では、どうぞ。
キャンプファイアーの準備を終えた。力も体力もない僕なので、そこまで活躍することはできなかったが、男手が多かったおかげですぐに終わった。
平塚先生に自由にしていい、と言われた僕はここに呼ばれていた川に向かった。なんでも、そこで水遊びをしているらしい。僕は水遊びをするつもりはなかったので水着は持ってきていないが、ここは水着を持ってきているので水着姿を見れるのである。
師匠とともに行きたいとも思ったが、師匠とはいえここの水着をあまり見せたくは無いので今回だけは師匠を置き去りにする。
しばらく歩くと、ちょろちょろと小川のせせらぎが聞こえてきた。音のする方向を目指し、道なりに歩いていくとちょろちょろした流れに出くわした。浅く小さくちょっとした用水路くらいの大きさだ。支流なのだろう。つまり、これを逆に上へと進めばもう少し大きな流れに出るはずだ。きっと、ここはそこで水遊びをしているのだろう。
歩いていくうちに鬱蒼と茂っていた木々は徐々にまばらになり始める。
水音が大きくなると、ひときわ開けた場所に出た。河原だ。
「あー、はちくん!」
天使のような呼びかけに、炎天下の活動で疲れきった体を癒してくれる。声のした方に目を向けると、そこには水着姿のここがいた。
……やべぇ、もうこれ、未成年には見せられないレベルだろ。上にパーカーを羽織るような感じの水着(なんて言うのかわかんない)を着ているけれど、純白のパーカーは水に濡れたおかげで透けていて、それが余計にエロさを醸し出す。パーカーが張り付いているのでスタイルもよくわかるが、これがまた黄金比と言ってもいいほどのスタイルだ。大きすぎない、小さすぎない胸、痩せすぎているわけではないが故に完成しているくびれ、これまた大きすぎない、小さすぎないヒップ。その、どれもが神からの贈り物なのではないか、とさえ思う。
パーカーから見えるふくらはぎもまた、筋肉によって引き締まっている。それは、ここが日々、バイトやレッスンで忙しくしていることを示唆していた。ここは自分がファンである歌手のふくらはぎを目指したい、と以前言っていたがもうその域に達していると言っても過言では無いだろう。
つま先までの艶やかな肌は一切荒れておらず、露出しても決して恥ずかしくない。以前、彼女が傷つけた部分は僅かに痕が残っているもののそこまで目立たない。また、その傷の存在を知っている、という事実が僕の中で優越感を感じさせる要因になり、余計に美しく見える。
パーカーから滴る水が、また美しい。水も滴るいい男とは言うが、水も滴るいい女とも言うのだな、と思う。日の光によってまるで宝石のようにパーカーから零れる光景に僕は吐息を漏らす。
ちらりと、ここの鎖骨が見える。ここが恥ずかしがってパーカーをくいくいと下に引っ張ったおかげだ。その存在そのものが「エロス」を語るその谷にかかる水色っぽい橋によって、僕はようやく彼女が何色の水着を着ているのか理解した。
「……なんか日木くん、ずっと黙って不気味なんですけど。感想とか言ってあげたらどうですか?」
「い、いろは! そういうこと言わないでよ……恥ずかしいじゃん」
恥じらったことで赤く染まる頬が、またそそる。それまで、水遊びをしていた余韻なのか僅かに肩が上下していて、それが胸を高鳴らせる。一色の方を向いたおかげで、ここの髪についた水がこちらに跳ねてくる。全身を引き締めるような水の冷たさにより、僕はようやく正気になった。
「……なんか、すごいいい。ちょっと僕の彼女にはもったいないくらい」
「う、うん」
無意識に口から放たれた言葉に、ここは顔を真っ赤に染める。やばい、本当に可愛すぎる。
ふむぅ、ちょっと興奮してしまうので落ち着くために一色の水着でも見よう。
体型的にはここに非常に似ている、けれど水着のセレクトが非常にあざとく、彼女らしいので、あまり興奮しない。エロい、よりもあざとい、という感想が出てくるのは、おそらくここの天然のあざとさに慣れているからだ。
「なんか、一色ってほんとあざといよな。そのくせ、そういう露出多めのを本当に好きな奴には恥ずかしくて見せられないタイプだろ、絶対」
「そ、そんなことないですよ! っていうかあざといってなんですか! 褒めてくださいよ!」
いやいや、彼女でもない相手の水着を褒めるとか僕にゃ無理だ。
「あ、あっちに由比ヶ浜先輩達もいたよ!」
「おー、じゃあ合流するか」
というか何故合流しなかったのだろう、という気もするが……まあ由比ヶ浜先輩がいたらここの美しさを堪能できなかっただろし、いいか。
由比ヶ浜先輩達のところに行くと、既にそこには師匠や雪ノ下先輩など水遊びとは縁遠い人も含む、今回の合宿に参加している全員がいた。
「君達も来ていたんだな」
「まぁ、平塚先生、川遊びできるって仰ってましたから。まあ、水苦手なんで僕は水着もってきてないですけど」
「じゃあ、お兄ちゃんと同じですね!」
「いや、俺は水遊びできるとか知らなかったし。ってかお前が用意忘れたんだろうが」
師匠が仰ると、小町はあざとく「てへぺろ」と言って水遊びを再開した。そういや、小町もここに負けないくらい天然のあざとガールなんだよな。それに比べると、一色はあざとガールじゃなくてかしこガールだな、多分。
水遊びが始まれば水着じゃない僕は退避するほかない。まあ、遠くから観察するのも一興だ。
僕は師匠がいらっしゃるところに行き、師匠と共に暇を潰すことにした。
ここと一色も空気に呑まれたおかげで打ち解け、女子勢はなんか武器とかまで持ってきてウォーターバトルをおっぱじめていた。ここも一色も、ってか全員目がマジだよ……女子って怖いなぁ。
そんなことを思っていると、脇の小道からざっと足音が聞こえた。
気配のある方を見やれば、見覚えのある少女がいる。鶴見留美だ。
「よっ」
師匠が声をかけると、鶴見はうんと頷く。が、僕は何も言わない。「こんにちは」と言うのも変な感じだし、「よっ」と言うのもなんかしっくりこなかったのだ。
鶴見はそのまま、僕と師匠の隣に腰掛けた。
僕達は無言のまま、川を遊ぶ皆を見ていた。
しばり沈黙が続いたが、僕はしびれを切らしたので口を開く。
「なぁ、どうしてお前は一人でこんなとこにいんだ?」
「……今日自由行動なんだって。朝ごはん終わって部屋戻ったら誰もいなかった」
僕に問われたことに戸惑った様子を見せたが、鶴見はそつなく答えた。
――その表情が僕の昨日の仮説に信憑性を与える。
けどまぁ、ちょっと今回に関しちゃえげつないとは思う。いきなり一人になると、案外びっくりするものなのだ。一切関わりがない人間だとしても、急にいなくなればびっくりする。死角からの孤立は、流石の僕でもちょっと不安になるものだ。
僕達はしばしの間、ぼーっと川の方を眺めていた。これ以上の話題提供はなかなか難しい。
すると由比ヶ浜先輩がこちらを向いた。それから雪ノ下先輩に何事か囁き、話し始めたかと思うと、二人揃って川から上がった。その様子を見ていたここと一色は、二人で話し合い、二人ともその場で水遊びを再開する。まあ、ありがたい。あんまり人数が多いと面倒だしな。
近くのブルーシートに置いておいたタオルを取るとそれで体を拭って僕達の方へ歩いてきた。
由比ヶ浜先輩はちょっと濡れた髪をタオルで乾かしながら、僕達の前にしゃがみ込む。
「あの……留美ちゃんも一緒に遊ばない?」
だが、鶴見はすげなく首を振る。そのうえ、由比ヶ浜先輩とも目を合わせようとしない。
「そ、そっか……」
かくっと項垂れる由比ヶ浜先輩。そこへ雪ノ下先輩が声をかける。
「だから言ったじゃない」
まぁ、そりゃ当然だろうな。あんなきらきらした世界、僕だってちょっと入るのを躊躇う。人間にはやっぱり生き易い世界というものがある。僕は、ああいうきらきらした世界が悪いとは思わない。人を踏み躙ってリア充する奴らは許せないし大嫌いだが、欺瞞がなく、誰かに迷惑をかけるわけでもない本物を持つリア充なら好きだ。
でも、好きだからと言って生き易いかと言うと別だ。いれば楽しい。でも、安らぐわけではない。ジェットコースターみたいなものだ。
鶴見は雪ノ下先輩と僕に恐れを抱いているようで、師匠の方に向き直る。
「ね、八幡はさ」
「師匠を呼び捨てするなど失礼だぞ」
座っていても水辺でも、すぐに放てる巾着アタック。昨日暇で改めて練習したこともあり、ギリギリを狙っているが当たる様子は無い。
「あ……そっか。えと、ごめんなさい。八幡さん、でいい?」
「え、まあいいけど」
一応、礼儀は教えなきゃいけないからな。呼び捨てには、師匠も戸惑ってらっしゃったし、いいだろう。
「八幡さんは小学校の時の友達っている?」
「いない、な……」
鶴見の質問の意図的には「まだ仲良くしてるか?」みたいな感じだったんだろうけど、師匠の場合は元々そんな相手がいないだろうからな。疎遠になるまでもなく、きっと縁をお持ちじゃない。
師匠は、だからといって何か動じるわけではなく平然と仰る。
「まぁ、別に必要だとも思わんしな。たぶんだいたいみんなそうだぜ。ほっといていい。あいつら卒業したら一人も会わないぞ」
「そ、それはヒッキーだけでしょ!」
「私も会ってないわ」
雪ノ下先輩が間髪容れずにそう言うと、由比ヶ浜先輩は諦めたようにため息を吐いて鶴見の方を向いた。
「留美ちゃん、この人たちが特殊なだけだからね?」
「特殊で何が悪い。英語で言えばスペシャルだ。なんか優れてるっぽく聞こえるだろ」
「おお! 確かに。ま、実際特殊な人は優れてますけどね」
特殊な人って大抵天才だしな。それにしても、師匠、流石だ。日本語の妙をつくとは、僕には思いつかなかった。
鶴見は僕達のやり取りを不思議そうな顔で眺めていた。折角師匠にご鞭撻いただいたというのに納得していないようだ。ならば、と師匠は更なる理論武装をなさる。
「由比ヶ浜。お前、小学校の同級生で今でも会うやつ何人いる?」
師匠が問うと由比ヶ浜先輩は顎に人差し指を当て空を見上げる。
「んー、頻度にもよる、というか集まる目的にもよるけど……。純粋に遊ぶの目的だと。一人か二人、かなぁ」
「因みにお前の学年何人いた?」
「三〇人三クラス」
「九〇人か。以上のことから卒業から五年後も友達やってる確立は三から六%てところなわけだ。八方美人の由比ヶ浜ですらこの確立だぞ」
「美人……ふへ」
「由比ヶ浜さん、別に褒められているわけではないわ」
好きな人に美人と言われてにやけた由比ヶ浜先輩を雪ノ下先輩が現実に引き戻した。ま、八方美人は褒め言葉でもあるし貶し言葉でもあるわな。
「常人の場合、なんとなく二方美人くらいだろうから四で割って。えー……」
「〇・七五から一・五ですね」
師匠が悩んでらっしゃるようだったので進言する。雪ノ下先輩に言わせると、皮肉まで混ざりそうだし。
「じゃあ、さらにそれを平均しておよそ一%だ。小学生の卒業五年後友達確立は一%。こんなもん誤差だ誤差。よって切り捨てていい。四捨五入という名台詞を知らないのかよ。四と五なんて一つしか違わないのに四はいつも捨てられちゃうんだぜ。四ちゃんの気持ちになってみろよ。四ちゃんのこと考えたら一の奴なんて捨てられて当たり前だろ。はい、証明終了」
完璧な結論だった。だが、雪ノ下先輩はこめかみをそっと押さえる。