それと今日もかなり連続で投稿します。八時半にはもう一話投稿です。
では、どうぞ。
かちゃかちゃと食器とスプーンの立てる音がする。
半ば諦めたような表情で、黙ったままの自分の班へと戻った鶴見を見送ってすぐ、僕達も自分のベースキャンプに戻ってきていた。
平塚先生が番をしてくれていたカレーはじゃがいももすっかりいい感じに煮込まれていて、飯盒の方もなかなかの炊き上がりだ。ちょっとうまそう。
席についての諸々の葛藤の末、ここを挟むようにして僕と一色が座ることになった。やったぜ! ちょっとにやけていると雪ノ下先輩に蔑んだ目で見られたが、別にいい。ここの隣なので最強だ。ってか、一色、葉山先輩の方いかないのな。ボス猿とかチャラ戸部先輩とかいるし、面倒なのかもしれん。
師匠も、戸塚先輩の隣に座れたおかげでちょっと頬が緩んでいた。なんか由比ヶ浜先輩、気の毒だなぁ。
「さて、ではいただくとしようか」
平塚先生の合図で、全員、軽く手を合わせて「いただきます」を言った。刹那、痺れるようなデジャブを感じる。
「給食みたいだね」
「給食っ!」
戸塚先輩が師匠に囁いただけなのに、その言葉は鮮烈に僕の耳に響いた。
「え、どしたの?」
「あはは……」
「あははは……」
由比ヶ浜先輩の問いかけに、事情を知っている一色とここは枯れた笑みを浮かべた。
「給食、いいですよねっ! カレー!」
「あ、おう。まあ、カレーって給食のメニューっぽいよな」
「男子、カレー好きだよね。献立がカレーの日って男子超騒ぐし」
やばいやばい、ちょっと興奮してしまう。給食は禁句レベルだぞ、マジで。
それにしても、由比ヶ浜先輩の学校だとそんなに男子、騒いでたのかまったく、男子ってありえないなぁ。え、うち? うちの学校は誓ってなかったぞ。
「そうそう。で、給食当番がカレーの鍋ごとひっくり返して、すげぇ批判浴びたりするんだよな」
師匠が思い出すように言うと、離れた席でカレーを掻きこんでいる戸部先輩が笑う。
「あったわー、それマジあったわー」
「ふっ、ありえないですね。僕が指揮していれば鍋をひっくり返すことなんてなく、公立的でスマートな給食にしますからね。実際、師匠のクラスも二年生の後半くらいからはそんなことなかったと思いますよ?」
「あー……確かに。なんでだ? そういえば、二年生になってからやたらと給食の時平和だった記憶がある」
「「はぁ……」」
ここも一色もちょっと呆れたように笑って、カレーを食べていた。いやいや、呆れないでくれよ。だって、これに関しちゃ自慢できるぜ。
「そういえば、小町が入学してからも、給食の時にお兄ちゃんが言ってたようなこと起きたこと、一度もないなぁ。どうしてだろ」
「ふっふっふ、それはですね! 僕が給食委員をやって、先生やら全校生徒やらに働きかけたからですよっ!!」
満面の笑みで、僕は師匠と小町に向けて言い、胸を張った。
事情を知るここと一色以外はよく分かっていないようだ。が、葉山先輩が興味を持ったおかげでボス猿とか速水までこっちの話に興味を持ってしまった。ま、いい。あの頃の話なら楽しいから。
「僕が一年で給食委員になって、半年間かなり極端に動いたんですよ。配膳する時間を短縮させたり、給食のトラブルをなくすために先生に頼んだり。で、次の年から生徒会になって動いたんで、うちの学校の給食は完全に統制されたんです。まあ、僕の学年じゃなきゃ知らないのも仕方ないでしょうけど」
でも、まあそこそこ動いてたので有名だったと思うんだけどな。……因みに僕が生徒会に入ったのは、給食委員としてあまりにも派手にやった結果、生徒会にも働きかけるようになって「文句を言うならやってみろよ」と言われたのでじゃあということで入ったから、別に給食についてどうにかするために生徒会に入ったわけではない。
「……そういや、なんかやってたな」
「先輩、そんな理由で生徒会やってたんですか……」
比企谷兄妹が揃って遠い目になっていた。まさか師匠までそんな目をなさるとは思わなかった。
ちょっと凹んでカレーを食べていると、ここが頭を撫でてくれた。マジ、マイスイートエンジェルだな。
× × × ×
「今頃、修学旅行の夜っぽい会話、してるのかもなぁ」
小学生達が撤退し、もういい時間になった。
僕が入れた茶を飲んでまったりしていると、葉山先輩が一昔前を思い出すような声音で言った。
師匠達が修学旅行に行くのは二学期だ。しかも、文化祭や体育祭を終えたとき。まだずっと先、けれどすぐに訪れる未来だ。あれは、うまく割り切るか自分が生き易い環境を作るかしなかれば、地獄だ。
「大丈夫、かな……」
由比ヶ浜先輩が少し心配そうな声で師匠に訊いた。
何が、とは問うまでもなく鶴見のことだろう。彼女が孤立していることを知っているのはあの時、話を聞いた僕達だけではない。葉山先輩達だってそうだし、そうではなくとも、見ればすぐ分かる。
シュッと擦るような音がした。平塚先生のクールな横顔が木の下闇にぽっと照らし出される。煙草を浅く吸い、紫煙が立ち上る。煙草は嫌いだが、こうかっこよく吸われると、悪いとも思えない。
「ふむ、何か心配事かね?」
問われて答えたのは葉山先輩だ。……ほんとこの人、でしゃばんなぁ。
「まぁ、ちょっと孤立しちゃってる生徒がいたので……」
「ねー、可哀想だよねー」
ボス猿は相槌のつもりなのか、当然の如く、その言葉を口にした。その言葉に鳥肌がたちそうになる。
「……違うぞ、葉山。お前は問題の本質を理解していない。孤立すること、一人でいる事自体は別にいいんだ。問題なのは悪意によって孤立させられていることだ」
「好きで一人でいる人間とまあいわゆるいじめとかハブによって一人でいる人間は違いますからね」
ボス猿が理解してなさそうだったのですかさず補足しておく。すると、一応ボス猿でも理解はしたようだ。
つまるところ、師匠は解決すべきは彼女の孤立ではなく彼女にそれを強いる環境の改善であると思ってらっしゃるのだ。
――が、今回に関しては僕は同じ考えにはなれなかった。
「それで、君たちはどうしたい?」
「それは……」
平塚先生に問われて、皆が一様に黙る。
どうしたい? 別にどうもしたくはない。ただそのことについて話してみたいだけ。
要するに、テレビで戦争や貧困のドキュメンタリーを見て、可哀想だね大変だね私達にもできることをしようねなどと言いながら、心地よい部屋でおいしいご飯を食べているのと変わらない。
じゃあ、そのうち何か動き始めるかというとそんなことはない。「今の自分達の幸福のありがたみを知った」だなんてお為ごかしが入るくらいだ。
結局、この人たちはそんなところだろう。
もちろん、問題意識を持って本気で取り組む人間もいる。今回で言えば、師匠や雪ノ下先輩、ここはそうなのだと思う。
「俺は……」
口を開いた葉山先輩は、おそらく動くのだと思う。本気で取り組むのだろう。でも、彼は問題意識を持っていない。いや、その問題意識が間違っている。だが、彼は言う。
「できれば、可能な範囲でなんとかしてあげたいと思います」
模範解答とも言っていい、欺瞞を。
葉山先輩らしい解答だ。その言葉は優しい。鶴見にだけ優しいのではない。言った葉山先輩にとっても傍で聞いている者にも優しい言葉だった。
誰も傷つかない、優しい嘘だった。希望だけはちらつかせて、けれども迂遠な言い方で絶望を内包させる。できない可能性自体も暗に匂わせて、全員に釈明の余地を与えている。
きっと僕にしか聞こえないような小さな声で、本当に小さな声で、ここと一色がため息を吐いた。もうそれは、声にすらなってなくて、二人のことを深く知っている僕だからこそ聞こえたため息なのだと思う。
「先輩じゃ無理ですよ。そうだったでしょ?」
「あなたでは無理よ。そうだったでしょう?」
そのため息の分も、僕は力を入れて葉山先輩の言葉を切り裂いた。なんか、今回は雪ノ下先輩と気が合うものだな。
理由の説明を求めようもないほどに、確定した事実だと断じるように僕と雪ノ下先輩は言う。僕にも雪ノ下先輩にも共通する過去。故に、同じことを言えたのだ。
葉山先輩は臓腑を焼かれたように苦しげな顔を一瞬覗かせる。
「過去に何があったかはわかりませんけど、今やるのは葉山先輩だけじゃないですよ。ここにいる全員、なら可能な範囲って広がるんじゃないですか?」
「どうだろうな」
「どうかしらね」
雪ノ下先輩と僕を宥めるように速水が言ったのは、尤もな意見だったと思う。葉山先輩はここにいる人間の意見を代弁したにすぎないし、動くのも葉山先輩だけじゃない。
加えて、速水の発言は誰も否定していない。ただ、解釈を正すようなレベルのことを言っているだけだ。雪ノ下先輩や師匠がいる。なら、できるだろ? と、そんな風にもとれる。そう考えれば、雪ノ下先輩への挑発にさえなる。しょうがない、ここまできたらむしろ話を飛ばして、建設的な会話にもっていった方がいい。
「じゃあ、奉仕部の活動の一環、その助っ人として葉山先輩方が参戦で全員で話し合って動くってことでいいんじゃないですか? 一色とかここも助っ人で」
「それがいいと思う。先生、先輩方、どうです?」
異議のある人間は出てこない。まぁ言った本人で悪いんだけど、僕としては鶴見を助けるとかしたくないんだよな。だが、こんなところで異議をあげれば、批判されること請け合い。だから、出せないのだ。
「よろしい。では、どうしたらいいか、君達で――」
「――はぁーい、はぁーい、僕、異議あるっていうかあの子のこととかどうでもいいのでこの話から抜けまーす」
でもね、僕ってそんな空気だからってやめるわけじゃないんですよ。
批判の視線がここ以外の全員から向けられる。……なんか今回、師匠の僕へのあたりも酷くないっすかね? まあ今回はしょうがない。
「……なんだね、君は。自分から言っておいて」
「いや、僕が言ったのはこのメンバーの方針に関してだけですよ。僕は、ぶっちゃけこの話に参加したくありません。だから抜けます。他の皆さんはファイトです。それだけですよ」
「……そうか、ならいい。他に抜けたい者は?」
平塚先生が聞くが、誰も名乗りでない。ここにはさっき、こっちに残って一色と色々見てもらえるように頼んだので名乗りでない。一応、ここもそっち側であることには違いないしな。
「よろしい。なら、やりたいもので考えたまえ。日木は寝て構わん」
「うす」
平塚先生とともに、僕はその場を離脱した。