中間試験が目前まで迫っていた。
中間試験期間中は部活も停止になる。部活でも勉強はできるのだが、鍵が貸し出されないのだからしょうがない。
さて、突然だが僕は基本的に一人で勉強するか、彼女と勉強するかの二択だ。
では、放課後、僕が勉強するとなればどれを選択するかは明白であろう。
「はちくん、勉強しないの? テスト、近いんでしょ?」
「んにゃ、もう終わった。後は家で周回プレイする予定!」
今日は、そのうちの後者をセレクトしていた。
僕の勉強スタイルは基本的に楽だ。クイズゲームをするような感覚で単語帳を幾つも作り、各教科の試験範囲を頭に入れる。単語帳を作るときはやや苦労するが、それが終われば、後は何度か周回プレイをするだけで済む。
故に深夜まで勉強する事は少ない。それに、試験目前ともなると、飽きてくるので基本的に今のように、読書をして過ごすことになる。
「ほんと、暗記力あるよねぇ。ずるい!」
「まぁ、暗記力はねぇ……でも、テスト点だと思考力もある人の方が高いんだよなぁ」
「あー、よく言ってるような?」
彼女――櫻木 心は、うんうんと唸ってから問い、ストローでトマトジュースを吸った。ストローを通る赤い液体は、なんだか血のようでぞっとしてしまう。が、それも彼女がやると綺麗だと感じてしまう。
ま、当然だ。さすがうちの彼女! 将来の嫁だ。
「そうそう」
「ユキノシタさんとハチマンさんだっけ?」
「そ! 特に師匠――あ、八幡様のことね。師匠が、本当にすごい!」
「そっか。よしよし、いい子だねぇ」
ここは、犬を撫でるような仕草で僕の頭をわしゃわしゃとしてくれた。ああ、やばい。極楽すぎる。ふにゅーとか、ふにゃーとか、変な声を出してしまう。
気分も良くなったことだし、読書はやめて勉強……もやめて、ここの喋り相手にでも徹することにしよう。
と、その時のことである。四人連れが席を立ったのを見計らったかのように何者かが後ろを通過し、テーブルにトレイを置いてソファに素早く鞄を放った。つい、そちらに視線をやった瞬間のことだ。
「「あ」」
という声が漏れ、しかもそれがどこか聞き覚えのある女性の声と重なった。
その女性は、見覚えのある制服を着ていた。ソファを滑って自分の元にきた鞄を、先ほどまで四人連れが座っていたところに戻した。
「お兄ちゃんと……先輩だ」
アホ毛の主張が激しく、八重歯をきらりと輝かせるその少女は僕の、そしてここの中学の後輩であった。
僕の声に反応したのだろう。ここも僕が見ていたほうを見る。そして僕と同じような反応をした。
「あー、二年のちび!」
「今は三年生ですよ!」
懐かしい会話が繰り広げられているのを和やかな気分で見る。確か二人は同じ部活の先輩後輩だったか。僕の場合は、少女が生徒会、僕が委員会で割と提携していたので覚えている。
中学の制服のまま、嬉しそうな笑顔を浮かべ、僕たちとそれから鞄を放った相手に手を振った。
「…………お前ら、ここで何してんの?」
「へ?? し、師匠!?」
「え? この人がそうなの?」
こくこくと頷く。
何故師匠がいらっしゃる? っていうかさっき、中学の後輩がお兄ちゃんとか言ってたよな? へ? へ? へ? ま、まさか師匠の妹?
やばいやばい、パニックになりすぎて本当にやばい。
「小町は大志君から相談を受けてたんだけど……なに? 先輩とお兄ちゃんは知り合いなの?」
「まあ、な」
ああ、小町小町。うっかり名前を忘れてた。
でもそうっぽい。やっぱり小町は師匠の妹みたいだ。小町の隣にいる、大志というのもどこかで聞いたことがあると思ったらあいつだ。あの、調査対象の弟だ。
あまりにピンポイントなメンバーに驚きを隠せず、つい安心できるここの手を握った。
「はぁ……しょーがないなぁ。あの、私が説明しますね。自己紹介もしたいので」
「え? あ、あお、おう」
「比企谷くん。身の程を弁えずナンパをした挙句、挙動不審になるのはやめなさい」
ここの可愛さに流石の師匠も動揺していたとき、後ろから冷静な声が降ってきた。僕と師匠が振り返ると、そこには雪ノ下先輩たちが来ていた。僕と同じ制服を着ていることから状況を理解した小町とここは、いつもの営業スマイルを作った。
「やー、どうもー。比企谷小町です。兄がいつもお世話になってます」
そう言いながらぺこぺこ挨拶をする小町に対し、ここはどちらかというと護身に入っていた。僕と同じくシャイな彼女のことだ。笑っているが、実は内心パニック状態なのだろう。それに比べると小町はすごい。別にそれは中学生パワーではないようで、大志の方は中途半端な角度で頭を下げで、自分の名を名乗るだけだった。
「別にナンパはしてねぇよ。俺の妹と日木の……彼女? しかいない」
「あ、はい。彼女であってますよ。櫻木 心って言います」
「うっそ、かわいいー。ゆきのんゆきのん、ハチの彼女、すごいかわいいよ!」
「そうね。わかったからまずは席に座りましょう。他のお客さんの迷惑だわ」
騒ぐ由比ヶ浜先輩を雪ノ下先輩がなだめて、四人は席についた。あ、もう一人は戸塚先輩だ。傍目から見ると女子三人を引き連れてる師匠一人にしか見えん。
ここの緊張度もぐっと増す。まぁ、こんだけ人数が多いからな。僕だって初対面なら緊張する。それでも営業スマイルを続けられているだけ流石だ。
「さて、と。じゃあ、まず関係を整理しますね」
「そうね」
この状態でここに任せるのもきついだろうから、僕が引き継ぐことにした。時間も取れたので一応、落ち着いたし何よりこの場においては僕が紹介するのが適任だ。
「えっと、まず僕とこの子は付き合ってます。で、僕とこの子は同じ中学だったんですけど、その後輩に当たるのがそこの二人です。大志くんとは面識ないですけど、小町さんとは割とつながってますね。生徒会とか部活とか色々。でもって、大志くんのほうは由比ヶ浜先輩と戸塚先輩ならわかりますかね……川崎先輩の弟さんです」
「あー。川崎さんでしょ? ちょっと不良っぽいっていうか少し怖い系っていうか」
「お前、友達じゃないの?」
「まぁ話したことくらいはあるけど……。友達、ではないかなぁ…・・・。ていうか、女の子にそういうこと聞かないでよ、答えづらいし」
微妙に言葉を濁したものの、由比ヶ浜先輩は知っているようだった。ま、川崎先輩は女子の中でもそこまでグループに属す人ではないという調査結果が出てるし、その答えもしょうがないのだろう。
ここの目は、だんだん鋭いものになっていく。観察するときの目だ。ちょうどいい。後で聞こう。
「でも、川崎さんが誰かと仲良くしているところって見たことないなぁ……」
「……ああ、そんな感じだな」
戸塚先輩の一言で師匠が川崎先輩のことを思い出したようだ。……とはいえ、まだ関係性の整理も終わっていない。僕は咳払いをして関係の整理に戻す。
「で、僕たちが四人で奉仕部で、こちらが師匠と由比ヶ浜先輩の同級生の戸塚先輩。そんな感じですかね」
「そうね。では自己紹介を。初めまして、雪ノ下雪乃です。比企谷くんと日木くんの……。二人の何かしら……クラスメイトではないし、友達でもないし……誠に遺憾ながら、知り合い?」
「何その遺憾の意と疑問系……」
「どこまでで知り合いと定義していいのかは難しいですからね。はちくんが言うには、雪ノ下さんは『正しいけどおつむの弱い先輩』らしいですよ?」
「そ、そう……ありがとう櫻木さん。日木くんが私のことをどう思ってるのかよぉくわかったわ」
「いえいえ」
あー、ここがすっごい楽しそうな顔してるよ。緊張はどこ言ったんだよ。なに? 僕への仕返し? すっごい怖いんだけど……ま、実施あおつむが弱いと思ってるのは事実だけど。
「え! ねぇねぇ、櫻木ちゃん! あたしのことなんて思ってるかも教えて! あたし、由比ヶ浜結衣です!」
「は……はい」
あ、ここが嫌そうな顔した。まあ、こういうテンションの高さにはあんまり慣れてないからな。嫌そうな顔も可愛いなぁ。マジエンジェル。
「えっと、『師匠と雪ノ下先輩のことが好きすぎる忠犬』だそうで――あ」
言ってて、自分がまずいことを言ってることに薄々気づいたのだろう。手で口を覆ってしまった、という顔をする。僕としては今、ばらしてしまっても構わないっちゃ構わないのだが、由比ヶ浜先輩にもタイミングってものがあるだろうからなぁ。
「ふっ、日木。お前も人間観察がまだまだだな。確かに百合ヶ浜間違えた由比ヶ浜は雪ノ下のことが好き好き大好きフリスキーだがな、俺のことは好きなわけがないだろ?」
――その心配はなかったようだ。ここと僕は胸を撫で下ろす。
師匠、申し訳ないですがこのことに関しては師匠の方がまだまだですよ……鈍すぎますって。
「そ、そうだよ! あたし、ヒッキーのこととか大嫌いだから。ほんと殺意しかない! ヒッキー殺してあたしも死ぬとかそんな感じだよ!?」
「由比ヶ浜先輩、下手なこと言うと失敗しますよ。師匠……は大トリということで、戸塚先輩、自己紹介をお願いします」
「え、う、うん。戸塚彩加です。えと、僕のことどう思ってくれてるのかも、知りたいな」
戸塚先輩まで……ここに言わないで! と目で訴えるものの、にやにや笑ってその訴えを棄却してきた。戸塚先輩は一番恥ずいんだよなぁ……僕は顔を逸らし、ずずっとクリームソーダを飲んだ。
「『男らしくないことにコンプレックスを持ってて師匠と友達になって喜んでる先輩』らしいです」
「は、ハチくん? よく見てくれてるんだね。てへへ……」
呼び方に戸惑っているようだったが、戸塚先輩は頬を掻いて照れていた。そういうところなんだよなぁ、戸塚先輩が王子様とか呼ばれる理由って。
その場の視線が一気に僕に集まる。うわ、ちょー恥ずい。ってか、このくらい、よく見なくたって推測つくだろ。
「さ、さあ。師匠、ぜひ、かっこよく自己紹介を!!」
「はぁ? そんなハードルあげられても困るんだが……比企谷八幡だ」
「『師匠』さんですね。いつもうちのはちくんがお世話になっております」
冗談めかして深くお辞儀をするここから、師匠は視線を逸らした。やはり、ここの美女度は半端無いようだ。
「それで、川崎さんの相談というのは? 本校の生徒のことなのだし、何かあるなら奉仕部で動くことも考えるけれど」
「あ、えっと……」
雪ノ下先輩はまあ、美女ではある。だから、大志が話しかけられて戸惑ってしまうのも無理がないことだ。だって僕もここと付き合う前なら動揺してたし。ここの美女度ゆえに慣れてしまったが。
「あれじゃないですか? 帰りが遅い的な」
「そうっす。帰り、5時とかで」
僕がリードしたことによって幾分か緊張がほぐれたらしく、大志はそれから師匠たちに姉のことを話はじめた。
それは、僕の知っている情報よりもはるかに踏み込めていない情報だった。が、雪ノ下先輩はその少ない情報だけで、川崎先輩の問題の解決に努めることを決めた。
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