これで三巻分、完結です。
ちょこっとずつ改変している部分もあるのですが、それはおいおい。
一点、言うとこの時点ではまだ由比ヶ浜さんはスマホではなくガラケーだと思われますが、ラインを使いたかったのと、12巻でスマホを使っている以上どこかで
買い換えているということで、最初からスマホもちということにしておきます。
月曜日。英語で言うとMONDAY。つづりの覚え方はモンデーだ。なんとなくエロエロしいのでハッピーな曜日かというとそんなわけがなく、「また一週間学校なのか……」と思うだけでため息がこぼれ出る。わりとリアルに学校を休みたいのだが、これ以上休むと勉強が遅れるし、何よりやりたいことがあるので休む訳にはいかなかった。
やりたいことについて語る前にここで僕について語る。
人には必ず何か才能がある、という。それを僕はあるときまで信じていなかった。何故なら僕は一切才能のない凡人だからだ。まあ、それを思い知ったのは、とてつもない才能の塊とであったからなのだが、まあそこは語らない。
才能がなくとも努力すればなんとかなる、という人間がいるがそれは違う。エジソンも言うように、成功には必ず才能が必要なのである。無論、99%の努力ができない者は才能があっても成功しない。その点では、由比ヶ浜先輩の一件での雪ノ下先輩の発言はあっていたのだ。
ただ僕が違うと思うのは、努力が重要だとでも雪ノ下先輩が語っていたところである。僕はそうは思わないのだ。努力は才能を持つ人間がやればいい。文才をある人間は文を書く努力をすればいい。運動の才能がある人間はスポーツでもやって努力すればいい。
要するに餅は餅屋。99%の努力を色んなことでするくらいならば自分が才能を持つ分野でのみ全てを注いだ方がずっといい。
長年、その才能を見つけられなかった僕だがそんな僕にも才能はあった。
それは努力の才能とか、そういうことではない。
端的に言うならそれは、企画性だ。
何かをやったところで僕はクオリティの高いことを創りあげることはできない。僕にはそういう意味でのクリエイティビティは存在しないのである。
だが、その分、決められた作品を活用し、企画として面白いものにすることができるわけだ。
喩えて話をした方がいいだろう。
芸能人や芸術品など観客が目を惹かれるものがあるとしよう。そういった人になったり、ものを作ったりすることは僕には不可能なのだ。が、その見せ方(例えば芸能人の登場の仕方や芸術品を見せるまでの盛り上げ方など)を考えるのは得意なのである。まあ、他にもイベントをやるってなったときに何をやるか、というものを決めるのも得意だ。
そういう企画性――あえてエンターティナー性と呼んでいる――の才能があると気づいた僕がその能力を最大限生かすために鍛錬しようとした結果、ラノベ作家になりたい、という結論になったわけだ。空想の中ならどんな企画も実行できるからな。
そんな僕は、今回、奉仕部に戻るにあたって一つ、企画を実行した。その企画の結晶が入った、バッグを巾着と別の方の手で持ち、僕はのっそりのっそりと奉仕部に来ていた。
……別に放課後登校したわけじゃなくて、既に授業は済ませたんだからな?
更に言うなら、僕はぼんやり授業時間を過ごしていたわけでもない。一応、テストの日は登校したのだが、その時の点数はかなり高かった。個別に教えられる順位でも文系教科だと一位だったはずだ。理系? 知らない子ですね。特に数学な。あれは流石に覚え切れねぇから。
と、まあそういうわけで学生の本分を過ごした僕は奉仕部の扉の前で息を吸う。この前、一緒に出かけたとはいえやはり気まずい。これ、ここに告白する数日前の微妙な距離感のときと同じだ。
「すーはー、すーはー」
空気はおいしい。流石、特別棟。人の気配もあまりしない。しっかり用意してきたんだし大丈夫、大丈夫。いつもここにやってもらうみたいに、自分を元気づける。
「……なにしてんた、お前」
「うひゃっっ! ……あ、師匠。え、えと別に何でもないですよ!! この空気は神聖だと思っていたまでです!」
なんだろう。あいつと仲違いし、仲直り(はてなマークがつきそう)した後みたいな、感じ。
――それならやれる。
順応性では負けない。なんたって存在が空気みたいなもんだからな。
「ほれ、行くぞ」
僕が入りにくそうにしていると判断なさったのか、師匠は先行して部室に入ってくださった。流石師匠である。僕もそれに倣って入る。
部室は変わっていなかった。結局取りに来れていなかったのでパソコンも置きっぱなしだし、僕の椅子も片づけられていない。由比ヶ浜先輩と雪ノ下先輩もいつもの定位置で、スマホをいじったり、本を読んだりしていた。
「日木くん……」
「や、やほー。ハ……日木くん」
ハチ、と言おうとしてはっと由比ヶ浜先輩が口を覆った。そういえば、ハチって呼ばれてこの前、ぶちギレたんだっけか。なんだか心苦しい。
「いつまでもそんなところにいないで早く入りなさい。部活、始まってるのよ」
雪ノ下先輩、隠しているつもりなんでしょうけど頬真っ赤ですよ。その言い方、家出した子供が帰ってきたときの母親みたいだし。
「は、はい」
返事をして、僕はいつもの席に座った、
師匠もまたいつもの席、雪ノ下先輩の対角線上に陣取った。
さっきまでスマホを弄っている由比ヶ浜先輩は椅子にやや浅く腰掛け、両手は膝の上で固まっている。雪ノ下先輩は由比ヶ浜先輩のそんな様子を心配しているのか、さっきからちらちら見ている。あなた、由比ヶ浜先輩のこと好きすぎるでしょ。
だらだらとした心地のよい静寂ではなく、緊張感のある沈黙だ。師匠が身を捩って立てた物音でさえ酷く気にかかる。わずかな咳払いさえ反響し、ゆっくりと一秒一秒刻む秒針の音が耳に残る。
何か言葉を口にすべきは僕だ。僕の責任で起こった沈黙なのだから。
自分の責任を誰かに取ってもらうなんてことはもうしたくない。中学の時、あいつにとってもらった責任の数々を思い出すと、戒めの刻まれる左手がずきんと痛む気がする。
もう一度息を吸い、僕は立ち上がる。
「あの、話したいことがあるのですがよろしいですか、先輩方」
ちくたくと動く秒針を見つめ、それが八を指したときに僕は沈黙を破った。
「ええ……構わないわ」
「別にいい」
「う、うん……いいよ」
三者三様の反応をした後、先輩方は各々に咳払いをして僕の方を見る。
うむ、だがこれだと具合が悪い。僕は荷物をもって、依頼者がそれまで座っていた方に行く。つっても、まともに座った人ほとんどいないんだけどな。
「えっと、ですね……」
緊張。心臓が跳ねる。
でも、僕はラノベ作家志望だ。緊張していたって言葉くらい使える。これまで書いてきた何百万文字と言う膨大な文字の海から、この状況に適する言葉を見つければいい。青春なら
「まず謝らせてください。お三方に多大なるご迷惑をおかけしましたこと、心よりお詫びします。すみませんでした。完全にでしゃばりすぎました」
「あー、そのことはもういいぞ。平塚先生が勝負のルールを変えてな。バトルロワイヤルになったんだよ。だから、お前のやったことを糾弾する材料なんてない」
「そうね。あなたにも色々と欠陥があるようだし」
簡単に学校をサボってしまうところとか、と雪ノ下先輩が楽しげに呟いた。そこにはたしなめるような様子はない。
隔離病棟、サナトリウム。僕は問題がなかったから、出ていった。でも、問題が見つかったから、今僕は戻ってきたのだ。そう思うと一気に楽になる。
「そうですか……では由比ヶ浜先輩にだけ謝罪を。先日は急に怒鳴ってしまい、申し訳なかったです。僕、ハチってあだ名、気に入ってるのでぜひこれからも呼んでください」
「え、う、うん! もちろん、それはいいんだけど……あの、ハチにとってここは嫌な場所かな?」
そっと、壊れないように由比ヶ浜先輩が呟いた問いは、またしても部室に沈黙を招待する。その理由は分かってる。僕が黙ったからだ。
確かに、僕はあの時、奉仕部が気持ち悪いとまで言った。そのときの僕を否定してしまうのは簡単だと思う。あの時は気分がおかしかった、とか冷静じゃなかった、とか言ってしまえばそれでいいのだから。
でも、それは過去の僕を否定することになる。そんなこと、僕はしたくない。あの状態の自分も紛れもなく自分で、本音だったのだ。どれが正しくてどれがまがい物なんてことはない。
だから、否定しない。
「……そう思ってた瞬間もありました。いつからかこの部活が馴れ合いになってる気がしましたから。でも、もうその心配は杞憂でした。師匠は、僕が思っているよりずっと素晴らしい方でしたから」
「……そっか! よかったぁ!」
一気に由比ヶ浜先輩の表情が晴れる。と、同時に部室の空気も温かくなった。
「やったよ、ゆきのん! ヒッキー!」
師匠と雪ノ下先輩を巻き込んで喜ぶ由比ヶ浜先輩。彼女はきっと、僕以上に犬で、僕以上に考えている。彼女にも才能はあるのだ。
「それに、平塚先生に頼まれましたからね。もし、馴れ合いになりかけたなら、僕が全力で否定します」
「馴れ合いなぁ……馴れ合い以前に、俺はまだこの部活に馴染んでさえいないんだけどな」
「あなたは一生馴染めないでしょうね」
「そ、そんなことないよ、ヒッキー! ヒッキーいないと、なんか違うし……」
恥ずかしいこと言ってるって自覚はあるのか、由比ヶ浜先輩は俯いて頬を紅潮させていた。
なんか面白そうなので、さっさと僕の用件を済ませてラブコメでも展開してもらうことにしよう。
「あの、それから今回のお詫びもこめてお三方に渡したいものがあるんですけど、受け取っていただけますか?」
「え? なになに!?」
由比ヶ浜先輩は食いついてくれたが、他の二人はあんまり食いついてこない。んー、まあいい。ここからが僕の舞台だ。
「えっと、ですね。まず、こちらを」
言って、バッグから取り出すのは腕時計だ。
「師匠は黒を。雪ノ下先輩は赤を。由比ヶ浜先輩は青をどうぞ。一応、お揃いになるように選びました」
あいつがつけているような良いメーカーのものではないが、それでもそこらの安い時計よりかは良い時計なのでプレゼントには最適だったと思う。その時計は、どれも全部同じ時間を刻んでいる。
「お、おう……ありがとな」
「ありがとう、日木くん……でも私が赤なのね。由比ヶ浜さんと逆なのかと思ったけれど」
「いえ、これでいいはずです」
僕の知らない雪ノ下先輩や、由比ヶ浜先輩がいるはずだから、イメージで色を決めるべきではない気がしたのだ。だからあえて逆にした。
「お三方で同じ時間を刻んで行ってください。願わくば、最後のときまで」
「うん!! ありがとね、ハチ!」
説明を終えてから、僕はもう一つのものを取り出す。どちらかと言えばこちらの方が僕のとっておきのものだ。
「もう一つ。お三方にこれを」
「……本か?」
不思議そうな目で師匠が見てくる。僕は手に持ったそれを、三人に見えるようにしながら説明をする。
「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。……この奉仕部の活動をラノベにしました。今までで一番よく書けたものだっていう自信があるので、ぜひ、お三方に渡したくて」
「らの……以前財津くんが持ってきたようなものね。日木くんが書いているのだから面白いでしょうし、いただくわ」
「あたしも!」
「俺も、読む本に困ってたしな。結構良い感じに制本されてるし、もらうわ」
三人は快く本を受け取ってくれる。雪ノ下先輩と師匠には普通の本を、由比ヶ浜先輩には誕生日プレゼントである師匠と由比ヶ浜先輩が仲違いし、仲直りしていたら……というエピソードのついたものを渡した。
「さて、と。じゃあ、もう外に出ましょうか。部活の残り時間も少ないのだし」
雪ノ下先輩の言葉に反応して時計を見ると、もう部活が終了しそうな時間になっていた。無理もない。部室にくるまでにのろのろしてたわけだし。
「どこに行くんですか?」
「言ってなかったかしら。今日はこれから由比ヶ浜さんの誕生日をお祝いしようと思っていたのだけれど」
「あーそういえばそんなこと言ってましたね」
この前出かけたときに言っていた気がする。完全に忘れていた。
「じゃあ、行きましょう!! あ、彼女も呼んでいいですかね?」
「ええ、もちろんそのつもりだわ。というか本当に忘れていたのね……」
多分、出かけたときにここも一緒に行くみたいなやり取りしたんだろうなぁ。
まぁ、いいのだ。
忘れても記録すれば。
それが僕の仕事だ。
師匠と雪ノ下先輩と、由比ヶ浜先輩の青春をこれからも記録する。
だって師匠の青春ラブコメはちょーかっこいいのだから。