ絶対許さん。
「ああ。一つずつ片付けよう。君はどうして俺や雪ノ下さんの過去を知っていた?」
「えぇー? なんのことですかぁ?」
「今日は、そんなペテンは通じないよ」
「まあ、そうでしょうね」
葉山先輩は何が何でも情報を聞き出すつもりらしい。そのためになら居残りもさせられるパターン。見かけによらずねちっこいなぁ。凡人の僕に割くリソースがあるなら、師匠を超えることに使えばいいのに。思いながら、ため息をついて答える。
「二点。まず一点、僕は雪ノ下家の運転手の息子で、そのつながりでたまたま陽乃さんと仲良くなりました。お姉さま、とお呼びするくらいには」
「あぁ……」
気の毒だ、と言いたげな目を葉山先輩は向けてくる。おそらく葉山先輩は陽乃お姉さまに振り回されてきたのだろう。
「言っておきますが、僕は陽乃お姉さまを慕ってますよ、本気で。色んな経験積ませてもらいましたし、情報もいただけますから。あなたや雪ノ下先輩は上手くやれてないみたいですが」
「それは単純にすごいと思うよ」
「いえいえ」
別に僕はすごくない。陽乃お姉さまが興味のある人間を構いすぎて殺すか、嫌いなものを徹底的に潰すことしかせず、興味がない者にはなにもしない人だから、たまたま興味を持たれない普通である僕が上手くやれているだけのこと。
「あともう一つ。これが陽乃お姉さまと親しくなれた理由の一つでもありますけど。僕はあなたと雪ノ下先輩と
「は?」
「お気づきにならなくて当然ですよ。でも先輩。こう言えば思い出すんじゃないですかね。
途端に葉山先輩の顔が青ざめる。
ああ、そうだ。それでいい。僕はあなたを憎んでいたんだ。よく余計なことをしてくれたな、と。
それは小学校にまで遡る。
僕はいじめられていた。どうしようもないくらいにいじめられていた。
けれど、目立った怪我をすることはなかった。中途半端に陰湿ないじめだ。だからこそ余計にどうしようもなかった。
いじり、と言えてしまう次元の行為だったのだ。だから僕は何もせず、毎日へらへらと笑っていた。本当に今思えば最悪な生き方だった。けれど、その程度のいじめはどうでもよかった。耐え切れるレベルだったし、嫌われてる証だと思うと嬉しくもあったのである。
そんな中、五、六学年で合同遠足が行われた。そのとき僕は五学年。つまり葉山先輩は六学年だ。
しかも僕は葉山先輩と同じ班になった。今でも忘れない。僕たちは九班だった。メンバーは僕と僕をいじめていた三人、葉山先輩、他六年生二人に雪ノ下先輩を加えたグループだった。
やはり遠足でも陰湿ないじめはあったが、その程度ではくじけなかった。当然となっていたいじめに動揺することはなかった。
だが、葉山先輩は動揺した。日の当たるところで生きてきたから免疫がなかったんだろう。いじめを見つけりゃ本人の意思を取らず撲滅に動く。そんな幼稚な葉山先輩は、その時、僕をいじめた人に直接注意した。
皆仲良く、だなんてクソみたいな論理を展開した葉山先輩は、しかしいじめをなくすことなどできなかった。それどころか、いじめはより酷いものになった。
葉山先輩のせいだ、というのは逆恨みか? んなわけない。小学生だとしても、いじめをなくすことはできたのだ。雪ノ下先輩がたった一度、気高く論破することでいじめを霧散させたように。それができないなら放置してくれればよかった。動いてくれるだけで嬉しい? そんなこと思うはずがない。
ちなみに、僕が強者を嫌うようになったのは強者の圧倒的な論理を展開した雪ノ下先輩に対し幼いながらに不満を抱いたからだ。
「まさか、君が」
「ええ、そうですよ。だからこそ、あなた方の確執について知っています。陽乃お姉さまもおそらくそれがあったらから、僕に優しくしてくださっていますし」
過去があって今がある。だから、過去を憎んでいるわけではない。ただ、葉山先輩のことは憎んでいる。皆仲良くなんてクソみたいな論理できっとこれからも多くの人を傷つけるから。
「あの時は、すまなかった」
「別にいいですよ。ですが、もう二度と、あんなことしないでもらえますか? いじめを見かけても手を出さないと約束してください」
あなたと話すことになったら必ず言おうと決めていた。絶対に現実を突きつけてやるのだ。しかも、被害者の立場で。
「……それは約束できない。きっと実際、出会ったら動くと思う」
俯くことなく、堂々と葉山先輩は言ってのける。
「まあ、そう言うと思いましたよ。でも警告はしました。もしも動くときは徹底的に否定します」
「ああ、それは好きにすればいい」
愛想笑いをすることもなく、葉山先輩は難しい顔で咳払いをした。
「もう一つ。大岡に何かしただろ?」
あー、それも聞いちゃいますかぁ。この前、大和先輩に言ったから多分、大岡先輩の態度が変わってるし、不審がるだろうとは思ってましたけど。
「さぁ。思い当たる節はあるのでは?」
「……チェーンメールか?」
「ビンゴ。つまり、あの先輩が犯人です。僕は先輩に反省してもらい、謝罪を誠心誠意してもらいたと思っています。できることなら自首をして」
葉山先輩の拳がきつく握り締められる。あー、僕とはまったく考えが違うから腹立ってるんだろうなぁ。皆仲良くってのは、ぶれてないんだろうし。
「あのさ、丸く収めるだけじゃダメなのか? その方がクラスの空気もよくなると思うんだ」
「はぁー……バカですか? このまま、大岡先輩が自首しなきゃ、絶対後々苦しむことになりますよ。それに、しっかりと犯人が全員の前で謝らない限り、いくら訂正メールを回してもチェーンメールの内容を否定しきれませんし。何より! 皆仲良くってのは、罪人を罰しないことじゃないですよ。国家だってそうでしょ?」
面倒なので手短な解説を交えるだけにしておく。下手なこと言って、尻尾掴まれても面倒なだけだしな。葉山先輩は力なく僕を睨んだ。
「それでも上手くやれるはずだ……」
――分かってる。
「そうかもしれないですね」
「ああ。だから俺は俺でやるよ」
――分かってる。
「勝手にしてくださいよ」
――とっくのとうに分かってるっつうの。
僕が上手くやれてないことくらい。
それでも必死こいてやってるんだろ。師匠の下で学んで、けれどどうしようもない差を感じながら!!!
壊れたラジオが放つような音がする。チャイムが鳴る前兆だ。
いかにも合成音声っぽいメロディが流れると、葉山先輩は立ち上がり、去っていった。その態度はどこか不機嫌で、皆の葉山先輩らしさはない。
今日はなんて厄日なんだろうか。
憎い相手と会話して、情報元の一つがばれて、思い知りたくないことを思い知って。最悪にも程がある。
解説
冒頭で言っているトリックについて
稚拙なものですが解説しておきます。
テニス勝負のとき、男女ペアでの勝負になりましたが、
あのとき日木は自分が女子だからペアになる、とは言っていません。
「せんぱいが困ってるので出ます」としか言っておらず、
女子テニスに着替えを借りにいかなかったので自分が
「女子である」とは明言しておらず、実質葉山は
「男だが比企谷が困っているので出る日木」を認めたにすぎないわけです。
屁理屈もいいところですが、言われればそう返すことが可能、というわけです。
それが冒頭でのトリックで、嘘をついていないので悪くは無いということになっているわけです。
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