今回から本気でいじめに対する表現が過度になってくるので、お気をつけください。
言っておきたいのは、奉仕部アンチ、原作アンチ、鶴見アンチではなく、あくまでいじめについての私見です。
なお、今日は二連続投稿ですので、十時にもう一話、投稿します!
では、どうぞ
その子には見覚えがあった。
先日、帰りに小学校の近くで見かけた子だ。あの、いじめの臭いがした子。
誰も彼女が遅れていることに気づいていないようだ。
――いや、気づいてはいるのだ。他の四人は時折振り返ってくすくすとお互いにだけ伝わるような噛み殺した笑みを見せる。
彼女達の距離は一メートルも離れてはいまい。傍目には同じグループと移っても不自然ではない。いや、そもそも同じグループなんだけど。
だがそこには目には見えない皮膜が、不可視の壁が、歴とした断絶があった。
彼女の首にかかっているデジカメが、儚げに揺れる。そのカメラが本来の役目を果たすことなど、ないように感じた。
「…………」
雪ノ下先輩とここが小さなため息を吐いた。ため息が聞こえた方を見ると、師匠と一色も彼女のことを見ていた。
どうやら異質さに気付いたようだ。
まぁ、別に悪いことじゃない。人生には一度や二度、孤独と向き合うべきときってもんがある。いや、なきゃいけない。始終誰かと一緒にいていつもいつでも傍に人がいるなんて、そっちの方が余程異常で気持ちが悪い。孤独であるときにしか学べない、感じられないことがきっと存在するはずなのだ。
友達がいて学べる事があるのなら、友達がいなくて学べる事だってある。だからこそ僕は師匠の弟子になったわけだしな。表裏一体なこの二つはどちらが優れているとか、そういうことはない。
だから、この瞬間もあの少女には何か価値がある。それに、他者が手を差し伸べてくれないと状況を変えられないのなら、仮にこの瞬間が彼女にとって無価値でも、そのままでいるべきだ。
自ら助けを求められるようになったときか、或いは一人で反旗を翻せるようになったときにこそ他者の助けは価値がある。
けどまあ、そう思わない奴もいるんですよねぇ。
「チェックポイント、見つかった?」
その女の子に声をかけたのは葉山先輩だった。
「……いいえ」
困ったように笑って返事をすると、葉山先輩はにこりと微笑み返す。
「そっか、じゃあみんなで探そう。名前は?」
「鶴見、留美」
「俺は葉山隼人、よろしくね。あっちのほうとか隠れてそうじゃない?」
言いながら葉山先輩は鶴見の背中を押して誘導していく。……鶴見? もしかして、うちの家庭科の先生と繋がってるのか? あの先生、近所の小学校に娘がいるとか言ってたしな。
そんなことを考えていると、師匠は感心したのか言った。
「見た今の? あいつ超ナチュラルに誘ったぞ。さりげなく名前聞き出してるし」
「見てたわよ。あなたには一生かかってもできない芸当ね」
ふっと雪ノ下先輩が小馬鹿にしたように言った。ま、師匠はできる必要もないからなぁ。それに、葉山先輩みたいにやったところで意味ないし。
鶴見を見ていた一同(ボス猿一派と由比ヶ浜先輩は別のところにいる)が表情を曇らせる。
「けれど、あまりいいやり方とは言えないわね」
鶴見は葉山先輩に連れられるまま、グループの真ん中らへんにいた。これでみんな仲良く、幸せに暮らしました。ちゃんちゃん、ってなったらいじめなんてものはおきない。鶴見は先ほどまでと同様、視線を誰かに向かわせることもなく、木々の間や道の小石に注いでいた。それはもう、楽しそうじゃないと言っていい。
楽しそうじゃないのは鶴見だけじゃない。
鶴見が入ってきた刹那、騒いでいた四人に一瞬走る緊張感。嫌悪、といかないまでも異物感がそこに生じていた。
ああからさまに避けたりはしない。感情を露わにして舌打ちすることも苛立たしげにに地面を蹴ることもない。入ってきたことを咎めるような真似もしない。
ただ、空気だけで語るのだ。誰一人として、鶴見が集団から出て行くように言っていないのだから、いじめとして認めるのは難しい。
空気が、なんてことを言い出していじめにしてしまえばいじめられてない人間でさえいじめられっ子になってしまう。ただたまたまぶつかっただけでも、いじめと捉えればいじめ、なんて話、ふざけている。
だからこの場合、悪いのは誰でもない。強いて悪を言うのなら、悪は葉山先輩だ。
誰一人求めていない平和に、勝手に介入した葉山先輩のせいで平和が崩れてしまうのだ。
「やっぱりね……」
雪ノ下先輩がさもありなんとため息を零すと、師匠は僅かな驚きがこもっていそうにぼやく。
「小学生でもああいうの、あるもんだな」
「小学生も高校生も変わらないですよ。きっと、大人でも」
「そうね。等しく同じ人間なのだから」
珍しく僕と雪ノ下先輩の意見が合致した。が、別に感動しない。
ここや一色だってきっと同意見で、更に言えばある程度社会の闇を知った者なら誰だって同じように思うはずなのだから。
ようするに問題はその後、どうするかだ。
一度は中心に入れられたものの、気づけば集団は鶴見をまた弾いている。
――いや、そんな言い方をすると集団が悪みたいに聞こえかねないな。
集団は悪くない。だから言い換えよう。
集団と鶴見の距離は広がっている。
程なくしてチェックポイントが見つかり、僕達は小学生と別れた。
× × × ×
昼食の準備が終わり、僕達と小学生は飯盒炊飯に臨んでいた。
と、言っても残念ながら僕のやる事はほとんどなかった。なんなら、他もほとんどやることはなかった。
料理に関しては、小町が米を研ぎ、材料を雪ノ下先輩とここで手早く用意し、最後にルーを入れて煮込むだけだったのである。火の確認くらいはやろうと思ったが、それも師匠がなさっていたので、結局ほぼ棒立ち状態だった。
「お疲れ!」
「うぅ、疲れたよ……雪ノ下先輩、すごい手際よかった」
「十分、ここも手際よかったけどね。ってか、小町も入れて三人が、すごすぎる」
やっぱり慣れている、というのはあるのだろう。ここが作ってくれる弁当、うまいしなぁ。今日もここの手料理を食えるのか。雪ノ下先輩との合作だが、……まあ許す。
周囲を見渡せば、炊ぎの煙があたりに散見できた。
小学生達にとっては初めての野外炊飯だ。苦戦しているグループも結構あるように見受けられる。
「暇なら見回って手伝いでもするかね?」
言外に「私はごめんだが」といニュアンスを滲ませながら平塚先生が言う。座って火を見ている師匠も同様だ。僕も同意である。
けれど、リア充というのは何故あんなにも交流を好むのでしょうか。電池とかでも交流で繋ぐんじゃないの。
「まぁ小学生と話す機会なんてそうそうないしな」
葉山先輩は結構乗り気なようで、そんなことを言う。それを師匠は嫌そうに見た。
「いや、鍋、火にかけてるし」
「そうだな。だから、近いところを一箇所くらいって感じだな」
いや、師匠はそういう意味でおっしゃってるわけじゃねぇよ……。まったく、これだからリア充は。っていうか、ほんとまじ、葉山先輩はダメだな。
「俺、鍋見てるわ……」
師匠も同じこと言ったのか腑に落ちなさそうな顔で宣言した。が、束の間。
「気にするな比企谷。私が見ててやろう」
師匠の前に立ちふさがったのはニヤニヤと笑う平塚先生だった。
ふむ……まあ、これも奉仕部の活動と考えるべきだろう。と、なれば審判兼監視役である僕も着いていくほかない。というか師匠が回避しきれないのであれば、僕もいくに決まってる。
葉山先輩が先頭切って一番近くのグループを訪ねる。
そうすると、小学生は餌を与えられた魚のように群がる。
葉山先輩たちは小学生に囲まれて和気藹々とやっている。さっき小学生と戯れていなかった組は今回も外れていた。
こう見るとさすがはリア充という気もするが、実際のところそれだけが理由では無い。
小学生というのが一番大人を舐めているのだ。大人の大人たる所以を知らず、チョロい相手だとそう思っている。ソースは過去の僕のクラスメイト。
お金の価値も、勉強の意義も、愛の意味も知らない。与えられるのが当然だと思っていて、それの源泉を理解していない。世の中の上澄みを啜ってわかった気になっている年代だ。
中学からは挫折や後悔や絶望を知り、この世界が実は生きにくいものだと分かるようになってくる。
あるいは、賢い子であるならばそのことを既に知っているのかもしれない。
例えばそこで存在感を薄くしている、あの少女とか。
小学生達にとっては、彼女が一人でいることは日常的な光景なのだろう。しかし、外部の人間からすればそれは異質だ。
「カレー、好き?」
葉山先輩が鶴見に声をかけていた。
それを見て、雪ノ下先輩が小さな、ともすれば聞き逃しそうなほどのため息を吐いた。そのため息に混ざるように、ここと――それから一色のため息まで聞こえた。
師匠も険しい顔をしている。
完全な悪手。結局あの人は、僕がいじめられていたときから変わっていない。いじめられっ子が求めていないことをするのは間違いなのだ。
鶴見が高校生、なかでも目立つ部類の葉山先輩に話しかけられることで、より彼女の特殊性が強調され、ひとりぼっちという特性が更に引き立ってしまう。
葉山先輩が動けば葉山先輩の周りも動く。話題の中心である「憧れの高校生たち」が動けば、小学生達も付き従う。
ただのぼっちが一気にスターダムに駆け上った。よかったね、シンデレラストーリーだね。超時空シンデレラだね、めでたしめでたしだね。
とは、もちろんならない・
どちらかといえば、不幸だね不幸だね、となるだろう。なんなら、その後、魔法少女になるまである。
小学生たちの心境を忖度するのであれば「キャー! 留美チャン高校生ニ話シカケラレテル! カコイイ! 私トモ仲良クシテネ!」ではなく、「はぁ? なんであいつが?」だろう。
高校生達からは好奇の視線に晒され、同級生達からは憎悪や嫉妬が向けられる。針の筵だ。
鶴見はこれで詰み。ほんと、ざまぁみろだ。
葉山先輩の質問にどう答えても、確実に悪感情が発生する。好意的に答えても、すげなく答えても「チョーシ乗ってる」となるのが、確実だ。
驚いたような表情をしていた鶴見だが、
「……別に。カレーに興味ないし」
冷静を装って素っ気無く答えると、すっとその場を離れた。
また逃げるのか。自身の怠惰を償わずに。最初から切れるカードがないのなら、逃げるのではなく負けてしまえばいいのに。
鶴見はなるべき人の目を集めないような場所へと動いた。人の輪の外、すなわち、僕達のいるところである。
師匠や雪ノ下先輩もいるのだが、僕やここ、一色と師匠達との距離は遠い。師匠と雪ノ下先輩が僕達から離れているのだ。まあそうだわな。一色みたいの、師匠も雪ノ下先輩も嫌いそうだし。
僕達と師匠達のちょうど真ん中くらいまでくると、鶴見はそこで立ち止まる。僕達三人も師匠達二人も鶴見に別段反応するわけではなく、ただ同じ場所にいるだけだった。